デート・ア・ライブ 指輪の魔法使いと精霊の恋愛譚   作:BREAKERZ

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俺がお前のーーーーー

ー折紙sideー

 

時刻は18時。オレンジ色の夕日が天宮市のビル群を染め上げる。

 

「・・・・ふう」

 

日下部燎子は、目を細め唇を舐めながら、高台の小さな公園を少年と少女が歩いていた。少年は普通の男子高校生。

しかし、少女の方はーーー

 

「存在一致率98.5%。さすがに偶然とかで説明できるレベルじゃないか」

 

『精霊』。世界を殺す災厄。

三〇年前にこの地を焦土とし、5年前には大火を呼んだ最凶最悪の疫病神と同種の少女。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

しかし今燎子の目に映るその姿は、ただの可愛い女の子だった。

 

「狙撃許可は」

 

と、燎子の背に静かな、逆に言えば底冷えするような声音が投げられた。

振り向くまでもない。折紙だ。燎子と同じくワイヤリングスーツにスラスターユニットを装備し、右手には自分の身長よりも長い対精霊ライフル〈クライ・クライ・クライ〉を携えていた。

 

「・・・・出てないわ。待機してろってさ。まだお偉方が協議中なんでしょ」

 

「そう」

 

安堵も落胆もせず、折紙が頷く。

今精霊がいる公園の1キロ圏内には、燎子たちAST要員が10人、二人一組の五班に分かれて待機していた。

折紙と燎子がいるのもそのポイントの1つ。公園よりもさらに都市部から離れた宅地開発中の台地。この時間帯では作業は終わり、静かになっている。

数時間前、折紙が発見した少女に精霊が出てからすぐにCR-ユニットの起動許可が下りたが。

精霊に攻撃を仕掛けるか否かで、防衛大臣やら幕僚長やらが対応を協議していた。

空間震が観測できなかったため、空間震警報が鳴っておらず、住人は誰一人避難していないこの状況で精霊に攻撃すれば、甚大な被害が出ることは確実。かといって、今警報を鳴らせば精霊を刺激してしまうのも確実。なんとも嫌な状況だった。だがーーーーーー

 

「これはチャンスとも言える状況だ」

 

「っ! あ、網野中佐!」

 

「・・・・・・・・」

 

突然後ろから声をかけられ振り向いた二人の後ろに立っているのは、本来AST駐屯地の司令室で指示を出している筈の網野中佐が来ていた。

 

「中佐。なぜこちらに?」

 

「嫌なに。司令室で見るよりも、私も精霊を直に見ようと思ってな。それに、もうすぐ狙撃許可が下りる」

 

「「えっ?」」

 

網野中佐の言葉に一瞬唖然となった二人だが、燎子の耳に付けたインカムに、狙撃許可の通信が入った。

 

「・・・・驚いた。本当に狙撃許可が下りたわ」

 

「鳶一折紙一曹。狙撃は君が撃つんだ。今のメンバーでは君の狙撃技術が一番だ。必ず仕留めるんだ」

 

「・・・・了解」

 

網野中佐がいる事に不審に思う折紙だが、今は精霊の方を優先した。

 

「中佐。中佐もすぐに退避されては・・・・」

 

「ああ、任せた」

 

そう言って二人から離れた網野中佐の顔はニヤケ笑みを浮かべ、顔の半分が、異形の姿になっていた。

 

 

 

ー士道sideー

 

士道(&ドラゴン)と十香はマシンウィンガーで天宮市郊外にある高台の公園にたどり着いた。バイクを下りた二人は、二人以外の人影が無く、天宮市を一望できる場所に移動した。

 

「おお、絶景だな!」

 

十香は先ほどから落下防止用の柵から身を乗り出しながら黄昏色の天宮市の街並みを眺めていた。

〈フラクシナス〉の恋愛サポートはまったく宛にできなかったためにここに来たが、まあ十香も楽しんでいるし良しとしようと考えた。

 

「シドー! あれはどう変形するのだ!?」

 

十香が遠くを走る電車を指差し、目を輝かせながら言ってくる。

 

「残念ながら電車は変形しない」

 

「何、合体タイプか?」

 

「まあ、連結くらいはするな」

 

「おお」

 

時を渡る電車やイマジネーションの電車ではないから変形や合体はできないが、十香は妙に納得した調子で頷くと、くるりと身体を回転させ、手すりに体重を預けながら士道に向き直った。

