由緒正しき鬼ですが、何か?   作:358さん

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私の魂には、大きな穴が空いている。

「嗚呼、経基様。経基様!」

愛した彼はとうの昔に死んでしまった。
あの男の血を受け継ぐ貴方はきっと、その魂の在り方も影響を受けていたのでしょう。
けれど、どれ程求めても貴方はもう帰ってこない。
いっそ、あの男のように地獄に彼の魂を奪いに行こうか。

そんな事を考えて、やはり行くのを止めた。
私には地獄の鬼に対抗できるような力は無い。

ならばせめて彼が残していった子どもたちを愛しましょう。

嗚呼、本当に愛くるしい子どもたち。
嗚呼、苦しい。


第五話 穴が空く

 茨城さんに手を振り返し、慣れない場所に置いていかれた心細さが湧き上がってきた。

 

「では、飯田様。参りましょうか?」

 

 洗練された動きだと思う。やはり、巫女服を着た女性というのは、神様に扱えしている為か、指先一つにまで意識がいっているように見える。

 

「まずはそのお召し物を変えさせていただきます。」

 

 血と泥で汚れた着物を着たまま神社のような建物には入れないようだ。それにしても、ここに居る人たちの着ている服はどれも高級で着て歩くのを戸惑ってしまう。話に聞くと薬売りや生糸の生産で他の村よりも潤っているようだ。村の人達は皆生き生きしている。

 

「まずは体を清めます。」

 

 そう言われ、二人係で体を清めてもらった。それから用意された巫女服に袖を通した。

 茨木さんや坂上さんと別れてから御影さんという女性に案内されて通されたのは、とても高級な和室だった。旅館を経営していた身としては、これでも綺麗にしているつもりだった。それでもきっと元が違うのだろう。10畳の客間の畳は懐かしい匂いがする。

 数日だ。まだ、あの家を燃やして数日しかたっていないのに、とても懐かしく思う。

 

「あの……。」

 

 居た堪れなさから思わず出てしまった言葉に女性はスッと視線をこちらに向けた。

 

「何か、ございましたか?」

 

 部屋の端で正座をしていた彼女はゆっくりとこちらを見た。

 

「お名前を聞いても、良いですか?」

「御影と申します。飯田様。」

 

 「どうして、私の姓を?」と思わず声に出した。あまりの驚きだったのだ。旅館を経営していたとはいえ、そこまで有名であったつもりはない。それこそ山を越えた先にまで名をとどろかせるような物では無かったはずだ。口を少し開けてぽかんと御影さんを見詰めた。

 

「貴女は、その家紋がどのような意味を持つのかご存じないのですか?」

 

 私は左胸に描かれている家紋を見た。この家紋は母の家の家紋だ。元々父は山窩(さんか)の出だ。姓は持っていなかった。だから、飯田という姓は母親の物だそうだ。ただ、母は早くに亡くなってしまった。だから、私の家系について知る人間はいない。

 私はゆっくりと首を横に振った。

 

「丸に一の字。それは新田氏の流れを組む者が付ける家紋です。」

「新田氏ですか?」

「さようです。我が主、紅葉様は源経基の寵愛を受けておられました。そのため、彼の天皇の御子孫をとても大切になされています。新田氏もまた、清和源氏の流れを継ぐもの。そして新田氏から派生した飯田家は我々にとって特別な家系という事です。」

 

 自身の中に天皇の血がほんの少し流れているかもしれないと、御影さんは言うのだ。何より信じられないのは、自身が源氏だという事だ。確かに、昔起きた幾度かの争いの中で平家は悉く潰されたようだが、それでも士農工商の中で一番下の階級に属していた飯田家が、だ。

 

「で、でも。飯田さんなんて沢山いますよね。」

「我々は彼の陛下の家系図を一人も漏らさず作っております。我々の仕事は紅葉様の日頃のお手伝いと言うよりは、そちらの方が主な仕事です。故に、貴女様は確かに清和天皇の御子孫であらせられます。」

 

 断言されてしまった。悪徳商法にでも引っかかった気分だ。あまりにも呑み込めない状況に私は視線を彷徨わせた。

 

「申し訳ありません。少し、困らせてしまいましたね。紅葉様はどうにも行き過ぎた所があります。貴女様が嫌だと言えば、監視の様な事はもう行われないでしょう。」

 

 これが、鬼なのだと思った。自分勝手で、独善的。紅葉と言う鬼はきっと清和天皇を本当に愛していたのだろう。ただ、それがここまでくるとただの暇つぶしのように思えて仕方がない。理不尽な怒りなのかもしれない。観察をするだけで、父の事を助けてくれなかった。それはきっと父はその清和天皇の血筋でないからだろう。

