ケツアゴサイコ総帥に一生ついていきます【完結】   作:難民180301

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原初の殺意

 シャドルーのフロント企業、影浦生類創研本社ビルの一室。壁をぶち抜いて二つの大会議室をつなげ、個人用の住居スペースに改装したそこが私の私室だ。適当に近くの賃貸を借りようとしたら社員さんが用意してくれた。一人じゃ持て余す広々とした間取りに、質のいい家具調度品までついている優良物件だ。ふかふかベッドで疲れを癒すなり、バルコニーで涼むなり、高品質のスピーカーとモニターで映画を見るなり、優雅な余暇を過ごせるだろう。

 

「あーっ! どーしよー!?」

 

 だけど最近の私の余暇の過ごし方といえば、もっぱら頭を抱えてごろごろのたうち回ることだった。

 

 別に楽しくてやってるわけじゃない。総帥代理としての重大な悩みを考えると自然にこうなっちゃうんだ。

 

 ベガ様の復活計画自体はうまくいってる。スペアボディはとうに完成していて、今は風水エンジンを改良した丹田エンジンのテスト段階だ。計画の過程で生まれた小型風水エンジンは実験体の女性に移植し、その人は反乱分子の暗殺や制圧に精を出してる。暗殺を指示したのに関係各位まとめて皆殺しにしたり、タチの悪いマヤとかいうフリーの記者が嗅ぎ回っていたり、悩みの種は尽きないけれどおおむね順調だった。

 

 ただ一つの問題さえなければ、過去形にしなくても済んだだろうに。

 

「世界征服なんて無理だよー!」

 

 問題はシャドルーの経営理念だ。

 

 まさかベガ様が世界征服するためにシャドルーを立ち上げたとは思わなかった。むしろ知らないままでいたかった。

 

 知ってしまったきっかけは、ある日生類創研の研究員さんと話していたときのことだ。

 

『スペアボディと風水エンジン、ともに開発は順調のようですね。いつもお疲れ様です』

『いえいえ、総帥代理のご協力があればこそでございます。殺意の波動の実働データにより、スペアボディの波動出力は大幅に向上しました。ベガ様もお喜びでしょう』

『そ、そうですか? うぇへへ』

『そうですとも。この調子ならベガ様の御威光を世界に知らしめ、我らシャドルーが愚民共を支配する日も遠くはありません』

『ふふっ、その言い方だと世界征服でもするみたいですよ』

『何をおっしゃいます、その通りでしょう?』

『えっ』

 

 その後複数の研究員さんと本社の生き残り組にも確認すると、シャドルーの目的は世界征服であります、と答えが返ってきた。ベガ様本人はおばけのフットワークを活かしてサイコ採用活動に出向いてるから聞けてないけど、これだけ解答が一致するってことは確定だろう。シャドルーの経営理念は世界征服だ。てっきりスペアボディ作って長生きするのが目的だと思ってたのに。

 

「むーりー!」

 

 無理に決まってるじゃん。ラスボスじゃあるまいし、もうちょっと現実的な路線でいこうよ。

 

 だって世界征服ってことは、シャドルーが世界で一番偉くなるってことだ。そうなると、頭のいいおじさんおばさん集団が数百人単位でやってる国の運営をシャドルーが担うことになる。

 

 でもシャドルー社員のほとんどは脳みそが筋肉とサイコでできてる脳筋サイコマンとベガ様大好きなマッドサイエンティスト。思想や価値観の違う多数をまとめて導ける人材はほんの一握りだ。よしんば征服できたとしても人手不足ですぐに支配が崩壊するのは目に見えてる。

 

 世界征服そのものはできなくもない点が余計タチ悪い。なんたってシャドルーの影響力は文字通り世界的で、各国首脳はベガ様の指示になら何にでも従う傀儡だし、中には社員並みの忠誠を誓っている人だっている。仮に反乱分子が出れば現地警察とシャドルーの戦闘員が手を組んで暗殺するか、「今度の選挙手伝いませんよ?」の一言で鎮圧できるから、世界中の国の運営がベガ様の手中にあるといっても過言ではない。といってもベガ様は言葉より先にサイコが出る人だから政権が手中にあっても意味はないけど。

 

 経済面でもシャドルーは強い。シャドルー系列の企業の総資産をまとめれば大国の国家予算は超えるし、末端まで含めれば世界トップ。もしお金がなくなっても世界中の金融機関とのコネ、頭がサイコな富豪や投資家のみなさんにお願いすれば、シャドルーに都合のいい方向へ市場を操作することも簡単だろう。めんどくさがって私と会計課に丸投げしてるベガ様は何も言わないだろうけど。

 

 そうしたシャドルーの影響力を考えれば世界征服は絵空事じゃない。そもそもベガ様は冗談言う人じゃないし。

 

 ベガ様のやりたいことなら叶えたいけど、明白に無理な目的のために頑張るのも――ん?

 

「世界征服、できてない?」

 

 今気づいた。

 

 もう世界、征服されちゃってない?

