デート・ア・ライブ 指輪の魔法使いと精霊の恋愛譚   作:BREAKERZ

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決戦の準備Ⅳ

ー士道sideー

 

「ーーーーし、死ぬかと思った・・・・」

 

『明後日には本当に死ぬかも知れない戦いが待っているのだ。これくらい当然だ』

 

ドラゴンとの地獄の特訓を終えた士道は、ボロボロの身体を引きずりながら、途中琴里への差し入れに飲み物を購入し、ドラゴン(思念体)と共に〈フラクシナス〉の艦橋に入ると、クルー達が慌ただしく作業を行っていた。

 

「ーーーー椎崎、各支部への応援要請は?」

 

「既に。返答が揃い次第ご報告します」

 

「よろしい。川越、地上施設の点検は順調?」

 

「現状、問題ありません。ご要望とあらば今すぐにでも使用可能です」

 

「よろしい。マリア、機体整備は済んでる? もし何か要望があれぱ言ってちょうだい」

 

『基本問題ありませんが、欲を言えば魔術師‹ウィザード›による基本顕現装置‹ベーシック・リアライザ›の手動点検を。ーーーーそれと外装の洗浄とワックス掛けをお願いしたいです』

 

「前者は対応するけど後者は却下。どうせ明後日には嫌って言う程汚れるわ」

 

『むう。女が枯れるのは心からですよ、琴里』

 

「何ですって?」

 

淀みなく指示を発していた琴里が、バン! とコンソールを叩く。そんな光景を見て、士道は小さく苦笑して琴里に近づく。

 

「まあ、落ち着けって。少し休んだらどうだ? ほら」

 

「・・・・全く」

 

言って、手にしていたスポーツドリンクのボトルを差し出す。琴里は怒気を収めるように頭をかいてからそれを受け取った。

 

「ありがと。いただくわ」

 

琴里が短くそう言うと、ストローを咥えてスポーツドリンクを飲み、ふうと息を吐く。口には出さないが、やはり疲れているようだ。士道は見慣れた妹の見慣れぬ背中を見ながら軽く拳を握った。

 

「・・・・悪いな。俺も何か手伝える事があれば良いんたけど」

 

士道が情けなく言うと、琴里は意外そうに目を丸くした後、肩を竦めてきた。

 

「何言ってるの。士道とドラゴンには1番キツイ任務と戦いに当たって貰うんだから。人の仕事を手伝ってる余裕なんて無いわよ」

 

琴里は、士道の目を見つめながらそう言うと、スポーツドリンクをもう1口飲んだ。

 

「相手は最大最強の“魔術結社”DEMインダストリーと、『古の魔獣ファントム』。何があるか分からないわ。可能な限りコンディションを整えて置いてちょうだい。当日、緊張て寝不足ですとか、風邪引いちゃいましたとか・・・・ま、飼い主‹ドラゴン›がいるなら体調管理を怠る事はないけどね」

 

「成る程・・・・確かにその通りだ」

 

反省と自戒、そしてドラゴンに体調管理までされている自分に不甲斐なさを感じながら、降参を示すように小さく手を上げる士道。

『休むのも仕事の内』とは良く言うけれど、まさかそれを理解する日が来るとは。日本人はどうも、仲間が働いているのに自分だけが休んでいる、と言う状況に罪悪感を覚えるケースが多い。こう言う考えがワーカーホリック‹仕事中毒›を生み出す温床になっているのかも知れない。

休憩を取るべき時に無駄な動きをして体力を使い、いらぬ心労を患って精神を疲弊させたりしたら、逆に仲間達に迷惑をかけてしまう事になりかねないのだ。

ましてや、2日後には精霊達の命運を賭けた最終決戦。その鍵が士道とドラゴンの命をである以上、一瞬の油断も慢心も許されない。

 

『ーーーーそれに、気がかりなのがある』

 

「・・・・狂三は、来るのかな?」

 

士道が言うと、琴里はボトルを置いた後、椅子を回転させて士道達の方に向き直った。

 

「来る、でしょうね。狂三の分身体の口ぶりから考えて間違いなく。寧ろ話の筋としては、狂三とDEMと魔獣ファントムの連合軍の戦いに私達が空気を読まずに首を突っ込んだと言う捉え方もできなくもないわ。ーーーーまあ、標的があなた達2人の命である以上、その流れは当然だけれど」

 

「・・・・だよな」

 

ーーーーバシィィィンンッ!!

