ケツアゴサイコ総帥に一生ついていきます【完結】   作:難民180301

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ケツアゴサイコ総帥に一生ついていきます

 夕暮れに照らされるオフィスビル群。その間を流れるスーツ姿の雑踏に紛れ、私はふらふら歩いている。

 

 今日の面接はうまくいった。私の経験、強み、企業で活かせるポイントをハキハキとアピールできた。服装も細かな所作も完璧だった。

 

 でも結局ダメなんだろうな。

 

 ポケットのスマホが振動。雑踏を抜け出し隅によって画面を見れば、メールボックスに新着メールが届いてる。内容はお祈りメールだった。

 

 知ってた。ほぼ同じタイトルと内容のメールが百通近くメールボックスを埋めてるもの。高校の後輩からもらった励ましメールははるか後ろに追いやられてた。思わずため息が出て、またふらふらとあるき出す。

 

 高校を卒業してから一年。私の虚しい就職活動の一幕だった。

 

『波動拳! 昇龍烈破!』

 

 ビルの巨大なモニターの中では、日本にやってきた格闘技の全米チャンプさんが大暴れしてる。道行く人たちもみんなモニターを見上げて「おお」「ケン・マスターズが来てるのか」「試合録画し忘れちゃったよ」と嬉しそうだ。

 

 なにさ、ちょっとケンカが上手いからってチヤホヤされてさ。私がこんなに苦労してるのに、拍手と歓声を集めて、娘さんをリングの上で抱っこなんかしちゃって。死に物狂いの自己PR鼻で笑われて拒絶される私へのあてつけか。私ばっかりなんでこんな――

 

「な、なんだあの子!?」

「あれ波動じゃないか? ストリートファイターだ!」

「だがあんなファイター見たことないぞ」

「あわわ!?」

 

 しまった。いつの間にか波動が漏れ出てる。

 

 漆黒と血のような赤を混合した湯気のようなものを、慌てて体に引っ込める。ふう、ネガティブになると出てくるの忘れてた。注目を振り切るように小走りで路地裏へ。

 

 波動とはストリートファイター特有の技術だ。うまく使えば常人の数十倍の身体能力を発揮したり、ビームみたいに飛ばしたりできる。有名どころだとさっきのケンさんの波動拳とか、アメリカ軍人さんのソニックブームとか。

 

 本来は厳しい修行の末にやっと習得するものらしいけど、私は就活してたら使えるようになってた。実は指一本でレンガも粉々にできるし、赤黒い波動を弾にして飛ばすこともできる。

 

 だけど就活には使えないんだ。

 

『ええと、特技に波動拳とありますが、どういうことでしょう?』

『波動拳です。気を弾状にして打ち出します』

『なるほど。ではその特技でどのように弊社に貢献していただけますか?』

『競合他社をふっ飛ばして参ります!』

『面接を終了します』

 

 中途半端にストリートファイターの才能があったって社会は必要としてくれない。それこそ全米チャンプレベルの実績があれば話は別だろうけど。

 

「はあ……」

 

 最近、いやここ一年くらい何にもいいことがない。食事と睡眠以外の全部を就活にあててるのに手応えは全然だし、この前は変態に絡まれたし。人生辛いことばっかりだ。

 

 細い路地を通ってビル群を抜け、郊外の住宅地へ。

 

 あと数分で実家というとき、突風が吹き付けた。

 

「わ、何!? オスプレイ!?」

 

 見上げるとテレビで見たような形の飛行機? が住宅地の細い道に下りてくるところだった。狭すぎて着地はできないみたいだけど、後ろのハッチが開いて人が飛び降りてくる。

 

 そして私の目の前に見事着地を決めたその人は――ケツアゴだった。

 

 真っ赤な軍服っぽい服と粋なマントに身を包み、アゴはケツのごとし。しかも白目むいてて体格も私の二、三倍はあるから、威圧感がすさまじい。

 

 その人の周囲に降り立った女の人たちには見覚えがあった。この前路地裏で絡んできた外国人さんたちだ。

 

 よく分かんないけどみんな私の方見てるし、なんか用があるのかな?

