デート・ア・ライブ 指輪の魔法使いと精霊の恋愛譚 作:BREAKERZ
ー折紙sideー
「皆さーーーーん! 私おかしいんですよぉーーーーっ!!」
『・・・・・・・・・・・・・・・・』
琴里の家に不法侵入者が現れてから翌日。
休日の昼。精霊達が揃った五河家のリビングで美九がそう叫び、大半の精霊達が、「今更何を言ってんだコイツは?」と言わんばかりに半眼で見据えていた。ちなみに二亜だけはいなかった。スマホを見るとLINEで、【助けて! 唐揚げこう】と、メッセージが送られており、取り敢えず見なかった事にした。
たった今リビングにやって来て、突然七罪に情熱的な抱擁(美しい言葉)をし、美九の肌がツヤツヤになっている。対照的に七罪は、お腹に大きなキスマークを付けられ、生気を吸い付くされたように身体の色素を失い、透明な硝子のようになっている気がした。衝撃! 天宮市の住宅地に人間のライフエナジーを喰らう怪人を見た!
と、そんな珍事をやってから、何故か美九は生気を失った七罪をソファー戻すと、頭を両手で押さえてリビングの床をゴロゴロと転がりながら絶叫した。
「変なんですよー! おかしいんですよーっ!!」
「落ち着きなさい美九。何がおかしいの?」
司令官モードの琴里がため息交じりに奇行に走っている美九に聞くと、美九は両膝立ちになら、ワナワナと戦慄したように震えながら自分の手を見る。
「おかしいんです・・・・! 七罪さんの臭いを嗅いで私は気分がリフレッシュした筈なんです・・・・! でも、でも! 何なんですかコレッ!? 私の身体が! 心が! 魂が! 『足りない! もっと激しい刺激を!』と! 謎の訴えをしているんですーーーー!!」
また再び転がる美九に、大半の精霊達が訝しそうな顔になる。と、そこで美九が、リビングに置かれていたビニール紐を見つけて手に取り、精霊達を見回して琴里に照準を合わせた。
「琴里さん・・・・」
「な、何よ・・・・?」
今まで見せた事のないくらい真面目な顔になった美九に少し気後れする琴里に、美九がビニール紐を伸ばし、自分に少し巻き付けるように絡ませ、琴里の両肩をガッと掴んだ。
「今すぐ私をこれで縛ってください! 神無月さん辺りが好きそうなSMチックなキツ~い縛りで!」
「真面目な顔で何をトチ狂った事を言ってるのよっ!?」
真剣な表情でふざけた事を宣う美九に、目を見開いた琴里が両肩の拘束から逃れようと足掻くが、運動が苦手な筈の美九の細腕からは想像できない握力に捕まれ動けなかった。
「お願いします琴里さん! 私、本気なんです! この身体と心と魂の疼きを収められるのは、亀甲縛りとかそう言う緊縛プレイだと! 私の本能が覚醒したかのように叫んでいるんですっ!! 是非とも琴里さんお願いします! 後できる事なら、私のお尻をペンペンと叩いて踏んで、さらに蝋燭でも垂らしてくれればーーーー」
「神無月みたいな変態のロードを突き進まないのっ!!」
ーーーーバキッ!×2
「あひんっ!」
必死に抵抗する琴里を助けようと、ゲームをしていた八舞姉妹が中断し、鉄拳を美九の頭に振り下ろして、神無月<変態>の領域に行きそうになっていた美九を強制的に琴里から引き剥がした。
「たくっ、何考えてんだしっ!」
「変態。ソコまで堕ちましたか」
肩で息をする琴里が美九から距離を取り、八舞姉妹が代わりにビニール紐で美九の身体を簀巻きにした。
「こんな縛りじゃ全然物足りないですよー! 私のお尻とか女の子の部分にくい込むようにきつ~く縛って下さいよー!! でも夕弦さん、妙に手馴れてません?」
「正解。いずれ耶倶矢を目覚めさせようとひそかに練習をしていました」
「夕弦!? 今何か恐ろしい事言わなかった!?」
