ケツアゴサイコ総帥に一生ついていきます【完結】   作:難民180301

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筆休めに。


おまけ:採用通知/別視点5

 復活から一ヶ月が経った。

 

 ベガ様から少し激しめの再雇用通知を受け取った私は副総帥に返り咲き、反シャドルー派格闘家たちの殲滅や裏切り者のヘレンさん、秘密結社イルミナティの調査などに精を出そうと思った。疲れと死から解放されたハイスペックおばけボディなら文字通り不眠不休でいくらでも働けるので、そう遠くないうちにシャドルーの大きな懸念をすべて解決できる、はずだった。

 

「ひまー」

 

 しかし最近の私がやることといえば、私室のソファにだらけながらテレビとネットに浸ること。すごくひまだ。

 

 もちろん好きでだらけてる訳ではなく、原因は再雇用直後のベガ様の指示にある。

 

『このベガ様の許しなく死んだ罪は万死に値する。だが魂ごと死してなお蘇った気概に免じ、特別に許してやる』

『死が万死に値するとは頭痛が痛い的な……』

『ヤマウチィ!』

『はいっ!』

『貴様のやり方は手ぬるい! これより私自らが報復に打って出る。粛清と報復の何たるかを見て学べい!』

『ははー!』

 

 要はお手本を見せてあげるから大人しくしときなさい、ということらしい。

 

 実際、私は手ぬるかった。世間の目なんて気にせずシャドルーの最高戦力を結集させて反シャドルー派にけしかけていれば、本社ビルの損傷も私の死もなかっただろう。リスクを気にしすぎていたせいで最悪のリターンを得てしまった。ベガ様の言葉がなければ、今度の報復も地味な嫌がらせに終始していた可能性が高い。ここはベガ様の手腕を学ばせてもらおう。

 

 といっても直接ついていこうとすると『邪魔だから待っていろ!』と追い返されたので、見学じゃなくて事後報告になる。退屈を紛らわせつつ、帰りを待っているというわけだ。

 

 部屋から出ると社員さんズが襲いかかってくるため出られない。殺意とともに襲われるならまだいいけど、心配そうな顔してかかってくるからたちが悪い。私の体が灰になったのは過労が原因じゃないってのに。

 

 ファルケ、ユーリやユーニたち仲の良い人たちはもっと困る。三人とも手錠と首輪を持って『もうどこにも行かないように』とつぶやきながら、光のない瞳で迫ってくるんだもの。心配かけたのは悪いけど、おばけの私を怖がらせるレベルの剣幕で来るのはやめてほしい。

 

 怖いといえば本社生き残り組のみんなもだ。目を血走らせてイルミナティとリュウさんへの報復計画を策定中。ただ、リュウさんは怪我が治らないうちに失踪してしまったので、今のところ全てのヘイトがイルミナティに向いている。これは僥倖だった。いくらリュウさんでも手負いでシャドルー戦闘員の数押し作戦を迎撃するのは難しい。どこに行ったかは知らないけど早く元気に――

 

「あれ?」

 

 おかしいな。なんでリュウさんの肩持ってるんだろ。一応私の仇なのに。さくらと仲が良いから? いや違うな、これはもっと私的な感情な気がする。かといって具体的な言葉にはできない、もやっとした思いだ。

 

 考えても分からないならもういいや。今は休暇に集中しよう。

 

 スマホを見てみると、占いサイト『神秘の館』から今週のメルマガが届いていた。占い担当はメナトさんとお師匠さんで、そこそこ当たる。ふむふむ、ラッキーカラーは赤、道着に注意、素敵な出会いありか。あ、世界大統領さんも新作上げてるから後で見なきゃ。

 

 ふとつけっぱなしのテレビを見てみると、シャドルー主催の格闘大会が生中継されている。大阪城に程近いイベント会場で格闘家たちがしのぎを削り、聞き覚えのある2つの声が実況と解説をしていた。

 

 予定ではもう決勝まで終わってるはずなのに進行が遅れてるみたい。今はまだ準決勝をしているようで、どこかで見たような格闘家さんが――

 

『ここで臨時ニュースです。日本、イギリス、ロシア、アメリカで同時爆破テロが発生しました。それぞれの現場では紫色の火が炎上しており、被害にあった施設は跡形もなく吹き飛んでいるとのことです。目撃者の証言では爆発の直前に、「塵埃に散れザコが!」「ゴミ虫の分際で我が所有物に手を出しおって」「その首、掻っ切る」「我がサイコパワーは無限だ!」「死ね」などの絶叫が聞こえたとの情報もあり――』

 

 チャンネルを変えた。

 

 これがベガ様流の報復か。周辺被害も世間の目も一切気にしない力押し。エージェントさんはまだ報復対象の組織を掴みきれてないから、疑わしいところを片端からサイコでふっ飛ばしてるんだろう。メナトさんいわく魔神と呼ぶにふさわしい出力で、跡形もなく。いやあ勉強になるなあ。

 

「……じゃなくて! 爆発させたらダメじゃん!」

 

 でもダメだよね。

 

 疑いのある施設や組織を消滅させてたら、イルミナティ本拠地への手がかりや痕跡までいっしょに消えちゃう。このままだと敵の末端にダメージがあるだけで、余計警戒されて首領と本拠地が見つけにくくなるかもしれない。

 

 さすがにこれは副総帥として意見しなきゃいけないでしょう。

 

 そう思って部屋を出ようとしたところで、「待てよ」と足が止まる。

 

 私でも考えつくようなことを、ベガ様が分かってないなんてことあるんだろうか?