 

「ど、どちらさまでしょう」

「我が名はベガ。シャドルー総帥にして最強の武道家だ」

「シャドルー!?」

 

 都市伝説レベルで有名な超大手企業じゃん! そっか、この肌を刺すみたいなピリピリくる威圧感も総帥なら納得だ。やっぱり社長はオーラが違うよ。

 

 とにかくこんな大物がすぐそこにいるなら売り込みだ、アピールだ。

 

「はっ、初めまして。私は山内アヤといいます。ほ、本日はお日柄もよく――」

「あいさつは要らん。山内アヤ、貴様には我が親衛隊に入ってもらう」

「まさかのスカウトっ!?」

 

 しかも社長直々。

 

「独自の修行により殺意の波動に目覚めた精神力。親衛隊トップのキャミィを下した実力。我が配下としてふさわしい人材だ」

「あ、その節はどうも……」

 

 絡んできた外国人さん、キャミィっていうんだ。急に蹴りかかってきたから波動使って突き飛ばして逃げたけど、ケガはしてないみたい。でも正気のない目で睨みつけてきてるし、ハイレグみたいな制服着てるし、ちょっと職場環境が心配になってきた。

 

 いやいや、なんといっても社長直々のスカウトだ。しかも相手は超大手企業。この機を逃せば一生就職浪人かもしれない。

 

 百二十度頭を下げる。

 

「その話、謹んで承ります!」

「よかろう。ではまず、我がサイコパワーの洗礼を受けるがよい」

 

 私の頭にぽん、と手が置かれる。なんだなんだ、入社の儀礼か?

 

 そう思っていると、私の体から勝手に波動が暴発。

 

 慌てて引っ込めるけど少し遅かった。

 

「手ェ燃えてるぅー! ごめんなさーい!」

「ベガ様!?」

「貴様、何のつもりだ!?」

「わざとじゃないんですすみません!」

 

 私の赤黒い波動が炎みたいにベガ様の手を覆ってる。まさか社長の手を燃やして千載一遇のチャンスを逃すとは……それだけじゃない、慰謝料、治療費、裁判、傷害罪――あわ、あわわわ。

 

「ふ、ふははは! よもやサイコパワーの洗脳を撥ね付けるとは! 気に入ったぞ山内!」

「あわわ……えっ?」

「シャドルーでは力こそがすべて。貴様は親衛隊の器に収まる女ではない。このベガに次ぐナンバー2の座をくれてやろう」

「……副社長っ!?」

「好きに呼ぶが良い」

 

 ベガ様は不敵に笑い、燃えている手をぐっと握り込む。ベガ様の波動っぽい紫の炎が拳から放たれ、私の波動を消し飛ばした。

 

 こんな失礼を働いても笑って許してくれる。それどころか社訓に従い副社長の座まで用意してくれるなんて。

 

 ベガ様、あなたが神ですか。

 

「我が野望のため、その力存分に奮ってもらうぞ!」

「はいっ、お任せください!」

「よし、ついてこい!」

 

 ふわーっと空中浮遊で飛行機のハッチに戻っていくベガ様。これもさっきから言ってるサイコパワーの力なんだろうか。ぴょんぴょん飛んでくキャミィさんたちに続き、私も波動の力でひとっ飛びに乗り込む。

 

 どこに向かうかは分かんないけど、どうせ家には借金と賭博大好きな男の人がいるだけ。だから帰らなくても問題ないし、ついてこいと言われたらついていく。

 

 私を必要としてくれたベガ様に――ケツアゴサイコ総帥に一生ついていきますよ。

 

 

 

---

 

 

 

 シャドルーは都市伝説のような企業だった。

 

 大国の国家予算レベルの総資産が公表されているのに、事業実態がまったく公になっていない。当然出る杭理論で色んな国から圧力を受けるはずが、どの国も静観を決め込んでる。

 

 その理由は国の上層部にシャドルーのスパイが潜り込んでるからとか、シャドルーは裏で世界を牛耳ってる秘密結社とか、世界中の企業のほとんどはシャドルーのフロント企業だとか。荒唐無稽な噂がたくさん。

 

 その噂が全部本当だったなんて思いもしなかったよ。

 

「はい、はい、そのようにお願いします。あ、大統領には私から連絡入れときますんで、はい」

 

 ラオスの岩場に偽装された本社ビル、その副社長室で業務に励む。肩で挟んだ電話で話しながら二台のデスクトップと向かい合い、各国に潜むシャドルー幹部への連絡、文書作成など並行している。ベガ様いわく『殺意の波動』で強化した指先が残像を生むレベルでキーボードを叩いているが、それでも追いつけない仕事量だ。

