由緒正しき鬼ですが、何か?   作:358さん

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 あの事件以降、何時も眠りにつくと同じ夢を見た。
 森の中、燃える様な赤い刀身の刀で一人の女を斬り殺す夢だ。右肩から一線、女の肌を裂いた。溢れ出る血潮が体に掛かる。べっとりと粘着性のある液体を服の裾で拭う。
 女の長い黒髪は傷と同じ様に切れ、地面に落ちた。女はゆっくりこちらを振り向き笑みを浮かべる。他の女と違う所があるとするなら、その女の額に長い角が二本生えている事だろうか。先端に行くにつれ紅色が映える綺麗な角だった。
 時代錯誤も甚だしい十二単を着た女はゆっくりと倒れた。ゆっくりと広がって行く血の海に俺の視界がいつも歪む。それからいつも謝罪を口にするのだ。女はいつも約束を取り付ける。俺も約束を受け入れるのだ。

 俺は妻を斬り殺す夢を毎晩見ている。


第一話 男は旅人である。

 眩しい朝日が瞼の向うから瞳に光を見せる。いつもの時間だ。ゆっくりと目を開く。数回瞬きの後に薄く雲がかかった水色の空を見た。しばらく寝ぼけながらじっと空を眺めていた。

 

―――チリン。

 

 懐かしい鈴の音がした。いや、懐かしいかどうかは覚えていない。彼女が履いていた下駄はもう随分と前に燃やしてしまったから。そう言えば、もう直ぐ彼女の命日だ。とっとと終わらせよう。

 

「ん……。」

 

 もうすっかり木の枝で寝る事が慣れてしまった体をほぐし、大きく欠伸を一つ。落とさない様に抱えていた3尺3寸の製図用の筒を背負い直し、木の上から飛び降りた。丁寧に綺麗に整備された庭だ。芝生は青く、みずみずしい。季節では無いから花は咲いていないが、立派な桜の木のそばに池があった。

 随分長くなってしまった髪を一房摘む。水面に映る自身を見て手櫛で治す。

 

「あの……。」

 

 おずおずと一人の少女が話しかけてきた。2尺ほど離れた場所で彼女はこちらを窺っている。手には暖かそうに湯気のたった食事が乗っていた。

 

「大丈夫でしたか?」

 

 そう言葉足らずの質問を投げかけられた。恐らく部屋で寝ていなかった俺に対する質問だろう。

 

「大丈夫だよ、こちらの方が慣れているんだ。」

「そう、ですか。あの、朝食の準備が出来ています。何処に御持ちすれば?」

「そこの縁側の好きな所に置いてくれればそれでいいよ。」

 

 指を指した場所に彼女はお盆を置いた。それから小さく頭を下げて宿の中に戻って行った。俺は立ちながら箸を取り、一つほうれん草をつまんだ。その味はやはり店で出されている物でとても美味しい。もう一口食べた。数回咀嚼し、やはり美味しかった。昔からの習慣のせいか、どうにも肉は口に合わない。その事を少女に伝えておいたため、彼女は昨晩の夕食にも肉料理を出すことはなかった。

 全て食べ終わったころ、少女はひょっこりと顔を出した。そう言えば、受付にも彼女にしかいなかったな。

 

「ありがとう、とても美味しかったよ。」

「こちらもどうぞ。」

 

 少女は嬉しそうに笑みを浮かべてまんじゅうを置いて行った。俺は大きな溜息を付いた。そして仕方なくそのまんじゅうを食べた。一口食べて俺はやはりその甘さに顔を歪めた。しかし、善意で貰ったものだ。そして受け取ってしまった俺が悪い。

 

「小林が喜びそうな味だ。」

 

 俺は何とか二つのまんじゅうを完食し、小皿を持って厨房へ向かった。厨房の扉を叩くと女が出てきた。礼を言って皿を渡すと彼女は嬉しそうに微笑んだ。あと二日はあの宿に世話になる予定だ。今回のお土産は何が良いだろうか。街に出る前にそう思案しながら準備をしていた。

 

「おっと、悪いな。」

「嗚呼。」

 

 曲がり角で思わずぶつかりそうになった男は不愛想にそのまま行ってしまった。そんな男の後ろ姿を見て変な男だ、と思いながら部屋に戻った。しかし、顔に刺青をいれるなんて目立つことをするな、と思いながら無機質な部屋を見渡した。この宿には今の所、俺とあの少女と不愛想な男の3人が存在していた。

 宿屋は町から少し離れた小高い丘の上に立っていた。街を眺めるには丁度いいが街に行くには少し遠い立地だった。ただ街の全体を眺める事ができ、感慨深い物がある。

 商店街は賑わい、多くの人が行きかっていた。商店街に置かれている物を見るがあまり目新しい物はない。海外の物など喜ぶだろう、と思ったのだが。そう言ったものはないみたいだ。

 

「やはり、一番は東京か。横浜だな。」

 