 

 ベガ様の経営手腕は一流だ。私が入社した時点でシャドルーは世界的に有名で、しかも政治と経済を思いのままにできる圧倒的なコネを有していた。一代でシャドルーをここまでの規模にした世界一の社長であるベガ様が、今月ようやく二十歳の小娘でも思いつくことに気づかないのはおかしい。

 

 ということは、何か意図があって疑わしきを消してるんだろう。けっして魔神出力のサイコパワーにはしゃいでるとか、結果的に私が殺されたことに怒ってるわけじゃない、と思う、たぶん。ベガ様は常人には分からない深謀遠慮の人なのだ。

 

 ならば心配なし、と私はソファに戻る。

 

 チャンネルをさっきの格闘大会に戻すと、臨時ニュースは終わっていた。今から決勝戦。

 

 SNSで勝敗予想をやってるらしいので、私用アカウントで参加する。

 

『休日なう。ダンさんに一票』

 

 すると投稿から30秒で怒涛のようにリプライが押し寄せた。

 

『じゃ、逆に入れれば正解だな』『これで今日何個目のツイートだよ暇人』『世界的企業の副総帥とは思えない暇っぷり』『バカンスでこんがり焼けてきやがって』

 

 暇人だのなんだのうるさいな。実際暇だけど、普段はすごく忙しいんだから。ていうか平日の昼間からリプライしてくるあなたたちは何なのさ、私の同胞か?

 

 釈然としないまま流し読みをしていると、気になる内容が目に止まる。

 

『司会進行が流れ波動拳でKO』『妹ちゃんが一人二役で困ってるぞ!』

「あー、だからか」

 

 進行が遅れてるのはそのせいらしい。実況担当の私の妹ちゃんが忙しくしている、と。

 

 愛すべき妹ちゃんが困ってるなら、助けてあげるのが姉のつとめ。今こそおばけワープの使い時だろう。

 

 まずは運営責任者のファンさんに一報を入れる。承諾の返事があったので、テレビ画面の映像から移動先を強くイメージ。波動ゲートを開いて中へ入った。

 

 待っててね妹ちゃん、頼れるお姉ちゃんがすぐ行くから!

 

 

 

---

 

 

 

 おばけワープでモニタールームに飛ぶと、それぞれ実況と解説に励んでいた妹ちゃんとアベルさんが目を丸く――いや、妹のクロちゃんだけは機械的な無表情でこちらを見ていた。

 

「お疲れクロちゃん、アベルさん。進行は私がやるから、クロちゃんは実況に集中してね」

「おお、山内。助かった」

「ありがとうございます、お母様」

「お姉さまとお呼び」

「妹系はファルケさんとキャラがかぶるので、健気な愛娘系で売り込んでいこうかと」

 

 私のクローン、略してクロちゃんは一切の抑揚なく言い切った。自分とまったく同じ外見の子にお母さん扱いはちょっと嫌なんだけど、呼び方は初対面の頃からころころ変わってるから、今だけと思って我慢しよう。

 

 クロちゃんは元々私のスペアとしてベガ様が用意してくれたクローンだった。しかし完成直前に私が魂ごと消滅してしまい、処遇に困っていたところ自我が発生。そこそこ強いし見た目は副総帥だし処分はベガ様にお任せしちゃおう、と決まって間もなく私が復活したので、表向きは生き別れの妹ってことで通すことになった。

 

 性格は狡いの一言に尽きる。ベガ様への思いだけは私に似ていて、シャドルーナンバー2の座を得るためスキあらば私を蹴落とそうとしてくるのだけど、その方法がずっこい。

 

『力じゃ敵わないのでベガ様好みのキャラを模索してみます。今は「クローン特有のアイデンティティ問題に悩む哀れな少女」です。ぐすん』

『半裸でソファにだらけながらソシャゲやってるお母様の画像をアップしました。ついでに南国バカンスで日焼けしたカバーストーリーも流布しました』

 

 無口無表情なのをいいことに受けのいいキャラを思いつく限り演じ、イメージアップを図りつつ私のイメージダウンも試みる。おかげで私の世間的なイメージは、生き別れの妹に仕事を丸投げして有給満喫してるのんびりウーマンだ。この子いつかシメる。

 

 といっても同じ血を分けた仲だからか心の底からは憎めない、困った妹ちゃん。それがクロちゃんだ。

 

「姉妹の仲が良いのは結構だが、今は時間がないぞ」

「焦る必要はありません、アベル。司会のやることなんて後は表彰式と閉会式程度です。来るのが遅いんですよこのポンコツママ」

「ははーん、ケンカ売ってるよね? オバケ波動喰らう?」

「だから……! ああもう、山内は早く会場に降りてくれ。じきに決着が着く」

「はいはい、お邪魔様でした。いやさお邪魔虫かなあ」

 

 マイクと連絡用のインカムを受け取った後、意味あり気な視線と捨て台詞を残してモニタールームを出る。アベルさんは困惑顔だったけど、クロちゃんは無表情のまま額に青筋を浮かべてた。どうだ、これがオリジナルの精神攻撃だぞ。

 

 アベルさんは第2世代のスペアボディで、遺伝子的にはセスの弟に当たる。人の良い性格と同じような境遇から、生まれたてのクロちゃんをよくお世話してたみたいで、社内ではとても仲の良いことで有名だ。恋仲説が囁かれた折「私は身も心もベガ様のモノですっ!」とクロちゃんがキレたことで余計有名になった。

 

 相手に逆鱗があるなら積極的に逆撫でしていくのが礼儀だろう。この話題になるたびに困惑するアベルさんには悪いけど、姉の威厳を保つため。口ゲンカでも負けてられないのだ。

 

 会場に下りると、一万六千人分の熱気と歓声が押し寄せてきた。スポットライトに照らされた中央のリングに通じる花道を駆け足で進み、リングサイドに位置取る。周囲から「あのちっこいのは……!?」「本物だ!」などと聞こえるけどスルー。写真を撮られるのも無視――って、今の私を撮ったら心霊写真だけどいいのかな。

 

 リング上の戦いは終盤に差し掛かっていた。

 