 

 なにせ数百万単位の従業員たちから常に情報を送られてるわけだもの。他にも事務スタッフはいるけど細かな確認や修正は全部私のとこに回ってくる。下からも横からも押し寄せる事務作業を全部まとめ、ベガ様に報告しなきゃいけない。

 

 こんな仕事量、私が来る前はどうしてたんですかと先輩に聞くと、現地の民間人を大量に雇ってどうにかしてたらしい。人事課と会計の人は私が来てから手間が省けたと喜んでくれた。

 

 大変だけど誰かの役に立てるのはうれしいことだ。中でもベガ様のために働けるのはうれしい。

 

 元格闘家らしいベガ様は、私の波動の使い方をいろいろ教えてくれた。おかげでここに来てからの一ヶ月、事務作業がはかどって仕方ない。働くの楽しすぎ。

 

 ただ一つ誤算だったのは「力が絶対」という社訓だ。

 

 仕事の隙間をぬって充実の社員食堂まで足を運ぶと、

 

「ベガ様をたぶらかす売女めが! 死ね!」

「ぎゃー!」

 

 と、包丁やらフォークやらを持った社員たちが襲いかかってくる。波動を使えば私は平気だけど、どたばた騒ぎが済むと一人か二人は大怪我で社内病院に担ぎ込まれ人手が減ることになる。

 

 新人が急に副社長になんてなったら気に入らないのは仕方ない。みんなが諦めるまで我慢しよう。

 

 もう一つ、誤算というか不安があるのは四天王さんだ。

 

 私と同じくベガ様が直接スカウトしたという凄腕の格闘家さんたちで、ボクサーのバイソンさん、スペイン忍者のバルログさん、ムエタイ達人のサガットさんがいる。そこに社長のベガ様を入れて四天王。だから私の上司にあたる。

 

 サガットさんはいい人で、バイソンさんは金と地位にしか興味のない人だからいい。問題はバルログさんだよ。

 

 あの人私の部屋まで夜這いしに来やがった。

 

 変な気配感じて目を開けたら天井に半裸の仮面男が張り付いてて死ぬほど驚いた。反射的に殺意の波動全開で部屋ごと吹き飛ばしちゃって、後で事情を聞けば「私より美しい者の存在が許せない」だと。うれしいこと言ってくれるじゃない。でも夜這いはダメだよ。

 

 そしたら今度は日中のありとあらゆる場所で「ヒョーウ!」と奇声あげつつ不意打ちかけてくるようになった。向こうも学習したみたいで大怪我しない絶妙なタイミングで逃げていくからすごくうっとうしい。

 

 いやでも、会社勤めなんだし苦手な人の一人くらいはいていいか。うん、そう考えよう。

 

「くたばれビィッチ!」

「誰がビッチだ!」

 

 今日も今日とて社員さんを殴り飛ばしながら、報告書片手に社長室へ向かう。通路の壁に上半身が埋まったり床が抜けて下まで落ちたりする社員さんもいるけど、みんな頑丈なので明日にはケロっとしているだろう。修理費は経費で落ちる。

 

 魔王様のお城を守るモンスターみたいに襲いかかってくる社員さんたちをふっ飛ばしやっと到着。魔王の城じみた豪奢な両開き扉から中へ入る。

 

「でやっ!」

「ぎゃー! 死ぬう!?」

 

 入った途端、サイコパワー全開のパンチが飛んできた。殺意の波動をまとわせた両腕をクロスしてどうにか受け止めるも、後ろへ数メートル飛ぶ。

 

「ほう。雑務で鈍っておれば喰ろうてやったものを」

「シャレになんないんでやめてくださいよ! ったく毎度毎度……」

 

 恒例のサイコ勤務態度チェックだ。シャドルーは強い人ほど偉いので、副社長の私も不意打ちくらい対応できなきゃいけない。といっても対応を間違えたら死ぬレベルのチェックを仕掛けられるのは心臓に悪い。

 

 ぶつくさ文句を言っているうちにベガ様はサイコワープで玉座みたいな社長のイスに戻ってた。この物騒なサイコケツアゴめ。

 

「例の件の首尾はどうだ?」

「順調です。すでに主要各国での予選は終わり、明後日には世界最高峰の格闘家たちがこの地に集うでしょう。本選の運営にも問題はありません」

「見事な手際だ。それでこそシャドルーのナンバー2にふさわしい」

「恐縮です」

 

