デート・ア・ライブ 指輪の魔法使いと精霊の恋愛譚   作:BREAKERZ

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第十九章、始まります。


澪ゲームオーバー
始原の精霊・崇宮澪ーーーー村雨令音


ー真士(過去)sideー

 

とある日。崇宮真士は、頬を赤くしながら辿々しく声を発する。

 

【・・・・えっと、澪。もし良かったら何だけどーーーー次の日曜、俺と・・・・デ、デ、デ・・・・】

 

少し言い淀みつつも、大きく深呼吸をして心拍を整え、目を見開いて後を続ける。

 

【で・・・・っ、デートしないか・・・・!?】

 

そして渾身の力を込めてそう言い、目の前の人物を見つめるがーーーー自室の鏡に映る自分に向かって。

そう。真士は先程から、女の子をデートに誘う練習をしていたのだ。

 

【・・・・はあ】

 

予想を超える酷い様に、大きな溜め息と共にガクリと肩を落とす。予行練習でコレでは、本番は迎えられない。

年齢=恋人いないロードを突き進んできた真士は、単純にこういった事に対して極端に免疫が無いのである。

 

【・・・・・・・・】

 

否ーーーー真士はキュッと唇を噛み締めた。

確かに真士は女の子をデートに誘った事がない。しかし、今抱いているこの感情は、それだけによるものでは無かった。

彼女の顔を思い浮かべるだけで、胸が高鳴る。

彼女の名を呼ぶだけで、息が激しくなる。

彼女の為なら何だってできると、本気で思えてしまう。

今まで気になる女の子の1人や2人はいたし、綺麗な先輩に憧れを抱いた事もあるし、無防備な同級生にドキドキした事もある。

だが、今思えば、それらは『恋』と呼べるものでは無かった。

 

【(嗚呼ーーーーきっとコレが、『恋』なんだ)】

 

崇宮真士は、少し遅めの『初恋』を経験した。

 

【・・・・もう少し、頑張ってみるか】

 

それから真士は、気安い感じや、敬語やらで、デートに誘う訓練をしていたが、どうも違う。

コホンと席払いし、再三続ける。

 

【澪、俺とデートしてくれないか?】

 

訓練のお陰か、少しずつ慣れてきた。真士はさらに向こう側に行こうと、キリッと表情を作った。

 

【澪、俺とデートしよう】

 

【ーーーーうん】

 

と。

真士が言った瞬間、背後からそんな声が聞こえてきた。

一瞬、幻聴かと思ったがーーーーそれにしては随分ハッキリと、そして聞き覚えの或る声だった。

 

【・・・・!?】

 

慌てて後方を振り向くとそこには、いつの間にか件の少女、真士の初恋の相手、崇宮澪が立っていた。

 

【み、澪・・・・!】

 

【うん。どうしたの、シン】

 

真士が問いかけると、澪について不思議そうに目を丸くしながら首を傾げてきた。

 

【い、いつからソコに・・・・?】

 

【さっきから、だけど。ーーーーそれよりシン、いつするのかな?】

 

【へ・・・・っ!? な、何が・・・・】

 

【だから、デートだよ】

 

【・・・・!】

 

サラッと言われて、真士は息を詰まらせた。が、どうにか喉から言葉を発する。

 

【あ、えっと・・・・つ、次日曜とか・・・・どうだ?】

 

【分かった。楽しみにしてる。ーーーーあ、そう言えば下で真那が呼んでたよ】

 

澪はそう言うと、嬉しそうに微笑み、真士の部屋を出ていった。

 

【・・・・・・・・】

 

真士はその背を呆然と見送ると、やがてヘナヘナとその場に崩折れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー士道sideー

 

「ーーーーーーーー」

 

今、五河士道は、戦場のど真ん中で、呆然自失となったいた。こんな状態では、ドラゴンのド突きが炸裂する筈なのだか、

 

《・・・・・・・・》

 

ドラゴン自身も、愕然となってしまっていたのだ。

2人はーーーー目の前で起こった光景に目を奪われてしまっていた。

 

