ケツアゴサイコ総帥に一生ついていきます【完結】 作:難民180301
セスのやらかし案件から二ヶ月。
イメージアップ戦略は功を奏し、シャドルーは世界一の大企業として民衆に認識されるようになった。フロント企業の一画を改装して業務にあたっていた私たち生き残り組は、都心の一等地に堂々と建設した新本社ビルに移り、ますます仕事に精を出している。
そんな本社ビルの上から二番目に、私のデスクはあった。
デスクの前には本社組の中でもとびきり優秀な人員が横並びになっている。意図せず私の体から漏れ出ている殺意の波動のせいか、全員顔が青い。
「私は非常に気分が悪い」
だけど彼ら以上に私の気分は最悪だ。理由はいくつかある。久しぶりにお母さんの夢を見て寝覚めが悪かったことや、お腹を出して寝てたせいか風邪気味で体が重いこともあるだろう。その中でも一番の理由が、彼らだ。
「まさか本社壊滅の危機を乗り越えたあなたたちの中から、反逆者が出るとはね」
一番右に立つ男がびくりと肩を震わせる。どうやらエージェントの密告は本当だったらしい。
私も鬼じゃない。シャドルー式お説教の前に弁明の余地を与えよう。
「今なら怒りません。正直に名乗り出る気はありませんか」
「……」
「このままでは連帯責任ですよ。一体誰なんですか――私の謝罪会見をリズミカルな面白動画に仕立てやがった外道は!」
「私です!」
「お前かっ! 歯ぁ食いしばりなさい!」
「ちょっ、怒らないって言ったじゃないスか!」
「怒ってません、上司として部下に業務上の指導をするだけです。ただしシャドルー式でね!」
「横暴だー!」
横暴なのはこの人たちの方だよ。動画をアップするだけならともかく、勝手にシャドルー公式アカウントを作って投稿するのは限度を超えてる。公式が素材として認めたと勘違いした一般の人たちも便乗して、似たような動画が増殖しているせいで、私の扱いは副総帥から素材になっちゃった。
これはよろしくない。ただでさえ最近は周囲から生温かい視線向けられることが多くて副総帥の威厳が損なわれてるっていうのに。情報課の人たちは「炎上に火消しは逆効果なんでしょ?」とか言って動画サイトの工作してくれないし。これを反逆と呼ばずなんと呼ぼう。
というわけで制裁だ。
「大丈夫、ビンタ一発だけです。行きますよ」
「はあ、分かりました。どうぞ」
「……」
「どうぞ?」
「か、かがんでください」
くっ、さすがシャドルーのエリートだけあっていいガタイしてる。私の身長じゃ届かない。
微笑ましいものを見るような目を向けられたせいか、少し力が入りすぎた。反逆者はくぐもった声と共にきりもみ回転して飛んでいき床を転がる。残った容疑者たちの表情が固まった。しめしめ、副総帥ポイントが上昇したのを感じるぞ。
「鈍ってはおらぬようだな、ヤマウチ」
「あ、ベガ様。お疲れ様です」
前触れもなくベガ様が現れた。真上の最上階が丸々総帥室になってるから、サイコワープで天井を抜けてお手軽に行き来できるんだ。
その体はサイコパワーおばけじゃなく、セスの体を元に作った最新鋭ボディ。丹田エンジンを私の波動データで大幅改修したサイコドライブ改三を搭載していて、サイコパワー出力は生前の5倍だとか。もうちょっと改良の余地はあったけど、「いつまで待たせる気だ」と言われたので渋々復活してもらった。近々復活のお祝いをする予定。
社員さんたちはベガ様に敬礼する。私がビンタした社員さんもヘロヘロになりながら立ち上がり、弱々しい敬礼を見せる。ちょ、ちょっとやりすぎたかな。後で医務室に送ってあげよ。
で、ベガ様は何しにきたんだろう。
「どうしました? 今は特に報告することはありませんが」
「なに、貴様の考えを確認しておこうと思ってな」
「考え?」
「さよう。各国の営みとCIAも含む主要機関はすでに我らの手中にある。愚民共の大半はシャドルーに依存し、我らの意のままに動く傀儡と化した。世界を表と裏から支配した今、お前は何をする?」
「お祝いです! 世界征服とベガ様復活の!」
「たわけがぁ!」
「ごめんなさい!」
怒られた。何か間違えたみたい。
でも世界中の国家を裏から支配して、表では不特定多数に支持されるようになった現状を、これ以上どうすればいいの? じっくり時間をかけてシャドルーを売り込んでくしかやることなくない?
