デート・ア・ライブ 指輪の魔法使いと精霊の恋愛譚 作:BREAKERZ
それはーーーー今から一体どれくらい前の事だったろうか。
とある日。とある女子高。とあるトイレの中で。
【・・・・ううん】
時崎狂三は1人鏡を覗き込み、ソコに映り込んだ自分の顔をジッと見つめていた。
ーーーー眼帯で左目を覆った、自分の顔を。
【やっぱり、少し目立ちますかしら?】
言いながら、狂三は眼帯をズラシ、チラと左目を露出させた。
するとその下に隠された目が露わになり、鏡に映し出される。ーーーー金色の時計と化した、左の眼球が。
カラーコンタクトでも特殊メイクでもない。その瞳には信じがたい事に長針、短針、秒針までもが付いており、カチリカチリと時を刻んでいた。
そう。先日出会った謎の少女・澪から、不思議な輝きを放つ宝石のような物を渡されてから、狂三の左目は常人のソレとは異なる姿へと変貌してしまったのだ。
否ーーーー正確に言うのなら、変わったのはそれだけでは無い。
【・・・・うふふ】
狂三はジッと自分の瞳を見つけながら、小さく笑った。
尋常ならざる存在となってしまった自分の身体に、全く不安や恐怖を覚えてないかと言われればそれは嘘になる。だが、それよりも遥かに大きく、充実感と高揚感を覚えていたのである。
と。
【ーーーー狂三さん? どうかされたんですか?】
【・・・・!】
不意に声をかけられて、狂三は慌てて眼帯を元の位置に戻した。
声のした方向を向くと、いつの間にかそこに友人の『山打紗和』が立っており、狂三は誤魔化すように手を振った。
【い、いえ、何でもありませんわ】
【・・・・・・・・】
狂三が言うと、紗和がジッと顔を見つめてきた。
【まだ良くならないんですか? その左目】
【え、ええ。少し厄介なモノモライのようですわ】
【大変ですね・・・・どうかお大事に】
と、狂三を気遣うように言った後、紗和が何かを思い出したように手を打った。
【そう言えば、狂三さん。今日の放課後はお暇ですか? 叔母様が、マロンの兄弟を連れて遊びに来るのですけれど】
【え・・・・っ!?】
突然の誘いに、狂三はピクリと眉を揺らした。
唯でさえ猫界でも上位の可愛さを誇るマロンに、その兄弟だなんて。モフモフがモフモフモフモフになる様なものである。マロンの艷やかな毛並みと肉球の感触を思い出し、狂三は暫しの間陶然となった。
が、すぐに思い直して首を横に振る。ーーーー今日は、どうしても外せない用事があったのである。
【も、申し訳ありませんけれど、遠慮させていただきますわ・・・・】
【あら、何かご用事が?】
【ええ・・・・少し野暮用が。また、また是非誘って下さいまし】
【残念ですけれど、仕方ありませんね。ではまたの機会に】
【絶対、絶対ですわよ】
【え、ええ。分かりました】
執拗に念を押す狂三に、紗和が苦笑しながら頬に汗を垂らした。
◇
ーーーーその日の放課後。
狂三は町外れのビルの屋上に1人、佇んていた。
赤い夕日が背を照らし、吹き荒ぶ風が制服のスカートを揺らす。
【ーーーー来ましたわね】
ポツリと狂三が零すと、まるでそれに合わさるかのように、背後から小さな足音が響く。
チラと後方を見やると、ソコに、先ほどまで無かった少女の姿があった。
『崇宮澪』。数日前狂三の前に現れーーーー狂三に、『力』を与えてくれた少女だ。
【やあ、狂三。今日も宜しく頼むよ】
【ええ、任せて下さいまし、澪さん】
狂三がそう言うと同時ーーーー周囲から、音が消え去った。
そう。狂三が初めて澪と出会った時と同じように。
詳しい原理は分からないのだが、これは澪の力によるものらしい。辺りを結界のようなモノで覆う事により、『敵』を外に逃さないようにすると言う話だ。
次の瞬間、狂三の眼下で異常が発生する。
吹雪。突如として雪と氷の結晶が現れ、渦を巻き始めたのである。
そしてその直中にーーーー『ソレ』はいた。