 例の件――世界最大規模の格闘トーナメント運営はうまくいっている。言葉の通り来週には優れた格闘家たちがシャドルー本社のお膝元に集まる。そして世界一の格闘家が決まる、という名目。

 

 実際はその格闘家たちの中からベガ様のスペアボディを選ぶのが目的だ。ベガ様のサイコパワーは強力な代わりに体への影響が大きく、寿命を削る。だからサイコ憑依で体を取り替える必要があるのだけど、どうせなら一番強い体に憑依したいというわけでトーナメントをやることになったんだ。

 

 ワープしたり空飛んだり憑依したり便利だけど、サイコするのもたいへんみたい。ここは副社長としてきちんとスペアボディ選びを手伝ってあげないとね。

 

「続いて各フロント企業からの報告ですが――」

「いらん。下がれ」

「えーっ!? 報告書頑張ってまとめたのに! すっごい時間かかったのに!」

「ならその紙切れを置いて下がれい。弱者どもの意見など聞くに値せん」

 

 このっ、強さにとりつかれたサイコアゴめ。

 

 報告書の束をベガ様のヒザの上へ置き、さっさと退室した。

 

 まったくベガ様は勝手だよ、実務を全部私に丸投げして自分は一日中玉座に座ってるだけなんてさ。社長ならサイコしてばかりじゃなくてもう少し社長らしく――いや、私も勝手だな。

 

 ベガ様は今、サイコパワーのせいで体が弱ってる。いわば余命宣告された病人みたいな状態だ。そんな状態で自らトーナメントを企画してくれたんだから、運営くらい私たちで頑張らないと。社長室で座って偉そうにしてるだけでもありがたいことだ。

 

 と、考えに没頭していたせいだろう。

 

「いてっ」

「む、すまん」

「大丈夫か」

 

 通路の角で人とぶつかってしまった。

 

 歩いてきたのはキャミィさんとサガットさん。二人とも汗をかいて生傷ができてるから、トレーニングルームで模擬戦でもしてたんだろう。事務職希望だった私と違ってシャドルー幹部の仕事は基本、格闘家として強くあることだからね。

 

 波動をまとっていない私の体はひょろい。しなやかな筋肉のついたキャミィさんにぶつかればもちろんよろめく。そこをサガットさんが支えてくれた。ベガ様以上のガタイは山みたいで、眼帯に大きな傷跡、白目と怖い要素てんこ盛りだけど、四天王の中では一番の紳士さんだ。

 

「あ、ありがとうございますサガットさん」

「構わぬ」

「……ベガのところに行っていたのか?」

 

 私が歩いてきた方向を一瞥し、キャミィさんが眉をひそめる。

 

 直属親衛隊トップの立場にもかかわらず、最近キャミィさんはベガ様をよく思ってないような口ぶりが多い。初めてここに来た頃お世話になった借りがあるから告げ口はしないけど、職場の人間関係が心配だ。

 

「はい。トーナメントの本選についてご報告を。見事な手際だってほめてもらいました」

 

 キャミィさんとサガットさんは微妙な表情で顔を見合わせた。

 

 なんか間違えたかなと首をかしげてると、「前々から思っていたんだが」とキャミィさん。

「お前、ベガの洗脳は効かないんだろう? シャドルーの活動について何も思わないのか?」

「思わないわけじゃないですけど……」

 

 シャドルーの事業はグレーからブラックなものが多い。武器、麻薬の密売から人身売買、法外な利率での多額融資などなど。

 

 といっても見えないどこかで知らない誰かが不幸になろうと、特に何も思えない。そんなものを憂う心はとうに死んだ。残ったのは私を必要としてくれたベガ様への感謝だけだ。

 

「でもベガ様が困ってるんです。世界に拒絶された私を必要だと言ってくれた恩人が困ってるんです。なら恩に報いるのが人情でしょう」

「だが……!」

「ってかそれ言うならサガットさんだってそうでしょ!」

「む、私か?」

 

 何を意外そうな声あげてるんだこの人。

 

「タイで英雄扱いされてるムエタイの帝王が、なんでこんな悪どいところにいるんですか! 子供泣きますよ!?」

 

 格闘家界ではケン・マスターズに次ぐ有名人がなぜシャドルーなんてブラック企業にいるのか、前々から気になってた。キャミィさんも「そういえば」って顔でサガットさんを見てる。