 

「お茶が冷めてしまいます。どうぞ、お飲みください。」

 

 そう言われたから、湯気が見えなくなってしまったお茶を啜った。ただ、あまりにも気分が悪くて味が分からなかった。

 それから暫く私達の間に会話はなかった。御影さんはその表情からこう言った場になれているらしく、私一人が気まずい雰囲気の中じっと坂上さんや茨木さんが来るのを待っていた。一刻ほど経ってから漸く坂上さんが帰ってきた。

 

「お帰りなさい。」

 

 襖を開け、入ってきた坂上さんに私はそう言った。彼は少し驚いた表情で私を見下ろした。坂上さんの顔を見ると先程までの緊張が解けた。日常が顔を出したような、そんな気分だ。

 

「なんて格好している?」

 

 その言葉はぐさりと心に刺さった。そのままよろけ倒れてしまいそうになるが、そこはぐっとこらえた。ただ、その言葉で私は先ほどまでの嫌な事をすっかり忘れられていた。

 

「えっと……。着物があまりにも汚れていたので、御影さん達が用意して下さったんです。巫女様がたが今着られる物はこれ位しかないと。」

 

 服の袖を掴んで少し引っ張った。「似合いませんか?」とイタズラに尋ねてみると「ふつうだ」と言われた。当の本人は全く気にも留めていないようで、悪戯を仕掛けた私がばかを見た結果となった。

 

「あの、何を話し合われていたのか、聞いても良いですか?」

「気になるか?」

「はい。その、坂上さんが困らないのなら。」

 

 坂上さんは卓袱台を挟んで私の前に座った。それから置いてあった私の飲みかけのお茶を手に取り飲み干してしまった。「あ」と小さな声をを出した時には時すでに遅く、なんだ、と言わんばかりの視線を私に向けられた。

 

「それは飯田様にご用意したお茶でございます。」

 

 そう襖の前に座っていた御影がそう伝えた。その表情は少し不機嫌でじっと睨みつけているようだ。坂上さんは湯飲みを見た後、私の方に視線を向けた。

 

「だ、大丈夫です。でも、冷めて美味しくなかったでしょう。」

「いや、気にならなかった。」

「飯田様、新しい物をご用意いたします。少々お待ちください。」

 

 「お気遣い無く」と言う間もなく、スッと御影さんはいなくなってしまった。坂上さんは気にするような様子は無く、こちらをじっと見ていた。

 

「あの、何をお話になられていたのですか?」

「ああ、鬼の一匹がとち狂った事をしでかしてくれたんでな。その対策会議、というか今後についてだな。」

「何をなさったのですか?」

 

 私の言葉にたっぷりと間が空いた。坂上さんの表情は不機嫌そのもので、その苛立ちのはけ口が見つからないようだった。そしてようやくその口から出てきた言葉が

 

「食い逃げ。」

 

 だった。私はあまりにも意外な言葉に首を傾げてしまった。

 

 

 

 

 

 

 結論は予想はできていた。それは鬼という種族であることが人間に対して何よりも優位であることを示している。彼らにとって人間は考慮すべき問題では無いのだ。

 

「白蛇様がご到着なられました。」

 

 そう襖の奥で声がした。そして入ってきたのは一人の少女。5尺にも満たない身長。真っ白な2本の角に肩で切りそろえられた黒髪。赤い目をした少女は俺達を一瞥した後、誰も座っていない俺の隣にある座布団に座った。

 

「元気そうだな、小林(しょうりん)。」

「嗚呼、阿玖良王。其方も息災でなにより。」

 

 白蛇様と呼ばれている少女の名前は小林と言う。巫女たちは本物の鬼(守神)の魂を穢さない様に名前で呼ぶ事は無い。俺や茨木童子、守神としての側面を持たない酒吞童子の事は名前で呼ぶが、他の鬼の事は必ず濁して呼ぶ。

 

「妾が最後かと思っておったが、鬼童丸や橋姫の姿が見当たらないな。」

「鬼童丸は学校、橋姫は仕事だ。金平鹿は出てこないし、その配下達は当然出て来ない。八瀬童子も同じだ。祭りの準備やらで大忙し。」

頼光(らいこう)は?」

 

 と小林が口にした途端、バンッと大きな音を立てて紅葉が床を叩いた。小林が彼女の方に目を向けると、小さく溜息を零した。

 

「アイツも仕事だ。」

「そう、最近の鬼はおのれの国を作る事も無く、人に従属して過ごすなど。人間に飼いならされるなど……。全く嘆かわしい事だ。」

 