「オラオラァ!」

「ちくしょー、同じ技ばっか使いやがって!」

「うわはは! 勝ちゃいいのさ、勝ちゃあよ!」

 

 シャドルー本社面接に来たこともあるダンさんが、飛び蹴りと膝蹴りを連発してルーファスさんを追い込んでいる。ルーファスさんはぷよぷよの脂肪でダメージを軽減してるけど、苛烈なワンパターン戦法で防戦一方だ。

 

 ルーファスさんはまだ諦めていない。でもこのままだといずれダンさんの飛び蹴り、断空脚がガードをこじ開け決着となるだろう。実技試験でも断空脚だけはものすごく強いと評判だったのだけど、ルーファスさんの苦戦ぶりを見るとその通りだったみたい。

 

 今一度、断空脚がルーファスさんを襲う。どうにかガードでしのぐと、ルーファスさんは丸々と太った体を回転させながら回し蹴りを放った。

 

 しかし蹴りは躱され、致命的なスキができる。ダンさんの白い歯がキラリと光り――

 

「オラオラ! どうしたどうした! 楽勝だぜ! なめんじゃねえぞ! イヤッホウ! 超、ヨユーっす!」

「……」

 

 えっ、何これ。

 

 ダンさんは前転しつつ全力で挑発しだした。良い笑顔とサムズアップがカメラ目線で決まってる。

 

「スペースオペラシンフォニー!」

「親父ぃー!」

『おーっとルーファス選手の必殺技が炸裂、ダン選手ダウン――立てない。試合しゅーりょー』

「ええ……?」

 

 ルーファスさんの蹴りと掌底がダンさんに連続ヒットし、ノックアウト。オーディエンスはどよどよとざわめいていたものの、レフェリーが頭上で腕を交差させると爆発的な歓声が会場を包んだ。クロちゃんの冷静な実況がインカムから響く。

 

 うん、別に技術的な最強を決めるわけじゃなくて、あくまでも興行だからね。お客さんが喜んでくれたならそれで良し。

 

『笑いの本場で勝利よりもウケを狙いに行ったのは意識が高いですね』

『そうですね。ダンさんには後で吉元興業をオススメしてあげましょう』

「息ピッタリだな実況解説!」

 

 フォローと皮肉半々の二人は置いといて、私も仕事をしなきゃ。

 

 リングに上がり、彼女さんを抱き上げながら勝どきをあげるルーファスさんにマイクを差し出す。

 

「優勝おめでとうございます! 今のお気持ちは?」

「サイッコーだぜ! あの臆病野郎散々俺から逃げ回りやがって、まさかアメリカじゃなく日本にいたとはな! まあどこだろうと、ケン・マスターズをぶちのめした俺様が真の全米一ってことに変わりはねえ。いや待て、日本で全米一を倒したってことは全米一兼日本一なんじゃねえか? おいおいなんてこった、ただでさえサイキョーな俺様がいっぺんに2つも新しい肩書を手に入れちまった! 日本の芸者ガールズに帰国のフライトを阻止されるかも、ってキャンディ? そう拗ねるんじゃねえよ俺様のハニーはいつだってお前だけだからよ。俺は世界一、いや宇宙一寡黙で硬派、一本気な男――」

『お母様、そのデブ殺してもらっていいですよ』

 

 実況のクロちゃんがまたキレてる。まったく短気なんだから、簡単にカッとなってちゃ仕事なんてやってられないよ?

 

 ツッコミどころしかない上にノロケまで始めやがったルーファスさんのコメントは確かに辛い。会場の空気も冷めてきた。だけどここで腹を立てたら大人として情けない。

 

 マシンガントークが落ち着くまで笑顔を保ったまま、言葉の隙間に割り込んでいく。

 

「はいっ、ありがとうございました! では皆さん、大阪一のルーファスさんに盛大な拍手を――」

「おいおい嬢ちゃん、聞いてなかったのか? 俺は大阪一だけじゃねえ、全米一、宇宙一、この世で一番の最強格闘家様なんだぜ? 人の話を聞かねえのは感心しねえなぁ。そんなだから背も伸びねえし若白髪になっちまうんだ。俺様を見習ってもっと肉と人徳を――」

 

 しばいたろかこの人体ウォーターベッド野郎。

 

 ふう、抑えろ抑えろ。殺意の波動と同胞たちの怨念が生み出したハイブリッド波動が漏出したら、一万六千人の観客が発狂しちゃう。そうなれば運営責任者のファンさんはじめ、関係各位に大迷惑がかかる。大丈夫、私は我慢が得意な子だ。

 

『おーっと山内選手顔が引きつっている。クロちゃんアイによると、あれはマジギレ三歩手前です。こらえきれるか山内選手』

『いやぁ、予想もしない場外戦が始まりましたね……言ってる場合か! 君まで煽ってどうする!』

 

 インカムを握りつぶしたくなった。カメラの手前、抑えるしかない。

 

 その間もルーファスさんによる「よく食べよく寝て育つ」趣旨のトークが続いている。ターゲットが私から日本の子どもたちになっているのが救い。

 

「いいか、肉食って走れ! じゃねえとこの子みてえになっちまうぞ!」

 

 かと思えば不意打ち。的確にいじられたら嫌なところを突いてくるくせに悪気がないのが尚更辛い。わざと煽ってるならツッコミの名目でどつけるのに。

 

 かといってこれ以上続けるのはいけない。いい加減観客も冷え切ってるし、強制退室閃空させちゃおっかな。

 

 私が言葉を割り込ませるタイミングを図り出したその時。

 

「な、なんだぁ!?」

 

 イベントホールの天井が爆砕する。

 

 続いて天井とスポットライトの破片と共に、色黒の男が降ってきた。ルーファスさんの眼前に着地した彼は、

 

「失せろ」

 

