デート・ア・ライブ 指輪の魔法使いと精霊の恋愛譚 作:BREAKERZ
ー士道sideー
≪・・・・さっさと起きろ≫
バシィンっ!
「アッガイッ!?」
ドラゴンの尻尾ド突き(威力中)を喰らって、士道はベッドから落ちた。
「お、おぉ、おぉぉぉぉぉ・・・・!」
眠気を一瞬で消滅させるいつものド突きに悶絶しながらも、辺りを見回した。
何て事はない。いつもの自分の部屋である。
が、そこで。
「・・・・あれ?」
妙な違和感を覚え、士道は目をしばたたかせた。
昨日、どうやって床に就いたかの記憶が、すっぽりと抜け落ちてしまっているようだ。と言うか、今日は一体何月何日何曜日だっただろうか? 確か眠る前ーーーー。
「・・・・!」
頭の中で、細切れにされていた情報が次々と繋がっていき、意識を失う前に広がっていた光景が思い出した。
燃え盛る街。降り注ぐ光。ーーーー士道はハッとして自分の身体を見下ろした。
見た処・・・・傷や火傷は見受けられない。意識が途切れる直前、強力無比な天使の一撃が終わったように思えた。どうやら防ぎきったようだ。
その後、【12の弾<ユッド・ベート>】の効果時間が訪れて、元の時代に引き戻されたのか。
だが、次の疑問が頭の中に浮かんでくる。士道は慌ててベッドから下りると、部屋のカーテンを開けて窓を全開にした。
「ここは・・・・ドラゴン! 外の様子はっ!?」
≪見てみろ≫
ドラゴンの言うとおりに外の景色を見ると、ソコに広がっているのは、見慣れた天宮市東天宮の住宅街。右方には精霊達の住むマンションが聳えていた。
「ーーーー狂三! 狂三!(ペシッ)あたっ!」
≪阿呆めが。〈ナイトメア〉が使っていた【9の弾<テツト>】は、“異なる時間軸上にいる対象と意識を繋げる弾”だ。同じ時間軸にいては効果は発揮できん≫
「いつつ・・・・と、と言う事は?」
≪我々は戻ってきたのだ。元の世界ーーーーいや、完璧に元の世界とは違う世界、一種の平行世界<パラレルワールド>にな≫
その通りである。元の世界では反転した折紙によって破壊され、狂三曰く、地獄絵図となっていた天宮市の光景ではない。
「・・・・っ!」
それを認識した士道は部屋を出て、転げ落ちるような勢いで階段を下り、そのままリビングへと走っていき、バタン! と大きな音を立てて扉を開ける。
すると、それに驚いたのだろう。リビングのソファに座りながらテレビを見ていた中学校の制服を着た小柄な少女ーーーー琴里が、ドングリのように丸っこい目をさらに丸くして士道を見る。因みにリボンは白の通常モードだ。
「おー? どしたのおにーちゃん。朝っぱらから元気だねー」
琴里の呑気な声に、士道は大きな声をあげた。
「琴里・・・・! お前、無事だったのか!?」
「・・・・へ?」
士道が息を荒くしながら叫ぶと、琴里は、何を言っているのか分からないと言った様子で首を傾げてきた。
「・・・・おにーちゃん、寝ぼけてる?」
言われて、士道はハッと肩を揺らした。
とは言え、士道の行動も仕方ない事たった。『元の世界』では、メデューサとヘルキューレ<エレン>と交戦し、そのままどうなっていたのか分からなかったからだ。
「・・・・琴里、今日って、何月何日だ?」
「え? 11月8日に決まってるじゃん」
心配そうな目で士道を見ながら、琴里が言う。
だが、その反応は、士道にとって最高の報告であった。
「(ドラゴン・・・・その日付って・・・・?)」
≪・・・・反転した鳶一折紙<無表情娘>が、街を破壊していた日の、翌日だ≫
「ーーーーああーーーー」
士道は今にも泣き出してしまいそうな顔を作りながら琴里の元に歩いていくと、そのまま、
ーーーーはしっ。
と琴里を両手で抱き締めた。
「・・・・・・・・」
突然の事に、琴里は目を白黒させ、そしてーーーー。
「ぎゃーっ!?」
混乱した。
