デート・ア・ライブ 指輪の魔法使いと精霊の恋愛譚 作:BREAKERZ
ー澪(過去)sideー
【・・・・もう良いかな?】
【まだまだ。もうちょっとだ】
少しの間目を閉じていてくれと、真士にお願いされ。澪は暗闇の中、真士に手を引かれて澪は歩いていた。
視覚を閉ざされて歩くのは、何とも心許ないものだが、澪に不安感や恐怖感は無かった。ーーーーきっと自分の手は、真士がしっかり握ってくれているから。
本当にーーーー不思議な感覚だ。
その指に、手の平に、真士の存在を感じられるだけで、当然あるべき懸念や危惧が、一気に吹き飛んでしまう。
何とも奇妙な、根拠のない万能感。けれどそれが、たまらなく心地良い。それがまた、澪には不思議でならなかった。
【ーーーーさ、もう良いぞ、澪】
と。真士が足を止め、そう言ってくる。
【んーーーー】
澪は小さく頷くと、閉じていた瞼をゆっくりと開けていった。
すると次の瞬間、目映い光が、暗闇に慣れていた澪の目を刺激すると次第に、真っ白だった世界がジワリジワリと実像を帯びていきーーーーそれが、視界いっぱいに広がった。
【ーーーーわぁーーーー】
思わず、感嘆が漏れる。
視界に収まりきれないほどの、青。
空と、それに負けないくらいに拾い、ユラユラと揺らめく青の平原。
照り返す陽の光。寄せては返す波の音。鼻腔を刺激する強い香り。
そう。それはーーーー。
【ーーーー海】
目の前に広がる情報から、その名を言う。
すると真士がコクリと頷き、微笑んでくる。
【ああ。確か、1度見てみたいって言ってたろ?】
【あ・・・・】
言われて、澪は思い出した。確かに真士に拾われて魔もない頃、書物や映像から知識を吸収していた澪は、地球の7割を占めるというこの特徴的環境に、強く興味を示した事があった。
しかし、まさか真士がそれを覚えてくれていたとは。澪は胸元がキュウと締め付けられるような感覚を覚えた。
【ーーーー嬉しい。ありがとう、シン】
【あ、ああ・・・・喜んで貰えたなら何よりだ】
澪が言うと、真士は照れるように頬を染めながら笑って見せた。澪はそれに返すようにニコリと微笑むと、砂浜へと駆けていった。
【あ、澪!】
【ふふ】
真士の声を背に浴びながら靴を脱ぎ、パシャンと音を立てて海に足を踏み入れる。
知識としては比較的早い段階で保有していた情報。きっと『海』と言うものについて質問をされたなら、普通の人よりも詳細に説明をする事が可能だろう。
けれど、頭の中にあったそれと、今五感を以て感じているものとは、存在感が、ディテールが、まるで異なっていた。
冷たい水の感触。沈み込む砂。定期的に蠢く波は、途轍もなく大きな力の一端をありありと澪に感じさせた。
【ああーーーー】
ーーーーなんて、心地よい。
言葉にならなかった。伸びをするように両手を大きく上げ、身体を反らす。
生まれて間もない澪にとっては、全てが初めての経験だった。目に、耳に、鼻に、舌に、肌に感じる刺激が、全てえも言われぬ快感となって澪を包み込んだ。
否ーーーーきっと、それだけではない。
澪は、満面の笑みを浮かべたままクルリと身体の向きを変えると、浜辺にいる真士に向かって両手を広げた。
【シン!】
その言葉と仕草で察したのか、真士が一瞬驚いたように目を丸くした後、小さく苦笑してから、澪と同様靴を脱いで波打ち際を歩いていた。
【ふふーーーー】
澪は真士が自分の元にやって来るなり、1歩足を踏み出し、広げていた両手で以て真士の両手を握った。
【わっ、澪・・・・?】
突然の事に、真士が慌てたように目を丸くした。
しかし澪を意に介さず、真士の手を握ったまま、ダンスでも踊るかのようにクルクルと動き回り、パシャパシャと水音を響かせ続けた。
【ーーーーああ、ああ、なんて素敵なんだろう】