「安心。大丈夫ですよ耶倶矢。すぐに痛みと屈辱が悦びと快楽に変わりますから」
「そんなんいらんわー!」
美九を簀巻きにすると、夕弦が目をキラメーイとさせてビニール紐を伸ばして耶倶矢に迫り、顔を青ざめた耶倶矢とリビングで鬼ごっこを繰り広げた。
そんな様子に琴里は疲れがドッと出てきたのを感じたが、そろそろ昼食にしようとした。
「・・・・ん?」
と、そこで琴里は首を捻った。いつもならこの時間には、食卓に料理が並んでいたと思うのだが・・・・今日はまだ昼食の準備ができていないのだ。
「あれ? おかしいわね、私何も・・・・って、そもそも私いつも料理してたっけ?」
不思議な感覚に眉根を寄せるが、取り敢えずピザを頼む事にし、各々(主に八舞姉妹)が好みのピザを頼んだ。
が、ここで異常事態が起こった。
ーーーーご飯の時間だと言うのに、十香が無反応だったのだ。
あの健啖家の十香がご飯に無反応だなんて、美九がBLに目覚めるくらいの異常事態だ。琴里がどうしたかと聞くとーーー今朝、知らない男に話しかけられ、その男が妙に気がかりになったと言うのだ。
そう言うと、他の精霊達とその男に会ったと聞き、それが今朝、家にいた不法侵入者であると分かった琴里は、もしかしたらDEMの手先ではないかと思い、皆に警戒するように伝えた。
しかしーーーー。
「(何かしら、DEM以外にも、何か『恐ろしい存在』がいたような気がするわ・・・・)」
とそこで、会話に入ってこない精霊がいた。ーーーー折紙だ。
先程から一言も言葉を発せず、押し黙ったまま床を見つめている。普段から口数の少ない折紙だが、少々様子が違う気がして、顔を覗き込むようにしながら声をかける。
「折紙、大丈夫?」
「・・・・問題ない。少し、頭が痛いだけ」
「問題あるじゃない・・・・無理しないの。辛いようなら家まで送らせるから」
「・・・・、お願い」
折紙にしては珍しく、何処と無く弱々しい調子で言う。流石に心配になって、琴里は折紙の隣に歩み寄ると、肩を貸すようにその手を取った。
「ほら、立てる?」
「・・・・大丈ーーーー」
折紙は琴里の肩に手を掛け、立ち上がろうとした。だがこの瞬間、折紙の身体から力が抜け、そのままパタンと前方に倒れ込んでしまった。
「折紙!?」
「な・・・・!」
「だ、大丈夫ですかっ!?」
突然の事に、周りの精霊達が驚愕した。あの鉄の女折紙が倒れるなど、前代未聞も良い所だ。
「くーーーー」
琴里は息を詰まらせながら、〈フラクシナス〉に応援の連絡を取ろうとした瞬間、今し方倒れ伏した折紙が、何事も無かったようにムクリと起き上がった。
「・・・・・・・・・・・・」
「折紙・・・・? 無理に起き上がっちゃ駄目よ、何かあったらどうするの!」
慌てて折紙に話しかける。が、折紙は先程までの体調の悪さが嘘のように頭をブンブンと横に振った。
そして、琴里の目を真っ直ぐ見据えながら、声を発する。
「ううんーーーー大丈夫です。心配かけちゃってすみません」
その、明らかに今までと違う口調で。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
琴里が、他の精霊達が、頬にタラリと汗を垂らした。
「お、折紙?」
「はい、何ですか?」
「あの、一応聞くけど、あなた折紙よね?」
「えっ? そうですよ。何言ってるんですか」
そう言って、折紙が苦笑する。そのいつもの能面みたいな顔から想像できない生気に溢れた表情に、精霊達が震え上がった。
「ひ、ヒェ・・・・ッ」
「戦慄。高熱ですか? いえ、マスター折紙、まさか既に脳が・・・・」
「誰かー! 折紙さんをー! 折紙さんを助けてくださぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!」
