彼女はサボテンだった   作:馬汁

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家族の一員
サボテンは名無しだ。


(この子がサボテンだって、認めてしまった……)

 

 それが意味する所は、この非科学的な現象を認めると言う事であって、それを認める自らも非常識的な判断をするという事だ。

 しかし彼女が悩んでいるのは、そこまで難しいものではない。

 

(サボテンを飼っているとは……つまり、女の子を飼っていると同義なんじゃ……?!)

 

 サボテンの女の子の言葉が本当だとして、つまりはそういう事である。不用意に公衆の目前でその言葉を言い放てば、カメラとマイクを担いだ人と、手錠を持った警察が迫ってくること間違いなしだ。

 

 だとしても、桜実は女の子をここに住まわせなければいけなくなる。いくら元植物だからって、今までのように窓際に置いておけば良い、という訳じゃないのだ。

 

「え、えっと……サボテン、ちゃん?」

 

「?」

 

(そうだった、そもそも名前を決めてない……!)

 

 数年以上も飼っているサボテンだが、 その間名付けられる様な事は全くなかった。

 元々の姿のサボテンに愛着が湧いていないと言えば嘘になるが、名付けるという発想が今のこの瞬間までなかった。

 

「……なんて呼べば良いんだろう」

 

「サボテン、じゃダメ?」

 

 ダメに決まっている。と桜実は首を振った。桜を由来とした彼女の名前は兎も角、この宇宙のどこに、サボテンを由来とした名付けを、ましてやその名称をそのまま授けようとする親がいるのだろうか。

 

(兎に角、名前を考えないと)

 

 何が良いんだろうと、女の子を見つめて桜実が思考の海に浸かる。

 花子なんて名前も以ての外だ。植物繋がりかもしれないが、無い。

 

「……それじゃあ、なんて名前が良い?」

 

「自分の、名前?」

 

「うん」

 

「サボテン」

 

「いやそうじゃなくて」

 

 植物である彼女には名付けという概念がないのかもしれない。

 桜実はそう察して、答えを彼女に求めるのは止めておこうと考えを改める。

 

(でも、自分で考えるにしても……これは一回限り。ぽんぽん名前を変えるわけには行かないし)

 

「……わかった、後回しにしよう。それまではサボテンって呼ぶよ」

 

「うん」

 

 問題を先送りにした。サボテンのことをよく知ってから名付けをした方が、良いかもしれない。

 

 桜実は女の子が頷くのを見てから、なんとなく窓の方に目を向ける。サボテンは相変わらずの様子で佇んでいる。

 

(サボテンを自称してるけど……本体がそのまま変身したわけじゃなさそう)

 

 この子の存在そのものが全くの不自然だから、どうにか原理を理解しようとするのは無理だ。

 頭のキレたの研究者ならばわずかな可能性があるかもしれないが、ただの高校生である桜実の場合それに当て嵌まらない。

 

「……ちなみに、サボテンちゃんがどうしてその姿になったかも分からないの?」

 

「わからない」

 

「そっか。まあ気づいて早々動揺してたもんね。生姜焼きを散々食べて、言葉も話して、それでも植物のつもりだったんだもん。こっちも驚いたし」

 

「……」

 

 サボテンが僅かに目線を落とす。

 それに気付かないまま、桜実はサボテンをこの家に過ごさせる上で発生する問題について考え始めた。

 

 桜実の両親は、多忙である。どれぐらい多忙かと言えば、海外に赴いた2人が、休日の深夜3時に夕陽バックのツーショットとしてを送ってくるぐらいである。

 

 菊葉という名前の弟が居る。その子もまた別居しており、流石に小学生ということで親戚に預けられている。

 

 そのような事情があって、二階建のこの一軒家は彼女だけで住んでいる。

 友人を迎え入れる機会が多いが、多くて週に2回ぐらいだ。

 

(隠し通すのは楽、かな)

 

 といっても、そんなのは一時凌ぎかもしれないが……彼女も、それは承知の内だ。

 家族に、この事実を明かす時が来るだろう。桜実は決意した。

 

 

「あ、そうだ。一応家の中を紹介しておこっか」

 

「家の、中……。玄関と桜実の部屋しか行ったことがない……」

 

「あとリビング兼ダイニングの部屋にも行ったよね」

 

「……ご飯の部屋?」

 

「そう、ご飯の部屋」

 

(そういう覚え方するんだ……)

 

 世間離れ、と言うよりも物を知らなすぎるサボテンだが、そこに可愛らしさを覚えてしまう。

 女の子としての容貌は、幼い可愛らしさがありながらも、落ち着いた態度がクールな雰囲気を演出している。

 そして口が開けば、世間知らずで物知らずな言葉が出てくるというギャップがある。

 

