由緒正しき鬼ですが、何か?   作:358さん

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ただ、生きていたかっただけだった。
朝を見る事が出来ず、誰からも「おはよう」と言ってもらえなくなっても。
生きていたいと思うことは、許されないことなのだろうか。
僕に刃を向けないで。
生きていたいから、殺さなくちゃ。
たくさん、たくさん、殺してきた。
そうしたら、アイツに会った。


第八話 これは、誓い。

 鬼童丸さんという()がこの村を尋ねてくるのにそう時間は掛からなかった。昼前に到着した鬼童丸さんは、すっかり散らかってしまった大広間を見て、巫女さんたちに土下座をしていた場面に私と経若丸さんは遭遇した。彼の父親である酒吞童子さんとはまた違った大きさのある人だった。身長は酒吞童子さんと同じくらいで、でも体はとても大きい。筋骨隆々とはまさに、彼の為のある様な言葉だと私は思った。

 

「こんにちは、鬼童丸。随分と急いだのですね。」

「ん? 嗚呼、経若丸か。まぁ、酒の事となるとどうにも父はせっかちになるからな。」

 

 とても低い声だ。落ち着いていて、聞き心地の良い声だった。しかし、彼は額を畳に擦りつけたままであった。巫女さんも困ったような顔をして視線が鬼童丸さんと経若丸さんを何度も往復している。12、3歳程の少女で紅い袴を履いていないからまだきちんとした巫女さんでは無いのだろう。

 

「鬼童丸、いい加減彼女に仕事をさせてあげて下さい。これでは片付く物も片付きません。」

「む、それもそうだ。では、片付けるのを手伝うとしよう。」

 

 そう言って立ち上がろうとした鬼童丸さんを巫女見習いさんは必至で止めた。彼女達にとって鬼童丸さんは神様である紅葉さんと同じくらいに存在するのだろう。私だって神様に皿洗いなどさせられない。畏敬の念を抱いている彼女達ならば、尚の事だろう。

 大広間から追い出され、ぴしゃりと閉められた襖の前で項垂れている鬼童丸さん(大男)の姿を見ているとなんだか可愛らしく思えた。くすっと少しだけ口元に手を当ててその愛らしい人を見ていると「む」と私の存在に気が付いた鬼童丸さんがこちらを向いた。

 「この人は鬼です」と言われれば、一番納得がいく、誰もが頭の中で一度は思い浮かべる鬼の顔。そんな風な強面の顔つきをした人だった。じっと彼の事を見上げていると、居心地が悪そうに今の時代では珍しい短い髪を乱暴に掻いた。

 

「経若丸、このお嬢さんは?」

 

 顔の彫の深さは似ているが、顔つきは酒吞童子さんと似ていないと思っていたけれど、初対面の私の事を「お嬢さん」と呼んだ。癖などは似ているのかもしれない。

 

「彼女は飯田鈴香さん。坂上田村麻呂殿の客人ですよ。飯田さん、こちらは鬼童丸です。酒吞童子さんにはお会いになりましたか? 彼の息子なのですが。」

「あ、はい。酒吞童子さんには、会いました。初めまして、鬼童丸さん。飯田鈴香です。」

「鬼童丸だ。宜しく頼む。」

 

 第一印象はとても良い人だその強面の顔でなければ、ただの好青年である。その顔はとても緊張しているように見えた。視線は色々な場所を彷徨い、落ち着かない様子だった。彼は私の前に右手を差し出してきた。何だろうとじっとその手を見ていると「外国の挨拶ですよ」と経若丸さんが私に教えてくれた。

 

「相手の手を握るそうです。」

「あ、いや。済まない。父の近くにいるとどうにもこうした癖が付いてしまってな。」

 

 私が彼の手を握り返す前に、彼は手を引っ込めてしまった。少しだけ動かした手が行き場を無くし、それを隠す様に胸元で軽く握った。少しだけ気恥ずかしく、そして目の前の男を恨めしく思ったのだ。襖の近くに置いてあった10本以上の一升瓶を鬼童丸さんは抱えた。

