母は私を孕んだ後、父の正室の暗殺を企てたと都を追われた身でした。
私を身篭ったそんな母にあの人が会いに来た。母はあの人から血液を採取し、それを使って惚れ薬を作りました。その性能を確かめるために、赤い液体を1人の少女に売りました。
その結果、1人の鬼もどきが誕生してしまいました。それは惚れるのではなく、
しかし、母にはそれで十分だったのです。母はその薬を飲みました。そして私は母の腹の中で鬼になってしまったのです。
どんちゃん騒ぎが聞こえて来る。聞けば、宴会で騒ぐのは酒呑童子という鬼と茨城さんらしい。彼らは仲がいいから歯止めが効かなくなるらしい。御影さんも私の寝具を用意すると忙しそうに部屋を出て行った。
私もすぐに寝ようと思った。でも、ここまで騒がしいと、楽しそうだと寝る気が起こらない。縁側に出て、柱に寄りかかるように座る。空を見上げると立派な月が雲から顔をのぞかせていた。季節柄なのか、それとも標高の高い山から見ているからなのか。あの家から見ているよりよっぽど大きく見えた。スッ、スッと着物を引き摺る音が聞こえて来た。そちらの方を見ると私は小さく息を吐きだした。
「其所な小娘。まだ寝ておらんのか?」
それは可愛らしい声だった。幼さを残した少女の声。でも、言葉はやけに古臭かった。可愛らしい少女が立っていた。4尺ほどの身長の少女はおかっぱに赤い目をしていた。少女が人では無いと額から突き出た長く2本の白い角が雄弁に語っている。重そうな十二単を引き摺りながらこちらに近づいた。
茨木さんや坂上さんのように見た目が鬼だとわかりづらい方ばかりだった為、正真正銘の鬼というものを改めて見ると息を飲む。何より、彼女の方から流れて来る凍えそうな身を竦めたくなる空気が彼女は鬼だ、神だと告げている。
「え、えっと。はい。」
「ふむ、鬼の宴に当てられたか? 特に茨木は楽しげに飲むからな。」
少し年寄り臭い話し方をする少女は、私の隣に座る。私は柱と鬼に挟まれる形となり逃げ場がなくなった。
「わ、私は飯田鈴香と言います。」
「妾は坂上田村麻呂が娘、小林。父が其方に迷惑をかけたようじゃのう。」
その言葉に私は首を横に振った。小林さんは手に持っていた瓢箪の栓を抜き、その中身を飲む。匂いからしてお酒だろう。
「
「ん? お前さんは我が父の知り合いではなかったか? ここまで一緒に来たと聞いていたのだが。
「
小林さんは瓢箪を傾けながら、こちらに視線を向けた。私の言葉を聞いてポンと手を叩く。
「それは渾名だ。今時、あんな長い名を使う人間はいないからな。」
そうだ、そうだった、と小林さんは1人納得して頷いていた。小林さんは男のような話し方をする人だ。一人称こそ「
「そうなんですね。坂上田村麻呂……。確かに随分と長い名前です。」
聞けば、随分と長生きをしているようで日本古来からあるものには飽き飽きしているらしい。だから外国人である酒呑童子という鬼とはよく飲み合うらしい。
「皆さんと飲まなくていいんですか?」
「良い、妾と父の折り合いはあまり良くなくてな。逃げてきた、と言った方が正しいのだ。」
困った、とは思っていないようだ。小林さんの表情は諦めているように見えた。
でも、と思う。坂上さんはなんやかんやで面倒見の良い人だ。私を見捨てなかった事もそうだが、茨木さんに対しても気に掛けている様子だった。
「なあ、小娘よ。我が父と一緒に過ごして何か思う事は無かったか?」
「え? えっと。」
私はここに来るまでの坂上さんを思い返してみた。父を斬り殺して、孤児となった私の面倒を見てくれている。同情したのかもしれない。ただ、私にとってはありがたい事だった。
私が数日の事を思い返していると、小林さんがぽつりとつぶやいた。
「あの男の魂には、穴が空いている。」
穴が空く。それは恐らく昼間聞いた話の事だろう。しかし、私は私が思っている以上に変化の分からないものなのだな、と考えた。確かに多少察しが悪いと思うことはあるが、それはあくまでも個性の範囲だと思っていた。
「故にあの男が母以外の女を連れて歩いていると聞いた時、本当に驚いたのだ。何せ、アイツは娘である私さえ、連れ歩いたことなど無いからな。」
小林さんは私と坂上さんとの間に何か特別な事柄があると思っているのだろうか。そんな事あるわけがない。私は人間で、彼は鬼だ。普通の恋愛など起こるはずがない。
小林さんはぽつりと話し出した。
坂上田村麻呂という男は、元々とある天皇に仕えていたらしい。彼の命令で鈴鹿の山に住み着いた立烏帽子という人を退治するように言われたらしい。その時、一目惚れしたのはお母さんの方。坂上田村麻呂は一目惚れしたお母さんによって魂に穴があけられてしまったそうだ。だからこそ、彼らの恋愛は成り立った。