夕焼けを背後に佇む十香のその姿は、それはそれは美しく、まるで1枚の絵画のようだった。

 

「ーーーーーーそれにしても」

 

十香が話題を変えるように、んー、と伸びをし、にぃッと屈託のない笑みを浮かべてくる。

 

「いいものだな、デェトというのは。実にその、なんだ、楽しい」

 

「・・・・・・・・っ」

 

≪だからお前は乙女か≫

 

不意を突かれた士道は自分の頬が真っ赤に染まっているがわかった。

 

「どうした、顔が赤いぞシドー」

 

「・・・・夕日だ」

 

「そうか?・・・・やはり赤いではないか何かの疾患か?」

 

十香が吐息が触れるくらいの距離で士道の顔を覗き込む。

 

「ぃーーーッ、や・・・・ち、違う、から・・・・」

 

視線を逸らした士道は、思わず十香の柔らかそうな唇に目を向けた。夕焼けの街並みが一望できる高台の公園、デートスポットの終盤にしては王道な場所。士道は胸の動悸が高まっているのを感じた。

 

「ぬ?」

 

「ーーーーーーッ!」

 

十香は何も行っていないのだが、自分の邪な思考を見透かされた気がして、目を逸らしながら身体を離す。

 

「なんだ、忙しい奴だな」

 

≪このムッツリスケベが≫

 

「う、うるせ・・・・」

 

士道は額に滲んだ汗を袖で拭いながら、昨日まで十香の顔に浮かんでいた鬱々とした表情が薄れていると思い、鼻から息を細く吐いて、一歩足を引いて十香に向き直る。

 

「ーーーどうだ? お前を殺そうとする奴なんていなかっただろ?」

 

「・・・・ん、皆優しかった。正直に言えば、まだ信じられないくらいだ」

 

士道が首を捻ると、十香は自嘲気味に苦笑した。

 

「あんなにも多くの人間が、私を拒絶しないなんて。私を否定しないなんて。ーーーあのメカメカ団・・・・ええと、何て言ったか・・・・?」

 

「ASTな」

 

「そう、それだ。街の人間全てが奴らの手の者で、私を欺こうとしていたと言われた方が真実味がある」

 

「おいおい・・・・」

 

≪・・・・・・・・≫

 

飛躍しすぎていだが、士道もドラゴンも笑えなかった。十香にとっては、それが普通だったのだ。否定されるのが、され続けるのが、普通。なんてーーー悲しい。

 

「・・・・それじゃあ、俺もASTの手先ってことになるのか?」

 

士道がそう言うと、十香はブンブンと首を横に振った。

 

「いや、シドーはあれだ。きっと親兄弟を人質に取られて脅されているのだ」

 

「なんだその役柄・・・・」

 

「・・・・お前が敵とか、そんなのは考えさせるな」

 

「え?」

 

≪ほお≫

 

「なんでもない」

 

顔を背けた十香は、表情を無理矢理変えるように手で顔をごしごしとやってから、視線を戻す。

 

「ーーーでも本当に、今日はそれくらい、有意義な1日だった。世界がこんなにやさしいだなんて、こんなに楽しいだなんて、こんなに綺麗だなんて・・・・思いもしなかった」

 

「そう、かーーー」

 

士道は口元を綻ばせるが、十香の方は眉を八の字に歪めて苦笑した。

 

「あいつらーーーASTとやらの考えも、少しだけわかったしな」

 

「え・・・・?」

 

士道は怪訝そうに眉根を寄せると、十香が少し悲しそうな顔を作った。

士道が嫌いな鬱々とした表情とは少しだけ違うーーーでも、見ているだけで胸が締め付けられてしまいそうな、悲壮感の漂う顔。

 

「私は・・・・いつも現界するたびに、こんなにも素晴らしいものを壊していたんだな」

 

「ーーーーーーっ」

 

士道は息を詰まらせた。

 

「で、でも、それはお前の意思とは関係ないんだろ・・・・っ!?」

 

「・・・・ん。現界も、その際の現象も、私にはどうにもならない」

 

「ならーーー」

 

「だがこの世界の住人達にしてみれば、“破壊”という効果は変わらない。ASTが私を殺そうとする道理が、ようやく・・・・知れた」

 

士道は言葉を発せず、十香の悲痛な面持ちに胸が引き絞られ、上手く呼吸ができなくなる。

 

「シドー。やはり私はーーーいない方がいいな」

 

