デート・ア・ライブ 指輪の魔法使いと精霊の恋愛譚 作:BREAKERZ
ードラゴンsideー
《ーーーーその通りだ。良く言ってくれた、五河司令》
マリアの声ではない。低く響き渡るその声は、明らかに歳を重ねた男性のものだった。
「あ・・・・」
円卓中央のモニタに顔を向けた琴里が、目を丸くする。
それにつられるようにソチラを見た士道もまた、表情を驚愕に染めた。
「ウッドマンさん!」
今まで『MARIA』の文字しか無かったソコに、〈ラタトスク〉意思決定機関・円卓会議議長、エリオット・ウッドマンその人だった。
《やあ、ご無沙汰しているね。今まで連絡が出来ずにすまなかった》
「いえ、そんな。身体の方は大丈夫なんですか?」
《ああ、もう大丈夫さ。心配をかけてしまったね》
ウッドマンはニコリと微笑みながら言うと、話を変えるように眼鏡をクイと持ち上げた。
《さて、本当ならば楽しい世間話でもしたい所だが、そうもいかないようだ。ーーーー事情は把握している。無論こちらも〈ラタトスク〉の新鋭装備をできる限り提供するつもりだが、絶対的な『数』の力は覆しようがない。正面からぶつかったのでは、いずれ押し負けてしまうだろう》
士道が何か言いかけるが、ドラゴンが尻尾の先端で口を塞ぎ、ウッドマンは続ける。
《ーーーーだが、DEMインダストリーも魔獣ファントム達も、弱点はある。まずDEMはアイザック・ウェスコットのカリスマ性と、エレン・メイザースの実行力によって支配されている組織。そして魔獣ファントム達は、強大な魔力について有するワイズマンという頭目が統括している集団だと、『白い魔法使い』から情報だ。裏を返せば、この3人を取り除けば、両組織は統率を失い、烏合の衆と化すだろう。DEMはあまりに肥大化し過ぎた。今や1枚岩ではない。彼らさえいなくなれば、社内に残る対抗勢力が、勝手に後処理をしてくれるだろう》
「・・・・!」
『(ーーーーまぁ、1枚岩ではないのは、〈ラタトスク〉も似たり寄ったりだがな)』
士道はゴクリと息を呑み、ドラゴンはウッドマン以外の円卓会議‹ラウンズ›の馬鹿共が余計な茶々を入れないか、ソコが不安だったが、ウッドマンがドラゴンを見て苦笑しながら、「余計な事をしないように首輪を引いておく」と言いたげな視線を向けてきた。
そして、改めてドラゴンは、ウェスコットとエレン、そしてワイズマンを討伐に思案を巡らせる。
『(ヘルキューレ‹エレン›の方はどうにかなるだろう。決戦と言う事で、ヤツも今まで以上に本腰を入れて挑んでくるだろうが、こちらが優勢だ。寧ろ、ワイズマンの方には、幹部達が並んでいる上に、“奴自身にも、『とんでもない魔力』を宿している”。そしてーーーーアイザック・ウェスコット。ヤツは〈仮面ライダーソーサラー〉だけでなく、無数の屑鉄人形‹〈バンダースナッチ〉›に擬似精霊‹〈ニベルコル〉›に守られている。ターゲットは3つに絞られているが、向こうの圧倒的過ぎる兵力をどうにかせねばならんな・・・・)』
と、ソコで。
『ーーーー成る程。ならば、アレを試してみる価値はあるかも知れません』
スピーカーから、マリアの声がブリーフィングルームに響き渡った。
「え・・・・?」
「マリア? 『アレ』って一体何よ」
訝しげに問う琴里に、マリアが一拍置いてから返す。
『あまり期待されても困ります。私も、確証を持っている訳ではありません。コレはあくまで可能性の話です。本当に実現できるかどうかまだ分かりません』
「勿体ぶらないでちょうだい。一体何の話をしているの?」
苛立たしげに指で円卓をトントンと叩きながら、琴里が言う。