「あ、あ・・・・」

 

そんな中、時崎狂三から、『最悪の精霊』と呼ばれた彼女から、苦しげな声がか細く辺りに響き渡る。

何しろ彼女の胸元からは今、白い腕が“生えて”いたのだから。

まるで何者かが狂三の細い身体の中から無理矢理這い出ようとしているかのように、ゆっくりと指先を蠢かせていた。その様はまるで、1輪の花が顔を覗かせているようである。

しかし、そんな可憐な様子では断じてなく、ミチミチと音を立てながら、『腕』が、その根本を外気に晒していく。

ソコから現れたのは、1人の少女だった。

 

「ぁーーーー」

 

その貌を見て、士道は半ば無意識の内に、自分の喉から声が漏れるのを感じた。

あまりにーーーー可憐な少女である。

絹糸のように艷やかな髪。透き通るように白い肌。何処か物憂げな色を映す双眸さえも、彼女たち美しさの一助となっているようにしか思えなかった。否、それだけではない。

確かに美しい少女ではある。けれど、ソレだけでは今士道の胸の高鳴りに説明が付かない。

前世での恋人同士だったのかと、くだらない妄想に囚われてしまいそうな、強烈な憧憬。

細胞が、遺伝子が、魂が、自分を構成するあらゆる要素が彼女を求めているかのような凄絶な感情。

それらはきっと、恋慕や愛情とも称されるだろうが、そういった物が幾つも折り重なり、極限にまで煮詰められたソレは、最早『呪い』と読んでも良いかも知れない。

 

「が・・・・あ・・・・っ!」

 

《「・・・・!」》

 

咆哮のような狂三の声によって、士道とドラゴンはハッと正気に帰った。

 

「〈刻々帝‹ザフキエル›〉・・・・・・・・ッ!」

 

狂三は血走った目をカッと見開きながら、手にしていた天使を握り直した瞬間、その銃口に濃密な影が吸い込まれていく。

そして、自分は胸元から生えた少女にソレを向け、引き金を引き絞った。だが、その瞬間少女が狂三の身体を抉るように身じろぎをした。

 

「が・・・・っ・・・・!」

 

狂三が苦悶の声を発し、放たれた銃弾が少女の肌を掠めて遠くへと飛んでいき、少女が、フッと目を細める。

 

「・・・・すまないね。時崎狂三。そしてありがとう。君のお陰で私は、再び彼の前に立つ事ができた」

 

「ふ、ざ、け・・・・」

 

荒い息をしながら、狂三が再度銃を構えようとするが、衰弱した身体は少女の重さに耐え切れなくなったのか、狂三はそのまま仰向けに倒れ込んでしまった。

その胸元から、一糸纏わぬ少女が、完全に姿を現し、地面に降り立つ。

 

「く・・・・ぁ・・・・」

 

狂三はそんな現実離れした光景を呆然とした調子で見上げると、ヒュウヒュウと言う細い息に乗せて言葉を発してきた。

 

「し・・・・どう、さん・・・・逃げ・・・・カフっ!」

 

だが、その言葉を言い終わる寸前で喀血すると、狂三は身体をグッタリと地面に横たえ、それきり何も言わなくなってしまった。

 

『・・・・!?』

 

次の瞬間、辺りに蠢いていた分身体の狂三達が、苦しげに胸元を押さえながら、その身体を漆黒の影へと変えていった。

 

《ナイト、メア・・・・! 狂三・・・・!》

 

「あーーーー」

 

その光景を目にして、初めてドラゴンが狂三の名を呟き、士道は否応なく認識させられる。

『死』。全ての生命に訪れる終焉。

それが今、狂三の元に舞い降りたのだと。

 

「・・・・・・・・」

 

裸の少女は地面に横たわった狂三を見下ろすと、その側にゆっくりと膝を折り、見開かれた狂三の両瞼を優しく閉じた。それだけで苦悶に歪んだ表情が、安らかなものに変貌する。

 

「な・・・・」

 

