デート・ア・ライブ 指輪の魔法使いと精霊の恋愛譚   作:BREAKERZ

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空間震

「五河、訊いておきたいんだが・・・・ナースと巫女とメイド・・・・どれがいいと思う?」

 

「・・・・は?」

 

≪・・・・あ?≫

 

訓練の疲労で重い足取りで教室に入る士道に、殿町が何やら漫画雑誌巻末のグラビアページを深刻そうに眺めながら尋ね、士道とドラゴンは間の抜けた声を発する。

 

「読者の投票で次号のグラビアのコスチュームが決まるらしいんだが・・・・悩むんだよなあ」

 

「・・・・ああ、そう」

 

≪ZZZzzz・・・・≫

 

ため息交じりに返す士道、1㎜も興味無いドラゴンはすでに寝ていたが、殿町は気にせず雑誌を突き付けてきた。

 

「で、お前はどれがいいと思う!?」

 

「え、ええと・・・・じゃあ・・・・メイド・・・・?」

 

殿町の異様な気迫に気圧された士道は、適当にそう言った瞬間、殿町はぴくりと眉を動かした。

 

「どうした?」

 

「ーーーまさかお前がメイド好きだったとはな! 悪いが俺達の友情はここまでだ!」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

士道は半眼になりながら、ポリポリと頬をかくと、自分の席に歩いていった。

 

「あっ、おい、どこ行くんだ五河!」

 

「・・・・友情はここまでなんだろ?」

 

「なんだよノリ悪すぎだろおーい。メイド好きとナース好きが手を取り合う。そんな世界があってもいとは思いませんかー」

 

どうやら殿町はナース派らしかったが、士道は無視して自分の席に鞄を置いた。

その際、既に隣の席に着いて、分厚い技術書を読んでいた少女ーーー鳶一折紙が、チラリと士道に目を向けてくる。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「お、おう・・・・鳶一、おはよう」

 

「おはよう」

 

折紙は抑揚の無い声でそう返すと、小さく首を傾げた。

 

「メイド?」

 

「・・・・っ、い、いや、気にしないでくれ」

 

「そう」

 

どうやら殿町とのやり取りを聞かれていたらしい。士道は慌てて手を横に振ると、折紙は再び書面に視線を戻した。

 

「おはよー」

 

と、士道の後をついてきた殿町が手を振って挨拶するが、折紙はピクリとも顔を動かさなかった。

 

「毎度のことだけど、なーんでお前だけ挨拶返してもらえるんだよー。くぬっ、くぬっ」

 

「し、知るかよ。やめろって」

 

大仰に肩をすくめた殿町は、士道の脇腹をぐりぐりと押し、士道は鬱陶しげに振り払って、席に着いた。

と、そこで教室の扉が開いて、十香が入ってきた。現在五河家に住んでおり通学路は同じだが、一緒に登校すると、唯でさえ転入時の衝撃的な台詞が、未だに尾を引いているので、新たな燃料を投下されては堪ったものではない。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

十香は無言のまま士道の右隣の席に座ると、視線を合わさないまま唇を開いた。

 

「・・・・その、なんだ・・・・今朝は、すまなかった。身体は大丈夫か?」

 

「お、おう・・・・気にすんな」

 

「む・・・・」

 

朝の一件を気にしていたらしい十香に士道は苦笑しながらそう言うと、二人の会話に聞き耳を立てているクラスメート達がいたことに気づくが、十香は気づかず続ける。

 

「だ、だが、お前だって悪いのだぞ。いきなりあんなーーー」

 

「と、十香・・・・っ、その話は後にしないか・・・・?」

 

士道が慌てて十香を止めると、十香は首を傾げるが、士道の視線を追うと、クラスメート達の視線に気づいた。

 

「・・・・・・・・っ」

 

昨日の内に、士道と十香の同居は皆には、秘密と言い含められていたことを思い出した十香がハッと息を呑み、頬に汗を垂らした。

 

