彼女はサボテンだった   作:馬汁

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サボテンはサホだ。

 晩飯を食べて、服を着替えさせて、説明と案内がてら家の中を歩き回って、そして風呂に入れて……、

 

「……すぅ」

 

 で、サボテンは寝込んでしまった。

 布団に横たわらせて、掛け布団を被せたら数秒だった。……変身の反動か何かで疲れでも溜まっていたのだろうか。

 よく考えたら、彼女という質量が無から発生した時点で世界の法則が乱れている気がする。

 

(……どこまで行っても不思議な子だなあ)

 

 そういえば、この子の名前がまだ決まっていない。

 何が良いのだろうか、と名付け対象の寝顔を見下ろしながら思考を始める。

 

(「サホクラ」とか。……なんか違う。しかも私の名前と似てるし……)

 

 それじゃあ何が良いだろうか? かえって()()()()名前だとキラキラしていてあまりよろしく無い。彼女は悩み始めた。

 サボテンを買ったのは桜実が誕生日を迎えた頃、ならば自身の名前から一部を取っても良いかもしれない。

 

(例えば…………あー、頭がぼんやりして思い浮かばない)

 

 どうやら眠気を催しているのはサボテンのみではなく、桜実もそうであるようだった。

 上手く名前を思い浮かべられないまま、諦める。

 

(明日考えよう、明日。すごく眠いし…… うへぇ、まだ少し早いのになあ)

 

 スッキリしない頭のまま、そう言えば今日は金曜日だったなと思い出して、それならばまあ早起きするのも良いなと思って、のそのそと自分のベッドに潜り込んだ。

 

(寝ている子の横でいそいそ動き回ってるよりはいっか……)

 

 そう思って自分を納得させて、枕の横に置いてあるリモコンを操作する。

 即座に消灯はされず、部屋がだんだんと暗くなっていく。

 

「おやすみなさい」

 

 完全に光が消えた頃に、桜実は囁くような声で眠りの合言葉を告げた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「……あー」

 

 目が覚めた。

 

 窓から差す光が、丁度桜実の目元を照らしている。

 思わず瞼が力むが、それがかえって意識の覚醒を促す。

 

「……」

 

 薄目を開けて、天井を見つめつつぼんやりと頭を働かせる。

 昨日は何があった? サボテンが擬人化した。そういえば布団で寝かせていた。

 

 朝が来たからには、起床の時間。

 サボテンが寝ていたら起こそうかと、その為にまず体を起こそうとするが……。

 

「……あれ」

 

 体が重い。

 力が入らないというよりかは、不自然に身体に荷重が乗っている感覚だった。

 

(……え?)

 

 寝てる間に枕でも抱えてたか、でもそこまで重くないはず。

 桜実はそう思いつつ目線を自身の胴体に向けてみる。すると、毛布に不自然な膨らみが見つかった。

 

 そういえば、身体が妙に温い。

 この感じは人の体温だ、と気づいて、まさかと思って毛布を捲りあげる。

 

「……何やってるの、サボテン」

 

「ん……」

 

 サボテンは、まるで子供の様に桜実に抱きついていた。

 桜実が就寝した時点で、サボテンは別の寝床にて眠っていた筈だったが……。

 

 呼び掛けても、まだまだサボテンの眠りは深い。

 これでは寝耳に水ではなく、寝耳にそよ風である。

 

 どうしたものか、と桜実は迷う。

 

(本当に、子供みたい。いや、高校生の私が言えたことじゃないのかも。……新しい妹が出来たっていうのが近いか)

 

 桜実は少しだけ溜息をつくと、サボテンを胸元に抱き寄せる。人間姿での付き合いは1日もないが、抱き枕扱いすることに抵抗はなかった。

 さて、朝早くから準備しなくてはならない平日ならともかく、サボテンの目覚めを待つぐらいの時間はある。

 

 無理に起こさず、その対価としてサボテンにはこのまま抱き枕になってもらうことになった

 

 

(妹、か。……菊葉は元気にしてるかなあ)

 

 目を閉じてじっとすれば、2度寝ぐらいはすんなり出来そうなぐらい、ぼんやりとした意識のまま、サボテンを撫でる。

 菊葉というのは、今現在は親戚に預けられ、小学校に通っているあの弟の名だ。あと一年すれば中学校へ進学することになるだろう年だが。

 