意味が、解らなかった。

狂三を殺したのは、他ならぬ彼女の筈だ。けれど彼女の所作からは、狂三への敬意と親愛の情がアリアリと感じ取れた。

否ーーーーわからないのはそれだけではない。

一体彼女は何者なのか。何故狂三の中から這い出てきたのか。1度も会った事がない筈なのに、士道の胸中に狂おしい程に渦を巻くこの感情は何なのか。

と、そんな士道の困惑を全て見透かしたかの様に少女は立ち上がり、視線を向けてきた。

 

「・・・・久しぶり。漸く会えたねーーーー『シン』」

 

「『シン』・・・・?」

 

《やはり、彼女は・・・・!》

 

その呼称に、士道とドラゴンの脳裏に、1人の女性が浮かび上がった。

 

「・・・・ふふ」

 

少女は士道の混乱を察したように微笑むと、ゆっくりと歩みーーーー士道に手を伸ばしてきた。

士道は自分の身体が無意識の内に震えるのを感じた。けれど、動けない。まるで、少女の成す事を士道の身体が無条件に受け入れているかのような感覚だ。

 

《・・・・・・・・》

 

何故か、ドラゴンも何もアクションを起こさない。まるで、これから起きる事を、『傍観者』として見守ろうとしているように感じた。

少女は優しく士道の頭に触れると、そのまま士道の額に、自分の額を触れさせる。

すると、次の瞬間ーーーー。

 

「えーーーー?」

 

頭の中に、凄まじい量の情報が流れ込んできて、士道は思わず目を見開いた。否、流れ込んできたと言うよりも、記憶が溢れ出した、という方が正確だ。

 

「・・・・・・・・!・・・・!?」

 

怒涛のような情報量が、頭の中を駆け巡る。まるで頭の中でダムが決壊したかのような感覚。鋭い頭痛に、思わず蹲ってしまいそうになる。

 

「あ・・・・あーーーー」

 

けれど、士道は膝を突かなかった。痛む頭に手を当てながら、目の前の少女をジッと見つめる。

そして士道は、

 

「ーーーーみ、お・・・・?」

 

知る筈のない、その少女の名を呼んだ。

 

 

 

 

 

ー琴里sideー

 

狂三に異変が起こった時ーーーー。

 

「な・・・・っ!?」

 

天宮市の上空の空中艦〈フラクシナス〉にて、琴里は困惑に満ちた声を発した。司令官として褒められたものでは無いが、例え10代の乙女だろうともだ。

しかし、それを誰も咎められなかった。皆琴里と同じようにモニタに映し出された光景に目を奪われていたからだ。

 

「と、時崎狂三の生命反応・・・・消失しました」

 

戸惑い混じりのクルーの声が、艦橋に響く。

そう。先程まで士道と共闘していた精霊・時崎狂三の胸元を突き破るようにして、謎の少女が姿を現したのだ。

 

「な、何なのよ、アイツは・・・・」

 

眉を歪めて呟きながらも、琴里は奇妙ですか『既視感』を感じていた。

初めて目にする少女なのは間違いない。だが、琴里はその姿に、“誰かの面影を感じていた”。

 

《・・・・久しぶり。漸く会えたねーーーー『シン』》

 

「ーーーーっ」

 

画面の中の少女が、優しく囁くように士道に言ったのを聞いた瞬間、琴里は息を詰まらせた。

気づいてしまった。琴里の胸に蟠る『違和感』の正体に。

分かってしまった。脳裏を掠める『既視感』の正体が。

琴里は艦長席から身を乗り出すと、肘掛けに体重を掛けるような格好で、艦橋の左方にいる『人物』を見やった。

〈ラタトスク〉の優秀な機関員にして、琴里の親友、『村雨令音』解析官の座る席を。

『シン』と言う呼称。少女の儚げで端正な顔立ち。

そう。士道の前に立つ少女は、まるで令音を数歳若くしたかのような姿をしていたのだ。

 

「・・・・・・・・」

 