【『オォォォ・・・・!』】
氷が人形のシルエットを取ったかのような、異常な姿。
初めて目にするタイプてはあるが、間違いない。
ーーーー精霊。凄まじい力を有した、澪曰く、"世界を殺す怪物"である。
【では、行ってまいりますわ】
狂三は短く言うと、グッと足に力を入れ、ビルのフェンスを軽々と飛び越えた。
そしてそのまま空に身を躍らせ、眼下で暴れる氷の精霊目掛けて落下しながら、その名を唱える。
【〈神威霊装・3番‹エロヒム›〉】
狂三の全身に影が纏わり付き、淡く輝くドレスを形作っていく。そしてーーーー。
【ーーーー〈刻々帝‹ザフキエル›〉!】
次いで狂三が名を呼ぶと、その両の手に精緻な細工の施された長さの異なる古式銃が2つ、顕現した。
【全く、間の悪い時に来てくださいましたわね。ーーーー今日のわたくしは、少しばかり機嫌が悪いですわよ】
狂三は視線を鋭くすると、ビルから落下しながら、2つの銃口を氷の精霊に向けた。
ーーーー気分はまさに、『世界の平和を守るヒーロー』になった心地であった。
◇
ーーーー精霊を倒し、世界を救って欲しい。
自称『正義の味方』、崇宮澪はそう言って、狂三に『力』を与えてくれた。
絶対の霊装とーーーー時と影を操る天使〈刻々帝‹ザフキエル›〉。
まるで、子供向けのアニメのワンシーン。友人や家族に話そうものなら、一瞬ポカンとした後、らしくない冗談と笑われるに違いない。荒唐無稽な出来事である。
けれど、霊装を身に纏い、天使をその手に取った狂三には、それを一笑に付す事はできなかった。
常識の埒外にある、超常の宝の存在。
そしてそれを以て討たねばならない敵の存在。
平穏な環境で育まれてきた狂三ではあったが、異形の怪物に襲われ、謎の少女に救われるという体験は、それを現実として売れ入れた。
ーーーー斯くして時崎狂三は、『精霊を狩る者』となった。
◇
けれどそんな夢の終わりは、存外早く訪れた。
ーーーーその日。その日も、狂三は澪と共に精霊を倒していたのだ。
全身に炎を纏った異形。1歩歩く度に周囲に熱を撒き散らし、建物を、街路樹を焼いていった。
あまりに強大、かつ恐ろしい敵。
しかし狂三は怯まなかった。両の手に〈刻々帝‹ザフキエル›〉を握り、幾度も幾度も弾丸を撃ち込んだ。
【これでーーーー終わりですわ・・・・ッ!】
【『ーーーーーーーーーーーーーーーー』】
銃声と共に、炎の精霊が倒れ伏す。が、まだその身体は微かに蠢いていた。焔のような腕を、狂三に向かって伸ばしてくる。
【ーーーーしつこいですわよ】
狂三は息を吐きながら言うと、精霊の頭に当たる部分に銃弾を撃ち込んだ。それきり、精霊は動かなくなる。
【やれやれ・・・・漸く終わりましたわ】
【ーーーーご苦労様】
【きゃっ】
突然後方から驚いた声に、狂三は身を竦ませた。見やると、いつの間に現れたのかソコに澪が立っている事が分かる。
【突然現れるのはやめて下さいまし。驚くではありませんの】
【すまない。後の処理はいつも通り私がやっておくから、君は先に戻っていてくれ。確か、友人と約束があるんだろう】
【ええ・・・・ではそうさせていただきますわ。ごきげんよう】
狂三はそう言うと、霊装と天使を消し去り、その場から歩き去っていく。
最早このやり取りも慣れたものである。このまま暫く道を歩いていけば、澪の結界から出る事ができる。
狂三はチラと時計を見やった。ーーーー今日はまたマロンの兄弟がやってくると言う事で、紗和の家に遊びに行く予定だったのだが、まだ少し時間に余裕があるようだったのである。
【ーーーーそうですわ】
狂三はポンと手を打つと、クルリと踵を返し、もと来た道を歩いていった。
別に大層な理由がある訳では無い。ただ単に、澪を一緒に紗和の家へ連れて行ってあげようと思ったのだ。
澪と精霊の討伐を初めて暫く経つけれど、未だに戦場以外で彼女と話した事がなかったのである。いつも表情に何処か憂いを帯びた澪も、可愛い猫と触れ合えば笑顔になるだろう。
