由緒正しき鬼ですが、何か?   作:358さん

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 私はあの人が嫌いだった。母を斬り殺したあの人が許せなかった。
 あの人の仕事に理解がないわけではない。あの人だって本当はやりたくなかった。そう、考えていた。
 違った。
 あの人は『切る』事に関して、鬼才の持ち主だった。
 あの人は母が鬼だからと『切り捨てた』んだ。
 あの人は仕事だからと『割り切った』んだ。

 私は、今でもあの人が許せない。


第二話 人で無し

 朝方、怒号で目が覚めた。やはり木の上で眠っていた俺はその驚きから思わず木から落ちそうになった。何度も何度も聞こえて来る野太い男の声。それからずしんと数回の振動。木の枝から落ちない様にしがみ付いた。

 未だ寝ぼけた頭で、必死に辺りを観察した。そこで気が付いた。製図用の筒が地面に落ちていた。ふたは開き、中身が溢れている。地面に降り、筒をひっくり返した。

 

「嗚呼、斬れなかったのか、きめきれなかったのか。始末してくれると思ったんだがな。」

 

 「仕事は変わらずか」と呟き、俺は二本の刀を腰に差した。そして声の方へと走った。建物が軋む音がする。音はやはり離れの方から聞こえていた。開いていた離れの玄関の扉から中に入る。バタンッと大きな音の後、奥の廊下から、障子を突き破って鈴香が転がった。

 ついで出てきたのは人喰い鬼だ。昨日会った男だった。昼間とは違い、太い腕が少女に襲い掛かる。しかし、鈴香はそれをなんとか回避した。

 

「げほ。」

 

 鈴香は血を吐きだした。俺は眉を顰めた。もしかしたら肋骨が肺に刺さったのかもしれない。

 

「限界か。」

 

 俺は鈴香と鬼の間に無理矢理入り込んだ。鈴香を後ろ手に押し、下がらせる。ただ、鬼の攻撃は人間の腕一本で防げるほど甘くはない。

 

「下がれ、邪魔だ! 外に出てろ!」

 

 鈴香の目は、予想通り金色に光っていた。鈴香は少し思案を巡らしした後、言われた通りに下がった。

 

「ごめんなさい。首、硬くてきれなかったんです!」

 

 家の外から鈴香はそう叫んだ。

 

「町に藤の花の家紋を掲げた家がある。そこに行け。保護してくれる。それから、鬼殺隊がいるはずだ。」

「応援、呼んできます!」

 

 俺はそう行った後、家の扉を閉めた。そして刀を握り直した。しかし、あの娘は頭がいい。人食い鬼の弱点の一つが太陽光であると知っていたからだ。どれ程長く鬼と生活していたかは知らないが、よく観察したものだ。鬼に向き直ると彼は顔を顰める。それはそれは分かりやすく、不機嫌になった。

 

「ナンデだ、オマエは、同類だろ?」

 

 長く伸びた爪をこちらに向け、鬼はそう尋ねた。

 

「いや、俺は人は喰わん。」

「お前は、オニだろう。」

 

 男の言葉を俺は笑った。それは盛大に腹を抱えて、俺は笑った。「違うよ」と俺は彼の言葉を否定した。鬼は納得がいないのだろう。首を傾げてこちらを見降ろしていた。

 

「俺はただの人ならざる者(なり損ない)だ。」

 

 男の腕を刀でいなすが、どうにも刃の通りが悪い。固すぎる。下手な刀より硬いその皮膚に俺は眉を顰めた。

 

 

 

 

 

 

 坂上と言う旅行客に言われた通り、私は丘を下っていた。私では斬れなかった。私の力では斬り殺せなかった。父はそれだけでは死ななかった。その事で余計な迷惑をかけてしまった。上手くいくように小さな刀を選んだのに。

 

 

 昔の父は優しかった。とてもいい父親だった。しかし、途中から来た母は悪い人だった。良くない母親だった。何故結婚しようとしたのかわからない。私はそんな夫婦をいつも見ていた。他人事のように見ていた。そして気が付いた時、父は母を食べていた。今までの鬱憤がついに爆発でもしたのだろうか。そんな事を考えていた。

 でも違った。

 直前に泊まられたお客様のせいだった。私は次に喰われるのは私だろうか、と考えた。しかし、それは違った。日が登ってしまったからだ。父は怯えるように離れに隠れてしまった。それからと言う物、父はいつもこの宿に泊まったお客様を喰うようになった。それは決まって宿の外。丘のふもとで喰い散らかし、その後離れに戻って行った。

