ケツアゴサイコ総帥に一生ついていきます【完結】   作:難民180301

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別視点4

 神月財閥後援の総合病院。その一室で、全身包帯姿のリュウが眠っていた。ベッドサイドのいすには小さな傷だらけのさくらが座り、代わり映えしない心電図をぼうっと見つめている。

 

 シャドルーとの決戦は痛み分けの結果に終わった。リュウをはじめ主要な反シャドルー派の格闘家たちは重傷を負い、シャドルーの影響が及ばない神月の病院で傷を癒やしている。

 

「リュウさん……先輩……」

 

 ごつごつしたリュウの手に触れると、あの時の光景がまざまざとさくらの脳裏に蘇る。

 

 厳しい修行を乗り越えたリュウは力への渇望を克服し、倒すための力ではなく生かすための力、いわば生の波動を習得していた。この波動ならベガを倒し、狂気に侵された山内を正気に引き戻すこともできるはずだった。事実、山内の殺意の波動をかき消すことには成功した。

 

 しかし山内の体がすでに滅んでいるとは誰も想像していなかった。生かすための波動が結果的に山内を死なせてしまうことになるとは、誰一人考えられなかったのだ。

 

 リュウの波動に倒れた山内はさくらと目が合う。その時彼女の目に見えた涙は、何を意味していたのだろう。答えを知るものはもういない。

 

 唯一知っているとすれば、山内が命を賭して守ったベガその人だろう。

 

 ベガは山内の遺灰が最後の一片まで散った後、立ち上がった。

 

『手ずから用意したスペアが無駄になったか。我が野望もすでに叶わぬ』

 

 山内をスペアボディとして言っているようにも聞こえる言い草だったが、さくらにはどうしてもそう思えなかった。

 

 ベガの体から溢れ出るサイコパワー。圧倒的な怒りと憎しみで形成されたその力の中に、さくらは感じ取ったのだ。誤魔化し切れない哀しみを。

 

『ぬああああ!』

 

 絶叫。サイコパワーが爆発的に漏れ出し、本社ビルの上層部を崩壊させた。

 

 かりんの話によると、サイコパワーは負の感情によって増幅するという。ならば大型ビルの一部を消し飛ばすほど力を増幅させた感情はどれほど深かったのだろう。

 

 もしかすると、ベガが山内をたぶらかしたのではなく、山内がベガを心の底から慕っていたのではないか。ベガは山内を大切に思っていて、自分たちが邪魔をしてしまったのでは。そう考えるたび、さくらの拳に力が入る。

 

「傷が痛むのですか?」

「かりんさん……」

 

 いつの間にか、拳にかりんの手が添えられていた。強い波動を放つかりんの接近にも気づかなかった。さくらは自身のぼろぼろな心理をそこで初めて自覚した。

 

「ううん、傷は大丈夫。ただ――分からないんだ」

「分からない?」

「何が正しくて、何が悪いのか」

 

 シャドルーは悪い組織のはず。事実、さくらの知り合いの格闘家にもシャドルーのせいで不幸になった者がいる。しかしその裏で幸せになっている者もいることなんて、考えたことはなかった。

 

 神妙に腕を組むかりん。

 

「正義と悪を決めるのは結局主観ですわ。迷っていてはどちらにもなれません」

「主観かあ……」

「ええ。山内さんの正義は理解できませんが、一切の迷いがありませんでした。私はあの方を尊敬しますわ」

「ふふ、そこまで言われたら、先輩もうれしいだろうな」

 

 うぇへへ、と笑う山内の顔を思い浮かべる。あの顔を見られることは、未来永劫ないだろう。

 

 両頬をぱちんと叩いて気合を入れた。どんな事情があれ、反シャドルー派として戦いに加わった以上戦いの日々になることは決まっている。参加にあたって何度も確認されたことだ。まずはシャドルーの刺客からリュウさんを守らないと、とさくらが波動をみなぎらせ、かりんはライバルの復活に笑みを浮かべる。

 

 しかしそこに水を差すかのように、さくらの携帯から通知音がなった。

 

