デート・ア・ライブ 指輪の魔法使いと精霊の恋愛譚   作:BREAKERZ

176 / 278
読書・二亜

ー士道sideー

 

それから1時間後。

サークルスペースを片付け、〈本条堂〉のスタッフ達も帰らせ、精霊達も元の服に戻し、裏手にある公園の一角にやって来た。

因みに二亜は別のスタッフに目当ての本を法外な金額で雇って確保させていた。

 

「ーーーーさ、じゃあ読ませて貰おうか」

 

士道達の同人誌を片手に、公園のベンチに座る二亜。

勝負は引き分け、本を読んで貰えるようになったが、本番はココからだ。二亜が本の士道の事を気に入ってきれない限り、彼女の封印は出来ないのだから。

 

『・・・・・・・・・・・・』

 

ベンチに座る二亜を、一同はジーッと視線を送っている。二亜は眉根を寄せながら、鬱陶しそうに見上げてくる。

 

「・・・・そんなに注目されると読みづらいんだけど」

 

「あ、ああ・・・・悪ぐぇっ!?」

 

頬を掻いた士道がわざとらしく視線を剃らそうとするが、その首にドラゴンが尻尾を巻き付け、ズルズルと引き摺っていこうとする。

 

『要は1人で静かに読ませろと言ってるのが分からんのか』

 

「そう言う事。それに改めて言っておくけど、アタシが了承したのは、あくまでこの本を読む事だけだからね? そっから先は別の話! 変な期待はしないでおいてよ?」

 

『分かっている』

 

キッと視線を鋭くする二亜に、ドラゴンは泰然として頷いた。因みに士道の顔色が段々赤くなっていく。二亜は小さく肩を竦めてから、一同を追い払うようにシッシッ、と手を払ってきた。

 

「うんじゃ、ちょっとあっち行っててよ。漫画読む時って言うのはねぇ、誰にも邪魔されず、自由で、何と言うか救われてなきゃあ駄目なんだよ」

 

『分かった』

 

「あ、あと少年の顔色がヤバくなっていってるよ」

 

後半は良く分からなかったが、ドラゴンは顔色が赤から紫色になりかけている士道を引き摺り、精霊達を連れて、二亜から少し離れた位置に移動した。

 

 

 

 

ー二亜sideー

 

「はあ・・・・全く」

 

向こうで激しく咳き込んだ士道がドラゴンにギャーギャーと抗議するが、尻尾ド突きで黙らせられたのを見て、ベンチに1人になってから、二亜は小さく息を吐いた。

 

「・・・・少年め、好き勝手言ってくれやがって」

 

先程の出来事を思い出し、苛立たしげに顔を歪める。が、何故苛立っているのかは分かりきっている。

全て・・・・図星だったからだ。

 

「・・・・あれだけ大口叩いてくれたんだ。ハンパな出来じゃ許さないからね」

 

二亜は気を取り直すように数度瞬きをし、眼鏡の位置を直してから、手にした同人誌に視線を落とした。

表紙には、士道を模したキャラクターが、魔法陣をくぐって身体の半分が〈仮面ライダーウィザード〉に変身する途中の姿が描かれていた。初めて目にした時も思ったが、少々線は荒いが、素人ではなく、プロの領域にある絵だった。

 

「プロの漫画家でも雇ったのかな? ま・・・・でも重要なのは中身だよね」

 

二亜はそう呟くと、表紙を捲り、漫画を読む。絵は・・・・まあ、同人誌と考えれば及第点。ページによって線にバラつきはあるが、どうにかストレスなく読み進められるレベルだ。

物語は、少年・五河士道が、ある日、『何者』かに誘拐され、『人間が怪物にされてしまう儀式』によって、『自分の絶望から生まれた魔竜』と共に、『絶望から生まれた魔獣』と戦う『魔法使い』となった所から始まった。