そしてとある鬼を殺そうとしたとき、小林さんのお母さんはその鬼に嫁いだそうだ。魂に穴の空いていた坂上田村麻呂はそのまま妻ごと鬼を斬り殺した。
だから小林さんは私のことが心配らしい。まともではない坂上さんが私に何かするのは申し訳がない、という。
「私と坂上さんの間には何もありませんよ。」
「知っておる。そんな事を心配しておるのではないわ。」
それから会話が続くことはなかった。私はどうしたものか、と月を見上げた。小林さんは「嘆かわしや」と呟いてから瓢箪の中のお酒を一気に飲み干した。その表情は悲しそうで苦しい。それが伝染したように私の心にも重くのし掛かった。
何か言った方が良いのだろうか、とあれこれ考えながら私は俯いた。結局、言葉が出てくることはなかった。
「嗚呼、月があんなに高く登っておる。ほれ、小童は早う布団に入り。」
促されるままに私は宛てがわれた部屋の襖を開けた。小林さんは私の部屋にまで入ってきて、私が寝ている布団の傍に座る。お酒の匂いが漂う中、私はじっと私を見下ろしてくる小林さんを見上げた。
「早う、目を瞑れ。それではいつまでも眠れんだろう。」
なぜ私は、十歳程の少女に寝かしつけられているのだろう、と思いながら言われた通りに目を瞑った。頭の上を何度か行き来する重みを感じながら、意識はゆっくりと落ちていく。
「お休みなさい、−−−。」
その言葉に私は「おや、す……。」と言葉は続かずに寝てしまった。
「全く儘ならぬ。何が悲しくて、妻殺しなどせねばならなくなったのか。」
☆
次の日、明朝。御影さんが私の部屋を訪ねてきた。寝ぼけながら彼女の言葉を聞いていた。前着ていた着物と同じ家紋が描かれた着物を用意してくれた。それを身に着けた後、私のもとに食事が運ばれた。私からしたらとても豪華な朝食を食べたころ、私のもとに坂上さんが訪ねてきた。いわれてみれば確かに、坂上さんと小林さんは似ている。昨日であった少女の姿を思いだしながら、目の前の少し不幸そうな顔つきをした彼を見た。
「これからいく場所には、前回歩いていった時は1ヶ月半は掛かった。」
「そうなのですね。」
私の言葉に嗚呼、と答えた。そしてそれから昨日のことで御影さんに何か言われたのか自分で持ってきた茶を啜った。彼は本当は炎の呼吸というものが扱える人のもとへと連れていきたかったと私に告げた。
「頼光からは、最近良い話を聞かないからな。煉獄に預けるのはやめる事にした。」
「何故、煉獄さんが第一希望だったのですか?」
「お前に一番合う呼吸は炎だと思ったからだ。」
「呼吸、ですか?」
坂上さんは是と答えた。鬼殺隊の皆さんは特殊な呼吸法を身に付ける事で運動能力の向上を図っているそうだ。その中にはいくつかの種類があり、炎の呼吸はその中の一つらしい。私はその話を頷きながら聞いていると茨木さんが乱入してきた。茨木さんはまだお酒を飲んでいるらしく、片手にはちゃぽんと音を立てる瓢箪があった。
「ほら、この子だよ。酒吞。」
「茨木、やめておいた方が良いと思いマスよ。大事なお話をしていたみたいデス。」
茨木さんの後ろには背の高い外国人が立っていた。とても高級そうな背広はくたくたになり、きっちりと分けられていたであろう金色の御髪は乱れている。真っ赤な瞳の瞳孔は縦に細く、人間と言うよりは猫のようだ。
「何の用だ、茨木童子。」
「いやぁ~、実は鬼童丸が
妙に間延びした喋り方で「しゅてん」と言う人の肩に腕を乗せてそう話す。私は流石にここまで酔っ払った人を見た事が無く、大丈夫なのだろうかと心配しながら茨木さんを見上げているとどこからかハンカチを取り出して「僕の心配をしてくれるのは、鈴香ちゃんだけだよぉ~」と泣きついて来た。お酒は人を可笑しくすると言うが、どうやらそれは鬼にも当てはまっていたようだ。
「あの、鬼童丸さんって?」
「そこにいる酒吞童子の息子だ。」
私は外国人さんを見上げた。「初めまして、オジョウサン。」と聞き慣れない強弱の付いた言葉に戸惑いながらも「初めまして」と小さくお辞儀をした。いや、茨木さんのせいでそれがお辞儀になっていたかどうかは怪しい。
「挨拶って、ここには阿玖良王が連れて来るんだろう? そう時間は掛からないだろう。」
「うーん、これからお酒買いに行くって言ってたからまだ時間は掛かるよ。ほら、洋物のお店って開くの遅いじゃん。」