 

 政治面は思いのまま。大国のトップはみんなベガ様の言いなりで、言うことを聞かなければ最悪シャドルーエージェントをトップに担ぎ上げればいい。各機関との連携もできるからシャドルーに都合のいい体制改革も楽々。

 

 経済面も同様。お金とモノが巡るこの世界で一番のお金を持ってて、しかも市場を自由に操作できる。シャドルーは実質市場そのものといっていい。

 

「できてた! やったぁ!」

 

 もうシャドルーの勝利ってことでいいや。目的は達成。世界はシャドルーに支配されています、終わり。

 

 いや、ちょっと待てよ。

 

 ベガ様は脳みそまでサイコでできてるサイコマンだけど、もうできてることをやろうと言い出すような人じゃない。現状でもなお世界征服を目的に掲げてるってことは、今の支配体制に満足してないんだ。

 

 この前のシャドルー本社壊滅がいい例だ。実質世界を支配しているシャドルー本社が襲撃され、ベガ様の体も滅ぼされた。襲撃を主導したICPOと米軍の関係者は風水エンジンの実地試験ついでに報復しといたけど、現状の支配体制にほころびがあるのは確実。

 

 じゃあどこを支配すればいい?

 

 政治と経済両面を意のままにできるシャドルーが及ばない領域は?

 

 ベガ様が不足を感じてる体制の穴とは?

 

「……閃いたっ!」

 

 これや。

 

 

 

---

 

 

 

『はいどうもこんにちは、シャドルー総帥代理兼広報部長の山内です。先月は地震で本社が潰れてしまいましたけどね、めげずにやっていきますよ。

 

 ところでみなさん、手からビームを出したいと思ったことはありますか? 私はあります。いけ好かない面接官の顔を消し飛ば……じゃなくて、手からビームはロマンですよね。波動拳とか憧れちゃいます。

 

 えっ、波動に目覚めるには修行が必要? そんな時間も体力もないけど、波動拳は使ってみたい? そんなあなたにオススメする商品がこちら! 風水ピアスでございます!

 

 このピアスをつけるとこのように! 私のような一般人でも波動拳が打てるのです!

 

 使い方は簡単、ピアスを着けて波動拳! と強く念じるだけ。お値段はなんと驚きのごきゅっぱ! さあ、これであなたもストリートファイターだ! ご注文はこちらの番号まで、ただ今より一時間オペレーターを増員してお待ちしております。

 

 いつでもあなたに寄り添うシャドルー、シャドルーの山内がお送りしましたー!』

 

 休憩室に設置された大画面モニターの中で、私が動き回ってる。就活で鍛えた愛想を振りまき商品を紹介するその様は、我ながら結構がんばったと思う。

 

「んだよ、このトチ狂ったCMは」

「ジュリさんに狂ったなんて言われたくありません。それとこれはシャドルーイメージアップ戦略の一環なのです」

「訳分かんねえ」

 

 テーブルを挟んで対面のソファでだらけるジュリさんが吐き捨てた。男性社員もいるのに露出の多い格好な上、だらしなく姿勢を崩してる。といってもジュリさんは変な目を向けられたと見るや笑顔で嬲り殺しにかかる頭おかしい人なので、私たちの近くにやってくる人は誰もいない。

 

「テメーにだけは頭おかしいとか言われたくねえよ。で、なんだって? イメージアップ戦略?」

「そう! シャドルーが真に支配すべきは行政でもお金でもありません。世論だったのです!」

 

 世論。世間様と言い換えもできる。

 

 そもそもなぜ本社が襲撃されたかというと、世間様の覚えが悪かったからだ。シャドルーは「名前はよく聞くけど何をやってるかは知らない、怪しげな大企業」と認識されてる。もし善良な企業として知られていれば、米軍もICPOも世論のバッシングを恐れて動けなかっただろう。

 

 だけど不特定多数が形成する世間様をシャドルーお得意の暴力で支配するのは容易じゃない。そこで北風と太陽だ。

 

 シャドルーは法的なブラック企業だけど事業のすべてがブラックなわけじゃない。たとえばIT系のフロント企業は便利な検索エンジンや通販プラットフォーム、それに伴う流通・通信システムを開発して社会に貢献していたりする。検索閲覧履歴から監視と反乱分子のあぶり出しもしてるけどそれはさておき、重要なのは世間様に誇れるホワイトな仕事もきちんとしてるってことだ。

 

 そうしたホワイトなフロント企業に、今までブラックな方に回していた予算を大幅分配。ついでに本社生き残り組の優れた人員も派遣して、ホワイトな事業を通じ世間様にシャドルーを猛アピールしている。

 

 先の風水ピアスもその一環だ。なにせシャドルーは波動関連の技術力は世界一。風水エンジンを小型化し、一般人が垂れ流す気を増幅して波動に練り上げる機能をもたせるくらい造作もない。

 

 世界初の誰でも波動を使えるようになる健康グッズだ。これで世間様の覚えが少しでもよくなれば――

 

「総帥代理! 大変です!」

 

 と、そこへ私の腹心的社員さんが駆け込んできた。な、なんだ怖い顔して、悪い知らせ?