その戦いの最中、1人の少年・岸和田と出会い、『魔法使い』は少年を狙う悪魔戦士・『アクマイザー』と戦った。1人の少年の為に何度もボロボロになりながらも、体内の魔竜と共に戦いを繰り広げ、時には少年との間に友情が芽生え始めていき、『魔法使い』のその真っ直ぐな意志が、『希望』の光となり、『アクマイザー』を倒し、少年を救った。しかし、『魔法使い』は『魔獣』達との更なる戦いに向かう所で物語は終わった。

 

「・・・・なるほど、ねぇ」

 

読み終えた二亜は、唸るように喉を鳴らしてポリポリと頬を掻いた。

結論から言ってーーーー士道達の本は、二亜の想定を遥かに越える出来だった。

僅か2日で素人が作ったとは思えない出来だ。ストーリーも文面でしか知らなかった〈仮面ライダーウィザード〉の活躍が見れて、正直ご満悦だ。

しかし・・・・それだけだ。

たしかに本は良くできている。だが、この主人公・五河士道に二亜が恋をするかは話が別だ。

二亜をデレさせようと描かれた物である為、主人公・五河士道に現実感が無さすぎる。当然と言えば当然だが、あまりにヒーローとして描きすぎているのだ。これではこのキャラに惚れたとしても、現実の士道とのギャップに落胆するだけだ。

 

「残念だったね・・・・少年。頑張ってくれたみたいだけど、これじゃあアタシは落とせないよ」

 

二亜は溜息と共に言葉を溢すと、同人誌をパタンと閉じた。

だか、二亜にはまだ1つ、気になる事がある。辺りをキョロキョロと見回し、人影がないのを確認してから、左手を虚空に掲げ、〈囁告篇帙<ラジエル>〉を顕現させた。

そして、心の中で念じながらその表紙をなぞった。ーーーー士道達が、この本を描いている光景を知る為に。

そう。内容は中々面白かったが、僅かな期間でこれほどのクオリティの本を作り上げたやり方には、漫画家として興味が沸いたからだ。

〈囁告篇帙<ラジエル>〉のページが光り輝き、文字が記されていくのを確認してから、その紙面を優しく触れた。

瞬間ーーーー二亜の頭の中に、この本の制作過程の情報が流れ込んでくる。

 

「・・・・成る程。少年とドラゴンくんの記憶を元に七罪って子がメイン作画に据えて分業・・・・でも、あんまり参考にならないかなぁ。あれだけの数のデジアシ集めるなんて現実的じゃないし。流石〈ラタトスク〉。無茶するなぁ・・・・」

 

とーーーーそこで。

〈囁告篇帙<ラジエル>〉から流れ込んでくる情報を堪能していた二亜は、ピクリと眉を動かした。

 

【あの二亜って言う分からず屋にも・・・・早く教えてあげたいーーーー友達ってーーーー、素敵だよ・・・・って】

 

そんな、七罪の声を聞いて。不快そうに顔を歪めた。

 

「・・・・ふん。はいはい・・・・ご高説どうも。悪いけど、君達の漫画じゃアタシはーーーーえ・・・・?」

 

が。二亜はソコで思わず目を見開いた。手を触れていた〈囁告篇帙<ラジエル>〉のページに、新たな文字が記されていった。

そしてそれと同時に、二亜の頭の中に、新たな光景が流れ込んでくる。

七罪が霊力を保有していた頃。人間に不信感を覚えていた七罪が、士道の、皆の優しさに触れて、心を開いていった過程が。

 

「これ、は・・・・」

 

呆然と声を発するが、漠然と今起こった事象を理解する。

全知の天使〈囁告篇帙<ラジエル>〉はあくまで、二亜の欲する情報を引き出すだけである。

恐らくーーーー頭の何処かで二亜は思ってしまったのだ。

七罪がその聞くに堪えない綺麗事を発するに至った出来事とは、一体何なのか、と。だが、それだけではない。〈囁告篇帙<ラジエル>〉のページには、次々と文字が浮かび上がり、それに応じて二亜の頭の目まぐるしい情報が流れ込んできた。

折紙、美九、耶倶矢、夕弦、琴里、四糸乃、そしてーーーー十香。

頑なに心を閉ざしていた少女達が、士道と言う暖かな光に触れる事によって、彼らと言う『希望』に触れる事によって、変わっていった様が。

嗚呼、それはーーーー今し方二亜が目にした本の内容と、寸分違わぬ光景であった。

 