 父は決して私を食べなかった。お客様を食べる前に私に会っても、彼は決して私を食べる事は無かった。ただ、その事がやはり心苦しくもあった。私の家族が他人に迷惑をかけている。その事がどうしても我慢ならなかった。

 

 

 息を切らして坂を下る。途中足をとられそうになるもの転ばない様に何とか耐えた。肺が痛い。胸が痛い。

 しかし、父と相対してから本当に不思議だった。私は昔から鈍いと言われて育ってきた。だからこそ、こんなに体が軽く感じる事に違和感を覚えていた。

 それから藤の家紋を掲げた宿屋を目指した。街の中は買い物に良く行ったから知っている。夜中だから迷惑かもしれない。そんな事を思いながら私は家の扉を叩いた。ドンドンと力強く叩いた。微かに香る藤の花の匂いが少し懐かしく思えた。思わずにじみ出てきた涙を服の袖で拭う。

 

「女将様! 女将様! どうか、お願いです! 戸を開けて下さいませ!」

 

 数回扉を叩いたが反応はない。もう一度、叫ぼうと思った時二階の窓が開いた。顔を出したのは物優しげな男。こちらをギロリと睨みつけたが、しかし、私の姿を見るや否や二階から飛び降りてきた。

 

「ひっ。」

 

 小さな悲鳴が口から零れた。足など挫かないのだろうか、と心配しながら男を見上げた。坂上と名乗っていた男と同じ位の身長の男だ。

 

「あ、あの。ここに来れば保護してくれるって聞いてきました。」

「誰から聞いた?」

「た、旅の人です。父が、鬼で……。首を斬っても死ななくて、それで旅の方が今……。」

 

 男は眉を顰めて私を見下ろしていました。私は怖くなり鞘に納めた刀をぎゅっと握りしめました。

 

「その刀……。うん、わかった。それじゃあ、危ないからこの家から出てはいけないよ。」

 

 男はそう言うと何処かに消えてしまっていた。辺りを良く見まわしても、もうその男を見つける事は出来なかった。すぐに玄関が開き、女将様が顔を出した。もうすぐ米寿になる女将様は「早くお入り」と手招きをしていた。私は一度自分の家がある丘の方を見た。ここからでは建物が邪魔で家を見ることは出来ない。ただ、朝日で白む空を見て、とても胸が苦しくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 鬼と対峙するのはいつ振りだろうか。恐らく娘と殺し合いに近い喧嘩をしたあの時以来だろう。父親とやらは大分人間を喰ったのだろう。彼の皮膚は大分固くなっていた。

 それでも特に焦ることはなかった。ただでさえ、空は白んできている。日が登れば、母屋と離れを燃やせばいいと俺は考えていたからだ。この近くに日光を遮る様なものは存在しない。

 その時点で勝ちは確定していた。後は刀が持ってくれればそれでいい。

 

 元々ここに人食い鬼がいる事は知っていた。俺が作った村がこの町の西にある山間にあるからだ。世間から孤立するような場所にある村だから行商人の存在はとても重要だった。ただ、最近その行商人が村に辿り着けなくなってきていた。やっとの思い出来た行商人はとても酷い怪我していた。彼の話を聞くとここで鬼が出るらしい。俺は最初から父親を殺しにきた。

 振り下ろした刀はギンと音をたて弾かれる。これはもはや皮膚ではなく被膜。肉ではなく金属。このまま打ち続けても刀が折れるだけだ。

 

「全く、お前何人喰ったんだ? 普通に切ったんじゃ固くて刃が通りゃしないじゃねえか。」

 

 父親の攻撃をただ、躱した。しかし、鬼は焦っていたらしい。相手の攻撃をいなし、自身は一切の攻撃をしない。それを相手は余裕と取ったのかもしれない。実際、タイムリミットがある分、余裕だったかもしれない。

 

「血鬼術、布箱乃籠。」

 

 足元から現れたのは大きな口だった。床は抜け、体は重力に従い口の中に落ちていく。

 

「くそ!」

「宝物は、宝箱の中に……。」

 

 鬼はそう言って笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 ハッと目を覚ますとそこは見覚えのある森の中だった。

 

「おまえ……。」

 

 零した言葉は震え、情けないものだった。二本の角、長く艶やかな黒髪。金色の目はまっすぐ俺を見ていた。思わず視界が歪む。あの頃と変わらず

 