「ち、違うぞ皆、私とシドーは、一緒にすんでなどいないぞ!?」

 

『・・・・・・・・・・・・ッ!?』

 

「ば、馬鹿・・・・」

 

≪ハァ・・・・≫

 

十香の言葉に、クラスメートが一斉に眉を寄せて、士道とドラゴンは口の中で小さく呟き、士道がわざと大仰に声を上げた。

 

「あ、ああ! 朝って、登校中に偶然ぶつかったあれか! だ、大丈夫だったか十香!?」

 

「む・・・・? う、うむ、問題ないぞ!」

 

≪(ほお、こちらの意図を察したか)≫

 

十香が士道の苦しい話に合わせてきて、ドラゴンは十香が以外と聡いところに感心していた。

『クラスの男女が同棲』だなんて現実味の無い話だった為か、色々と無理矢理な話も一応納得してくれた様子で散らばった。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

・・・・まあ、それでも士道の左側から、背中が凍傷になってしまいそうな視線を浴びせてくる女子生徒が、約1名ほどいたが・・・・。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

なんだか、すぐボロが出そうな気がして、士道は深くため息を吐き、そしてその懸念が意外と早く的中してしまったのであった。

 

 

* * *

 

 

それから四限目の授業が終了し、昼休みが開始されると同時に。

 

「シドー! 昼餉だ!」

 

「・・・・・・・・」

 

士道の机に左右から、がっしゃーん! と机がドッキングされた。無論、右は十香、左は折紙である。

 

「・・・・ぬ、なんだ、貴様。邪魔だぞ」

 

「それはこちらの台詞」

 

士道を挟んで、左右から鋭い視線が放たれ、青い火花がバチバチと弾けた。

 

≪またこの展開か・・・・≫

 

「ま、まあ・・・・落ち着けって。みんなで食えば良いだろ・・・・?」

 

士道が言うと、十香と折紙は渋々といった様子で、大人しく席に着き、二人とも自分の鞄から弁当箱を取り出す。

士道もそれに倣うように弁当を机の上に出すと、二人と一緒に蓋を開けるとーーー。

 

「・・・・・・・・」

 

≪おい、マズイぞ≫

 

「(あっ、しまった・・・・!)」

 

折紙が目をほんの少しだけ見開くのを見て、士道は自分の油断を呪った。

 

「・・・・・・・・」

 

折紙が、冷たい視線で、士道と十香の弁当箱の中身を交互に這わせる。

士道の弁当は朝自分で作ってきたものである。勿論、琴理の分も作っているし、今回はもう1人の分、つまり十香の分も作ってきた。

つまりーーー二人の弁当は、まったく同じのメニューなのだ。

 

「ぬ、な、なんだ? そんな目で見てもやらんぞ?」

 

事の重大さに気づいていない十香が、自分の手元の弁当を覗き込んでくる折紙に、怪訝そうな眼差しを向ける。

 

「どういう、こと?」

 

「こ、これはだな・・・・」

 

折紙から問われ、士道は顔中に粘っこい汗を噴き出しながら目を泳がせた。

 

「じ、実はあれだ。これは朝、弁当屋で買ったんだ。それで、偶然十香もそこに・・・・」

 

「嘘」

 

折紙は、士道の言葉を途中で遮って、裏返っていた士道の弁当箱の蓋を持ち上げた。

 

「これは今から154日前、あなたが駅前のディスカウントショップにて1580円で購入したのち、使用し続けているもの。弁当屋の物ではない」

 

≪・・・・・・・・やはりこの女、怪しすぎる≫

 

「な・・・・なんでそんな事知ってーーー」

 

「それは今重要ではない」

 

いや、それはそれで物凄く問題である。よくよく考えてみれば、1年前からドラゴンが警戒していたのが、この鳶一折紙であった事を今さら思い出した士道は、頬にタラリと一筋の汗を流したが、折紙は有無を言わせぬ調子で気圧される。

 

「むう、さっきから二人で何を話しているのだ! 仲間外れにするな!」

 