するとマリアは、フウと息を吐くような音声を挟んでから答える。
『もしかしたら〈ニベルコル〉を、無力化できるかも知れない、と言う話です』
「・・・・!? なーーーー」
『ほぅ』
マリアの言葉に、士道は思わず声を裏返らせ、ドラゴンは興味深そうに声を上げる。
無論、その場にいる全員が目を見開いた。ーーーー折紙を除いて。
「ーーーーその話は本当? マリア」
『ええ、本当です。【本当に実現できるかどうか分からない】と言う処も含めて、ですが』
「今の状況を考えればそれでも十分。ーーーーもしそれが上手くいくのなら、何とかなるかも知れない」
『・・・・!』
全員の視線が、折紙の元へと注がれる。
「折紙? 今なんて・・・・?」
士道が問うと、折紙は考えを巡らせるように顎に手を当てながら続けた。
「確かに目標達成は困難。けれどマリアが〈ニベルコル〉を無力化できるのなら、〈バンダースナッチ〉の対処法に関しては心当たりがある」
「何ですって・・・・? 一体どう言う事!?」
琴里が驚愕に目を見開き問う。折紙は小さく頷いてから唇を開いた。
「〈バンダースナッチ〉は、DEMにとっても新しい兵器。構造自体は以前からあったと思うけれど、それを実現するに足る性能を持った顕現装置‹リアライザ›が存在しなかった」
「・・・・! そうか、〈アシュクロフトーβ〉! あのトンデモ顕現装置‹リアライザ›でいやがりますね!」
「・・・・成る程それなら」
折紙の言葉に真那と仁藤が反応した。大仰な動作で手を打ち、仁藤も何かを察したように顎に手を当て、思案を巡らせる。
ーーーー〈アシュクロフトーβ〉。DEMが開発した新型顕現装置‹リアライザ›。これの登場で、〈ラタトスク〉とDEMの間にあった顕現装置‹リアライザ›性能の差がかなり詰められてしまっているのだ。
しかし、折紙と真那と仁藤の考えが分からず、士道が疑問を口にする。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。その顕現装置‹リアライザ›がとうしたって言うんだ?」
「そうよ。あなた達だけで納得してないで説明してちょうだい。ーーーーマリアもよ。一体何をどうしたら〈ニベルコル〉を無力化できるって言うの?」
困惑した様子の琴里が聞くと、ウッドマンが映し出された画面の端に、『MARIA』の文字が点灯した。
『はい。今説明します。そもそも〈ニベルコル〉は、DEMの技術で以て組成された擬似生命と考えられます。そしてそのベースとなったのは、他ならぬ魔王〈神蝕篇帙‹ベルゼバブ›〉の霊力。であるとするならばーーーー』
「・・・・! ストップストップ! ちょっと待った!」
と。マリアが話の要点に入ろうとした処で、二亜が慌てた様子で静止をかけた。
「二亜?」
「一体何事ですか。いくら前世が豚だったからと言って、突然レバーを加熱したような奇声を発するのは止めて下さい」
マリアが淡々と、しかし中々酷い事を言う。
しかし二亜はショックを受けるでも苛つく様子を見せるでもなく、真剣な表情を保ったまま、チッチッチッ、と指を振ってみせた。
「オリリンにマナティにイケメンさんに2次元‹エロゲ›ヒロイン。その話は今しないでおいてくんないんかな?」
「なぜ?」
「情報共有の為に集まっていやがるのに、おかしな話じゃねーですか」
『と言うか先ず最後の呼称の説明を求めます。回答によっては艦から放り出しますよ』
「・・・・・・・・あぁ、成る程。そう言う事ですか」
『ーーーーふむ』
