由緒正しき鬼ですが、何か?   作:358さん

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 あの男が憎い。
 私の首を切り落としたあの男が憎い。
 その男の一族が憎い。

「源頼光……!」

 人から転げ落ちたあの男が憎い。
 私もいつか首を切り落とすことを夢見る。

 私の内心などつゆ知らず、彼は私の前に現れた。


第4話 恩讐の生き物

「かつて、ある男が言いました。『あなたのことを人が笑う。それが真実ならば、治せばいい。それが虚偽ならば、笑えばいい』。私は今、君を愛しています。鬼は恩讐の生き物だと、彼は言いました。しかし今ならば、私は彼の言葉を笑えるでしょう。」

 

 低く冷たい男の声が私の中で響く。16畳の部屋の中は一面赤く染まっている。壁一面に血が滴り、先程まで息をしていた人間は悉く壁のシミに成り下がった。濃厚な血の臭いは最早マヒした感覚では拾うことは出来ない。私はただ真っ直ぐに目の前の男を見上げていた。

 金色の髪に紅い瞳の長身の男。洋服を着た華奢な男が膝を付いて傅く様に私を見下ろしている。長く伸びた爪が私の首をなぞる。

 

「貴方様は、人間ですか?」

「否、私は、鬼です。人の血を何よりも好む、鬼です。」

「鬼、ですか……? 私も食べるのですか? 父や母がそうされた様に。」

 

 男は口元に手を当てて少し考えた。それから改めて私の方を見た。彼はゆっくりと首を振った。

 

「私達に栄養補給という概念はない。故に食事とうい行為自体に意味は無い。」

 

 「ただ」と男は続けた。

 

「私はあなたが欲しいだけです。」

 

 男はそう言って私の首筋に唇を這わす。背筋に嫌な汗が流れる。荒くなる呼吸を自分ではどうして良いのか分からず、ただ吸い込み続ける。

 

「これが恋ならば、私は君を切り捨てたでしょう。」

 

 男は独り言の様にうっとりとそう呟いた。「嗚呼、この胸の高ぶりを人は愛と呼ぶのですね」と。

 

 

 

 

 

 

 薬師の鬼女が信濃の国に住んでいる。その女は茨木と同じ様に人から人ならざる者に変貌した物だ。ただ、違いがあるとするならば、その女自身も望んで人では無いものとなった事だ。

 

 信濃の国には他の国と比べ山が多い国だ。

 いや、今はもう国とは言わないか。

 

 名前のわからない山の内の一つに、薬師の鬼女は住んでいた。酒吞童子や茨木童子とは違い、住処を動かさないから探すのに苦労しない。もう随分と歩きなれた山道を登る。微かに流れてくる冷ややかな空気をもはや機能などあってないような肺に吸い込みながら目指すべき頂上を見る。

 

「あ、坂上様に茨木様だ。」

 

 木の陰に隠れていた少女がこちらに気がついたらしい。山菜を取っていただろう。竹を編んだ籠を持って少女がそう話しかけてきた。パタパタとこちらに駆け寄る。3尺にもみたない小さな体でこちらに駆け寄ってきた。可愛らしい蝶の着物を着た少女は、確か弥生と名付けられていたはずだ。

 

「薬師様に会いに来たの?」

「嗚呼、そうだ。」

「白狐様もついさっきこちらに来たのよ。」

 

 子供はそれ以外にもここ最近の事を楽しげに話す。村に子供が増えたとか、老人が死んだから悲しいとか、そんな話をしていた。

 彼女の母親は薬師の鬼女だ。しかし、そこには当然血縁関係は無い。薬師の鬼女はその子供達に対して保母のような事を行っていた。無くしてしまった子供や夫に出来なかった分を与えているのだろう。

 

「大丈夫か?」

「は、はい……。」

 

