彼女はサボテンだった   作:馬汁

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序章
自分はサボテンだ、


 植物は、生き物である。

 

 生き物であるということは、その生存競争に身を投じているということ。

 太陽を求めて枝を伸ばし、外敵から身を護るために毒を持ち、あるいはその毒で競争相手を枯らす等……。神でさえ数えるのを諦めるような年月を経た進化の中で、「知恵」を練ってきた。

 

 おかしな話だ。

 脳がなければ、神経も通っていない。あるのは、それぞれの役割を遂行する細胞達のみ。

 それらが、生きる為の術を講じているとでも言うのだろうか? 

 

 あるいは、無数の進化の末の絶滅、生存を繰り返し、「無限の猿定理」を乗り越えた結果なのか? 

 無作為に選ばれた変化が、偶然、知恵を練った結果であるように見えただけなのではないだろうか? 

 

 

(……分かんない)

 

 無数の毛のようなモノを纏ったソレは、止めどなく続いていた思考を止める。

 思考という、脳のある生き物にある特権を得たソレだったが、それでも哲学に関しては何時まで経っても結論というものを下すことができない。

 

(生存競争とか、別にどうでもいい。……それに、寒い)

 

 話が変わるが。

 

 ソレが思考し、そして寒さを感じていると言うのは、人間社会における常識の上では、まったくもって”ありえない“。

 

 何故なら、今まで()()といった代名詞を使っていた対象は、()()であるからだ。

 もっと言えば、その植物はサボテンである。

 

(風も、強い。空は暗い。……雨、いや、雪が降る)

 

 植物が思考するとは、なんという非常識だろうか。その思考で哲学を練り、更には天気の予測までするのだ。

 

 そして、なんと数十分後には雪が降り始めた。

 雲が無ければ、西の地平線に太陽が沈みかけているのが見える頃であった。

 

(……もっと寒くなった)

 

 思考どころではなく、天気の予想までこなしてしまうこの非常識なサボテンの上に、そして鉢と土の上に、しんしんと雪が積もる。

 初めは土に触れると直ぐに溶けていた雪だったが、時が経つにつれ、土自体が冷えて雪が溶けなくなり、本格的にサボテンは雪化粧を始める。

 

 寒さに震える事も出来ないサボテンは、その寒さに不機嫌そうにしながらも、太陽が顔を見せるのをじっと待ち続ける。

 残念ながら、太陽と再会するには約12時以上待たなければいけないのだが。

 

 

(……あ、人)

 

 太陽の顔が完全に隠れてしまってからそれなりの時間が経って、道の向こうからやって来たのは、1人の人間であった。

 それも、見知った顔……いや、むしろ見慣れすぎて馴染みきった顔だった。

 

(サクラミ)

 

 そしてこのサボテンは、その人物の名を知っていた。

 それもその筈。このサボテンの鉢があるのは、この少女が住む一軒家の敷地だからだ。

 道路から石レンガの塀を挟んで反対側にある建物。日本の歴史を感じる程古くはないが、近代的とも言い切れない建造物。

 

 そこに住む住民が、あのサボテンを飼っているのである。因みに普段はこの石の塀の上で飼われている。

 

「うわー、冬だなあ。家も結構積もってるじゃん」

 

(家も、自分も、本格的に積もってる)

 

「早速あんな所に雪だるま作られてるし……ってこれ、うちのサボテンじゃん!」

 

 そう、積もっている。

 雪が降り始めて結構な時間が経ったが、サボテンに積もった雪は、化粧を超えて着ぐるみと言っても過言ではない程になっていた。途中から雪の勢いが強くなったからだろうか。

 

 少女が塀の上に手を伸ばすと、サボテンを鉢ごと持った。

 そのままサボテンが纏っていた雪が払われ、緑色の小さな体が露わになる。

 心なしか元気がなさそうだと、この少女の目には映った。

 

「……よし、決めた。家の中に入れよう。流石にって言うか、どう見てもこれはサボテンの身体に悪いし」

 

(……家の中に入れる?)

