デート・ア・ライブ 指輪の魔法使いと精霊の恋愛譚 作:BREAKERZ
ー士道sideー
そのあまりに自然な調子に、士道は思わず頷きそうになり・・・・途中で首を傾げた。
「え? な、何て?」
「何を不思議そうな顔をしておるのじゃ。当然の事ではないか。主様はむくの事が好きなのじゃろう? むくも、主様の事が好きじゃ。ならば主様はむくに何をしても構わぬ。しかし、“ソコに別のおなごが入ってくるのはおかしな話じゃろう”?」
至極当然のように、いや、六喰はそれが当然だと思っているのだろう。士道も理解できなくはない。
しかし、その考え方は、所謂婚姻関係に近い物でありーーーー精霊が現れる度にその力を封印してきた士道にとっては、致命的な打撃となり得る1撃だった。
「むん? むくは何かおかしな事を言っておるか?」
「・・・・いや、あの、ええと・・・・(も、もしかして俺って、封印の為仕方ないとは言え、皆に凄く不誠実な事をやっているのでは・・・・?)」
ーーーー今更何を言ってるのだ、この不誠実の塊。
澄み切った六喰の目に見つめられた士道が、思わず目を逸らして罪悪感を感じていると、ドラゴンのトドメの声が聞こえたのか、酷く落ち込みそうになる。
《ちょっと士道、今更何論破されてるのよ》
「す、すまん・・・・ちょっと良心の呵責が・・・・」
《そんなの後にしてちょうだい。ーーーーとにかく、流石にそれは承諾できないわ。嘘を吐いて封印しても、それが後にバレた時の揺り戻しが怖いし・・・・封印と婚姻は違うんだって事をちゃんと説明して、説得する方向で行くしかないわね》
「・・・・だな」
士道は小さく頷くと、軽く呼吸を整えてから六喰に向き直った。
「あのな、六喰。良く聞いてくれ。それはできないんだ」
「むん? 主様は浮気性か?」
「ぉぅ・・・・!」
《いちいち傷つかないの。ーーーー全く、ドラゴン<飼い主>がいないとこの体たらくなんだから・・・・》
最後の方は聞こえなかったが、琴里がやれやれだぜ、と言った調子で言っている。士道は気を取り直すようにコホンと咳払いをしてから続けた。
「前も言ったように、俺は、精霊皆を救いたいと思ってるんだ。だから・・・・これからもお前みたいな精霊が現れたら力を封印しなきゃならない。それにーーーー俺は、今まで封印してきた精霊皆の事も、六喰、お前と同じくらい大切で、大好きなんだ。六喰にも、皆と仲良くしてくれると嬉しいな」
「・・・・ふむん」
士道が言うと、六喰はキョトンとした表情をして黙り込んでから、数秒の後、何かを思い付いたようにポンと手を打つ。
「そうか、そうか、そう言う事か。主様は優しいの」
「へ?」
六喰の反応が良く分からず、士道は目を丸くした。しかし六喰は、1人得心がいった風にコクコクと頷いてくる。
「分かった。みなまで言うな。むくに任せておくが善い」
六喰はそう言うと、ベンチから軽やかに立ち上がり、美しい蒔絵の施された扇子をパチンッと閉じて、口元にピトリと触れさせた。
「ーーーーでは、今宵はここでお別れじゃ。また近い内に会おうぞ、主様」
六喰はそうとだけ残し、仄暗い道をトントンと走って行ってしまった。
「ちょ、六喰!?」
慌てて後を追うが、天使を使ったのかもうその姿は消えていた。
「一体・・・・何をしようって言うんだ・・・・?」
士道は頼り無げな街灯の光に照らされた道に立ち尽くしながら、六喰の不可解な言葉に、困惑していた。
ーグレムリンsideー
「ふぅ~ん・・・・何か起きそうだね♪」
そんな士道の様子を、偵察の為に転移魔法で日本に戻っていたソラ<グレムリン>が、公園の片隅に隠れながら士道と〈ゾディアック〉(六喰)を眺めながら、楽しげに呟いた。
ー六喰sideー