 

「デストロイっ!?」

 

不穏な空気を出す士道の脳天に、ドラゴンの尻尾ド突き(威力強)が炸裂した。

 

「〜〜〜〜何すんだよ!?」

 

『貴様の考えてる事等丸わかりだ。大方戦場のドサクサに紛れて〈ナイトメア〉に接触して、あわよくばそのまま封印して保護しようと考えているのだろう。だがな、油断一瞬落命確実の戦場で、〈ナイトメア〉に下手に接触するのは下作だ。どうせ貴様の事だ、明確なプラン等立てず行き当たりばったりな行動で戦況を引っ掻き回すのが関の山だ。ーーーー何より、奴らの目的は我らだ。先ずはDEMとファントムの連合軍を蹴散らしてから〈ナイトメア〉にあたれ。二兎追う者は一兎も得ず。貴様はすぐに欲張るのがサハラ砂漠の砂粒並に多い欠点の1つだからな』

 

「ぐぅぅっ、わ、分かってるよ」

 

士道はド突かれた頭を擦りながら、微かに声を上擦らせながら答えた。ドラゴンの言っている事は概ねその通りであり、自分はそんなに解りやすい顔をしているのかと疑問に思ってしまう。

 

「・・・・つくづく士道って、交渉事には向いていないわね」

 

琴里がボソッと呟くのが聞こえ、益々情けない気持ちになる士道。

 

「・・・・安心してくれ、シン」

 

と、不意に令音から声が聞こえた。

 

「・・・・別に狂三を軽視しろと言っている訳ではない。寧ろコチラからも、可能な限り彼女の援護を行うつもりだ」

 

「え?」

 

『・・・・・・・・』

 

士道が目を丸くし、ドラゴンがソッと士道に隠れながら琴里を見ると、琴里は大仰に肩を竦めて見せた。

 

「そりゃあ、ね。いくら狂三でも、DEMとファントムの連合軍と正面切って総力戦って言うんじゃ分が悪いわ。勿論士道達が生き残るのが前提だけれど、その後狂三を封印できるのが最良だもの。助けられる場面で助けない真似はしないわよ。ま、戦闘中に封印なんて下作中の下作は考えてないけど 

 

「琴里・・・・」

 

琴里は目を伏せながら後を続ける。

 

「ーーーーそれに、理由はどうあれ、何度も士道を死の運命から救ってくれた功労者を見殺しになんて、できる訳ないじゃない」

 

「・・・・ああ、そうだな」

 

琴里の言葉に、士道は安堵と決意を込めて頷き、ソコでマリアの声が響いてくる。

 

『まあ、狂三の目的が士道とドラゴンである以上、ここを乗り切ってもまた苦労はしそうですが』

 

「はは・・・・まあ、それはそうだな」

 

『ーーーーそれも先ずは生き残ってからの話だがな』

 

力無く苦笑する士道と、肩をすくめるドラゴン。

と、そんなやり取りの中、琴里はふと難しげな顔をする。

 

「・・・・? 琴里、どうしたか?」

 

「目的・・・・ね」

 

「え?」

 

士道が首を傾げると、琴里は顎に手を当てながら続ける。

 

「目的、よ。基本的に、人は誰もが、それに向かって行動するわ。私達〈ラタトスク〉は、『精霊を救う為』。DEMは、『反転結晶の力を手に入れる為』。魔獣ファントムは『精霊の魔獣を手に入れる為』。狂三は、『士道とドラゴンの力を得て過去に戻る為』。ーーーー幾つもの動機が、この戦いには渦巻いている」

 

「・・・・? あ、ああ。それがどうかしたのか?」

 

琴里が言葉を発するが、士道はその意図が分からず、首へ傾げた。

すると琴里は、そんな察しの悪い兄の目を見ながら、指を1本立てた。

 

「ーーーー後1つ、足りないでしょう。精霊〈ファントム〉よ」

 

「あ・・・・」

 

言われて、士道は目を見開いた。

今この状況の全ての元凶である彼の精霊は、未だその姿を闇の中に潜ませて出てこない。

 

「〈ファントム〉は一体何故、私達に霊結晶‹セフィラ›を与え精霊にしたの? 災害級の生物である精霊をこのまで増やして何を企んでいるの?・・・・私達がいよいよ雌雄を決しようとしている中で、1人だけその存在が、目的が、杳として知れない。私は、それが不気味でならないのよ」