「琴里・・・・琴里・・・・ッ! 良かった・・・・本当にーーーー」
「ぎゃーっ!? ぎゃーっ!?」
琴里が足をバタバタさせ、士道の腹に蹴りを叩き込み、士道はその場に蹲った。
「・・・・どーしたの? 何か変だよ、おにーちゃん」
琴里が頬を赤らめ肩を抱きながら言ってくる。まあ、5年前から改変されている筈の世界を過ごしてきた彼女から見れば、士道の行動は奇行にしか見えないだろう。
「・・・・なあ琴里。俺、つい昨日世界を変えてきたって言ったら、信じるか?」
「へ? 何言ってんの、おにーちゃん。中2病再発?」
目を見開き眉をひそめ、指先で顎の辺りをかきながらそんな事を言った。
士道の言葉を信じられない・・・・と言うよりも、何を言っているのか分からないと言った様子だ。
だかーーーーそれで良い。士道は苦笑すると、ヒラヒラと手を振って見せた。
「ん・・・・悪い、ちょっと寝ぼけてたみたいだ。ーーーーすぐ朝食を作るから、待っててくれ」
「お、おー・・・・」
琴里が怪訝そうな顔のまま頷いてくる。士道は小さく肩をすくめると、顔を洗う為に洗面所へと向かった。
「(琴里にも、世界改変の事を報告しないとな。何しろ文字通り世界が換わってしまったんだ。今後の事を考えても、〈ラタトスク〉の耳に入れておかないと。でも、どう考えても妄想話にしか聞こえないよなぁ。ま、考えても仕方ないか。今日からーーーーいや、今日も始まるんだ、『いつもの日常』が)」
頬をかきながら士道は呑気に笑っていた。
『いつもの日常』が始まる事を、欠片も疑いもせず。
ードラゴンsideー
『・・・・・・・・』
≪ちょっと、ちょっとちょっとドラゴン?≫
呑気に顔を洗っている士道を呆れ混じりに見ていたドラゴンに、琴里が念話を送ってきた。
『何だ?』
≪おにーちゃんどしたの?≫
『言ってただろう。夢に寝ぼけて、元々救い用の無いくらいに平和ボケしている頭がさらにボケただけだ。・・・・そんなくだらん事はどうでも良いとして、〈イフリート〉よ。1つ質問しておきたいのだが』
≪おん?≫
≪“『ーーーーーー』を知ってるか?”≫
≪・・・・え?≫
質問に対する琴里の反応から、ドラゴンは『答え』の予想がつき、目を細めた。
ー士道sideー
琴里と一緒に朝食をとった後、身支度を整えて家を出ると、既に門の前には、見知った十香の姿があった。
「おお、来たかシドー! おはようなのだドラゴン!」
「おう十香。おはよう。悪いな、待たせちまったか?」
「いや、私も今家を出たところだ。ぴったりだぞ」
≪・・・・良い朝だな。〈プリンセス〉≫
「む? う、うむ。良い朝だな!」
十香がドラゴンの様子に一瞬怪訝そうになるが、すぐに満面の笑みを浮かべながら言ってきた。その無邪気な様子に、士道はおもわず笑ってしまった。
「どうかしたのか?」
「いや・・・・それよりほら、これ」
言って、士道は朝自分と琴里の分と一緒に作った弁当の入ったランチバックを手渡した。今日は遅く起きたので購買で済まそうと思ったが・・・・久々に過ごす『いつもの日常』を少しでもいつものものに近づけたくて、急いで準備したのだ。
「おお・・・・! ありがとうだ、シドー! 確か今日はあれだったな、一口カツが入っているのだったな?」
が、次いで十香が発した言葉に、士道は首を傾げる。
「え?」
「ぬ・・・・? 違うのか? 昨日別れ際に、そう言っていた気がするのだが・・・・」
≪あぁーーーー実は材料を切らしてしまっていてな。別の献立にしたのだ。この愚鈍めが、唯一の取り柄であるおさんどんを情けないものだなぁ?≫
十香が、顎に手を当て眉根を寄せながら、記憶を思い起こそうとしたが、ドラゴンが突然そう言ってきた。
何をと、思った士道だが、そこで気づいた。おそらくそれは、『この世界の士道』が十香とした会話だったのだ。
この世界は、5年前士道が折紙の両親を救い、折紙が反転しなかった後の生徒だ。
