ケツアゴサイコ総帥に一生ついていきます【完結】   作:難民180301

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別視点2

 日本某所、市街地。

 

 路肩に停められた車の中で、目つきの鋭い女性がスマホ片手に通話している。彼女は二三了承の返事をしてから通話を切り、液晶を軽くタップすると、ため息をついた。

 

「忙しくなるわね」

 

 彼女の名はマヤ。フリーのジャーナリストであり、スクープを求めシャドルーとシャドルー傘下企業の闇を嗅ぎ回っている。

 

 しかしそれは仮の姿。本来は米国CIAに所属するエージェントだ。コードネームはクリムゾン・ヴァイパー。長年米国を裏から支配してきたシャドルーに打撃を与えるため、重要人物が潜伏中とされる日本で任務に励んでいる。

 

 重要人物の名は山内アヤ。ヴァイパーは暗記した調査の結果を素早く思い起こす。

 

(199x年x月x日生まれ。幼くして奇病で母を亡くし、父子家庭で育つ。高校卒業後の就職活動中に消息不明、か)

 

 父親には酒乱癖があり、DVの疑いがある。実際、先程聞き取り調査のため父親を訪れたヴァイパーは「あんなゴミのこと知るか!」と門前払いを食らった。

 

 悪辣な家庭環境が生んだ心の闇に、ベガがつけこんだのだろう。そして悪の道へ堕ちた。一人娘を持つヴァイパーは山内に対し、複雑な思いを抱く。

 

 すると、こんこんと窓を叩く音。見てみると、はちまきを巻いた女子高生が車内をのぞきこんでいる。

 

「こんにちは、春日野さくらです。あなたがマヤさん?」

「ええ、そうよ。どうぞ中へ」

「失礼しまーす」

 

 春日野さくら。山内アヤが父親以外で唯一交流を持っていた人物だ。捜査の一環としてコンタクトをとり、ここで待ち合わせをしていた。

 

 車内に入ったさくらはそわそわと落ち着かない様子だ。

 

「あの、先輩の居所を知ってるって本当なんですか?」

「もちろん。記者は噓をつかないのよ」

「だといいんですけど……」

 

 じとっとした目をするさくら。相当記者に煮え湯を飲まされたのだろう。

 

 シャドルーは三ヶ月ほど前から社会の表舞台で目覚ましい活躍を見せている。電子機器の開発販売や医療、健康グッズ、アパレルなど幅広い業界に進出し、支持を得ている。その活躍を主導しているのが山内アヤだ。総帥代理兼広報部長として活動する彼女のことを知らない者はおらず、その関係者としてさくらも取材を受けたのだろう。さくらの様子からして記者の質は悪かったようだ。

 

「△△港の客船」

「え?」

「今からおよそ十五分後、山内アヤはその客船に姿を現すでしょうね」

 

 ただ、ヴァイパーにはもう調査をする必要がない。先程の電話で山内の調査から確保へと任務が切り替わったのだから。結果としてさくらと顔を合わせたが、アポをすっぽかして確保に向かってもよかった。そうしないのはヴァイパーなりの筋だった。

 

「ほ、本当ですか!?」

「ええ、間違いないわ。だから知ってる限りのこと教えてくれる?」

「そっか、はい! アヤ先輩はちょっと抜けてるところがあるけど、すっごく良い人なんです! 中学でも高校でもテスト勉強とかたくさん教えてくれましたし、ストリートファイトの話にも付き合ってくれました。ちょっとそそっかしいところもあるけど、その、とにかく良い人なんです!」

「良い人、ね」

「はい。だから――シャドルーにいるのはきっと……何かの間違いなんです」

 

 まくしたてるような口調から一転、しゅんと肩を落とした。どうやらさくらはシャドルーのイメージアップ戦略に騙されていないようだ。

 

 シャドルーが表舞台での活躍を強める反面、その裏では従来通りのむごたらしい犯罪行為が続いている。しかしシャドルーとのつながりを示す明白な証拠がなく、世間でシャドルー支持の機運が高まりつつある現状に、CIAをはじめとする反シャドルー派は忸怩たる思いだった。

 