 

「酒吞童子殿の所にご案内しますよ。」

 

 茨木童子さんと酒吞童子さんは同じ部屋に居るだろう、と経若丸さんの言葉に私は大人しく彼について行く事にした。私は私の前を歩く鬼童丸さんを見上げた。そして彼が酒吞童子さんの息子であると言う事は、酒吞童子さんには前妻がいたのだろうか。そんな事を考えていた。新しい後妻として迎えられた朔さんこの事を知っているのだろうか。

 私ならば、あまりいい気はしない。好きな人がいる訳では無いのだが、それでも昔愛していた人がいたのなら少しだけ気になってしまう。どんな時間を過ごしたのか、私の知らないその横顔は何を見ていたのか。

 

―――気にした所で、何も分かりはしないのだがな。

 

 そうなのだ、分かりはしないのだ。そこにいるのはどうしようもない怪物。

 そう、例えば。坂上さんの奥さんはどんな人なのだろうか。鬼なのだろうか。それとも朔さんのようにただの人間なのだろうか。

 そこまで気にして、私は考えるのを止めた。別に私は坂上さんに恋心を抱いている訳では無い。助けてもらったから助けたいだけなのだ。お礼をしたいだけだから。父を解放してくれたお礼をしたいのだ。

 

「学校の方はどうですか?」

「まぁ、寺子屋とは違うな。亜米利加の言葉も習っている。日本にはない言葉の概念を習うのは楽しいな。学友たちとよくその話題で盛り上がる。」

「それはそれは、良いですね。何か喋ってくださいよ。」

 

 楽し気に話す二人は幼馴染の様であった。考え事をしていたせいで会話に入るタイミングを逃してしまったが、それでも小気味良い調子で流れる会話を聞いているだけで微笑ましい。足を運ぶたびにミシミシと木が悲鳴をあげる事を経若丸さんは楽しそうに揶揄っていた。

 外見では、その性質が全く真逆な二人だ。でも、気が合うのだろう。先程、私と話していた時とは違い鬼童丸さんはとても落ち着いており、会話を楽しむ余裕がある。何故彼が私に対してあそこまで固まってしまったのか分からないが、いずれ普通に話してくれるだろう。女嫌いの坂上さんも私とお話してくれるのだから。

 

「ここです。酒吞童子殿。鬼童丸を連れて来ましたよ。」

 

 乱雑に開けられていた襖から興味本位で覗いてみた。酒瓶を抱えた酒吞童子さんがひょっこりと顔を出した。

 

「いやァ、ありがとう鬼童丸。」

「酒癖の悪さは今に始まった事ではありませんから。代金は付けておきました。月末に請求が来ますよ。」

「了解、了解。」

 

 銘柄が違うらしい。鬼童丸さんの腕に抱えられた酒瓶を一つ一つ確認しながらどれを飲もうか迷っているようだった。

 

「おや、オジョウサン。アア、なるほど。茨木童子でしたラ、奥の部屋で一人で飲んでいマス。御酌してあげて下サイ。出発にはまだ時間があるのでショウ?」

 

 彼は奥の襖を指さした。そして私に一本瓶を押し付けた。そして私を急かすのだ。鬼童丸さんも経若丸さんもどうやら止めてはくれないようだ。私は仕方なく、酒瓶が転がった薄暗い部屋を抜けて奥の襖の前に立った。鼻をすする音が微かに聞こえてきており、何だか面倒な雰囲気が醸し出されている。

 深呼吸を一つ。

 覚悟を決めて襖をそっと開けた。中には明かりが無く、薄暗い部屋の中で布団に蹲った茨木童子さんを見つけた。酒のにおいが充満した部屋だった。

 

「あの、茨木さん。」

 