「ーーーーふん、ふん、ふむむん、むん♪」
再び星の海に戻り、眼下の地球の見下ろしながら、六喰はふわふわと浮遊していた。
ーーーー1人で考え事をするには、一切の雑音が無い宇宙が良いと判断したからだ。
「しかしーーーー」
六喰は小さく独り言を呟くと、目をパチクリさせながら地球を見据える。
「美しいものじゃ。こんなものを常に目にしておきながら、何の感慨も覚えなんだとはーーーーむくも勿体ない事をしていたものじゃの」
士道に先日〈封解主<ミカエル>〉(〈贋造魔女<ハニエル>〉が変身した偽物)を挿し入れられた胸元をさする。
「ふふ、士道には感謝せねばならぬの」
六喰はそう言うと、身体を反らすように手足をぐぐっと伸ばす。身体を動かすのが心地良い。否、それだけではない。風景が、吐息が、日の光が、料理の足がーーーー久方ぶりに感じるあらゆる外的刺激が、快適で堪らない。
それこそーーーー。
「・・・・ふむん?」
と、ソコで六喰が首を傾げた。
この世界にはこれほどまでに素敵な物が揃っているのに、何故自分は心に鍵などを掛けてしまったのだろうか、と思ったのだ。
「むむむ・・・・?」
腕と足を組み、その場でゆっくりと回転しながら悩むも、どうしても思い出せない。六喰はやがて諦めたように吐息した。
「まあ、よい」
そう。今はそれよりもーーーー優先してやらねばならない事があったのだ。
士道。五河士道。六喰の心に掛かっていた鍵を開け、六喰に虹色の世界をくれた男。
そして何よりーーーー六喰と相思相愛の、愛しい人。
「むん、ふん、楽しいのう。人に愛され愛すると言うのは、かくも楽しい物じゃったか」
士道の事を考えるだけで、心がフワフワしてきて、何とも幸せな気分になる。成る程、確かにこれは士道の言っていた通りだった。
「ーーーー『魔法使い』、か・・・・」
士道が言った『魔法使い』、何故か六喰はその言葉が気に入っていた。
けれど、1つの問題があった。
ーーーー六喰の愛しい人は、如何せん優しすぎたのである。
「むくが、何とかしてやらねばの」
六喰はニッコリと微笑むと、虚空から巨大な鍵の天使〈封解主<ミカエル>〉を取り出した。
ー???sideー
ーーーー毎日が楽しくて仕方がなかった。
朝起きると、父と母、そして“姉”が、「おはよう」と言ってくれる。
目が覚めた時、自分の家族がいる事が、こんなにも素敵な事だなんて知らなかった。
そして、家族揃っての朝食。でも、その前に、もう1つ楽しみがあった。
“姉”が、髪を括ってくれるのだ。
【ーーーーの髪は、本当に綺麗だね】
姉は櫛で髪をすきながら、良くそんな事を言ってくれた。
自分は大好きな“姉”に褒められたのが嬉しくて、誇らしくて、毎朝のその時間が堪らなく好きだった。
姉の指先は、長い髪をみるみる内にお団子状に括っていった。物の数分で、寝癖の付いた寝坊助さんが、可愛らしい女の子に変身する。初めてそれを体験した時は、“姉”の事が『魔法使い』に見えてしまった。
興奮気味にそれを伝えると、“姉”は驚いたような顔をしてから微笑みを作りーーーーまた優しく、頭を撫でてくれた。
それから母の作ってくれた美味しい朝ご飯を食べて、挨拶を交わして学校に行く。
そうして学校から帰ったなら、母が優しく出迎えてくれる。
晩ご飯を食べたら、星が好きな“姉”と一緒に、家の屋上で天体観測をするのが日課だった。
夏の暑い日等は、ソコにビニールシートを敷いて、2人並んで寝転び、夜空を見上げるのだ。
“姉”は煌めく星々を1つ1つ指差し、その星の名前や星座の由来等を説明してくれた。幼い自分はそれらを全て理解できていた訳ではないのだけれど、熱心に話し込む“姉”の姿を見ているのが好きで、毎日のように屋上に上がった物だった。
