デート・ア・ライブ 指輪の魔法使いと精霊の恋愛譚 作:BREAKERZ
ー狂三sideー
「・・・・、そう、ですの」
狂三は小さく息を詰まらせる。
折紙の決意に気圧された訳ではない。ただーーーーその目的に一瞬だけ、己の姿を重ねて見てしまったからだ。
「わたくしが断ったなら、いかがするつもりですの?」
「あなたが了承してくれるよう、手を尽くすだけ」
「・・・・ふうん、言ってくださいますわね」
手を尽くす、その言葉の裏には、強行手段もじさないと容易に想像できる。折紙がその気になれば、狂三に無理矢理にでも【12の弾<ユッド・ベート>】を撃たせようと言う意志を感じる。
「(わたくしを侮っているのか、突然手に入れた精霊の力に舞い上がっている、訳ではないですわね・・・・)」
狂三はそう思案するが、すぐに否定する。あの常に沈着冷静で合理的な思考ができる折紙が、そんな理由で戦力を見誤るとは思えない。
「(本当にわたくしを屈服させる事ができるのでしょうか、それとも、計算も何もせずわたくしの前に立っているのでしょうか・・・・?)」
聡明な折紙が無謀な行動に出るとは思えないが、何故か狂三は折紙の行動が後者に思えて仕方なかった。
あの折紙が士道のように後先考えずに進んでしまう理由。本当に可能かどうかすら確認の取れていない可能性に縋る為、敵の前に立つ理由。
取り替えしようの無い過去を、取り返せる可能性。
過ぎ去ってしまった出来事を、やり直せる可能性。
その手から零れ落ちてしまった物を、その手に戻す可能性。
その甘い誘惑は、いとも容易く人の心に入り込み、麻薬のように侵食を広げていく。例え本人がそれを自覚していようと構わず、焦がれるようにそれを求めてしまう。
ーーーー狂三にはそれが、痛い程理解できてしまっていた。
「・・・・・・・・」
狂三は無言で銃口を下げた。
「・・・・まあ、良いですわ。わたくしとしても、【12の弾<ユッド・ベート>】を1度も撃たないまま『本番』を迎えるのは不安でしたし。あなたを実験台にさせていただくと致しますわ」
「・・・・! 本当?」
折紙が目を見開き、言ってくる。その表情は、いつも表情筋がない鉄仮面のような折紙からは想像できない位に純粋でーーーー無邪気な幼子にすら見える。
「・・・・何だか、調子が狂いますわね」
狂三がポリポリと頬を掻くと、気を取り直すように咳払いをした。
「とは言え、【12の弾<ユッド・ベート>】の使用には膨大な霊力が必要になりましてよ。勿論、わたくしの霊力を使う気は毛頭ありませんわ。士道さんが保有する霊力ーーーーもしくは、ドラゴンさんが生み出した“霊力と魔力の融合した力”と同等の物を、あなたに支払えまして?」
「私の戦いに士道を巻き込むつもりはない。私の霊力が必要ならどれくらい必要なの?」
士道の都合に関わった結果が今の状況なのに、それでも士道への想いは消えていないようである。
真摯な視線で問う折紙に、狂三は人差し指を立て、思案するように唇に触れさせる。
「・・・・遡行する日時がどれだけ離れているかによって変化しますわね。それが過去であればある程、消費する霊力は指数関数的に増えていきますわ。それこそーーーー“30年前まで遡ろうとすれば”、精霊1人の命を使い潰してしまいかねない位に」
「・・・・“30年前”?」
怪訝そうな顔になる折紙に、狂三は適当に手を振って誤魔化して、再度折紙の目を見る。
「後はーーーーそうですわね。遡行先の時間にどれ位の長さ留まっているかによっても使用霊力の量は変動致しますけれど・・・・こればかりは、わたくしも試した事が無いので感覚が掴めておりませんの。勿論、過去に戻った側から現代の時間に戻される等と言う事は無いと思いますけれど、細かな時間指定までは対応しかねますわ」
「構わない。ーーーーすぐに始末を付ければ問題ない」