 

 するとサガットさんは、胸の大きくえぐられたような傷跡に手を当てる。

 

「この傷をつけた者への雪辱を果たすため、強くならねばならん。ベガの力に惹かれ多くの強者が集うここは、格好の修行場なのだ」

「シャドルーを実戦の場として利用しているということか……」

「はー、サガットさんらしいです」

 

 ストイックなサガットさんらしい。たしかに社員から幹部まで文字通り常在戦場なシャドルーなら、リングの上では得られない経験も積めるだろう。

 

 しかしこれだけ強そうなサガットさんに勝つなんて、どんな怪物と戦ったんだろう。

 

「参考までに、そのお相手さんの名前は?」

「……リュウ。日本人だ」

「えっ」

 

 すっごく聞き覚えがある。ブラジルでの予選で圧勝して今度本選に呼ばれることになった格闘家さんだ。

 

「どうかしたか?」

「いえ、今度本選にその人来るなーと……」

「何だと!? 頼む、俺と戦わせてくれ!」

「四天王さんは元々シード枠で参加してもらう予定だったんでいけますけど……大丈夫ですか?」

「構わぬ。そろそろシャドルーの非道にも嫌気がさしていたところだ。この機に目的を果たさせてもらう。頼んだぞヤマウチ」

「はあ……また仕事が……」

「お前も苦労するな」

 

 キャミィさんがぽんと肩を叩いてくれる。本当ですよ、ただでさえ事務と関係各所との折衝、シャドルー各部署への伝達調整とかいろいろあるのに。ヤブヘビで仕事が増えちゃった。

 

 でも増えたからには頑張るしかない。すべては私をスカウトしてくれたベガ様に報いるため。口ぶりからしてサガットさんはトーナメント後辞職するんだろうけど、まだ私を労ってくれるキャミィさんがいる。まだまだ頑張れるさ。

 

 今度の本選、きっと成功させるぞ。

 

 

 

---

 

 

 

「副総帥! 本選会場が米軍の攻撃により崩壊しました!」

「親衛隊より連絡! キャミィ様が寝返った模様!」

「うそぉー!?」

 

 トーナメント本選当日。開会式を待たずしてトーナメントは物理的に会場ごと崩壊した。パソコンのディスプレイには攻撃ヘリからのロケット弾で木っ端微塵に破壊される特設会場が映っている。ああ、現地民と人事の人たちと喧嘩しながらがんばって建てた会場が――

 

「キャミィ様は本選に出場予定だった格闘家たちと手を組み、全員でこちらへ向かっています。戦闘員では相手になりません!」

「バラけてないなら好都合! 数の暴力でちょっとでも時間稼いでください。それからバルログさんとバイソンさんに現地へ向かうよう――」

「バルログ様とバイソン様はすでに姿を消しております。組織同士の争いは美しくない、金にならねー戦いはゴメンだぜ、とのことです!」

「あの自己中野郎どもー!」

 

 悪態をついても状況は変わらない。少しでもベガ様の役に立つよう考えないと。

 

 まずトーナメントを妨害されたのはシャドルー主催という情報が漏れたからだろう。おそらく犯人はキャミィさん。法的に真っ黒なシャドルーを一網打尽にするため米軍がやってきたと。

 

 こっちに来てるっていう格闘家さんたちはおそらく善意の協力者だ。シャドルーの社員たちは本当の格闘家には及ばないものの一般人よりかは遥かに強い。協力がないと落としきれないと踏んだのだろう。

 

「副総帥、ここもじきに落とされます。急いで避難を」

「……いえ。ベガ様は決して逃げないでしょう。ならば私も逃げるわけにはいきません」

「副総帥……」

「私はここで彼らを迎え撃ちます」

「でしたら我々も!」

「いえ、あなたたちは逃げてください。ベガ様が立ち上げたシャドルーを存続させるんです。私たちの働く場所を――社会から弾き出された者たちの居場所を、絶対に無くしちゃいけません」

 

 私の部屋に集まった社員たちはぐっと唇を噛むと、敬礼。一斉に踵を返して出ていった。

 

 これでいい。彼らには彼らにしかできない仕事がある。だから私も、私にしかできない仕事をしよう。

 

 社長室に続く広々とした一本道に移動。いつでも戦えるよう殺意の波動を最初から全開にしておく。赤黒い波動が嵐のように吹き荒れる。

 