横から、不満げに頬を膨らませた十香が声を上げてくる。

と、そのとき。

 

ウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーー

 

街中に、けたたましい警報が鳴り響いた。

その瞬間、ざわついていた昼休みの教室が、水を打ったように静まりかえる。

 

ーーーーーー空間震警報。

 

およそ30年前より人類を脅かす、最悪の厄災。空間震と称される、災害の予兆である。

 

「・・・・・・・・」

 

折紙は一瞬、逡巡のようなものを見せながらも、即座に席を立ち、素晴らしい速さで教室を出て行ってしまった。

 

「・・・・ッ」

 

士道は複雑な心境で、その背を目で追うしかできなかった。

 

≪空間震警報に助けられたな≫

 

・・・・まあドラゴンの言うとおり、不謹慎ながら少しだけ、このタイミングで警報が鳴ってくれて助かった、と思わなくもなかったのだが。

鳶一折紙は学生ながら、陸上自衛隊ASTに所属する才媛だ。

つまり今彼女は、戦いの場に赴いたのだ。ーーー十香のような、精霊を殺すために。

 

「・・・・・・・・」

 

士道は、ギリッと奥歯を噛み締める。

 

≪何を歯痒そうにしている。あの小娘は並々ならぬ覚悟と努力でASTに入隊したのだ。お前ごときが止められると思ったか? 自惚れるな≫

 

「(だけど・・・・だけどよ・・・・!!)」

 

と、そこで教室の入り口から、ぼうっとした様子の声が響いてきた。

 

「・・・・皆、警報だ。すぐ地下シェルターに避難してくれ」

 

白衣を纏った眼鏡の物理教師ーーー村雨令音が、廊下の方に指を向ける。

生徒達はゴクリと唾液を飲み下したあと、次々と廊下に出ていった。

 

「ぬ? シドー、一体皆はどこへ行くのだ?」

 

十香が、そんなクラスメート達の様子を見て、首を傾げてくる。

 

「あ、ああ・・・・シェルターだよ。学校の地下にあるんだ」

 

「ああ。とりあえず説明は後だ。俺達も行くぞ、十香」

 

「ぬ、ぬう」

 

十香は手を付けていない弁当に名残惜しそうな視線を残しながらも、士道の指示に従って立ち上がり、ともにクラスメート達の後について廊下に出ようとしたところで、士道は令音に首根っこを掴まれた。

 

「・・・・シン。君はこっちだ」

 

「っ、れ、令音さん? こっちって・・・・」

 

「・・・・決まっているだろう、〈フラクシナス〉だ」

 

他の生徒に聞こえないように声をひそめて令音が言ってきた。

 

「・・・・昨日の今日だ。今後のことについて、まだ結論は出ていないかもしれない。だが・・・・いや、だからこそ、君には見ておいてほしい。精霊と、それを取り巻く現状を」

 

「・・・・わかりました。行きます」

 

精霊が顕現したなら魔獣ファントムも現れる可能性があると思った士道は、小さく拳を握り、鞄からリングを付けたチェーンをベルトに付けた。

令音も眠たげな半眼のまま小さく首肯すると、他の生徒達が全員列に並ぶのを見てから、昇降口の方に顔を向けた。

 

「・・・・さあ、急ごう。空間震まで、もう間もない」

 

「はい。とーーーあ、令音さん。十香は・・・・一緒に連れて行かなくていいんですか?」

 

チラッと十香を見ると、十香は廊下にズラリと列を作りながら避難するクラスメート達に、驚いたような視線を送っていた。

 

「・・・・ああ、その事か。ーーーうむ、十香は皆と一緒にシェルターに避難させてしまおう」

 

「え? それでいいんですか?」

 

「・・・・ああ。力を封印された状態の十香は人間とそう変わらない。それに、精霊とASTの戦いを見て、自分の時の事を思い出されても困ってしまう。言っただろう? 〈ラタトスク〉としては、出来るだけ十香のストレスを蓄積させたくないんだ」

 