 そんな中ようやく尻尾をつかんだのがSINだ。シャドルーのフロント企業と推測されていた新興軍事企業だが、ある時期から情報管理がずさんになり、ついにCIAエージェントがシャドルーとの関係を証明した。

 

 SINの悪事を公表すれば、制裁のためシャドルーから戦闘員が派遣されるだろう。

 

 しかしSINの代表は格闘家としてかなりの実力を持つセス。仮に制裁がくだされるとすれば、ベガがいない今最強の実力者である山内アヤが姿を現す公算が高い。

 

 先程の通話は、事実関係を公表するようにという指令だった。指令どおりヴァイパーは通話後すぐに情報をバラまいている。今頃はCIAの情報工作班と一般ネット民が入り混じり、炎上工作の最中だろう。

 

「どんな事情があろうと、彼女は悪に堕ちた。償いは必要よ」

「そんな……!」

「ま、フリージャーナリストの言うことじゃないわね。お話ありがとう。お礼に港まで――」

 

 港まで送ろう、と口に出す直前。

 

 肌を刺す殺気に気がつく。

 

 素早く窓の外とバックミラーに視線を走らせると、五人の人影が車を取り囲んでいる。

 

 さくらも異常に気がついたのか、座ったまま拳を構える。

 

「マヤさん、こいつら……!?」

「想像以上に動きが早いわね。突っ切るわよ、しっかり掴まって!」

「うわあ!?」

 

 アクセルベタ踏みで急加速。エンジンがうなりをあげ、正面にいた人員をはねとばす、かと思いきや。

 

 その人物はジャンプしてバンパーに着地。フロントガラスを突き破って腕をつっこみ、ヴァイパーの首を絞める。

 

「ぐっ!?」

「マヤさん! このっ!」

 

 さくらは後部座席で器用に体をひねり、男の顔面へドロップキックを放つ。波動をこめたその一撃で男は振り落とされるものの、天井がぼこりと大きくへこむ。どうやらもう一人が天井に飛び乗ってきたようだ。

 

「ああもう、車壊すけどごめんなさい! 波動拳!」

 

 瞬時に波動を練り上げ、凹んだ天井に発射。青い波動弾が飛び乗った男を天井ごと弾き飛ばした。

 

 後ろからは銃声が聞こえるものの、ヴァイパーの車はエージェント御用達の特別製。防弾ガラスとタイヤはびくともしない。

 

 男たちの殺気が感じられないほど遠ざかったとき、ようやくヴァイパーが息をつく。

 

「ふう。ずいぶん風通しがよくなったわね」

「あはは、ワイルドなオープンカーみたいな……すみません」

「冗談よ。助かったわ、ありがとうね」

 

 爽やかに礼を言うヴァイパーだが、その頬には一筋の冷や汗が伝っている。

 

 情報発信からヴァイパーを特定、数分で人員を派遣する初動の早さ。末端に過ぎないはずの戦闘員が、防弾ガラスをたやすく破ってみせた練度。ヴァイパー一人で振り切るのは至難の業だっただろう。比較的長期間シャドルーを追っている彼女にとって、シャドルーが組織として強くなっているのは明白だった。

 

 この成長が山内アヤの手腕によるものだとすると、あまりにも惜しい。

 

(就活がうまくいってなかった、って話だけど当然ね。こんな人材、一般的な企業が扱える訳ないわ)

 

 彼女がダメ元でもいいからCIAの門を叩いていれば、と思わずにはいられない。

 

 せめて世界にとって今以上の脅威とならないうちに、少しでも早く確保すべき。気を引き締め直したヴァイパーは、今一度強くアクセルを踏むのだった。

 

 

 

---

 

 

 

 港湾倉庫群の隙間をふらふらとリュウは歩く。目はうつろで足取りは弱く、まるで光に向かう蛾のようだ。

 

 事実、リュウは圧倒的な力という光に引き寄せられていた。

 

「豪鬼……ヤマウチ……」

 

 うわごとのようにつぶやいたのは、リュウが求める力を持つ二人の名前だ。

 

 一人は豪鬼。師匠である剛拳を殺した仇だが、圧倒的な力の奔流がリュウの心をつかんで離さない。

 