 私の気持ちを代弁しつつルーファスさんの胸ぐらを掴む。そして一瞬後、会場が闇に包まれた。

 

 非常用の誘導灯も含め、会場中の光という光が消えている。唯一の光は打撃音とともにきらめく紫色の波動のみ。

 

 幸いすぐに非常電源に切り替わり、観客たちがざわつく前に光が戻ってきた。

 

 最初に目についたのは「滅」と刻まれた色黒の背中。血のように赤く染まった頭髪と上半分がはだけた黒い道着はさておき、その面影には覚えがある。

 

「リュウさん?」

「ルーファスーっ!」

「あ、やば。救護班急いで!」

 

 血まみれで倒れ伏すルーファスさんを見てようやく状況が飲み込めた。どうやらイメチェンしたリュウさんが天井から参上し、ルーファスさんを叩きのめしたらしい。観客たちはベガ様乱入と同じような突発的イベントかと期待しているようだ。

 

『あわ、あわわ』

『落ち着けクロ!』

 

 ただ、インカムから聞こえる声からしてイベントではなく想定外。まったく肝心なときに慌てて、誰に似たのやら。

 

 一万六千もの観客がパニックになれば面倒だ。ここはイベントの体でやるしかない。

 

 ルーファスさんと彼女さんが救護班と共にはけた後、ダークリュウさんに頭を下げる。

 

「ありがとうございました!」

「貴様に礼を言われる筋合いはない」

「そ、そうですよね、はい」

 

 にべもない。ルーファスさんとのメンタルチキンレースを終わらせてくれたとはいえ、リュウさんは私自身の仇だ。お礼を言うのも変な話だった。

 

 リュウさんが私に向き直る。目は赤く輝き、犬歯をむき出しにしている。ず、ずいぶんワイルドになりましたね。

 

「むしろ礼を言うのはこちらの方だ。貴様のおかげで俺は目覚めた」

「め、目覚めたって?」

「力とは倒すためにあるのではない。禅問答のためでもない。ましてや相手を生かすためにあるわけでは、断じてない」

「はあ……」

「力とは! すべてを壊し、喰らい、滅するためにある! それ以外の力などまやかしに過ぎぬ!」

「わあ、ベガ様と気が合いそう」

 

 前までのリュウさんとは一味違う。力で弱者を捻り潰す主義のベガ様とおいしいお酒が飲めそうだ。炎のように猛る殺意の波動をまとっているのもポイントが高い。この場にベガ様がいたら即採用間違いなしな状態だった。

 

 リュウさん想いのさくらを放ってどこに行ったかと思えば、自分探しの旅でもしてたのかな。普通の人が見たら引くくらいワイルドな自分を発見しちゃったんだね。

 

 力士の四股のような震脚を放つリュウさん。波動が膨れ上がり、リングのキャンパスは足型に凹んだ。

 

「まずはお前だ、亡霊。波動の残滓すら残さず完全に滅してくれるッ!」

「いいでしょう! イメチェンファイター日本一の座は渡しませんよ。というわけでエキシビジョンマッチを始めます皆さん拍手っ!」

「キエエエ!」

「不意打ちィ!」

 

 会場を煽ってる最中に殴りかかってきた。本当にワイルド極まりない。

 

 懐に潜り込んでからの昇龍拳。都合が良いので、インパクトの瞬間自分から上へ跳ぶ。浮遊感と共に瞬時にリングが遠くなり、天井に開いた大穴から外へ飛び出た。

 

 見栄えの良さそうな場所は――見えた。大阪城の天守閣。

 

「クロちゃん、中継ヘリ飛ばして!」

 

 インカムから指示を出しつつ天守閣へおばけワープ。見晴らしを楽しむ間もなく、ワイルドリュウさんもジャンプでやってきた。ここなら見栄えもいいし、殺意の波動と怨念の余波を気にする必要がない。

 

 仇をセルフで討つついでに視聴率も稼いじゃうぞ。

 

 

 

---

 

 

 

 お互い無言で睨み合う。立ち上る戦意と波動が空を刺激し、急な雷雨が降り注ぐ。

 

「貴様の死に場所はここだ!」

「ご冗談を!」

 

 ここに至って交わす言葉は少ない。雷鳴をゴングとして試合開始。

 

 先手必勝とばかり、私は波動拳で牽制しつつ接近、空中お祈り連拳をガードさせてからの投げ技を狙う。

 

 リュウさんは垂直に飛び上がって私の掴みを避け、落下と同時に足刀。どうにかガードしたものの、下段への連続攻撃から踵落としを絡めた怒涛の攻めを始められてしまう。

 

 さすがに本職の格闘家だ、なんちゃって格闘家の私とは違う。中近距離での差し合いで主導権を握られ、一気に天守閣の端まで追い込まれた。

 

 しかしまだ焦るには早い。攻撃したりされたりするうちに体が温まってきた。この状態なら、私の中で一番出の早いエンデヴァーズフライハイが使えるだろう。

 

 ガードの上から激しく連撃を繰り出してくるリュウさんとはいえ、切れ目がないわけじゃない。連撃の隙間に無理やりフライハイをねじ込み切り返してやる。

 

 パンチ、パンチ、波動拳、ステップ、踵落とし。見つけた、ここだ!