「分からんのか。我らの支配が及ばず、殺すしかない連中が残っておろう」
「支配が及ばない……あっ、ストリートファイター?」
「そう、弱者の寄せ集めではない。真の強者たる個人だ」
そうだった、組織や集団の支配ばっかり考えてたから忘れてた。草の根だけどシャドルー撲滅を唱える人たちはいる。その中心人物である格闘家さんたちは現状手の出しようがない。単純に強すぎてシャドルーのエージェントや戦闘員じゃ相手にならないし、下手に刺激すれば本社壊滅の時みたく徒党を組んで攻め入る口実を与えてしまう。私たちシャドルーは報復を、格闘家さんたちは世間の目を恐れて動けない膠着状態にある。
「奴らを始末せぬ限り、このベガ様の支配は盤石とは言えぬ」
「分かりました! 至急、どうにかします!」
「どうにかとはなんだ?」
「えっ、あのその、えーっと……」
分からない。私はアドリブに弱いんだ。そもそも簡単に案が浮かぶなら今まで放置なんてしてなかったよ。社員さんたちに視線で助けを求めても、敬礼をするだけの機械になってて役に立たない。さりげなくウインクされたけど意味はない。
強大な個人の集まりである反シャドルー派に対する唯一のアクションは、ガイルさんの娘さんの学校に忍び込んで娘さんの全科目の成績を平均より少し下になるよう細工した程度だ。となると、今度は宿題を鬼のように増やして親子の時間を削るとか。うーん地味。
「分からぬようだな」
「はい……ベガ様、なんか喜んでません?」
「気のせいだ。では教えてやろう、お前がとるべき行動を」
「はい!」
真っ白な歯を見せて威厳のある笑みを浮かべるベガ様。よく考えたらベガ様に指示を出されるの初めてかも。
「私は幽体となり世界を巡った。在野にはお前やジュリのようなまだ見ぬ強者が溢れている。反シャドルー派のどの格闘家よりも優れた者さえ存在する」
「ふむふむ」
「そういった人材をシャドルーに取り込み、圧倒的戦力で邪魔者を捻り潰すのだ!」
「おお!」
「そして最後に残った強者との戦いを制し、このベガ様だけが生き残る。真なる最強として永遠に君臨し続けるのだ!」
「えっ」
途中までは理解できたけど最後ですごい飛躍があった。その言い方だと反シャドルー派を倒した後、ベガ様の味方の格闘家もろとも殺すみたいに聞こえる。ま、まさかそんなわけないよね。
「喜べヤマウチ。貴様は我が野望の最後に殺してやる」
「そんなわけあったよ!」
そういえばベガ様って初対面の私にさえ「最強の武道家だ」って自称するくらい最強にこだわる人だった。ベガ様以外の強い人がみんな死んだら自動的にベガ様が最強なので、理にはかなってると思う。もしかしたら世界征服も最強証明のための手段だったりして。
私はベガ様のためなら死んでもいいけど、人類総シャドルー社員計画がある。できればベガ様の野望が叶う前にやり遂げておかないと。
「はあ、分かりました。その時までは精一杯頑張らせていただきます」
「うむ。まずは反シャドルー派の件、任せたぞ」
ワープで消えるベガ様。
任されたからにはやるしかない。まずは人事課に連絡だ!
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新入社員募集のお知らせ
職種:総合職
業務内容:ストリートファイトなど
応募資格:特になし
備考:直接本社ビルへおこしください。手ぶらでオッケー。君の拳がエントリーシートだ! 実技試験の結果次第ではその場で即採用です!
