ケツアゴサイコ総帥に一生ついていきます【完結】   作:難民180301

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別視点

「真・昇龍拳!」

 

 烈迫の気合とともに、肉を打つ音が響く。リュウの全身で跳ね上がる必殺のアッパーカットがサガットのアゴを捉え、天高く跳ね上げたのだ。

 

 受け身も取れず落下したサガットは数度身じろぎするものの、起き上がる力は残されていない。穏やかな表情で力を抜いた。リュウも肩で息を整えつつ、残心を解く。

 

 シャドルー本社入り口で繰り広げられたリュウとサガットの死闘は再びリュウに軍配があがった。

 

「ふ、やはり敵わぬか……」

「当然だ。帝王が行くべきは王道。力を求め、外道に手を貸すお前に負ける道理はない!」

 

 勝者の言葉を帝王は黙って受け入れる。言葉にこめられた再起を願う気持ちは確かにサガットが受け取った。

 

 と、そこへ三人の人影が駆けつける。今回のシャドルー掃討に協力する格闘家たちだ。外でシャドルーの戦闘員たちを足止めしていたのだが、全員片付いたらしい。

 

「リュウ! こっちは片付いたぜ」

「こっちもだ、ケン。際どい戦いだったがな。キャミィはどうした?」

 

 元シャドルー戦闘員というキャミィの姿がなかった。彼女と米国軍人のガイル、ICPOの春麗の活動があったからこそ、こうして悪の組織シャドルーの喉元までたどり着けたのだ。

 

 リュウの問にガイルが険しい顔で首を振る。

 

「残念だが彼女はリタイアだ。衛生兵に預けてある」

「……そうか」

「キャミィのためにも、ここで止まるわけには行かないわ。急ぎましょう!」

 

 そうして格闘家たちが駆け出そうとした時、「リュウ……」と小さな声。

 

「サガット?」

「頼みがある……ヤマウチについてだ……」

「ヤマウチ――キャミィも言っていたわ。特殊な波動の使い手だそうね」

 

 春麗の言う通り、その名前はリュウもキャミィから聞いていた。名前からしておそらく日本人だろう。若い女性らしいが、波動を習得している以上油断はできない。

 

 リュウはヤマウチをあくまでも強敵として見ていた。

 

 次のサガットの言葉を聞くまでは。

 

「ヤツは……殺意の波動に囚われている……」

「何だって!?」

「豪鬼と同じ波動を……!?」

「おい、なんだそれは?」

「殺意の波動?」

 

 ガイルと春麗は困惑している。リュウはケンと目配せした後、手短に語った。

 リュウたちも含め、世界中の格闘家が使っているのが通常の波動。これよりもはるかに強力な威力を発揮するのが殺意の波動だ。戦いに囚われ修羅に落ちたものが発現するとされ、一度使えば戦闘欲求と殺戮衝動の虜となってしまう。リュウとケンの師、剛拳を殺した豪鬼もこの波動の使い手だった。

 

「アイツは世界に拒絶されたと言っていた……世界への憎悪が、アイツを駆り立てている」

 

 やるせない話だとガイル。リュウたちは目を伏せた。

 

 通常の波動でさえ長く厳しい修行を要する。殺意の波動に至るにはそれこそ地獄のような艱難辛苦を経る必要があるだろう。まだ年若いらしいヤマウチが殺意の波動に囚われ、世界への憎悪を燃やしているとなると――どれほど悲劇的な経験をしてきたのか。

 

 ベガはその力と心の隙間につけこみヤマウチを引き入れたのだろう。人の弱みにつけこむ様は噂に違わぬ外道だ。

 

「私の曇った拳ではヤツに届かぬ……だがリュウ、お前の拳ならばあるいは……」

「任せておけ」

 

 力強く返答する。リュウだけではない、ケンもガイルも春麗も、ベガに利用されたヤマウチを救ってみせると決意していた。

 

 その気持ちを汲み取ったサガットは肩の力を抜き、ふっと意識を失う。伝えるべきことを伝えたことで安心したのだろう。

 

 リュウたちは決意を新たに先へ進んでいった。

 

 

 

---

 

 

 

 ヤマウチと呼ばれる女性は一見、ごく普通の女性だった。150センチにも満たない体躯と童顔、どこか幼げな口調からして女性というより少女のようだ。

 

 本社の最上階近くで遭遇したリュウたちは、本当にこの子が例のヤマウチか、と疑問を抱く。

 

 しかしその疑問は次の瞬間捨て去ることになる。

 

「お祈り連拳!」

「リュウ!?」

 

 おぞましく赤黒い波動が少女の体から吹き出たかと思うと、神速の連撃に見舞われた。全身を打ち据えられたリュウは痛みにうめきながら確信する。ヤマウチの力は紛れもない殺意の波動だと。

 

 狂っているように見えないのは間違いだった。拳からは抑えきれない世界への憎悪と破壊衝動、一抹の寂しさが伝わってくる。殺意の波動を使わずとも、常に世界を恨んでいるのだろう。

 