 振り返り後ろからついてきている少女の生存確認を行う。なれない山道を必死についてくる鈴香は、こちらを見上げて大きく頷いた。

 俺の知る育手の所にはまだつかず、先に俺の用事を済ませる事にした。山奥に住む鬼女の名は紅葉。守神としては典型的な鬼だ。鬼無里村という村を守護している。

 

「呼吸が乱れたと思ったら立ち止まって整えろ。待つ。」

「はい!」

 

 一番小さな刀を抱えて鈴香は大きく頷いた。ただの町娘であった鈴香はあまりにも体力がなかった。そして鈴香は必死に俺の後をついてきた。

 

「鈴香ちゃん、頑張ってるね。」

「嗚呼。」

「嬉しくないの?」

「無いな。」

 

 「すずかって名前だから?」とこいつは無神経に聞いてくる。裏表がない、とは聞こえはいいが些か介入が過ぎる。俺はため息を吐いてまた山道を歩き出した。

 茨木童子は鈴鹿御前を見たことはない。彼が人として生まれた時にはもう彼女は俺に斬り殺されているからだ。彼が鈴鹿御前という女を想像の上で作り上げられるのは、ひとえに彼女の娘がいるからだ。俺と彼女との間に出来た鬼の人の合いの子。

 彼女と酒呑童子は仲がいい。というよりは、お互いを利用しているといった感じだ。それにつられて茨木童子もよくあの神社に出入りしているから娘についてはよく知っている事だろう。年に数度帰る俺よりもよっぽどだ。

 

「坂上様、あの女の子の着てる着物の家紋って……。」

 

 おずおずと弥生が尋ねた。俺はその問いに肯定した。

 

「嗚呼、気にかけていた娘だ。」

 

 話を聞いていたのか、茨木童子は「なになに?」と首を突っ込んできた。その相手をする事なく、「同じだろう」と弥生に返すと嬉しそうな顔で彼女はぴょんと一つ跳ねた。それから坂道を駆け上がり、こちらを振り向いた。

 

「私、紅葉様にお知らせしてきますね。」

 

 弥生は嬉しそうに「きっと御喜びになられます」と言って慣れた様子で山を登っていった。後ろから「すごい」と溢れた言葉に振り返り、鈴香を見た。

 

「アイツは歩き慣れているだけだ。体力は一朝一夕でつくものではない。」

「はい。あの、あの子は鬼なんですか?」

「いや、あれは人間だ。守神となった鬼の世話をする女たちの一人、あれは弥生という。」

「巫女、様ですか?」

 

 彼女の中の巫女とは赤い袴を着た巫女服姿の女性の事を指すだろう。だから彼女にとって弥生はどうにもその対象に含まれないようだ。

 神に仕える巫女に求められるのは、一種の慣れだ。守神の近くに長くいる事はあまりにも精神に負荷がかかる。なので巫女として選ばれた少女は幼い頃からずっと神の傍に置かれ、その耐性を備えなければならない。

 茨木や酒吞はそう言った神秘性を持たない為に隣にいても鈴香には何ら影響はない。だが、紅葉は違う。

 

「アイツは見習いだ。だから赤い袴を着ていない。」

「そう、なんですね。あの、薬師様と言うのは、この山に住む鬼なのですか?」

「そうだな。この先にある村の名は鬼無里村という。」

 

 「洒落てるでしょう?」と茨木童子が笑って言った。鬼が治めているのに、鬼がいないとはこれいかに、と言った感じだ。

 

「紅葉さんと言う方は、どんな鬼なんですか?」

「どんな鬼か。薬師をしているからそこら辺の知識はあるな。あとはまあ、性格は喧嘩っ早い奴だ。その性格のせいでアイツは鬼に堕ちた。」

「鬼に、堕ちる……。」

 

 そう、小さく鈴香は繰り返した。人はある意味で簡単に鬼になる事が出来る。正確には、変質することが出来る。人食い鬼が人喰い鬼の血を浴びる事で増えるように、人も人の血を、人ならざる者の血を浴びる事で変質する。紅葉も、また俺と同じ様に人を殺した人間だ。

