彼女はサボテンだった   作:馬汁

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君はサボテンだ。

「さ、何時までもコートを着てるんじゃ可哀想だし……まともな服着せないとな」

 

 結局明日の分の生姜焼きまで完食してしまった後、だぼだぼなコートを着た自称サボテンの女の子を、先ずは自室に連れて行く事にした。

 

「服?」

 

「そそ、お洋服。あ、でもこの子のサイズあるかなあ……。数年前の服なら……でも何処に置いたっけなあ」

 

 捨てたり、売ったり、譲ったりした記憶はない。家族が処分するとしても、一声かけてくれる筈。

 だから、部屋の何処かにはあるだろう。と見当をつける。

 

 自室に戻ると、先ずは記憶を漁ることにした。

 

 桜実とて高校生、成長期が男子より早いとは言え、成長は続いている。

 その過程でサイズが合わなくなった服は、勿論今後使う事は無いから、少なくともすぐ手の届くような所には置かない。

 そう、どこか奥の、多分あそこらへんの──

 

「……どこだっけ?」

 

 しかし覚えていない。彼女の記憶力は並だが、数年前に適当に仕舞い込んだような物の場所なんて、一々覚えていられないだろう。

 しかしやはり、手放してはいないとは確信する。

 

 周囲が散らかるのは意に介さず、中に入っている服やら小物やらをどかして行く。

 

「ひらひらが沢山……」

 

「お、あったあった。そう言えばダンボールに詰めてたわ」

 

 多数の積まれた服の向こう側に、大きな箱が隠されるように置いてあった。

 ダンボールの匂いが気になるが、スプレーで間に合わせ程度の対処をすれば良いだろう。今度は消臭スプレーを求めて、他の所を探り始めた。

 

「……」

 

「えーっと……おーこれこれ。って空じゃん!」

 

 忙しなくあちこちの棚を開けては閉じ、開けては閉じを繰り返している間。サボテン自称の女の子は、勝手にダンボールの中身を覗き込んでいた。

 

「……」

 

 女の子が注視しているのは、白い服と紺色の上着。胸にあたる箇所にはバッヂが付けられている

 この女の子には、この様な服に見覚えがあった。数年前まで、桜実がこれを着てほぼ毎日出掛けていた。

 

「詰め替えは〜、どこ〜。あれ、どうしたの?」

 

「これ」

 

 女の子が、好奇心だけで持ち上げた一着を桜実に見せる。

 

「あ、制服か。それ着てみたいの?」

 

「着ない、の?」

 

「え、私が? いや着ないよ。サイズ合わないだろうし、中学校の服だし」

 

「中学校……でも、似てる」

 

(似てる……のかな?)

 

 と、桜実は同感しなかったが、少し考えると確かに似ているかと納得する。

 今の時期は結構寒いが、今はこの部屋が十分に温められているのもあって、桜実はワイシャツ姿である。

 そしてこの女の子が持っているのは、中学校の頃に着ていた制服一式だ。

 

 ワイシャツに限定して言えば、一見すると全く一緒に見えるだろう。あっても、首回りにネクタイかリボンかという違いしかない。

 サイズに関して見れば、あのダンボールの中に入っていた事が意味する通り、今桜実が着ているワイシャツよりも小さい。

 

「それ着る?」

 

「着る……?」

 

 言葉を受けて、女の子は手に持っている服をじっと見つめ始める。

 確認の為にと投げかけた問いだが、実のところ桜実としては、もっと可愛い服を着てもらいたいと思っている。

 

 やっぱり他のを勧めようかなあ、と彼女が迷っていると、ふと女の子が動き出す。

 

 手に持っている服をわしゃわしゃと、探るように弄り始める。

 広げたり、伸ばしたり、被ってみたり、穴に腕を通してみたり。

 

「……?」

 

「え」

 

 何をどうしたら、腕の袖に頭を突っ込むという判断が出来るのだろう。

 そもそも、ワイシャツはコートの上から着るものじゃない。

 

「もしかして……服の着方も知らないの?」

 

「知らない」

 

 まさかとは思って訊いてみれば、なんと知らないという答えが返ってくる。

 見た目は中学生か、サバを読んで高校生かぐらいだと言うのに、それぐらいの年齢で服の着方さえ知らないとは。

 この女の子が生きてきた文明は、一体どんな物だったのだろうか。桜実は疑問する。喋る言語からして少なくとも日本国内ではある。

 

「……待って。私が着せてあげるから」

 

 とりあえず、桜実が着せなければ、この子はずっとコートだけ着て生きて行くことになる。それはヤバイだろう。色々とヤバイ。

 服の着方を後々教える事を決意しつつ、女の子が持っている服を取り上げる。

 

「あ」

 

「バンザイして待ってて」

 

 服を取り上げられて、女の子が服の行方を目で追う。

 止められていたボタンを一通り開けるが、女の子は一向に手を下ろしたままだ。これでは袖を通せない。

 

「ほら、バンザイ」

 

「……バンザイって何?」

 

 ……桜実は理解した。

 この女の子は赤ちゃんだと思って接した方が、幾分か楽である事に。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「結局君は……あー、誰なの?」

 

「サボテン」

 

「いやそうじゃなくて……」

 

 下着も服も着せたところで、椅子に座らせる。

 桜実はその後ろから、櫛で女の子の髪を梳かしている。

 

 癖っ毛なのか、中々綺麗に整わない髪を見つめながら、話しかけてみる。

 すると彼女はおもむろに顔の向きを変えて、窓際を見つめる。

 