「あ・・・・あ・・・・」

 

そう。あの本には、一切脚色など無かったのだ。

五河士道と言う少年は本当に、己が身さえ顧みず、少女達を救い、彼女達の『希望』になっていたのである。

精霊達と触れあう中で出てきた問題の1つや2つでは収まらない。彼女らが抱える心の闇、暗い過去、或いはーーーー残酷な本性。

しかし、そのどれを突きつけられても、彼は諦めなかった。挫けそうになっても、また立ち上がって見せた。

今ならば、分かる。

先ほど彼が二亜に言った言葉に、何1つ嘘が無かった事が。

彼は彼女らにとって間違いなくーーーー希望<ヒーロー>だったのだ。

 

「・・・・っ」

 

ーーーーぽつ、ぽつ、と。〈囁告篇帙<ラジエル>〉のページに水滴が垂れ、淡い光を滲ませた。

二亜が、それが自分の涙である事に気づいたのは、〈囁告篇帙<ラジエル>〉から手を離した後だった。

 

 

 

 

 

ー士道sideー

 

「ーーーーーーーーはっ!?」

 

二亜を1人残し、公園の西側ベンチで横になっていた士道は、突然ガバッと飛び起きた。

 

「あら、漸くお目覚め?」

 

「琴里?・・・・俺は」

 

そう。確かドラゴンに首に尻尾を巻かれここまで引きずられて、危うく窒息になりそうになり、その事でドラゴンに文句を言っていると、尻尾ド突きで気絶させられていたのだ。

 

「二亜は?」

 

「まだよ」

 

琴里は忙しなく、口に咥えたチュッパチャプスの棒を動かしながら言う。

二亜のジャッジによって、彼女の霊力の封印できるか否かーーーーひいては彼女を〈ラタトスク〉の庇護下に置き、DEMから守られるかが決まってしまうのだ。

 

「! シドー!」

 

と、不意に十香が声をあげ、士道が顔を上げると、先ほど士道達が集まっていた方向から、ゆっくりと二亜が歩いてきた。

 

「・・・・! 二亜ーーーー」

 

「くく・・・・来おったか」

 

「緊張。結果はどうなったのでしょう」

 

全員が、ゴクリと息を呑む。

が、二亜が目前にまで近づくと、眼鏡越しで二亜の目が真っ赤に充血していたのに気づき、士道は眉根を寄せた。

 

「二亜・・・・? どうかしたのか?」

 

「・・・・、いや、別にー・・・・」

 

二亜は軽い調子で答えると、ホウと息を吐いてみせ、それ以上追及できなくなった。

しかしーーーー今はそれよりも。

 

「で・・・・どうだった、二亜。俺達の本は」

 

「・・・・・・・・はっ」

 

士道の言葉に、二亜は一瞬無言になって、手にした同人誌を一瞥してから、肩を竦めてみせた。

 

「結構良くできていたけど、流石にこれ1冊でアタシを落とそうなんて、見通しが甘々なんじゃあないなぁ。悪いけど、ソコまで安い女になったつもりはないよ」

 

「う・・・・ぐ・・・・」

 

『・・・・・・・・』

 

「そ、そんな・・・・」

 

士道は奥歯を噛み締め、拳を握る。ドラゴンは静かに瞑目した。身体中を無力感が通り抜ける。精霊達も同様に悲愴な表情をし、ガクリと項垂れた。

ーーーーだが。二亜は視線を逸らしながら、言葉を続ける。

 

「・・・・でも、まぁ。見所がない訳でもないみたいだし・・・・何て言うの? もう1回くらいチャンスをあげてもいいよ」

 

「へ・・・・?」

 

士道が呆然と目を見開きながら返すと、二亜は恥ずかしそうに頬を染めた。

 

「・・・・だから、もっかいだけデートしてあげるって言ってんのさ。少年も男なら、ソコで決めなよ」

 

「・・・・・・・・!」

 