 

「えっ」

「甘い!」

 

 ここじゃなかったみたい。

 

 技を出すよりほんの刹那だけ早く、リュウさんが私の胸ぐらをつかんでいた。稲光とともに視界がホワイトアウトしたかと思うと――全身に激痛が走る。

 

 波動で強化された拳と足に滅多打ちにされている。一撃ごとに波動が体内へ侵食し、爆発して骨肉を穿つ。

 

 稲光が収まったといき、私は気づけば瓦の上に倒れ込んでいた。滅と刻まれた背中を無防備に晒すその姿勢が残心なのだろう。ほんの一瞬の間に必殺の一撃を連発する、恐ろしい技だ。

 

「瞬獄殺。鬼を屠るための技よ。拳と波動、ここに極めたり!」

「……」

 

 まさに必殺拳の極致。肉体だけでなく、私の体を形成する無数の魂にもダメージが入っている。常人に放てば文字通りの必ず殺す拳として機能するだろう。

 

 だけど私は常人じゃない。

 

 そして今の拳を受けたからこそ――絶対に負けられない理由ができた。

 

「ふん、まだ立つか。ならば幾度でも殺すのみ」

「……見えました」

「何だと?」

 

 なんちゃって格闘家の私には、波動からその人の心を推し量るなんてできない。

 

 だけど無数の魂に支えられている今の私だからこそ、見えるものがあった。

 

「リュウさん、あなたは私と……ううん、私たちとあなたは同じ。同胞なんだよ」

「戯れ言を。貴様と俺のどこが同じというのだ」

「あなたの波動から伝わってきた。迷い、ためらい、渇き、そして孤独。苦しくて寂しいからここに来た。そうでしょ?」

「なっ!?」

 

 そう、目覚めたなんて噓っぱちだ。リュウさんの波動には隠しきれない迷いと葛藤に満ちている。

 

「さっきの技。もしリュウさんが本気なら、私はもう死んでる」

「事実死んでるだろうが亡霊!」

「揚げ足とらない! んんっ、とにかくですね、そんな迷いだらけの拳じゃ私は殺せませんよ」

「ほざけ死に損ないが!」

 

 弓を引くように振りかぶられた拳が、赤い波動の尾を引いて私に迫る。あえて回避も防御もせず受け止めると、衝撃、一拍遅れてリュウさんの心が伝わってきた。なぜ避けない、と驚くリュウさん。なぜって、こんな哀しい拳を避けられるはずないじゃない。

 

 その拳にはあらゆる答えが詰まっていた。なぜ私がリュウさんを憎めないのか、なぜリュウさんがここに来たのか、リュウさんの迷いの正体とは何なのか――その答えはただ一つ。

 

 住所不定無職の苦しみ。

 

 リュウさんはついに囚われてしまったのだろう。無職でいることの不安に。

 

 安定した収入源のない状態でいつまで食いつなげるのか。厚生年金もなく老後の生活をどう生きればいいのか。肉体労働の極みであるストリートファイトをいつまで続けられるか。入院生活で考える時間が出来たことで、不安に囚われてしまった。

 

 就活をしようにも勝手が分からない。そもそも物心ついた頃から修行していたリュウさんの学歴は皆無だし、住所もない。履歴書の最低限の項目すら埋められないだろう。

 

 人生に迷い、選択をためらい、お金に渇き、誰にも相談できない孤独を抱え――そして私のところにやってきた。あたかも波動の残滓に集った同胞たちと同じように。

 

「分かりますよ、リュウさん。辛いですよね、苦しいですよね」

「……黙れ」

 

 その苦しみを、私は知らない。でも私を生かす同胞たちが魂で知っている。中学を出てから四十まで無職を貫いた人、住所不定のまま体を壊すまで日雇いで食いつないでいた人、不登校から引きこもりのプロに転向しちゃった人――みんなふとした時に囚われ、苦しみ、死んでいった。

 

「私たちはあなたの味方です! だからどうか、目を覚まして……!」

「黙れ! 力とは殺す力だ! 強者との死合こそが俺の道だ! 迷いなどあるものか!」

「リュウさん……」

 

 私はリュウさんのことを勝ち組だと思っていた。熱心に打ち込めるものや、やりたいことがはっきりしていて、充実した人生を送れる勝ち組だと。

 

 でも違う。リュウさんの波動からぼんやり伝わってきた迷いは、きっと私たちと同じだ。誇れるものも、望まれることもない持たざる者たちと。

 

 負け組の生き様は理屈じゃない。一度でも負け組マイセルフを自覚したならそこが引き返し不能地点。残された選択肢は私のように世界を恨むか、同胞を求めるかしかない。

 

 だからリュウさんはここに来た。同じ苦しみを分かち合う同胞の集合体である私を、魂が求めたんだ。リュウさんを不思議と憎めないのも、心のどこかでシンパシーを抱いていたからに違いない。ほら、同胞たちもたぶんそうやでって言ってるもの。

 

 であればエキシビジョンマッチなんてやってる場合じゃない。無数の同胞たちの願いを受け蘇った私はいわば負け組全人類代表。迷える同胞の魂を眼前にしてやるべきはただ一つ。

 

「リュウさん。私はあなたを救ってみせる!」

「ほざけ小娘! 貴様はここで死ね、塵すら残さずになァ!」

 

 就活神拳の構えをとる。リュウさんと初めて会ったあの日、三秒で考えた由緒正しい構えだ。

 

 鬼神のごとく迫りくるリュウさん。すさまじい連撃をガードせず、すべて避ける。私だけでは複雑な連撃を見切るなんて到底できないけど、就活に失敗した同胞格闘家たちの魂が私に力を貸してくれる。

 

 そうだ。辛い時、苦しい時、私たちはいつも一人だった。でも今はこんなにも、同じ苦しみを背負った同胞たちがいるってことを、リュウさんにも知ってほしい。

 

 踵落としを最小限の動きで躱し、

 

「波動ォ!」

 

 渾身の波動拳。直撃したリュウさんの体が後ろへ吹っ飛ぶ。

 

 ここからステップ、フライハイからの豪波動につなげることも可能。でもそれじゃリュウさんの心に響かないだろう。

 

 だから今の私にしかできない技で、リュウさんの魂を打つ。

 

「負け組ジェノサイッ!」

 

 掛け声とともに気合一発。波動の出力が爆発的に上昇し、身体能力も軒並み向上。宙空を無防備に吹っ飛ぶリュウさんはもちろん、空気中の雨粒や塵さえ止まって見える。リクルートスーツが黒い炎で弾け、キャミとパンツが露わになった。えっ。

 

 ちょ、ちょっと想定外だけど上等! 裸の付き合いと行きましょう!