「えっ、私の扱いそんな感じなんですか・・・・?」
皆のオーバーリアクションに、折紙が力なく笑う。
しかし折紙は、すぐに思い直したように表情を険しくすると、訳の分からない事を言い出した。
ーーーー『彼』と言う人物。
ーーーー『ドラゴン』と言う存在。
ーーーー〈仮面ライダーウィザード〉という存在。
ーーーー〈ファントム〉と似た名前の『魔獣ファントム』と言う存在。
ーーーー『六喰』と言う精霊。
ーーーー万物の機能を開閉する鍵の天使。
どれもこれも、まるで琴里達の記憶にない事だ。
折紙は渋面を作ると、手で口元を覆いながら、何やらブツブツと呟き出した。
「・・・・成る程、徹底してますね。これは・・・・一体どうすれば・・・・」
「ちょ、ちょっと待ってよ。話が全然見えないわ。折紙、あなた一体何を言っているの? 六喰って誰? それに『彼』に『ドラゴン』って・・・・あなた、あの男の事を知ってるの?」
琴里が困惑気味に問うと、折紙が琴里の目をジッと見つめながら首肯してくる。
「はい。皆さんも知っている筈です。皆さんはーーーーいえ、私達は、全員彼にーーーー五河士道くんに、救われたんですから」
「士道・・・・」
折紙が発した名に、琴里は微かに眉根を寄せた。・・・・聞いた事があるような、無いような、妙な感覚である。他の精霊達も似たような反応を示していた。
だがーーーー。
「う・・・・ぐ・・・・?」
その中に、先程の折紙と同じように、頭を押さえながらその場しのぎに蹲った精霊が1人、いた。
ー士道sideー
「ふむむん、楽しいの。のう、主様も楽しいか?」
「・・・・、ああ、楽しいよ、六喰」
「ふふ、そうかそうか」
士道が答えると、六喰が心底楽しそうに微笑み、しっかりと握った士道の手をブンブンと振った。
「のう、主様。主様はむくの事が好きか?」
「勿論だ。大好きだよ」
「むくもじゃ。ふふ・・・・幸せじゃの//////」
ほんのりと頬を染めながら六喰がさらに笑みを濃くする。
そのくったくのない表情を見ながら、士道は苦しげにギリとは奥歯を噛み締める。
「・・・・・・・・(このままじゃ埒があかないぜドラゴン)」
≪耐えろ。今は〈ゾディアック〉の要望に答えていくしかあるまい≫
士道は今、六喰と手を繋ぎながら、天宮市の大通りをゆっくりとした足取りで歩いていた。どうやら先日のデートが大層お気に召したらしく、六喰がまた2人で街を歩きたいと言い出したのである。
「のう、あれは何じゃ!」
六喰は見る物全てが珍しくてたまらないと言った様子で、数歩歩く度に目をキラメーイさせては、士道に話しかけてくる。士道はその度に、優しく六喰に言葉を返すのだった。
ーーーーとは言え無論士道にドラゴンとて、ただ六喰に付き従っている訳ではない。
数時間前、士道は必死に六喰の説得を試みた。
確かに士道は六喰の事が好きだが、それと同じ位皆の事を大切に思っている。皆を元に戻してくれ、と。
しかし六喰はそれに応じなかった。しかも、六喰は悪意を持っての事ではない。士道は六喰の事が好きなのだから、他の女の子はいらない筈。それ処か、士道が素直になれないのは、他の女の子が存在するから。そんな価値観を、何の疑いもなく持っていたのだ。
≪よく言えば純粋無垢。悪く言えば思い込みの強い。1番質の悪いタイプの精霊だな。しかも、それが小僧の望まぬ方に向いている。(しかし、何処か小僧と似通っているようにも見える・・・・)≫
「・・・・・・・・」
とは言え、2人は諦めた訳ではない。手札はある。六喰はドラゴンが生きており、士道の身体の中にいる事に気づいていない。隙を見つけて“ドラゴンの方法”を使うのだが、もう1つの手段がある。士道は無言で自分の唇に触れる。