私は元々宿屋の手伝いをしていたから早起きには慣れているが、今の時刻は恐らく7時半ごろだ。洋物のお店でなくたって開店はしていないだろう。「待ってやる義理は無い」と坂上さんは冷たく一脚した。茨木さんは「愛されてるね」とニヤニヤしながら言う。坂上さんは大きな溜息を吐きだした。
「良いから出て行け、鬼童丸の件は了解した。これ以上邪魔をするな。」
ピリッとした空気に変わる。先程まで笑みを浮かべていた茨木さんもピタリとやめ、じっと坂上さんを見下ろしている。酒吞さんは我関せず、と言った表情でその様子を楽しげに見ているだけだった。いや、細めた瞼の奥の瞳はとても冷たい。
茨木さんは私の肩に回していた腕を下ろし、にっこりと笑みを浮かべた。
「君達一族が一体何を考えているのか分からないけどさ、言わないのはいいよ。別にそこまで興味あるわけじゃ無いからさ。」
茨木さんは「でも」と続けた。
「僕は巻き込まないでよ。僕は君達一族の一員じゃないし。巻き込むなら全部説明してからにしてよ。僕、そういう裏切りは嫌いだから。」
茨木さんは自分を鬼に分類されるような物じゃない、と言っていた。確かにそうなのだろう、と思ってしまう。私の中の印象が鬼の条件に当てはまっているのか分からないが、鬼とは恐ろしい物だと思っていた。でも、確かに茨木さんの表情は、人間の様だった。彼は苦しそうで何かを怖がっているような猫の様な威嚇を坂上さんにしているように見えた。何かが怖くてたまらない、とそう言っているように見えた。
「嗚呼、分かっている。お前に迷惑はかけない。」
坂上さんはその威嚇に怯える様な素振りは無く、素っ気なく返事をした。苦々しい表情で「本当、」と何か言いかけて茨木さんは部屋から出て行き、ドタドタと大きな足音をたてて廊下を歩いて行った。置いて行かれてしまった酒吞さんはにっこりとこちらに愛想笑いを浮かべて「騒がしくして、ゴメンナサイね」と言って茨木さんの後を追う様に部屋から出て行った。気持ちを切り替えるように大きな溜息を付いた。
「さて、どこまで話したんだったか。」
「えっと、前回歩いて1ヶ月半掛かった場所を目指す、と聞きました。」
「嗚呼、そうだった。そこには桑島という男が住んでいる。桑島は雷の呼吸を使う男でな。まあ、見た目は無害な老人だ。良く習え。」
「はい。」
私はそんなに遠くに行くのか、と少しだけワクワクしていた。
「茨木童子は着いて来ないだろう。お別れを言って来いよ。」
茨木さんが何故あの町にいたのか分からないが、確かに付いて来る理由は無い。そして先程の様子ならば尚更ついてきたいとは思わないだろう。私は「はい」と答えて茨木さんの後を追いかけた。
「あの、茨木童子さんのお部屋ってどこにありますか?」
部屋を出てから途中であった巫女さんに話を聞くと、茨木さんは漸く眠りについたらしい。起こさないでほしいと必死にお願いをされてしまった為、私は来た道を引き返そうと踵を返した。
「こんにちは。」
「え、っと。こんにちは。」
私の背後に立っていたのは、女性とも男性とも区別のつかない人だった。5尺5寸ほどの男なら小柄で、女の人なら大柄。丹精な顔つきはいっその事、作りものだと言われた方が納得できるような人だった。黒い髪に赤みがかった瞳。長い髪を一つに結い上げている。
「角を落とされたんですか?」
私の言葉にその人は一瞬首を傾げたが、すぐさま意味を理解したのか懐から取り出した扇子で口元を隠し乍らクスクスと笑っていた。ひとしきり笑ったのだろう。細めた目で私を見て「それ程似ていますか?」と尋ねてきた。私は「紅葉さんでは無いのですか?」と言うと、いっそう嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「鬼女・紅葉は私の母親です。私は
「経若丸さん。失礼しました、私は飯田鈴香です。」
「いえいえ。慣れています。私達だってよく似ていると思っていますから。」
いっそ、角を隠した紅葉さんだと言われた方が納得がいくほど彼らはよく似ていた。父親の血は一体何をしているのだろうか? と、疑問符を浮かべたくなるほどだ。
「珍しく外から人が来たのだと、弥生が話していたので興味がありまして。今、よろしいですか?」
経若丸さんは目を細めて、私にそう尋ねてきた。私はこくりと小さく頷いてしまった。すると本当に嬉しそうな顔をするものだから、私は彼の表情の意味をはかり知る事が出来なかった。
お疲れ様でした。
1ヶ月に1話しか更新できなくて楽しみにしてくださっている方がいるならば申し訳無いと思います。
資格試験が終わり、少しはペースアップできるかな? と思います。