先輩社員Yさん(入社から六ヶ月、副総帥):アットホームな職場です。実力次第では入社一日目から責任ある仕事を任されることも。社員さんはみんな個性的で毎日充実しています。
先輩社員Hさん(入社から四ヶ月、技術研究員):カスみてえな職場だけどあのチビ殺すまではいてやんよ。
先輩社員一同:最近副総帥をからかうのが流行りだしています。みなさんもやりましょう。
選考過程:実技試験、一次面接、二次面接を予定しております』
「もっとマシなコメントないんですか先輩社員Hさんっ!?」
「っせぇな、殺すぞ」
「取りつくシマもなし!」
シャドルーのホームページに掲載された募集要項を見て頭を抱える。その間もジュリさんは油断なく風水エンジン改ニを光らせ、本当に私を殺すスキを窺っているみたい。目が怖いけどもう慣れっこだ。
お昼休みの休憩室。普段ならご飯を食べる社員さんで賑わう時間帯だけど、社員さんの多くが新入社員選考の実技試験に駆り出されているため、がらんとしている。
ベガ様の言う在野の優れた格闘家を取り込む方法は、リクルートだ。今やシャドルーの名を知らない人はいない。募集をかけてみれば日本だけでなく世界中の無職格闘家さんたちが応募してきた。そこそこ強くて流派の道場を建てたけど経営が破綻した人とか、リュウさんみたいに武者修行の旅してるけど路銀が尽きた人とか、安定とお金が欲しい格闘家さんたちはたくさんいたようだ。
「しっかし頭のワリぃ要項だなおい。普通こういうのって書類選考である程度落とすもんじゃねーの?」
「あんな紙切れ一つで何が分かるもんですか! きちんとお話して初めて人材を見抜けるってもんです!」
「で、フラフラになってんのかよ。ざまあねえな」
ジュリさんの嘲笑が身にしみる。たしかに最近、日中は応募者の実技試験、夜は溜まった事務仕事と休む暇がなくてフラフラしてる。悪化した風邪もあって波動でどうにか持ちこたえてる状態だ。ちょっとでも休んできて、とさっき私をここまで送ってくれた社員さんには後でお礼言っとこう。
ジュリさんは笑うけど、これでも前のやり方より大分効率は上がった。なんたって従来は戦闘員が直接現地で強制実技試験を始め、結果次第で採用不採用を決めるやり方だった。キャミィさんが実技、ベガ様が面接を担当した私の時のように。
そんな面倒なこととてもやってられないから募集をかけたけど大変だ。人数が多くて目が回りそう。
今のところ採用はゼロ。実技試験で私どころか一般戦闘員にもボロ負けする人ばかりだ。印象に残ったのは二人いて、一人は最強流とかいう名前の割にすごく負けっぷりが清々しかった火引弾さん。あの威勢の良さなら起業してもやっていけそう。
もう一人は謎の占い師さん。試験官を全員のした腕前は相当なもので、逸材かと思いきや意味深なことをつぶやいた直後姿を消してしまった。鬼と神がなんとかかんとか、よく分からないけど冷やかしなら最初から受けないでほしかった。
この二人以外は普通のケンカ自慢レベルで、以来なかなかいい人は現れない。こんなことなら弾さんの実技を甘く――いや、そうすると入社直後殉職しちゃうか。実技の結果は絶対だ。
考えていると、社員さんがやってくる。
「副総帥!」
「良さそうな人いました?」
「いえ、神月財閥からお電話です」
「またぁ? この前着拒したじゃないですか」
「番号を変えて何度もかけているようで……どうしますか?」
「あんな悪質クレーマー無視です、無視!」
何よもう期待させて。
神月財閥はシャドルーに従わない反シャドルー派筆頭の財閥だ。一般人でも波動が使えるようになる風水エンジンアクセサリーについて発売から毎日漏れなくクレームを入れてくる。やれ人のあり方を歪めるだの安易に力を身につけるのは危険だの健康被害がどうのだの、知らないよ。そんなの売る側が考えることじゃないし、健康リスクだって取説に一応書いてるじゃん。
同じようなクレームを全米チャンプのケンさんの会社も入れてくるからもう、参る。
げんなりしてると、今度は人事課の人が休憩室にやってきた。
「今度はなんですか?」
「逸材です! ぜひ副総帥にもお手合わせしていただきたい!」
「マジですか、行きます行きます!」
「試験ついでに鎮圧していただけるとありがたい! 我々には手のつけようもないのです」
「そこまで!?」
やっぱり悪いことの後にはいいことがあるものだ。実技試験のために選抜した戦闘員たちでも手のつけられないレベルとなると、少なくともリュウさんと戦いが成立するくらいは強いだろう。