やがて眠気が襲ってきて、ウツラウツラとし始めると、“姉”が「話し過ぎちゃったね」と苦笑して、優しく髪を撫でてくれた。
その感触に包まれるように、ゆっくりと眠りに落ちていくのが、好きだった。
そしてまた目が覚めーーーー1日が始まる。
そんな当たり前の生活が、幸せで堪らなかった。
新しくできた“父”が、“母”が、“姉”が、愛しくて堪らなかった。
自分だけの家族。自分だけの空間。自分を愛してくれる人達。自分が愛しても良い人達。
そんな幸せな時間が、いつまでも続くものだと、幼い自分は信じてしまっていた。
けれど、そんな世界の終わりは、思ったよりも呆気なく訪れてしまった。
別に、大した事が起こった訳ではない。事故で他界だの、両親が離婚だの、実の親が現れた訳でもない。
『その日』を自分は楽しみにしていた。“姉”が自分を天宮タワーに連れて行ってくれると約束してくれていた。
ただ、その日、“姉”が学校の友達を一緒に連れて来たのだ。
そう。ただ、それだけの事。
別段特筆すべき事もない、ただの日常の1ページ。
だけれど自分には、それがどうしても許容できなかった。
だって、“姉”は、自分だけの“姉”の筈なのだ。
その約束は、自分だけの物だった筈なのだ。
“姉”は、自分だけが愛して良い人の筈だったのだ。自分だけを愛してくれる人の筈だったのだ。
そんな“姉”が、自分の知らない処で、自分の知らない友人と遊んでいた。そしてその人が、自分と“姉”の領域に侵蝕してきた。
それを考えるだけで、心がギュウと引き絞られるような気がして、辛くて辛くて仕方なかった。
自分はグッと我慢して、皆でその日を楽しもうと頑張った。けれど展望台で街の風景を眺めている時、“姉”の友達が自分にこう言ったのだ。
【ねえ、ーーちゃん、随分髪が長いけど、“少し切った方が良いんじゃない”? ねえ、ーーもそう思うよね?】
同意を求められた“姉”は、少し考える仕草を見せてから答える。
【うーん・・・・そうだね。ちょっと伸び過ぎかな? “今度切ってあげよっか”?】
ーーーー2人に悪意があった訳ではない。
寧ろ友達も姉も、あまりに長い髪を揺らしながら歩く自分の事を気遣って言ってくれただけなのだ。だが、自分はその言葉に、心臓が握りつぶされるかのようなショックを受け、1人タワーを飛び出した。
ーーーー悲しくて悲しくて仕方がなかった。
“姉”が、綺麗と言ってくれたのに。
“姉”が、好きと言ってくれたのに。
友達の何気ない一言で、“姉”は自分の言葉を曲げてしまった。
つまり“姉”は、自分よりも友達の方が大事なのだ。もしも自分と友達、どちらか1人選ばねばならない状況になったから、友達を選んでしまうのだ。
そんな事を考えると、不安は『絶望』に変わっていき、布地に落ちた墨の如く、みるみると広がっていく。
父も母も“姉”も、自分の事を1番に愛してくれる物だと、何の根拠もなく思ってしまった。けれど3人は、自分を引き取るずっと前からこの世界で生きておりーーーーそれぞれが自分の知らない人間関係を持っているのだ。
そして父も、母も、“姉”も、自分の知らない場所で、知らない誰かと、言葉を交わし、笑い合っている・・・・。
【う・・・・ぉ、あ・・・・っ】
その事実を認識しただけで、胸から嘔吐感がせり上がってくる。
愛する事を、そして愛される事を知った心は、その感情を『悲しい』事だと、ようやく認めてくれた。
するとその時ーーーー。
ー士道sideー
また夢を見たーーーー“誰かの記憶”、それによって目を覚ました士道だが、それを考える余裕なく、無人の公園のベンチに座り込んでいた。
「ーーーー嘘だろ・・・・一体何がどうなってるんだよ・・・・」
士道は呆然と唇から言葉を溢す。