そう言ってーーー十香は笑う。今日の昼間に見せた無邪気な笑みではない。まるで自分の死期を悟った病人のようなーーー弱々しくも痛々しい笑顔だった。

 

≪(・・・・この娘。アホに見えて以外と聡いようだな)≫

 

ドラゴンは十香の言葉を否定しなかった。

十香自身には何の害意は無いが、空間震と言う人類にとって最悪の災厄を引き起こす以上、そこに十香の意思が有ろうが無かろうが、人類は十香の存在を危険視し、排除しようとする。目の前の少女よりも、約80億以上の人類を優先するのは当然の事だからだ。

しかしーーーーーー

 

「そんなのこと・・・・ない・・・・ッ」

 

士道は声に力を込めて拳をぐっと握り、ドラゴンは士道の行動を予見していたのか、ハァっと面倒臭そうなため息を漏らした。

 

「だって・・・・今日は空間震が起きてねえじゃねえか! きっといつもと何か違いがあるんだ・・・・ッ! それさえ突き止めれば・・・・!」

 

しかし十香は、ゆっくりと首を振った。

 

「たとえその方法が確立したとしても、不定期に存在がこちらに固着するのは止められない。現界の数は減らないだろう」

 

「じゃあ・・・・ッ! もう向こうに帰らなければ良いだろうが!」

 

士道が叫ぶと、十香はそんな考えをまったく持っていなかったように目を見開いて顔を上げた。

 

「そんなことがーーー可能なはずは・・・・」

 

「試したのか!? 一度でも!」

 

「・・・・・・・」

 

十香が唇を結んで黙り込み。士道も確信が有るわけではない。しかし、それが可能ならば、空間震は起こらなくなる。

確か琴里の説明では、精霊が異空間からこちらの世界に移動する際の余波が空間震になるという話だった。

そして、十香が自分の意思とは関係なく不定期にこちらの世界に引っ張られてしまうと言うなら、最初からずっとこちらにとどまっていればよいのだ。

 

「で、でも、あれだぞ。私は知らない事が多すぎるぞ?」

 

「そんなもん、俺が全部教えてやる!」

 

十香が発した言葉に、士道は即座に返す。

 

「寝床や食べる物だって必要になる」

 

「それも・・・・どうにかするッ!」

 

「予想外の事態が起こるかもしれない」

 

「んなもん起きたら考えろッ!」

 

十香は少しの間黙り込んでから、小さく唇を開いてきた。

 

「・・・・本当に、私は生きていてもいいのか?」

 

「ああ!」

 

「この世界にいてもいいのか?」

 

「そうだ!」

 

「・・・・そんな事を言ってくれるのは、きっとシドーだけだぞ。ASTはもちろん、他の人間達だって、こんな危険な存在が、自分達の生活空間にいたら嫌にきまっている。あの異形の奴らも私を狙ってくる・・・・」

 

≪・・・・と、言っているが?≫

 

「知ったことかそんなもん・・・・ッ!! ASTだぁ!? 他の人間だぁ!? ファントムだぁ!? そいつらが十香! お前を否定するってんなら! それを越えるくらい俺が! “お前を肯定する”ッ!」

 

叫んで。士道は、士道は『ドライバーオンリング』を嵌めた右手の拳を十香に突き出し。

 

 

 

 

 

「俺がお前の! “最後の希望”になってやるッ!!」

 

 

 

 

 

十香の肩が、小さく震える。士道は握っていた拳を開く。

 

「握れ! 今はーーーそれだけでいい・・・・ッ!」

 

十香は顔をうつむかせ、数瞬の間思案するように沈黙した後、ゆっくりと顔を上げ、そろそろと手を伸ばしてきた。

 

「シドー・・・・」

 

と。十香の手が士道の手と触れ合おうとした瞬間。

 

「≪ーーーーーー!!≫」

 

士道とドラゴンは、途方もない寒気に襲われた。その感覚には覚えが合った。『魔獣 ファントム』との戦いの中で何度もその身で味わってきた嫌な気配ーーーーーー殺気だ。

 

「十香!」

 

「・・・・っ」

 

士道は十香が答えるよりも早く。士道が両手で思い切り十香を突き飛ばした。

細身の十香は突然の衝撃に耐えられず、漫画みたいにゴロンと後ろに転がった。それから刹那も間を置かず。

 

「ーーーーーーーーーーーーーーーあ」

 