「いや、でも・・・・」

 

≪(逆効果にならんと良いがな・・・・)≫

 

「ほ、ほらっ、五河くんに夜刀神さん、それに村雨先生までっ! そっ、そこで立ち止まらないでくださいっ! 早く避難しないと危険が危ないですよ!」

 

すると、廊下の奥から士道の担任の岡峰珠恵教諭・通称タマちゃんが、小さな肩をいからせながら、焦った調子で甲高い声を上げながら、ちょっと言葉の意味が支離滅裂な事を言ってくる。

 

「・・・・ん、捕まっても面倒だ。行こうか」

 

≪仕方あるない。とっとと行くぞ≫

 

「~~~!!」

 

士道は頭をくしゃくしゃとかくと、十香の手を取り、その手をタマちゃん教諭に預けた。

 

「先生、十香をよろしくお願いします!」

 

「ふぇ? え? あ、は、はい、それはもちろん。わ、私先生ですもん!」

 

急に十香を託されて呆気に取られるも、タマちゃんは頷いた。

しかし、十香は少し不安そうに眉を寄せる。

 

「シドー・・・・?」

 

「十香。いいか? 先生と一緒にシェルターに避難しててくれ」

 

「シドーは、シドーはどうするのだ?」

 

「・・・・俺は、ちょっと大事な用があるんだ。先に行っててくれ。な?」

 

「! あ、し、シドー!」

 

「五河くんに、村雨先生まで!? 一体どこへ!?」

 

心配そうな二人の声を背に聞きながら、士道と令音は校舎の外へと走っていった。

 

 

 

 

士道(&ドラゴン)と令音は〈フラクシナス〉の艦橋に着くと、すでに琴理が艦長席に座っていた。

 

「ーーーああ、来たわね二人とも。もうすぐ精霊が出現するわ。令音は用意をお願い」

 

「・・・・ああ」

 

令音が小さく頷き、白衣の裾を翻しながら、艦橋下段にあるコンソールの前に座ると、琴理は士道に向かって問うてきた。

 

「ーーーさて、あまり時間をあげられなくて悪いのだけれど。腹は決まったかしら、士道」

 

「・・・・ファントムが精霊を狙うなら、精霊を守るために戦う。だが・・・・」

 

ビー! ビー! ビー! ビー! ビー!

 

士道がその先を口にする前に、突然艦橋内にけたたましいサイレンの音が鳴り響き、士道は少し狼狽し、メインモニタに、街の映像を俯瞰で映し出された。

いくつもの店が並ぶ大通り。空間震警報が発令されたのでひと気のないゴーストタウンのようになっていた。

そんな映像の中心が、グワンっ、とたわむ。

 

「っ・・・・?」

 

≪なるほど、これが・・・・≫

 

空間に。

 

何もないはずの空間に、水面に石を投じられたような波紋ができた。

 

「まさか・・・・これが・・・・!」

 

「そうよ士道」

 

琴理が言うのとほぼ同時に、空間の歪みがさらに大きくなりーーー画面に小さな光が生まれた瞬間、爆音とともに、画面が真っ白になった。

 

「ーーーっ!」

 

≪・・・・・・・・≫

 

士道は思わず腕で顔を覆い、ドラゴンは鋭く画面を見据える。

非常識な事態ならば1年前の日食で起こった儀式<サバト>で見たことがあるが、今回は、それに匹敵する非常識な風景が映し出されていた。

 

街に、“穴”があいている。

 

そうとしか表現のしようがない。

今まで幾つもの建物が並んでいた通りの一文が、浅いすり鉢状に削られている。

そこにあった店、街灯、電柱、果ては舗装された道路に至るまで、全てが、無くなり、爆発の余波で、周囲はまるで大型ハリケーンにでも襲われたかのような有様になってしまっていた。

その様は、十香に初めて会った場所に酷似していた。

つまり、今のがーーー

 

「空間震・・・・っ」

 

「ええ。ーーー精霊がこちらの世界に現界する際の歪み。それが引き起こす突発性災害よ」

 