澪は、始めて体感する海に、感動という感情を感じ、興奮に打ち震えている。
けれどそれと同じくらいーーーー否、それ以上に、真士が澪の事を思ってくれていたという事実が、嬉しくて溜まらなかったのである。
五感の感動を超える、内なる衝動。
嗚呼ーーーーそうだ。
ただ海を見る事ができたのが嬉しかったのでは無い。
真士が自分のことはを覚えてくれた事が。
真士がここに連れてきてくれた事が。
ーーーー真士が一緒にいてくれる事が。
とても大切で、得難い事のように思えて仕方が無かった。
【わ・・・・わわっ!】
【ーーーー!】
と、澪が興奮と感動のまま踊っていたものだから、真士と澪は不意にバランスを崩してその場に倒れ込んでしまった。
バシャンて大きな音がして、辺りに水飛沫が舞い散る。真士が咄嗟に澪を庇ってくれた為、身体に痛みはなかったが、2人揃ってびしょ濡れになってしまった。
【だ、大丈夫か、澪】
【うん。ゴメンね、シン。少しはしゃぎすぎたよ】
2人はそう言い合うと、暫しの間水を被って濡れ鼠になった互いの顔を見つめた。
【・・・・ふ】
【・・・・ふふっ】
そして、どちらからともなく笑みが溢れる。
澪は堪らず、両手を広げて真士の身体をギュウと抱き締めた。
【わ・・・・っ! み、澪・・・・?】
【ああ・・・・『好き』。私、シンの事が大好き。どうしたら良いのか分からないくらい、貴方が愛しい。シンの為なら、何だってできる気がする】
澪は矢継ぎ早に、心の中に生まれた感情を言葉に変換した。
けれど、覚えたばかりの言語だからだろうか、そもそも言葉という表現形態の限界だからだろうか、澪は今自分が覚えている狂おしい程の愛情を、表現しきれていないような気がしてならなかった。
【ーーーー!】
否、澪はすぐに理解した。だからこそ、澪は今、真士を抱き締めているのだ。
意識しての行動ではない。耐え難い衝動が形となったような感覚。けれどたしかにソレは、相手への親愛を示す行動に他ならなかった。
きっとそれは言葉より先に、人間が得た愛情表現なのだろう。冷たい水の中感じる真士の体温が、鼓動が、吐息が、澪に蕩けるような多幸感をもたらした。
嗚呼ーーーーでもまだだ。まだ足りない。言いようの無い渇望。先程までよりずっと近くにいると言うのに、まだ真士が遠い。2人を隔てる衣服の僅かな距離が鬱陶しく思える。体表を覆う肌が不要に感じる。
【(ーーーーもっとシンの近くに行きたい。シンと、1つになりたい)】
その衝動が胸を焦がしか時、澪は無意識の内に真士の目を見つめていた。
そしてゆっくりと目を伏せ、自分の唇を真士の唇に近づけていく。
【・・・・!? っーーーー】
澪の意図を察したのだろう。真士の身体が小さく震える。
けれど頬を赤くしながらも、すぐに意を決したように、真士もまた、澪に顔を近づけてきた。
揺らめく水面に映る2人の影が、やがて1つに交わーーーーろうとした瞬間。
【ーーーーくしゅっ!】
澪は、小さなクシャミをしてしまった。
その拍子にパチリと目が開き、真道と目が合う。
【・・・・・・・・】
【・・・・・・・・】
【・・・・・・・・ぷっ】
【・・・・・・・・はは】
暫しの沈黙の後、2人はまたも、笑いだしてしまった。
楽しくて、可笑しくて、嬉しくて、仕方が無かった。
澪は真士のことがだいすきで、きっと真士も、澪の事が大好きで。
ただそれだけなのに、唯でさえ色鮮やかだった世界が一層色と輝きを帯びた。
きっとこんな幸せが、これからも続いていくだろう。
明日も、明後日も、その先も、ずっと。
ソレを思うだけで澪は、心が弾むような高揚感を覚えるのだった。
ー澪(現代)sideー
そして今。
悪意に塗れた人間共のせいで奪われ、失われた人を取り戻す為に、澪は眼前の魔竜とーーーー甦った精霊を真っ直ぐに見据えていた。
ー士道sideー