士道は胸と腹の間くらいに、凄まじい衝撃を感じた。

 

「なーーーーーー何をする!」

 

砂まみれになった十香が非難の声を上げてくる。

 

「と、十香・・・・!」

 

「ーーーシドー?」

 

十香が呆然と言ってくる。士道は内心焦りながらも、無理矢理笑みを浮かべて十香に言葉を発する。

 

「だ・・・・大丈夫だ、十香・・・・お、俺は・・・・だい、じょうぶ、だ・・・・か、ら・・・・」

 

士道はそのまま、“脇腹に大きな風穴が空いた身体”の膝を折って、静かに倒れたーーーーーーーーー。

 

 

ー折紙sideー

 

「あーーーーーー」

 

折紙は、随意領域<テリトリー>で強化された視力で、崩れ落ちる士道の影を見ながら、自分の喉からそんな声が漏れるのを感じた。

宅地開発のために平らに整備された地面に腹ばいになり、対精霊ライフル〈C C C<クライ・クライ・クライ>〉を構えたまま、数瞬の間身体を硬直させる。

数秒前に折紙は、〈C C C〉の顕現装置<リアライザ>を起動させると、装填された特殊弾頭に攻性結界を付与させ、完璧に狙いを定めてから引き金を引いた。外れる要素は微塵もなかった。

ーーー士道が、精霊を突き飛ばさなければ。

折紙の放った弾はーーー精霊の代わりに士道の身体を、綺麗に削り取った。

 

「ーーーーーーーーー」

 

今度は、声すら出なかった。

指が、引き金を引いた指が、微細に震えているのが分かる。

だって、今、自分は、士道をーーー

 

「ーーー折紙ッ!」

 

「ーーーっ」

 

燎子の声で我に返る折紙。

 

「悔いるのは後にしなさい! 後で死ぬほど責めるから! 今はーーー生き延びることだけ、考えなさい・・・・ッ!」

 

言って燎子は、戦慄した様子で公園を睨んだ。

 

 

 

ー十香sideー

 

「シドー・・・・?」

 

名を呼ぶが、返事はない。地面に横たわる士道の胸には、十香の手のひらを広げたよりも大きな穴が開いている。

 

「シーーー、ドー」

 

頭が混乱している十香は、士道の頭の隣に膝を折ると、その頬をつついた。

しかし無情にも、士道は何の反応もしてくれ、ない。

数瞬前まで十香に差し伸べられていた手には、一部の隙もなく血に濡れ、指輪も血により真っ赤に染まっていた。

 

「ぅ、ぁ、あ、あーーーー」

 

数秒のあと、混乱していた頭が状況を理解し始めた。

・・・・辺りに立ちこめる焦げ臭さには覚えが合った。

いつも十香を殺そうと襲ってくるあの一団ーーーASTのものだ。

研ぎ澄まされた一撃。恐らくーーーいつも自分に向かってくるあの女。

如何に十香とはいえ、霊装を纏っていない状態であれを受けたなら、無事では済まなかっただろう。

まして今は変身していない士道がそんな攻撃をうけてしまったなら。

 

「ーーーーーーーーー」

 

十香は途方もない目眩を感じながらも、未だ光の宿っていない瞳で空を眺める士道の目に手を置き、ゆっくりと瞼を閉じさせ、着ていた制服の上着を脱ぐと、優しく士道の亡骸にかける。

次いで十香はゆらりと立ち上がると、顔を空に向けた。

 

ーーー嗚呼、嗚呼。

駄目だった。やはり、駄目だった。

一瞬ーーーーーー十香はこの世界で生きていられるかもしれないと思った。

シドーがそばにいてくれるなら、絶対なんとかなるかも知れないと思った。

すごく大変で難しいだろうけど、士道とならできるかもしれないと思った。

だけれど。

嗚呼、だけれども。

やはり、“駄目”、だった

この世界はーーーーーー十香を否定した。

それも考え得る限り、最低最悪の手段を以てーーーーーーッ!

