ケツアゴサイコ総帥に一生ついていきます【完結】   作:難民180301

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あなたが望んでくれたから

 ファンさんの入社から二ヶ月。期待の新人として入ってきたファンさんは目覚ましい活躍をみせていた。

 

 まずシャドルーの新人選考を一新。世界各地でシャドルー主催の格闘大会を開き、戦いぶりを見て人事課さんが直接スカウトする方法に変更した。観客や選手がその地を訪れることで現地経済は潤い、シャドルーの名が売れ、実技試験も兼ねる一石三鳥。たまに試合を見にきたベガ様が「血がたぎるわ」とか言いつつ乱入、急遽優勝者とのエキシビジョンマッチを組んで阿鼻叫喚の地獄になることもあるけど、それを差し引いてもスマートで効率的な選考になった。

 

 ベガ様といえば、サイコパワーの新たな神秘を発見したのもファンさんだ。なんでもベガ様のサイコパワーは私が傍にいる時のみ出力が向上するみたいで、これに気づいたファンさんが研究開発課の人たちと調べた結果、嫉妬、恨み、憎しみ、恐怖など、負の感情がサイコパワーを強化するという。ベガ様いわく「憎しみ合い、殺し合う。人の本性こそがサイコパワーを生むのだ」とのこと。就活の逆恨みは人の本性と言えるのかしら。

 

 とにかくファンさんの企画力と貢献の度合いはすさまじい。大会形式の選考ではさっそく有能な人が二人も入ったし、ベガ様にもっと強くなってもらうためのサイコパワー研究も進んでる。シャドルーの支配はまだ完璧とは言えないけど、この調子ならベガ様の野望が叶う日も近いだろう。

 

「ククク……フハハハッはあんんゲホっゴホォ!」

「どうしたのですか、山内様!?」

「空気が変なとこにぃゲホゴホォ!」

「山内様ー!」

 

 副総帥室のデスクにて、かっこよく高笑いを決めようとした私が自滅していると、秘書のヘレンさんが背中をさすってくれる。順風満帆すぎて油断してたみたい。拗らせた風邪も手伝って5分間は咳き込んだ。

 

 ようやくおさまった時、ヘレンさんのロシア人形みたいに整った美人顔は心配げに曇っていた。

 

「山内様はやはりお疲れなのです。私がここに来てから休んでいるところを見たことありませんもの。一体何連勤してらっしゃるの?」

「けほ……んー、今日で85日目ですかね」

「は?」

 

 ヘレンさんが第一回トーナメントの優勝者として入社したのが二ヶ月と少し前だから、間違いないはず。

 

 ただし85連勤とはいっても、シャドルーは6連勤以上に否定的なホワイト企業だ。そこで私は私室とデスクが近いのを利用し、休日扱いの日に忘れ物を取りに来た体で出勤、そのまま仕事を始める方法で連勤している。どうせ私室にこもってても仕事が残ってる状態だと心が休まらないし、シャドルーの規模を考えると仕事が尽きる瞬間はない。つまり私はいくらでも働けることになる。

 

 秘書として有能なヘレンさんが入った今なら1日か2日は空けても大丈夫かもしれないけど、働いてなきゃ落ち着かない。やりたくてやってるだけなのでブラックではないだろう。

 

 ヘレンさんは頭が痛そうに顔をしかめる。

 

「この際だから言っておきましょう。会計課から苦情が上がっていました。副総統の給与についてです」

「給与? 貰ってないので苦情のつけようがないでしょう」

「はあ……応募要項に年収の記載がなかったのはそういう……」

 

 最初の一月はもらったけど、それ以降はもらっていない。他の社員さんとは違って私には扶養する人もいないし、衣食住のすべてが社内設備で補える。使いみちがないのに中小企業の総資産レベルの月給が振り込まれるなんて無駄極まりないので、副総帥権限で給与は全カットしている。

 

 ヘレンさんはますます顔をしかめた。

 

「頭が痛いですわ……」

「風邪ですか? 拗れると長引きますからね、休んでてもいいですよ」

「休むのは貴女です、山内様」

「えっ」

「え、じゃありません。いいですか、山内様は副総統にして広報部長、いわばシャドルーのマスコッ……ゆるキャ……もとい、パブリックイメージなのです」

「なんかすごい言い淀んだねぇ!?」

 

 ヘレンさんはツッコミを無視し、強い口調のまま。

 

「そんなあなたが休日なし、給与なしで働いているとなれば、世間様はどう思うでしょう?」

「……ブラック企業?」

「いいえ。悪の秘密結社だと思われます」

「ええっ!?」

 