ウィザード‹士道›は一瞬、ソレを夢か幻かと思った。
けれど目の前の少女の確かな存在感が、その考えを一気に吹き飛ばした。
風に遊ぶ美しい夜色の髪。幻想的な光を映す水晶の双眸。その身に纏うは紫紺の鎧と、光り輝くドレス。
そう。精霊・夜刀神十香が、完全な霊装を顕現させ、その場に現れたのだ。
「と、十、香・・・・!?」
『本当に、十香なのか・・・・!?』
仮面越しでソレを認識すると、士道の目から十香が生きていた事に安堵し、ポタポタと涙が溢れ、ドラゴンですら唖然となった。
「ごめん、十香、俺は・・・・一瞬、諦めそうにーーーー」
「何を言う!」
と。ウィザード‹士道›の言葉を遮るように、十香が高らかに声を上げる。
「折れなかったからこそ、シドーは今生きている! それ以上の結果があるものか!」
「・・・・!」
その言葉に、ウィザード‹士道›は雷に打たれたかのような衝撃を覚えた。
全く、自分はドラゴンや十香、皆に支えて貰わないと何もできない奴だと情けなくなる。
しかし、泣き言は後回しだ。
「本当にーーーー俺はドラゴンや十香に助けられっぱなしだな」
『そう想うなら少しは成長しろ』
「私だってシドーに頼りっぱなしだ。今だって、シドーがいたから、戻ってこられたのだ。シドーがいるから、澪の前に立てるのだ!」
「十香・・・・ああ!」
ウィザード‹士道›は改めてその名を呼ぶと、未だに目を残った涙を引っ込め顔を上げた。
「・・・・そう、か」
と、切り裂かれた自らの霊装を一瞥してから、澪が視線を向けてくる。
「・・・・やはり君かーーーー十香。・・・・ああ、そうだろうね。もしも私に立ち向かう者がいるとするなら、ソレはきっと君だと思っていたよ」
「・・・・何?」
『・・・・・・・・』
澪の言葉に、ウィザード‹士道›は眉根を寄せ、ドラゴンは一瞬で思考を巡らせた。
すると十香が、ソレに応えるように言ってくる。
「詳しくは私も分からないのだが・・・・私はーーーー皆とは違う精霊らしい」
「違う・・・・精霊?」
『(・・・・・・・・そうか)』
ウィザード‹士道›が困惑するように問うと、今度は澪が、何処か感慨深げな口調で続けてきた。
「・・・・私は自分の力を10の霊結晶‹セフィラ›に分け、人間に与えて精霊を造った。・・・・けれど何の因果か、その霊結晶‹セフィラ›の中の1つに、自我が芽生えてしまったのさ。ーーーーあたかも、私が生まれたその時のようにね」
ウィザード‹士道›は思わず息を詰まらせると、十香の方を見やった。
「っ、まさか、それが・・・・?」
すると澪が、ゆっくりと頷いてくる。
「・・・・ドラゴンはとうに気づいていただろうが。シン、君も気づいていたのではないかな? 他の精霊と、十香との差異に。他の精霊が持っていて、十香が持っていなかったものに」
「何、をーーーー」
ソレは当然の疑問でありながら、いつしか忘れ去っていた『違和感』。
折紙。二亜。狂三。四糸乃。琴里。六喰。七罪。耶倶矢。夕弦。美九。
彼女らにあって、十香に無かったもの。
そう。精霊達の中で十香だけが唯一・・・・“名前を持っていなかった”のである。
「・・・・・・・・」
しかしその事実を告げられてなお、十香は狼狽えた様子を見せなかった。否、正確に言うならば、ソレを既に知っていたかのような様子だった。
十香が、強い意志の光をその双眸に宿しながら、唇を開く。
「ーーーー困惑は、ある。名を持っていなかった事に苦しんだ事も、ある。だが私は今、その事実に感謝している。私は、名を持っていなかったから、シドーに名を付けてもらう事ができた。私は、人間ではなかったから、こうしてシドーの前に立つ事ができた!」
「十香ーーーー」
十香の気高き決意に、覚悟に、身が打ち震えるような興奮を覚える。
ウィザード‹士道›は、澪に〈鏖殺公‹サンダルフォン›〉を向ける十香の横に立った。