期待の即戦力目指して試験会場へ向かう。
会場は戦闘員たちが普段トレーニングに使っている、通称グリッドルーム。無機質な灰色の床壁天井にマス目をペイントした広い空間だ。
「こんにちはー、副総帥兼広報のヤマウチで――なんじゃこりゃ!?」
「う?」
あいさつしながら入室すると、中は死屍累々の有様だった。筋骨隆々の男女が血まみれで床を埋め、ところどころにシャドルー研究員が膝をついて苦しげにうめいてる。
部屋の中央には、床につきそうなほど長いドレッドヘアの男が佇んでいる。返り血にまみれた体には無数の古傷がきざまれ、漂う風格も相まって、件の逸材さんであることがすぐに分かった。
この惨状を一人で作り出したとすると、間違いなく実技は合格。でも張り切りすぎてるのか、目がうつろで獣みたいにヨダレを垂らしてこっちを見てる。
きっと初めての就活なんだろう。初めては誰でも緊張するからね。刺激しないよう優しくしてあげなきゃ。
「人事課さん、医務課に連絡。絶対死人を出さないように」
「御意。ヤツは妙な瘴気を使います。お気をつけて」
人事課さんはまだ動けそうな人員に素早く強心剤を打ち込み、瀕死の応募者たちを外へ運び出していく。私と即戦力さんが五分ほど見つめ合っていると、二人きりの空間になった。
なるほどたしかに、彼を中心に黒い毒ガスみたいなものが漂ってる。でも見た目の割にフレグランスのいい香りがするし、吸い込むとミント系のアイスを食べたみたいに気分がすっきりする。これが彼の気だとすると相性がいいんだろう。
「えー、改めて。私は山内アヤです。あなたのお名前は?」
「うう、うぅう゛」
「大丈夫ですよ。焦らなくていいですからね。ゆっくり、ゆっくりです」
懐かしい、私も初めての面接ではこうだった。暗記した想定問答集もマナーの知識も全部頭から飛んで、質問の一つ一つに変な唸り声を上げていた。
あのときの面接官は路傍の石を見るような目を向けてきたけど、私は違う。大丈夫だよ新人さん、私はあなたの味方だから。
「うう……く、くら」
「くら? 倉井さん? それとも倉元さんかな?」
「くら、喰らううう゛ぅう」
「倉宇さんっていうの? うわっ」
変な唸り声になったのが恥ずかしかったんだね。倉宇さんは髪の毛を逆立たせて正面から突っ込んできた。ドレッドヘアの束がほどけてフサフサの髪になってる。
スピードはすごいけど、普段ジュリさんの厭らしい不意打ち卑劣テコンドーに狙われてる身からすれば、獣みたいな突進なんてボーナスでしかない。
照れ隠しの鋭い爪を回避しつつ、カウンターでパンチを叩き込む。倉宇さんはスーパーボールみたいに飛んでって壁に激突。そのまま動かない。
「大丈夫、怖くない、怖くない」
目は開いてるから意識はあるんだろう。刺激しないようジリジリと距離を詰めていく。
お互い手の届く範囲にまで近づくと、そっと手を差し伸べる。実技試験は文句なしの合格、二次選考に予定されてた私との面接も合格でいい。後はベガ様の最終面接を残すのみだ。
ベガ様もこれだけガッツのある新人さんならきっと気に入るだろう。
頼もしい未来の後輩は、私の手に触れ――どろりと崩れ落ちた。
「えっ」
比喩ではなく真っ黒な泥に姿を変え、床にしみこんでいく。かと思うと、最初から何もなかったかのように消えてしまった。えっ、何これ。
肩に誰かの手が触れる。人事部長が諦めろ、とでも言うように首を振っていた。
「おそらくベガ様の幽体のようなものだったのでしょう」
「そんな……後輩は!? 私の初めての……」
「ジュリ様がいらっしゃるではありませんか」
「あんな殺意全開の後輩なんていらないよ! ああ、いい子そうだったのに……強さだって……」
あの獣のような佇まい、純真無垢な目つき。きっと教えたことを素直に吸収していくかわいい後輩になったはずなのに。ジュリさんみたいな性悪じゃなく、さくらみたいな後輩がやっとできると思ったのに。こんなのってないよ。
「副総帥、やはり書類選考をするべきです。今回のようなケースもありますし、応募者全員を相手していては効率が――」
「ダ・メ・で・す! あんなおぞましい紙切れに頼ってちゃ人間性腐りますよマジで!」
「しかし……」
「しかしもお菓子もない! 副総帥命令です。逆らえばあなたがベガ様のこと『アゴみたいなケツしやがって』って言ってたの告げ口しますよ!」
「な、なぜそれを!? わ、分かりました、御意のままに……」