がーーーー。
【・・・・え?】
路地を曲がり、先ほどまで戦場を戦っていた場所に戻った所で、狂三は足を止めた。
ソコには予想通り澪が立っていたのだがーーーーその前に倒れ伏していたのは、"異形の怪物"ではなく、"人間の少女"だったのだ。
【・・・・ひッ】
否ーーーーそれだけではない。狂三は息を詰まらせた。
そう。ソコに倒れていたのは。
狂三の親友、山打紗和その人だったのだ。
【な・・・・、え・・・・っ?】
今目の前で起きている事の意味が分からず、狂三は目を見開いた。
するとそれに気づいたのだろう、澪が、ゆっくりとコチラに振り向いてきた。
【・・・・ああ、狂三。戻って来てしまったんだね。ーーーー残念だ。君とはもう少し、"いいパートナー"でいたかったのだけれど】
言いながら、澪が完全に狂三に向き直る。
ーーーーその手元に、赤く光る宝石のようなものを浮遊させながら。
間違い無い。色こそ違うが、澪が狂三に渡した物と同じ物である。
【ど、どう言う事ですの・・・・何故紗和さんが・・・・】
【ああ、もしかして知り合いかい? それは・・・・すまない事をしたね】
【・・・・ッ、まさかーーーー】
狂三が口元に手を置いた。目の前に示された材料が頭の中でパズルのピースのように嵌っていくき、途方もない嘔吐感がせり上がり、身体から『何か』が胎動したように感じる。
【・・・・やっぱり、君は頭がいい】
澪の短い答えは、狂三にとって『絶望』に他ならない。
紗和の横たわっている位置。それは、狂三が炎の精霊を撃ち殺した、まさにその場所だった。
そして、そこに佇む澪と、その手の中にある霊結晶‹セフィラ›。それが示す物はーーーー。
【あの精霊は・・・・紗和さん・・・・?】
狂三は呆然と呟きながら、心臓がギュウと収縮し、胎動していた『何か』が激しくなるのを感じた。
そして、この精霊だけではない。狂三が今まで様々な場所で、50体以上倒してきた精霊。それら全てが。
ーーーー"人間だったのはないか"。
否、それ所か、あの霊結晶‹セフィラ›を与えられた狂三さえもーーーー。
【あ・・・・あ、ああああああああああああああああああああ・・・・ッ!?】
瞬間、狂三はその場で膝を突いた。頭が、胸が、軋むように痛む。身体から、紫色の亀裂が入っていく。
ーーーー『絶望』。真っ黒い感情がジワリジワリと心を侵食していく感覚。狂三は、"自分の存在が裏返ってしまうような錯覚"と、"自分の中で『何か』が生まれようとしている錯覚"を覚えた。
ーーーー駄目だ。駄目だ。この感覚は、駄目だ。
本能的にそれを察すると同時、半ば無意識の内に手を掲げて。
【・・・・っ、ざ、〈刻々帝‹ザフキエル›〉・・・・【4の弾‹ダレット›】・・・・ッーーーー】
そして辿々しく天使のを唱え顕現させると、『対象の時間を巻き戻す弾』で、自分の頭を撃ち抜き、自分の身体を、心を、『絶望を感じる前の状態』に戻した。
【はぁ・・・・っ、はぁ・・・・っ、はぁ・・・・っ】
行きも絶え絶えになりながら、澪を睨みつける。しかし澪は怯むでも戦くでもなく、ただ驚嘆したように目を丸くした。
【驚いた。自力で反転状態から脱するだなんて。ーーーーでも、助かったよ。折角精製した霊結晶‹セフィラ›が元に戻ってしまったら大変だから】
狂三が問うと、澪は暫しの間考えを巡らせるような仕草を見せた後、首肯した。
【うん。きっと君はもう気づいてしまったと思うけれど、精霊って言うのは霊結晶‹セフィラ›を持った人間の事なんだ。ーーーーいや、"私の力を分け与えた"、って言った方が正しいのかな? "本来は最初の精霊である私だけ"を指す言葉だった訳だし】
【な・・・・】