朝起きた士道が琴里と挨拶をしようとすると、琴里は大きな悲鳴を上げ、
【あ、あんた誰よっ!?】
まるで士道の事を知らないような、赤の他人を見るような視線で士道を不審車として通報しようとし、思わず逃げてしまった。
それだけでなく、十香に折紙、八舞姉妹、四糸乃とよしのんに七罪、果ては店長に店員さん、さらに殿町や亜衣麻衣美衣トリオに岸和田までもが、士道の事を全く知らない人間として振る舞っていた。輪島のおっちゃんの所にも行くが、留守のままであった。
そして市内の高層マンションに住む二亜に会いに行ってみればーーーー。
【助けて見ず知らずの少年! このままじゃ本条蒼二先生が天に召されちゃうううううううっ!!】
【さぁ本条先生。今日は唐揚げ工場に『逝く』ですよー】
【サ☆ズちゃん! そんなにこやかな笑顔で言わないで! 『行く』の文字が違うって! 待って! 亜空間を開くのちょっと待って! 後もうちょっとで描き終わりますから! どうか唐揚げは! 唐揚げ工場だけは! ふぎゃおおおおおおおお・・・・・・・・】
と、何やら恐ろしい事が起こってすぐに何も聞こえなくなってしまった。
取り敢えず聞かなかった事にして士道はその場を去り、今度は美九に連絡を取ると、電話口で士道の声を聞いただけで、
【きゃぁぁぁぁぁぁッ!? 知らない男の人から電話口がぁぁぁぁぁぁッ!?】
と絶叫され、それきりコンタクトが取れなくなっていた。
士道は力無く項垂れると、髪をクシャクシャて掻きむしった。
昨日までと何が変わった訳でもない。街も、通りの人々も、目に見える景色は何1つ記憶と違わない。
ただ1つ。
ーーーー精霊達や友人達が皆、士道の事を、忘れてしまっている。
たったその一点が違うだけで、士道はまるでパラレルワールドにでも迷い込んでしまったしまったかのような違和感と不安感だ。
「くそ・・・・意味わかんねぇ。何なんだよこれ。誰か、誰か俺を知っているヤツはいないのか・・・・?」
士道は額に手を当てながら叫びそうになる声を小さく呟く。
するとーーーー周りの景色が一瞬、別の空間になったような『違和感』を感じた。
「っ! これって・・・・」
『ーーーーいつもより情けない顔をしているな、小僧』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
士道が聞こえた声に顔を上げるとソコには、士道の頭位のサイズになっているーーーーウィザードラゴンがいた。
「・・・・・・・・・・・・ドラゴン・・・・」
『今朝から貴様の行動を見ていたから状況はある程度理解している。どうやら・・・・“一晩の追いかけっこの内に、色々やられた”ようだ。安心しろ。今彼女から“こちらの姿は見えていない”。美九の時に白い魔法使いがやったような結界を張って、今の彼女には小僧がベンチで踞っている姿しか見えないようにーーーーん?』
「・・・・ド、ドラゴーーーーン!!」
『気持ち悪い』
ーーーーバシィィィィィィンッ!!
「シナンジュッ!?」
漸く自分の事を覚えている人(?)に出会って、感極まったように涙を流す士道は、恥も外聞もなくドラゴンに大声で抱きつこうとするが、ドラゴンの尻尾ド突き(威力強)によって地面に盛大なキスをした。
が・・・・。
「ーーーードラゴ~ン!」
『気色悪い』
ーーーーバシィィィィィィンッ!!
「クシャトリヤッ!」
まるでゾンビのように這い上がってきた士道にさらにド突き(強)を繰り出す。
しかし・・・・。
「ーーーードラゴ~~ン!」
『いい加減しろっ!!!』
ーーーーバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシィィィィィィンッ!!