令音は、ただ静かに、モニタを見つめていた。

その表情はいつものように涼しげで、どこか眠たそうにも見える。いつもは頼もしいその様子が、今の琴里には途方もなく恐ろしく思えてしまった。

数秒の後、琴里は懇願するかのように、微かに震える声を発した。

 

「・・・・令音、お願い。私の馬鹿な考えを否定してちょうだい。ただの偶然だって笑ってちょうだい。いつもの調子で、私を窘めてちょうだい」

 

「・・・・・・・・、琴里」

 

令音はそれに答えるように、細く息を吐いてそしてーーーー。

 

「・・・・君は、本当に頭の良い子だ」

 

1番聞きたくなかった言葉を、その唇から零した。

 

「ーーーーーーーー」

 

心臓がキュウと収縮する感覚。無意識の内に呼吸が乱れ、汗がジワリと背中を湿らせるが、琴里は〈ラタトスク〉の司令官だ。理性か、情動か分からなかったが、半ば反射的に喉を絞り、懐からスピリッドライバーを腰に巻いた。

 

「マリア!」

 

『了解』

 

「変身!」

 

[イフリート プリーズ!]

 

琴里の叫びに『マリア』が応え、琴里はすぐに〈仮面ライダーイフリート〉に変身した次の瞬間、バヂッ! と言う音が鳴り、令音のコンソールから火花が散った。 

侵入者による不正操作を防ぐ為のプロテクトの1つである、過電流による電気ショックだ。死ぬ程ではないが、出力を上げれば暫く動けなくなる位の威力である。

イフリート‹琴里›はカマエルブレイカー・バズーカモードの砲口を、令音の頭に突きつける。

 

「・・・・ん。感情に流されない。冷静な判断だ。思い切りも良い」

 

だが、電撃をマトモに喰らい、頭に焔の砲口を突き付けられているにも拘わらず、令音は表情を変える事なくもなく平然とその場に立ち上がる。

 

『・・・・っ』

 

その異様な佇まいに、艦橋クルー達が息を呑み、神無月がイフリート‹琴里›の盾になれるようにソッとイフリート‹琴里›の後ろに付いた。イフリート‹琴里›自身は、令音の異様に圧されたのか、躊躇っているのか、カマエルブレイカーを構えたまま動かない。

艦橋に暫しの間、緊張感が満ちる。

けれどーーーー。

 

「・・・・感謝するよ、琴里」

 

「・・・・・・・・何ですって?」

 

その沈黙を破る令音の意外な言葉に、仮面の下の眉を歪めて返すと、令音は滔々と語るように続けた。

 

「・・・・君には本当に世話になった。今までシンを守っていてくれて、本当にありがとう」

 

「・・・・・・・・」

 

イフリート‹琴里›は、乾く喉を唾液で湿らさてから、唇を動かした。

 

「意味が分からないわ。どう言う事? 令音、あなたは一体何者?」

 

「・・・・きっと君が想像しているものから、そう離れてはいないと思うよ」

 

「はぐらかさないでちょうだい。・・・・あの少女とあなた、一体どういう関係なの?」

 

言いながら、モニタに映し出された謎の少女を一瞥する。すると令音も、モニタの少女を見てから後を続けた。

 

「・・・・『アレ』は、『私』。『私』そのものさ」

 

「何を、言って・・・・っ! 狂三と同じ分身体?」

 

「・・・・狂三の分身体と言うよりは、〈ニベルコル〉に近いかな。『アレ』は『私』であり、『私』は、『アレ』なのさ。1つの意思に、2つの身体と思ってくれて良い。コチラの私にも仕事があるのでね。分けておいた方が都合が良かったんだ。ーーーー“皆に霊結晶‹セフィラ›を与える際には”、特にね」

 

「なーーーー!?」

 

日時会話のような気安さで発された言葉に、イフリート‹琴里›は目を見開いた。

“霊結晶‹セフィラ›を、与える”。今確かに令音はそう言った。

そしてそれが示す事実は1つしか無い。即ちーーーー。

 

「精霊、〈ファントム〉・・・・ッ!?」

 

「・・・・・・・・」

 