 

「ーーーー〈神威霊装・十番<アドナイ・メレク>〉・・・・ッ」

 

喉の奥からその名を絞り出した。霊装。絶対にして最強の、十香の“領域”。

 

瞬間、世界が、啼いた。

周囲の景色がぐにゃりと歪み、十香の身体に絡みついて、荘厳なる霊装の形を取る。

そして光輝く膜がその内部やスカートを彩りーーーー災厄は、降臨した。

ぎしぎし、ぎしぎしと、空が軋む。

突然霊装を顕現させた十香に、不満を囀ずるように。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

十香は視線を少し下げると、山が削り取られたかのように平らになった高台に、今士道を撃った人間がいる。

“殺すに足りてしまった人間”が、いる。

十香が地面に踵を突き立てた瞬間、そこから巨大な剣が納められた玉座が現出し、十香はトン、と地を蹴ると、玉座の肘掛けに足をかけ、背もたれから剣を引き抜いた。

そしてーーーーーー。

 

 

 

「ああ」

 

 

 

喉を震わせる。

 

 

 

「ああああああああああああ」

 

 

 

天に響くように。

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーッ!!」

 

 

 

 

地に轟くように。

自分の頭を麻痺させて、自我を摩擦させるような感覚。

自分の心がどす黒いものに染まり、ソコから『何か』が生まれようとする感覚。

 

「よくも」

 

十香の目が、湿る。

 

「よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくも」

 

十香は剣を握る手に力を込めると、視線の先まで“距離を殺した”。

 

「なーーーッ!?」

 

「ーーーーーー」

 

瞬きほどの間も置かず、十香は今し方見ていた高台に移動していた。

目前には驚愕に目を見開く女と、無味な表情の少女がいる。

憎い、憎いその貌を見ると同時に、十香は吼えた。

 

「〈鏖殺公<サンダルフォン>ーーー【最後の剣<ハルヴァンヘレヴ>】!!〉」

 

刹那、十香が足を置いていた玉座に亀裂が走り、バラバラに砕け散った。

そして玉座の破片が十香の握った剣にまとわりつい、そのシルエットをさらに大きなものに変えていく。

しかし十香はそれを軽々と振りかぶると、二人の女に向かっ振り下ろした。

刀身の光が一層強いものになり、一瞬にして太刀筋の延長線上である地面を這っていく。

次の瞬間、凄まじい爆発が辺りを襲った。

 

「な・・・・ッ!」

 

「ーーーーーーく」

 

すんでの所で左右に逃れた二人が、戦慄に染まった声を上げる。それはそうだろう。十香はただの一撃で、広大な台地を縦に両断したのだから。

 

「この・・・・ッ、化物めーーー!」

 

長身の女が叫び、無骨な剣のような武器を振るって十香に攻撃を仕掛けるが、霊装を纏った十香に通じるはずもなく、視線をそちらに向けるだけで、その攻撃を霧散させた。

 

「嘘ーーー」

 

女の顔が絶望に染まるが、十香はそんなものに興味を示さず、もう1人の少女に目を向けた。

 

「ーーー嗚呼、嗚呼。貴様だな、貴様だな。我が友を、我が親友を、シドーを殺したのは、貴様だな」

 

「ーーーーーーっ」

 

十香が静かにそう言うと、少女が初めて、ほんの少しだが、表情を歪めた。

しかし、十香にはそんなことどうでもよかった。

【最後の剣<ハルヴァンヘレヴ>】を止められるものなど、この世界には存在しないのだから。

真っ暗に淀んだ瞳で少女を見下ろしながら、“冷静に、狂う”。

 

「ーーーーーー殺して、壊して、消し尽くす。死んで絶んで滅に尽くせ」

 

そして、十香の霊装に、イヤ、十香の肉体に、異変が起こった。

絶対不可侵の霊装に包まれた十香の肢体に、“紫色の亀裂”が生まれ、その亀裂が徐々に、静かに、小さく広がっていったーーーーーーーーー。

 

 

 

ードラゴンsideー

 

≪ハァ、また面倒な事になったものだ≫

 

十香の暴走をドラゴンは呆れたようにため息を漏らし、倒れる士道の体内から士道の様子を眺める。

 

≪フム。やっと発動したか≫

 

突然、士道の制服、イヤ、“風穴が開いた身体が燃え始めた”。身体を燃やす炎は、まるで身体の内部から燃え出したようだった。

 

≪・・・・・・・・・・・・≫

 

ドラゴンはもはや馴れた様子で見据えると、制服が燃え落ち、綺麗にくり貫かれた士道の身体が露わになり、なんと士道の身体をぽっかりと消失した欠損断面が燃え、その炎は士道の身体の傷を見えなくするくらいに燃え上がってからーーー徐々に勢いを無くし、炎が舐め取った後には、完全に再生された士道の身体が存在していた。

そしてーーーーーー。

 