狂三の言葉に折紙は即座に答えた。
余程自信があるのか、その目に迷いや逡巡は感じられない。
実際、こうして対面すると、折紙の纏う霊力は濃密だ。これならば、必要な霊力を消費しても、十分戦える余力を残せるだろう。
「そうですの。ーーーーでは」
狂三はその場でクルリと身を翻すと、空いている左手でスカートを摘まみ、大仰にお辞儀をして見せる。
「早速始めさせていただきますわ。ーーーーさあ、おいでませ、〈刻々帝<ザアアアアフキエエエエル>〉」
するとその声に合わせるように、狂三の足元に蟠った影から、巨大な時計の文字盤が出現した。
狂三の持つ、時間を操る天使〈刻々帝<ザフキエル>〉である。
狂三は既に右手に持っていた歩兵銃の銃口を上方に掲げながら、タン、タン、とその場でステップを踏むように足を鳴らした。
その瞬間、狂三の影の面積が広がり、ビル屋上を這うようにして折紙の足元に蟠った。
「ーーーーこれは」
すぐに異常に気づき、折紙が眉根を寄せる。
「うふふ、覚えておられますかしら」
狂三は唇の端を上げて笑う。それは以前、折紙は学校で此を踏んだのだ。
〈時喰みの城〉。狂三の影を広げ、それを踏んでいる人間から『時間』を吸収する狂三の能力である。しかもこれは、いつも使う広範囲版ではなく、影を極限まで恐縮し、対象から直接霊力を吸収できるよう設定した特別版だ。恐らく折紙は今、自分の力が急激に抜き取られている感覚を覚えているだろう。
「もしやめるのなら、今が最後のチャンスですわよ。わたくしは不誠実ですわ。もしかしたら、霊力を奪うだけ奪って、約束を反故にするかも知れませんがわよ?」
嫌らしく笑みを浮かべる狂三。だが折紙は、まっすぐ狂三を見据えたまま視線を外さなかった。
「・・・・それでも、私は、あなたに縋るしかない」
「そうですの」
自分と同じく計算高い折紙とは思えない言葉だ。狂三は呆れるように息を吐くと、折紙から十分な量の霊力を確保するのを待ってから、銃を握る右手に力を込める。
今自分が言ったように、折紙の霊力を吸い付くしてしまう手もあった。それか自分の為に余分に吸ってしまおうとすら思った。
が・・・・自分でも良く分からないが、それをしなかった。もしかしたら、見たいのかも知れない。
自分以外に、“その”方法に辿り着いたーーーー辿り着いてしまった少女が、どのような道を切り開くのかを。
「(ーーーー或いは、どのような末路を辿るのかを、見てみたいのかも知れませんわね)・・・・〈刻々帝<ザフキエル>〉ーーーー【12の弾<ユッド・ベート>】!!」
その存在の、その能力を“織り”ながら、叫んだ。1度も撃った事のない最後の弾の名を。
時の天使は今まで聞いた事のない軋みを上げ、黒い輝きを放ち、霊力の余波が雷のように弾け、辺りにバチバチと散る。
やがてそれらは文字盤のⅩⅡに収束され、ソコから濃密な影が迸り、狂三構えた銃の銃口に吸い込まれる。弾を収めた銃が、手の中で震えるような感覚。超濃密な霊力が、銃の中で暴れ回っているのだ。
まるで時間と言う不可逆にして不可侵な存在を超越する、神の条理に背きし力を握る感触。
狂三はニッと唇を歪めると、その銃口を折紙に向けーーーー引き金を引いた。
「痛みは一瞬かも知れませんが。さあ、行ってらっしゃいまし、折紙さん。ーーーーあなたの悲願を叶える為に」
銃口から放たれた漆黒の弾丸は、黒い軌跡を空間に残しながら一直線に飛んで行きーーーー。
「・・・・ッ!」
折紙の胸元に触れた瞬間、その身体を弾の回転に巻き込むように抉り、捻れが次第に大きくなっていくと、やがて折紙の身体は、弾道に引っ張られるように湾曲し、その空間から消えた。
「・・・・ふぅ」
一瞬後、折紙がこの時代から消えたのを確認した狂三は銃を下ろした。
「ーーーー見せてくださいまし。世界を書き換えようと言う愚かで無謀な行いを、神がどこまで許すのか」