 そう愚痴を零した。それは特に彼女とは気の合わない橋姫に対しての言葉だろう。橋姫と小林は阿玖良王と同じ、生まれた時から鬼だ。小林が人間と鬼の間の子供だとしてもその本質は人間では無い。彼女にとって人間は飼う物である。共存では無く、飼育こそが人との接し方だと考えている。

 

「全員そろったのだ、はじめよう。」

 

 阿玖良王の言葉に小林は口を閉ざした。

 

「では、これよりシュタイン・ドッジの遊女誘拐事件(仕出かしてくれた事)に対する裁判を開始する。」

 

 集まったのは計6匹の鬼。床の間には紅葉。彼女の右手側には俺、小林。左手には茨木童子と阿玖良王。そして紅葉と向かい合うように座っているのは、酒吞童子と誘拐されてきた少女だ。全員では無いが、この人数が揃うのは、珍しい。

 それでも出て来る意見は決まっている。

 

「別にいいんじゃない?」

 

 追われることは面倒だが、その行為についてなんらお咎めを出そうとしない。それは彼らがやはり鬼だからだ。結局、連れてこられた娘のことなど眼中にない。俺はため息を吐き出した。巫女たちによって身を清められているであろうあの少女には同情する。4尺にも満たない身長の少女がいったい何を見せられたのか、考えるだけで当の昔に失くした穴の開いた心が幻肢痛の様に痛む。

 

「女の子とのことは酒呑童子と少女で話をつければいい。それよりも吉原のことはどうする。俺は態々呪われた男(産屋敷)のところに行くのは嫌だからな。」

 

 そう茨木童子が斬り捨てた。そして結局満場一致であの屋敷には行きたくないと皆が言うのだ。

 

「大丈夫、目撃者は居ないよ。見た人全員跡形もないから。」

 

 酒呑童子が言うのだからそうなのだろう。純粋な力比べで酒呑童子に勝つことは誰にも出来はしない。少なくとも人から鬼となった紅葉や茨木童子、俺では絶対に勝てない。阿久良王とて今の狐の姿では潰されるのがオチだ。それほどまでに本物の鬼とは、そこまで一線を画すものだ。

 

「一般人に手を出したのが問題なんだと自覚してくれ。」

「むう。」

 

 俺の言葉に不貞腐れたように唇を突き出した。それを見てげっと頬を引きつらせた紅葉が「可愛くない」と批判した。

 

「彼方さんから連絡が来るまで待ってみるのは?」

「誠実ではないな。」

「なら、阿久良王行ってきてよ。」

 

 提案にダメ出しをくらった茨木童子がビシッと阿久良王を指差した。

 

「大丈夫ですよ。」

「何がだよ。」

「あそこには鬼がいます。そいつがやった事にすればいいのです。」

 

 小林の言葉に全員が発言を止めた。どうせこういう事になるのだと思っていた。鬼にとって人など取るに足らない生物だ。特に生来の鬼である小林や酒吞童子、阿玖良王は人に対する認識が俺達、鬼擬きとは違う。結果、5対1でどこの誰だか知らん人食い鬼に罪をなすり付けることで会議は終了した。

 

「それで、酒吞童子。其方の馴れ初め。聞かせてもらうぞ。」

 

 と、焦りが見え隠れする表情で小林が尋ねた。

 

「ええ、勿論デス。」

 

 会議が終わった途端、いつもの話し方に口調を戻した酒吞童子が答えた。恐らく小林が態々鈴鹿の山から出てきたのはこれが目当てだろう。

 それから巻き起こったのは、所謂野暮な話しだ。紅葉や小林の女性陣はこの手の話が好きだ。参加しなかった橋姫も小林と仲が悪いながらも、そう言った話には首を突っ込みたがる。そしてその話はあの中で唯一所帯を持つ俺にも火の粉が飛んでくるのだ。

 

 

 

 

 

 

「それから産屋敷にその事を伝えて帰ってきたところだ。」

 

 唖然とした表情で鈴香は俺の方を見た。居心地の悪さに俺は顔を背けた。

 

「会議自体はとっとと終わった。長いのそこから始まる女の世間話だ。」

「えっと、ご苦労様です。その、連れて来られた女の子は、どうなるんですか。」

 

 鈴香は不安げな表情で尋ねてきた。。俺は大きなため息を吐き出した。もうこの娘は助からない。死んだ後さえ、酒呑童子の物だ。「手遅れだ」と俺は呟いた。鈴香は不安げな表情でこちらを伺う。

 

「どういう意味ですか?」

「吸血鬼には、魅了(チャーム)という特殊な力を持っている。」

「ちゃーむ……?」

「酒呑童子は吸血鬼という西洋生まれの鬼だ。曰く、彼らの家には招待されなければ決して辿り着けない。ただ、一度見つけてしまえば何度でも来ることができてしまう。」

 