ーーーー口づけを介した、霊力の封印だ。
六喰の心を開き、デレさせて、キスをする。そうすれば六喰の力を封印すれば、〈封解主<ミカエル>〉によって『閉じ』られてしまった皆の記憶も戻るだろう。
だが、その方法に問題がない訳ではない。
先ず第1に、六喰の好感度だ。六喰は士道に懐いているが、六喰の好感度が封印可能領域に到達しているのか、判断できない。
≪まぁったく! 好感度報告と精霊達の生活保証ーーーーだ・け・し・か!! 能がない癖に、それすらとできないとは! あの役立たずでお荷物な粗大ゴミ軍団めがっ!≫
ドラゴンがあっさりと記憶を『閉じ』られた琴里達に、憤懣やるかたない、と言わんばかりに喧しく怒鳴るが、今回ばかりは士道ですら、苦笑しながら思わずウンウンと頷いてしまう。
と言う訳で、もしも六喰に知られ、〈封解主<ミカエル>〉によってその能力が『閉じ』られてしまったら全てがおしまいだ。
それにーーーー。
「・・・・六喰。お前は、何で」
六喰が病的なまでに士道をしたがる理由。そして自らの心を閉じ、1人誰もいない宇宙に漂っていた理由。それが分からない以上、仮に六喰の封印に成功したとしても、根本的な問題は解決しないような気がしたのである。
「むん?」
半ば無意識の内に士道の口から漏れた言葉に、六喰が首を傾げた。
「何で、お前は、そこまでするんだ。・・・・俺はお前に『近い』って言ってたよな。あれって、一体どういう意味だったんだ?」
「じゃから、何となくじゃ。・・・・まあ、強いて言えば」
六喰は立てていた指を顎にピタリと当てた。
「主様がむくを抱いて地上に落ちた後、『妙な夢』を見てからの。妙に、主様の事が気になってしまったのじゃ」
「『夢』?」
「むん。・・・・とは言っても、『夢』に主様が出てきたと言う訳ではない。それ自体はただの切ない『夢』じゃ。物心ついた時から1人であった幼子が、家族を得ると言う、な。・・・・じゃが、その物悲しさを覚えたまま目を覚ました時・・・・何故かむくは、主様に会いたいと思うてしもうたのじゃ」
「えーーーー」
≪・・・・・・・・≫
六喰の言葉に、士道は眉根を寄せ、ドラゴンは目を鋭くした。
それはそうだ。だってその『夢』はーーーー。
「五河くん・・・・っ!」
と、その瞬間。
士道とドラゴンの思考をかき消すかのように、後方から士道の名を呼ぶ声が響いてきた。
「・・・・、えっ!?」
≪・・・・、む?≫
一拍置いて、士道は驚愕に目を見開いて振り向き、ドラゴンは声の主を察して、一瞬呆然と声を発した。
理由は2つ、士道は昨日から知人・友人の全てが、六喰によって記憶を『閉じ』られ、残っている者などいないと思っていた。
そしてもう1つーーーーその声に、聞き覚えがあったからだ。
「≪お、折紙!?≫」
2人の声が重なった。此方に向かってくるのは、記憶を『閉じ』られている筈の折紙だったのだ。
≪ーーーーいや、まて。今折紙は、『五河くん』と喚んだぞ≫
「あ・・・・まさか・・・・!」
『士道』ではなく『五河くん』。そしていつもの鉄仮面ではない表情、そしてクールビューティーな折紙と違った、少し穏やかで柔らかな雰囲気。士道は目をまん丸に見開きながら声を発した。
「も、もしかして・・・・『この世界』の!?」
「う、うん・・・・久しぶりだねーーーーって言うのも少しおかしいけど。『私』はずっと五河くんと会ってた訳だし」
折紙が、あははと苦笑した。
その、折紙らしからぬ笑顔で士道とドラゴンは確信した。
ーーーー今目の前にいるのは、『改変後の折紙』であると。
2人の折紙の人格は混じり合って新たな折紙が生まれたと言うイメージがあったが、違うようだ。
≪(・・・・待てよ。折紙の人格が逆転したと言う事はーーーー)≫