 

「風水ピアスの注文が殺到しており、回線がパンク寸前です!」

「やったぁ! じゃない、えー、〇〇社と△△社に連絡して回線と人員を借りなさい。シャドルーの名を出せば無条件で貸してくれます」

「了解! 休憩中失礼しました!」

 

 飛ぶように休憩室を出ていく社員さん。

 

 売れ行きは好調みたい。誰でも波動拳、使いたいよね。使えたって就活には使えないけど、かっこいいからね。

 

「悪の秘密結社がイメージアップねえ。世も末だぜ」

「悪って言葉に縛られてちゃダメなんです。すべてはベガ様の目的のため、私は手段を選びません」

「おい、そのカメラは何だよ」

 

 すちゃっ、とシャドルー開発部から支給された高性能スマホを構える。目つきの悪いジュリさんのご尊顔が4Kで映し出された。

 

 録画ボタンを押す。

 

「こんにちはー、広報部長のヤマウチが休憩室からお送りします。今映っているのはジュリさん。風水ピアスの開発に協力してくれた女格闘家さんですね」

「勝手に撮ってんじゃねーぞテメー!」

「この人がいなければピアスは開発されなかった、ってくらいすごい格闘家さんなんですよ。えっ、どれだけ強いのかって? そうですね……波動ォ!」

 

 片手で殺意の波動を飛ばすと、ジュリさんの左目が怪しく光る。義眼を兼ねた風水エンジンが稼働したんだ。

 

 エンジンで増幅した波動を脚にまとい、蹴り上げて私の波動を相殺する。波動がぶつかりあうスパークが休憩室を照らし出した。後で編集してこの部分だけ輝度を下げよう。

 

「はい、このように突然の波動拳にもあっさり対応しちゃいます。すごいですね!」

「今本気で打ちやがったなクソガキィ!」

「そそそそんなことないですよ」

 

 けっしてそんなことはない。普段口げんかと煽り合いで連敗してる憂さを晴らそうとしたなんてことは、きっとない。

 

「上等だ……そのガキくせえツラ陥没させてやんよ!」

「が、ガキくさ……っ!? ごほん、ちょっと手が早いジュリさんですが、私は総帥代理なのでこの程度軽く受け止められるんです。シャドルーは上下の別なく仲の良いアットホームな職場なんですね……痛いっ!?」

 

 あれ? 殺意の波動使って回避に徹してるのにかすった。風水エンジン最大出力のジュリさんの連撃でも、この前は避けきれたのに。

 

「あっ、ちょ、タイム! 片手ふさがってる! スマホ、スマホしまわせて!」

「いいこと聞いたぜ、マジで殺してやるよ!」

「ぎゃー!」

 

 人が広報やってるってのに容赦ないなこの人。どさくさ紛れで普段の仕返ししようとした私が悪いんだけど!

 

 その後一時間近く、社員さんの避難した休憩室で私は逃げ回った。お腹に一発いいのをもらったけど、ジュリさんのエンジンが稼働限界を迎えるまで死守した映像素材はしっかり編集してシャドルーホームページの活動報告にアップした。再生数、コメント数ともに上々。

 

 SNSに開設したシャドルーの公式アカウントも反響を呼んでる。今まで有名さに反して活動が消極的だった影響か、好奇心で見に来る層が多いんだろう。この層を逃さずシャドルー支持者に変えるのが私の仕事だ。

 

『今日はジュリちゃんにチョココロネを上げたらキレられました。頭にコロネ刺さってるから気にいると思ったのに!』

『総帥はサイコオバケになって世界を回ってます。ヘッドハンティングをしているみたいです』

『風水ピアスに続き、ブレスレット、チョーカーなども発売予定! 続報を待て!』

 

 こうした日々の投稿に対するリプライは「思ったより平和な職場だった」「シャドルーは悪の組織じゃなかったのか?」「総帥がオバケってどういうこった」「メガネタイプがあれば買う」などなど。思い通り、イメージと違うシャドルーを知って驚いているようだ。

 

「フォロワー数、ホームページの閲覧数ともに右肩上がりです。さらにシャドルーを表立って肯定する意見が主流となっています」

「シャドルーブランドの売上は?」

「スマホ分野では『PSYCHO』、パソコン分野では『HADO』のモデルが爆売れしています。来週リリース予定のタブレット端末に対する期待も高まっている模様」

 

 ここまでは思い通り。

 

 シャドルーの技術者とフロント企業の販売ノウハウを活かした最新機器の販売。特に現代生活で重宝されるスマホとパソコン、タブレットなどの端末を売り出した。

 

 シャドルーが技術とお金をかけて製造しただけあって性能はピカ一。赤字覚悟で値段を抑えたのも幸いし、売れ行きは順調だ。

 

 このまま各業界のフロント企業にもコンタクトをとって、シャドルーブランドの新製品を売り出していく。そうして世界をシャドルーなしでは生きられないよう作り変えてやるんだ。世論がシャドルーに傾き、またはシャドルーが世論そのものとなったとき、ベガ様の世界征服は自ずと実現しているだろう。

 

「そして販売した端末から収集したビッグデータを利用し、反乱分子の特定及び監視もできる、と。完璧な計画です、総帥代理。もはやこの世界は我々の手に落ちたといえるでしょう」

「……いえ、まだです」

「は?」

「世間様が好意的になっている今、マイナスイメージな事例が起きればすべて水泡に帰します。決して油断はできません」

「ご安心を。各国メディアへの根回しは完了しており、SNSの運営企業も我々の同胞。仮に何かが起きたとしても、表沙汰にはなりません」

「そ、それなら……大丈夫かなぁ」

「大丈夫! 総帥代理はもっと肩の力を抜くべきです」

 

 そう言われると、肩の力が抜けていく。見ると、情報通信室で活動していた社員さんたちが、優しい目をこっちに向けていた。

 