 それはいけない。シャドルーは真っ黒な事業に反しクリーンでホワイトな労働環境というギャップを売りにしている。ブラックを通り越して悪の秘密結社なんて謂れのないレッテルを貼られれば、今までに築き上げた企業イメージがガタ落ちだ。

 

 情報通信課に統制を徹底させよう。優秀な技術者さんが入った情報課ならきちんとやってくれるはず。

 

 そう期待する私に対し、ヘレンさんがきっぱり首を横に振る。

 

「このご時世に完璧な情報統制なんて出来ません。セスの一件でご理解されたでしょう?」

「で、ではどうすれば?」

「簡単なことです」

 

 休暇をとってください。

 

 そう言ったヘレンさんに、私は何も言い返せなかった。

 

 

 

---

 

 

 

 私はヘレンさんが苦手だ。

 

 間違いなく有能だし、戦闘員としての実力はシャドルー内でも随一。秘書として事務仕事を手伝いながら私のスケジュールまで管理してくれるから仕事が大分楽になった。だけど有能すぎて私の存在価値が薄れるんじゃないかとハラハラしてしまう。

 

「ひまー」

 

 働かない私なんて、私室の床をゴロゴロするだけの能しかないんだから。

 

 デスクと同じ階に設けられた私室は、普段寝に帰ってくるだけの割にほこり一つなかった。まる一日休みの今日に先立ち、ヘレンさんが掃除してくれたんだ。細かいところでも気の利くいい人だ。

 

 ただ、清潔で静かな広い部屋でやることは特にない。テレビは同じようなことを壊れたラジオみたいに繰り返すだけだし、映画や音楽の趣味もない。かといって部屋の外に出ればしぜんとデスクに足が向いてしまうので、床をゴロゴロするしかない。ひまだ。

 

 すると、インターフォンが鳴る。

 

「姉さん、いる?」

「いるいる、今開ける」

 

 聞き慣れた声が扉の向こうに聞こえる。すぐに開けて声の主を招き入れた。

 

 私と同じ程度の身長に、きらめくブロンドヘア。伸びた前髪で片目を隠す変わった髪型をしている。

 

「やあファルケ。よく来てくれたね、ヒマ過ぎて死にそうだったんだ」

「ほんとにお休みなの? 明日は雨が降るわね」

「大げさだなぁ。あがってあがって」

 

 彼女はファルケ。ベガ様のスペアボディ第三世代の一人だ。宇宙人じみた第一世代のセスとは違って体色は普通の肌色、お腹に丹田エンジンも仕込んでない。その代わりにベガ様のサイコパワーの力を一部受け継いでいて、シャドルー戦闘員10人分くらいの力がある。

 

 リビングに歩いていく途中、ファルケは後ろからぎゅっと私を抱きしめた。

 

「今日は私が姉さんを独り占め」

「はいはい。最近どう? 怖い夢見ない?」

「見ない。代わりに姉さんの夢をたくさん見るの。どんな夢か、知りたい?」

「知りた――い、いや遠慮しとこっかな」

 

 耳元でボソボソ呟く声に妙な熱がこもってる。本能的に断るとファルケは「そう……」とがっかりしたみたい。

 

 私とファルケが知り合ったのは、一ヶ月前の業務上指導がきっかけだった。

 

 ファルケ含む第3世代の素体たちが、ベガ様に体を乗っ取られる悪夢を見て夜な夜な暴れると研究開発課から具申があった。ひとまず様子を見に行ってみると絶句。素体たちは暗く冷たい一室に押し込められ、食事も睡眠も最低限、しかもスキあらば「お前たちはスペアだ」と吹き込まれる最悪な扱いをされていた。これで暴れるなという方が無理がある。

 

 仮にシャドルーが一から生命を生み出した上、その生命をモルモット扱いしてるなんて世間様にバレたら、クリーンな企業イメージが台無しだ。第3世代の子たちが反乱でも起こして外に逃げ出せばそのリスクはさらに高まる。

 

 というわけで第3世代の研究は凍結した。元々ベガ様が復活した時点で研究の価値は下がっているためこれは問題なかった。素体たちには戸籍と住所を与え、カウンセリングを始めとしたメンタルケアを実施。研究員さんたちには「もっと人の気持ちを思いやって生きるべき」と道徳の研修を受けさせた。

 

 素体たちの目の前で「費用もバカになりませんし、廃棄しては?」などと言い出した研究員さんにはシャドルー式指導。あのねえ、こっちの都合でこさえた命を勝手に捨てるとか人としてダメでしょう。生み出した以上は世話をするのが筋。あなた食事の前にいただきますとか言わないな? ペット飼っても途中で捨てちゃうタイプだな? とネチネチ嫌味っぽくなったのは反省してます。

 

 そうして素体たちの扱いを変えていく中で、特になついてくれたのがファルケと、兄のエドだった。

 

