ヤンデレシリーズ2話でございます。
ヤンデレシリーズなのに、ハッピーエンドが好きな私は強引に解決へ持って行ってしまう。でも、そういうのもありかなーと。それに、過度に病んでるとどうしても心が苦しくなるんです。じゃあ書くなよと思うかもしれませんが、それでも書いてみたかった、それだけなんです。
感想、評価、していただけると嬉しいです。
──Love is a serious mental disease.
(恋は、重大な精神疾患である。
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見知った天井。視界がはっきりとして、まず視認したものはそれだった。
それと同時に、逃避行の失敗を突きつけられる。
「おはよう、兄さん」
「千聖……」
芸能界ではかなりの有名人にのし上がった眼前の少女。俺の逃避行を棒に振った人間でもある。
体を起こそうとしたが、動かない。何かで固定されているらしい。
「これ、外してくれよ」
「嫌よ、外したらまた逃げ出しちゃうじゃない。また捕まえに行くなんて面倒だわ」
必死に腕を動かしても、ガチャガチャと金属音が鳴るだけで、状況の好転は見込めない。
そんな俺を見てか、千聖は不敵な笑みを浮かべた。万人を虜にする笑みは、恐怖で人を押さえつけんとする攻撃的なものだった。
「ふふっ、無駄よ。人間如きが脱出できるわけないじゃない」
「……なぁ、人間って長時間同じ姿勢でいると死んでしまうらしいぞ」
「なら、その時は私も一緒に死ねばいいだけの話じゃない」
「なっ……」
千聖は平然と恐ろしいことを口にする。未だに修羅の笑みを貼り付けている。どうしてそんな表情をしていられるのか、俺には分からない。俺如きに重すぎる愛を向けるなど、人生大損だ。
窓は完全に閉じられ、時刻すらも知ることを認められない。
外の空気が恋しい。
「どうしてそこまでして俺を側に置こうとする」
「何度言わせないでちょうだい。私は兄さんのことを
「お前、病んでるぞそれ」
「ええ、そうでしょうね。恋という病に侵されているのでしょう」
想起させるのは、みんなと仲良く平和で幸せな日常を送っていたあの日々。
少しずつ蓄積されていった闇に気づけなかった俺の無力さ。何度もそれを考え、自らを責める。
元々これは以前の世界の捻くれから抜け出すためだったはずだ。それなのに……何故俺は……
「兄さん、ご飯食べるかしら?」
「……ああ」
ガチャ、と扉が開いて、入ってきた千聖が自ら作ったであろう物を運んできた。あの時走って消費したエネルギーは思った以上に多かったらしく、想像以上の空腹に襲われていた。
「あーん」
「……くっ」
手すら満足に動かせないので、千聖に食べさせてもらわざるを得ない。
大人しく口を開けると、意外にも美味な料理が喉を通る。
「ふふっ、私の子供みたいで可愛いわね……」
「……」
当然、いい気はしなかった。己の過ちを悔やむばかりだ。成り下がった少女たちに欲情などするはずがない。せめて、俺だけでも正常でいなければならない。
溺れようと思えばそんなことは容易い。全てを諦めてしまえばいいのだから。それでも、必死の理性を繋ぎとめ、悪足掻きをするのは、
俺のせいじゃないと思うかもしれないが、みんながこうなってしまったのは、俺の選択が間違っていたからだ。
みんなの愛を、平等に受け止めることができなかったから。
「どうしたの?急に暗い顔をして」
「……いや、なんでもない」
ここで本音を吐露するのは、負けだと思った。本音を漏らすのは、自らの弱点を晒すも同然。だから、仮面を被ってでも本音が溢れ出すということを引き起こしてはならない。
そもそも、身動き一つ取れない俺にできることなど何もない。秒針の音に合わせて世界が進んで行くことを知ることすらもできず、薄暗い6畳ほどの狭すぎる世界でなんの情報も得られぬまま生涯の終わりを待つことしかできない。
──ありがとう、兄さん。
この世界で初めて会ったあの日のこと。そこに見たのは、女優でも、パスパレの一員でも、バンドリキャラでもない、どこにでもいるような女子高生のありのままの姿だった。
その姿からは、こんなことになるとは予想もつかない。ちょっと怖いくらいの微笑を浮かべる姿、芸能界に生きる人としての一面や、一人で辛さを抱えてひた走る姿。