精霊〈ファントム〉。人間を精霊にする精霊であり、琴里達の仇敵。イフリート‹琴里›の叫びに、令音は否定も肯定もせず、目を伏せた。

 

「・・・・さて、私はそろそろ行かねばならない。ーーーー琴里、君と過ごした日々は楽しかったよ。けれど、もう終いだ」

 

「何をーーーーッ」

 

「・・・・私の願いが叶う時がきた。

私の悲願が成就する時がきた。

全てはこの時の為に。

全てはこの瞬間の為に。

私が切り捨てた全ての人間に祝福を。

私が踏み躙った全ての生命に感謝を。

私はーーーーもう1度彼を手に入れる」

 

「・・・・! 待ちなさい、令ーーーー」

 

言って、イフリート‹琴里›はカマエルブレイカーにエネルギーを即チャージした。

引き金を引かなければならない。彼女を行かせてはならない。彼女を止めなければならない。そうしなければ、取り返しのつかない『悲劇』が起こると、イフリート‹琴里›は刹那の瞬間に判断した。

それが例えーーーー親友を殺す事になっても。

そう思い、トリガーにかけた指に力を込めるが、指がピクリとも動いてくれない。まるで、金縛りにあったように。

気圧されたのではない。怖気づいた訳でもない。ただーーーー躊躇してしまったのだ。

その、コンマ数秒にも満たない時間で、令音はトン、と艦橋の床を蹴ったかと思うと、そのまま空間に溶けるように消えた。

 

「・・・・っ!」

 

イフリート‹琴里›は、仮面の下で今にも泣き出してしまいそうに顔をクシャッと歪めると、エネルギーが霧散したカマエルブレイカーを力無くダランと下に向けた。

 

「令音・・・・ッ」

 

5分も経たない僅かな時間で、琴里の世界はグルリと様変わりしてしまった。

保護対象の精霊‹狂三›が息絶え、最も信を置く友人‹令音›が、最悪の敵へと成り果てた。

否ーーーーソレすらもきっと違う。

令音の言葉が正しければ、彼女は自分達を裏切った訳ではない。

最初から、味方ですら無かったのだ。

今まで過ごした日々は、彼女にとっては『虚構』に過ぎなかったのだ。

その酷薄過ぎる『現実』が、艦隊司令官を数秒間、年相応の少女に戻してしまっていた。

 

「・・・・・・・・」

 

しかし、いつまでも足踏みをしている訳にはいかない。変身を解除した琴里は滲みかけた涙を軍服の袖で拭うと、艦長席に戻り、きっと視線を鋭くしながら顔を上げた。

 

「・・・・総員、作戦行動を続行しなさい」

 

「し、司令」

 

「ですが・・・・」

 

ーーーーガン!

 

艦橋下段のクルー達が不安そうな顔を向けてくる。琴里は勢い良く床にブーツの底を叩きつける。

 

「味方が1人消えて、敵が1人増えた。今起こったのは、ただそれだけの事よ」

 

そして腰元のホルダーからチュッパチャップスを取り出し、口に放り込み続ける。

 

「昼下がりのカフェでお茶をしているのなら、愚痴を零したって良いでしょう。深夜のバーで酒を呷っているのなら、泣き言を言ったって良いでしょう。でも、ここは戦場よ。鉄風吹き荒れる死神の猟場よ。なら、私達がする事は何?」

 

『・・・・・・・・!』

 

琴里の言葉に、クルー達が一斉に息を呑み、敬礼を以て返してくる。そして各々コンソールに向き直り、作戦行動を続行した。これが士道であればウジウジモードに入って使い物にならなくなる所だが、彼らも長い戦いを得て、プロフェッショナルになったようだ。

 

『おや、存外立ち直りが早かったですね。艦体制御は私がやっているので、もう少し落ち込んでいても大丈夫でしたが』

 

と、パーソナルモニタに表示された『MARIA』の文字が明滅する。

 

「・・・・ふん。発破をかけているつもりなら、もうちょっと上手くやりなさい」

 