「そうだ、エドは元気?」

「元気よ。今日もバイソンの仕事についてってる」

「またぁ? 変な影響受けなきゃいいけど」

「もう受けてる。この前バイソンといっしょに札束数えてた」

「ああっ、悪いお兄さんに憧れる青少年の図!」

 

 エドはバイソンさんにご執心みたい。下手につっぱねて反シャドルー派に回られると面倒だから渋々受け入れたけど、やっぱりあの自己中四天王ズは厄介だ。

 

「ファルケは大丈夫だよね。あの変態仮面についてってないよね」

「あいつは嫌いよ。姉さんを傷つけようとするから。できるなら殺したいわ」

「そ、そう。ならいいけど、女の子が簡単に殺すなんて言ったらダメだよ?」

「うん、気をつける」

 

 倫理や道徳はシャドルーの力でも容易には変えられない。いつかこの子達が社会に出た時困らないように、ダメなことはダメと教えておかないと。

 

 素体たちは早熟に設計されているから、出会った当初は私より小さかったくせにすくすくと成長している。このままシャドルー内の教育施設での常識教育を終えれば、いずれはそれぞれの進みたい道に進むだろう。彼女たちがどういった道を歩むのか、今から楽しみだ。約一名、金と暴力狂いの牛さんのせいですでに道を踏み外してるみたいだけど、外道もまた道の一つ。長い目で見守ろう。

 

 居間に移動してお茶を飲んでいると、再度インターフォンが鳴る。

 

「おお、ユーリとユーニじゃん。どうぞ入って」

「対象、私服。休暇中と推定」

「私たちは夢を見てるんだわ」

「入らないなら閉めまーす」

「ああっ、待って!」

 

 慌てて入ってくる二人。ユーニの頭にはなぜか子猫が乗っていた。二人は元ベガ様の親衛隊で、今は私直属の部下になっている。

 

 この人事異動のきっかけはファンさんが入った数日後のことだった。ある日、真上の総帥室から何やらどたばたと騒がしい音が聞こえてきた。

 

 すわベガ様ご乱心かと見に行ってみればなんと、ベガ様がボロボロになった親衛隊の首をしめているではありませんか。

 

『あの程度の毒にやられるような雑魚は要らぬ! このベガ様が処分してくれよう!』

『ちょっと待ったー!』

『なぁんだヤマウチィ!?』

『今ちょうど手空きの戦闘要員がほしかったんです。その二人、私に任せてもらえませんか?』

『好きにせい!』

 

 というわけで人材確保。ファンさんの毒にやられて不興を買った二人だけど、優れた戦闘能力と隠密能力は一般戦闘員とエージェントの上位互換だ。きっと役に立ってくれる。

 

 そう期待しての引き抜きだったけど、当初は泣いて喚いて大暴れして大変だった。ベガ様に必要とされないなら生きてても意味ないだの、この無能を死んでお詫びしますだの、忠誠心が重すぎる。殺意の波動で威圧しながら力ずくでなだめるのは骨だった。

 

『大丈夫、ベガ様はちょっとサイコが早いだけです。そこまで怒ってませんよ』

『本当ですか……?』

『疑念』

『ほんとですって。私なんてねぇ、この前やらかしたらナイトメアブースターですよ? 禁句一つでサイコクラッシャー、もう一つでアルティメットが飛んできます。それに比べたらあの程度のサイコ、ちょっとした小言みたいなもんです』

『ヤマウチ様と一緒にしないでほしいです……』

『化物……』

『失礼千万っ!?』

 

 ある程度落ち着いてからは、こんな具合にしくしくと泣きじゃくる二人をなぐさめるのに時間がかかった。でも手間暇かけただけあって、二人は親衛隊としての実力を私のためにきっちり発揮してくれる。戦闘員では歯が立たない格闘家の暗殺、被発見時のリスクが高い潜入任務など、これまで出来なかった仕事ができるようになった。

 

 最近ではプライベートの悩みも話し合う仲だ。

 

 二人は戦闘能力を高めるドーピングを受けており、その影響で体調を崩しやすい。ただ、二人のドーピングは私が入るより前の古いものだ。殺意の波動の研究により飛躍的に向上した波動技術をもってすれば、より安全で健康的なドーピングが可能だった。健康体になった二人はより精力的に働いてくれた。

 

 だけどこの前相談された悩みには耳を疑ったよ。

 

『かつての仲間に会いに行きたい?』

『はい。キャミィが我々のことを心配してるようなので……』

『対象、憂慮。安否を知らせる必要性』

『行けばいいじゃないですか』

 

 ユーニは目を丸くして、ユーリは無表情のままぴきり、と固まった。

 