狂三は祈るような独り言を呟くと、手から力を抜き、銃を影に落とした。
ー折紙sideー
「う・・・・」
折紙は小さく息を眉をひそめて、目を開けた。狂三の弾が身体に触れた瞬間、自分の存在がネジ切られるかのような感覚が襲い、一瞬意識が断絶された。
一瞬の痛みはないが、足を掴まれ身体を滅茶苦茶に振り回された後のような酩酊感と嘔吐感が胸に蟠っていた。
「・・・・っ」
その一瞬後、折紙は思わず息を詰まらせた。今自分は昼の青空から、真っ逆さまに地上に向かって落下していたのだ。
「ふッーーーー」
これが士道ならばワーワー! と情けなく喚いている所だが、折紙は冷静に身体に軽く力を入れると、空中に静止し、姿勢を正した。CR-ユニットでの訓練が生かされている。
ーーーー最も、今の折紙ならば、成層圏から落下しても死ぬ事は無いだろう。
「ここは・・・・5年前の、天宮市」
折紙は眼下の街の情景を確認してその言葉を口にした。
思わずの全身に鳥肌が立った事を感じた。興奮で動悸が激しくなる。暫くは声を発せられない。
だが、決して叶わない筈だった悲願に指を掛けられた瞬間がやって来た。
「ーーーーああ」
感嘆の息を細く吐いた折紙は、拳を握り、決意を新たにするように視線を鋭くした。
「(ーーーー今は、そこまでで良い)」
これ以上言葉は、『目的』を達した後だ。漸くこの舞台に上がった。ーーーー折紙の脳裏に、あの時の忌まわしい光景が思い起こされた。
燃え盛る街。空から降り注いだ光によって燃やされる両親。ーーーー空に浮遊した、憎き精霊のシルエット。
父と母が殺される前に、あの精霊を殺す。両親が死んだと言う事実その物を、無かった事にする。今まで『そう』であった世界を作り替える。
それを終えるまでは、涙を流す事は許されない。
敵は精霊であり、世界。しかし怯みや躊躇いなど欠片もない。今折紙の中に有るのは、燃え盛るような復讐心と、燦然と光輝く、希望。
「〈絶滅天使<メタトロン>〉ーーーー【天翼<マルアク>】」
この時代にいられる時間には限りがある。光の天使を高速形態にして5年前に自分が住んでいた天宮市南甲町に向かい、目的を遂げねばならない。長年抱き続けた殺意が刃のように研ぎ澄まされていくと、空間震警報とは違った、けたたましいサイレンが耳に入ったーーーーこれは、火災警報と消防車と救急車のサイレンだ。
「・・・・ッ」
それと同時に、折紙は目の前が陽炎のように揺らめくのを感じた。
前方にある街がーーーー燃えている。
5年前の大事件、『南甲町大火災』。
「・・・・っ、ならーーーー」
目の前で起こった大火災は、五河琴里ーーーー炎の精霊〈イフリート〉が起こしたものである。精霊の力を制御しきれず、その膨大な霊力の余波で辺りを火の海に変えてしまったのだ。ならば今、そこにいる筈なのである。
ーーーー五河琴里を精霊にした、“もう1人の精霊”が。
「ふッーーーー」
折紙は高度を下げて、火の粉と黒煙によって視界が悪い街の上を巡るように飛んでいると、黒髪の女の子2人が、燃え盛る家屋の前で両膝をついて茫然自失している姿が視界に過り、その近くでーーーー発見した。
小学生位の少年と、淡く輝く霊装を纏った幼い少女の姿を。
「・・・・、士道・・・・!」
折紙は思わず声を発する。それは間違いなく、折紙の恋人(折紙曰く)・五河士道と、その妹ーーーー五河琴里の5年前の姿だったのである。
と、言う事はーーーー。
「ーーーー」
折紙は、見つけた。地面にへたり込む士道達の、すぐ隣。そこに。
『それ』が、いた。
存在にノイズがかかったような精霊が、そこにいた。その姿は、折紙に精霊の力を与えた存在と酷似していた。同一の存在なのか、別の個体なのか、そんな事は今の折紙には取るに足らない些末な事。
「ーーーー見つ、けた」
折紙が呟くと同時に、全身の体温がスウッと下がっていくのを感じる。