 そしてもう一人はヤマウチ。豪鬼が力への渇望で殺意の波動への扉を開いたのに対し、悲しみと憎しみで波動を身に着けた哀れな少女だ。

 

 リュウはヤマウチに会って以来、格闘家としての求道の旅に行き詰まりを感じるようになった。格闘家としての力をつければつけるほど豪鬼のような鬼に近づく。悩みと苦しみが深くなればなるほど、ヤマウチの殺意の波動に近くなってしまう。そして才気溢れるリュウには、渇望と悲哀の鬼の両方になれるだけの素質があった。

 

 黒い波動に呑まれかけたリュウは修行を中断し、山を下りる。そしてヤマウチが生きていると分かるなり、ヤマウチの姿を探した。

 

 あれほどの殺意と力の中でなぜ平然としていられるのか。心を壊さずにいられるのか。その答えを求め、リュウは本能的に強い気のある方向へ歩を進めている。

 

 おぼつかない足取りで倉庫群を抜けると、港に出る。埠頭には一隻の客船が停泊していた。上空にはヘリが飛んでいる。

 

 気の源はあの中だ。一つ知らない大きな気があるようだが、もう一つは間違えようのないヤマウチの波動。船に向かい足を踏み出すと――

 

「リュウ!?」

「リュウさん!?」

 

 三者三様の声に呼び止められる。

 

 振り返ってみれば、先の格闘大会で知り合った春麗、同門のケン、女子高生ファイターのさくらが目を見開いている。

 

「どうしたんだお前、そんなフラフラの体で」

「ヤマウチに、会いに来た……」

「先輩に?」

「ああ。力とは何なのか……彼女に会えば、分かるかもしれん……」

「ダメよ。ヤマウチは危険なの。普段のあなたならともかく、今のあなたを行かせるわけにはいかないわ」

 

 春麗がきっぱりと言った。正義感の強い彼女らしい。だがそうしなければ格闘家としての自分はここで潰えてしまう。

 

 どうにか言葉を紡ごうとしたその時。

 

 全身を襲う悪寒。リュウだけでなく、ケンもさくらも春麗も、弾かれたように構えをとる。

 

 視線の先にあったのは例の客船だ。おぞましい感覚に格闘家たちが構えをとけずにいると、船の上層部が爆発した。飛散する瓦礫の中を見覚えのある赤黒い波動弾が飛んでいき、天を衝くとともに雲を割る。

 

 あまりにも圧倒的な力がこめられた波動弾。格闘家として戦慄すべき技を見たにもかかわらず、四人の格闘家の胸中に共通して湧いたのは、悲しみだった。

 

「……急ぎましょう」

 

 容疑者であるヤマウチに同情してしまうと感じたのか、春麗が足早に船内へ駆けていく。リュウたちも続いた。

 

 銃を携えた警備員らしき人員は、例外なく膝をつき呆然としていた。まるで恐ろしいものでも見たようにがたがたと震えている。

 

 やがて何かの会場らしき大部屋にたどり着くと、一同絶句。

 

「先輩……」

 

 世界への憎悪と怨嗟を身にまとう少女が、血の涙を流している。生首を相手に何事かを語りかけるその様子はおぞましく、悲惨だった。

 

「先輩っ!」

「さくら? なんでこんなところに?」

 

 たまらずさくらが声をあげた。

 

 中学、高校の先輩だったというヤマウチがここまで変貌している。さくらの心中を思うとリュウは胸が痛んだ。

 

 ヤマウチの波動の質と彼女自身のあっけらかんとした言動は、痛ましいほど合っていない。殺意の波動に平然としているのではなく、波動に目覚める過程ですでに心が壊れているのだろう。類まれな波動の才で、壊れた心を人形のように動かしているに過ぎない。

 

 波動から推測したあまりにも哀しいヤマウチの境遇にリュウが閉口していると、事態は動く。ヤマウチは生きていた生首を連れ、天井から脱出。後には悔しげに顔を歪ませる春麗と沈み込むさくら。リュウを気遣うケンが残される。

 