 不安げな表情を浮かべる鈴鹿の頭に手を置き、また山頂に向けて歩き始めた。

 

 それから4半刻。ようやく見えてきた赤い鳥居に後ろで大きな溜息をが聞こえた。「大変だったね」と茨木童子が鈴香にそんな声をかけていた。鳥居の奥に立っているのは壮年の二人の巫女。それぞれが端で深く頭を下げていた。

 

「薬師様がお待ちです、茨木様もどうぞお越しください。」

「嗚呼。」

「あれ、僕も?」

「はい、どうやら酒吞童子様の事で何やら話があるそうで。」

 

 茨木童子は首を傾げて「酒吞の?」と再び尋ねた。同じ様に俺も態度には出さずとも疑問に思った。酒吞童子は昔こそ暴れ回っていたが、源氏に首を斬られ茨木童子がその首を持って逃走したあたりから大人しくしていたはずだ。それこそ人の中に紛れて生活しているほどに。第二の生を謳歌していたはずだ。

 

「分かった。鈴香の面倒を見てあげてくれ。コイツには耐性が無い。ここでは息をする事さえ苦しいだろう。」

「承知しました。この御影が責任を持ってお預かりします。」

 

 「嗚呼」と一つ返事をして社の奥へと向かった。「それじゃあ、大人しくしているんだよ」と茨木が鈴香に手を振り俺を追いかけるように小走りでこちらに向かってきた。それにしても、と思う。

 酒吞童子は別に乱暴者と言う訳では無い。ただ、彼には日本の常識が通じないだけだ。酒吞童子―――基、シュタイン・ドッジと言う男は、外つ国の出だ。確か、独逸という国だった。6尺半ととても高い身長に金色の髪に紅い瞳のとても目立つ容姿をした男だ。長らくの間、茨木童子が彼の生活の面倒を見ていた。

 茨木童子の顔を見ると、それは少し不安げだった。何かを行うならば、先頭に立つのは何時も酒吞童子だった。それでも茨木童子は心配なのだろう。

 

 ひときは冷たい空気が流れ出す襖の前に案内された。扉を開ける掛かりであろう巫女が深々と額を床に付けた。巫女が何かをいう前にスパンと襖が開いた。その顔は怒りに満ちている。思わず目を逸らした。十中八九面倒事である。般若の能面のごとき顔は、後ろにいた巫女の気配をピクリと揺らすほどだった。

 

「とっとと入りな! 貴方達は下がって良い。何かあれば呼ぶ。」

 

 巫女たちは返事をするとそそくさと廊下の奥へと消えていった。

 

「酒吞に何かあったの?」

 

 と、茨木童子が恐る恐る尋ねた。キッと俺の後ろに居る茨木童子に視線を向ける。

 

「取り敢えず、座らせてくれ。紅葉。」

 

 未だにこちらを睨み続ける紅葉はチリンと一つの鈴の音に後ろに居る白い狐に目を向けた。あからさまに舌打ちをされ、彼女は少し高くなっている畳の上にどかりと座った。相変わらず女っ気のない座り方だ。

 引き摺るほどに長く伸びた黒髪に一つの青い角。着崩した高級そうな黒留袖を着た鬼。薬師の鬼女・紅葉だ。平維茂と戦ったと人間たちの間ではされている。嫉妬に狂い鬼に堕ちた女。地上に残る鬼の中では若い方に入る。鬼は歳をとらないから、見た目では年齢を知ることはできない。

 予め誰が用意した座布団に腰を下ろした。俺の前の座布団にちょこんと座っている白狐が阿玖良王。昔、俺が殺し損ねた唯一の鬼だ。現在は守神に仕えており、元は巨大な鬼。今は75匹の白狐に分かれている。

 