(つまり、可愛い)

 

 元々桜実が飼っていたサボテン。その様な感情を抱くのも、きっと無理はないだろう。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 まず最初に、桜実の部屋を出て廊下を見渡す。そこには3つの扉がある。その内1つは、先程出て行った自室である。

 

「2階は、私の部屋と、物置と、物置がある。……まあ、部屋が余ってるんだよね」

 

「……物置が、2つ?」

 

「うん。時間が出来たら片方の物置を空けるから、それまで私の部屋で寝てもらうね」

 

「ん……」

 

 そして2階から降りて、トイレや風呂部屋を見せる。

 ここにも使われていない部屋があり、そこも物置として使われている。

 

「物置?」

 

「うん、物置」

 

 桜実の家の中での行動範囲は、特別広いわけではない。その上この家には基本彼女1人しかいないから、どうしても大量の部屋を持て余してしまうのだ。

 サボテンの女の子がそこに加わったとしても、2階の部屋が1つ埋まるだけだろう。

 

「……そういえば、君ってトイレするの?」

 

「…………?」

 

「まあ元植物だしわからないか。それじゃあ……」

 

「ん、トイレ、知ってる。桜実はトイレっていう部屋で排泄をする。……だから、自分も同じ?」

 

「排泄……。ま、まあそうだよ。ていうか大半の人類はトイレ行くから」

 

(絶妙に語彙力が一人歩きするなこの子……)

 

「この辺りがむずむずしたら、トイレに行ってよね」

 

「ん……」

 

「とりあえず、この家はこんな所。……なんか質問とかあるかな」

 

「……」

 

 首を傾げる仕草で反応が返ってきた。質問が出てきそうで出てこないような感じに見える。

 何かあるかな。と思ってしばらく待っても、問いは出てこなかった。まあ後でで良いだろうと判断する。

 

「今だけ質問を受け入れないって訳じゃないから、急がなくてもいいよ」

 

「……ん」

 

 一通りの家の中の案内が終わり、とりあえず自室に戻る事にした。

 この後は、サボテンの為の部屋を用意でもしておこうか……。と考えていると、不意に女の子が何かを持って正面に出てくる。

 

「……この、花」

 

「うん? ……って、リビングのお花? いつの間に持ってきて……」

 

「この花、生きてない」

 

「生きてないって……そりゃあ」

 

 花弁は萎れてなどいないし、茎は真っ直ぐ立っている。枯れてはいないが、女の子が言う様に、生きてもいない。

 というのも、この花は……。

 

「造花だからね、それ」

 

「……ぞうか」

 

「そう、造花。布とかで作った花で、生きてない。よく見たら織ってあるのが見えるでしょ?」

 

「……おってある?」

 

「まあ、わからないか。取り敢えずそれは偽物で、成長することも枯れることも……あ」

 

(そうだった、この女の子は元々サボテンで、植物だ。多分、生命の冒涜とか、軽視しているとか言われるんじゃ……)

 

 そこに気づいてしまって、この落ち着いた女の子が怒りを露わにするところを想像して、身構える。

 

 

 しかし一向にサボテンの様子は変わらず、相変わらず造花の姿をじっと見つめているだけである。

 

「……生きてもいないのに、綺麗」

 

「へ?」

 

「ごめんなさい。勝手に持って行った。……元の場所に、戻す」

 

「あ、うん、よろしく……」

 

 想定とは違う反応だった。

 それもなんだか、深い言葉を残して行ってしまった。

 特に何も考えていないとは思うのだが、ああいう言葉が出てくると驚いてしまう。

 

「……不思議ちゃん」

 

 数時間足らずの付き合いで抱いた印象に、『不思議』が加わった。

 他にも『口数が少ない』『たまに口数が増える』『その時の語彙力は絶妙』がある。

 

(しかも元植物で、私に対して気を許している様だし……。そ、そう考えるとなんか可愛く思えてきたかも。いや今までも可愛いけど)

 

 そして、その時。

 桜実の脳に電流走る。

 

「……不思議?」

 

(不思議といえば、アリス……アリスか。うん、良いかもしれない)

 

 すると、狙ったかの様なタイミングで女の子が戻ってきた。

 ふんす、と顔を自慢げな表情へと変えた桜実を見たサボテンは、小さく首を傾げる。

 

「ねえ、アリスって名前はどう? 君の名前だよ」

 

(アリ)()? ……自分は蟻じゃない」

 

「いやそうじゃなくて……」

 

(……うん、これは不採用だわ)

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