「見つけた。見つけた。見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた。ーーーーついに、見つけた」
意識がクリアーになり、視界の中にその精霊ーーーー〈ファントム〉しか見えなくなる。
死ぬほど会いたかった仇を漸く見つけたのに、折紙の頭は異常な程に冷静ーーーー寧ろ冷たすぎて、凍傷になってしまいそうだ。
己の全てが、『それ』を滅する為の機械になっていくような感覚。折紙は1つの殺意であり、刃となった。
「ーーーー〈殲滅天使<メタトロン>〉」
右手を掲げて名を呼ぶと、背に顕現していた光の天使の一房が独立して動き、その先端を下方に向け、先端から光線が迸り、地上に立つ〈ファントム〉を襲う。
が、着弾する寸前、〈ファントム〉がその姿を消した。
「・・・・・・・・」
しかし、折紙は焦らず、ゆっくりと、前方に顔をあげると、先ほどまで地上にいた〈ファントム〉が、自分のいる空中に飛んでいた。
【ーーーーあれ? いきなり攻撃してくるなんて一体何者かと思ったら・・・・君は、精霊なの?】
聞き取り辛い声で〈ファントム〉が話しかけてくる。
その身体はノイズに覆われ表情は見れなかったが、驚いたような仕草をしているのは何となく分かった。
〈ファントム〉は興味深げに折紙を見回し、言葉を続ける。
【しかもその天使ーーーー〈殲滅天使<メタトロン>〉・・・・? 一体どういう事かな? 私はまだ、その『霊結晶<セフィラ>』を持っているのだけれど】
首を傾げて言う。その言葉から、どうやら同一の存在であるようだ。
だが、今の折紙にはもう、仇から力を得てしまったと言う嫌悪は無かった。寧ろ、己の与えた力で討たれる事になるこの〈ファントム〉の失策に、ある種の優越感に近い高揚感すら覚えた。
【ねえ、君は、誰? 一体どこから来たの? なぜ私を攻撃するの?】
「ーーーーああああああああああッ!」
折紙は答えず、叫び声をあげると、右手を前方に向けると、背中の〈殲滅天使<メタトロン>〉の先端が全て〈ファントム〉に向き、光線を放つ。
が、〈ファントム〉は身体を蠢動させ、紙一重で回避する。
【・・・・間違いなく〈殲滅天使<メタトロン>〉ーーーーか。だとすると考えられるのは・・・・〈刻々帝<ザフキエル>〉の力で時間遡行でもしてきたのかな? もしそうだとしたら・・・・少し意外だな。まさかあの子が誰かに力を貸すなんて】
「【光剣<カドウール>】・・・・っ!」
〈ファントム〉が独り言を呟くが、折紙は構わず、翼状の天使を散開させ、オールレンジ攻撃を仕掛ける。
「ーーーーはぁぁぁぁッ!!」
【ーーーーっ】
〈ファントム〉が息を詰まらせ、空中を滑るように回避するが、全力で放たれる破壊の閃光に何時までも回避できないと判断したのか、〈殲滅天使<メタトロン>〉の間を抜けるように後方に離脱し、そのまま折紙から逃れようと空を飛んでいく。
「逃がさない・・・・!」
折紙は視線を鋭くすると、光の天使を周囲に展開させたまま、〈ファントム〉を追撃する。
【はあ・・・・どうやら、未来の私は随分と君に恨みを買ってしまったみたいだね】
どれくらいの追いかけっこが続いた頃だろう、空を縦横無尽に飛び回りながら光線を回避しながら、〈ファントム〉がウンザリとした声を発した。
【・・・・でも、悪いけれど、ここで君に殺されてあげる訳にはいかないんだ。ーーーー私にも、叶えなければならない願いがあるからね】
「・・・・・・・・ッ、願いーーーーだと」
その言葉に眉根を寄せる折紙の言葉に呼応するかのように天使は攻撃を激しくする。
「私のお父さんを・・・・私のお母さんを殺しておいて、『願い』・・・・? ふざけるな、ふざけるな。ふざけるな・・・・ッ! あなたには、願う間さえ与えない。祈る時間さえ与えない。何も成さないまま死んでいけ。何も残さないまま消えていけ。その空虚な心に、後悔だけを抱いてこの世から消えろーーーーッ!」