だから街は破壊されておらず、士道達は『昨日』、『いつもの日常』を過ごしていたのだ。
だから、
士道には、この世界での『昨日』が存在しないのである。
「(・・・・これは、できるだけ皆に確認を取っておいた方がいいな)あー・・・・そうなんだ、悪い十香」
「むう、そうだったのか。しかし謝る必要などないぞ? シドーのごはんは何でも美味しいからな! して、一体何になったのだ?」
「ああ、挽き肉のそぼろと炒り卵と絹さやで三色ご飯にしてみたんだ。卵は甘めのやつな」
「な、なんと・・・・! それはさいきょーではないか!」
十香が頬を紅潮させ、興奮した様子で言う。どうやら満足したようだ。十香がランチバックを抱えて舞い踊っていると、マンションから、耶倶矢と夕弦の八舞姉妹が歩いてきた。
「かか、佳き朝よの。出迎え大義であるぞ従僕」
「会釈。おはようございます、士道、十香」
2人のいつもの瓜二つだが微妙に違う顔つき(ドラゴン曰く、耶倶矢の方が目がつり上がり、夕弦の方が目が垂れているとの事)、微妙に違う髪型、そして、神の悪戯と呼べる悲劇的な体型の違いがそこにあった。
「・・・・うん? 士道、御主今物凄く失礼な事を考えなかったか?」
この手の視線に敏感な耶倶矢が、肩を抱くような仕草をしながら、半眼を作り、士道が慌てて首を振る。
「ま、まさか、何も考えてねえよ」
「誠であろうな・・・・? 我に虚言を吐くは大罪ぞ?」
「忠言。考えすぎです耶倶矢」
夕弦が耶倶矢の肩に手を置きながら言う。
「然れどあれぞ。刹那の事であるが、一瞬、士道の目が我と夕弦の胸の辺りを往復したように見えたぞ」
「説明。それは男ならば当然の条件反射です」
「・・・・おい」
士道は汗を頬に垂らし半眼を作りながら、フォローになっていない事を言う夕弦を見る。
「成る程な。我らの魅力に身体が反応してしまったと言う訳か。かか、ならば赦そうではないか。八舞の魅力に抗えと言うのは酷な事、この世にそうはなかろうて」
「首肯。その通りです。いくら耶倶矢が常日頃から士道でよからぬ妄想をしているからと言って、誰もがそんな事を考えている訳ではありません」
「そっ、そんな妄想しとらんわー!!」
「微笑。うぷぷ」
耶倶矢が顔を真っ赤にして素の口調で叫ぶ。夕弦はその反応を面白がるように手を口元に当てた。
「疑念。本当でしょうか。ならば昨晩耶倶矢がしたためていた日記のーーーー」
「ちょ・・・・っ! きゃーっ! きゃぁぁぁぁぁッ!」
耶倶矢が突然騒ぎだし、夕弦の肩をポカポカと叩いた。
「逃走。きゃー」
あまり緊張感の無い声でそう言って、夕弦がその場から逃げ出す。すると直ぐ様耶倶矢がその後を追い、2人は士道の周りを仔犬のようにグルグルと回り始める。
「・・・・はは」
≪はぁ、コイツらは・・・・まぁ良い。それよりも、〈プリンセス〉≫
「ぬ?」
八舞姉妹の様子に、士道は小さく笑みを漏らし、ドラゴンはコッソリと、十香に念話で会話を始めた。
「「???」」
そして、そんな士道の反応を見てか、耶倶矢と夕弦が不思議そうな顔を作る。
「な、何よ士道。随分達観とした顔してるけど・・・・」
「首肯。一晩で老けてしまったのですか?」
士道を挟んで、八舞姉妹が眉根を寄せながら言ってくる。
「いや、何でもない。ーーーーそれよりほら、いつまでもやってると遅刻しちまうぞ」
誤魔化すように首を振って言う士道に、八舞姉妹は顔を見合わせ、同時に息を吐きながら肩をすくめた。
「ふん・・・・毒気を抜かれたわ。士道に免じて特別に赦してくれよう。だが次はないぞ。我が闇を暴こうとする者には、死神の手が触れると心得よ」
「嘲笑。我が闇(笑)。闇とは耶倶矢がベッドの下に隠している“例のアレ”の事ですか?」