(……私も、ちょっと人肌が恋しいのかもしれない。なんだかんだ、一人暮らしも結構長いし)

 

 一年間の一人暮らし。

 週に数回友人を招き入れ、長期休暇の機会に実家へ帰っているとは言え、一人で過ごす割合が多いことは事実。

 

 

(……そろそろ作るかな、朝ごはん。昨日の晩飯は残ってないし)

 

 胸元の温もりからそっと離れ、ベッドから立ち上がる。

 サボテンが少し身をよじる。

 

(サボテンの事だし、起きたら何するか分からないな……伝言メモでも握らせておけばいいか?)

 

 しかしサボテンが文字を読めるかは定かではない。

 少し迷った桜実は、まあ無いよりはマシだろうと、起きたらキッチンに向かえという節を付箋に書き、サボテンに握らせる。

 読めなかったら読めなかったで、朝食が出来上がった頃に桜実から迎えに上がれば良いだろう。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 ごろん、とサボテンが寝返りを打つ。

 その時に、窓から差す陽光が照らされる場所に両目がやってきて、彼女の意識に刺激を与える。

 

「ん……」

 

 無意識が天井を視界にとらえる。意識は未だに微睡の中にある。

 半目のサボテンの視線は、掴みどころが無いままに揺らいでいた。

 

 そんな状態のまま、何かを求める様に、腕で空を抱えるような動きを一度する。しかし布団が腕に引っかかるだけで、何かを抱える事は叶わなかった。

 

(……さくらみ?)

 

 そこで、ようやく意識が纏まってくる。

 瞬きを一度。そして二度目を行なって、このベッドに寝転がっているのは自分だけだと気付く。そもそもサボテンは床で寝ていたと記憶している。何故ベッドの上にいるのかは分からなかった。

 

「ん、く……」

 

 身体が固まっているような気がして、身体をほぐす様に大きく伸びをする。そうすると身体は軽くなり、眠気も何処かへ去っていった。

 床に足をつけて、立ち上がって見渡しても、この部屋にはサボテン以外誰もいない。

 

「……?」

 

 ふと、目線が一点に定まる。

 それは、桜実がサボテンに握らせた紙片……ではなく、窓の側に置かれた、植物の方のサボテンである。

 

「……私だ」

 

 彼女にとっては、自分自身の姿である。

 寝起きだからか、随分とゆったりとした動きで、我が身の分身とも言えるそれの元に近づく。

 

 ぺた、ぺた、ぺた、くしゃ。

 

 裸足でカーペットの上を歩いていくが、布や毛では無い感触が足の裏に張り付く。

 なにか踏んだ事に気付いて、サボテンは足元を見る。

 

『サボテンへ。起きたら下の階に来てね』

 

「……?」

 

 サボテンは手紙を拾い上げて、首を傾げる。

 彼女とて桜実が幼い頃からの付き合いであり、ある程度文字の知識は持ち合わせている。

 

 ひらがな。まあ読める。

 カタカナ。一部怪しい。

 漢字。桜実という字なら読める。あと石焼き芋。

 

 ……見た目相応の年齢として見ると、余りに不十分である。

 

「読めない……」

 

 彼女の言語能力に配慮されていないメモは、やはり物事を伝えることは叶わずにサボテンの手から離れた。

 幸い、ある程度桜実の生活サイクルを記憶していたサボテンは、桜実は今頃朝食をとっている頃だろうかと予想を立てることができた。

 丁度、サボテンのお腹が鳴る。

 

「……ぐー?」

 

 奇妙な生理現象に首を傾げ、そういえばこの現象は人間たちが食事を必要とするときに起きるという事を思い出す。言わば、サボテンは今空腹という状態にあるのだ。

 

 空腹ならば、食事を。

 食事を取るなら、あそこだ。

 

 

「おはよう、サボテン」

 

「おはよう? ……あ、おはよう」

 

 予想どおり、キッチンには桜実が居た。

 どうやらなにかを作っている途中の様だ。フライパンは卵とベーコンを乗せてジューと音を立てている。

 

「ん、よく挨拶できたね」

 

