由緒正しき鬼ですが、何か?   作:358さん

7 / 8
 復讐だったのだろうか。
 私は空を見上げ乍ら、ふと、そう考えてみた。
 私の母は、苛烈な人だ。
 ただ、多くの人が今の母しか知らないから誰も人間だった頃の母を知らない。

 よく言われる。君はお母さんに似ていないね、と。

 父親と言われる人の孫にあった事がある。
 その人と私は似ていない。
 その人は正義感の強い人だった。全然私とは違う。
 私達はいつだって仲間を探している。
 同じ傷を持っている誰かを探し続けている。
 そうでなければ、とても寂しいから。
 


第7話 信じると馬鹿を見る

 薄暗い部屋の中には3人の鬼が集まっていた。俺と小林と紅葉だ。昨日の会議とは違い、一段高くなっている場所に座っているのは俺だ。俺達には他の鬼にないつながりがあった。それはとある研究に関する事だった。

 

「それで、紅葉。この前のは何だ? 計画にない、あんな事を。」

 

 俺はそう尋ねた。紅葉は涼しげな表情で「再確認する機会を与えただけよ」と言う。紅葉のいう再確認というのは、おそらく俺が本当に妻である鈴鹿御前を殺すことができるのか、という事なのだろう。

 

「一度も二度も変わらん。余計な事をするな。」

「ごめんなさいね。」

 

 と、投げやりな謝罪を俺にしてきた紅葉。その様子を大きなため息を吐きながらその様子を見ていた。

 

「確認しておくが、茨木童子が藤の家にいたのはお前の差し金では無いだろうな。」

 

 俺の問いに、紅葉は少し間を開けて「違うわ」と答えた。その表情を観察するが、俺にはその言葉が嘘かどうかなどわかる筈もなかった。俺にはこの手の勘は備わっていなかったようだ。茨木童子のように心がわかるわけでもない。

 

「茨木童子の事は本当に私も知らなかったわ。貴方が町にある藤屋敷を確認した時はいなかったの?」

「嗚呼、いなかった。いればすぐに分かる。」

「つまり、疑われているという事じゃろう。仲間外れにされているのではないか、とな。」

 

 茨木童子と紅葉は少し特殊な立ち位置に立っている鬼だ。茨木童子は元々はただの人間の少年であった。当時は顔立ちが綺麗で、隣町の女の子までが彼に告白するなんて状況が普通に起こるほど人気があった。そんな人としての人生を生きていた。

 そんな彼の人生を狂わせた原因を作ったのは、俺達だ。だから、俺達は彼の扱いには気を使っている。

 

「だから、言ったであろう。仲間外れにした時が面倒だ、と。最初から教えてやればよかったのじゃ。」

「あれは、鬼になりきれない。身体の成長に心が付いて行けてない。」

「だから、同じ土俵に立たせない、か? 経験せねば得られぬものもあるだろうに。」

 

 俺は黙った。否、黙らされたと言った方が正しいのかもしれない。紅葉は俺を睨みつける。今更、誰に責任があるなどと、言い争いはしない。お互いに責任があり、茨木童子には一切の責任はない。こちらが巻き込んだのだから責任を持って彼の面倒を見ることは俺たちの共通認識であった。

 

「茨木童子については、これから何か対策をしなければならない。」

「酒呑童子に話すつもりはないのじゃろう?」

 

 紅葉の言葉に小林が確認を取ってくる。酒呑童子は悪戯好きだ。あれは悪鬼そのもので他人の足を引っ張ることを生き甲斐にしているようなものだ。長く生きていると生きているという実感を感じることが難しくなる。だからこそ、人助けに勤しむ阿久良王だったり、研究に没頭する紅葉であったりと何かに集中する鬼が現れる。何かに自分の持っている物を注げるだけの余裕が出て来るのだろう。

 それも所帯を持った事で少しは改善されるかもしれないが。

 

「あれは茨木童子のことを煽るだろう。」

 

 俺の言葉に二人は同意したようにため息を吐き出した。その様子がありありと思い浮かぶのか、どこか遠くを見詰めている。

 

「誰にあれのお守りを任せるか。」

 

 そう紅葉が呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニコニコと可愛らしい笑みを浮かべた経若丸さんは、私の事をよく聞いてきた。今までの生活について彼は興味があるらしい。

 

「私は生まれてこのかたこの里から出たことがありません。だからよく茨木童子さんにはお話を聞くんです。」

 

 「彼は色々な場所を旅していますから」と彼は楽しそうに私に教えてくれた。例えば、西には真っ赤に塗られた鳥居が並ぶ神社があるらしい。天皇陛下が住んでいたとても大きなお城はとても優美らしい。金色に輝く建物の事。冬になっても雪が降らない温かな土地。特に詳しく話してくれるのは、その土地のお酒の事を尋ねると嬉々として答えてくれるそうだ。