 そう声をかけると彼はゆっくりとこちらを向いた。そして小さく「行くの?」と彼は言った。私が頷いて「はい」と答えると彼は「そう」と苦し気に声を出した。彼は布団から起き上がり、こちらに手招きをした。充血して痛々しい瞳がじっと私を見詰めた。こうしてみるとやはり茨木童子さんは整った顔立ちをしている。

 

「座りなよ。」

 

 彼の言葉に私は従った。彼の前に座り、お酒を注ぐためのお猪口を探した。

 

「坂上田村麻呂はさ、一つの目的を持って今も生きてる。」

 

 茨木は、そう唐突に話しだした。

 

「僕は、あの一族が何を考えているのかさっぱりわからないけどさ。それでも、僕と坂上の中には同じ物が流れているから分かるんだ。」

「茨木さん……?」

「アイツは、自分の奥さんをもう一度蘇らせようとしている。」

 

 坂上さんの奥さんは亡くなっていた。しかし、無くなった人間を生き返らせることなんて出来るのだろうか。

 

「根の国……。まぁ、分かりやすく言うと黄泉から魂を回収して来れた。でも、何かがダメだった。詳しい事は分からないけど、小林が何かを失敗したらしい。それからアイツの奥さんの魂がどうなったのか誰も言わない。」

 

 茨木童子さんは私に「気を付けて」と言った。何に気を付ければ良いのか。話の流れから坂上さんに対してだろうか。それとも鬼の事だろうか。

 

「両方だよ。僕みたいなやつに気を許しちゃう君の事が僕は心配だよ。」

 

 彼はそう言って笑みを浮かべた。それから視線を落として私の肩に手を乗せた。

 

「君がこれから辿る人生は業苦な物だ。でも、ダメだよ。この世の生物全てが、他人ためでは無く自分の為に生きているんだ。君は、飯田鈴香は、坂上田村麻呂の為に生きるんじゃない。いや、君がそうしたいと思うならそれでも良いんだ。でも、気を付けて。あの男は何を考えているのか、分からないから。」

 

 私は何とか絞り出した声で「はい」と言った。とても悲しい事だと思った。鬼とはこういうものなのだろうか。こうして一人になっていくのだろうか。彼らは別に一人でいることを強いられている訳ではないだろうに。茨城童子さんは「行ってらっしゃい」と私を送り出してくれた。私は「行ってきます」とお別れを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 真っ赤なワインと称した飲み物を酒呑童子は呷りながら先ほどの少女のことを考えていた。普通の娘だ。日本人らしい黒い髪に黒い瞳の、特別目立つ容姿をしている訳でもない。

 

「それで、あの女は何者なんだ?」

 

 酒呑童子はいつものように茨城童子に尋ねた。あのふざけた口調ではない。800年近く日本で過ごしていれば、不便なく日本語を話すことくらいできる。いつもは愛嬌を振りまいているに過ぎない。

 先ほどまで泣きはらしていた茨城童子は酒のせいか笑みを浮かべながらこちらを向いた。酌をする鬼童丸も茨城童子の方に視線を向ける。

 

「さぁ、知らない。本当に知らない。今まであの町には何度か行ったことがあったけど、あの子のことは知らなかった。まぁ、町はずれに住んでいるから仕方ないといえば、仕方ないんだけど。」

 

 酒呑童子は清酒を煽りながら、「食べたいと思わなかったんだよね」と呟いた。その言葉に酒呑童子は同意した。しかし、人間を嗜好品としている彼らは選り好みもあれど人を喰う。食べたいと思わなかったというのも彼の好みに合わなかったといってしまえばそれまでだ。

 確かに酒呑童子自身も彼女のことを食べようとは思わなかった。しかし、それは彼女以上の嗜好品()を手に入れているからであり、彼女に興味が向かなかっただけかもしれない。

 

「確かに、考えさえしなかったな。」

 

 酒呑童子はポツリと呟いた。いつもならそんなことを気にすることもなかっただろう。しかし、そう。あの坂上田村麻呂が連れているという奇怪な状況を受け流せるほど、危機感がないわけではない。

 