「! シドー?」
「まだ、何か手があるかも知れない。ーーーー時間を、稼いでくれ」
「・・・・! うむ!」
十香が力強く頷き、〈鏖殺公‹サンダルフォン›〉を握る手に力を込める。
それを見てか、澪が細く息を吐き、目を細めてきた。
「・・・・少し予定が狂ってしまったが、まあ、良いだろう。結末は何も変わらない」
すると澪の声に応えるかのように、澪の背後に無機的な大樹が姿を現し、ソレに合わせて異空間が膨張していった。次いでその頭上に、花のような天使が現れる。
「・・・・十香、あれは?」
「うむーーーー〈輪廻楽園‹アイン・ソフ›〉と〈万象聖堂‹アイン・ソフ・オウル›〉・・・・と言っていた。気を付けろ。この空間内では、全ての法則は澪の思うままだ。あと、あの花から出る光を浴びると死ぬ。霊力と魔力を持っていないと近くにいるだけで死ぬ」
十香の簡潔な、しかしそれ故にショッキングな回答に、十香とドラゴンは汗を滲ませた。
『ーーーーまた反則的な能力だな』
「・・・・それって、滅茶苦茶ヤバくないか?」
「ああ、ヤベーイ! ぞ。ーーーー諦めてしまったか?」
「まさか」
『面白くなってきた』
ウィザード‹士道›とドラゴンがそう言うと、十香はニッと唇の端を上げた。
そしてそれを合図にするように地を蹴り、〈鏖殺公‹サンダルフォン›〉を勢いよく振り下ろす。
「うおおおおおおおーーーーッ!」
剣閃が衝撃波となり、澪へと迫っていく。澪は身じろぎ1つせず、それを受け止めようとした。だがーーーー。
「・・・・!」
十香の剣撃が触れる寸前、澪はピクリと眉を動かしたかと思うと、身体を反らした。
澪の鼻先を剣閃が通り過ぎていきーーーーほんの僅かではあるが、霊装の1部を切り裂いてみせる。
「ーーーーおおっ!?」
『ーーーー澪の霊装を傷付けた? 先程まで折紙や十香の全身全霊の全力全開の攻撃を受けても傷1つ付けられなかった筈だが』
「えっ、そうだったのか?」
それを見てか、攻撃を放った当の十香が目を丸くする。
「やったぞシドー! 攻撃が通ったぞ!」
「ああ・・・・でも、何でだ?」
圧倒的な力を誇る始原の精霊・澪。
だが、僅かではあるものの今、その霊装が切り裂かれた。
澪が手加減か、力が減退しているとも思えない。
「・・・・! ドラゴン、まさか・・・・」
『ーーーーああ、十香の霊力はまだ我らの中にある。にも関わらず、あの娘は完全霊装となっている。恐らくだが、霊結晶‹セフィラ›から元に戻る際に、“澪の力の1部と折紙達の霊力を手に入れた”のではないか?』
ドラゴンがそう推察すると、それを察したように、澪は微かに表情を動かした後、十香に視線を寄越してきた。
「・・・・成る程。コレは、少々厄介なようだ」
そして小さく息を吐き、こちらに向き直る。
「ーーーー失礼をした、十香。もうここからは、君を侮る事はしない。ドラゴン共々、全霊を以て、シンを君から奪い取ろう」
「そうはさせん! シドーはーーーー」
澪の言葉に応ずるように叫び、十香が再び地を蹴る。
「シドーは、私のものだ!」
「へ・・・・っ?」
『ーーーーはぁ』
ウィザード‹士道›は予想外の言葉に一瞬驚き、ドラゴンはこんな状況で何をしているんだかと呆れたが、すぐに、今はそれところではないと思い直して、十香の後を追った。
ー澪sideー
「ーーーーーーーー」
澪の視界に、目にも止まらぬ速さで、剣の天使〈鏖殺公‹サンダルフォン›〉とアックスカリバー・カリバーモードの剣撃が、10、50、100と閃く。
先程までは、アックスカリバー以外の攻撃は身動き1つせずとも防げていた攻撃である。しかし今、その剣の天使には確かに、澪の防護を破り霊装を切り裂く力が備わっていた。
「・・・・そうか、これは」
