ケツアゴサイコ総帥に一生ついていきます【完結】 作:難民180301
私が目を覚ました場所は、荒れ寺だった。
床は抜け落ち壁は倒壊、屋根は穴だらけで雨風もしのげないひどい状態。仏壇では金剛像だか阿修羅像だかがかっこいいポーズを決めている。
ここはどこなのか、なぜ忌まわしいリクルートスーツに着替えているのか、疑問は尽きない。
それでも最初にやっておかなければならないことがある。
「生きてるぅー!」
両手をあげて生を祝うこと。生きてるってなんて素晴らしいことなんだろう。あの体中から力と意識が抜けていく喪失感を一度味わえば、呼吸の一つすらありがたい。これからは命を大事に生きていきます。
「生きてはないですよ」
「ひえっ、誰!?」
「うわぁ、近くで見るとすごい怨念。荷が重いですよう、お師匠……」
振り返ると、エジプトの香り漂う変な衣装の女の人が立ってる。人が喜んでるのに水をさした上勝手にドン引きするなんて失礼な人だな。
あれ、でもこの水晶玉どこかで見たような。
「あ、急に現れて意味深なこと言い出すキャラクターさんか」
「都合のいいキャラみたいな覚え方しないでくださいよ。私はメナト、占い師です。一度会ったことあるでしょ?」
たしかに新人採用の時一度会ったことはあるけど、やる気のない冷やかしだと思ってほとんど忘れかけてた。まさか生き返った直後に出会うのがうさんくさい占い師さんとは。
「その節はどうも。それでメナトさん、私が今どんな状況か分かったりします?」
「します。それを伝えるのが私の役目ですから」
「やったぁ!」
うさんくさいなんて思ってすみません、メナトさんは最高の占い師です。こんがり焼けた褐色肌も健康的でいいですね。
内心で褒めちぎっていると、メナトさんが手に持つ水晶が目に入る。波動を流し込んでるのか淡く発光していて、手入れの行き届いた鏡のような表面に私の顔が――あれ?
「寝てる間にイメチェンしてる?」
私の髪の毛は真っ白に、肌はメナトさんみたいなこんがり褐色に変わっていた。まさか死んだ時のショックで髪の色が抜けたのかしら。でも肌の色は分かんないや。
それを含めて説明します、とメナトさん。首を傾げるのはやめて大人しく話を聞こう。
「さっきも言いましたが、山内さんは生きてません。ちょっと前にここを通りかかった鬼さんの言葉を借りると、魂なき影法師状態です」
「ふむふむ」
「意識と実体を保っているのは、無数の怨念のおかげです。山内さんの真っ黒な波動の残滓に惹かれて集まったはいいけど、みんな波動に呑み込まれて山内さんの姿が投影されてるってわけです。外見の変化は存在が変質したからでしょう」
「もうちょい分かりやすく」
「山内さんは実体のあるオバケになりました」
「なるほど!」
つまり、ベガ様がサイコパワーで生き残ったのと似たような原理か。考えてみれば、ベガ様と同じ理屈で体が滅んだなら似たような理屈で生き延びてもおかしくはない。体がフワフワして軽いのもオバケ効果だろう。
怨念が集まって体になってるのはいまいち分かりにくいけど、意識を体の内側に向けるとすぐに実感できた。私の同胞――特に誇れるものもなく、誰に望まれるでもない無念の声が聞こえる。
『面接落ちた、死のう』
『志望動機なんざねーよ、生きる金欲しさ以外になんかあんのかよ……』
『真面目さが長所だそうですが、真面目にやらなくていい仕事が世間にあるとお考えですか、だと。ははっ、何も言えねえ』
『誰が生んでって頼んだのさ。こんな世界に生んだのはそっちのくせに、なんで……』
『死にたい死にたいもう死んでるけどあと三回は重ねて死にたい』
まあまあ、生きていればいいことあるよ。顔も名前も知らないけど、あなたたちの思いは無駄にしない。仲良くやっていこう。
そう考えたとたん声は止み、体内にみなぎる波動が強まった気がした。
みんな生きるのが辛いのは一緒。でも世の中にはベガ様みたいないい人だっているんだ、人生捨てたもんじゃない。
ベガ様――そうだ、ベガ様。ベガ様とシャドルーはどうなったんだ。
「あの、シャドルーとベガ様は……?」
「それはですね……実際に見てもらった方が早いでしょう」
メナトさんが水晶に手をかざすと、水晶の中心に煙のような靄が発生。靄はしだいに薄い膜状になり、液晶画面のように映像を映し出した。実に占い師っぽい。
副総帥室と総帥室が抉れるように吹っ飛んだ本社ビルが見える。ビルの頂上には急遽再建されたと見える玉座が置かれ、ベガ様はその上に座っていた。むっつりするベガ様の周りでは本社生き残り組たちが暗い顔で再建作業をしてる。二度目の本社壊滅は避けられたみたいだね。あれっ、ベガ様の隣にいるのって――
それが何か分かる前に、映像が切り替わる。どこかの病院のようだ。ベッドの上にはミイラスタイルのリュウさん、ベッドサイドにはさくらと神月が立っている。
「メナトさんってスマホ持ってます?」
「ええ、最近はネットで占いの依頼受けることも多いもので。それが?」
「一瞬だけメッセージアプリ使わせていただけないですか?」
「ええー? むー、お師匠の言いつけだしなぁ。一瞬だけですよ」
礼を言いつつ受け取り、メッセージアプリに私のアカウントでログイン。さくらのアカウントに『末代まで呪う』と送ってやった。さくらと神月は顔面蒼白になってる。ふふん、怖がって夜一人でトイレ行けないようになれ。その年で行けないのは相当恥ずかしいぞ。
「うっわ、陰湿」
メナトさんが引いてるけど、一回も死んでない人に何を言われても反省しない。今度私のスマホが戻ってきたら夜中に心霊画像送ってやろ。
私の状況、ベガ様とシャドルー、反シャドルー派の現状は分かった。
後はさっき、ちらりとベガ様の隣に見えた影の確認だ。
「メナトさん、もっかいシャドルー本社映せません?」
「はいはいっと」
水晶の上で手をひと振り。再建中の玉座の間が映る。作業に勤しむ社員さんたち、怖い顔でふんぞり返るベガ様、そして――玉座の隣に立つ、私。
「ふ、ふふふ」
「ちょ、なんですかいきなり!? 落ち着いて!」
ええ、ええ。ベガ様ってそういうとこありますよね。女性だけの親衛隊しかり、若い女の子を傍に置くのが大好きですからね。私が死んだって、シャドルー特有のバイオ技術でスペアボディなりクローンなり作れば問題なし。生類創研通いで忙しそうだったのも私の代わりを作ってたからなんですね。
そーですか。はー、そーですか。
「あんのロリコンサイコマーン!」
「だから落ち着いてくださいってば!」
「あいてっ」
はっ、私は今何を?