「な・・・・っ、何で知っとるんじゃこらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
「脱兎。お先です」
夕弦はそう言うと、士道と十香に手を振り、学校へと走っていった。
「待てぇぇぇぇぇっ! えっ、て言うかホントに何で!? 何で知ってるのぉぉぉぉぉぉっ!?」
その後を、耶倶矢が素の口調で悲鳴じみた声をあげながら追っていく。2人の姿はすぐに見えなくなってしまった。
「・・・・俺達も行くか」
「ぬ? うむ、そうだな!」
≪・・・・・・・・・・・・(コクン)≫
士道が肩をすくめながら言うと、ドラゴンとの会話を終えた十香が、目をしばたたかせてから頷き、ドラゴンは追いかけっこを始めた八舞姉妹にも、“琴里と十香にした質問を終えて沈黙していた”が、首を縦に振った。
そうしていつもの通学路を歩きーーーー高校へと登頂した。
士道は校門をくぐると、上履きに履き替え、廊下と階段を渡って2年4組の教室の前にやって来た。
「・・・・・・・・」
が、教室の扉に手をかけようとした処で、士道は動きを止めた。
理由は単純。士道の左隣に座っているであろう少女ーーーー折紙に、どう声をかければよいのかを迷ってしまったのである。
5年前の改変に最も影響を受けたのは、間違いなく折紙の筈だ。十香のような小さな記憶の齟齬ではなく、もっと大きな変化がーーーー。
≪さっさと入れ。そんな心配など不要だ≫
「え?」
≪良いからとっとと入れ≫
ドラゴンの言葉に押されるように、士道は教室に入った。
「・・・・なんだ」
士道の左隣の席には誰も座っていない。まだ登校していないようだと、苦笑する士道は自分の席に座り、鞄から授業の使う教科書とノートを出していく。
が、それからしばらく待っても、折紙は登校しなかった。
「むう・・・・」
「ん、どうかしたか、十香」
「ぬ・・・・何となくなのだが、何だか“物足りない”と言うか・・・・不思議な感じがしてな」
「・・・・“物足りない”?」
難しい顔をする十香の言葉に、士道は首を捻るが、始業のチャイムが鳴り、タマちゃん先生が教室に入ってきて、出席を取り始める。
「折紙・・・・」
結局、ホームルームが始まっても現れない。欠席なのか珍しく遅刻なのか、士道がそんな事を考えていると、タマちゃん先生が出席をとっており、殿町の次に呼ばれる筈の、『鳶一折紙』の名を飛ばした。
「ーーーーえ?」
「あれ、先生何か間違えましたかぁ?」
素っ頓狂な声を大きく発してしまった士道に、タマちゃん先生が驚いたような顔をする。
「あ、あの・・・・」
士道はガタッと音を鳴らしながら、その場に立ち、少し躊躇いながら声を発する。
「先生、折紙は・・・・どうしたんですか?」
心臓が鼓動する。嫌な予感がする。
そして、タマちゃん先生はキョトンとした表情で答えた。
「ーーーー折紙・・・・さん? “それって、一体どなたですか”?」
「なーーーー」
呆然と目を見開く士道は、周囲を見回すと、クラスメート達は、士道の言った名前に怪訝そうな反応を示す。
「・・・・折紙? 何それ。人の名前?」
「五河君が先生に千羽鶴プレゼントしたとか?」
「いや、先生入院してるよねそれ。て言うか、1人で千羽鶴とか作れないでしょマジ引くわー」
「でも、五河なら」
亜衣麻衣美衣トリオと殿町が言い始める。
士道は段々と呼吸が荒くなるのを感じる。
皆、本当に知らないのだ、『鳶一折紙』と言う少女の事を。
≪漸く分かったか? 自分のした事が≫
ドラゴンの言葉に、士道はすぅっと呼吸を細くすると、身体から力が抜けて、両手がダランと垂れ下がった。
ーーーー思えば、可能性として、十分あった。しかし、頭の何処かで、それに目を向けないようにしていた。
幼い折紙が両親と共に大火災を逃げ延びたなら、何処かに引っ越し、天宮市にいる保証などない。
士道は歴史を変えた。あの惨劇を無かった事にした。