危ない、人事課さんが人類の産み落とした絶対悪に堕ちるところだった。あんな紙切れに頼らなくてもシャドルーの優れた人材と能力があれば、毎日千を超す応募者を選考するくらいわけないのです。
倉宇ちゃんにだってまた会えるさ。本当にベガ様の同類だとしたらほとんど不死身だし、また泥になって会いに来てくれるはず。
その時まであなたの席は開けておくからね、後輩ちゃん。
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シャドルー本社の空気が最悪です。
「あのう、一緒にお昼食べませんかー、なんて……」
「すみません副総帥、仕事があるので」
「おかげさまでたっぷり仕事が溜まってるのですよ。昼食の時間もないくらいにね」
「あうう……」
生き残り組の人に声をかけると、皮肉気な笑みを見せて食堂を出て行っちゃった。みんな仕事で忙しくて食堂はがらんどう、私だけがぽつんと取り残される。後輩ちゃんドロドロ事件以来、本社組はみんなあんな態度だ。
なにさ、そんなに書類選考がしたいの。たしかにエントリーシートを使えば記念応募だの本社内に潜入したいどこぞのエージェントだの私目当てにやってくるロリコンだのを事前にシャットアウトすることができる。今社員さんが受け持ってる仕事の量はおよそ五分の一になるだろう。
だけどあまりにも代償が重い。やる気のない人たちに不採用を言い渡すだけでも辛いのに、紙切れ一枚でその人のやる気の有無を決めつけてふるいにかけるなんて残虐な行為、清く正しいシャドルーの副総帥として断じて許すわけにはいかない。
いいさ。嫌われるのには慣れてる。私に白い目を向けて気が済むならいくらでもどうぞ、でもそっちがその気なら私も絶対意見を曲げないぞ。書類選考はなし、直対しての実技試験を第一次選考にする。
「このっ、人を笑いものにして!」
スマホが再生しているのは私の泣き顔動画だ。最近特に投稿数と再生数が増えつつある。情報通信課の抗議活動だろう。
私だって負けてられない。コメントでひたすら「つまんない」を連発し、動画についてるタグを無茶苦茶に編集してやる。シャドルーのフリー素材? 私が許可してないのに誰がフリーなんて――あっ、このタグロックされてるし!
いいさいいさ、みんなで私を笑えばいい。今の選考は非効率だけど続けていればきっと優秀な人材が入ってくる。そうなればみんな手のひら返したみたいに言うだろう、「副総帥バンザイ!」と。
「副総帥!」
「バンザイ!」
「は?」
「ご、ごめんなさい。なんですか?」
口が滑った。
食堂に駆け込んできた人事課さんは眉をひそめると、気を取り直して「それが」という。
「有望な人材がやってきました。それも複数です」
「ほほう。素性は?」
「麻薬組織グーハウの毒手使いたちです」
「ほほッ!?」
有望すぎて奇声が出ちゃったよ。
麻薬組織グーハウといえば中国を拠点とする巨大シンジケート。危ないお薬を売りさばくだけじゃなく、貧困層の子どもたちをさらってきて毒手という暗殺術を仕込む非道集団としても有名だ。というのも、毒手を身につけるにはあらゆる毒を浴びるように摂取しなければならず、素質のない子どもは確実に死んでしまう。エージェントから報告を聞いた時は「毒の素質ってどゆこと?」と首をかしげたものだ。
ともあれ、一流の毒手使いに育った者の毒手は人体を塵の山に変えるほどの毒性を持つらしい。この人たちを味方につければリュウさんたち格闘家なんてイチコロよ。
「毒手の性質上、人員の損耗が見込まれるためご報告に参りました」
「ナイス判断です。応接室に招いてください、私が直接対応します」
食堂を出て身だしなみを整えつつ応接室へ。ついにみんなが私を見返すときが来た。ほらね、やっぱり今のやり方でも有能な人は来てくれるじゃない。
応接室のソファでソワソワしてると、やがて中華っぽい服装のおじさんたちがぞろぞろ入ってきた。その中でも体と顔が枝みたいに細長い人から、際立って強い波動を感じる。さすがに半年もジュリさんの相手してたら人の強い弱いくらいは分かるようになったんだ。
「初めまして、山内アヤです。副総帥兼広報をやらせていただいております」
「どうも、これはご丁寧に。当代のグーハウの牙、ファンです」
名刺を差し出すと、ファンさんの手に触れたとたん焦げるように崩れ落ちた。すごい、常時こんなに強い毒を――普段の生活どうしてるんだろ?