士道は全身に鳥肌が立っていくのを感じた。くずおれかけていた身体に力が満ち、叫びだしたくなるような感覚が臓腑を駆け回る。

 

「シドー!」

 

十香達も同じだったらしく、まるでゴールを決めたストライカーのように士道に飛びかかってきた。

 

「きゃー! だーりんやりましたーっ!」

 

「凄い・・・・です」

 

「当然。士道の魅力の賜物」

 

「ははは・・・・やめろってお前ら。・・・・って、折紙と美九はホントにやめてもらえますかね。あの、ちょっと? 何かどさくさに紛れて服を脱がそうとしてないか!?」

 

「えぇー? そんな事してませんよー。ねー?」

 

「していない。結果的にそうなっていたとしても、それは不幸な事故。誰のせいでもない」

 

「きゃー! きゃぁぁぁぁぁっ!?」

 

『気持ち悪い悲鳴をあげるな』

 

「こ、こら、2人共、シドーに何をする!?」

 

十香が2人を止めにかかるが、他の精霊達も参戦してしまい、士道を中心に押しくらまんじゅう状態になり、もみくちゃにされる士道。

ドラゴンは漸くズレた軌道が戻った程度ではしゃぐ一同に呆れるが、今日くらいは良いだろうと思い見守っていた。

 

「・・・・ぷ、はは、あははははは」

 

そんな光景を見て、二亜は堪えきれないといった調子で笑い始める。

 

「何て言うか・・・・うん、いいなぁ、君達」

 

『退屈だけはせんぞ』

 

「おお君がドラゴンくんだね。改めてよろしく」

 

『うむ。この間のデートは本当に申し訳ない』

 

「その事に関してはホントだよ。人の嫁や乙女心を弄んでくれちゃってぇ」

 

二亜とドラゴンは、琴里をジト目で見ると、琴里もバツが悪そうな顔になる。

一応釘を刺しておこうと思い、二亜が口を開く。

 

「言っておくけど、またあんなやり方したら、2度とチャンスは与えないからね」

 

『安心しろ。また強引なやり方で無理矢理好感度を上げようなんてしたら、我が琴里にお仕置きをする』

 

「ほう。具体的には?」

 

ドラゴンがそう言うと、二亜は興味ありげな声を漏らす。

 

『作業部屋に防音部屋があってな。ソコに先程のバニー姿で閉じ込めるーーーー美九と2人っきりでな』

 

「んなっっ!!!???」

 

『っっっっ!!!???』

 

「きゃーーーーっっ!!」

 

琴里と士道達が驚愕に目を見開くが、美九は嬉しそうに歓声をあげた。

あのバニー姿で、あの防音部屋で、美九と2人っきりで、過ごす。

そんなの、お腹を空かしたケダモノの前に肉を大量に巻き付けて無防備に服従のポーズをするようなモノである。

 

「でゅふふふふふふふ!」

 

「ひっ!」

 

現に、今美九の目は野獣のような情欲に満ち満ち、呼吸も荒くなっており、『身』の危険を感じた琴里は素早く折紙の背中に隠れた。襲いかかってきた美九をただちに制圧して貰えるように。

 

『とまあ、こんな所だ』

 

「いや~、君って結構、惨い事を考えるんだねぇ」

 

二亜もカラカラと笑みを浮かべ、真剣な目線で士道の方に顔を向けた。

 

「ーーーーねぇ少年、もしかして、君なら」

 

『ーーーーむっ!?』

 

ーーーーと。二亜が言いかけ、ドラゴンが二亜に『違和感』を感じたその瞬間。

その『異常』が、起こった。

二亜が急に息を詰まらせたかと思うと、身体をガクガクと震わせ、頭を押さえてその場に膝を突いてしまったのである。

 

「え・・・・? あ、あ、あ、あああああああああ、ああああああああああああああ・・・・ッ!?」

 

そして、苦し気に表情を歪め、喉が擦りきれたような叫びをあげ始める。

 

「に、二亜・・・・!?」

 

士道は突然苦しみだした二亜に駆け寄ろうとする。

 