 

 おばけワープで瞬時に距離を詰め、道着の帯をガッチリ掴む。

 

「くっ、離せ!」

「離しません! 内定エクスタシー!」

「うおおお!?」

 

 ジャイアントスイングの要領でぶん回した後、宙空へ投げ。舞い上がるリュウさんに先んじワープで移動する。

 

 思い起こすはある日の面接。自分の長所と強みを、企業が求める人材像と合致させた上で適時にしっかりアピールできた。あの日は内定確定だと舞い上がって、まさにエクスタシー気分だった。

 

 だけど――

 

「落ちる時は落ちるんですよっ!」

「ガハッ!」

 

 落ちる。手応えなんて関係なし。踵落としを食らって天守閣に落下していくリュウさんのごとく、落ちる時は落ちる。だって結局面接官の気分だもん。

 

 ワープで天守閣へ。落ちてきたリュウさんの体を、頭上に突き出した掌底で受け止める。体がくの字に折れ、口からは血が噴き出た。

 

 私も同胞たちも似たような経験のせいで、気分が落ちるところまで落ちた。けれどリュウさんがこれ以上落ちることは同胞として許せない。

 

 リュウさんは一人じゃない。学歴や職歴がなくても、力さえあれば認めてくれる人がいる。シャドルーはあなたの居場所になれる。一人で悩むことはないんだよ、と伝えたい。あの日私を救ってくれたベガ様のように。

 

 だからリュウさん、受け取ってください。

 

 これが私の、私たちなりの――採用通知です。

 

「界怨愧職」

 

 天まで届け、魂を灼け。その一念が光の柱となってリュウさんを貫く。

 

 光柱は大阪の街を明るく照らすと、同胞たちのドクロを象り、尾を引くように空へ消えていった。

 

 力の抜けたリュウさんの体を横たえる。光の柱によって大きな穴が空いてる、なんてことはもちろんない。安らかな寝顔だ。

 

 あの技は理不尽な社会への恨みと無職の痛みを核とした魂の一撃であり、リュウさんに魂で同胞の存在を感じさせるためのものだ。肉体に傷がつくことはない。

 

「リュウさん、起きてください」

「む……こ、ここは一体……? や、山内!? その格好は――はっ!?」

 

 ゆっさゆっさと揺らしてみれば、すぐに目が覚めた。

 

 リュウさんは憑き物が落ちたような顔できょとんとしていたけど、私を見て顔色を変える。

 

「すまなかった! 俺は君を殺してしまった……生かすための力で……」

「そんなことより」

「そ、そんなこと?」

 

 過ぎたことはもういいのです。リュウさんが同胞だと分かった時点で、仇はいなくなったんですから。

 

「気分はどうですか? 私たちの思いは伝わりましたか?」

「気分? こ、これは……殺意の波動が消失している!? 一体――」

 

 リュウさんは私の目を見ると、ハッと息を呑んで固まる。数秒後、悔しげに表情を歪めて瓦を叩いた。

 

 えっ、なんで。「君の思いは伝わった!」ってリアクションは?

 

「俺は……君に世話をかけてばかりだな」

「えっ」

「だが、それは俺の問題だ。たとえ一度は呑まれたとしても、俺が乗り越えるべきものなんだ。だから……返してくれないか?」

 

 それ、と言いながらじっと私の目を、いやさその奥を覗き込んでくるリュウさん。まさか――

 

「殺意の波動。今度こそ受け入れてみせる」

「まさかでしたァ!」

 

 体内にちょっと意識を向ければ嫌でも分かった。リュウさんの大きくて太い波動が、魂のかけらごと私の中に入り込んでる。

 

 こんなつもりじゃなかったんですけど。もしかして同胞たちが仲間意識のあまり魂の方スカウトしちゃった? リュウさんの殺意に内定通知出しちゃった? 道理で戦う前より体調が良くなってるわけだよ。

 

 人事担当の怨念に抗議を入れていると、リュウさんは自嘲気味に笑う。

 

「ふっ、元より敗者が意見すべきではないか」

「い、いや、そのですね」

「分かった。君を倒すその日が来るまで、そいつは預けておく」

「え、えー……?」

 

 なんか勝手に納得してらっしゃる。

 

『えー、謎の乱入者との戦いは我らが副総帥の勝利に終わったようです。すごかったですねーアベルさん』

『そうですね。乱入者の気迫たるやまるで正気を失っているかのようでした』

 

 実況解説はさっさと締めようとしてる。元々進行が遅れてたし、これ以上延長するのは厳しいのかもしれない。

 

 そうだ、番組。途中から忘れてたけどいいエキシビジョンマッチになっただろうし、あれだけ頑張ればマスコットの印象も薄れたはず。結果的にはリュウさんと仲直りできて私のイメージも回復したし、番組側にも視聴率的な得があった。そう考えると良かった良かった。

 

『じゃ、閉会式やってる時間もないのでここでお別れです』

『あなたの隣に寄り添うシャドルー、ツバサドクロのシャドルーがお送りしました。それでは皆様、ごきげんよう』

「あっ、リュウさんどこへ……」

「真の格闘家への道は長い。今回の戦いをバネに更なる高みを目指す。ではな」

「あ、はい。また……」

 

 番組から切断され、リュウさんも去った。

 

 天守閣に一人残された私は、しばしぼうっと空を見つめる。ああ夜空がきれい。お城の上空だけぽっかり雲に穴が空いてる。夜景はまるで宝石箱みたい。

 

 ただ、いくら景色がきれいでも結果は変わらない。

 

「スカウト蹴られたぁ!」

 