だがそれは、歴史の全てを自分の思い通りに改変したモノではない。
世界の存在する全ての出来事は、見えない線で繋がっている。士道が成した事が起点となり、世界に目的意外の事象が起こる事は、必然だった。
「・・・・すみません、先生。俺の勘違いです。続けてください」
士道は静かに言うと、くずおれるように椅子に座る。
タマちゃん先生がそんな士道の様子に、暫しの間心配そうな視線を寄越したが、やがて続きの出席を取り始めた。
「・・・・・・・・」
≪分かったか? 我の言っていた言葉が?≫
ドラゴンの声に、士道は改変する際にドラゴンの言った言葉を思い出した。
【≪”何だってやってやるっ!!“・・・・か、ならば、これから過去を替える事で、“何が起こっても”、『覚悟』し、『受け入れ』、『責任』を背負うのだな≫】
「(まさか、これが・・・・?)」
≪そうだ。歴史を変えた事で生じる事象を『覚悟』し、その現実を『受け入れ』、そこから生まれる『責任』を背負う事だ≫
「(何で・・・・何でこんな・・・・俺はただ・・・・)」
≪何を言うか、貴様がやったのだーーーー〈プリンセス〉達から、学校の奴等から・・・・“鳶一折紙の存在を消したのだ”≫
「(こんな・・・・こんな事になるなんて・・・・俺は、こんなつもりじゃ・・・・!!)」
≪何を言い訳している? 貴様の望んだ事だろう? 何か問題でもあると言うのか?≫
「・・・・・・・・」
士道はドラゴンの言葉に何も返せず、無言で左の空席を眺める。
「(ーーーーそう、だよな。何も、問題ない筈だ)」
5年前に死ぬ筈だった折紙の両親は助かり、精霊に恨みを抱く事もない。きっとこの世界の何処かで、幸せに暮らしている。これ以上望んだら罰があたる、正にハッピーエンドだ。
折紙にとっては、元の世界が異常だったんだ。彼女はもっと優しい世界で生きるべき女の子だ。もっと両親の愛を受けて育つべき少女なのだ。
「(これでいいんだ・・・・。世界はーーーーこうあるべきなんだ)」
≪・・・・そんな情けない顔で、良くそんな事をほざけるな≫
「・・・・シドー?」
ドラゴンと十香の声が聞こえる。怪訝そうな、それでいて士道を心配するような色を帯びた声音だ。
「ん・・・・なんだ、十香」
「それは・・・・どうしたのだ。何処か痛むのか・・・・?」
「え・・・・?」
言われて、士道は初めて気づいた。
ーーーー自分の頬に涙が伝い、ポツ、ポツ、と机に落ちている事に。
「あ・・・・」
慌てて制服の袖で涙を拭い、十香に「大丈夫だ」と返す。
十香は眉を八の字に歪めていたが、ドラゴンがフォローしてくれて、一応納得し、それきり何も言ってこなかった。
「なんで・・・・」
ーーーー涙なんて、流れるのだろうか。
士道は独白するように呟いた。
折紙が幸せに暮らしている事が分かって嬉しいのだろう。それともーーーー折紙に会う事ができなくて寂しいのだろうか。士道にもよく分からない。
ただ、そう、思ってしまったのだ。
十香といつも喧嘩していた折紙がいる『日常』が。
夕弦に変な事を吹き込んでくる折紙がいる『日常』が。
士道に過激なアプローチをしてくる折紙がいる『日常』が。
そんな自分のーーーー『いつもの日常』が。
全て、“もう、戻ってこない”事を。
そして、復讐心に囚われ、普通の少女として生きる事が出来なかった折紙が。
日常のように戦場に身を置き、涙も笑顔も捨て去った折紙が。
そんな彼女が、普通に笑うところを、一目で良いから見てみたかったーーーーと。
昔、『バタフライ・エフェクト』と言う映画を見た事がある。主人公は愛する人が幸せになる未来を作ろうと足掻いたが、愛する人が幸せになるには、『主人公との日々』を犠牲にしなければならなかった。
士道もまた、折紙の幸せの為に、皆から『折紙の存在』を消した。しかし、運命の歯車は、折紙を逃してくれるのだろうか?