「ん」

 

「あれ? ……ああ、サボテンだね」

 

 桜実が飼っているサボテンだ。間違っても人になる訳がないし、現にサボテン自体が残ってる。

 

 なのにこの女の子はサボテンと自称するが……まさかアレと一心同体とでも言うつもりなのだろうか。

 

 そうなるといよいよ困る。どうかそんな言葉が出ませんようにと、桜実はサボテンに願った。ついでに神にも。

 

「あれが、自分」

 

 サボテンと神に裏切られた。

 ヒクつく口を自覚しながら、なんとか会話を続けようとする。

 

「ど、どうしてそう思うの?」

 

「自分は、自分だから。……哲学?」

 

「いやそのつもりじゃ無いんだけど」

 

 いよいよ本当にサボテンだという説に現実味が……いや、あってたまるか。桜実は首を横に降る。

 色々とおかしい。まず基本的な事を教えるように、信じられない理由を述べる。

 

「そもそも歩いてるじゃん、植物は歩かないよ? 喋りもしないし、手足も生えてない」

 

「……はぇっ。手が、ある?!」

 

「え」

 

 今まで声の調子が平坦だった女の子が、初めて声を荒げて程動揺している。

 驚く点が違うと思う。

 

 まさか、この子は今まで本気だったのか。しかも今まで気づかなかったとか視野が狭すぎないか。

 

「サボテンが、人に……あり得ない」

 

「いやそれこっちのセリフ。サボテンは二本足で立たないし、歩きもしない。しかも喋ったりなんかしないよ。……大丈夫?」

 

「そんな……こんな事。なんで……」

 

 しかしこの女の子にとっては、天地がひっくり返る様な思いらしい。

 わなわなと震わせている両手を、何か深刻そうな眼差しで見つめていた。

 

「まさか、これが生命の進化、というもの……?」

 

「んな訳ないでしょ」

 

 植物が人間に変身する様な進化があるだろうか。ファンタジーの世界のみだ。

 

「神秘だ……」

 

(口数少ないなと思ってたけど、饒舌になる時はなるし、ボキャブラリー増えるな……)

 

「とにかく白状しなさい。イタズラしようとしても無駄。私はわかってるんだからね?」

 

 たたみかけの段階だ。こんな小さな子に問い詰めるのは気が引けるが、きっとそこまでしないと、本当のことを教えてくれない。

 

 女の子が座っている回転椅子を回して、サボテンを自分の方へ向き直させた。

 

「……でも、本当。前までの自分は、本当にサボテンだった。確かに丸い身体で、緑色で、毛を纏っていた」

 

(頑なに認めないつもりか!)

 

 しかし、この女の子の表情は至って真面目である。今までの無感情な顔と比べても分かるような真剣さが、溢れるほどに伝わってくる。

 

「……だったら、証明する」

 

「まさか……本気?」

 

「うん。桜実は、2年ごとに鉢を変えてくれてる。いつも冬の日に」

 

 この女の子は、本気で証明するつもりだった。

 サボテン自身でなければ知らないようなことを並べて、相手に納得させようとしている。

 

「……いや、成長すると根っこが大きくなるから。定期的に交換するのは誰でもやると思うよ」

 

「む、それじゃ……2回目の交換の時、鉢を落として割った!」

 

「えっ。わ、割ったっけな〜?」

 

「本当に割った! サボテンだから、知ってる!」

 

 無表情で、しかし声を高々と上げ、感情的になりつつ証明を続けた。

 

「前の夏休み、家の前でアイスって言う食べ物、落とした! あの上で見た!」

 

「ちょ」

 

「お使いから帰ってきて、玄関の前で卵を落として、割った!」

 

「ま」

 

「というか、落としすぎ! さっき自分を部屋の中に入る時も、酔った!」

 

「え、待って。サボテンって酔うの?!」

 

「酔った!」

 

(サボテンって酔うんだ……。って、そうじゃなくて! この子がサボテンなワケが……)

 

 女の子による証明に対して抵抗するように、桜実は女の子の瞳を真っ直ぐと、正面から見た。

 

「……」

 

 どうしてか、嘘を言っているとは思えなくなってしまった。

 

 今でもあり得ない話だと思うし、なにがどういう原理でサボテンが人間になると言うのだ。

 

「あとは……梅雨の大雨の日、家の中に入れてくれた! ……その時は何時も玄関前に置くけど、今回は桜実の部屋の中。暖かいから、嬉しい」

 

「いや、それぐらいしないと、枯れるじゃん」

 

「うん。嬉しい!」

 

「う……」

 

 反論が反論ではなくなり、女の子は嬉しそうに見つめる。

 表情は1ミリも動いていないのに、何故だか桜実の瞳にはそう映った。

 

「……自分は、サボテン。納得した?」

 

「いや……えっと」

 

(ここまで引き下がられたら、もう認めるしかないのかな)

 

 桜実は沈黙した。答えを待っている事象サボテンも、無言を続ける。

 

「わ……かった。わかった、認めるよ、君はサボテンだ」

 

 数分の葛藤の末、自らが下した決断を言い放つ。

 

(これは何かのイタズラ。それも、中学生ぐらいの子がやるような、可愛いイタズラじゃない)

 

「うんっ。自分はサボテン!」

 

「……私は桜実。サボテンを飼ってる、ただの高校生」

 

(多分、このイタズラは、運命とか言うヤツの仕業だ)




序章、完。
次章、いつになるか知らん。
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