 メッセージが一件。

 

 差出人は――

 

 

 

---

 

 

 

 地中海上の孤島。潮の流れと特殊な気流によって常にアクセスが封鎖されたその島に、その組織の拠点があった。

 

 洞穴をくり抜いて海底洞窟まで生活空間へ改装しており、上下水道や電気はもちろん食料プラントまで完備しているアーコロジーだ。その孤立性と少人数の利点によって、シャドルーのネットワークでさえ見つけるのは難しい。

 

 そんな隠密極まる拠点の最奥で、玉座の前にヘレンが膝をついている。怒りのサイコバリアから逃げるだけでなく、シャドルーの監視の目を縫ってここまでたどり着いたためくたびれた様子だ。

 

「ご命令通りイレギュラーは死亡。後は残った戦士たちが、予言を実現するでしょう」

「うむ。よく、やってくれた」

 

 玉座に座る大柄な男の名は、ギル。秘密結社の総統にして、ヘレンが真に仕える主だ。

 

 結社の目的は、代々伝わる予言書に基づき理想郷を建国すること。ギルの代には復活した魔人を復活した戦士たちが倒す、という予言が実現されるはずだったのだが、イレギュラーが現れた。魔人に仕える山内アヤだ。

 

「しかし、随分時間がかかったようだ」

「申し訳ありません。想定よりも遥かに力が強く……」

「コーリン、お前がそこまで手こずるとは。やはり、神の器は伊達ではないか」

「いえ、真の神たるギル様には到底及びません」

 

 山内は神になるはずの娘だった。

 

 当代の総統は神国を創造し、絶対神として崇められると予言にある。ではその総統をどう選出するのかというと、二度に及ぶ選考があるのだ。

 

 まず第一次選考は遺伝的調査。遺伝学によって選出された男女に子を産ませ、さらにその子を占星や四柱推命などのオカルト的第二次選考でふるいにかける。選びぬかれた一人の子どもが総統として英才教育を受けるのだ。

 

 結社は選ばれた多数の男女が子を産むよう仕向けたのだが、その最中に史上まれに見る神童が二人現れ、採用されてしまった。当代の総統であるギルと、弟のユリアンだ。結果、第一次選考に合格した多数の子どもが不採用となる。

 

 山内はそうした多数のうちの一人に過ぎなかった。

 

 しかしヘレンに扮するコーリンが相対した印象は、価値のない有象無象とはとても思えない邪悪極まる怨念の塊。優秀な秘書を演じつつ抹殺の機をうかがい、ベガへの忠誠心を利用してようやく使命を果たせたというわけだ。

 

 粛々と仕事を終えたコーリンだが、ギルの表情は冴えない。玉座にひじを突き、思案している。

 

「どうかされましたか?」

「邪悪なる魔人――ベガの力はもはや人にはおさまらぬ。戦士が復活したとて、予言どおりに事が運ぶものか」

「ご安心ください。今回参加した戦士だけで足りなければ、更なる戦士を復活させる予定です。何より山内アヤのいなくなったシャドルーなど戦力的にも組織的にも烏合の衆同然。ギル様の道を阻むものはございません」

「そうか。ならばお前に任せよう」

「どちらへ?」

 

 ギルはおもむろに立ち上がる。その手には鍵が握られていた。

 

「実は先日、良い車を手に入れてな。少し転がしてこよう」

「お供いたしますわ」

「いいだろう」

 

 ジャガーを乗り回すギルの目は遠くを見据えており、現在ではなく未来の神国をどう導くかを考えているようだった。コーリンは一仕事終えてきた達成感と、主とドライブできる喜びで舞い上がっており、あの戦士を蘇らせてベガにけしかけたらもう神国は完成したようなものね、などとお気楽に考えている。

 

 シャドルーの脅威が去った今、ギル率いる秘密結社の行く手を阻む者は一人としていないのだった――

 

 

 

---

 

 

 

 一方その頃。

 

「えっ」

 

 秘密結社の楽勝ムードをぶち壊しにするイレギュラーが、どこかで産声を上げていたとかどうとか。


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