『勝手に休日使って会いに行ってくださいよ。良識の範囲内なら休日の行動に口出しはしません。当たり前でしょ』

『――ありがとうございます!』

 

 あの時の頭の下げっぷりといったら、まるで親衛隊時代は休日中の外出が許されてないみたいだった。まさかベガ様でも休日中の社員を縛ったりはしないでしょうに、大げさな二人だ。

 

 玄関で靴を脱ぐと、ユーリさんが私に耳打ちする。

 

「例の件、進展なし。対象、依然グレー」

「……分かりました」

「ヤマウチ様、本当にヘレン様なのでしょうか?」

「んー、ただの勘ですからね。二人も警戒はしといてください」

 

 二人でも尻尾をつかめないか。

 

 絶対スパイだと思うんだけどな、ヘレンさん。

 

 先日、シャドルーグループの会計主任から不透明なお金の流れが報告された。毛細血管のように分散された流れは一つの組織に収束するらしいけど、よほど巧妙に隠れているのか実態がつかめない。かろうじてトップを総統と呼ぶ秘密結社と分かったものの、そこまでだ。

 

「でもヤマウチ様、副総()と呼ばれたからってだけでスパイを疑うのはどうかと」

「根拠、薄弱」

「だ、だから勘ですって。その根拠はついでです」

 

 たしかに根拠よりも勘に拠ってる感はあるけど、現状ヘレンさんへの疑惑が唯一の結社とのつながりだ。副総帥として必ず秘密結社の正体を暴き、本社討ち入りによる強制サイコ吸収合併を行わなければならない。シャドルーのお金をくすねた報いを受けさせなきゃ。

 

 ベガ様に報告したら「その程度報告するまでもなかろう」とそっけない。あの人はあの人で生類創研の方に通って何か忙しくしてるみたいだから、ここが私のがんばりどころだ。

 

 とりあえずユーリユーニの密命調査は継続ということで、二人を居間へ招く。

 

 すると、こたつに突っ伏したファルケが頬をぷくっとふくらませていた。

 

「その顔。姉さん、お仕事の話してたでしょ」

「そそそそんなことないですよ」

「あーごめんね。別にお姉さんをとろうってわけじゃないのよ」

「仕事はついで。我々も今日は休日」

 

 そうだったのか。

 

「ちなみに三人とも、この後の予定は?」

 

 ないよ、ないです、なし、と三者三様の返答。

 

 暇な女が四人もがん首そろえている。小中高通してぼっちだった私には縁のなかった状況が図らずも実現したわけだ。

 

 この状況ならできるんじゃないか? 女だけで開かれる秘密の花園的なあの会合――

 

「女子会、しちゃう?」

 

 しちゃおう。

 

「バイソンさんって本気になると腕グルグル回すじゃないですか。あの時なんて言ってるんですかね?」

「あっかんべーでしょ?」

「やったるでーじゃないの」

「関西弁、不可解。バイソン氏、関西人説」

 

 他愛もない話題。日々のくだらない疑問や雑感が飛び交う。

 

 私とファルケは強制オレンジジュースだけど、酒とつまみが進む。饒舌なユーニがくだを巻く。

 

「あのバーディーとかいうおっさん、マジなくない? なんで腹丸出しで社内歩いてんの?」

「まったくだわ。鎖もジャラジャラうるさいしモヒカンだし、世紀末かっての」

「聖帝様のお通りだ〜!」

「あっははは! 今度言ってもらお!」

 

 普段大人しそうなユーニとファルケによる陰口が火を吹く。

 

 女が四人もいれば必然、恋バナにもなる。

 

「んで、みんなはいい人いないの?」

「私は姉さんがいい」

「おっとぉ、ファルケちゃんそっちの道行っちゃう?」

「ジュリ氏と同類、驚愕」

「あんな狂人といっしょにしないで!」

「えっ、ジュリさんってそうなの? えっえっ、初耳なんですけど」

 

 実は命ついでに貞操も狙われてる説が浮上したり、

 

「知ってる? 猫が吐くときにカコカコ言う音はね、顎の関節を一部外してる音なのよ。あ、猫が吐くのは普通のことだから焦らなくてもいいけど、あんまり頻繁に吐くようなら定期的なグルーミングを……」

「飲み食いしてる時にする話!?」

「あ、言ってる傍からユーニさんの猫が吐きそう」

「机の上で吐くのはやめてー!」

 

 猫うんちくと毛玉アタックが炸裂したり。

 

 私の部屋の一部が地獄絵図と化しつつ、昼から夜が更けるまで飲み明かした。途中から私とファルケも酒を飲んでいたけど、私はもうほとんど二十歳、ファルケもその場のノリがあればアルコールも平気ってことで通した。

 