頭に走った衝撃で正気が戻った。メナトさんを見ると、涙目で波動のバリアのようなものを張っている。
「あのですね、急に興奮しないでくれます!? 私だから大丈夫ですけど、普通の人があんな怨念受けたら即発狂ですよ!」
「ご、ごめんなさい」
つい嫉妬で熱くなってしまった。カッとなって怒鳴るなんて、社会人としてあるまじき行為だ。反省。
メナトさんはこほん、と咳払いを一つつく。
「必要なことは大体把握しましたね? じゃあ最後に改めて、お師匠からの予言を伝えますよ」
「ああ、面接の時の」
「それです。覚えてますか?」
「全っ然」
水晶を投げつけられた。頭に当たって、少し痛い。
メナトさんは一瞬だけ呆れたような目を向けた後、厳かに口を開く。
「魔人は神に、落とし子は鬼と化す。而して報ユル鬼の牙は神を穿ち、魔神を天へ導くべし」
「現代語訳プリーズ!」
「割れアゴさんとアホの子さんがすっごいことしますよー、ですって」
「なーる。って、誰がアホの子だ!?」
「さーてお使い終わり! 帰ろっと」
「スルーかい! あ、色々とありがとうございました、お師匠さんにもよろしく!」
ツッコミを軽くスルーしたメナトさんの姿は、水晶が光ったかと思うともう消えていた。ベガ様といいメナトさんといい、ワープは強い人の必須技能なんだろうか。メナトさんをここに遣わせてくれたっていうお師匠さんにも、そのうちきちんとお礼を言いたいな。
さて。
これからどうしよう。
今の私はオバケボディ。ということはワープを多用していたベガ様や、黒い泥になって移動していた倉宇ちゃんみたいに瞬間移動だってできるだろう。試しに本社ビルをイメージしてみると、そこへ移動できることが本能的に分かる。
だけど戻ってもいいのかな。
ベガ様は私のスペアを作ってもう勝手にやってるみたい。さっきはつい熱くなっちゃったけど、そもそも死人が生き返るほうがおかしい。
一度死んだお前なんていらない、もう居場所はない。そんな風に言われたら。どこへでも行けと言われたら、どうしよう。
……言われないように、自己アピールするしかないか。
趣味、特技は波動拳。一度殺された経験があるので、大抵のことには怯まず、動じない粘り強さがあります。一度やると決めたことは死ぬまでやり抜く真面目さも自分の長所です。こういった強みを活かし、御社にますます貢献したいと考えております。
これや。
殺意の波動でゲートを開き、本社へ飛んだ。
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波動ゲートが開いたのは、玉座の直前だった。
私のスペアちゃんが無表情で、ベガ様はどこか驚いた顔で見つめてる。周囲で作業していた社員さんたちは、私から漏れ出る波動の影響で膝を突いていた。
ベガ様の顔を見ていると、再雇用目指して即興で考えた自己アピールなんて忘却の彼方へフライハイ。ただ純粋な――私が生まれたあの日の気持ちが、しぜんと心に蘇る。
「あなたと世界に報いたい。だから――」
ベガ様はいつも白目で不気味な笑みを浮かべてて、言葉には自信があふれてるから、表情がとても分かりにくい。
だけど今驚いてるのは分かる。私だって死んでも生き返るとは思ってなかった。生きてることを喜べるなんて、考えもしなかった。
それもこれもあなたがあの時、必要としてくれたから。
アゴとサイコと白目が素敵な、あなただったから。
たとえこの命尽きるとも。たとえ魂が果てるとも。新たに得た一生を、あなたのために捧げます。
その気持ちをもう一度、私の言葉で伝えたい。
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「ケツアゴサイコ総帥に一生ついていきます」
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以下、あとがき
読んでくださってありがとうございました。
予定より長くなりましたが、完結です。