「将軍様。」

 

 などと呼ぶから、思わず唇を噛み締めた。あの頃と変わらない三本の刀を腰から下げ、ゆっくりと微笑んだ。

 おまえを愛していた。たとえ鬼だろうと、愛していた。許しを得、二人静に暮らしていたあの頃を何度懐かしみ羨んだ事だろうか。なんと短い幸せだっただろうか。

 だけど、お前を殺して俺が手に入れた物を手放すつもりはないんだ。もう二度とお前に笑われる事が無いように。未来の話をお前と同じ様に出来るように。

 

「そのために、俺は……。鬼になる。いつか、絶対。お前と同じ存在になって、今度こそ笑って未来の話をしよう。」

 

 大きく息を吸いこんだ。妻の姿をした何かは刀に手をかけた俺の手をつかもうとしていた。

 昔、妻には軽く稽古をしたことがある。教えたはずだ。決して丸腰で間合いに入るな、と。刀を鞘に収めていても、決して油断してはならない、と。教えたはずだ。

 

「悪いな、二度も。」

 

 形だけの謝罪だった。姿が同じでも、俺はまた割り切れてしまった。刀と空気は火花を散らして炎を上げる。俺はそう呟いて妻の腕と腕を斬った。ぼとり、と土の上に落ちた妻の顔は驚愕していた。燃え上がる体はのたうち回り、木に何度も体を打ち付ける。

 

「な、何故。何故おまえは、大切な物を傷つけられる!?」

「俺が人でなしだからだろう。妻は所詮、他人だ。」

 

 俺は何度も妻の体に刀を突き刺した。かすかに漏れる外の光。傷口に手を入れ、俺は妻の体を引き裂いた。俺が鬼の中から出ると彼は消えた。

 

「すず、か……。」

 

 

 

 

 

 可愛い娘では無かった。物分かりが良く、我儘を言わない。手のかからない、娘だった。

 病弱な妻は鈴香を生んですぐに床に伏せた。孤児だった俺達だ。近くに頼れる親類はいない。何とかためたお金で古びた建物を譲り受けた。

 私達はこの丘の上から見る景色をとても気に入った。季節によって色どりが変わる街並み。それを少し外から眺める事が一番の癒しだった。ただ、その幸せも長くは続かなかった。娘が生まれて3年目。到頭、妻は死んでしまった。ただ、それについてさほど悲観した事は無い。こればっかりは分かっていた事だったから。

 それでも泣きじゃくる娘をどうあやしたものか、とそちらばかり考えていた事もあるのかもしれない。

 ただ、娘は一人で泣くのを止めた。気が付けば娘はいつも私より先に立っていた。達観している、女の事はこう言う物なのだろうか。そう、考えていた。娘は良く私を手伝った。料理も掃除も。本当によくできた娘だった。

 妻に似た少し垂れた目じりで笑う。私にとって一番の宝物だった。

 

 数年後、宝物が増えた。嫁いだ家でひどい仕打ちを受けたという女が宿屋に来た。珍しくもない話だ。その女はこの家に住み着いた。娘は彼女を拒絶しなかったので、私は彼女をそのまま家に置いていた。しかし、あるとき娘の腕に痣があるのを見つけた。何かあったのかと聞いても首を振るばかり。俺が父親であるからか、と思った。酷く情けない話だ。

 宝物につく傷が増える。俺は娘の動向を監視した。すると娘と女が一緒に買い物に出かけた。私はその様子をこっそりと覗いた。私は滅多に宿から出る事は無い。全てを娘と女に任せていた。後ろを付けていると女は娘を引っ張り家紋を掲げた家の中に入って行った。

 

「嗚呼、商売敵だったのか。」

 

 私はぽつりと零した。その家の扉を乱暴に開けた。慌てた老婆が私を止めようとしたが、私はそれを跳ね除けた。奥の扉を開けた。私は絶叫した。娘を押し倒す数人の男達を押し退け、ギョッとした顔をした娘を引っ張った。

 

「助けて。」

 

 そう言ったのは娘では無く、女の方だった。

 

「ダメだよ、お父さん。暴力だけはダメ。」

 

 娘の一声が、私を冷静にした。握り拳は行き場も無く、私は娘を引っ張って連れ帰った。もし、この時に娘の一声が無かったら、きっと私は鬼にならなかった。

 娘は正しかった。何をされるはずだったのか、理解しているのか知らないが。娘は正しく理性的であった。泣きついてくれもしない。本当に、可愛くない、可愛い娘だった。

 私は到頭、倫理の一線を超えることは出来なかった。そのせいで私の中に燻った火の粉は次第に私自身を燃やし始めた。

 