 

 その発言の一部が、サボテンの心の中で復唱される。

 サボテンに必要な世話の手間は少なく、家の中に持ち込まれる様な事は、大事でもない限り無かった。

 

 抱えられたサボテンが、少女が走り始めた事によって揺れる。

 あるはずのない三半規管が揺らされた気がしたサボテンは、若干の気持ち悪さを覚えた。

 

 ガチャ、と扉が開いた後、建物の中身を眺める余裕はあったが。

 

(きれいな家だ)

 

「ただいまー! っと、サボテンは何処に置けば……」

 

 揺れていた鉢が、ようやく落ち着く。

 立ち止まって考え込む少女は、腕に抱えた植物の置き場所に迷う。

 

 サボテンという植物を飼う為に付けた知識の内に、風通しの良い場所で飼うのが良いという物がある少女は、その候補に複数の場所が思い浮かぶ。

 

「取り敢えず窓際……風通しが良い方が良いなら、1階よりも2階だよね」

 

 少女が適当に見当をつけて、目的地を定めてまた走り始める。

 バタバタと階段を上がり、そこの廊下を数歩行ってまたガチャリと扉を開く。

 

(桜実……。こんな漢字だったんだ)

 

 揺れる視界に捉えたに、扉に掛かった小さな札を読み上げるも、少女は容赦なく鉢を揺らす。

 

「ここらへんに……よし!」

 

 揺らされ、揺らされ。

 そしてようやく落ち着いた場所は……。

 

(……高い)

 

 2階の部屋の、窓際。あの壁にかかっていた名札を見るに、この少女の、桜実(サクラミ)の部屋だろうと、サボテンは推察するまでもなく理解した。

 前まで居た塀の高さでは、すぐ側の道を行く人間ぐらいしか見下ろすものがなかったが、ここなら、より多くのものを見下ろすことができた。

 

「よしっ、ここなら良いでしょ。暖房も効いてるし、むしろサボテンには良い環境かな? グッジョブ、私!」

 

(……良い場所)

 

 サボテンと少女。それぞれ賞賛の言葉を口に、或いは心の中にて呟いた。

 

 その頃だろうか。

 きゅるる、と、何かが唸る様な、しかし動物がする様な物ではない音がした。

 

「うげ、お腹が鳴っちゃった。今日は何食べよっかなー」

 

(……桜実、何を食べてるんだろう)

 

 サボテンは、少女を案じる様なことを呟く。

 いや、案じていると言うよりかは、単純な興味なのかも知れない。

 

 サボテンが少女をなんとなく見つめている内に、少女は空腹を満たそうと、部屋を出て行った。

 

 

(行った……)

 

 1階に降って、キッチンで何か調理しているのだろう。とサボテンは予想する。

 塀の上で、あの家の生活音を日頃聞いていたから、あの少女は普段から自炊していると知っているのだ。

 

 

(……世界は広い)

 

 扉から目を離し……と言っても目はないのだが、代わりに意識が窓の外側へと向けられる。

 雪は相変わらず降っている。強さは先ほどと変わらないだろうか。

 

(部屋は……ちょっと狭い)

 

 今度は部屋を見渡す。

 いたって普通の部屋。小物類に女の子らしさが見られるが、家具にはその様な”らしさ“は見当たら無い。

 そもそも、このサボテンはそう言った“らしさ”を理解しているのだろうか? 

 普通ならば、それは有り得ないだろう……。そう、普通ならば。

 

(……かわいい?)

 

 完全に理解したとは言えなくとも、直感的に感じたとなれば、それだけで十分”人間らしい“だろう。

 

 全体的な様子を見ていたサボテンは、机の上に乗ったとある物に意識を向けた。

 

(これ、見たことある。確か……)

 

 机の上にある、とある物を見つけたサボテンが、記憶を探る。

 10秒もすればその記憶は掘り出される。合点のいったサボテンは、その正体を言い当てる。

 

(桜実が、今よりもずっとずっと小さかった頃から付けてた、髪飾り)

 

 

 ──”人間らしい“サボテン。

 それほど奇妙な物は、この世に2つと存在しないだろう。

 いや、1つもある時点で、それはもう異常である。

 

 だがそれは、きっと、ある意味では普通のことなのかも知れない。

 

(……懐かしい)

 

 何故なら()()は、長い間この家族に寄り添っていたのだから。

 

 

 

 ふと、昔の記憶を振り返っていたサボテンが居る部屋に、ほんのりと匂いが漂い始めた。

 

(……匂いがする。料理? 何を焼いてるんだろう?)

 

 

 ──下の階にある、キッチンの方に興味を向けた“ソレ”は、

 

 

 ──惹かれるように、ゆっくりと、歩き出した。

 

 

 ぺた、ぺた、ぺた。と。

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