 どさくさ紛れでシャドルーに抱き込む作戦、失敗。

 

 

 

---

 

 

 

 今回の件の後始末はそこそこ手間だった。

 

 損壊したイベントホールと大阪城は実質シャドルー管理の施設だったけれど、表向きは公共の施設だったので壊したことを謝罪会見。もちろん号泣はしなかった。

 

 休暇中にワープで助っ人に行ったことを社員たちに咎められ、ファルケたちには泣き落としされた。さすがにあの子たちを泣かせてまで仕事したいとは思わないので、今後は自重したい。四天王とジュリさんたち格闘家組には肥大化した怨念と波動を見抜かれ「テメーはどこ目指してんだよ」と呆れられた。知らないよ、私流の内定通知が人の魂を吸い取っちゃうなんて予想できるわけないじゃない。

 

 こんな風に世間的にも社内的にも大変だったのに加え、ベガ様は相変わらずサイコ粛清で忙しい。本当にあんな力づくのやり方で敵をあぶり出せるのかしら。

 

 復活してから初めての大きな労働だったけど、不安と苦労だけが印象に残る一件だった。

 

「ひーまー」

 

 私室の床をひたすらゴロゴロする。ファルケたちの心配性が治るまでは仕方ない。

 

 幸いスマホとパソコンがあれば暇つぶしには困らないんだ。メッセージアプリではさくらからのメッセージが溜まってるし、最近は世界大統領さんの配信が楽しい。うぃーあーざわん!

 

 DMも多い。エキシビジョンマッチを見た同胞たちから「ニート卒業します」「俺、ちゃんと働くよ」「思いは確かに届いたぞ!」という旨が毎日届いている。同類相憐れむ――もとい、類は友を呼ぶ。世界大統領さんの言う通り、私たちは一つなのだ。

 

 子ども下着、全世界にフラットボディを晒した女。そうした心ない便りもある。

 

 けれどかまうものか。一部とはいえ、同胞であるリュウさんの魂が救われたなら安い代償だ。恥ずかしいとか悔しいとか、そんな気持ちは全っ然、これっぽっちも絶対ないし。

 

「ふっ……」

 

 世界には痛みと悲しみが満ちている。けれど決して一人じゃない。それを分かってくれた人がいただけでも、苦労のかいはあった。

 

 数多の痛みを抱え、私たちは生きていく。

 

 今日も一日、乗り切ろう。

 

 

 

---

 

 

 

---

 

別視点5

 

 都内某所のゲームセンター。レトロな筐体から最新のアーケード筐体、クレーンゲームにスロットなど、比較的幅広い遊びを楽しめるそこが、さくらのバイト現場だ。土日の午後に四時間のシフトを入れている。

 

「はあ……」

 

 今日もいつも通り店内を清掃しているさくらだが、表情は冴えない。原因は最近死別した先輩からの呪い――ではない。そもそも実は死別さえしてない。

 

 先輩もとい山内からの呪いメッセージには確かに参った。夜中に添付されてきた心霊画像には夜も眠れないほどの恐怖を覚え、救えなかった罪悪感とのダブルパンチで一生分のトラウマを体験したといっていい。

 

 そうしてさくらが一つも返信しなかったことを訝しんだのだろう。ある日山内から「無視は辛い。リアクションくれ」という旨のメッセージが来るようになった。当初は幽霊の呪いの延長として無視していたものの、ついに電話までかかってきた。

 

 しつこくかかってきたためついに出ると、まず聞こえたのはすすり泣き。

 

『ぐすっ、なんで無視すんの? せ、せっかく生き返ったのに』

『……先輩?』

 

 声の主は普段とまったく変わらないノリの山内だった。

 

 山内は泣きながら、なんだかんだ生き返って元気にやっていること、殺されたお返しに呪いメッセを送ってみたことなどを説明する。

 

 もちろんさくらは怒った。どれだけ怖い思いをしたかと。悲しんでいたかと半泣きで抗議した。しかし『カチコミで人死なせといてその言い草はひどくない!?』と言い返され、閉口。結局はお互い悪かったということで仲直りは済んだのだ。

 

 そういった経緯もあって、さくらの懸念は山内ではない。関係はしているが、一番心配なのは、

 

「リュウさん……」

 

 思わず声に出てしまった想い人、リュウである。

 

 サイコバリアをもっとも近くで受けたリュウは傷が深く、全治半年と診断された。しかしある日見覚えのある赤黒い波動を身にまとい、包帯とギブスをふっ飛ばして行方知れずになってしまったのだ。

 

『力はしょせん力! 生かすための拳など戯れよ!』

 

 さくらとかりんの制止も聞かず飛び出していったリュウ。

 

 その行方はつい先日、テレビ経由で知ることとなった。

 

 シャドルー主催の大会に乱入し、大阪城の天守閣で山内と激闘を繰り広げていたのだ。

 

 闘いそのものは目が追いつかないレベルの超人戦闘だったものの、終わった後のリュウからは赤黒い波動が消え、正気が戻っていたようだった。よって、おそらく無事なのだろう。

 

 とはいえ直接会ったわけではないため、不安は消えない。想い人であればなおさらだ。山内に尋ねようにもおふざけモードに入っており、『ベガ様の真似』と題した白目の自撮りを送ってくるばかりで役に立たない。なお、心配のあまり山内の格好に気が付かなかったのは幸いだったかもしれない。

 

 どうにか直接安否を確認できればいいのに。そう考えると、ため息も出るというもの。

 

「はあ……リュウさん……」

「呼んだか?」

「はい。リュウさんも携帯を持ってたらこんなときすぐに……ってうわあ!?」

 

 反射的に構えをとって振り返るさくら。そこには、噂のリュウその人が堂々と立っていた。

 

「いい反応だ。また腕を上げたようだな」

「はあ、どうも……じゃなくていつからそこに!? ケガは大丈夫なんですか!?」

「落ち着け」

 