『っ! マズイ下がれ!』

 

「ぐえっ!?」

 

が、再びドラゴンが尻尾を士道の首に巻き付けて引っ張ったその時、二亜の身体から漆黒の霊力が溢れ、地面を侵食し始める。一拍遅れてその濃密な霊力から空間震の予兆を感じ取ったのか、辺りに警報が鳴り響いた。

 

「な・・・・ッ、これは・・・・!?」

 

「二亜! どうしたのだ!?」

 

士道達が狼狽の声を上げていると、琴里が右耳に装着していたインカムに、司令室から連絡が入ったのか、右耳を押さえながら話を始めた。

 

「・・・・何ですって!? どういう事よ!?」

 

「琴里! 何が起こってるんだ!? 二亜は・・・・!」

 

士道が問うと、琴里は顔を戦慄に染めながら返す。

 

 

 

「・・・・霊力値、カテゴリー・E。ーーーー二亜が、反転しようとしているわ・・・・!」

 

 

 

そのーーーー絶望的に過ぎる言葉を。

 

『ぬぅ、DEMめ! 〈シスター〉を捕らえている時に何もしていない筈は無いと思っていたが、コレだったのか・・・・!』

 

ドラゴンは、これがDEMの、否、アイザック・ウェスコットの策略であると断言するように呟いた。

 

 

 

 

 

ーウェスコットsideー

 

天宮市内を走るリムジンの後部座席で。

小型端末から送られてくる画面を眺めながら、傍らにアタッシュケースを置いたアイザック・ウェスコットは楽しげに口元を歪めた。

 

「悪くない推移だ。やはり、ノックス操縦士達は良い仕事をしてくれた。我々が演出すると、どうしてと『臭さ』が残ってしまうからね」

 

「ーーーー『資材A』、ですか」

 

隣の座席に腰かけているエレンが、端末をチラッと覗きながら言ってくると、ウェスコットは大仰に首肯する。

 

「ああ。もっとも、今は識別名で〈シスター〉と呼んだ方が適当かも知れないがね」

 

エレンは、しばしの間思考するように無言になってから続ける。

 

「・・・・・・・・それは何よりですが、やはり1度捕獲した精霊を野に放つと言うのはリスクが高かったのでは?」

 

5年前にエレンがその手で捕獲した獲物であり、DEMが唯一保有する精霊〈シスター〉を野放しにした事に反感を抱いたのか、エレンは少し不機嫌そうに眉根を寄せて見せる。

拗ねた子供のような表情が妙に可笑しく思い、思わず頬を緩めるウェスコット。

 

「何か?」

 

「いや。確かに君の言う通りだ。もしかしたら我らは、DEM最大の資産を徒に失ってしまう可能性もある。だがーーーー我々が手詰まりになっていたのも確かだろう?」

 

「それは・・・・そうですが」

 

「“手詰まり”ってどういう事なの? Mr.ウェスコット?」

 

2人とは別の座席に腰かけているグレムリンことソラ、その近くに腰かけているメデューサことミサがいた。

ウェスコットは淡々と答える。

 

「5年の間、我々は考え得る限り肉体的、精神的苦痛を〈シスター〉に与え続けてきた。しかしそれでも、彼女は『完全な反転状態』には至らなかった。だが、3ヶ月前に我々の前に降臨した〈プリンセス〉の反転体は、それはそれはみごとな個体だった。我々は彼女自身に何ら危害を加えていないのに、だ」

 

ウェスコットは今年の9月に見た反転体の精霊〈プリンセス〉の姿を反芻するように目を伏せ、陶酔のいろを帯びた声を発する。

反転する切っ掛けとなった者ーーーー『古の魔法使い』にして、精霊の力を封印する能力を持った少年、五河士道である。

彼は封印能力から〈ラタトスク〉に見出され、次々と精霊達の心を開かせ、その力を封印し、その過程で生まれた信頼関係こそが、〈プリンセス〉の反転の要因となった。

 