今は決して見ることのできない過去に想いを馳せながら、変わり果ててしまった少女を見る。千聖はいつもと変わらぬ微笑みを向けていた。
が、無限の生き地獄はガチャ、と扉が開けられたことによって終わりを迎えた。
「お兄ちゃん!」
「……彩ちゃん」
姿を現したのは、同じパスパレに所属する丸山彩。いつになく必死な表情は、俺を助けに来たのだろうと思わせる。
「千聖ちゃん、もうこんなことは止めよう!」
「……帰って」
「……っ」
「お、おい!」
「兄さんは黙ってて」
一言だけだった。しかし、その一言は重くのしかかった。バンドメンバーに向けてはいけないほど低い声で、彩ちゃんにはっきりと拒絶の意思を告げる。
それを俺が制しようとするも、一蹴される。
「彩ちゃん。兄さんだけはたとえ彩ちゃんであろうとも譲れない。今すぐ引き下がりなさい、そうすれば何も危害は加えないわ」
千聖は先程とは対照的な、諭すような優しい声音で語りかけた。だが、そこには無数の鋭利な棘が生え揃っていて、敵対心を隠そうとする気がないことが分かる。
──彩ちゃん、帰ってくれ。これ以上誰にも危害は加えたくない。そう言おうとしたが。
「でも、私は帰らない」
彩ちゃんははっきりと千聖を見据えた。力強い光が見えた気がした。
「お兄ちゃんを放って置けないから」
「……そう」
千聖は悲しげに目を伏せた。そして再び彩ちゃんを見据えたその目から光は消え失せていた。
「なら、力づくで……カエッテモラウワ」
俺には、
「うっ……!」
聞きたくもない悲痛な叫びが部屋中にこだまし、世界を覆い尽くす。
仲間思いの彩ちゃんは、千聖に手を出すことができない。
当然、千聖がそこに付け込まない筈がない。それをいいことに、一方的に攻撃を加える。
「や、止めろよ……!」
俺の叫びは届かない。こちらを見向きもせず、本能に任せてただひたすらに彩ちゃんを殴り続けている。
ガチャガチャと鳴る金属音と、耳を塞ぎたくなるような鈍い音が、俺が見ていることしかできないということを知らしめる。
「おにーちゃん!」
「日菜!?」
「今助けてあげるねっ!」
ここは2階なのに、どうやって入ってきたのか。日菜ちゃんが彩ちゃんと共謀しているのは容易に想像できるが、流石だと思い、思わず笑いが漏れる。
千聖は未だに気づかない。己の過ちに。本能に身を任せすぎたことによる代償に。
ガチャリ、と音を立て、一つ一つ音を立てて外れていく。
「よしっ、外れたよ!」
「ありがとう。……おいそこまでにしろ」
「なっ……日菜ちゃん!?」
「流石にこれは許せないよ」
ようやくこちらに気づき、手を止めた。驚きに満ちた目が滑稽に見えた。
久々に足をつけたからか、思うように力が入らない。日菜ちゃんに肩を貸してもらい、何とかバランスを保つ。
「もうこんなことはやめろ。誰も得しない」
「わ、私は……!ただ──」
「行き過ぎた行為は嫌われるぞ」
突然、絶望した表情でうずくまり、すすり泣きを始めた。
自業自得。見放すのも考えた。でも、千聖の人生を壊してまでそうしたいとは思わない。更生してくれる、そう期待していた。
「まぁ……すぐに許せるようなことじゃないけど、さ。俺がそんなことをしたら、俺も成り下がっちゃうから。それに、千聖には苦しんでほしくないし」
アイドルとして、女優として、苦しくとも、それ以上の華やかな将来が待っていることだろう。それを潰すのは間違っていると考えなくとも分かる。
だから俺は──
「顔を上げてくれ、まだやり直せる。人生はこれからだし、な」
「……えっ」
驚いたように俺を見上げる。それは、彩ちゃんや日菜ちゃんも同じだった。
「お前の頭がイかれたのも、俺の責任が無いわけじゃないし」
本当の俺の妹は、今何を思って暮らしているだろうか。悲しみに暮れているかもしれない。
もう助けてあげることは出来ない。でも、ここにいるみんなはまだ助けてあげることができる。だから、見捨てるような真似はできない。
「俺は、
「うっ……ひぐっ……ごめんなさい……ごめんなさい……!」
「ははっ、許すから。でも、泣きたいなら泣きたいだぇ泣け」
「うっ、うわぁぁぁぁん!!」
俺の狭い世界で、千聖の絶叫だけが響いていた。
「千聖ちゃん……!」
「……」
一件落着。しかしそれは