折紙、真那が不審そうに二亜を見つめ、画面に表示された『MARIA』の文字が、怒りを表すように激しく明滅を繰り返すが、仁藤とドラゴンは何かを察したかのように納得の声を上げた。
二亜はそん折紙達のリアクションをいなすように肩を竦めると、戯けるような調子を崩さぬまま続けた。
「そりゃあ、そんなスンゴイ策があるならアタシも知りたいよ? でも、今その情報をこの世で1番知りたいのは、何処の誰だと思う?」
「・・・・! あ・・・・!」
二亜の言葉に首を捻った士道だが、すぐにその意味に思い至り、ハッと肩を揺らし、折紙達も気づいたように、微かに眉根を寄せたり、唇を引き結んだりと、思い思いの反応を示す。
『そう。ここで策を口にすれば、〈神蝕篇帙‹ベルゼバブ›〉でその情報を検索されてしまう』
「ですが、口にしなければ知られない。“思考を検索できないのと、未来を見る事ができないのが、全知の魔王の『弱点』なのです”」
「そゆ事。勿論、〈神蝕篇帙‹ベルゼバブ›〉にはジャミングを施してるし、イケメンさんの言う通り『人の思考』と『未来の事象』を覗けないし、望む情報を全て一瞬で・・・・とはいかないだろうけど、脅威には変わりないっしょ。一発逆転の作戦があるなら、開戦の直前まで味方にも知らせる訳にはいかないんだよねぇ」
『・・・・・・・・・・・・』
軽い調子で発された二亜の言葉に、しかし皆一様に表情に緊張感を滲ませた。
それはそうだ。何しろ今この瞬間の光景さえも、ウェスコットに覗かれているかも知れないと言うのである。
皆、頭では分かっていたが、実感が伴っていなかった。『作戦会議で作戦を話してはいけない』だなんて、本末転倒も良い所だ。
だが、そんな空気を振り払うかのように、二亜が気安い調子で続ける。
「ま、しゃーないっしょ。そう簡単にはいかないって。ーーーーま、何処かの、優秀なAI様! にはそれくらい対応して欲しかったけどねぇー?」
日頃の仕返しとばかりに、嫌味な口調を隠す事もなく二亜が言う。
『・・・・・・・・・・・・』
するとマリアは暫しの間無言になった後、ハアと大きな溜め息を吐くような音声を発した。
『・・・・悔しいですが、その通りです。助かりました、二亜』
「あっはっはー! 分かればよろしい! 素直さは美徳だよ立ち絵なし‹モブ子›ちゃん? これを期にアタシに対する態度を改めてーーーー」
『・・・・時に二亜。テーブルの上のコンソールに触れてみてくれませんか?』
「え? こーお?」
マリアに言われるままに、二亜がコンソールに手を置いた次の瞬間ーーーー。
ーーーーバヂッ!
「ビリギャン!?」
火花と共に電気が走った音が鳴ったかと思うと、二亜がその場で漫画のように飛び上がった。
どうやらコンソールを通して、軽い電流を流されたらしい。二亜が涙目になりながら左手に息を吹きかける。
「フー! フー! フーフー、フーフー!! な、なにすんじゃいこらー! 失敗を指摘されたからって大人げないぞー!」
『何を言っているのですか。私はその件については素直に反省し、二亜に敬意を表しました。今の電撃は私に対する、暴言とも取れる呼称への報いです』
「うわー! 屁理屈だー! 屁理屈屋が出たぞー!」
二亜が不満を訴えるが、マリアはツンと顔を逸らす少女のように見えた。
ドラゴンと琴里がやれやれだぜ、と肩をすくめる。
『はぁーーーーくだらんやり取りは置いておいて、作戦に関しては二亜の言う通りだな』
「ここで詳細な話をすれば、敵に対応される恐れがあるわ。折紙、真那、仁藤捜査官。〈バンダースナッチ〉に関してはあなた達が頼りよ。悪いけれど、各自作戦を考案してちょうだい。マリアの対〈ニベルコル〉案と合わせて、戦闘直前に情報を共有しましょう」