「だからこそ、私は〈シスター〉を、愛しく尊い精霊を、自分の手の内から一旦逃がす事にした。ーーーー脳内に超小型の顕現装置<リアライザ>を埋め込み、この5年の間に彼女の身にあった事を全て忘却させた上でね」

 

それこそが、ウェスコットが命じ、〈シスター〉に施した特殊な『処理』であった。

きっと彼女は、自分が生きたまま腹を割かれ、頭蓋に穴を開けられ、手足を1ミリずつ削がれ、苦痛の数々を受けた事を何1つ覚えていないだろう。

その処理を施した理由は、2つある。

1つは、〈シスター〉の精神はほとんど崩壊状態になり、記憶処理をしなければ、長きに亘る実験と拷問で自画自賛を保てなくなったから。

そしてもう1つはーーーー。

 

「・・・・ほう?」

 

ウェスコットは手元の端末に表示された数値の乱れを見て、ピクリと眉を動かした。

 

「どうしましたか?」

 

ウェスコットが、唇の端を上げる。

 

「〈シスター〉の精神状態に乱れがあるようだ。ーーーーどうやら、イツカシドウが期待通り、上手く彼女を絆してくれたらしい。5年前、我々が〈シスター〉を捕らえた段階で、既に彼女は人間と言う者を見限っていた。悲しい事だが、その能力故にね。ーーーーだが、今は違う。彼女はイツカシドウと出会い、他の精霊達と同様に、人の温かさを知ってくれた。愛想を尽かした筈の世界に、一筋の光を見出してくれた。素晴らしい事じゃあないか」

 

自分の手の平の上で踊ってくれた五河士道達に、ウェスコットは不気味な笑みを浮かべながらエレンと視線を交じらせ、さらに笑みを濃くした。

 

「では」

 

「ああ。決行だ。準備をしておいてくれ。ーーーー私の合図と共に、〈シスター〉の脳内に仕込んでおいた顕現装着<リアライザ>を発動させる。そうすれば彼女は一瞬にして、“忘却していた5年間の記憶と絶望を、鮮明に思い出してくれる筈さ”」

 

端末に表示された数値を見ながら、目を細める。

そう。彼女は『希望』を手に入れてくれた。人間と言う者は捨てたものではないと知ってくれた。

それがーーーー『絶望』の彩りになるとも知らずに。

 

「えげつないねぇMr.ウェスコット?」

 

「ふふっ。ガラス玉はただ落とすよりも、より高所から落とした方が、割れやすい。その割れた玉から溢れたエネルギーが、君達『ファントム』にも有益になる」

 

「ま、そうだねぇミサちゃん♪」

 

「ふん」

 

ミサは、先日ワイズマンを引き抜いた『魔力の核』の水晶を取り出した。

ウェスコットはその『核』の輝きに目を細めながら、天を仰ぐように声を発した。

 

「ーーーーさあ、往こうかエレン。我らが悲願の為に」

 

「はい。そうですね・・・・アイク」

 

エレンは、静かな声でそう答える。ウェスコットは満足げに頷くと、次いで前方のミサ達の向こう側ーーーーリムジンの助手席に座った人影に向かって視線を移し声を発する。

 

「君も、ヨロシク頼むよ。エレンを助けてあげてくれたまえ」

 

「・・・・・・・・」

 

ウェスコットの声に応え、その少女は、無言でコクリと頷き、それを見てまた満足げに頷き、ウェスコットは傍らに置いていたアタッシュケースを持ち上げ、ケースを開けた。

 

「アイク、それは?」

 

「ふふっ、エレン。君とイツカシドウの数々の激戦と彼の新たに見せてくれた輝かしい姿<インフィニティ>が、私に新しい閃きを与えてくれたよ」

 

ウェスコットは、新しい玩具を早く見せてやりたくてたまらないと言わんばかりに、中に入っていたモノを取り出して凄絶な笑みを浮かべる。

 

「さぁーーーーお披露目と行こうか」

 

と、その時、ウェスコットの影が“異形の形”となり、咆哮を上げるような挙動をしていた。




全てがウェスコットの意のままになっていた。そしてウェスコットが取り出し物は!? どうなる次回!?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。