しかし。〈ファントム〉は不思議そうに首を傾げた。
【君のお母さんと、お母さん・・・・? 何を言っているの? 覚えがないよ。悪いけれど、人違いじゃあないかな?】
「・・・・ッ!」
〈ファントム〉の言葉に、折紙は息を詰まらせた。
とは言え、まだこの段階では折紙の両親は殺されていないのだから当然だ。
が、「覚えがない」のその言葉は、1つの純然たる事実を示していた。
つまり、〈ファントム〉の行為に計画性はなく、道理はなくーーーー理由すら、無かった。
両親を殺した事実は、何の主義も目的となく、ただのその場の気紛れかーーーー路傍の蟻でも踏み潰した程度の、取るに足らない出来事だと。
とうに憤慨に狂った頭が、さらにグチャグチャに掻き回された感覚を折紙は覚えた。
怒りが血液として全身の隅々に駆け巡り、皮膚を突き破ってしまいそうだ。
憤怒。殺意。憎悪。もはやこの感覚をそんな言葉で言い表せない狂気的な感情。
ただ確かな事はーーーー〈ファントム〉がこの世界に存在している事が、絶対に許容できない。
「貴ーーーー様ァァァァァァァァッ!」
絶叫と共に、空に散らせた〈殲滅天使<メタトロン>〉による、怒濤の攻撃を光の雨のように降り注がせた。
〈ファントム〉は回避するが、折紙は数分の攻防でその回避の癖を見抜き、敢えて避けやすい箇所を作りそこに誘導し光線による檻を作り、さらに〈ファントム〉の頭上から極大の光線を下方に向けて放った。
【・・・・ッ】
初めて声に狼狽を滲ませる〈ファントム〉だが、紙一重で頭上から降り注ぐ光線を回避し、“その光線が地上に突き刺さる”。
が、光の檻が〈ファントム〉を包む霊力の壁とぶつかり合い、霊力を火花のように散らし、一瞬目が眩む程の凄まじい光が辺りに広がる。
だが、〈ファントム〉は攻撃をせず、その場に留まり静かに声を発する。
「・・・・今のはお見事だったよ。流石に避けきれなかった。まさか、こんなにも見事に〈殲滅天使<メタトロン>〉を使いこなすなんて」
「ーーーー?」
と。先ほどまでの声と違った〈ファントム〉声に思わず眉をひそめ、攻撃の手を止めてしまった折紙。
普段の折紙ではあり得ないミスであるが、まるでそれはーーーー年若い、聞き覚えのある女性の声だったからだ。
「・・・・しかし、困ったな。出来れば厄介事は避けたいのだけれど、これほどの力を振るえる少女に霊結晶<セフィラ>を渡さないと言うのは考えられないし・・・・。自分に弓引く事を分かっていながら、反逆の精霊を作ってしまう事になる・・・・か」
〈ファントム〉が折紙にクルリと背を向けた。その姿は、恐らく折紙との攻防でノイズの膜が一時的に消えており、全身をノイズが覆った正体不明の姿ではなくーーーー長い髪を風になびかせた、少女のようである。
「あなた、はーーーー」
折紙の声を無視して、少女が声を発する。
「・・・・まあ、それも仕方ないか。力ある精霊の誕生は、歓迎すべき事だしね。この一撃は甘んじて受け入れるとするよ。全てはーーーー私の願いの為にーーーーじゃあね。私はこれでお暇する事にするよ。今日の目的は取り敢えず達したしね。本当は君の力をもう少し見たいのだけれど・・・・これ以上ここにいても、良い事は無さそうだ」
そう言って、折紙に顔を見せないまま、少女は小さく手を振り、その姿はゆっくりと虚空に掻き消えた。
折紙は天使で攻撃するが、既に少女は消えてしまった。
仇を討てず、悔しさが全身を駆け巡りそうになるが、冷静に思考すると、これでーーーー両親は殺されずに済んだと言う事である。
「ーーーーあ、あ・・・・お父さん・・・・お母さん・・・・」
折紙の目に、涙が滲む。
歴史が、変わった。
世界は、作り替えられる。