 トーナメントには憑依先として優れた格闘家を選び出すだけではなく、消耗させる意味合いがあった。心身を疲れさせることでベガ様がサイコ憑依しやすくなるように。

 

 私の役割はそこにある。少しでも格闘家たちの体力を削ってベガ様の助けとなるんだ。

 

 本社全体が轟音とともに揺れる。米軍の攻撃が始まったんだ。自然の要害に守られる本社はちょっとやそっとじゃ崩れないし、たとえ崩落したってベガ様はサイコワープで逃げられる。それに格闘家たちを私が倒せば全部解決だ。頑張ろう。

 

 やがて通路の角から道着姿の男が飛び出してきた。リュウさんだ。

 

 続いてキノコみたいな髪型のアメリカ人はガイルさん。アメリカ予選でダントツだったマーシャルアーツの達人。さらにチャイナドレスの美人さんである春麗さん、テレビで見たことあるケン・マスターズさん――

 

 多いな! 四対一でしかも全米チャンプまでいるし!

 

 いやでも、よく見れば最初に出てきた道着の人、リュウさんは消耗してるみたい。キャミィさんもいないし。もしかしたら下でサガットさんと戦ってきたのかも。そうだ、別に倒せなくても弱らせればこっちの勝ちなんだから。数にひるんじゃいけない。

 

「ここを通りたくば私を倒していくことです!」

「君は……サガットが言っていた、ヤマウチくんか?」

「くっ、こんな子供にまで洗脳をするとは。ベガめ、なんてやつだ」

 

 リュウさんの言い方からして、やっぱりサガットさんが戦ってくれたんだ。ありがたい。

 

 でもガイルさん、シャドルーがブラックなのは事業内容だけなんです。なので洗脳レベルのブラック新人研修はされてない。

 

 いやいや、そこじゃなくて。

 

「誰が子供ですか! 私は今年十九ですよ!」

「どちらにしろティーンには変わりないだろう」

「や、そうですけど……と、とにかく! ここは通しませんよ!」

 

 ものすごくクールにツッコまれた。

 

 だけどこれ以上奥に突っ込ませるわけにはいかない。見様見真似で習得したなんちゃって拳法を披露するときだ。

 

 ファイティングポーズをとり、殺意の波動の出力をさらに上げる。

 

「リュウ、これは……!?」

「ああ。殺意の波動だ……」

「これが例の――だがなんだ、この気に込められた物悲しい感覚は?」

「まるで一人だけ取り残されたような……強力なのに、すごく寂しい波動……」

 

 うっ、メンタルが。

 

 さすがに達人、普通の波動とは違うことに気づくか。

 

 私の殺意の波動は修行の末に身に着けたものじゃなく、就活が終わらない危機感と悲しさ、社会への逆恨みによって発生したものだ。自覚はしていても、他人にそこを指摘されると心に来るものがある。

 

 これ以上話に付き合うとメンタルが危ない。

 

「いかに悲しく寂しかろうと力は力。我が就活神拳の力、見せてやりましょう」

「シューカツ神拳だと……!?」

 

 地面を蹴る。爆発的な踏み込みでリュウさんに肉薄。

 

「はあっ! お祈り連拳!」

「ぐああっ!?」

「リュウ!」

 

 秒間数十発という拳のラッシュ。その勢いと威力は連続して舞い込むお祈りメールのごとし。後ろへ吹っ飛んだリュウさんにはまたのご活躍をお祈りしております。

 

 残心する私に、ガイルさんのソバットとケンさんの上段蹴りが飛んでくる。

 

 殺意の波動を瞬間的に増大させ、加速。瞬時にケンさんの後ろに回り込み、道着の帯を掴んだ。

 

「終わりなきエントリー!」

 

 力任せにぶん投げる。ケンさんはガイルさんと衝突し転げまわった。エントリーシートを用意する折、「いつになったら社会にエントリーできるんだ!」とヤケクソでシートをぶん投げた怒りをこめている。

 

「くっ、百裂脚!」

 

 空中から雨のように降り注ぐ、春麗さんの足刀。紙一重ですべての蹴りを躱すと、着地する春麗さんに隙ができた。

 

 そこを逃さず攻める。

 

「同輩アイソレーション!」

 