「了解した」
「ま・・・・そう言う事なら仕方ねーですね」
「作戦は此方で構築しておきます」
3人が了承を示すように頷く。琴里はそれに返すように首肯した後、画面に映し出されたウッドマンに向き直った。
「ーーーーと言う訳です。ウッドマン卿。宜しいでしょうか」
《ああ。皆の冷静な対応に感謝する。私も私で、出来うる限りの事をしよう。楽しみにしていてくれ。君達に話せないなが残念だ》
ウッドマンが軽口で言う。その言葉に、琴里を初めとした皆の表情が少し和らいだ。
ー狂三sideー
「ーーーー申し開きはございまして?」
本体狂三は、短銃の銃口を自分の分身体に突きつけらながら、冷たい声音で言った。
「あら、あら。何を仰っているなか分かりませんわ?」
すると銃を突きつけられた分身体、眼帯狂三は、わざとらしく視線を逸しながら言った。その露骨なとぼけ方に、本体狂三の額にギャグ漫画のような血管が浮き出る。
眼帯狂三のゴシックロリータ調のドレス。薔薇の花飾り。極めつけは左目を眼帯で隠している。
「(・・・・5年前の『わたくし』は、色々と拗らせてしまっていましたわね。しかもこんな分身体が、“まだ3人もいるなんて”。・・・・士道さんは勿論ですが、ドラゴンさんと琴里さんに知られれば、死ぬまで脅しのネタにされかねませんわ・・・・!!)」
元よりコレラの個体は問題行動が多かったが、今回もまた懲りずに独断行動に出たようだった。本体狂三は語気を荒らげながら銃口を眼帯狂三の顎に突きつけた。
「恍けないで下さいまし。別の『わたくし』から報告は上がっておりますのよ。士道さん達に、DEMと『魔獣達』の襲撃を伝えたそうですわね」
「別の『わたくし』。そんな者がついておられましたの? うう、わたくしったら信用されておりませんよね。悲しいですわ。泣いてしまいますわ」
「士道さんじゃあるまいし、『わたくし』の嘘泣きがわたくしに通用すると思わないでくださいまし」
「ーーーーそれもそうですわね」
本体狂三が半眼を作りながら言うと、眼帯狂三はペロリと舌を出して見せ、その様がまた本体狂三の神経を無性に逆撫でする。
眼帯狂三はそれに気づいているのかいないのか、あっけらかんとした調子で言葉を続けてきた。
「でも、何がいけないのか分かりませんわ。DEMと『魔獣達』の件を士道さん達に報せる事が、そんなに悪い事でして?」
「・・・・その件は、後で別の分身体からお伝えするつもりでしたわ。狙われていると言う自覚を持って貰う事め大切なですもの」
本体狂三が言うと、眼帯狂三は表情を明るくした。
が、本体狂三は眼帯狂三に銃を向けたまま視線を鋭くした。
「しかしその目的は、あくまで士道さん達に避難を促す事にございましたよ。命を狙われている方を無駄に煽り立てて、戦場に引っ張り出してどうしますの! しかも、余計な事まで仰って・・・・!」
「ええー、余計な事って何ですのー?」
「そ、それは・・・・」
「それに、どう伝えた所で、士道さん達の行動は大して変わりませんわよ。寧ろ下手なタイミングで伝えたら、士道さんが無謀に、無策に戦場に飛び出してきて、余計に戦況を引っ掻き回す可能性だってありますわ。それとも『わたくし』は、あの士道さんを素直に避難させる言葉に心当たりがございまして?」
「・・・・む」
眼帯狂三の言葉に、本体狂三は無言になった。
悔しいけれど、彼女の言う通りだった。ドラゴンならば戦況を考えて一時避難を考えるだろうが、あの! “自分の身を顧みない頭のネギが何本か抜けた、自分とはベクトルが違った狂人の五河士道”が、狂三の行動を知ったなら、どのような伝え方をしても、ドラゴン‹飼い主›と喧嘩してでも、逃げる事等ないだろう。