 姉と慕ってくれる女の子と信頼できる部下と一緒に飲むお酒は、とてもおいしかった。初めての女子会はとても新鮮で、時間が緩やかに過ぎていった。

 

 シャドルーから隠れて暗躍する謎の秘密結社や、ヘレンさんの疑惑、反シャドルー団体など心配事はたくさんある。だけど本社が壊滅したあの頃とは違い、シャドルーは表向き健全な巨大企業だ。社会的な信頼を後ろ盾にした私たちを倒そうとするテロリストなんて、まさかいないだろう。

 

 そう思ってた。

 

 翌日、慌てた様子の社員さんが副総帥室に駆け込んでくるまでは。

 

「副総帥! 反シャドルー派の格闘家たちによるカチコミです!」

「はいテロリストォ!」

 

 正気か、あの人ら。

 

 

 

---

 

 

 

 本社ビル屋上。多数のオートジャイロや軍用ヘリ、固定翼機の駐機されたそこは、小さめの滑走路として機能するほどの広さがある。

 

 そんなだだっ広い屋上の中央で、私たち正義のシャドルーと悪のテロリストは相対していた。

 

 私たちの側はベガ様を中心に、バイソンさん、バルログさん、ファンさん、ヘレンさん、ジュリさん、私の七人。一般戦闘員は「使えん雑魚など最初から失せておけい!」とのベガ様の指示を受けて退避していて、新入社員のバーディーは食べ過ぎにより欠席だ。

 

 テロリスト側はリュウさんを中心に、春麗さん、ガイルさん、キャミィさん、さくら、神月かりん、サガットさんの7人。

 

 数は互角だけど、あっちはなぜかモチベーションが高い。リュウさんからは目をそらしたくなるほどおぞましい青い波動を感じるし、春麗さんとガイルさんは親の仇でも見るように戦意をたぎらせている。

 

 だけどベガ様は頼もしく笑って、腕組みしながら余裕の態度。

 

 じゃあ私だって焦るわけにはいかない。大丈夫、今頃この人たちは世界のシャドルーに押し入ったテロリストとして全世界に生中継されているはずだ。不特定多数にバッシングされちゃえ。あ、さくらだけは顔にぼかし入れとくからね。

 

 インカムに通信が入る。

 

『副総帥、謎の衛星兵器によるジャミングを受けています! 本社がネットワークから遮断されました!』

「んもう、復旧急いで!」

「どうやら我が神月の衛星が機能したようですわね」

 

 くっ、そういえば神月財閥はまんじゅしゃげとかいう衛星を持ってたっけ。今までは地球上の支配にこだわってたけど、この戦いが終わったら宇宙までシャドルーの支配下に置いてやるんだから。

 

 というか神月のしたり顔がすごく腹立つ。ここは副総帥として物申しておかなきゃ。

 

「あなたたち、こんなことして恥ずかしくないんですか?」

「何だと?」

 

 ガイルさんが食いついた。よし、行ける。

 

「シャドルーは世界中で必要とされています。人々の求めに応じ様々なサービスを開発・提供することで、私たちは世界の平和と社会の安定に寄与している。本社ビルはそうして築き上げた秩序の要といえるでしょう。そんな場所にあなたたちは土足で踏み入った。人として恥ずかしくはないんですか、と聞いています」

「シャドルーが築いた秩序だと? そんなものはまやかしだ! お前たちが甘い汁を吸っている裏で、どれほどの苦しみが生まれているか……!」

「あなたたちの黒い営みはすべて把握してるのよ。詭弁も大概にすることね」

 

 ガイルさんと春麗さんの反論。

 

 昔の私なら、ここまで強い口調で言われたら勢いで「そうですね」と返していただろう。

 

 だけど今の私は違う。半年もの間ジュリさんに言い負かされ続け、各国首脳との交渉を経験した私の頭には、どんどん反駁が浮かんでくる。

 

「詭弁ですか」

 

 唇をなめ、強く正面を見据える。

 

「シャドルーが事業を拡大した影響で、収入の安定した人がいます。麻薬の密売人から正社員に昇格し、自分なりの生き方を見つけた人もいます。奥さんと子どもが毎日おいしいごはんを食べられるようになった人だって、学校に通えるようになった元少年兵だって。そんな人たちの幸せも、笑顔も、すべて詭弁というのですか? まやかしだから消えてしまえと?」

「くっ……!」

「そ、それは……」

 

 効いてる。いいぞ、私は半年前の精神攻撃でやられた時とは違うんだ。ここで完膚なきまでに論破してやるのだ。

 

「シャドルーには黒い面がありますが、白い面だってあるんです。だというのにあなたがたは黒い面しか見ようとせず、悪の組織だの詭弁だの。親の仇じゃあるまいし、一面だけ見て悪く言ってばかりなのは大人としてダメでしょう」