「・・・・・・・・」

 

廃墟を見たことは何度もあったが、爆発が起こる瞬間を目撃したのは初めてだった。

士道の手のひらが、じっとりと湿り、ドラゴンは小さく唸る。

漠然と分かっているつもりの事象が、ようやく実感として理解できた気がする。

 

「ま、でも今回は爆発は小規模ね」

 

「そのようですね」

 

と、琴理と、その後ろに控えていた長身の男ーーー〈フラクシナス〉の変態・・・・もとい副司令・神無月恭介が声を発する。

 

「僥倖ーーーと言いたいところですが、“〈ハーミット〉”ならばこんなものでしょう」

 

「まあ、そうね。精霊の中でも気性の大人しいタイプだし」

 

琴理達の会話を聞きながら、士道は、ドラゴンと脳内会議とをしていた。

 

「(ーーー今の爆発が、小規模だってよ・・・・)」

 

≪まあ、それはそうだろう。今回の空間震の規模はせいぜい数十メートル程度。比較的に軽微なものなのだろう≫

 

「(それはそうだろうけどよ・・・・!)」

 

≪それよりも、精霊の事を聞いておけ。おそらく〈ハーミット〉と言うのは、〈プリンセス〉と同じコードネームだろう≫

 

「・・・・なあ、琴理。〈ハーミット〉ってのはどんな精霊なんだ?」

 

「ちょっと待ってて。ーーー画面拡大できる?」

 

琴理が指示を出すと、すぐに映像がズームして、街の真ん中にできたクレーターに寄ると、画面内に変化した。

 

「・・・・雨?」

 

そう、ポツ、ポツと雨が降り始め、クレーターのように抉られた地面の中心に、小さな少女の姿が確認できた。

 

「・・・・っ!? あ、れは・・・・」

 

≪やはりか≫

 

士道は、心臓を鷲掴みされたような衝撃が全身走りる、画面の中心に、見覚えのある1人の少女と、その左手の人形<パペット>がいた。

ウサギの耳のような飾りのついた緑色のフードを被った、青い髪の少女。

年の頃は13~14くらい、大きめのコートに、不思議な材質のインナーを着ており、そしてその左手には、コミカルな意匠が施された、ウサギの人形<パペット>を装着していた。

 

「・・・・? どうしたのよ、士道」

 

「俺ーーーあの子に、会ったことが、ある・・・・」

 

「なんですって? 一体いつの話よ」

 

「つい昨日だ・・・・っ、学校から帰る途中、急に雨が降ってきてーーー」

 

士道は、昨日の事を簡潔に話した。

 

「昨日の1600時から1700時までの霊波数値を私の端末に送って。大至急!」

 

指示を出すと、手元の画面に視線を落とし、苛立たしげに頭をガリガリと掻く。

 

「・・・・主だった数値の乱れは認められないわね。十香の時のケースと同じか。・・・・士道、なんで昨日のうちに言わなかったの?」

 

「む、無茶言うなよ。会ったときに精霊だなんて思わなかっ・・・・」

 

そこで士道は、体内のドラゴンに聞いてみた。

 

「(ドラゴン、お前は気づいていたか?)」

 

≪なんとなく〈プリンセス〉と気配が似ていたからな。もしかしてと思ってはいたがな≫

 

「(だったら教えてくれよ!)」

 

≪一々喚くな喧しいヤツだ。解析官の女から他の精霊の存在を教えられるまで、確証が無かったのだ≫

 

すると、〈フラクシナス〉の艦橋に設えたスピーカーからけたたましい音が轟いてきた。

画面に目をやると、今し方少女ーーー〈ハーミット〉と呼ばれる精霊がいた場所に煙が渦巻いていた。

そして〈ハーミット〉の周囲に、CR-ユニットを装着したAST隊員達が数名、浮遊し、包囲していた。おそらくミサイルをぶっぱなしたのだろう。

 

「AST!」

 