 この人たちには本当にお世話になった。最初こそ本気で私を殺そうと躍起になってたけど、本社崩壊後もこうして寝る間も惜しんで働いてくれてる。私がこうしよう、と提案すれば指示しなくても各々考えて動いてくれるし、私が見逃してた穴も勝手にふさいでくれる。本社生き残り組がシャドルー内でエリート扱いなのも納得だ。

 

 この人たちがいっしょなら大丈夫。油断があっても支えてくれる。そう思うとしぜん、口元が緩んだ。

 

 ほっこりしていると、着信。画面には嫌な相手の名前が表示されてる。

 

「はい、ヤマウチです」

『これは総帥代理、ご苦労さまです。最近の活躍ぶりは聞いておりますよ。まったく素晴らしい』

「はあ……」

 

 これは、って言うけど携帯にかけてきて言うセリフじゃないよね。こういう芝居がかったところが苦手だ。

 

「あいさつはいいので、用件はなんですかセスさん?」

 

 セス。

 

 ベガ様のスペアボディのうち、強い自我を持った特異個体の一人だ。リトルグレイみたいな体色のマッチョボディで、お腹に風水エンジンの大型版である丹田エンジンを埋め込んでるから割と強いけど、スキあらば渋い声で欲望とは、力とは、人とは何かみたいな哲学を語りだす悪癖がある。初めて聞かされたとき意味分かんなくて「ごめん、地球上の言語しゃべってくれます?」と言ったのは悪いことした。

 

 でも私は細かい理屈語られるの苦手なんだ。そのせいでジュリさんとの口げんかにも負けたりしてる。

 

 そこで総帥代理の権利を使ってブラック部門のフロント企業に出向してもらった。たしかSINだったかな。マフィアやテロ組織相手に武器を売りさばく悪どい企業。

 

 ごく小規模なところだからそこで大人しくしててほしかったけど、経営の才能があったみたいでSINは急成長。今は取引先を増やし、需要に応じて色々な新兵器を開発している、というのが現地に派遣したエージェントからの報告だ。

 

 セスさんから電話がかかってきたのは初めてになる。

 

 ご無沙汰だった苦手な相手がかけてくるってことは――悪い報告かなあ。嫌だなあ。

 

『一つ、良いお知らせがあります』

「ほんとですか!?」

『え、ええ。食いつきますね』

「あ、失礼」

 

 まさかの良い報告だった。なんだなんだ、良い報告ならいくらでも聞かせてくれ。

 

『実は先ごろから開発していた新商品、BLECEがようやく完成しましてね。ぜひ総帥代理にも見ていただきたく、ご連絡した次第です』

「新商品のお披露目ってことですね。分かりました、日時と場所は?」

 

 お互い苦手な相手と分かってるので、手短に必要なことを確認し、通話を切る。切り際、『お待ちしておりますよ』とやけにねっとりした口調で言われた。

 

 場所は日本の〇〇港、停泊している△△号の中で――ん?

 

 BLECEって兵器なんだよね? そんなもの日本に持ち込んでいいの? よしんば持ち込みがよくても、お披露目の名目で使うつもりじゃないよね?

 

 あかん、不安になってきた。

 

 もっかい電話で確認しよ。

 

「総帥代理! 大変です!」

 

 と思ったら社員さんが通信室に駆け込んできた。肩で息をしてて顔が青い。

 

 相当慌ててるけど私は慌てない。最近の傾向からして、社員さんの大変ですは良い報告の前置きなことが多いからね。きっと素晴らしい報告をしてくれるに違いない。

 

「どうしました?」

「SINのエージェントより連絡! セス様はBLECEなる新兵器開発に伴い、実験体として多数の格闘家を拉致していた模様!」

「――総帥代理、確認しました! すでにネット上にも情報が広がっているようです!」

「……は!?」

 

 噓だぁ。

 

 社員さんのパソコン画面をこわごわ覗き込む。

 

『シャドルーやはり悪の手先』

『格闘家失踪事件はシャドルー系列のSINが主犯』

『やっぱり犯罪組織じゃないか!』

『風水エンジン買うのやめるわ』

『え、あのちっさい総帥代理も悪いやつなん?』

「各国主要メディアおよび潜伏中のエージェントに連絡! 情報統制を徹底してください!」

「もうやりました! ですが情報ソースはSNSの個人アカウントらしく、すでに統制のしようがなく……」

「はー!? SNSの運営は身内でしょうが! なんでこんな情報が漏れるのよ!?」

「そ、それが……『指示がなかったので削除が遅れました。すみません』とのことです!」

「指示待ちィ!」

 

 なんで指示待つのよ。シャドルー系列全体でイメージアップやってるんだから、不利な情報の削除くらい言わなくても分かるでしょ。少なくとも本社組の人たちなら言わなくてもやってくれたぞ!