 

「そうなんですね。……、あの聞いてもいいですか?」

 

 私の言葉に彼は「ええ、勿論」と答えた。私は先ほど躊躇いながらも茨木さんの事を尋ねた。「茨木さんと坂上さんの関係を」と。経若丸さんは困った顔をして庭の方に目を向けた。

 

「茨木童子さんと坂上殿ですか?」

 

 彼は骨と皮しかないような手を顎に当てて考えだした。

 

「話によれば、茨木童子さんと坂上さんが出会ったのは江戸時代に差し掛かったころです。こうしてみると随分と最近のことですね。」

 

 彼はそう、ふむふむと数回頷く。その仕草が態とらしくて私は一体どんな表情をしたら良いのか、と彼を見上げるだけだった。顔は苦笑いを堪えようとして変な顔になっていることだろう。

 

 彼は茨木童子の出生を話し始めた。

 

 顔が良かった茨木の村に住む少年には、多くの恋文が届いた。茨木童子の母はそんな茨木童子を心配し、神社に預けるようになった。ある日、茨木童子が神社から家に帰った。その時、母が隠していた血染めの恋文を見つけてしまう。何を思ったのか、茨木童子はその赤い血を舐めてしまった。

 

「そしてその血の影響で鬼になってしまったんです。茨木童子です。」

「え、茨木さんは望んで鬼になった訳では無いんですか?」

「はい。そして彼は鬼になった。」

 

 それを舐めてしまったから茨木童子と言う鬼擬きは誕生した。鬼となるために神と契約した契約書の一部を体に宿した眷属の眷属が誕生した。それは当然、最初の者よりは精度が落ちる。

 

「その赤い液体がなんであったのか、私たちは知りません。しかし、母と坂上田村麻呂殿は何か察しているようです。」

 

 そう言えば、紅葉さんは薬師だった。鬼になれる薬を作ることができるのかもしれない。それはまるで、話に聞く鬼無辻無惨のようだった。

 

 経若丸さんは悲しそうな、何とも言い難い表情で俯いた。紅葉さんはそれから鈴鹿の山を出てこの地に流れ着いた。紅葉さんは都に戻る事はできず幾度となく悪事を働いた。その結果、薬の影響だけでなく悪鬼として存在が確立したそうだ。

 

「私には、母がいました。母の元には、外では生きていけない人が集まっていました。だから、孤独を感じた事は無かった。でも、茨木さんはそうじゃない。唐突に人では無くなり、人の世の中では生きて行けなくなった。」

「でも、見た目は人間のままです。」

 

 私は茨木さんを擁護する様にそう言った。その言葉は経若丸さんに対してでは無く、もう会うことは出来ない当時の人達へと向けられたものだった。

 

「そうですね。しかし、鬼は不死では無いが、不老ではある。老いない茨木童子を見て村人は恐ろしく思った。」

 

 私は息を飲んだ。「茨木童子は村八分にあった」と経若丸さんは続けた。私は同情した。可哀想だと思った。だって、彼は何も悪くない。神様の意地悪の様な偶然だった。

 

「そんな時、茨木童子は酒吞童子と出会いました。それから他の鬼も仲間に加わった。でも、彼の心が癒される事は無かった。」

「どうしてですか?」

「彼は、私達は、神の眷族でも神でも、況してや鬼でもありません。潔白()ではいられず、漆黒()にも成りきれない。人の中では傷つけられ、鬼の中では相容れない。だから彼は酒を好むのかもしれません。」

 

 彼が何故その赤い文字を舐めてしまったのかは分からない。しかし、どうして舐めてしまった彼が悪いと責められるだろうか。喉が押しつぶされたような感覚だった。息が辛く、どうしようもない嫌悪感が渦巻く。これは恐らく私の中の正義感が憤りを感じているのだと思う。

 

『馬鹿馬鹿しい』

 

 私の中で彼がそう吐き捨てた。

 

 何もかもを忘れる為にお酒を飲む。しかし、酔いがさめればいつもの苦痛は襲い掛かる。彼は鬼だから常に酔い続ける事は出来ない。どれ程飲んでも、何時かは酔いがさめて現実が彼を苦しめる。

 

「鬼を人間に戻す方法は、無いんですか?」

「坂上田村麻呂殿は元々地獄を訪れた際に、毘沙門天と契約した事で鬼になったと聞きます。善神たられる毘沙門天が坂上田村麻呂殿との契約を取り消せば、私達への影響も無くなるかもしれません。ただ、母がそれを良しとするかは分かりませんが。」

 

 そうだ、少なくとも紅葉さんは鬼になりたくて薬を作ったんだ。それならば、紅葉さんはその状況を良しとしないかもしれない。

 

「それに殺した数だけなら、母よりも茨木童子の方が多いでしょう。」

 

 それは恐らく、坂上さんが毘沙門天と契約を切ったとしても鬼であり続ける可能性の示唆であった。

 