 すーはーと深呼吸してどうにか落ち着く。

 

 それを見たリュウは、バツが悪そうに頭を下げた。

 

「君には心配をかけた。すまない」

「リュウさん……いえ、いいんです。きっと大丈夫だって思ってましたから」

 

 リュウは苦笑いしながら、「俺一人では分からなかったがな」とこぼした。

 

「ケガは大丈夫だ。殺意の波動がすべてを癒やした」

「殺意の……やっぱりあの波動って」

「ああ。山内と同じ、殺意の波動だ」

 

 であれば病院を抜け出した時のリュウはやはり正気ではなかった。さくらは息を呑む。

 

「彼女の死とサイコパワーに折れてしまったんだ。生かすための力などなく、結局は殺すことが力の本質だと、認めてしまった……」

「でも、乗り越えたんですよね?」

 

 リュウの表情は快晴の空のように晴れ晴れとしている。力への渇望や殺意はかけらも見当たらない。

 

 そう考えたさくらだったが、リュウは「自力ではない」と首を振る。

 

「山内が俺の迷いを看破し、導いてくれた。それだけじゃない、俺の力が及ぶまで、殺意の波動を彼女の魂に封印してもらった」

「封印……」

「そうだ。さくら、君の先輩は決して無慈悲な狂人ではない。他者の痛みを理解し、導く。優しい格闘家の極致だ」

 

 さくらの瞳から、一筋の涙がこぼれた。

 

 ベガへの狂信から狂っているかと考えた。メッセージのやり取りから狂人じゃなくてただのアホなのではと疑った。

 

 だがリュウの口から語られた真実はどの考えとも違う。優しくて頼れる先輩のままだったんだ。

 

 静かに安堵の涙を流すさくらの肩を、リュウは優しく抱く。

 

 先輩として、そして一人の格闘家として。山内は確かな敬意を獲得したのだった。

 

 

 

---

 

 

 

 一方、ゲームセンターから少し離れた河川敷の土手にて。

 

「むむむ……」

 

 水晶をふわふわ漂わせながら、占い師メナトが唸っていた。学校帰りの小学生たちがメナトの奇抜な格好に注目しているが、メナトはそれどころではない。

 

「いくらお師匠の言いつけでもあれはなー……」

 

 彼女を悩ませているのはやはり山内だった。

 

 メナトの師匠はシャドルー総帥ベガの弟子であり、ベガの野望と悪心を誰よりもよく知っている。占いによる予知で妙な企みが知れれば、師匠自らが阻止する予定だった。

 

 しかし突如現れたイレギュラーが予知を根本から覆した。シャドルーは単なる絶対悪ではなくなり、ベガの心にもわずかな変化が見られる。

 

 であればそのイレギュラーを誘導し、シャドルーとベガを良い方向へ変えれば良いのではないか。そのお遣いを任されたのがメナトだ。師匠は師匠で謎の秘密結社と戦うための準備が忙しいらしく、メナトに任せる他なかった。

 

 敬愛する師匠に任された以上、メナトもきちんとやり遂げたい。怨念の集合体として復活した山内を誘導するのは怖かったけどがんばった。占いのメルマガも毎週続けている。

 

「あんなモンスター誘導しろなんて無理ですよう……」

 

 が、先日の大阪の一件で心が折れかかっていた。

 

 山内の行動は水晶によって逐一チェックしており、先の件も一部始終ばっちり把握している。問題は山内が最後に放った怨念攻撃だ。

 

 天に上った禍々しいドクロの光柱。見た目だけでも相当恐ろしい代物だが、あれの恐ろしさはそこにはない。

 

 あの技の本質は魂を喰らうことにある。圧倒的なソウルパワーで相手の魂を圧壊させ、咀嚼後の食物を呑み込むように取り込み、吸収する。喰われた魂は元の形に戻ることも、輪廻転生の環に戻ることもなく、未来永劫山内の力として利用され続けるのだ。非道の極みとも言うべき業である。

 

 極めつけは山内の精神性だ。それほどの業を可能にする怨念が集まった上で山内の姿を投影しているのは異常という他ない。

 

「報恩と報復の鬼というか、あんなのもうクリーチャーじゃないですか」

 

 これらの異常性に気づける者は少ないだろう。魂に由来するソウルパワー、その専門家であるメナトだからこそ気づけたことだ。

 

 そして、あの業を受けて正気を取り戻したっぽい道着の格闘家も地味にまともじゃない。あの怨念を目にして前向きに生きようと考え出す若者たちや、クリーチャーをマスコット扱いしてる世間もおかしい。あれをスカウトしたらしいベガもやっぱり正気じゃない。

 

 つまりこの国がおかしいのでは。メナトは強烈なホームシックに駆られた。

 

「おししょー、メナトはもう帰りたいです。日本怖い、お外怖い……」

 

 泣きべそかいてトボトボ土手を歩く彼女の背中には、疲れたOL特有の哀愁が漂っていた。

 

 

 

---

 

 

 

 一方その頃、シャドルー本社ビルにて。

 

「はー!? 何も考えずにふっ飛ばしてたぁ!?」

「無論。虫ケラ相手に何を考える必要がある。このベガ様に小細工は無用、ただ邪魔者を塵へ変えるのみ……」

「それじゃ本丸が分かんないままでしょ! 証拠隠滅のお手伝いしてどうすんですか!」

「やかましい! 貴様こそ全世界に恥態を晒しおって!」

「どどど同胞と語らうためのやむなき代償ですっ!」

「ナンバー2の分際で口応えする気か貴様ァ! サイコパニッシャーッ!」

「いたたた!? でもねぇ、イエスマンだけじゃ組織は回らないんですよぉ!」

「あほくせぇ……」

 

 ツートップの対立により再び本社ビルが倒壊の危機を迎えていたとかどうとか。


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