 

 ふー、落ち着け。

 

 社会人たるもの焦ってはいけない。どんな時も冷静に構えてこその大人。ましてや私は総帥代理だ、慌てれば部下にも示しがつかない。深呼吸、深呼吸。

 

「……発信元のアカウントを凍結し、利用者の位置を特定。拘束してください」

「もうやりました!」

「早っ! で?」

「利用者はマヤと名乗るフリージャーナリスト! 戦闘員の追撃を振り切り、行方をくらましたようです!」

「きーっ! なんでよ!」

「総帥代理、お気を確かに!」

 

 なんでジャーナリストがシャドルー戦闘員から逃げ切れるのよ。記者なら文筆で勝負してよ、これじゃペンより(けん)が強いじゃないのさ。

 

 頭を抱えているうちにも状況は悪化していく。SNS上で拡散したSINの悪事はネット上のまとめサイトや匿名掲示板にも広がりをみせ、民家全焼から山火事レベルの大炎上へ。シャドルーの利用していた拡散力が跳ね返ってきた。

 

 情報通信室のエリートさんたちが必死の形相で火消しに走ってるけど、もう遅い。ふう、と大きく息をつく。

 

「総帥代理?」

「放っておきなさい。下手に火消しをしても延焼するだけです。今はそれよりも、やることがあるでしょう?」

「……はっ!」

 

 社員さんたちは敬礼。それから私の意志を汲んで、社用ヘリの用意に向かった。

 

 情報的な炎上を鎮火するすべは時間の経過か、火種が直接落とし前をつけることしかない。

 

 この場合の火種はSINの社長であるセス。そしてシャドルーグループ内における落とし前の付け方といえば――

 

「あんの魔改造リトルグレイ野郎、ぶっ飛ばしてやります!」

 

 しばき倒すこと一択だ。

 

 

 

---

 

 

 

 エージェントの報告によりセスの居場所はすぐに分かった。先程の電話で指定した日本の△△港の客船にいるらしい。炎上が発覚するタイミングを考えると、初めからこの場に私を呼びだすつもりだったんだろう。

 

 となると、向こうも私と戦うことを前提で用意を整えているはず。お供の戦闘員さんたちに「ここで待機!」と強く言ってからヘリを飛び降り、客船の甲板に飛び降りる。

 

「ひ、ば、化物……」

 

 甲板に待ち受けていたSINの社員が銃を向けてくるものの、引き金を引くことすらなく膝を折った。今の私はイライラしてて殺意の波動が垂れ流しだ。波動を使えない人からすると怖いだろう。

 

 セスの居場所を聞き出し船内へ。オペラの会場のような広い部屋に入ると、舞台上にセスを見つける。ブーメランパンツ一丁の彼は私と目が合うと、ニヤリと笑った。

 

 ゆっくり歩いて舞台へ上がる。

 

「……一応、言い分があれば聞きましょう」

「言い分? 何のことだね? 私はブラック部門として正しいことをしただけだ」

「正しくない! 報告、連絡、相談! ブラック部門の規則以前に、社会人の基本でしょうが!」

 

 どの口が正しいなどというのか。

 

 ブラックな仕事をするときは私に報告を上げた上、情報通信課に連絡、相談しつつ慎重にやる鉄の規則がある。それを無視して勝手に拉致事件なんて起こして、案の定メディアにすっぱ抜かれて――ああ、腹が立つ。

 

「悪の組織が規則などとバカバカしい。やはり貴様はナンバー2にふさわしくない」

「言ってなさい。我がシューカツ神拳で制裁を――」

「そこだ!」

「えっ、どこ!?」

 

 びしっ、と自信満々に指さされた。つい構えをといて辺りを見回すけど、特に何もない。

 

「貴様がシューカツ神拳を使えるはずはないのだ」

「戯れ言を」

「戯れ言だと思うか? だがよく考えてみろ。就活神拳は就活中の人間にのみ許された秘伝の拳法。すでにシャドルーという大手企業に採用され、総帥代理の座につくお前が使える道理はない!」

「た、確かに……!」

 

 言われてみれば、就活神拳って名前からして就活中にしか使えなさそう。素人の私が使ってもそこそこの威力になるのも、条件付きの能力だからと考えると説明がつく。なんならシャドルーに永久就職も決まってる私が使えるのはおかしい。

 

 ぶっちゃけその場のノリで適当に名付けただけだから深い意味はなかったけど、自信満々に言われると使えない気がしてきた。

 

 となると面倒だぞ。丹田エンジンを使うセスは風水エンジン全開のジュリさんと同じくらい強い。就活中に身に着けた技術を使えないのは痛い。

 

「くっ、ですが私には殺意の波動があります!」

「それも使えん!」

「な、なぜ!?」

 

 波動で身体能力を強化してゴリ押しする作戦まで使えないだと。

 

「殺意の波動は就活中のストレスが原因で生まれたもの。ストレスから解放され、ベガの懐刀として日々辣腕を振るうお前が、殺意の波動を生み出せるはずがないのだ!」

「そうだったんだ……!」

 

 まさか殺意の波動さえ使えないなんて。そう思った途端、波動が噓のように消えてしまった。

 

 いつ波動に目覚めたのかは覚えてないけど、たしかに就活中の嫌なことが原因で使えるようになったはず。だとすると、就活を終えて社会人になった私が使えるのはおかしいんだ。

 

 まずい、就活神拳も殺意の波動も封じられた。

 

 波動の使えない私なんて体育成績万年2の一般人だ。ここは一旦逃げて戦闘員の人たちに――

 

「逃がすと思うか?」

「うぐっ」

 

 セスの蹴りが横からくる。避けるのも間に合わず、被弾した右腕と右のアバラが嫌な音をたて、体はピンボールのごとく横へ飛ぶ。

 