 サボテンにとっては聞き慣れた言葉ではあるが、いかんせん、言い慣れてはいないのだ。それでも返事ができたのは、昨日の時点で自身が人間であるという自覚が出来たおかげだろう。

 人間であるということはつまり、目の前の飼い主と大まかには対等の存在であるということだ。

 

 桜実がフライパンをコンロから持ちあげて、皿の上に盛り付けられる。

 トースト、目玉焼き、ベーコン、あとサラダ。簡単な料理だが、その分味付けは欠かしていない。

 トーストにはバターを。目玉焼きやベーコンには塩胡椒。サラダにはドレッシングを。

 細やかなものかもしれないが、コレだけで朝食は美味しくいただける。少なくとも桜実はそう思っている。

 

「これ……ちょうしょく?」

 

「うん。……ああ、もしかして嫌だった?」

 

「……」

 

 サボテンは返答に困ったのか、口を開いてから、一切言葉を出さずに閉ざした。

 それから首を傾げて、しばらくして。

 

「嫌、じゃない、けど」

 

 わからない。サボテンは、この食事に対してどう思ったのかがわからない。

 気持ちを口から、言語化して表すのは難しい。大人でもそれが稀に、あるいはよくあるというのなら、仕方のない事だろう。

 けども、「嫌」という単語を否定するぐらいは出来る

 

「そっか。まあ、気に入らなかったら言ってね」

 

「ん、食べる」

 

「召し上がれ」

 

 多分。いや、確実に人間としての経験年数……いや、経験日数と言うものが片手の指で、なんなら猫の指でも数えられるぐらいの数しかないサボテンには、フォークの扱いも難しいものだった。

 

 昨日と同じ様に食べさせてやろうか、と思った桜実は、その考えを一度自ら否定する。

 教えて、試させて、ダメならそうするべきだ。そうしなければ、()()にならない。

 

「親指を立ててみて、先端が親指の長さぐらいに来る位置で持ったら、使いやすいと思うよ」

 

 無理して鉛筆持ちの様な持ち方を教えても、難しい。

 グーで深く握っているサボテンに、助言をする。グーで持つのは悪くないが、それ以上に変な持ち方は修正させる。フォークの先端と手の間隔が短いと手が汚れる。

 

 そういえば半熟だったと頭の片隅で思い出しつつ、黄身から溢れる液体と崩れる形状に動作を停止するサボテンを、桜実は和やかに見つめた。

 

 

 サボテン。そうか、サボテンか。ふと、彼女は呟く。

 

「……サホ、ねぇ」

 

 黄身から剥がれてしまった白身をようやく口に運んでから、サボテンは桜実からの視線に気付く。

 

 すると桜実が、目の前の食事に構わず携帯を弄り始め、今度は何かに頷く。

 画面に写るのは、たった2文字の漢字である。

 

「咲歩……」

 

「……?」

 

 

 

「……ねえ。君の名前なんだけど、サホってのはどうかな」

 

 キラキラみは無さそうで、サボテンという名の頭2文字を取ったが故に安直だと感じられる名前で。

 その名に込められた願いというものは無いに等しいけれど、それでも桜実としてはこの子に相応しい名前ではないかと、我ながら確信して。

 

「サホ……?」

 

「咲歩。漢字の方は後付けだけど、人名としては……うん、大丈夫だと思う」

 

「名前……」

 

「そう。君の名前」

 

「……良いと、思う」

 

 人間の感性を持ち合わせているわけでもなく、なんならアリスという言葉を蟻の巣と勘違いするぐらいだが、サボテンとしては不思議とこの2文字が魅力的に感じた。

 

「良かった。気に入ってくれて」

 

「……うん」

 

 両親もこうして命名に悩んだのだろうか。本人の意見を聞けない分、桜実より厳しい条件だ。

 桜実という名前は、自身が生まれた日、桜が実をつけていたのを見て決めたと言っていた。

 ……当日に決まったというあたり、決定が遅い事を否定するのは天邪鬼でもなければ出来ない。

 

 

「……ねえ、サホ」

 

「んも?」

 

「あとで、服を買いに行こっか」

 

 桜実が唐突にそれを言い出したのは、黄身の中身が思いっきり服に溢れているのを目撃したからである。

 


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