ドラゴンが嫌な予感を感じているようだが、士道は目の前の折紙に、興奮を抑えるようにしながら問う。
「折紙・・・・お前、俺の事を覚えてるのか!?」
「勿論。ーーーー『表の私』の記憶には、鍵が掛けられちゃったみたいだけど。嫌、正確には、記憶を引き出すチャンネルって言うのかな?」
≪ーーーーしかし、何故君が出たのだ? 『表の折紙』はどうした?≫
「うんと・・・・『表の私』、多分『五河くん成分』が不足したせいか体調を崩して、意識不明の重体になっちゃって、今身体の中で寝込んでいるの・・・・」
「・・・・『五河くん成分』って、何?」
「五河くんの姿とか、声とか、感触とか、臭いとか、味とか、それらを5感で摂取する事だと思うけど・・・・ごめんなさい。私も『表の私』の身体と思考回路がどうなっているのか、良く理解できないの・・・・」
折紙の言葉に、士道はうすら寒い物を感じるが、これは僥倖でもあった。
しかしーーーー事態はそう簡単には覆らない。
「・・・・ふむん?」
士道の隣にいた六喰が、訝しげな表情を作って折紙を見上げて、不機嫌そうに息を吐き、右手を掲げて見せーーーー。
「うぬは・・・・士道と共にいた女じゃの。おかしいのう、うぬの記憶にも鍵を掛けた筈じゃが。ーーーーまあ、よい。如何にして〈封解主<ミカエル>〉の鍵を開けたかは知らぬが、もう1度『閉じ』れば良い事じゃ」
虚空から、光り輝く鍵の天使を顕現させた。
「・・・・! 六喰!」
士道は再び折紙の記憶を『閉じ』ようとする六喰に、思わず叫びを上げた。
がーーーー。
「駄目です!」
何やら折紙が、士道と少し意図が異なる叫びを上げる。
「こんな所で天使を顕現させたらーーーー見つかっちゃいます! “あの人に”・・・・!」
「何?」
「あの人・・・・?」
≪ーーーーっ! この気配は・・・・!≫
折紙の言葉に、六喰と士道は同時に首を捻り、ドラゴンが何かの気配を察して、声を上げた次の瞬間ーーーー。
「ーーーーふん」
上方からカッと言う音がしたかと思うと、次いで士道の耳に、そんな声が聞こえた。音と声に導かれるように後方を振り向き、顔を上げる。
すると街灯の上に、1人の少女が腕組みしながら立っていた。
風に吹かれて靡く深い深い夜の色をした長髪。水晶のような幻想的な輝きを映す双眸が、静かに士道達を見下ろしている。その身に纏うは、闇を凝縮したような漆黒の霊装。今が夜であれば、その姿は空に溶け込んでしまっているだろう。
「なーーーー」
≪ちっ、よりにもよってこんな時にーーーー“出てきたか”っ!≫
煌々と輝く太陽を背に悠然と構えるその少女の異様な姿に、士道は目を見開き、ドラゴンは視線を鋭くした。
ーーーーその少女の姿に、見覚えがあったからだ。
「見つけたぞ、女。・・・・うん? 他にも珍妙な者共がいるな。精霊にーーーーふん、“あの時”の者共か。丁度良い。まとめて灰塵に帰してくれる」
氷のように冷たい目をした十香は、死刑宣告を下すようにそう言った。
この状態に、士道とドラゴンは見覚えがあった。美九の攻略の最中、DEMに捕まった十香を助けようと日本支社に殴り込みをした士道が、ウェスコットの悪辣な手段で致命傷を負わされ、その光景を見た十香が絶望し、霊結晶<セフィラ>を反転させた姿。
精霊が絶望する事によって起こる、霊結晶<セフィラ>の属性変換。霊力値かマイナスを示し、別種の力へと変貌する現象ーーーー『反転体』であった。
そして今、街灯の上から士道達を見下ろす『黒い十香』。十香と同じ貌をし、同じ声で話すが、十香ではない別の『何か』。
強大なる魔王です力を振るう反転精霊が今、そこにいたのだ。
「十、香・・・・? な、何で十香が反転を・・・・?」
ーーーーバシンッ!!