 

「それは・・・・」

 

『・・・・・・・・』

 

琴里の言葉に、士道はゴクリと息を呑み、ドラゴンは沈黙した。

周りの艦橋のクルー達も、手を動かしながら緊張した様子である。

がーーーーそんな中。

 

「・・・・〈ファントム〉の目的、か」

 

ポツリ、と、令音が声を漏らした。

それは小さな小さな独り言に過ぎなかったが、何故か士道とーーーードラゴンの耳はその声を捉えて放さなかった。

 

「・・・・案外、とても小さな、くだらないかも知れないよ」

 

「え・・・・?」

 

『・・・・・・・・』

 

士道は眉をピクリと動かし、ドラゴンは目を鋭くし、令音の方を見た。

けれど令音は答える事なく、ポケットから顔を出したクマのぬいぐるみの頭を撫でているのみだった。

 

「それって、どう言うーーーー」

 

『・・・・・・・・』

 

が、士道が問いを発そうとし、ドラゴンが尻尾を動かそうとした、次の瞬間。

 

「ーーーーたのもう!」

 

突然扉が開いたかと思うと、十香を初めとした精霊達が、大きな皿を幾つも持って艦橋に入ってきた。

 

「十香? それに皆も。どうしたのよ一体。・・・・道場破り?」

 

「差し入れだ! そろそろお腹も減る頃だろう!」

 

「オ、オニギリを・・・・作ってきました」

 

「むん。遠慮なく食べるが良い」

 

琴里が首を捻ると、皆が元気良くそれに答えて、手にしていた皿を掲げる。見やると、そこには1つ1つアルミホイルで包まれたオニギリが、幾つも並べられていた。

どうやら、皆が士道や琴里達の為に作ってきてくれたらしい。

 

「おお・・・・凄いなこりゃ。全員分あるのか?」

 

「うむ! 皆、これを食べて頑張ってくれ!」

 

言って、十香が太陽のような笑顔を向けてくる。その屈託のない様に、士道ドラゴンは勿論、その場にいた琴里やクルー達も、先程までの緊張感を忘れたように苦笑してしまう。

 

「悪いわね。ーーーーじゃあ、お言葉に甘えていただこうかしら。皆も、休憩にしましょう」

 

「了解しました」

 

「いやー、ちょうど小腹が空いてきたところだったんですよ」

 

等と言って、クルー達が各々の席から立ち、背伸びしながら皿の方に歩いていく。

 

「さ・・・・じゃ、私もいただこうかしら。これを・・・・」

 

「む! 待つのだ琴里、琴里のはこっちたぞ」

 

と、琴里がオニギリに伸ばそうとすると、十香が皿の向きを変えた。

良く見ると、オニギリを包んであるアルミホイルの1つ1つに、名前を書いたシールが貼られており、1人1人に専用のオニギリがあるようだ。

 

「へえ、もしかして中身が違うの? 私のは・・・・これか」

 

言って琴里が、自分の名前が書かれたオニギリを手に取り、それに倣うようにして、士道や令音達も順に自分のオニギリを取り、十香達もオニギリを手に取った。何故かドラゴンは手にしたオニギリを睨んでいる。

そして何故だろうか、精霊達は妙に緊張していると言うか、顔が強張っている気がする。

 

「十香? どうかしたの?」

 

「む・・・・い、いや、何でも無いぞ」

 

「? まあ良いわ。じゃあ、いただきます」

 

言って琴里が、アルミホイルの包装を解き、オニギリにかぶりつく。すると、次の瞬間。

 

「・・・・・・・・ッ!?」

 

琴里がカッと目を見開いたかと思うと、その顔にビッシリと脂汗が浮かんだ。

 

「・・・・! っ、・・・・!」

 

『・・・・ん』

 

「(グビグビグビグビグビグビ!)」

 

そして暫しの間、かじかけのオニギリ片手に珍妙な動きをした後、ドラゴンがスポーツドリンクが入ったボトルを渡すと、凄い勢いで飲んで、どうにか口の中の物を嚥下し、ハァハァと肩で息をする。

 

「琴里・・・・? どうしたんだよ一体」

 

「ど、どうしたもこうしたも・・・・うっ」

 

士道が問うと、琴里は怪訝そうな顔をしてオニギリの断面を覗き込むと、渋面を作った。

不思議に思った士道は琴里の手にしたオニギリに目をやりーーーー眉をひそめた。

 