「ーーーーーーーーーん」

 

≪おいこのヌケサク。さっさと起きろ。どうせ死ぬなら絶望して、この我をこの貧弱で脆弱で軟弱な身体から解放してから、涙や鼻水や涎を垂らしまくって、惨めに憐れに見苦しく泣き喚いて、無様かつ醜く汚ならしく穢らわしく死ぬがいい≫

 

「誰が死ぬか! このド腐れトカゲッ!!」

 

ドラゴンの毒舌のマシンガンに、カッと目を見開いた士道は、バネ仕掛けのように跳ね起きて、内部のドラゴンに怒鳴り付ける。

 

≪なんだやはり死ななかった。・・・・チッ、ゴキブリのようにしぶといヤツめ。そろそろ悪運が尽きてしまえ≫

 

「おい少しは生きててくれて良かったとか言えねえのかよ!?」

 

≪お前など生きてても、面倒事に首を突っ込みまくる厄介者なだけだ≫

 

「ああそうかい!」

 

≪それで、起きぬけの気分はどうだ?≫

 

「お陰様で、最悪だ!・・・・・・・・んで状況は?」

 

≪ご覧の通り、最悪だ。アレを見ろ≫

 

ドラゴンに促されて見ると、士道の顔は渋面になる。

 

「やっぱり、十香は・・・・」

 

≪しかも、ファントムまで出てきたぞ≫

 

「何!?」

 

士道が振り向くと、軍服を着た壮年の男性、ASTの網野中佐が、その顔に冷酷な笑みを浮かべて現れた。

 

「やはり生きていたか、指輪の魔法使い」

 

網野中佐の顔が異形の影と重なると、身体から青い魔力を放出し、その肉体が異形の魔物、片方の角を失った、『ミノタウロスファントム』へと変貌した。

 

『指輪の魔法使いには“再生能力”が有ると、話には聞いていたが、お前、本当に人間か?』

 

「お前らと一緒にするな。俺は間違いなく人間だよ」

 

≪まあこの能力で、何度も死にかけた傷が治ったからな≫

 

士道は初めから魔獣ファントムと戦えてた訳ではない。

元々平凡な高校生で、生来の甘い性格故に、魔獣ファントムと戦い始めた頃は油断や殺し合いに躊躇いその都度、腕をもがれたり、足を切られたり、肩や腹を槍で貫かれたり、鈍器のような武器で頭を潰れるかと思う程の傷を負ったりして、何度も死にかけた。

そしてその度に、この能力のお陰で傷が再生されてきた。当初は自分の能力に戸惑ったが、今やもう慣れたようなものである。

 

『本当ならお前に関わっているヒマは無いが、『精霊が絶望して生まれるファントム』を手に入れれば、『メデューサ様』と『フェニックス様』もさぞやお喜びになられるだろうからな。邪魔をされる前に排除する』

 

≪『メデューサ』に『フェニックス』・・・・あの牛の上位存在といったところか≫

 

「ふざけるな・・・・! 十香を絶望なんかさせない・・・・! 十香を『ファントム』なんかにさせて堪るか!」

 

[ドライバーオン プリーズ]

 

士道がベルトをウィザードライバーへと召喚する。

 

「お前をとっとと、片付けるっ!」

 

左中指に『フレイムウィザードリング』を嵌めて、ウィザードライバーを左手向きに変える。

 

[シャバドゥビタッチヘンシン~♪ シャバドゥビタッチヘンシン~♪ シャバドゥビタッチヘンシン~♪]

 

「変身!」

 

士道は『フレイムウィザードリング』を上げて、リングのメガネを下ろすと、リングをベルトに翳した!

 

[フレイム プリーズ ヒーヒー ヒーヒーヒー!!]

 

横に伸ばした左手の先から炎の魔法陣が現れ、士道の身体を通りすぎると、士道の身体は黒いロングコートスーツに、紅玉の仮面と鎧を纏った烈火の魔法使い、『ウィザード フレイムスタイル』へと変身した!

 

「さあ、ショータイムだ」

 

風で靡くロングコートに、オレンジ色の夕焼けに照らされた赤き宝玉に包まれたその姿、ウィザード<士道>は『フレイムウィザードリング』をミノタウロスに見せるように顔の横に持っていき、戦闘開始のゴングの台詞を発した。




次回、ウィザード<士道>とドラゴンの凸凹コンビが大暴れする!・・・・かも。

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