 

 決まった。ガイルさんと春麗さんはうつむいて、肩を震わせている。これは完全論破だ。波動は心理状態に左右されるから、言い負かされた二人はもう脅威じゃないだろう。私だっていつまでも口げんかで負けてばかりじゃないんだ。

 

 うつむいていた二人が顔を上げる。きっと降伏を宣言するんだろう――

 

「親の仇なのよ!」

「えっ」

「私の父はシャドルーに、ベガに殺されたの! そうね、私情と仕事をごっちゃにしてた私は大人としてダメだわ。でもようやく吹っ切れた。理屈なんて関係ない! 私は父の仇を討つ!」

「ほう、面白い」

「えーっ!?」

 

 本当に親の仇だったとは恐れ入った。そりゃテロりたくもなるよ。あとベガ様はどんだけ業の深いことしてるの。

 

 迷いのなくなった春麗さんの波動は炎のように猛り狂い、やがて手と足に収束する。その圧力にベガ様が笑みを深め、ジュリさんが舌なめずり。

 

「……俺もだ。悪も正義も関係ない。俺はただ、ベガに殺された親友の仇を討つ。その邪魔をするというなら――たとえ女でも容赦はしない」

「容赦してぇ!?」

「フハハハ! 敵の全力を屠ってこそ絶望も深まるというもの。実に愉快な見世物だ」

 

 ベガ様は余裕しゃくしゃくだけど、あかん。ガイルさんは補助輪みたいな黄色い波動を手足にまとってやる気まんまんだ。ヤブをつついてソニックブームが出てきた感がある。

 

 と、そこでさくらが一歩前に出てくる。

 

「先輩、分かったでしょ? ベガがどれだけ悪いヤツなのか。先輩がそんなヤツに従うなんておかしいよ。だから――」

「ふざけないで」

 

 だから、の後に何を言おうとしたんだろうかこの後輩は。

 

 ベガ様が過去にどんなことをしていようと、ベガ様であることに変わりはない。私がその程度の事情で考えを変える軽い女だとは思わないでほしい。

 

 リュウさんがさくらの肩に手を置く。

 

「リュウさん……」

「すでに言葉は不要だ。辛いなら下がっておけ」

「……ううん、戦う。優しい先輩に、絶対戻ってきてもらうんだから!」

 

 波動とともに構える二人の後ろから、サガットさん、キャミィさん、神月も出てくる。私の後ろにいたシャドルー勢の波動も嵐のように吹き荒れ、一触即発だ。

 

 リュウさんの言う通り、これ以上の言葉は不要だろう。

 

 まずは副総帥として華麗な一番槍に――

 

「お前は下がれ」

「ぐえっ! なんで!?」

 

 なろうとしたら、ベガ様に首根っこをつかまれた。戦いの空気をぶち壊しにするのも恐れないマイペースベガ様はステキ、でも今だけはやめといてほしかった!

 

「より強くなった我がサイコパワー、その全力を試すいい機会だ。貴様は後ろで黙って見ているがいい」

「え、えー……まさかの要らない子扱い……」

「不満か? ならばこの戦いの後始末について考えておけい」

「はーい」

 

 ベガ様がそう言うなら仕方ない。だけど下がる前にきちんと仕事はしておく。

 

 ヘレンさんとファンさんは真面目な人だからいいとして、ボクサーとスパニッシュ忍者さん。

 

「バイソンさん」

「あ?」

「一人につき1万ドルボーナス!」

「分かってんじゃねえか! ぶっ殺してやるぜ!」

「バルログさん」

「何だ?」

「戦うあなたは美しいっ!」

「当・然! 強く美しい私の戦いを見ているがいい!」

 

 チョロい。金と美しさで言いくるめればここまでチョロくなるんだ。半年前もこうしてたらよかった。

 

 ジュリさんは心配ない。春麗さんのひたむきな波動と顔つきを見て完全にロックオンしてる。この人は頭おかしいから、まっすぐにがんばってる人を正面から踏みにじって煽り倒そうとか考えてるんだろうな。

 

 ベガ様大好きなファンさんは普通にやる気を出してて、ヘレンさんは無表情で氷のように冷たい波動をまとってる。

 

 私が後ろに下がって体育座りになった直後、戦いは始まった。

 

 まずはリュウさんがベガ様に飛びかかって、それをサイコバリアで弾いて――あっ、ベガ様に向かおうとした春麗さんがジュリさんに蹴っ飛ばされた。近くにいたガイルさんも巻き込んで2対1になってる。

 