「あっでっ!?」
緊張と混乱で頭の中がグルグルになった士道の思考を、いつもの尻尾ド突き(六喰に気取られないように威力やや強)が炸裂した。
≪呆けている場合ではないぞ≫
「(・・・・これって、どうなってんだドラゴン? 皆とは経路<パス>が通じてないのか?)」
≪ーーーーあぁ、言い忘れていたな。皆が貴様の記憶が『閉じ』られた影響か、我の干渉も通じなくなっていたのだ。だから十香の異変を感知できなかったが、まさか彼女が出てくるとは・・・・!≫
ドラゴンの口振りから、まるで以前から反転した十香の存在を知っていたような物言いだ。
「(どういう事だよ? お前、十香が反転を知っていたのか・・・・?)」
反転していると言う事は、十香が心の底から深い絶望ーーーーそれこそ士道が殺されたのと同じくらいの絶望を覚えた事だ。一体士道達がいない間に、十香に何がーーーー。
≪アホめ。貴様が馬鹿やらかして日から少しして、十香が雰囲気が変わった時や琴里達に迷惑をかけた日があっただろう≫
言われて、思い出した。
士道が暴走してから二亜と出会う少し前。琴里から、十香が無線飲食をして、その場で会った四糸乃&よしのんと七罪が巻き込まれたり、十香がゲームセンターのパンチングマシンを破壊し、器物損壊で騒ぎになり、ゲームセンターにいた八舞姉妹が店の人達の対応に追われていたり、美九が十香に路上で情熱的な抱擁(美しい言葉)をしようとして容赦なしで叩きのめされ、警察のご厄介になりかけたりと、その場にいた訳ではないが、琴里と折紙(表)が言っていた。
士道自身も、風呂場で遭遇した十香が自分に殺気(かなり強め)で迫ってきたが、その時十香が転び、それに巻き込まれ、その拍子にキスをしてしまい、起き上がると、いつもの十香に戻っていたと言う珍事があった。
四糸乃達曰く、いつもは大型犬の十香が、あの時は孤狼に見えた。と、今にして思えば、あの時の十香の眼差しが、目の前の街灯の上に立つ反転した十香その物であった。
「(で、でも、どうして十香が・・・・!)」
≪(恐らくだが、『表の折紙』が本能的に小僧がいなくなった事を感じて弱体化したように、十香も本能的に小僧を失った事で精神的に脆くなった。その隙を突いて彼女が出てきたのではないか?)≫
と、2人がコンマ数秒で脳内会議を繰り広げていたが、その会議は中断される。
街灯の上に立った十香(反転)が右手を横に掲げたかと思うと、そこに漆黒の粒子が収束し、1振りの剣を形作っていった。
≪魔王か・・・・!≫
「ッ! 〈暴虐公<ナヘマー>〉・・・・!?」
2人が息を詰まらせた。反転した十香が振るう魔王〈暴虐公<ナヘマー>〉。〈鏖殺公<サンダルフォン>〉と対を成す、強力無比な破壊力を持った魔剣。
あんな物をこんな街中で振るわれたら、一瞬で地獄絵図になる。
「やめろ十香! こんな所でーーーー」
「煩い。消えろ」
いつもの天真爛漫な十香とはかけ離れすぎた、冷徹な声と冷酷に目を細めた十香(反転)は、聞く耳を持たないと言った様子で士道達目掛けて、魔王〈暴虐公<ナヘマー>〉を振るった。
黒い光としか形容しようがない斬撃が、三日月の形を描きながら士道達に迫る。
厄介な状況が、さらにややこしく!