その幾千もの剣撃を捌き、応戦するように光の帯を伸ばしながら、澪は小さな呟きを溢した。
今〈鏖殺公‹サンダルフォン›〉から感じるのは、十香の霊力のみではない。
ドラゴンと同じ考えに至る。恐らく、澪の中から脱出する際、他の精霊や澪の霊力を、少しずつ奪っていったのだ。今の〈鏖殺公‹サンダルフォン›〉には、最強の技【最後の剣‹ハルヴァンヘレヴ›】以上の濃密な力が満ちていた。
実際それを示すように、先程から十香の動きには、何の翳りも見られない。
ーーーー澪が〈輪廻楽園‹アイン・ソフ›〉で動きを縛ろうとしているのに、だ。
しかし、それも道理である。〈輪廻楽園‹アイン・ソフ›〉は澪の天使。1部とはいえ澪の霊力を有する十香がその阻害を受けないのは、当然とも言える。
「・・・・よもや君が、私の力を奪うとはね」
十香には聞こえないくらいの声音で、呟く。
それは苛立ちから発された皮肉であり、不思議な思いから漏れた独白でもあった。
ーーーー十香自身が語ったように、彼女は他の精霊とは異なる生まれ方をした存在である。否。もっと正しく言うのならば、澪以外に存在する、唯一の純粋な精霊と言っても良い。
澪と同じく無から生じ、澪と同じく名を持たず、そしてーーーー澪と同じく、士道‹シン›と出会った。
言うならば、澪の写し身である。そんな彼女が今、澪の力を使い、澪の前に立っている。そんな巡り合わせに、奇妙な感慨を感じる。
「おおおおおおおおおおっ!」
裂帛した気合と共に十香が〈鏖殺公‹サンダルフォン›〉を振りかぶり、直接斬り掛かってくる。
「〈輪廻楽園‹アイン・ソフ›〉ーーーー【枝剣‹アナフ›】」
澪はかすかに眉を揺らすと、その名を唱えた瞬間、虚空から、剣のように研ぎ澄まされた〈輪廻楽園‹アイン・ソフ›〉の枝が現れ、十香の1撃を防いだ。
直接受け止めてみて改めて分かる重い1撃。伊達に澪の霊力を奪っていない。それに加えーーーー。
「ぬお・・・・っ!?」
「・・・・・・・・」
澪は〈鏖殺公‹サンダルフォン›〉ごと十香を弾き飛ばすと、ウィザード‹士道›の方を一瞥した。
[ガブリエェェェル! ハイタァァァッチ! シンフォニックストライク! ♪〜♪〜♪〜! ♪〜♪〜♪〜! ♪〜♪〜♪〜!]
アックスカリバーをギターのように持って演奏して、十香のパワーを底上げし、澪の力を僅かだが押さえつけている。コレも十香の一助になっていた。
否ーーーーソレだけではない。
澪が十香と戦っている最中、ウィザード‹士道›は澪の事を見つめ続けていた。
ーーーー恐らく、今この時も、考えを巡らせているのだ。
澪を倒す方法。他の精霊達を生き返らせる方法を。
「・・・・ああ、やっぱり君には、絶望は似合わない」
半ば無意識の内に心臓がキュウと収縮するのを感じ、澪は独白してから、スッと視線を鋭くすると、十香に向き直り、バッと両方を広げ、再度向かってくる十香を迎え撃つ。
「ーーーー貫け、〈輪廻楽園‹アイン・ソフ›〉」
そう唱えた瞬間、澪の空間がグニャリと歪み、ソコから、〈輪廻楽園‹アイン・ソフ›〉の『根』が幾本も放たれた。
「何・・・・ッ!?」
十香が『根』を振り払うが、『根』は鞭のようにしなると、
十香を追っていた。〈輪廻楽園‹アイン・ソフ›〉の方は適用しないが、この『根』ならば仕留める事ができる。澪は手を掲げると、十香の身体目掛けて『根』を伸ばした。
がーーーー次の瞬間。
「十香!」
そんな叫びと共に、突然ウィザード‹士道›が十香の前に飛び出してくる。
「・・・・っ!」
突然の事に、澪は微かに肩を震わせ、ウィザード‹士道›に触れる寸前で攻撃を止めてしまった。
ウィザード最強の姿『インフィニティスタイル』。士道の身の安全を第1に考えて〈灼絢殲鬼‹カマエル›〉を最初に封印させた。士道が死はまずありえない。
けれど、だからといって澪にウィザード‹士道›の胸を貫く事が出来る訳無い。