 ファンさん、バルログさん、バイソンさんがそれぞれ、さくら、神月、サガットさん、キャミィさんに躍りかかる。ファンさんは「参」と刺繍された勝負服を身にまとい、三死球、三升毒、三蟹歩などやたら三にこだわった技で毒を撒き散らしていく。

 

 毒の弾幕に対抗してサガットさんがタイガーショットを連発し、それを援護に神月とさくらがファンさんへ――が、バイソンさんがダッシュストレートで割って入る。ストレートは神月のガードに防がれるものの、何度もガードの上から叩いて滑走路の隅まで運んでいった。

 

 残ったさくらとサガットさん、キャミィさんに毒の雨が降り注ぎ、バルログさんの通り魔的なかぎ爪攻撃が襲う。厭らしい連携だ。

 

 さて、ジュリさんの方はと。

 

「奇遇だなァ、アタシもベガのヤツに親殺されてんだよ。似たもん同士仲良くやろうぜ」

「あなたのような狂人といっしょにしないで、ハン・ジュリ!」

「ソニックブレイド!」

「つれないねぇ」

 

 猛烈なスピードで蹴りを繰り出しながらおしゃべりしてる。左目で光る風水エンジンの輝きが流星みたいに尾を引き、蹴りの軌跡にモノクロの波動が閃く。ガイルさんのマシンガンじみたソニックブーム連打には、蹴りによる相殺と回避でうまく対応。さすがジュリさん、危なげない。

 

 一方、ベガ様とリュウさんは。

 

「波動拳!」

「効かぬわ!」

 

 跳ね返される波動拳。地獄の業火のように燃え盛るサイコインフェルノ。ワープで背後に回ったベガ様に、分かっていたように拳を振るうリュウさん。サイコパワーを纏った手で受け止めるけど、やっぱりリュウさんの波動は特殊なんだろう。サイコパワーが削られている。

 

 波動の相性ではベガ様が劣勢。だけど純粋な技量ならベガ様の方が上だ。

 

「はああっ!」

「ぬるいわぁ!」

 

 空手の型に似た拳と足刀が雨あられとベガ様に降り注ぐ。それでも被弾なく完璧にいなしたベガ様は、攻撃の間隙を縫ってサイコパンチを繰り出した。

 

 直撃を受けたリュウさんは吹っ飛び、どうにか受け身をとる。ダメージをこらえるように顔をしかめまた仕掛けにいった。

 

 うん、これなら心配ないね。

 

 見える限り、シャドルー勢が優勢。隅っこの方に移動した神月とバイソンさんも、見た感じバイソンさん優勢だ。

 

 一番危ない予感のしたリュウさんだってベガ様の純粋な技術に敵わないみたいだし、もう勝ったも同然だろう。

 

 一つ心配があるとすれば、姿の見えないヘレンさんはどこにいったのか。

 

 目の回る乱戦だから見逃したのかもしれない。

 

 そう思い、もう一度戦場を見回してみると。

 

「あれっ?」

 

 燃え盛るサイコインフェルノの範囲外。炎の陰に隠れるように身を低くした彼女が、腕を振るう。

 

 冷たい波動が上空に氷塊を生み、打撃武器として戦場に落下していく。

 

 落下した先にいたのは――

 

「ぬう!」

「ベガ様っ!?」

 

 ベガ様だ。

 

 かろうじてサイコパワーで氷を焼き払うけど、大きなスキが生まれる。

 

「スキありィ!」

 

 リュウさんは容赦なかった。そういえばこの人、いかにも1対1の決闘とか好みそうな雰囲気してるけど、複数で強い人に挑むのにまったく躊躇のない人だった。

 

 鳩尾を砕くような踏み込み突き。ベガ様の体がくの字に折れ、さらに中段突きと昇龍拳が突き刺さる。宙を舞うベガ様。

 

「ここからだ!」

 

 ここまでにして! と叫ぶ暇もなく駆け出す。

 

 リュウさんの両手のひらに恐ろしい波動が集約されている。それは次第に弾状となり――落下してきたベガ様に発射された。

 

 まずいまずい、ただのパンチでさえサイコパワーを削る効果があるのに、あんな大きさの波動拳が直撃したらベガ様が死んじゃう!