眼帯狂三も本体狂三がそれに気づいた事を察したのだろう。オホホと笑みを浮かべてきて、その様が本体狂三をさらに苛つかせた。
「・・・・それはそれ、これはこれですわ。どうあれ、わたくしの指示に反して勝手な行動を取ったのは事実。秩序を欠いた群体に待つのは破滅のみ。ーーーーその罪を数えていただきますわよ」
本体狂三が言うと、眼帯狂三はさして驚いた様子もなく頷いた。予想通りの反応だ。眼帯狂三が、制裁を覚悟した上で行動を起こしたらしいと言う事は、彼女を感じさせていた別の分身体から聞いている。
「ええ、ええ。仕方ない事ですわね。ーーーーああ、でも、死ぬ前に1つ。士道さんから伝言ですわ」
「・・・・・・・」
本体狂三が無言で促すと、眼帯狂三はニコリと笑って続けた。
「【ーーーー好き好き大好き。結婚しよう愛しい君‹マイハニー›】」
「『愛しい君‹マイハニー›』しか合っていないではありませんの!」
本体狂三が叫び声を上げると、眼帯狂三がプッと吹き出した。
「うふふ、やっぱり別の分身体から伝え聞いておりましたのね」
「・・・・っ///」
しまった、顔を赤くする。が、時既に遅し、眼帯狂三は何もかも悟った様子で優しく微笑んだ。
「ならばわたくしの役割は終わりですわ。ーーーー送って下さいまし」
言って、眼帯狂三が目を伏せる。その顔はヤケに満ち足りた様子で、無性に本体狂三を苛つかせるのであった。
「ふんーーーー」
本体狂三は目を細めると、躊躇いなく引き金を引いた。
ーーーーパン!
ーーーー放たれた影の弾丸が、眼帯狂三の頬を掠めて飛んでいく。
「・・・・あら、あら?」
わざと弾を外された事に気づいたのだろう。眼帯狂三が目をパチクリとさせて不思議そうに狂三を見てくる。
本体狂三は居心地悪そうに顔を背けると、フンと息を吐きながら唇を動かした。
「この大変な時に、わざわざ戦力を減らす馬鹿はおりませんわ。ーーーーどうせ先のない命。あなたも『わたくし』の端くれならば、1つくらい役に立ってから、戦場で死んで下さいまし」
本体狂三はそう言うと、カツカツとその場を去っていった。
「・・・・ええ、ええ。心得ましたわーーーー『わたくし』」
その背に定型通りの、しかし決意に満ちた言葉を聞きながら。
ー???sideー
「・・・・・・・・」
少女は無言のまま、手にした歴史資料集をパラパラと捲り、瞬く間に読破していき、また次の本を手に取り読む。
さらに周囲には、テレビ。ラジオ。カセットプレーヤー?といった電子機器が幾つも並び、それぞれ報道。芝居。実況。落語。音楽といった音が、幾重にも折り重なり、少女の脳に染み渡っていく。
「・・・・ふう」
どれくらいそうしていたか。少女はパタンと最後の本を閉じると、小さく息を吐いて、テレビ等の電源を切った。
「・・・・成る程。言語体系はおおよそ把握できたよ」
「「・・・・・・・・」」
すると、少女の対面に座っていた少年と、『真那』と呼ばれていた妹は、唖然とした様子で少女を見てきた。
「・・・・? どうしたの?」
「いや、どうしたの? っていうか」
「つい昨日まで『あ・・・』とか『うう・・・・』とかしか話せなかった子が、いきなりそんな流暢に喋り始めやがったら、驚きもするってもんです」
少年と真那はそう言うと、頬に汗を垂らしながら訝しげに眉をひそめた。
「文字と音声の情報が十分量あれば、それらの共通要素から言語体系を類推する事は可能だよ。勿論、推測を多分に含むから、細部が異なっている事は否定できないけれど」