「茨木さんは、人間に戻りたいでしょうか。」

 

 私は隣に座っている彼に答えられない質問をしてしまった。経若丸さんは困った顔で空を見上げた。一方で私は俯いた。敷き詰められた白い小石を眺めながら彼の言葉を待っていた。「少なくとも」と彼は前置きをして

 

「今の人生を気にいっているようには思えません。」

 

 私は彼にお別れを言う事が怖くなった。それはきっと私の我儘で、私の自分勝手な気遣いなのだろう。でも、私は人間でいつか彼をおいて死んでしまう。そんな人と仲良くしても彼が気を病むだけでは無いだろうか。などと自分が彼にとって特別な存在であるかのように考えてしまう。

 難しいと思う。私が考えている以上に人は他人に対して何も思おらず、何も考えていないのだろう。私だって見ず知らずの人間にここまで心を動かされる事は無かっただろう。彼だからこそ、私は心を痛めた。

 しかし、何故だろうか。父が死んだ時、私は悲しくなかった。苦しいとは思わなかったのだ。知っていたからだろうか。覚悟が出来ていたからだろうか。

 

「共に過ごしていた鬼たちも、源頼光に切り殺されてしまいました。」

源頼光(みなもとのよりみつ)さん。」

「はい、彼は時の天皇より酒吞童子一派の討伐を命じられました。」

 

 酒吞童子とは、先程であった金色の髪の青年の事だ。という事は源頼光は討伐を失敗したのだろうか。などと考えていると経若丸さんは、「結果的には討伐は失敗しました」と前置きした。

 

「源頼光は酒吞童子の首を斬り落とす事には成功しました。通常の鬼ならば、この時点で死んでいます。小林様だって、阿玖良王様だって首を斬り落とされれば死んでしまうでしょう。しかし、酒吞童子は死ななかった。」

 

 私は驚きのあまり、「え!?」と大きな声を出した。坂上さんから窺っている話では、普通の鬼は首を斬り落とせば死ぬという事だった。もしや、酒吞童子さんは鬼舞辻という男の鬼では無いのだろうか。などと考えていると「彼は鬼舞辻の鬼ではありません」と教えてくれた。私が場面を見ていないからそう思えるだけで、彼は日光の下を何ともなく歩く事が出来るそうだ。ただ、夜型の生活を送っている為、昼間は寝ている事が多いそうだ。

 

「茨木童子は隙を見て酒吞童子の首を持って逃げました。」

「良く逃げられましたね。」

「実際は、坂上田村麻呂殿が源頼光殿に茨木童子を殺さない様にと頼んでいたようですが。」

「そうなんですか?」

 

 一度も接触していない茨木童子の存在を坂上さんは一体どうやって知っていたのだろうか。その答えは経若丸さんも知らないようで首を横に振った。

 

「それから坂上田村麻呂殿と茨木童子が出会うのは、随分先で江戸時代に突入してからです。茨木童子が吉原で鬼殺隊に目を付けられるまで出会う事は無かった。彼はそれまで自身の身に起こっている事情を知る事が出来なかった。彼の言う裏切りとは、この事を伝えに来なかった事を言っているのかもしれませんね。」

 

 眷族として坂上さんは茨木さんの事を認知していたにもかかわらず、説明をする事は無かった。それは裏切りと言うか、坂上さんの落ち度しかない。

 

「私も一度も説明を受けた事はありません。ただ、母は自覚がありましたから。母伝えに事実を聞いた事があります。」

 

 体の成長は心の成長に追いつかず、随分苦労したらしい。それが当たり前ならば何も苦労する事は無かった。ただ周りと違うという事は本人に不安感を募らせるそうだ。それは心の中に化け物を飼うのと似ているらしい。どうしようもなく暴れ出す劣等感(化け物)との戦い。それを必死に抑え込んだところで、またいつかは暴れだす。

 

「茨木さんは、自分たちは鬼に分類されるような物じゃない、って言ってました。」

「鬼にも複数の定義があります。神に仕える者。神と呼ばれる者。恐ろしい者の総称。人が作り出した鬼の区分は多くあります。その中で我々が当てはまるのは、人ではない者位でしょう。人間の突然変異種(鬼舞辻無惨)とさして変わらないという事です。私達には彼のように眷族を作る力はありませんが。」

 

 それでも、と彼は続けた。

 

「私達は、生きていたいんです。死にたくないんです。だから、常に他人を信じる事など不可能だった。彼が裏切られた、と感じた事があるのなら。信じられる何かを見つけたのでしょう。」

 

 「羨ましいです」と経若丸さんは言う。私は、この里から一歩も出た事が無い彼に「いつか見つかりますよ」などと声をかけることは出来なかった。

 ただ、それは鬼に限った事では無く、私にもそんな人はいないと思い知らされた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。