 渾身の前蹴り。大学生活を楽しむ同輩、就職を決めた同じ高卒の同輩たちからの連絡。連絡頻度は次第に下がり、友人関係から閉め出されていく孤独感。それを誤魔化すため、私はこの蹴りでスマホを破壊した。

 

 春麗さんにはギリギリでガードされたが、大きく後ろに吹っ飛んで壁に激突。苦しげに咳き込んでいる。

 

 リュウさんもガイルさんもケンさんも、意識はしっかりしてるけど傷だらけで、血を流してる。

 

 ……。

 

 こ、ここまで弱らせたらもういいのでは? そうだ、ベガ様が憑依するんだから傷つけすぎたらダメだよね。別に今更殴る蹴るの暴力が怖くなったとかじゃないけど、後の都合があるし。よし、そうしよう。

 

「そんな力ではここを通ることはできません。お引き取り願います」

「……それはできんな」

 

 ゆらり、とリュウさんが立ち上がる。けっこういいとこに入ったのにタフだ。さすがにサガットさんを倒すだけのことはある。

 

「ヤマウチ……お前の拳はとても哀しい」

「ぎくっ」

 

 ま、また精神攻撃!?

 

「寂しい、虚しい、辛い哀しい……そんな思いをさせる世界がたまらなく憎いという意志が伝わってきた」

 

 図星過ぎて怖い。え、パンチ一つでここまで分かるもんなの。すごいな達人。

 

「リュウの言う通りだ。だがウジウジした拳じゃ俺らを倒せやしないぜ」

「動きの一つ一つに迷いが見える。おそらくそのシューカツ神拳とやら、付け焼き刃だろう?」

「波動の使い方はともかく、全体的に功夫が足りてないわね」

「う、うるさいやい! ただの高卒にクンフーなんてあるかい!」

 

 あかん、強がりじゃなくて本当にけっこう余裕ありげだ。精神攻撃も私に効いてる。

 

 これ以上しゃべらせるわけにはいかない。生っちょろいこと考えてないで一人でも数を減らさなきゃ。

 

 さっきよりもさらに力を込めて地面を踏み抜く。狙いはリュウさん。

 

「喰らえ! 面接官正拳突き!」

 

 厭味ったらしい面接官に正拳を食らわせたくなったときの思いを込め、全力で殴りぬく。

 

 しかし殺意の波動を集中させた拳は、

 

「見えた!」

 

 絶妙なタイミングで払いのけられ、

 

「う゛っ」

 

 青く清浄な波動で輝くリュウさんの正拳が、私のみぞおちに突き刺さる。衝撃がすべての空気を肺から締め出し、体の自由が利かなくなる。

 

 殺意の波動は攻撃力に優れる反面、物理的な防御力は低い。その上私の体は特に筋肉もついてない貧弱ボディ。

 

 一流格闘家にカウンターを決められれば、立ち上がれるはずもなく。

 

 確固不抜とした残心をとるリュウさんにもたれかかるように、前のめりに崩れ落ち。

 

 私の意識はそこで途切れた。

 

 

 

---

 

 

 

 寂しさ、辛さ、虚しさが拳を通して伝わってきた? 噓ばっかり。あなたたちみたいに強くてかっこよくて、社会から必要とされてる勝ち組連中に分かるもんか。必要とされない辛さ、社会から弾き出され後ろ指さされる辛さを。いくらあがこうが成果のあがらない虚しさを。

 

 それを全部ふっ飛ばしてくれたのがベガ様だったんだ。

 

 けれどベガ様はもういない。

 

「と、以上がシャドルーの現状となります」

「そうですか……」

 

 目を覚ましたのは日本に拠点を置くシャドルー傘下の企業の医務室だった。ベッドに横たわる私に、社員さんが現状を説明してくれた。

 

 リュウさんたちは私を倒した後ベガ様に挑み、四対一で辛くも勝利。全力でサイコパワーを使ったベガ様の体は消滅し、本社も隠れ蓑にしてた岩山ごと瓦礫の山と化した。

 

 崩落に巻き込まれる直前、密かに残っていた社員さんが私を抱え脱出。残存する社員さんみんなといっしょに日本へ逃れたということらしい。

 

 本社は潰れても各地の支社と傘下の企業、スタッフはそのまま残ってる。

 

「四天王がいないため、社訓にしたがえばシャドルーのトップはヤマウチ様となります。これからどうなさいますか」

「どう、って」

 

 そんなこと言われても。

 