 年若い彼女がこれほどの憎悪を抱くのに、どれほど辛い経験があったのだろう。虚しさと悲しさ溢れるシューカツ神拳のルーツはどこにあるのだろう。リュウは自分の痛みよりも、ヤマウチの境遇に歯噛みする思いだった。

 

「ヤマウチ……お前の拳はとても哀しい」

 

 立ち上がり、吠える。仲間たちが呼応し、ヤマウチを挑発した。どの流派にも属さない変則的な動きが、少しでも単純になるように。

 

「うるさいやい! 高卒の一般人にくんふーなんざあるかい!」

 

 狙い通り正面からリュウを狙って突進してきた。先程よりも速いが初見でなければ十分見える。

 

「見えた!」

 

 心眼。攻撃を見切り、いなし、反撃の糸口とする奥義だ。

 

 ヤマウチの拳を見切る瞬間、波動を通してヤマウチの意志が伝わってくる。

 

『寂しさ、辛さ、虚しさが拳を通して伝わってきた? 噓ばっかり。あなたたちみたいに強くてかっこよくて、社会から必要とされてる勝ち組連中に分かるもんか。必要とされない辛さ、世界から弾き出され後ろ指さされる辛さを。いくらあがこうが成果のあがらない虚しさを。こんな世界は大嫌いだ。私を分かってくれない、必要としてくれない世界なんてこっちから願い下げだ。みんなぶっ壊してやる!』

 

 あまりにもどす黒い憎悪と殺意だった。途轍もない濃密な殺意は、ヤマウチの経験した悲劇を裏打ちしているかのようだ。

 

 だが殺意に身を任せ外道に落ちれば、その先にあるのは破滅だけだ。

 

 リュウは己の意志を波動に乗せ、確固不抜の正拳突きを放つ。ヤマウチほどの武道家であれば伝わっているだろう。正しい道を行く武道家として意志が。

 

「ベガ、様……ごめん……なさ……」

 

 倒れ込む体を支える。あれほど強大に見えた体は思いの外軽く、華奢だった。穏やかな寝顔は十代前半の少女にしか見えない。

 

「いいや。よくやったぞ、ヤマウチ」

 

 ずん、と体が重くなる。豪鬼や師のような類まれなる強者特有のプレッシャーだ。

 

 ヤマウチを横たわらせ、リュウは声の方向へ構えた。ケン、ガイル、春麗も油断なく構えている。

 

「ここまで弱っておれば憑依は可能。後は我に任せるがいい」

「くっ……」

 

 名乗らずとも分かった。目の前の男がシャドルーの総帥、ベガだ。かつてない強敵の登場で全身が緊張している。

 

 それだけでなく、ヤマウチとの戦いでの疲労も体を重くしている。殺意の波動とは文字通り殺気の塊なので、相対しているだけでも神経を使う。攻撃に被弾したケンたちはもちろん、紙一重のカウンターを決めたリュウはかなり弱っていた。

 

 だがここで引く訳にはいかない。格闘家として悪の限りを尽くすベガが許せないこともあるが、サガットとの約束もある。ベガを倒さなければヤマウチは利用され続けるだろう。交わした約束は守るものだ。

 

 ガイルも親友の仇であるベガを前に気合を入れ直す。肉親を殺された春麗も同様。ケンは一人冷静に、武道家として勝つための道筋を探っていた。

 

「一人二人は面倒だ。まとめてかかってくるがいい!」

 

 ベガの言葉とともに、最後の決戦が始まった。

 

 

 

---

 

 

 

 結果としてベガには辛勝。その後米軍の攻撃が本格化しシャドルーは壊滅した。

 

 だがベガとの戦いが終わったときにはもう、ヤマウチの姿はなかった。自力で起きて密かに脱出したのか、それとも誰かが手引きしたのか。真相は不明だが、ヤマウチの行方不明は戦士たちの心にしこりを残すこととなった。

 

「一体君はこの世界で、どんな闇を見たというんだ。ヤマウチ……」

 

 シャドルー本社の瓦礫の山で、リュウは天を見上げた。

 

 手がかりはやはり何も見つからず、ヤマウチは煙のように消えてしまった。だがリュウは忘れないだろう。この世のすべてに憎悪を向けるヤマウチの拳を。その憎悪と殺意の裏に隠れた世界の闇を。

 

 彼女の見た地獄の正体は分からない。

 

 願わくば、再び闇に囚われた格闘家が生まれることのないように。

 

 悲しき格闘家に瞑目を捧げたリュウは、瓦礫の山を下り山中へあるき出す。そうして武者修行の旅に戻るのだった。

 

 

 

---

 

 

 

 リュウが瞑目したのと同時刻。

 

「へくしょい!」

「お? バカは風邪引かないんじゃないのかい?」

「んー、誰か噂してるねこれは。困ったなあ、社内恋愛はややこしいから遠慮したいけど……」

「ぷっ、鏡見てきたら?」

「しばくぞ変な髪型しやがって!」

「んだとぉ!?」

 

 就活のストレス(世界の闇)に囚われた少女が、元気に同僚とどつき合いをしていたとかなんとか。


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