「実技試験はないのデスか?」
「あっ、はい。うちの戦闘員に毒手されると都合悪いので、パスになります。この後ベガ様と最終面接していただいて、採用かどうか決まるという流れですね」
「あなたは何をするのデス?」
「本来は二次面接なんですけど、グーハウのみなさんなら即戦力ですから。合格です」
「おお、それはよかったデス」
ファンさんと後ろの人たちはニヤニヤと胡散臭い笑みを交わし合ってる。なんだろう、私の見た目を笑ってるわけじゃなさそう。なんだか怪しい気配がする。
といってもその筋の人たちって基本いかついか胡散臭いかの二択だし、気にすることないか。さっさとベガ様に見てもらって採用って言ってあげたい。社員さんたちは大型新人の登場に震えるがいいさ。
ファンさんたちを連れて最上階へ。社長室というより玉座の間っぽい扉をノックする。
「ベガ様、入社希望の方々をお連れしました」
「入れ!」
ファンさんを先頭にゾロゾロ入っていく。あれ、面接なら一人ずつのほうが良かったのかな。いいか、時間かかるし。
でもファンさんたちは集団面接の対策をしてなかったみたい。横一列に並ぶんじゃなくて、ベガ様を取り囲むみたいに扇形で並んでる。
「この度はシャドルーの傘下に加えていただきたく――」
「違う違う、傘下じゃなくて社員。直接雇用ですよ」
「――はっ、どっちでもいいのデス。お前たち二人ともここで死ぬのデスから!」
「ええっ!?」
「フン、面白い」
玉座の隣に侍っていたベガ様親衛隊のみんなに、毒々しい液体が降り注ぐ。不意打ちを受けた親衛隊は倒れ込んで苦しげだ。体が塵にならないのは手加減してくれたんだろう。続いて、扇形に展開していたファンさんたちがベガ様に躍りかかる。
なんて型破りな自己アピールだ。でもこの場での実力行使はシャドルーにとっての最適解、企業研究で力こそ絶対というシャドルーの社則をきちんと調べていたんだろう。さすが高名な組織のエリート集団だけあって熱心だ。
ただ、ちょっとかわいそうなのは面接官がベガ様だったこと。
「ぐああっ!?」
「どうした、その程度か?」
紫色の閃光がグーハウの人たちを弾き飛ばす。サイコドライブで出力を上げたサイコパワーはすさまじい。ファンさん以外の人はみんなふっ飛ばされて動かなくなっちゃった。
「私の毒は最強なのデス! サイコパワーだろうがなんだろうが、触れさえすれば――」
「面白い。試してみろ」
「舐めるなあああ! 双頭蛇!」
ここでファンさん、毒に染まった両手を槍のように突き出す。たとえ毒がなくても鉄板程度なら軽く貫けそうな手刀だ。
だけど相手が悪かった。
「バカな、なぜ……私の毒が……」
「我がサイコパワーに敵う者はいない。お前の毒など我にとっては児技に等しい!」
ベガ様の圧迫面接! 入社希望者の渾身の一撃をたやすく受け止めるばかりか、高圧的な煽りまで入れる鬼畜っぷり。ファンさんはがくりと膝をついて落ち込んでる。
もういいよね。動き自体はさすが熟練の技って感じだったし、ベガ様がおかしいだけで一般的な相手なら圧勝できるくらいの力はあった。これ以上圧迫するのはかわいそうだ。
「ファンさん、落ち込まないでください。ベガ様も悪気があるわけじゃないんです」
「ああ、事実を言ったまでよ」
「ちょっとお口を閉じといていただけます? ね、ファンさん。これから一緒に頑張りましょうよ」
「……デス」
「え、なんて?」
どん、と衝撃。ファンさんの手が私のお腹に突き刺さっていた。
服が破れ、素肌に爪が――毒手が触れている。
「ベガが殺せないなら、お前だけでも殺してやるデス!」
「ぎゃー! 死ぬ、溶けるぅー!?」
もう助からない。なにせ紙をあんな風にする毒手に触られたんだ。私にできるのは、のたうち回りながらあまり苦しくならないよう祈るのみ――
「バカな、なぜ効かない!?」
「ヤマウチ、ふざけるのはそこまでにしておけ」
「ふざけるも何も私死んじゃうんですよ!? ジタバタして当然――あれっ」
体が溶けない。それどころかしゃべる余裕さえある。立ち上がって体を確かめてみるけど、風邪気味なせいで少し重い程度の異常しかない。
手加減じゃないよね。毒手は毒が体に染み込んだものだから、毒液と違って加減のしようがない。つまり効いてない。
「な、なんで!?」
「当然だ。波動とは生命力。中でももっとも強力な殺意の波動を操るお前が、毒で死ぬことはありえん」
さすがベガ様は物知りだ。そういえば入社初日に開いてもらった波動講座で同じこと言ってたっけ。人は心身に強い刺激を受けると気を多く発するようになり、さらなる刺激によって気が凝縮されたものが波動となる、と。この場合は毒っていう刺激から体を守るために波動が機能してるってことか。
格闘家さんたちは激しい運動で、毒手使いさんは毒に触れることで波動を目覚めさせる。たぶん毒手の修行で死んでいく毒の素質がない子どもたちは、波動の素質がない子どもたちかもしれない。
でも格闘家さんや毒手さんとは違って、私は就活のストレスで波動に目覚めた。そう考えると――ショボい。私のメンタル弱すぎない? たかが一年のストレスが何十年って修行と同じだけ強い刺激って、どんだけメンタル雑魚なの?