「パ、パクチー・・・・?」

 

そう。琴里のオニギリの中には、琴里が大の苦手とする香草、パクチーがたっぷり詰め込まれていた。

 

「・・・・え、何コレ、イジメ?」

 

涙目になりながら、琴里が十香達の方を見る。しかし十香は、ブンブンと首を横に振る。

 

「違うぞ。いよいよ最終決戦に挑むので、皆苦手な物を克服する事にしたのだ。だから私達のオニギリにも・・・・私達の苦手な物が入っている」

 

言って、勇ましいような、それでいて今にも泣きそうな顔で、十香が自分が手にしたオニギリにかぶりつく。それに合わせるようにして、他の精霊達も一斉にオニギリを口にした。

 

「・・・・ッ! うぐ・・・・」

 

「う、うう・・・・くさいですぅ・・・・」

 

「む、むん・・・・負けぬのじゃ・・・・」

 

そして、皆一様(折紙だけはいつものポーカーフェイス)に身を捩らせ、涙目になりながらオニギリを食べていた。

 

「さ、さあ・・・・シドー、ドラゴン、2人も試練を乗り越えるのだ」

 

「え・・・・」

 

『むう・・・・』

 

言われて、2人は自分達の手にしたオニギリに視線を落とす。見た目は普通の美味しそうなオニギリであるが、琴里のアレを見た後だと、正直危険物にしか見えない。

 

「・・・・ええと、念の為聞きたいんだけど、俺達のオニギリには何が入ってるんだ?」

 

士道が頬に汗を垂らしながら問うと、十香は腕組みしながらムウと唸った。

 

「二人のオニギリは悩んだ。何しろシドーもドラゴンも苦手な食べ物が少ないからな」

 

「首肯。二人のオニギリは最後の最後まで吟味を重ねました」

 

「うふふー・・・・だーりん、ハニー、食べづらかったら手伝ってあげますよぉ?」

 

そんな言葉と共に、精霊達が二人の逃げ道を塞ぐように移動する。

 

「ひっ」

 

『・・・・はぁ、仕方ない。折角精霊達が作ってくれたのだ。腹を括るか・・・・』

 

と、言って、ドラゴンがアルミホイルの包装を解いてオニギリを取り出した。

そしてーーーー。

 

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 

そのオニギリを持って硬直した。

理由はーーーー『士道の似顔絵が作られたキャラ弁オニギリ』だったからだ。

 

「・・・・どうやって作ったんだよこれ?」

 

「オリリンが作ったんだよ☆」

 

「これくらいは余裕ーーーー」

 

と、折紙が言おうとした瞬間。

 

『(イラッ)』

 

ーーーーグシャッ!

 

「お、おいドラゴン!?」

 

『・・・・はっ!』

 

ドラゴンは、オニギリを持っていない方の手で、オニギリを殴り潰した。

 

「な、何をするのだドラゴン!」

 

『す、スマン! あまりにも精巧なアホ面についムカッときてしまい!』

 

「大丈夫。安心して、ドラゴンがこうする事を予想してーーーー多めに作ったから」

 

折紙がバスケットを取り出すと、士道のキャラ弁オニギリがズラリと置かれていた。

 

『(ピキッ)ーーーーーーーー!!』

 

ドラゴンはそれを見た瞬間、今度は口から火を吐こうと息を吸い込むーーーー。

 

「ドラゴン落ち着いて! 士道が嫌いなのは分かっているけど! これも決戦の為の試練だから! この試練って良く分からないけど!」

 

『な、七罪っ! そのまま我を抑えてくれ! この間抜け面の陳列を見ていると言いようのない殺意がぁっ!!』

 

七罪がドラゴンを取り押さえ、ドラゴン自身も自分を抑えられずにいた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

そして、士道は何とも言えない悲しい気持ちになり、艦橋の隅っこで体育座りで落ち込み、琴里が憐れんだ目でポン、と士道の肩に優しく手を置いた。

 

 

 

 

 

ー狂三sideー

 

と、士道達が良く分からない決起会をした数時間後の深夜。

都市部の地面にーーーー“真っ黒い影が蟠っていた”。

そう。影である。

ただでさえ暗い道に。

高いビルの壁面に。

明かりで照らされている筈の室内に。

眠っている全ての人間の下に、例外なく、黒い色が這っていた。

 

「ーーーーーーーーーー」

 