 あの男が私の前に現れたのは、そんな事が起って直ぐの事だった。男は私に力をくれた。倫理を飛び越える思考をくれた。私は女を食い殺していた。

 私は箱になった。外部からの攻撃から中身を守るための箱だ。中に入れたものを傷つけない為の、宝箱だ。

 それでも、何故だろうか。

 お前だけは、箱の中に入れられなかった。

 

 嗚呼、私は。お前が心配だよ。

 

 

 

 

 

 

「はは、ひっどいなぁ。」

 

 若い青年の声。恐らく殺した誰かから奪い取っただろうとある組織の服を着た男が立っていた。人食い鬼の体の中から這い出てきた為、服はただ真っ赤だ。それでも鬼の昇華とともにその血も消えていっている。

 

「お前、何やってんだ? 昔はもう少しスマートにできただろう。」

 

 爽やかな笑みを浮かべてこちらに手を振っている青年には見覚えがあった。よく娘の元に妻と喧嘩したと飛んでくるバカの友人だ。見た目通り左腕を切られ、取り戻したのに途中で落としたすっとこどっこいな性格をしている。

 

「茨木童子……。お前また殺したな。」

 

 5尺8寸ほどの身長の割に人懐っこさを感じさせる顔つきだ。昔、女にもて囃されたというのはあながち間違いではないのだろう。

 

「拾ったんだ、本当だよ? 趣味が悪いのは、否定できないけど。宿代がタダになるんだ。」

 

 「便利だ」と彼は開き直っていた。俺は額に手を当てて、「そうかい」と呆れた。見た目だけは好感が持てる好青年−−−茨木童子は、所属してもいない鬼殺隊の隊服を着ていた。いくら没収しても彼はどこからともなくそれを見つけてくる。

 

「あんまり乱用するなよ、産屋敷に説明するのが面倒だ。」

「君もよくやるよね、就任の時しか姿を見せないんだろ?」

 

 「人間に恩を売るなんて考えられない」と彼は爽やかに言ってのけた。俺が顔をしかめると茨木は「わかってるよ」とニコニコと笑みを浮かべながら彼は答えた。一体、何がわかっているのか、問い詰めたくなる。

 茨木童子は人に心を開かない。彼が鬼になってしまった理由が起因している。彼は人食い鬼と同じ元々人だった鬼だ。人の悪意を押し付けられた結果、鬼になった。彼は人を恨んでいる。人食い鬼を人が恨むように。

 

「あの子、どうするつもり?」

「取り敢えず、孤児院にでも預ける。」

「彼女はそれを望むかい?」

「欲しい、ということか?」

 

 茨木童子は人が喰える鬼だ。鬼の中には権現としての性質が強い為穢れを受け付けられない鬼もいる。小林なんかは血が皮膚についただけで発狂するだろう。今の俺の格好を見たら、きっと二度と神社の中には入れてくれない。しかし、茨木童子そうでは無い。

 

「いや、僕はもう少しグラマラスな方が好み。」

「ぐら、なんだって?」

「紅葉姉さんみたいな人ってこと。」

「人妻ってことか?」

 

 そういうと鬼は「違うよ」と言ってカラカラと笑った。




〜鬼たちの飲み会(不定期)〜
茨木「一番最初に登場しちゃったけど、よかったのかな?」
バカ「名前だけなら、ワタシやモミジ、ショウリンも出ていましたネ。というか、バカとしか出てこなかったからって、名前の部分どうにかならないのデスカ?」
茨木「だって君、身バレすると鬼殺隊に殺されちゃうかもしれないじゃん。ほら、君だけ主食人だから。」
バカ「ワタシ、人は食べてないんデスが。」
茨木「似たようなもんだと思うけどなあ。まあ、細かいことは気にしないで、お酒飲もうよ。見てよ、鬼殺しっての売ってたんだ。巫女さん、お酌してくれない?」
バカ「私、清酒はあまり好みではないデス。」
小林「ちょっと、神社(うち)は遊郭じゃないの。私の可愛い子供たちに指一本でも触れたら串刺しにするわ。」
バカ「聞いてくださいヨ、イバラキ。お酒は控えてくださいって、妻が怒るんデス。」
茨木「いつものことだねぇ。」
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