【ーーーーでも、本来の霊結晶‹セフィラ›と言うのは、人間を属性とは相容れない物なのさ。そんなのを無理矢理与えられたなら、溢れ出る力を抑えきれず、暴走してしまうだろう。ーーーーだから、霊結晶‹セフィラ›を人間に適合させる為には、精製が必要なんだ。精製した霊結晶‹セフィラ›を、適性のある人間に与えれば、キチンと自我を保ったまま精霊になってくれる。ーーーー丁度、君みたいにね】
【・・・・ッ、まさか、精製、ってーーーー】
狂三は、頭を掠めた恐ろしい想像に目を見開き、カチカチと歯の根が鳴る。
けれど澪は、至極淡々と言葉を続けた。
【うん。人間の身体に通すんだ。勿論その人間は暴走してしまうけれど、何度かソレを繰り返すと、その身体から回収した霊結晶‹セフィラ›は、綺麗に精製されているんだよ。濾過装置みたいな物を想像してくれれば分かりやすいかな? でも、ソレを回収するのが大変でね。君がいてくれて本当に助かったんだ】
最悪の想像と寸分違わぬ『答え』を、澪が発する。狂三は再度押し寄せてこようとする『絶望』に対抗するように胸に手を置いた。
ーーーー全て、理解してしまった。
狂三は、澪に利用されていただけに過ぎなかった事を。
世界を救うつもりでーーーー人間を殺させられていた事を。
先ほど殺した炎の精霊が、紗和が最後に狂三に向かって手を伸ばしたあの行動を。あの行動は、親友の狂三にーーーー「助けて・・・・」と、呼びかけていたのではないかと言う事を。
そして自分はそれに気づかず、「しつこい」の1言で、親友を殺めてしまった事を。
【何故・・・・あなたは、そんな事を・・・・ッ!】
狂三は憤怒の形相になりながら、絞り出すように、絶叫染みた声で問うと、そこで初めて、澪が困ったような表情をした。
【・・・・すまないね。本当に、すまなく思っている。君達に恨みがある訳では無いんだ。でも私は、やめる訳にはいかない。ーーーー全ての霊結晶‹セフィラ›を、人間に託すまで】
澪はそう言うと、ゆっくりと狂三の方に手を向けてきた。
【ーーーーそれまで、お休み、狂三。今まで本当にありがとう】
【何をーーーー】
狂三はソコで言葉を止めた。
否、正確に言えば、ソコで、意識が寸断された。
◇
そしてーーーー次に目覚めたのは、いつの頃だったか。
狂三は目を覚ますと、意識が混濁し、自分の名前と超常の力を有している事以外何も思い出せず、さらに自分がまるで隕石でも落下したような滅茶苦茶にされた街並みの中心にいた。
さらに、機械の鎧を纏った人間達に敵意と何発もの銃弾とミサイルの攻撃を放たれ、自分に関する記憶はスッポリ抜けているのに、己の力に備わった力の用い方を何となく理解できていたのか、訳の分からないまま影の中に隠れた。
そして暗闇の中、自分の事を知ろうと、恐る恐る〈刻々帝‹ザフキエル›〉を召喚し、【【10の弾<ユッド>】を使い、意を決して引き金を引くと、パン、と言う音が影の中に鳴り響きーーーー銃弾が狂三の頭に吸い込まれた。
その瞬間ーーーー。
【ーーーーーーーーーーーー】
頭の中に、濁流の如く記憶が流れ込んできた。
かつて出会った少女・澪。
彼女に騙されて犯した罪。
そしてーーーー自ら手に掛けた紗和‹親友›の事を。
【あ・・・・あ、ああああああああ・・・・】
狂三は手を震わせ銃を取り落とすと、その場に這い蹲るように手を突いた。
途方もない後悔が、絶望が、肺腑を満たす。
自分のしてしまった事の愚かさに、悲哀さえも覚える。
ーーーーけれど。
やがて狂三は、顔を上げた。
最早ソコには、平穏に浸っていた『お嬢様』も、正義の味方に憧れた『子供』もいはしなかった。
その表情に滲むは、決意。
その隻眼に灯るは、憤怒。
澪が何を思ったのかは知らないが、狂三はまだ生きている。
そしてこの手にはーーーー世界で唯一『時に干渉せし最強の天使・〈刻々帝‹ザフキエル›〉』がある。
ならば、まだ何も終わってはいない。
『世界』を、やり直す。
例え、どんな犠牲を払ったとしても。
『歴史』を、作り直す。