その、人の声が絶えた街の中心で。時崎狂三は、〈時喰みの城〉で、その影に触れた生物から『時間』ーーーー要は寿命を吸い上げていた。

〈刻々帝‹ザフキエル›〉の弱点は、強大な力の弾を使う際、使用者の『時間』を喰らう。

狂三1人の『時間』で賄いきれない時は、こうして外部から補充しているのだ。

狂三とて、今までビル1棟位で済ませており、ここまで大がかりな補充は初めてである。あまり派手に動くと目立ってしまうからだ。

 

「(ですが、もう形振り構ってはいられませんわ・・・・!)」

 

明日にはDEMインダストリーと『魔獣ファントム』の連合軍との最後の決戦である。士道を守る為には、今以上の戦力が必要である。それこそーーーー都市1つから『時間』を吸い上げねばならない位には。

無論、余計な〈ラタトスク〉とDEM達に嗅ぎ付けられて、余計な茶々が入らぬよう、天宮市から離れた地方都市を狙っている。まあ、国安0課がすぐに嗅ぎ付けてくるだろうが。

 

「ーーーー『わたくし』」

 

と。闇の中から、分身体の声が響く。狂三は伏せていた目をゆっくりと開けた。

すると周囲に、何人もの分身体立っていた。皆、本体狂三と共に〈時喰みの城〉を街全域に広げていた者達だ。

 

「そろそろ頃合いかと」

 

「ええーーーー」

 

狂三は小さく呟くと、ゆっくりと片手を掲げた。

すると影の中から、古式の短銃〈刻々帝‹ザフキエル›〉が飛び出てきて、その手に収まる。

 

「〈刻々帝‹ザフキエル›〉ーーーー【八の弾‹ヘット›】」

 

『過去の自分を分身体として再現する弾』の名を狂三が呟くと、短銃の銃口に影が装填されるように吸い込まれていった。

そして狂三は、その銃口を自分のコメカミに押し当てると、躊躇いなく引き金を引いた。

 

ーーーーパン!

 

と言う乾いた音と共に軽く頭痛がする。

次の瞬間、狂三の身体がぶれたかと思うと、狂三の身体が2つに増えた。

新たに生まれた分身体を一瞥すると、再び唇を動かした。

 

「ーーーー【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】【八の弾‹ヘット›】」

 

何発も。

何発も何発も。

何発も何発も何発も。

連続して影を銃口に込めては、自分のコメカミを撃ち続ける。

その度に狂三の姿は増えていき、産声を上げた分身体達が影の中へと潜っていった。

 

「ーーーーふぅ」

 

「大丈夫ですの、『わたくし』」

 

「問題ありませんわ。ーーーーそれより、影を戻して次に向かいますわよ」

 

それから1000人程の分身体を増産して後、狂三は疲れたように息を吐き、分身体にそう言うと目を伏せる。

分身体の補助があるが、ここまで広範囲に影を広げるには相当の集中力がいる。広げた影を自分の元に戻すのもまた然り。

街1つ。恐らく数万の人々の『時間』を吸い上げた〈時喰みの城〉が、狂三の足元に集結する。

人が死なない程度の『補充』にとどめてはいるつもりだが、各人ごとに細かな調整ができる訳ではない為、余命幾ばくもない老人や病人等は、もしかしかしたら天に召されているのかも知れない。

家族と、恋人と、友人とーーーー愛する者と触れ合える最後の時間を、狂三は奪ってしまったのかも知れない。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

だが。否ーーーーだからこそ狂三は、足を止める訳にはいかなかった。

【十二の弾‹ユッド・ベート›】で30年前に戻り、全てを『無かった事』にする。そうすれば、今の、そして今まで狂三がしてきた行為も、琴里がメデューサのゲート『稲森美紗』にしてしまった事も、折紙が両親にしてしまった事も、もしかしたら、他の精霊達がしてきた事も、“起こらなかった事になる”。

その行為の前には、全て些末な事である。

 

「(ーーーードラゴンさんは、そんなやり方を認めないでしょうけど・・・・)」

 

狂三はそう思いながら、影の回収を続けた。

その様は、まるで神に祈る修道女か、さもなくば赦しを乞う告解者のようであったがーーーーそれを口に出す分身体はいなかった。

神にも祈らないし、赦しを乞うつもりもない。已が目的を果たす為、狂三は鉄の茨の道を突き進むのみ。

 

 

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