「ネオ・ジオングッ!!」
それでも抱きついてこようとする士道に、連打ド突きやらでボコボコにした。
「・・・・はは、ははははは、覚えていたのかよドラゴ~~ン・・・・」
『(ーーーー本気でコイツの息の根を永遠に止めてやろうか・・・・)はぁ、いつまでも遊んでいる場合ではないだろう。十香達だけではなく、妖怪<店長>共までとは、徹底としているな・・・・』
「・・・・っ、ドラゴン、何か知ってるのか?」
ドラゴンの説明に、士道は漸く我に返り、ドラゴンはやれやれだぜ、と言いたげにため息を吐いてから話す。
『ーーーー昨日の深夜、七罪の部屋で寝ていた我が、気配を感じて起きてみると目の前に、“天使を携えた〈ゾディアック〉が現れたのだ”』
「っ! 六喰がっ!?」
『あぁ。突然現れた〈ゾディアック〉は七罪の額に天使の先端を押し付けると、そのまま『閉じる』動作をした。嫌な予感がして止めさせようとしたが、間に合わなかった。すると今度は〈ゾディアック〉は我に狙いを変えて向かって来てな。思念体だったのが良かったのか、『魔獣ファントム』の特性に救われたのか、我には〈封解主<ミカエル>〉の能力が通じなかった。ーーーーすると、あの娘、我を排除するやり方に変えたようで、我に襲いかかってきたのだ。外に逃げてそのまま空中鬼ごっこを繰り広げている内に、雲の中に入って彼女が視界を塞がれた隙に、『アバター』を使って囮を作り、その囮を〈ゾディアック〉が撃破して、もう用済みと言わんばかりに消えた。そして朝方になって戻ってみて、嫌な予感がして少し七罪の様子を見ていると、あの有り様だったと言う訳だ。それどころか、貴様だけではなく、我やプラモンスター達まで忘れているようだ』
ドラゴンがそう説明すると、項垂れながらプラモンスターズが現れた。
「そ、そんな事が・・・・! まさか・・・・!」
その説明を聞いて、士道は息を詰まらせながらある考察が頭に浮かんだ。
鍵の天使〈封解主<ミカエル>〉。万物を『閉じる』事のできる最強の天使。その力が効果を及ぼす範囲は、目に見える物とは限らない。六喰は自らの心を『閉じた』のだ。
【分かった。みなまで言うな。むくに任せておくが善い】
昨日、六喰が別れ際に口にした言葉が頭の中に甦る。
あの時は意味が分からなかったが、この異常な現象によって、カチリと噛み合った。
「まさか、〈封解主<ミカエル>〉で『閉じた』のか、皆から俺、『五河士道』の記憶・・・・!」
『それだけではない。貴様に連なる事、つまり我らの存在すらも連鎖的に『閉じられた』のだ』
「で、でもそんな事が・・・・!」
『馬鹿か貴様。不可視の『心』に干渉して感情を封印するのだ。人の『記憶』にすら作用する事も可能だろう。ここまで精霊達と付き合ってきて、まぁだ『常識』等と言うくだらんメガネを掛けているつもりだ?』
証拠も裏付けもない憶測に過ぎないが、この異常事態を他に説明できないのも事実だ。
士道は思わずポケットに手を突っ込むと、クシャと紙が折れる音が聞こえ取り出してみると、丸めた紙が2つあり、それを広げると、
【頑張って下さいよ、情けないもう1人の先輩。byジード】
【腹くくって挑んで下さい、不甲斐ない先輩。byリバイス】
と、『平行世界のクソ生意気な後輩達』の手紙があった。
「・・・・・・・・・・・・」
士道は無言のまま顔を上げ、立ち上がると、ドラゴンに頭を下げた。
「ドラゴン。お前とはまだ絶縁中だし、そうなった原因である俺がこんな事を言うのは図々しいってのは分かってる・・・・でも! もう1度・・・・もう1度俺に知恵を、力を貸してくれ!」
六喰を攻略できたらもう1度コンビを頼むつもりだった。しかし、精霊達がいない。恐らく〈ラタトスク〉も記憶を『閉じられて』いる。
完全な孤立状態の自分には、ドラゴンが必要不可欠だ。士道が頭を下げていると、ドラゴンは静かに声を発する。
『・・・・・・・・顔を上げろ』
「・・・・・・・・・・・・」
言われた通り顔を上げた士道。
その時ーーーー。
ーーーーバシッ!