 壁に叩きつけられた私は呼吸もままならない。蹴られた部分の痛みのせいで、意識がもうろうとしてくる。

 

「ふん!」

 

 だけど執拗に腹部を襲う鈍痛のせいで気絶できない。セスが何度も蹴りつけている。加減して嬲っているのだろう、痛いだけで体が吹っ飛ぶことはない。壁に衝突したとき頭を切ったのか、どろりとした液体が視界を赤く染めていく。

 

 もう何度蹴られたか分からない。

 

 体の感覚が鈍って夢見心地になってきた。走馬灯のように今までの人生が――そのとき、頭をつかまれる。

 

 宙吊りにされ、セスの血色の悪い顔がよく見えた。

 

「フン、好奇心であの女の言葉に従ってみたが、まさかここまで舌戦に弱いとはな。殺意の波動まで封じられるとは」

 

 何かをしゃべっている。

 

「貴様はシャドルーの求める人材ではない。この場で解雇してやろう」

 

 そうだ、シャドルーでは力が絶対。力を封じられた私なんてシャドルーは求めていないだろう。だから私はセスの拳を黙して受け入れ、慎ましく辞職するしかない。

 

 そのはず、だった。

 

「何!? バカな、なぜ波動を使える!?」

 

 セスの拳を受け止める。力任せに握り込むと、拳の半分が抉れた。

 

 もう一本の腕に下から掌底。ひじ関節が砕かれ、私の頭をつかんでいた手から力が抜け、落下する。

 

「ぐああ!?」

「……思い出しました」

 

 思い出してしまった。走馬灯の中で見た面接官と、セスの目が重なったから。必死で考えたアピールを冷めた目で見つめ、はいそうですかと軽く聞き流す面接官の目。ゴミを見るような目だった。

 

 それだけじゃない。

 

『あのう、高卒で高望みはしないほうが……』

『すみません、次のクライアントを待たせているので』

 

 初めから何も期待していないと言いたげな就職エージェントの目。どこのエージェントも同じ対応だった。高卒だから現実見ろ、と。

 

『だから堕ろせって言ったんだ俺はよぉ!』

 

 酒乱賭博中毒の男の声。あの目も同じ。

 

 だけどベガ様だけは違った。

 

 あの人は、私を必要としてくれた、認めてくれたあの人の目だけは――!

 

「白目だったじゃん!」

 

 どこ見てんのかすらよく分かんない白目だった。

 

 それはともかく、私に就活神拳は使えるし、殺意の波動だって使える。いつもの感覚で波動を身にまとい、神拳の構えをとる。

 

「なぜ、なぜだ!?」

「だから、思い出したんですよ。私の原点、殺意の波動の源流を」

「源流だと――」

「そう、波動に目覚めたあの日の記憶。忘れたかったあの日のことです。知りたいなら――拳で教えてあげましょう!」

「くっ、なめるなガキがぁー!」

 

 正面から突進するセス。ただの突進ではなく、目線や手足の動きで幾重にもフェイントを織り交ぜ、攻撃を読ませない。さすがにベガ様のスペアだけあって器用だ。

 

 格闘家じゃない私には攻撃を読むなんてできない。

 

 だからフェイント含め全部かわす。

 

「入ってよろしいですかァ! 入室閃空!」

 

 前傾姿勢から特殊なステップを踏み、滑るようにセスの背後へ。忘れもしない人生初の面接当日、慣れないヒールと緊張で私は入室から盛大につまずき、このステップが出た。

 

「消えた!?」

 

 セスの死角に入室させていただいた後、拳を握りしめて力を溜め、

 

「エンデヴァーズフライハイ!」

 

 セスがこちらに気づいて振り向いた瞬間、上方へ振り抜く。渾身のアッパーがボディに突き刺さり、セスの体が飛び上がる。

 

 そう、つまずきから体勢を立て直した私の頭からは、面接対策が飛んでいた。天井近くまで飛び上がったセスの体よりも、高く高く――努力の成果をやっと思い出したのは、帰りの駅構内で茫然自失としていたときだった。

 

 そして私はこうつぶやいたんだ。

 

『面接落ちた。世界死ね』

 

 これこそが、(たぶん)私の波動の原点。世界を恨む黒い感情は、幾度もの不採用を経て波動へと昇華されたのだ。

 

 私を採用しない会社など、不採用のある世界など滅んでしまえ。その一念を波動にこめ、原初の殺意を掌中に圧縮する。

 

「滅! 鏖職豪波動!」

 

 全世界の不採用を憎む怨念が、中空できりもみ回転するセスの体に命中。首から下を消し飛ばし、天井に大穴をあけて夜空に消えていった。願わくばこの怨念が世界の就活生に届いていることを。

 

 首だけになって落ちてきたセスを片手でつかむ。脳が潰されない限りは死なないように作ったから、まだ生きている。

 

「百に及ぶ不採用の痛みが一度の採用で相殺されようなどと、笑止! この世に就活がある限り、我が波動は尽きぬ!」

「バカな……ただの八つ当たりではないか……」

「ややや八つ当たりちゃうわ! 正当な復讐だい!」

 

 ちょっとどもちゃったけど、八つ当たりちがう。私は不採用という絶対悪を恨み、憎む。就活神拳はこの悪を打ち砕くためにあるのであって、就活中にしか使えないわけじゃない。

 