 鈴香は俺の話を真剣な表情で聞いていた。一体、あの短時間で朔という少女と何を話したのか。

 

「吸血鬼はその内、人間が邪な考えを持たないような安全策を取ることができる。それが魅了(チャーム)だ。具体的にいうとその鬼のことが好きになる。」

「それは、凄いですね。解けないんですか?」

 

 首を傾げて彼女は尋ねてきた。

 

「不可能だ。彼らの愛は重い。」

「重い……?」

「嗚呼、人間の魂に穴が空くほどには、な。」

 

 「あ、穴!?」と彼女は驚愕した。思わず胸を抑える。その様子に俺は苦笑いを浮かべた。

 

「好みとは、その魂が持つ形だ。それが変わるということは、魂自体が変質するんだ。その愛の重さによっては、魂に穴が空く。と、鬼たち(あいつら)は表現している。」

 

 「アイツらには魂が見えるらしい。」と言うと鈴香は小さく息を吸った。それから何度も瞬きをした後、ちらりと御影の方を窺った。御影は少し間を開けて

 

「主神としての性質をお持ちの方は、見えるようですが。」

 

 と、彼女の知っている知識を鈴香に伝えた。鈴香は「すごい」と興奮気味に感想を零した。

 

「でも、どうして鬼が人を愛するんですか?」

「そんな事は知らん。俺はあいつらと違って擬きなんでな。ただ、そう言う風な生き物なのかもしれん。」

 

 何とも言えない、と言えば鈴香は妙に納得した顔つきで頷いた。

 俺は未だ夢の中にいる少女を思い浮かべた。平凡な少女だと思う。特別な事情など然程ないのだろう。ただ、言うならば運命だったと言う他ない。酒呑童子が彼女を愛すると決定していたのだ。双方とも逃れる術はなかっただろう。

 

 運命とは、いわば因果の逆転。結果ありきの原因だ。神が関わった物は、すべからくそう言う物だ。力ある物がその結果を望んだから、原因となる事柄が起こる。

 

 人の気配を感じ、閉じられた障子の方に目を向けた。線の細い女の人影が、障子には写っていた。

 

坂上(さかがみ)様。」

「嗚呼、わかった。」

 

 俺が立ち上がると鈴香は不安げにこちらを見た。

 

「紅葉がお前と話がしたいらしい。しばらく席を外す。」

「えっ!? わ、私……。」

「俺にも用事がある。今日は、ここに泊まるといい。明日はまた歩く事になる。」

 

 彼女の返事を聞くことなく、御影は襖を開けた。小さく息を飲む声が聞こえる。それから小さく、「お母さん?」と呟いた。

 

「戯け者め、親を間違うやつがあるか。」

 

 そう言って俺とすれ違い紅葉はスパンと襖を閉めた。俺は未だお辞儀をして体制を直さない巫女に話しかけた。

 

「阿久羅王はどこのいる?」

「白狐様は、鬼童丸様のお迎えに行っております。」

「そうか。鈴香の事、引き続き頼む。」

「承知いたしました。」

 

 俺は鬼童丸を出迎える為に村の入り口へと向かった。




~鬼たちの飲み会 IN 鬼無里村~
茨木「今回も沢山の鬼の名前が出てきたね。」
酒吞「そうデスね。」
紅葉「裁判に出席していなかったのは、橋姫、八瀬童子、金平鹿に鬼童丸。それから、あの人。」
小林「其方、相変わらず頼光の名を呼べんのか?」
紅葉「五月蠅いわよ。仕方がないじゃない。経基様の孫にあたるあの人はどうしても、面影が残っていて。緊張しちゃうの!」
茨木「紅葉姉さんは、相変わらず恋する乙女って感じだね。」
坂上「そのために元の夫を捨てたとんでもない女だけどな。」
小林「源経基の魂に穴をあける為に鬼になったとんでもない女だけどな。」
紅葉「五月蠅い!! もう、そこの親子貴方達と一緒に居るとイライラするわ。御影、御酌をなさい。」
茨木「でも、配偶者を捨てたのはアンタも一緒だろう?」
坂上「否定は出来んな。」
酒吞「そう考えると紅葉と貴方はとても似ていマス。」
坂上「ああ?」
酒吞「だって。」
小林「辞めておきなさい、酒吞童子。過去の恋愛を笑い話に出来ない奴の話など、酒のつまみにもなりはしない。」
坂上「……。」
茨木・酒吞・紅葉「(相変わらず、仲が悪いな。この親子。)」
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