「くっ、お許しを。今後はベガ様とヤマウチ様に心からの忠誠を……!」
「忠誠などいらん」
「は?」
「シャドルーでは力こそが絶対。このベガ様と相対し生き残ったその力で、シャドルーを活かすがいい」
「あっ、私のことは先輩って呼んでください!」
ネガティブになってる暇はない。挙手して先輩アピールしとかないと副総帥とかヤマウチ様とか呼ばれちゃう。
「おお、あなた方は、シャドルーとはなんという……!」
ファンさんは目を潤ませて感涙してる。きっと何度も転職失敗してきたんだろうな。その毒手だと頭脳労働と肉体労働のどっちも難しいし、日常生活さえ辛い。よほどの変わり者企業じゃないと採用はしないだろう。
でもシャドルーはとびきりのヘンテコ企業だ。ファンさんにも活躍の場は必ずある。
「じゃ、採用ってことでいいですよね。あのうファンさん、取り急ぎ反シャドルー派の格闘家さんたちを塵にしてきてほしいんですけど、いいですか?」
「サイコ・インフェルノゥ!」
「あっつ!」
な、なぜに!? とっさに横へ跳ねると、ベガ様のサイコパワーが炎となって地面から吹き出た。後少しで火傷するところだ。突然のパワハラに憤慨を禁じ得ない。
「貴様人の話を聞いておらんのか? 波動が毒を中和すると言ったばかりだろうが」
「……あっ」
がらがら、と足元が崩れ落ちていく感覚。
リュウさんたちはみんな波動を使える。最強の毒手で危ない格闘家さんを即死させる計画が水の泡になってしまった。
ファンさん以外のグーハウメンバーは正直、シャドルーの戦闘員と同等の強さだ。毒が効かないなら、かろうじてリュウさんたちの足止めができるかどうか。
「す、すみませんベガ様! 絶対効くだろって思い込んでて、それで……!」
「ベガ様、副総帥! 大変です!」
ノックもなしに人事課さんが入ってきた。
「社内に潜んでいたグーハウ構成員が破壊工作をしていた模様! すでに鎮圧しましたが、通信設備及び毒を受けた人員の回復に相当の時間がかかる見込みです」
人員の回復――そう言えば毒を受けて倒れてた親衛隊の人たちもいつの間にかいないや。気づかないうちに運び出してくれてたんだなー、助かるなー。
「また、無理な選考作業の強行により過労を訴える社員が続出しており、士気が低下しております」
「……ヤマウチ」
あれれ、ベガ様の声が普段と違うぞ。自信と威圧に満ちた感じじゃなくて、溜め込んだ怒りを抑え込むような――
「一流の戦士一人の採用に対し、設備の破損、士気の低下、そして我が親衛隊にまで及んだ人的被害。貴様、これを釣り合うと思うか?」
「お、思いません……」
「そうだ。到底釣り合わん。お前の無駄なこだわりがなければ、こうはならなかっただろうな」
ですよねー、エントリーシートを導入していればやる気と元気に満ちた社員さんが、グーハウをささっと鎮圧してくれたでしょう。無理な仕事量で疲れてさえいなければ、ベガ様の親衛隊のみんなにも仕事を手伝わせて疲れさせてなければ、ここまでの被害は出なかったでしょう。
つまり――
「この大馬鹿者がぁー! ナイトメアブースター!」
「ごめんなさーい!」
私、やらかしました。
---
数多の面接官と相対するうち、不思議に思ったことがある。どうして重役っぽい男の人にはハゲが多いのだろうか、と。
私は今日、その答えを学んだ。
「うえええん怒られたぁあ……」
厳しい社会では自分の正義を曲げざるを得ない時がある。たとえ人に許される範囲を越えた残虐な行為であろうと、やらなければならない時がある。
「エントリー導入したぁ……ごめんなさい、ごめんなさい……」
私は悪に堕ちた。悪魔に心を売ってしまったんだ。
深夜の薄暗い食堂で、酒瓶片手に泣きじゃくる。
「まあまあ副総帥。おかげで仕事は楽になりましたよ」