「っ!」
ドラゴンが爪で引っ掻かないように士道の頬をひっぱたいた。
いつもの尻尾よりも、こっちのビンタの方が1番頭や身体に染み渡る。
『ーーーーまた不様を晒したら、今度こそ見限るからな』
「ーーーーあぁ!」
『ーーーー!!』
2人がそう言うと、プラモンスターズは嬉しそうに鳴き声を発し、ドラゴンは再び士道の身体に入り込み、プラモンスターズも活動時間が終わったのか、一斉にリングに戻った。
士道はリングを広い集め終えると、周りの景色が元に戻ったように感じ、これからの事を脳内会議で話し合う。
「(・・・・皆の記憶を戻すには、六喰の心を開いたように〈贋造魔女<ハニエル>〉で〈封解主<ミカエル>〉を作って、皆に使った方が良いか?)」
≪ーーーーいや、〈ゾディアック〉の攻略を先にするべきだ。彼女の力を封印しない限り、元に戻しても同じ事の繰り返しだ。彼女は我や皆を失い、小僧が孤立無援になっていると思っている。その隙を点くタイミングを見逃さないようにしろ≫
確かにそうだ。先ずは六喰から事情を聞き、説得して攻略しない限り、封印して解除してのイタチごっこの繰り返しだ。
≪・・・・結界を解くぞ、我がいなかった風を装え≫
「ああ」
ドラゴンが結界を解除すると、周りにあった『違和感』が消えた。
「(六喰は、今俺を監視しているんだよな? どうやって来てもらう?)」
≪彼女が警戒しているのは、“小僧が〈贋造魔女<ハニエル>〉を使う事”だ。小僧が〈贋造魔女<ハニエル>〉を出した瞬間、自分の天使の能力で『封印』するだろう≫
「(そんな・・・・じゃあ、どうやって六喰を!)」
≪慌てるな。我に『策』がある。良いかーーーー≫
ドラゴンが『策』を説明し終えると、士道は緊張した面持ちで、〈贋造魔女<ハニエル>〉を召喚して、〈封解主<ミカエル>〉を作り出して待つ。
そしてーーーー。
≪来たぞ≫
「っ!」
士道の握る偽の〈封解主<ミカエル>〉のすぐ横の空間に小さな『扉』が生じ、そこから巨大な鍵の先端が現れ、〈封解主<ミカエル>〉(偽)に突き刺さり、
「ーーーー【閉<セグヴァ>】」
何処からか声が聞こえると、カチリ、と音を立てて鍵が回された瞬間、〈封解主<ミカエル>〉(偽)が淡く輝き、元の〈贋造魔女<ハニエル>〉の姿に戻り、光の粒子となって空気中溶け消えてしまった。
「くーーーー六喰・・・・!」
士道は震える心を制して、未だ虚空に浮かんだ鍵の先端の向こうにいる人物の名を呼んだ。
その声に応じるように、空間に開いた『扉』がどんどん大きくなっていきーーーーやがて、昨日と同じ服装に首元にクルリと金髪を巻いたーーーー星宮六喰が、現れた。
「むふふん、むくの鍵を開いた主様であれば気づくと思っておったぞ。流石じゃの」
言って、六喰がニコリと微笑む。戦慄はするが、どうやらドラゴンの存在に気付いている素振りは見当たらない。
士道はそれに内心安堵しながらも、自分達の仮説が正しかったと確信する。
≪あまり気持ちを乱すな。頭は冷静にするのだ≫
「(ああ・・・・)六喰。やっぱり、お前が皆の記憶を」
「むん、そうじゃ。スゴいじゃろう」
六喰が得意気に腰に手を当て、小柄な体型に不釣り合いに巨大な胸を反らす。士道は叫ぶ気持ちを必死に押さえながら声を発する。
「・・・・一体、何でこんな事をしたんだ?」
「何で? ふむん。異な事を聞くのう」
六喰はキョトンとした顔を作ってから、屈託なく笑う。
「こうすれば、むくと主様は2人きりじゃ。もう何も心配はいらぬぞ。心置きなくむくを愛でるがよい」
「な・・・・!?」
士道は戦慄に息を詰まらせた。
六喰の言葉と、その愛らしい表情の差異に、一瞬思考が止まる。
今まで幾人もの精霊を封印してきた。数々の修羅場や危機を戦い、強大な敵や凄まじい悪意にも晒されてきた。
だがーーーー違う。
目の前の少女は、異質だった。
『最悪の精霊』時崎狂三は恐ろしかった。彼女の殺意と狂気を向けられた時、士道は1歩も動けなくなった。
『絶望の魔獣 ファントム』に、DEMのウェスコットやエレンと相対した時も、人を人と思わない圧倒的な悪意の恐怖に圧されそうになった。
しかし、六喰には殺意も悪意もない。
彼女の表情から覗くのはーーーー純粋な善意と、愛情のみだった。
「のう、主様」
六喰が、穏やかな笑みを浮かべながら唇を動かす。
「むくの事が、好きなのじゃろう?」
あまりに可愛らしい、あまりに無垢なその言葉に、士道は答える事が、できなかった。
善意と愛情が歪めば、悪意よりも恐ろしいとすら、思ってしまうほど。
ーグレムリンsideー
「へぇ~、これは面白くなってきたかも、ね☆」
公園の近くのビルの屋上で、士道の様子を眺めていたグレムリンは、ニィッと笑みを浮かべていた。
恐ろしい六喰の恐ろしさ・・・・!