例え、この身が朽ち果てようとも。
狂三は再び、二足で立って、歩き出した。
ー士道sideー
「・・・・ッ!?」
《・・・・・・・・》
ハッと目を見開き、辺りを見回す士道。ソっと目を開け、己の胸に手を当て、まるで鼓動を抑えるかのようなドラゴン。
ソコは仄暗い雑居ビルの1室。胸元にもたれかかる狂三から、温かな体温が伝わる。
「い、今のは・・・・」
ソコで漸く士道は思い出した。自分は今、狂三とデート中であった。
そして、先ほどまで、時間的には数秒間に見たものこそ、過去、狂三の身に起こったの出来事であったのだ。
そして、士道にもたれながら、狂三が滔々と言葉を零す。
「ーーーーわたくしは・・・・始原精霊を、殺しますわ。例え何があろうとも。例え何が起ころうとも。例えーーーー何をしようとも」
士道のシャツをキュッと握りながら、続ける。
「わたくしのしている事が正しい等と言うつもりは毛頭ありませんわ。わたくしは始原の精霊の口車に乗り、幾人もの人を殺めーーーーそして今度はその精霊の存在を消し去る為に、さらに屍を積み続けている。わたくしは『悪』。紛れもなく『人類の敵』。殺し、殺し、殺し続け、死の上に死を重ね続けた〈ナイトメア〉。もしも死後の世界というものが本当にあるのなら、わたくしは特等席で最下層行きでしょう。ーーーーでも」
狂三の手に力が込められる。
「構いませんわ。それで、構いませんわ。わたくしが地の獄に落ちるその前に、あの女を、始原の精霊を、『崇宮澪』をーーーーこの手で『なかった事』にできるならば」
「ミ、オ・・・・」
士道は掠れた声でその名を反芻した。『ミオ』。その名に聞き覚えがあったのだ。
そう。それは、真那から聞いた名前。霊力を暴走させ忘我の淵にあった士道が口にしたと言う、名前。
そして・・・・『崇宮』。その苗字は、真那のと同じ。
ーーーー意味が分からない。様々な情報が混濁し、思考がみだれる。
ーーーーピシッ!
「っ!」
しかし、ドラゴンが尻尾ド突き(威力弱)で正気に帰ると、狂三が、全て吐き出すかのように言って、ゆっくりと吐息をしーーーー士道の服を掴んでいた手を緩め、士道の胸に埋めていた顔を上げ、士道を見つめてくる。
「わたくしは、全てをやり直す。今まであった事を、無‹ゼロ›に戻す。それが、わたくしの『理由』。わたくしの生きる意味ですわ。ーーーーその為に、士道さんとドラゴンさんの持つ霊力と、融合エネルギーが必要ですの」
狂三が訴えかけるように言うと、2人が応えるより早く言葉を続けた。
「無論、綺麗事を言うつもりはありませんわ。わたくしがお2人を『喰らえ』ば、お2人は死んでしまうでしょう。ーーーーでも、お2人の持つ『力』を手に入れさえすれば、わたくしはきっと、"歴史を変えて見せますわ"」
「歴史をーーーー」
《変える、かーーーー》
士道とドラゴンはその言葉に、かつて狂三と共に時を遡行した事を思い返した。
何しろ2人は1度、この世界の歴史を改編したのだ。
ーーーー他ならぬ、狂三の天使の力によって。
「ええ。始原の精霊さえ消し去れば、"わたくしが精霊になる事はありませんわ"。即ちーーーー士道さんとドラゴンさんがわたくしに『喰らわれる』事実もまた、消えてなくなる筈。だからーーーー」
狂三が士道を見つめてくる。
「士道さん。ドラゴンさん。どうか、どうかお願いいたします。わたくしを信じて下さるなら、その力を、その命をーーーーひと時だけ、貸してくださいまし」
「ーーーーーーーー」
《・・・・・・・・》
士道をからかうようないつもの狂三とは異なる、真摯な眼差しに、士道は思わず言葉を失い、ドラゴンは思考を巡らせる。
士道は狂三の言葉は、理屈としては理解できる。しかし士道とドラゴンにとって命を失う事に変わりないーーーー。
と、普通であれば、考えるべき、なのだろう。
だけれど今、士道の胸の裡には、それとは別の感覚か去来していた。