「一度怒られたくらいでへこたれてちゃやってけませんよ。飲んで忘れましょう、ね?」
「忘れるぅ……」
気まずそうな雰囲気の社員さんに囲まれ、慰められる私はみじめだ。
私なんてミジンコだ。この人たちに比べたら社会のことなんて何も知らないのに、意地で悪に堕ちることを拒絶していた。悪に堕ち、ストレスで禿げ上がる覚悟もなしに子どもみたいな意地を張っていたんだ。
「ほら、あんまり泣いてるとまた面白動画作っちゃうっスよ?」
「うわぁぁん殺すぞお前ぇー……」
「は、波動出しながら言うのやめてくださいよ」
ドン引きする社員さんを尻目に、焼酎をラッパ飲み。苦味しか感じないけど頭はぼーっとしてきた。これならハゲるようなストレスも忘れられるかもしれない。
スマホを取り出し、過去の後輩にメッセージを飛ばす。
『さくら、私はもうダメだ』
『取り返しのつかないことをしてしまった』
秒で返信があった。
[どうしたんですか!?]
『悪に堕ちた。私の正義はもう死んだ。誰も私を許さないし、私も自分を許せない』
『生まれてきてごめんなさい』
[しっかりしてください! 今本社ですよね]
[もう我慢できません。力づくでもこっちに戻ってきてもらいます!]
ああ、なんだか良くないことが起きそうな気がする。眠くて画面の文字がよく見えない。こんなときは早く家に帰って寝たほうがいい。
「今何時ぃ?」
「23時10分ですが」
「えっ、もう!? いけないいけない、早く帰んなきゃ」
やだなぁ、早く帰ってご飯作るつもりだったのに。こんな時間に帰ったら絶対ひっぱたかれる。いや、いつ帰っても叩かれるのはおんなじか。穀潰しが、って。
「副総帥、私室はこちらでしょう?」
「え、まさか外出する気ですか!? ダメですって、立場考えてください!」
「おうちかえるー」
このおっさんどもは何なんだよ。私はうちに帰んなきゃいけないんだ。私なんてしょせんそのくらいしか……バケモンみたいな女だけど、かわいいとこあるじゃないか、って誰がバケモンだよおっさん。
「こちらアルファ。怒られて傷心の副総帥が実家への帰省をご所望だ。警護チームの出動を要請する」
はっきりと聞こえたのはその声が最後だった。
建物を出て夜の町を歩く。ビル群から市街地へ、市街地から川沿いの土手へと、紙芝居のように見える光景が変わっていく。途中、さくらと神月かりんの顔がちらつき、倉宇ちゃんが毛を逆立てているのが見えた、気がする。
世界がぐるぐる回る中、強大で苛烈な力の奔流にふわりと体を包まれる。
それきり意識が落ちてしまった。
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お酒って最高だ。
朝起きたら怒られてネガティブになってた間の記憶がきれいに抜け落ちてるし、ふわふわした夢見心地はくせになる気持ちよさだった。
大分飲んだ気がするのに二日酔いもない。むしろ悪いものがすべて出ていったみたいに体が軽い。相変わらず風邪気味なのは変わらないけど、それを差し引いてもスッキリした気分。
「今度ベガ様も誘って飲み会やろっかなー」
「絶対にやめてください」
「副総帥は金輪際飲んじゃダメ。それとベガ様の前でお酒は禁句です」
「ええ!? なんで!?」
ただ、社員さんズに口を揃えて禁酒を勧められたのは腑に落ちなかった。その言い方だとまるで酔った私が醜態をさらしたみたい。
だけど私は騙されないぞ。目が覚めたときはきちんときれいな服に着替えて私室で行儀よく眠ってた。たとえ泥酔していても私は理性的なできる女だったってことだ。社員さんたちは私を不安がらせようとしたんだろう。まったくこの人たちは、いい年して人をからかってばかりだな。
「ふふん、私は騙されませんよ」
「いや、もう、それでいいです、はい」
歯切れの悪いみんなはさておいて。
今日もお仕事、頑張ろう。