 そうだ、ベガ様の世界征服が終わったら、今度は私が世界を変えよう。世界から会社をなくして、人類みんなシャドルーに永久就職することにすれば、就活を滅することができる。そうしよう。

 

「ふ……頭の出来はともかく、くさっても総帥代理。伊達ではなかったか。俺の負けだ、やれ」

「やりませんよ。まだやってもらうことあるし」

「なっ!? これ以上、何をしろと言うのだ!」

「先輩!」

 

 と、聞こえないはずの声が聞こえた。

 

 オペラ会場の入り口を見ると、リュウさん、ケンさん、春麗さんの姿。ここまではいい。いやよくないけど、また最強のボランティア集団かよって感じだけど。ああもう、血が両目に入って見えにくい。

 

 でも何より目を引いたのは、春麗さんのとなりにいる女子高生――

 

「さくら? なんでこんなとこに?」

「それはこっちのセリフです! 電話もメールも通じなくて心配したんですから!」

 

 後輩のさくらがどうしてここにいるのか。

 

 さくらは私が唯一連絡先を残してる後輩だ。戦いに興味のない私が波動のことを知ったのも、ストリートファイトが好きなさくらの影響が大きい。

 

「ごめん、最近忙しくって」

「忙しいってもしかして――」

「残念だけどそこまでよ」

 

 春麗さんが割って入ってきた。

 

「山内アヤ。シャドルー犯罪の重要参考人として、および殺人の現行犯で連行させてもらうわ」

「ええ!? 殺人は違うでしょ、ねえセス?」

「……」

「死んだふりすんなや!」

「わ、分かった分かった」

 

 生首をぶんぶん上下に振るとセスがたまらず声を出す。まだ生きていることに春麗さんたちは驚くけど、「なんにせよ、総帥代理である貴女を逃がすわけにはいかない」だって。

 

 私だって捕まるわけにはいかない。まだやることがあるんだから。

 

「とーう!」

「あ、待ちなさい!」

「待てと言われて待つやつがいますか! じゃあねさくら、また連絡するから!」

 

 天井に開けた穴にひとっ飛び。さくらに向けて手を振って、上空に待機していた社用ヘリに飛び乗った。

 

 お疲れ様です、と言いながら傷を手当してくれる社員さんたち。大人しく治療を受けていると、セスがうめいた。

 

「おい、俺をどうする気だ。何をさせるつもりだ」

「分かりきったことを」

 

 とぼけちゃって、まさか本当に分からないわけじゃないだろうに。

 

 何の罪もない格闘家さんを拉致して、身勝手な目的で傷つけた。バレなきゃいいけどバレてしまった。この場合、やることはたった一つ。

 

「謝罪会見だっ!」

 

 

 

---

 

 

 

『えーこの度は、シャドルー傘下のSINが引き起こした事件により、被害者および関係者の方々に多大なるご迷惑をおかけしましたことにつきまして、心よりお詫び申し上げます。大変申し訳ございませんでした』

 

 セスを叱った日の翌日、影浦生類創研の会見場にて。セスと二人揃って頭を下げると、私たちの頭頂部に向かって雨あられのフラッシュがたかれた。人の頭頂部撮ってそんなに楽しいのかな、セスとかハゲだよ?

 

 やらかしたことがバレたなら謝るしかない。幸い、現地エージェントの尽力と、私の波動データが豊富にあったこともあって、BLECEの実験に使われた格闘家から死者は出ていない。謝罪と賠償をきちんとすればまだ挽回は可能だ。セス、自我のないスペアボディに首をくっつけてまで動けるようにしたんだから、ちゃんとやってよね。

 

 頭を上げて座ると、さっそく次々に質問が飛んでくる。

 

「人体実験とは、具体的にどのようなことを?」

「えー、体に電流を流したり、あ、危ないお薬をお注射したり……」

 

 一つ答えるたびに記者たちからは「えーっ」「ひどい、残酷」などのヤジが飛んでくる。知らないよ、セスがやったんじゃん! 

 

 当のセスは拗ねたみたいに黙りこくってて役に立たない。下手にややこしくされるより私ががんばったほうがいいか。

 

 続いてBLECEとはどんな兵器か、普段SINはどんな事業をしているのか、シャドルーとの関係性は、などなどの質問に当たり障りなく答えていく。そのたびに辛辣なヤジや見下すような視線、社会のゴミを見るような目がチラついて――あっ、これ面接だ。

 

 まずい、一度そう考え出すと記者たち全員が面接官に見えてきた。世界への殺意が波動となって漏れ出ようとしている。

 

 ここでキレたら終わりだ。世論を支配してベガ様の世界を作る計画が台無しになっちゃう。抑えろ、抑えろ――。

 

「えー、時間になりましたので、これにて会見を終了いたします」

 

 なんとかなった。まさに瀬戸際、後少しでも刺激されたら波動の奔流が会場をふっとばすところだったけど、耐えた。私はやったんだ!

