最近、キャラ同士の会話が続かずあっという間に結論に到達してしまう悩みが発生中。色々調べてみよう......
ボ、ボッチってわけじゃないんだからね!?(墓穴)
──Acupuncture ceases to die long after love has ceased to die.
(──嫉妬が死に絶えるのは、愛が死に絶えてからずっと後のことである。
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外に出て、初めて夜だと気づいた。家の光は消え、薄暗く細い道は、数十メートル先を見ることすら許さない。
だからと言って俺が止まる理由にはならない。日菜ちゃんの、紗夜の、みんなの人生を狂わせかねない。
普段から運動をしないせいで、すぐに息が上がる。それでも、足は自ら意思を持って前に進む。
身体中の筋肉が、細胞が、激しく酸素を求めてシグナルを鳴らす。それに呼応して息は激しく、苦しくなる。
「間に合ってくれ……!」
何としてでも、あの双子を救わなければならない。自分の過ちに気付いた時には既に手遅れで。彼女たちのことを何一つ考えていなくて。自分が勝手に作り上げた価値観を一方的に押し付けただけ。
みんなが悩んでいた事実から目を背け、みんなのためという偶像を作った。そして、それが正義であり、全てだと信じてやまなかった。
恋とは、男には知りえないほど奥が深く、複雑なのだ。未だにその事実しか分からず、本心を知る余地もない。
しかし、結局俺が取った行動も、紗夜の行動も、根底にあるものは同じなのかもしれないと思い始めた。
自分が正しいと思ったことを貫く。
誰も、何も間違っていないとは言えない。でも、同情は出来るだろう。人を殺すという悪手に染めようとしていること以外は。
氷川家を視界に捉えた。扉が開いている。紗夜が閉め忘れたのか、身内の誰かが逃げ出したのか。
だが、少なくとも、日菜ちゃんと紗夜はまだ中にいるはずなのだ。
乱暴に靴を脱ぎ捨て、リビングを駆け抜け、壁のようにそびえ立つ階段を這うように上がる。
廊下の途中、紗夜の部屋の奥に日菜ちゃんの部屋がある。
間に合っていてくれ。そう願いながら、壊れるほどの勢いで、扉を開け放った。
「……!」
「ふふっ、やっぱり来たのね」
紗夜が日菜の首筋にナイフを当て、まるで人質に取ったかのような状態。そして俺が来ることが初めから分かっていたかのような口ぶり。
恐怖で足が震えている。一歩道を間違えたら、今までの全てが崩れ落ちかねない。
「紗夜、そのナイフを下ろせ」
「他の子と関わらないというのなら下ろしてもいいわよ」
「……」
それでも、口調だけは強く見せようと努める。
俺が圧倒的不利な状況は変わらない。それでも、打ち破らなければならない。
日菜ちゃんを救い出さなければならない。
「そんなことしたって、誰も幸せにならない」
「私と兄さんが幸せになれるわよ」
よくもまあそんな分かりきったかのように堂々と俺の心情を語ってくれるな。
俺のはそんな単純で安っぽくない。
「だから、日菜を、兄さんに近づく輩をこの手で殺めるのよ。出来ることならしたくないのだけれど」
普通なら、とっくに愛想を尽かしてもおかしくない自分が愛していた人がこんなに狂っていたと知ったら、失望するに決まっている。
でも、俺は紗夜がこんな人間じゃないことはよく知っている。
紗夜は一番成長したキャラだと自信を持って言える。
「いつからお前はみんなが死ぬことで俺が幸せになると勘違いしている」
「……!」
強い口調で、そう問い詰める。
本心では、日菜ちゃんを殺したくない、そう思っているのではないか。僅かにそんな考えが浮かぶ。
苦しみながらようやく見つけた双子の在り方。大切にしたいと思っていないはずがない。
「思い上がりはもうやめろ。誰かが死んで誰かが喜ぶ、そんな世界あるはずないだろ」