脳裏に過ったのだ。30年前ーーーーシンが敵の凶弾に倒れた時の光景を。
「・・・・くーーーー」
澪は微かに表情を歪めると、『根』を使ってウィザード‹士道›の身体を巻き付けようとするが。
『ーーーーフン!』
ドラゴンがウィザード‹士道›の身体を操作して、『根』をアックスカリバーで斬り捨てていく。
その1拍の隙を、この上ない好機を逃す程、十香は甘くない。
「ーーーー〈鏖殺公‹サンダルフォン›〉」
天使の名を呼び、踵を地面に叩き付ける。
するとそれに応じる様に、地面から、十香の身の丈を超えるであろう巨大な玉座が姿を現した。
ーーーー【最後の剣‹ハルヴァンヘレヴ›】
それを目にした瞬間、澪の脳裏にその言葉が浮かぶ。
剣の天使〈鏖殺公‹サンダルフォン›〉、最大最強の1撃。必滅の力を持つ破壊の剣。
澪の力を得た今の十香から放たれるソレの直撃を受ければ、如何に澪とて無傷では済まない。
ならばーーーー。
「〈万象聖堂‹アイン・ソフ・オウル›〉ーーーー【蕾砲‹ヘネツ›】」
澪は両手を前に突き出すと、虚空に手の平大の球体を顕現させた。
それは、極大の蕾である。球体は一瞬して花開くと、その中心から十香目掛けて、一直線に死の光を放った。
【最後の剣‹ハルヴァンヘレヴ›】は強力無比だが、玉座を呼出し、分解、剣に纏い、振り上げると言うプロセスがある。
その力全てを剣に集中させた瞬間、十香の身体は一瞬無防備状態となるのが弱点である。それを狙って〈万象聖堂‹アイン・ソフ・オウル›〉の1撃でようとする。
がーーーー。
「ーーーー【装‹レートリヴシュ›】!」
「・・・・何?」
次の瞬間響いた声に、澪は思わず眉根を寄せた。
十香が、バラバラに分解した玉座の破片を、手にした件ではなく全身に、あたかも鎧のように纏わせた。
そして、すんでの所で身を捻り、〈万象聖堂‹アイン・ソフ・オウル›〉の光線を避けて見せた。
ーーーー天使を、纏う。それはまるで、四糸乃の〈氷結傀儡‹ザドキエル›〉の【凍鎧‹シリヨン›】のように。
天使の権能は1つきりではない。霊結晶‹セフィラ›によって属性こそあるものの、どのような力が顕現するかは、霊結晶‹セフィラ›を持った者の人格による所が大きい為、澪でも全てを把握しきっている訳では無い。
少なくともその姿は、澪が初めて目にするものであった。
「なーーーー」
「はあああああああああああああああーーーーッ!」
金色に輝く玉座の鎧を纏った十香が、〈輪廻楽園‹アイン・ソフ›〉の『根』や『枝』を力任せに弾き、一瞬で澪へと肉薄。
そしてその勢いのまま剣を振り下ろし、澪を袈裟懸けに斬り払った。
ーーーー鋭い痛み。濃密な霊力が綺麗に切り裂かれ、澪の白い肌に初めて傷が付いた。
「ーーーーーーーー」
剣戟による衝撃波が全身を叩く。裂傷から血が吹き出す。
嗚呼ーーーーそれは何とも不思議な感覚だった。
生まれ出でてから今の今まで、澪に敵う者等、“この世界の理外にいる”、『魔獣ファントム』以外存在しないと思っていた。
そんな澪に、初めてこのような深手を負わせたのが、まさか自分の娘であり分身とも言うべき存在だとは。
奇妙な感動と陶酔感の中、澪は血に塗れた顔を上げた。
「・・・・見事だ、十香」
それは、この1撃にのみ発した言葉では無かった。
例え自分よりも圧倒的な力を持った相手と相対しても、仲間が殺されようと、自分が取り込まれようと、十香は1人、『希望』を捨てず、澪の前に立って魅せた。
「・・・・その気高き魂に、心に、想いに、最大限の敬意を表する。
ーーーー私も、それに応えよう」
澪はそう言うと、十香の目をジッと見つめた。
そして、唱える。
澪が持つ、最後の天使の名を。
「ーーーー〈 ‹アイン›〉」
瞬間。
世界に、光が満ちた。
第十九章、次回で終わります。