タイムリミットが過ぎ、現代に戻れば、きっと両親の笑顔が自分を待っている筈。
やり遂げた、この手で両親を取り戻した。
覆しようのない筈の事実を、消し去ったのだ。
ーーーーと。
「・・・・? ここは」
折紙は気づき、眼下を見下ろすと、そこは無論、炎に包まれた住宅街の一角。
よくよく見ればそこは、かつて折紙が住んでいた場所だ。
「ーーーーえ? あれ、はーーーー」
そして。折紙の眼下にいたのはーーーー5年前の折紙の姿だった。
「え・・・・、ぁーーーー」
心臓が、跳ねる。
頭が、グルグルとかき混ぜられるかのような感覚。五感等を潰し、外界からの情報を閉ざしたくなる衝動。
だが、見てしまった。半ば無意識の内に、視線が動いてしまった。
ーーーー地面にへたり込む、小学生の折紙が見ている、その先を。
「あ・・・・、ぁ・・・・」
ソコにはまるでーーーー“上空から光線でも降り注いだかのような破壊痕”が。
そしてその中央には、人間の形をしていたであろう肉片と骨片が、無数に散らばっていた。
それは、折紙が〈ファントム〉に放った光線の真下に。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ・・・・」
視界が揺らぎ、喉が張り付く、指先が震えて、過去の光景がフラッシュバックする。
両親を殺した犯人、精霊の存在を知らなかった当時の折紙はその姿をこう表した。
ーーーー天使、と。
「ーーーーーーーー」
地上にいる5年前の折紙が自分を見上げる。
折紙はその視線を追い、震える両手を見る。
ーーーー自分の姿は、天使に見える。
「あ、あ、あ、ああああああああああああ」
全身が震え、頭を抱え身を捩る。自分が摩滅し、消えてしまうような感覚。
否、或いは願望に近かった。今すぐに己を消し去ってしまいたい嫌悪感が、脳髄を満たす。自分の存在を許す事ができない絶望が、心の間隙を埋め尽くす。
ーーーービキビキ・・・・!!
身体が裂き初め、無数の紫色の皹が身体を覆い尽くそうとする。自分じゃない『何か』が、生まれようとしている。
地上にいる5年前の自分の声が、鮮明に届いてきた。
ーーーーお、まえ、が・・・・お父さんと、お母さんを。
ーーーー許、さない・・・・! 殺す・・・・殺してやる・・・・ッ! 私がーーーー必ず・・・・っ!
それは、折紙が5年間も繰り返した呪詛の言葉。
全てを理解した。理解、してしまった。
士道達の言うとおり、5年前に複数の精霊が現れた。その精霊は、“3人”いたのだ。
大火災を起こした〈イフリート〉五河琴里。
琴里を精霊にした〈ファントム〉。
そしてーーーーその〈ファントム〉を討ちに、未来から舞い戻った・・・・折紙。
折紙は、掠れた声を発する。
「・・・・わ、たしが・・・・お父さんと、お母さん、をーーーー?」
そう。〈ファントム〉は折紙の両親を殺めていなかった。
両親の命を奪った直接の一撃。
それは、この時代に戻ってきた折紙自身が放った、〈殲滅天使<メタトロン>〉の光だったのだ。
「あ、あ、あ、」
それを確認した瞬間。折紙の身体の皹から魔力が迸り、皹から漏れ出た魔力が、折紙の背後で徐々に、形を成していき、折紙を覆い尽くす程の巨大な何枚もの翼を広げた『何か』が、顕現していく。
しかし、折紙はそれに気づかず、視界に広がる景色の色が、反転するかのような錯覚を覚えた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
世界が裏返る感覚。
折紙は意識が途絶える寸前、自分の心が真っ黒く塗り潰されていくのを感じ、その身体を背後に現れた『何か』の巨大な翼が覆い尽くした。
ー???sideー
『あれは、一体・・・・?』
と、その折紙の異変を、両手に気を失った5年前の士道と琴里を抱き抱えたーーーー白い魔法使いが見上げていた。
完全に原作マルパク状態・・・・。