 

 後はしおらしく猫背で会見場を去るだけ――

 

「この程度で筋を通したと言えるのか!」

「そうだ! 被害者は納得していないぞ!」

「えっ、えっ、あのあの」

 

 で、でも時間ですよ。時間が過ぎたら終わりって言ったじゃないですか。

 

「大体、SINのことばかり言っているが、シャドルーはどうなんだ!?」

「シャドルーといえば黒い噂しか聞かない。SINに罪をかぶせて逃げるつもりなんだろ!」

「あわ、あわわ」

「総帥代理、最近リリースした風水ピアスの健康被害についてもご意見を――」

「スマホやタブレットを通してデータを集めているとの噂について――」

「麻薬組織とのつながり――」

「どうなんですか、総帥代理!?」

 

 こらえろ、こらえろ。キレたらベガ様の世界が遠のく。ベガ様のため、ベガ様のため――

 

 あ、もう無理。

 

 

 

---

 

 

 

『誰がねえ! どこに応募したって! おんなじやおんなじや思ってぇ! ぐすっ、就職難問題はっ、私のみならず、人類全体の問題やないですか! ひぐっ、私はアアアァア! この世界を、変えたい! その一心で、やっと就職できたんですぅ!』

「見ないでぇ!」

「あーっ! 我が社の最先端モニターがっ!」

 

 会見後の生類創研、休憩室。

 

 設置された大型モニターの中で無様な泣き顔をさらす私に、殺意パンチをお見舞いした。モニターは中央から粉々になって砕け散る。

 

 悪いけど、75インチの大画面に8Kの高精細で自分の泣き顔が映し出される辱めに耐えられなかった。後で弁償します。

 

 殺意の波動とベガ様への誓いで板挟みになった私が選んだのは号泣だった。あれだけ攻撃的だった記者たちはドン引きして私の主張を聞き、気まずい空気の中お開き。

 

 号泣会見が世界中に放映された私のメンタルはもうボロボロだ。モニターを壊したってその記録は一生残るんだから。シャドルーの影響力をもってしてもすべてのデジタル情報を統制できないことは分かった。私は記者会見の場で泣き出した情けない総帥代理として永久に記録されるんだろう。

 

「いっそ殺して……」

「はいよ」

「うわっ!? 本当に殺そうとするやつがあるかアホ!」

「死にたいんだろ? 手伝ってやんよ」

「言葉のアヤに決まってるでしょーが!」

 

 ジュリさんが殺意のある蹴りを放ってきた。しかもケガしてる右半身から攻めてくる容赦のなさ。この人がいると落ち込んでる暇もない。

 

 そうだ、ジュリさんには言わなきゃいけないことがあった。

 

「ていうか、私が口げんかに弱いのセスに言ったのジュリさんでしょ!」

「ああ。その様子だと丸め込まれて痛い目見たか? ほんと、アホガキ」

「このチョココロネ頭がぁー!」

 

 殺意の波動が吹き出す。しかし構えをとったころには、ジュリさんは高笑いを残して休憩室から去っていく。煽りと引き際を知り尽くした動きだ。

 

 入れ替わりで社員さんが駆け込んできた。肩で息をして興奮しているようだ。はいはい、どうせ私の号泣会見が世界中からバッシングを受けてるんでしょ。知ってる――

 

「総帥代理!」

「……はい」

「例の号泣会見が世界中で評価されています! こちらをご覧ください!」

「えっ」

 

 社員さんがスマホ画面を見せてくれる。『シャドルー総帥代理、フルスロットルで謝罪』『みなさま、これがシャドルーの総帥代理です』『シャドルー大改革』などの見出しが目に入る。

 

 それぞれの記事を速読すると、いまだ悪どい組織としての印象が強いシャドルーのトップが、会見の場に出てくるどころか謝るとは誰も思ってなかったらしい。さらに私のちょっぴり幼い見た目が手伝って世界中から「小さな子が一生懸命がんばってる」という方向で評価されているとか。

 

 主要メディアだけでなく、SNS上でも掌を返したようなシャドルー擁護論が展開されている。被害にあった格闘家たちも軒並み訴訟を取り下げたらしい。

 

『なかなか面白い見世物であった!』

「わっ、ベガ様!? どっから湧いて出たんですか!?」

 

 現実を受け入れきれないでいると、突如ベガ様が登場する。休憩室でたむろしていた社員たちが一斉に敬礼した。

 

『貴様の計画は聞いている。衆愚を手懐けることで我が支配を盤石にするとな。自らを道化として弱者どもを懐柔するその働き、見事だった』

「……」

『どうした、胸を張れい。まさかこの結果が偶然の産物とは言うまい』

「……け」

 

 緊張で喉が乾く。

 

 でもこれだけは真実を伝えたい。

 

「計画通りでございますっ! ええ、セスの勝手から私の号泣にいたるまで、すべて計画通りでございますとも!」

『フハハハ! それでいい。シャドルーのナンバー2たるもの、力だけでなく謀略にも長けておらねばならん。よくやった!』

 

 そう、すべて私の計画通りだった。想定外なんて一つもない、セスもネット民もみんな私の掌の上で踊っていたに過ぎない。

 

 だから社員さん。

 

 敬礼しつつ私に生温かい視線むけんのやめて! マジで計画通りだから! 本当だから!

 

『これからも我が野望のため、全霊で働くがいい!』

「はいっ! ケツアゴサイコ総帥に一生ついていきますっ!」

『サイコクラッシャー!』

「ぎゃー!?」

 

 禁句で怒ったベガ様にサイコされて痛かったけど、これさえ私の計画通り。決して口が滑ったわけではない。

 

 私は謀略に長けた、シャドルーのナンバー2なのだから。

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