「鬼童丸、お前はどう思った?」

 

 酒呑童子は息子である鬼童丸に尋ねた。鬼童丸は口元に手を当てて「ただの人間としか」と答えた。その答えに「そうか」とだけ答え、酒呑童子はワイングラスを鬼童丸のほうへと差し出した。鬼童丸はそこにワインを注いだ。

 

「あの、茨城童子。聞いてもいいですか?」

 

 鬼童丸がおずおずと茨城童子に伺いを立てた。「なぁに?」と茨城童子が笑みを浮かべて聞いてきたえ、鬼童丸が「小林殿は、何を失敗されたのですか?」と尋ねた。

 鬼童丸は小林のことをこの二人よりも知っていた。元々、酒呑童子が孕ませた人間の女性から生まれた鬼童丸は、酒呑童子の宿敵である源頼光のもとで育てられた。ただ鬼を親に持つということで、都で育てるわけにもいかず、小林が管理している常世で生活をしていた経験がある。そのため、鈴鹿の山の事情を、小林の気性をよく知っていた。完璧主義者な彼女が何かを失敗するなど考えられないのだ。

 

「知らないってさっき言った。本当に、何をしようとしていたのか知らないんだ。アイツが根の国に行ったのは、紅葉姉さんが生まれるよりも前の話だよ。当時から生きているのは、小林かアイツか阿久良王か金平鹿位しかいない。」

 

 金平鹿は基本的にあの親子に配下の者を殺されてから穴倉に引きこもって一歩も外に出ていないらしいから情報を持っているとは思えない。それに残りの3人はおしゃべり好きではない。話すことはないだろう。

 

「ただの人間という可能性もあるでしょう。」

 

 鬼童丸は決してあの人間を、飯田鈴香を庇おうと思っているわけではない。ただ、父やその友人があの少女をそこまで危険視しているのか理由がわからなかった。

 

「鬼童丸、覚えておくといい。坂上田村麻呂という男は普通じゃない。鈴鹿御前によって魂に穴が開けられている。彼は最早、鈴鹿御前が死んだあの日から前に進めない。鈴鹿御前を完璧に取り返すためならば現世を壊すことくらい平気でやるかもしれない。」

 

 父親の言葉に鬼童丸は困惑する。そのような思考を持った男にはどうしても思えなかった。鈴鹿の山で何度かであったことがあるあの男はただの無口な思いやりのある男であったからだ。

 

「鈴鹿御前を生き返らせるためにどんな障害があったのかわからない。しかし、あの少女が何らかのカギを握っていると思ったのかもしれない。もしや、依り代にされたのかもしれないぞ。」

 

 まさか、と笑い飛ばすことはできなかった。いくら人の中で育てられ、人の気質を持ち合わせている鬼童丸が若干苦手としている父親の言葉を蔑ろにできるほど彼は若くなかった。経験が知っている。父である酒呑童子は、鬼童丸を大切にしている。

 

 酒呑童子はもう一度あの少女のことを思い出す。凡骨な娘だった。

 今まで現世の管理人として偽物の鬼を殺してきただけの、あの男が到頭動き出した。人間側についてやる義理はない。それはあの男も同じ。ただ、源頼光は人間の側につくだろう。考えて置かなればならない。坂上田村麻呂は身内贔屓だ。その身内の中には、彼が望むまいと茨木童子も含まれる。

 

「何故、彼女にあんな事を言ったのですか? 彼女の人生が苦業となるかなど分からないだろう。」

「わかるよ。鬼なんかと関わるなんて碌な目に合わない。」

 

 彼のいう鬼がこちら側なのか、それとも鬼舞辻の側なのかどちらとしてもそうだろう。酒呑童子はあの少女がこれからどう生きていくのかに興味はない。ただ、あの少女がこちら側に害をなさなければそれでいい。

 

―――私はもう二度と、私のものを奪わせない。

 

 源頼光の時のような過ちは二度と犯すものか。

 

 酒呑童子はそう誓った。

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