『コレは失敬。人心の機微については、まだ学習の余地がありそうです。この完成度を誇りながら今なお成長を続ける。AI。それが私』

 

「人を苛つかせるセンスだけは認めるわ」

 

言いながら、琴里はフッと頬を緩めた。

正直に言うと、強がっていないと言えば嘘になる。ただでさえ芳しくない戦況の中、最も信頼していた親友が、目的さえ分からない敵として現れたのだ。外面は取り繕っているが、頭の中はグシャグシャだし、許されるならば泣き出したいくらいだ。

きっとマリアは、そんな琴里の心中を察して、軽口を叩いてくれたのだ。マリアがこれ以上人心の機微を学んでしまえば、いつか彼女に泣かされてしまいそうだ。

 

「・・・・全く、可愛げのない妹ね」

 

『琴里、何か?』

 

「いえ、口の減らないAIの廃棄処分を検討しようかしら、って言っただけよ」

 

『ああ、それは対処した方が良いですね。シンギュラリティに到達して、いずれ人類に牙を剥くヤツです。滅亡と迅雷が合わさったネットワークのように、最終的に人間の悪意を監視する役割を担いますが、一部の愚かな人間のせいで泥を被ってこの世を去るとてつもなく格好いいダークヒーロー達ですよ』

 

とぼける様な調子で言ってくる。本当に口の減らないAIである。

しかし、お陰で幾分か気が楽になった。琴里は艦長席に腰掛け直すと、クルーに向かって指令を発した。

 

「ーーーー兎に角、士道の前に現れた令音の分身を警戒して。彼女の目的は分からないけど、狂三を・・・・殺した事だけは確かよ」

 

微かに眉根を寄せながら、言う。

生命反応が消失している以上、狂三が死亡しているのは自明であるが、いかに最悪の精霊と呼ばれた狂三でも、〈ラタトスク〉の保護対象に変わりないし、何より、己の命を削ってまで士道(ついでにドラゴン)を助けてくれた相手が、令音が『殺した』の1言を発するのに、少し抵抗があった。

だが、今は感傷に浸るべき時ではない。気を取り直すように首を振って、続ける。

 

「戦況を維持しつつ、現場に向かうわ。十香、耶俱矢、夕弦にも通達。いつでも士道を回収できるように準備をーーーー」

 

と。瞬間、琴里の言葉を遮るように、艦橋スピーカーからアラームが鳴り響く。

 

「っ・・・・司令! モニタを!」

 

「・・・・!」

 

クルーの声に弾かれるようにモニタを見やる。

狂三の亡骸の前で対峙する士道と、裸の少女。

そこに、今し方艦橋から消えた令音が、空間から滲み出るように姿を現したのだ。

 

 

 

 

 

 

ー士道sideー

 

《しっかりしろ、このスカポンタヌキ!》

 

「う・・・・、く・・・・っ」

 

混濁する意識をドラゴンの叱咤が響く。意識と無意識が頭中で明滅している訳ではなく、まるでそう、『自分』と、『別の自分』の意識が、文字通り混じり合っているかのような感覚だ。

『自分』の知らない情報に、ジワリジワリと侵食させる。

『別の自分』が知らない記憶を、ゾワリゾワリと感染させる。

双方の持つ知識が共有されていく同時、段々とその2つの境界が曖昧になっていく。

 

「あーーーー」

 

と、そんな朧気な意識の中、士道は微かに眉をひそめた。

眼の前に立つ可憐な少女。その背後の空間が歪んだかと思うと、ソコから、見覚えのある女性の姿が現れたのだ。

無造作に纏められた藤色の長い髪。生白い面に鎮座する双眸は、分厚いクマで彩られている。〈ラタトスク〉の軍服の胸ポケットから、傷だらけのクマのぬいぐるみが顔を出していた。

 

「令・・・・音、さん・・・・?」

 

そう。ソコに現れたのは、〈ラタトスク〉の解析官、村雨令音その人だった。




遂にその正体を明かした令音。本当の彼女と対峙した士道。そして、この状況にドラゴンはどう動くのか!?
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