「リュウ。あれで参考になったか?」

「ケン、そうだな。ただ力を求めるだけでは駄目だ。それでは鬼に堕ちるか、彼女のように壊れるかしかない」

「じゃあ――」

「ああ。俺は力の先を目指す。その果てにあるものを掴んだ時、俺の拳は、彼女の心に届くだろう」

「ぐすっ、お願いします、リュウさん。先輩を助けてあげてください」

「君らしくないな。私も頑張ります、と言うのかと思ったぞ」

「それはもちろんです! でもリュウさんも先輩も、私には遠い人だから……」

「焦らなくていい。彼女を思う心があれば、きっと届く。力は関係ないさ」

「リュウさん……」

 

 こうしてリュウは進むべき道を見つけることとなる。本来ならもっと時間をかけて探すべきものだが、渇望の鬼と悲哀の落とし子の両者と遭遇したことで力に呑まれる愚を悟ったのだ。

 

 リュウは格闘家としてさらなる高みを目指すだろう。豪鬼を打倒し、ヤマウチの心に拳を響かせるその日まで。

 

 

 

---

 

 

 

 同時刻。

 

「くそっ!」

 

 時間をかけて探し出した、シャドルーの息がかかっていないビジネスホテル。その一室でヴァイパーは悪態をついた。

 

 テレビでは話題の女性経営者について報道が繰り返されている。

 

『誰がねえ! どこに応募したって! おんなじやおんなじや思ってぇ! ぐすっ、就職難問題はっ、私のみならず、人類全体の問題やないですか! ひぐっ、私はアアアァア! この世界を、変えたい! その一心で、やっと就職できたんですぅ!』

「やってくれるわね、山内アヤ」

 

 今回の一件で山内を確保することはできなかった。さくらを港に送り届けた時点でヴァイパーは撤退したのだ。

 

 ヴァイパーは戦闘補助スーツを駆使した特殊な格闘技を得手とするため、格闘家ではない。ゆえに波動や気を感知して相手の実力を推測することはできないのだが、山内の波動だけは違った。

 

 世界への怨念を徹底的に煮詰めたどす黒い情念。船からにじみ出る殺意の波動は「直接戦闘は最悪手」とヴァイパーが即決するのに十分だった。シャドルーに因縁のある格闘家たちが別ルートで駆けつけたようだが、彼らと共闘しても勝ち目はなかっただろう。

 

 しかし確保はできずとも、シャドルーの悪事を公にしたことでイメージアップには歯止めがかかる。表の社会を緩やかに侵食するシャドルーの思惑を打ち砕けるはずだった。

 

 だがその目的すらも山内アヤに阻まれる。

 

「世論は同情と笑い一色。事件前よりもシャドルー肯定派が増えるなんて……」

 

 民衆はすっかりシャドルー側についてしまった。あの大企業シャドルーの現トップが泣いて謝る意外性にほだされ、支持率はうなぎのぼりだ。CIAの情報工作で燃え広がった炎上がそのまま肯定的な意味での炎上に変わってしまった。シャドルーの一人勝ちと言っていいだろう。

 

 直接的な戦闘能力だけでなく搦手にも長けている。分かりやすい悪事を働いていたベガの方がまだ対処はしやすいだろう。何しろ今のシャドルーと戦えばシャドルーが正義、もう一方が悪と認識される。真実がどうであれ、世間にはそう見られてしまうだろう。

 

「一度戦略を練り直したほうがいいわね……」

 

 ただ、CIAは米国で唯一シャドルーの影響力が薄い情報機関。水面下での戦いを得意とする分、まだ抗いようはある。

 

 クリムゾン・ヴァイパーは頭をひねる。シャドルー壊滅という無茶苦茶な指令を、少しでも進展させるために。

 

 

 

---

 

 

 

 さて、リュウが新たな求道の旅に発ち、ヴァイパーが唸っているころ。

 

「あのマヤって記者CIAかい! へい社員さん!」

「はい、CIA長官の自宅に潜入し、すべての靴に画鋲を入れておきました! 画鋲補充班も配置しております!」

「陰湿ぅ! 報復おっけい!」

 

 頭おかしい認定されたアホの子が、世論を意識した地味な報復をしていたとかどうとか。

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