「いや、聞く限り完璧でやがります」
「うん。何なら真那より正しい日本語使えてるんじゃないか?」
「兄様はこれから暫く言葉を話せなくなりやがりますから、兄様よりは上になりますね」
真那がにこやかな笑みを作りながらいつの間にか竹刀‹貪狼丸›を手にし、牙○の構えを取ると、少年が慌ててそれを止めた。
「待て、落ち着け。個性的な君が好き」
「分かりやがれば良いんです」
真那がフンと息を吐きながら貪狼丸を置いて腕組みし、少年がホッと胸を撫で下ろした。
と、ソコで真那が、少女に何者なのかと聞くが、分からないと答え、少年が分かる事だけ教えて欲しいと聞くと。
「覚えているのは・・・・1面の地平。ソコに・・・・3人の人間がいた。若い男が2人と、少女が1人。あの時は何を言ってるいるのか分からなかったけどーーーー多分あれは、英語と呼ばれる言語だったと思う。集める、生み出す・・・・創り出す? それに類する言葉を発していた気がする。後は・・・・つーーーー」
が、ソコで少女は軽い頭痛を覚えて、額に手を置いた。
少年が心配そうに顔を覗き込むと、少女は大丈夫と言い、少年は安堵する。
真那は少女を適当に放り出す訳にもいかないと思い、少女を家に置こうと提案した。少女は「何故?」と聞くが、行くとこも無いので、承諾した。
と、ソコで真那が、困ったような頬をかき、少女の名前を聞くが、少女は自分にはそう言ったものが存在していなかった。
「ーーーー澪」
「え?」
「・・・・・・・・」
少年がそんな声を発すると、真那と少女が目を丸くした。
「あ、ほら。出会った日が30日だったから、30‹ミオ›・・・・なんて」
「・・・・う、うーん・・・・?」
真那が、名前自体は悪くないが、安直過ぎる気がして否定しづらいと言うような表情だった。
「ま、まあ、とは言っても本人に聞いてみないとな。ーーーーなあ、どうだ?」
「えーーーー?」
少年言われて、少女は目を丸くし、ソコで漸く、彼が自分の名を決めてくれたのだと言う事を実感したのだ。
「まあ、対外的な事もありますから、もしここで過ごすなら、私達の親戚って扱いにしといた方が面倒はなさそうですね。なんで、フルネームは『崇宮澪』ってとこじゃねーですかね」
「崇宮、澪・・・・」
少女は、その言葉をーーーー自分の名を、唇から零した。
文字にして僅か3文字。
発音にしえ僅か6文字。
たったそれだけの文字列。
けれど、何故だろうか。その言葉を喉から発した時、少女は胸の裡にジワリと暖かいものが広がっていくような感覚を覚えた。
そしてそれと同時にーーーー頬を何かが伝うような感触も。
「わっ!」
「え・・・・っ!?」
「・・・・?」
少年と真那が、驚いたような顔をし、少女は首を傾げたが、すぐにその理由に気づいた。
自分の目から、ポタポタと体液が溢れていたのである。先程習得した言語にて表現するのならば、それは、涙と呼ばれる液体だった。
「あれ・・・・おかしいな。何でだろう、こんな・・・・」
少女は余分な体液の流出を防ごうと手で目元を押さえたが、涙は止めどなく溢れていった。
「う、あ、ああ」
そしてそれに合わせて、心臓がキュウと引き絞られるような感覚が彼女を襲い、その身体を前方に屈ませた。
「兄様」
「・・・・ああ」
すると、それを見た真那と少年が小さく微笑みあったかと思うと、少女の両脇に腰掛け、その背を優しく撫でた。
その心地よい感触を背中に感じながら、少女ーーーー『崇宮澪』は、暫しの間、泣いた。
『崇宮澪』はここから生まれた。