「精霊が現れたんだもの。仕事を始めるのは、私達〈ラタトスク〉だけじゃないでしょうね」

 

と、煙の中から〈ハーミット〉がピョン、と飛び出した。彼女は左手のパペットを掲げるような格好のまま宙を舞うと、周囲を固めるAST隊員達の間を抜けるように身を捻り、空に踊った。

だが、AST隊員達は一斉に反応して追跡する。そしてそのまま、CR-ユニットに装着している武器から、夥しい弾薬を発射する。

無数のミサイルや弾丸が、無慈悲に〈ハーミット〉の身体に吸い込まれていった。

 

「あいつら・・・・あんな女の子に・・・・っ」

 

≪お前は本当に現実が見えておらんな・・・・≫

 

「・・・・今さら何言ってるのよ、士道」

 

目を見開き、奥歯をギリと噛み締める士道に、ドラゴンと琴理が半眼を作る。

 

「十香のときに学習しなかったの? ASTにとって、精霊がどんな姿形をしているかだなんて関係ないの。あるのは世界を守る使命感と、人類にとって危険である存在を排斥しようという、生物として至極まっとうな生存本能だけ」

 

「だ・・・・だからって・・・・!」

 

≪だから一々五月蝿いぞ。そんな平行線になる無駄な会話をしていないで、〈ハーミット〉をよく見ろ≫

 

「えっ?」

 

無駄な会話扱いされてムッとなったが、改めて〈ハーミット〉をよく見ると、反撃しようとせず、ただ逃げ回るだけだった。

 

「あの子・・・・反撃しないのか?」

 

「ええ。いつものことよ。〈ハーミット〉は精霊の中でも極めて大人しいタイプだし」

 

「・・・・っ、ならーーー」

 

≪だから『無駄な話』をするな≫

 

「ASTに情けを求めるなら、無駄よ。ーーー彼女が、精霊である限り」

 

「・・・・・・・・っ」

 

ドラゴンと琴理の、にべもない答えに、士道は唇を噛んだ。

いやーーードラゴンの言うとおり、『無駄な話』であることは士道自身、自分でも分かっていたのだ。

彼女の気性や、性格だなんて、ASTには関係がない。それは、士道が魔獣ファントムと戦うのと同じ理由。この世に害なす敵を討っているだけなのだから。

しかし、魔獣ファントムと精霊は似ているようでまったく違う。そしてそれを証明する方法は、1つしかない。

士道は血が出るほどに拳を握りしめ、静かに、喉を震わせる。

 

「・・・・琴理」

 

「何よ」

 

「・・・・精霊の力さえ無くなれば、あの子がASTに狙われることはなくなるんだな・・・・?」

 

士道が言うと、琴理は眉をピクリと動かして、士道の方に目を向けてきた。

 

「ええ。ーーーその通りよ」

 

「空間震は・・・・起きなくなるんだな?」

 

「ええ」

 

士道は数瞬の間押し黙ったあと、大きく深呼吸をして、次の言葉を発した。

 

「ーーー俺には、それができるんだな・・・・?」

 

「十香の現状を見て信じられないのであれば、疑ってくれて構わないわ」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

士道は髪をくしゃくしゃとかきむしってから、両手で頬を張った。

 

≪また面倒事に首を突っ込みおって・・・・≫

 

ドラゴンのボヤキを無視して、伏せた目をゆっくりと上げ、決意を発する。

 

「手伝ってくれ、琴理。・・・・おれはーーーあの子を、助けたい・・・・!」

 

「ーーーふふ。それでこそ、私のおにーちゃんよ」

 

琴理はどこか嬉しそうに、キャンディの棒をピンと立て、身体の向きを変えて、艦橋下段のクルー達に向かって声を投げる。

 

「総員、第1級攻略準備!」

 

『はッ!』

 

クルー達は一斉にコンソールを操作し始め、琴理はそんな光景を眺めながら唇を舐める。

 

「さあーーー私達の戦争<デート>を始めましょう」

 




次回、優しい精霊と出会う。

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