「違う、私は兄さんと──」
「じゃあ何でそんなに手が震えてるんだ」
いつのまにか、俺が持ち込んだ震えは紗夜に移っていた。俺の震えはかなり治ってきた。
俺の思った通りだった。やっぱり心の底ではそんなことを思っていなくて。
「一度冷静になれ。そして己の愚行を見つめろ。そして、反省するんだ」
誰もが幸せを追求するべきなのは認める。それが人間が生きる理由でもあるのだから。だが、犯罪に手を染めてまで掴む幸せに『中身』はない。
後から襲う後悔に身も心も蝕まれるだけだ。
「でも……っ、私は……私は……!兄さんと一緒にいたいだけなの!」
顔を歪め、絶叫する紗夜。これほどまで取り乱した彼女を見たことはなかった。
それほどまでに、心が荒んでしまったのだろう。自分自信の小さな間違いがこんなにも影響を及ぼしているとは思いもしなかった。
「紗夜、お前の気持ちは理解できる。でも、何もここまでする必要はなかっただろ」
なぜわざわざ兄さんと呼び、一定の距離を保とうとするのか。
そこまでの愛情を抱きながらそうする理由が分からない。
「私は兄さんの隣で──」
「分かったから。まずそのナイフを下ろせ。日菜が危ないだろ」
さっきとは違い、簡単に下ろしてくれた紗夜。ようやく解放された日菜ちゃんは、俺にくっついて離れなくなった。
「怖かったよ、お兄ちゃん……!」
「うん。でも、もう大丈夫だからな」
優しく頭を撫で、不安を払拭させようとする。
だが、まだなにも終わっていない。大丈夫なのは日菜ちゃんの話であり、紗夜はまだ解決に至っていない。
「兄さんは、そう言いながら結局日菜の味方なの?」
「違う」
「そうじゃない!日菜だけに優しくして私には誰も味方してくれないじゃ──」
「いい加減にしろ!!」
「──!?」
「何勝手にベラベラ喋ってんだよ!俺が誰かを贔屓するなんてことはしねえよ!俺にとって、みんな大切な子で、1日1日を面白いもんにしてくれてるんだ!紗夜だけを嫌うなんてそんなアホなことするか!紗夜も、日菜ちゃんも、みんなのことが大好きで、大切だからここに来てんだよ!日菜ちゃんを助けたかったのもそうだけど、それ以上に紗夜に殺人を犯して欲しくなかったんだよ!」
「──兄さん……」
「……だから、もう2度とこんな真似をするな」
こんなことしたくなかったのに。関係性を崩すような真似、したくなかったのに。
俺は紗夜に怒鳴り、悲しませてしまう。
結局、俺は何も変わりゃあしない。あの時のままの、弱い俺なのだ。
「……すまん。もう帰るな」
「──待って!」
しばらく聞かなかった声が耳に飛び込んできた。
「何だ」
振り返ると、涙で目を潤ませた紗夜が立っていた。反射してキラキラと輝き、目に再び命が灯ったような気がした。
「ありがとう。救われた気がするわ」
「……そりゃ良かった」
微笑を浮かべる紗夜の表情は、人工的な照明の光しかない薄暗い部屋の中で、一際神秘的なオーラを放っていた。
以前の紗夜は、日菜に強く当たり、自分や周りに厳しく当たる少女だった。それ故に人間関係で苦労も多かった。
しかし、最近は随分と丸くなり、交友関係も増えてきた。お菓子作りも始め、緩急をつけるのが上手くなったように思う。
「その……お願いがあるのですが……」
「どうした、急にそんな畏まって」
「うちに泊まっていかないかしら?」
「えぇ……」
「あら、結局私には冷たいのね」
「……仕方ない、お願いとやらを聞いてあげましょうかね。その前に、そのナイフをしまってきてくれよ」
「ありがとうございます」
いつもより楽しげな口調でそう言った紗夜は、少し浮き足立った足取りで部屋を出て行った。
「おにーちゃん、ありがとう」
「まー、何とかなってよかったな」
「うん」
「日菜ちゃんもああならないように気をつけてくれよ」
「はーい!」
今日は、久々に落ち着けそうだ。