 小林は神社の中から滅多に出て来ない変わった子であった。何時も本堂の中でゴロゴロしている。時々帰ってお土産を持って行くととても喜んだ。あまり日本の物は見飽きたらしい。神社の中に立てこもっていて見飽きたも何もない気がするが。

 ふと、家紋を掲げた家が目に入った。どうやらそこは宿屋をやっているようで庭先に咲いた花の匂いが微かにこちらまで漂って来ていた。何やら騒がしい声が聞こえて来るが、こんな昼間から宴会でも行っているのだろうか。

 

「楽しそうで何よりだ。」

 

 俺はそう零してその宿屋の前から立ち去った。街をぐるっと回ってみたが、やはり目新しい物はない。寧ろ古き良き日本らしさを残したとても良い街だったと俺は思う。都会の方じゃ人力車に変わって石畳で舗装された道に車って奴が走っているだとか。鉄道っていう物も首都から少しの区間開通して、人の足じゃ比べ物にならない位の速さで走っているとも聞いた事がある。

 世の中、すっかり変わってしまっている。徳川の治世のように長く平和が続いてくれれば良いが、とそう願わない日はない。

 しかし、最近はどこの街も行方不明者の言葉を聞く。

 

「山賊が出るらしいのよ。」

「その話、聞いてもいいかい?」

 

 井戸端会議をしている奥さん方に話しかけた。彼女達は軽快な色を見せながらこちらを向いた。

 

「アンタ、飯田さんところの宿に泊まってる客かい?」

「ん、飯田さん?」

「ほら、丘の上の。」

 

 どうやらあの少女の姓は飯田と言うらしい。

 

「嗚呼、東にある小高い丘の宿屋に泊まっている。」

「気をつけなよ、あの辺り山賊が出るらしいんだ。旅人が何人も丘の麓で死体で見つかってるんだよ。」

「死体に何か特徴は? 男とか、女とか。」

 

 彼女たちは首を横に振った。これはあの宿に帰るのが憂鬱になるな。すると一人の女性が俺の服の袖を引っ張った。

 

「アンタ、心配ならあそこの宿屋に泊まり。街の中だから、安全だよ。」

「……、考えておくよ。」

 

 あの宿に泊まることに異論はなかった。安全かどうかで言うなら絶対先ほどの家紋が掲げられた宿の方がいいだろう。ただ、1つ心残りがあるとしたらそんな危ない場所に少女一人残すのは心苦しい、という自分勝手な感情だった。

 結局、その後も奥さん方の井戸端会議にお邪魔しているとすっかり日が高く昇ってしまった。やはり一人の奥さんは俺を心配してくれているのか、はたまた丁度いい金蔓に見えたのか宿に泊まることを勧めてきた。

 

「いや、取り敢えず今日は戻るよ。」

「夜に出歩くと鬼に会うよ!」

「嗚呼、知ってるよ。」

 

 冗談じゃないんだからね、とそう叫ぶ声が聞こえる。彼女は鬼とやらにやたら警戒心を持っているようだったけれど、会ったことでもあるのだろうか。

 そんな事を考えながら街を出て坂道を登る。少し蛇行する道は、確かに血の匂いが漂っている。ただ、それもだいぶん薄い。少し鉄臭いかな、という程度だ。

 丘の上に到着した。後ろを振り返ると、やはり街の灯りが煌々と光っている。

 

「お客様?」

 

 ガラガラと玄関の扉を開けて中から少女が出てきた。

 

「君はいつもタイミングがいいね。何か、見えているのかい?」

 

 少女はピクリと体を動かした後、小さく首を振った。「偶々です」とか細い声で俺の質問に答えた。「そうかい」と頷き俺は宿屋の中に入っていった。

 

「なあ、お嬢ちゃん。」

「はい。」

 

 外に用事でもあるのかと思えば、宿屋の扉を閉めて俺の後ろをついてくる。五尺ほどの身長の少女は、視線を彷徨わせながら俺を見る。ついて来られているこちらとしては居心地が悪い。

 

「ここから見る景色は綺麗だな。」

「え? えぇ、はい。お父さんがここから見る景色が好きで……。」

「そのお父さんはいないのか? この宿じゃ、君以外見ていないんだが。」

「父は……、病を患い、今は離れでおやすみになられております。」

 

 「そうかい」と口から出た言葉に少女は小さく「はい」と返した。少女は不安げな表情で俯いてしまった。俺は立ち止まり思わず聞いてしまった。

 

「そんなに悪いのかい?」

 

 と。俺は医者じゃない。旅をしているから外傷に対する多少の知識はあれど病に対する知識はない。ただ、お金はあった。娘はもう手のかかる子供では無い。すると自然に金は懐に溜まる一方であった。行かず後家の娘であるが、あれはあれで一目惚れ体質をどうにかしようとしての結果だから何とも言い難い。

 

 妻と互いに一目惚れをして結婚した俺がどうこう言えた物では無いからな。

 

 などと自身の家庭環境を考えていると、娘はぽつりと零した。

 