 

「失礼しまぁす! 入室閃空!」

 

 ごめんなさいベガ様、でもベガ様には二度と死んでほしくないんです。心中で謝りつつ前につんのめり、高速移動を発動。二人の格闘家だけの戦場に入室させていただく。

 

 火事場の馬鹿力というやつか、かつてない速度でベガ様の前まで移動できた。この速度で入室すれば面接官に視認されることなく死角へ回ることさえ可能だろう。

 

 ただし、今回入室したのは死角じゃなくて死地だった。

 

 眼前に青白い波動が迫る。

 

 がんばれ、私。ベガ様の業務上サイコ指導で鍛えられた防御術を見せるときだ。

 

 殺意の波動を手のひらに一点集中、前に突き出して波動を受ける。防御の苦手な殺意の波動とはいえ、全身からかき集めたありったけを集中させればさすがにどうにかなるだろう。

 

 そのはず、だった。

 

「いった……!?」

 

 リュウさんの波動は私の波動を紙のように食い破り、突き出した手さえすり抜けて私の胴体に直撃。痛みと脱力感とともに、後ろへ吹っ飛んでいく。

 

 殺意の波動がかき消された。やっぱりあれはただの波動じゃない。逆恨みを源流とする私の波動とは真逆の、前向きに生きていくための波動――勝ち組の波動だ。

 

 世界が回る。

 

 吹き飛んで地面を転がったんだと分かるころには、何の力も残ってなかった。

 

「愚か者がぁ! なぜ庇った!」

「……」

 

 ベガ様の怒鳴り声に謝る力も、体を抱き起こされているのに驚く力も、ない。

 

「ヤマウチ……その体は……」

 

 呆然とするリュウさんだけじゃなく、この場にいるすべての格闘家が戦いを止め、注目している。みんな一様に目を見開き、さくらだけは口を抑えて大粒の涙を流していた。

 

 やめてよ。私は誰かが泣いているのを見ると、自分まで泣きたくなる軟弱者なんだから。

 

 こんなところで泣いたら、怖がってるみたいじゃない。

 

 灰みたいに崩れ落ちていく、自分の体に。

 

 差し迫った死の実感に。

 

 

 

---

 

 

 

 足先から徐々に白い灰へ。燃え尽きた薪のようなそれは風に乗り、散っていく。遺言を残す体力どころか、指一本動かす力もない。

 

 私の体がとっくにボロボロで、殺意の波動によってかろうじて人の形を保っている状態なのは薄々分かってた。だって、格闘家のベガ様の体でさえサイコパワーで寿命が縮むのに、貧弱な私が殺意の波動を使って体を壊さないはずない。

 

 最近の体調不良もその兆候だったんだろう。思えば、ファンさんの毒さえ効かない私が風邪にかかったり、お酒に酔ったりするのはおかしい。波動の張りぼての内側で、緩やかに自壊していたんだ。

 

 そして体を支えていた殺意の波動がリュウさんの波動でかき消され、死にかけていると。もしかしてベガ様も、私の体を心配して戦わないよう指示してくれたのかも。もしそうだったらうれしい。

 

「……」

 

 静まり返った戦場で、ベガ様の歯がきしむ音だけが聞こえる。ベガ様は怒り狂ったような、どことなく哀しいような、初めて見る表情だった。

 

 そうじゃないでしょう。ベガ様はいつも大胆不敵に笑って堂々としてなきゃ。大丈夫、今のシャドルーを維持するためのマニュアルなら何パターンでも用意して社員さんに渡してある。だから部下一人の死にそんな顔しないでください。

 

 と、言えるだけの力もなくて。灰と化していく体が、視界の隅に映った。

 

 懐かしいな。お母さんもこうして死んでいったんだっけ。

 

『私だってあんたなんか生みたくなかった』

 

 死に際のお母さんはやせ細り、私の首にかかった手と腕は、枝みたいだった。活力のない瞳には黒い炎が揺らめいていて、今考えるとあれも、波動の一種だったりして。

 

『あいつと子どもこさえろって、前金つけて頼まれてね。なのに結局不採用、臨月直前によ』

 

 首に食い込んでた細い指、それから腕、胴体まで灰に。お医者さんは奇病だって。

 

『あなたより総統に向いてる子が見つかったらしいわ。そんな時期に堕ろせと言われてもねぇ』

 

 そうしてお母さんは燃え尽きながら、私の生まれを語ってくれた。

 

 だけどベガ様。

 

『ついてこい!』

 

 生まれる前から不採用を喰らう、ダメダメな私でも。あなたは面白いと言ってくれた。ついてこいと言ってくれた。

 

『あたしの娘なら滅多なことじゃ死なないでしょう。でもこれだけは覚えておいて』

 

 灰になったお母さんは、

 

『あなたは誰にも必要とされない。誰にも望まれず、生きるのよ』

 

 そう言って死んじゃったけど。その通りだと思いこんでいたけれど。

 

『貴様は我が野望の最後に殺してやる』

 

 あなたが望んでくれたから。

 

 殺されるまでは生きていろと望んでくれた。必要としてくれたから、私は生きることができました。

 

 だから――

 

「あ、りが、と……」

 

 お礼を言い切る時間もなく、喉が灰へと変わってしまう。

 

 そして――暗転。


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