 一ヶ月前まで就職浪人だった私が、数百万の従業員と国家予算規模のお金を抱える社長だなんて、現実味がない。

 

 何より、私を拾ってくれたベガ様に報いることができなかった。その事実が重い。

 

「ベガ様……」

『どうした』

「ぎゃーオバケ!」

 

 と思ったら普通にベガ様出てきたんですけど。

 

 全身紫に光ってて向こうが透けて見える。

 

『サイコパワーの思念体により肉体の滅びから逃れることなど、このベガ様には造作もないことよ』

 

 サイコパワーが万能過ぎる。

 

 驚きで口をパクパクさせていると、ベガ様はじれたように言う。

 

『それよりもいつまで腑抜けておるつもりだ。さっさと我が体を造らんか!』

「え、ええっ? どゆこと!?」

「ああ、言い忘れておりました。少々見て頂きたいものがあるのです」

 

 社員さんが何か思い出したように立ち上がった。私はスリッパを履き、社員さんについて医務室を出ていく。

 

 バイオテクノロジーで有名な企業だけあって、通路は病院的な白いリノリウム。しばらく通路を進んでいくと、「第四培養室」とプレートのかかった部屋の前で止まる。

 

 セキュリティカードで扉を開け、中に入ると――

 

「おおー!」

 

 円柱状の巨大水槽が林立している。その中にはいくつものチューブに繋がれた全裸の人間が、培養液っぽい水で揺れていた。

 

 忙しく働いていた白衣の研究者たちは私たちの姿を認めると、一斉に敬礼。返礼するとまた作業に戻る。

 

「ベガ様のスペアボディを生産中です。年内には復活できるでしょう」

「へ、へえ」

 

 思ってしまった。

 

 これができるなら最初からしとけよ。欲張ってトーナメントなんてするから尻尾掴まれたんじゃん、と。

 

『ヤマウチ……言いたいことがありそうだな?』

「めめめ滅相もございません! でっ、でももうすぐ完成するなら私の出番ないんじゃ? 事務作業しかできないですよ、私」

「ヤマウチ様にはスペアの作成ではなく、風水エンジンの開発に協力していただきたいのです」

「風水エンジン?」

 

 せっかくスペアボディを作るんだから強い体にしたい。そのために体へ組み込む装置が風水エンジンというらしい。波動の出力を何倍にも高めてくれるとか。ただでさえ強いベガ様がそんなもの使えば手がつけられなくなりそう。

 

 でも風水エンジンを人間の体に組み込んだことはないので、一度データを取りたい。そこで私の出番というわけだ。

 

「モルモット? 総帥代理なのに私モルモット扱い!?」

「ヤマウチ様の体は殺意の波動で常人よりもはるかに頑強になっております。風水エンジンの出力にも耐えるでしょう」

「は、はあ。ならいい、のかな?」

『ガタガタ言わずさっさとやれい!』

「はーい……」

 

 善は急げとばかりピアス型の風水エンジンを身に着けてみたけど。

 

 持ち前の殺意の波動が増幅装置のキャパを超え、破壊。データは取れず、開発は遅れることとなった。

 

「すみませんでした!」

『ふむ。出力だけならあの拳を極めし者にすら匹敵するか。つくづく面白い女よ』

「おい、韓国の方に実験体候補がいたな? 急いで連れてこい!」

 

 だって私事務職だし。こんな仕事あるなんて聞いてないし。

 

 だからその、珍獣を見るみたいな目を向けてくるのやめてくださいよ。

 

 

 

---

 

 

 

 時が経つのは早いもので、シャドルー本社壊滅から半年。

 

 韓国からやってきた実験体の女性格闘家が人のことをやたら「チビ」とか「アホ」とか煽ってきたり、各支社の独立派やタカ派を武力制圧しに世界中を飛び回ったり、いろいろ大変なことはあったけど、ベガ様復活までもうちょいだ。

 

 そうなれば総帥代理の立場から解放され、副総帥として仕事が楽に――あれ? ベガ様って総帥時代仕事とかしてたっけ? よく考えれば事務作業どころか指示出しの一つすらしてなかったような……

 

 まあいいや。

 

 どんな仕事であれ、拾われたときに決めたんだから。

 

「ケツアゴサイコ総帥に一生ついていきます!」

『死にたいのか貴様』

 

 ただ、言われた方は嫌だったみたい。

 

 ケツアゴ、気にしてるのかな。


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