「父はきっと、もう治らない。」

「そいつは、お気の毒だ。」

 

 駆ける言葉としてはこれ以上ないほど、最低なものになってしまった。少女は一切暗い顔をしていなかった。ただスコンと色の抜けた表情をしていた。

 

「お客様は、旅の方ですよね。」

「ん? そうだが。」

 

 というか、旅行客以外が宿に泊まる事ってあるのだろうか。

 

「お話、聞いても良いですか?」

「旅の?」

「それ以外にも、沢山。」

 

 少女は突然そう尋ねた。話題の転換が唐突過ぎて笑って良い物か、と考えながら笑みを浮かべたので恐らく変な顔になっていたのだろう。少女は俺の顔を見てクスクスと笑った。口元に手を当てて、上品に笑う少女だった。

 

「面白い話など、何一つないかもしれないぞ?」

「それはそれで構いません。私はこの村から出た事が無いからとっても気になっていたんです。」

 

 少女は俺の横をすり抜けて、俺に宛がわれた部屋の扉を開けた。少女は俺より先に部屋の中に入ると押し入れから丸机を出した。それから向かい合う様に座布団を敷き、その一つに彼女は座った。

 俺の話に余程興味があるらしい。彼女はこちらを見上げ、「どうぞ」と促すのだ。

 

「お客様は、何処の出身なのですか?」

「都だ。嗚呼、いや、もう違うか。」

「京の出身ですか?」

「いや、奈良だ。」

 

 少女は少し驚愕の表情を浮かべた。数回瞬きの後、またクスクスと笑い始めた。「随分と昔の話ですね」と言うので、「最近だろう」と言うとさらに少女は笑うのだ。納得がいかない。

 

「お客様は、」

「俺は、坂上俊宗(さかがみとしむね)だ。お嬢さんは?」

「これは、失礼しました。私は飯田鈴香(いいだみすずか)と申します。」

「すずか、ね。」

 

 名前を繰り返した事が余程不思議だったのだろう。目の前の彼女は首を傾げていた。懐かしい名前を散々頭の中で転がしてその懐かしさに不思議と笑みを零していた。

 私を不思議そうに見ていた彼女はそれから面白そうにクスクスと笑みを浮かべた。逆に俺には彼女の笑みが納得できず、今度は俺が首を傾げた。一人納得している少女―――飯田鈴香はやはり上品に笑っていた。それから日が沈むまで鈴香は私の事を尋ね続けた。その時、俺が若い頃の話もした。

 

「鬼を倒した事があるのですか?」

「上司に言われてな。仕方なくだ。」

 

 昔の上司の顔を思いだして酷い目に合ったと溜息を零した。父が仕えていたからと言う理由で、同じ人に使えたが実に酷い目に合った。当時、鬼神と呼ばれていた人ならざる者()を倒す羽目になったのだ。

 

「鬼はどうやったら死ぬのですか?」

「別に、切ったら死ぬさ。まぁ、昨今じゃ普通に斬っただけでは死なないのも出てきているからなぁ。」

「そうなのですか?」

「嗚呼、出自が全く異なる鬼だ。否、今もし本物の鬼がこの世にまだいるなら、あれと同類にされるのは御免だろう。」

 

 少女は矢鱈に鬼の話に喰いついた。この街の人間は鬼にでも興味があるのだろうか。それとも鬼に関する何か伝説が残っているのだろうか。俺の話をあまりにも真剣に聞く少女は、些か時代遅れのような気がした。今時鬼などの妖怪の話をすると笑い話になる物なのだがな。

 少女にせがまれて鬼を殺せる刀も見せてやった。短い物は1尺半。長いものは2尺半もある。

 

「鬼の目的は鬼たちが安全に暮らせる国を作る事、らしい。しかし、それを達成するのに鬼は徒党を組まない。鬼はその力に誇りを持っているからだ。こればっかりは納得がいかないがな。」

「随分と詳しいんですね。」

「現世を跋扈している鬼の事についてはさほど知らん。ただ、昔の鬼については詳しいぞ。」

 

 俺はそれから暫く昔の鬼について語った。妖怪について語った。彼らこそが俺の人生を色付けた者達だった。その話を鈴香は笑みを浮かべながら話を聞いていた。その時間は唐突に終わりを告げた。

 

「すずか……。」

 

 か細い声が聞こえた。呼ばれた彼女は素早く立ちあがった。それから俺に一礼すると部屋を出て行った。

 

「夜になったから出てきたか。さて、どう始末を付けたものかね。」

 

 俺は目を細めて、天井を見上げた。どうもこうもない。どうせ、鈴鹿()と同じ様に首を刎ねるだけだ。床にばらまいた刀を一つ持ち、赤い刀身をしっかりと見た。

 

人を喰う鬼(偽物)は、斬るべし。それにしても、酷く手癖の悪い子供だ。一番短い刀(小通連)をくすねて行きやがった。」

 

 俺は「困った。いやあ、困ったね」と苦笑いを浮かべた。

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