ーーーー怒濤のような、後悔。
そして、身を焦がし心を灼く、怒り。
あの時わたくしが手を伸ばさなければ。
あの時わたくしが気づいていれば。
あの時わたくしが引き金を引かなければ。
あの時わたくしが精霊を討たなければ。
こんな事には、ならなかったのに。
殺さねばならない。消さねばならない。『なかった事』にせねばならない。
その想いが、士道自身のものではない。
だが、狂三の生涯を追体験してしまった故に、その情動が堪え難いまでに士道の心を揺さぶっていたのである。
「俺、はーーーー」
「・・・・・・・・」
士道が震えた声を発すると、狂三は一瞬目を伏せ、そして意を決したように再び顔を上げてくる。
「無論、公平な取り引きとは思っておりませんわ。全てを『無かった事』にするとはいえ、お2人の命を要求している事に変わりありませんのの。・・・・だから、せめてもの誓いとして」
狂三はそう言うと、ゆっくりと手を持ち上げ、ブラウスのボタンを外していった。
「・・・・!? お、おい・・・・?」
予想外の行動に狼狽に満ちた声を発する。
しかし狂三は手を止めす、身に纏っていた衣服を1枚ずつ脱ぎ始め、昼間に士道が選んだ下着を露にする。狂三に似合わぬようでいて、その実妖艶さを際立たせる白の下着。
手を伸ばせば触れる事ができ、そして恐らく、狂三め拒まない。
その不思議な実感と誘惑が、士道の脳を熱くさせた。
「・・・・・・・・」
そんな士道の心中を察しているかのように、狂三はゆっくりと手を伸ばすと、士道の手を取り、そのまま自分の方へと引っ張っていき、ブラジャーのストラップに指を滑り込ませる。
「ーーーーーーーー」
ーーーーバシンっ!
「っ! な、何を!?」
許容量を超えた興奮に、動けなかった士道が、ドラゴンによって正気に戻り、手を引っ込めようとするが、狂三はその手を離そうとせず、微かに頬を染めながら、士道の方を向く。
「ーーーーわたくしの霊力‹命›以外の全てを、貴方に、捧げます///」
「何、を・・・・」
呆然と喉から言葉が漏れる。
暗い部屋の中、カーテンの隙間から注ぐ月明かりが、ぼんやりと狂三の白い肌を照らし、そのあまりにも幻想的な様は、士道の脳裏に烈情より先に、ある種の崇敬に近い感情を覚えさせた。
狂三がゆっくりと歩み、士道にピタリと寄り添うーーーー否、身体をグイと押し、後方にあるベッドに押し倒し、そのまま士道に覆い被さると、少し呼吸を荒くしながら、士道の服のボタンに手を掛ける。
「お、おい、狂三・・・・」
動揺に声を震わせ、押しのけようとするが、精霊の狂三に敵う訳がない。
いや、もしかしら、士道の意志とは裏腹に、本能が、身体が、抵抗を拒否しているのかも知れない。
今の狂三はそんな事を思ってしまうくらいにーーーー美しかった。
妖しい魅力を放つ彼女を手に入れる事ができるのなら、命を失ってもーーーー。
《貴様と心中なぞ、十香達に頼まれてもゴメンだぞ。さっさと正気に帰れ!》
ーーーーババババババシィィィンンッ!!
「がっはっ!!」
ドラゴンに連続ド突きをくらって、正気に戻った士道だが、狂三はそんな士道に構わず狂三は顔を寄せてくる。
「士道さん。士道さん。貴方が望む事ならば、わたくしは何でも差し上げますわ。貴方が求める事ならば、わたくしは何をされても構いませんわ」
「く、狂三・・・・!」
少しでも気を抜けば、狂三に身を任せてしまいそうになり、必死に抵抗する士道だが、狂三は逃さない。
《ーーーーたくっ、こうなったら我が・・・・っ! 小僧! 何が来るぞ!》
「・・・・っ!?」
ドラゴンが士道の身体の主導権を奪おうとした、その瞬間。
ーーーーバリィィィィィィィィンンッ!
突然凄まじい音を立てて窓が割れたかと思うと、薄いカーテンを引き千切って、幾人もの少女達が部屋に飛び込んできた。
ある意味狂三って、『魔法少女まどか☆マギカ』の魔法少女達のようですね。