「それで、どうしたんだ?」

「酒吞童子が、吉原で一悶着起こした。」

「えッ!?」

 

 引きつった声が聞こえてきた。俺達が茨木童子の顔を見るとその顔はどんどん青くなって行く。俺達は知っているのだ。茨木童子が江戸時代の頃夜な夜な酒吞童子をそう言った町に連れ回していたことを。

 吉原は今でこそ政府管轄から外れたものの、誘拐は大罪だ。ましてやあそこは女が商品。食い逃げもいいところだ。

 

「ぼ、僕は知らないよ! 確かに彼を吉原にだって連れて行ったけどさ。それは、彼がお酒好きだからだ。でも、あかわいん? が好きだからってあんまり乗り気じゃなかったし。」

「そのあかわいんってのが無いからって暴れ出したんじゃ無いだろうね?」

「まさか、彼は今人間の中に紛れて生きてるんだよ? 人の中で騒動を起こすのがどれほど悪手かなんて分かっているはずだ。」

「理由はなんだ、阿久良王?」

 

 と、狐に尋ねた。季節外れの白狐は尻尾を一つ揺らす。

 

「愛、らしい。」

 

 低い声で狐がそう答えた。その容姿から出た似合わない言葉に思わず吹き出しそうになった。

 

 しかし、信じられない。

 

 それはそこに居る誰もが同じだった。茨木童子でさえ、信じられないと驚嘆の表情をしているからだ。それが俺達にとって信じられない事だった。人として外れた道を歩む者達、それが鬼だ。今でこそ、神聖を身にまとっている者がいるとしても、元々は恩讐だけが残った陰のある怨霊のようなものだ。愛なんていうそんな人並みの感情はとうの昔に捨ててしまった。そのはずだ。

 

「本人から、聞いたのか?」

「そう話しているのが、聞こえたらしい。」

 

 阿玖良王はそう答えた。さて、どうしたものか、と誰もが口を噤んだ。

 

「兎も角、酒吞童子の所に行こうよ。彼から直接話を聞いた方が良いんじゃないかな。」

 

 茨木童子の言葉に大きなため息を吐き出した。予定が立て込んでいる。全く困った物だ。鈴香を早く送ってやりたいし、小林に報告にも行かなければならない。

 俺はきっと酒吞童子を責めることは出来ないだろう。俺は、妻の魂を奪う為に冥界にまで乗り込んだ。その行いに後悔はない。無いからこそ、俺には何も言えない。彼が行った事を心から悪事だと言えない。おそらく、穴が空いたのだろう。

 

「酒呑童子は今どこにいる?」

「東の都の山の中で休息を取っている。」

「だ、そうだ。疾く行け。また鬼殺隊だのなんだのに狙われる日々は妾は御免だぞ。」

 

 しっしっと紅葉は手を揺らす。

 

「嗚呼、分かっている。阿玖良王、飛ばせ。」

 

 その言葉でチリンと一つ鈴の音が聞こえた。すると目の前の景色は、何の変哲もない森が広がっていた。

 

「やあ、来ると思っていましたよ。」

 

 木の幹に寄り掛かるようにして地面に座っている酒呑童子を見て、俺は改めて溜息を吐いた。彼がいつも来ている光沢のある布の洋服は所々が裂け、血が滲んでいる。いつもの似非日本語はどうやら今日は話さないようだ。

 

「それで、どういうつもりだ? 迷惑をこうむるのはこちらなんだぞ。」

「ええ、わかっていますよ。だから、謝らせてください。ごめんなさい、どうしても我慢ならなかったのです。」

「俺に言うな。ともかく、その腕に抱えている女と一緒に紅葉のところに行く。」

 

 酒呑童子はゆっくりと体を起こした。先ほどから小さな寝息を立ててすやすやと眠る少女を起こさぬようにゆっくりと行動した。その様子からその少女が大切だということは伝わった。しかし、俺にはそれが一時の熱情でないと証明するすべはなかった。

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