デート・ア・ライブ 指輪の魔法使いと精霊の恋愛譚   作:BREAKERZ

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遂に、男の夢の状況が!


混浴・令音(澪)

ー琴里sideー

 

士道が不安7割、期待3割の心境でいる旅館の真上に浮遊する〈フラクシナス〉のメインモニタに、再び3つの選択肢が表示される。

 

①【大浴場でゆったりひろびろ】

 

②【専用露天風呂でリラックス】

 

③【マッサージでリフレッシュ】

 

「総員ーーーー選択!」

 

琴里の声に応え、クルー達は一斉にコンソールを操作する。精霊達も一瞬その選択肢に戸惑ったが、すぐに気を取り直して選択肢を完了した。その際七罪が、「・・・・①と②って、ほぼ同じじゃない?」とツッコミを入れたが。

そして選び出されたのはーーーー②。

 

「ふむ・・・・②ね」

 

琴里がチュッパチャプスの棒をピンと立てながら言うと、精霊達が同意を示すように頷いた。

 

「・・・・うむ。シドーが令音と2人きりで風呂に入るというのは・・・・その、なんだ、モヤモヤしないでもないのだが、もしも私ならばそれが1番嬉しいと思うぞ」

 

「はい・・・・いっぱいお話できた方が良いと思います・・・・」

 

十香と四糸乃が、何処か複雑そうな顔をしながらもそう言うと、折紙は無表情のまま、しかし拳を小刻みに震わせながら声を発してきた。

 

「邪魔が入らず、狭い浴槽に2人きり。理想的と言っていい条件。大丈夫。私は冷静。私は冷静。私は冷静」

 

「えっなんで3回も言ったの・・・・」

 

七罪が戦慄した様子で肩を震わせると、折紙は機械のように平坦な調子で言葉を続けた。

 

「問題ない。士道と2人きりでお風呂くらい私も経験がある。その程度の事で冷静さを欠く私ではない」

 

「な・・・・っ、アレは私達も一緒だったではないか! それを言うなら私だってだな・・・・!」

 

「ふっーーーー湯呑みの事ならば我ら八舞は外せまいて」

 

「首肯。夕弦と耶倶矢で士道をサンドイッチしたのは良い思い出です」

 

「なっ、なんだと・・・・!?」

 

等と、精霊達がにわかにお風呂自慢大会を繰り広げる。まあ1部ーーーー。

 

「ですですぅ! 折角温泉宿に来たんですから裸のお付き合い! そしてそれなら狭い方が良いですよー! お風呂桶に! だーりんと! 某公園前派出所のピンクの制服を着た金髪婦警さんのようなダイナマイトボディの令音さんをちょっと詰めて! 世界最高の幕の内弁当じゃないですかぁ! 残さずいただきますぅぅぅ!」

 

と、1人だけクライマックスに盛り上がっている精霊の皮を被った妖怪もいたが。

 

「あーもう落ち着きなさいって」

 

士道と精霊のお風呂には、もれなくドラゴンもいたのだから正確に2人きりと言う訳でもないし、正直士道と2人きりのお風呂ならば妹の琴里の方が回数が圧倒的に多いが、これ以上話を脱線させないよう黙っている。

話は兎も角、選択肢に関しては琴里の意見も同様である。流石に突然混浴となると、あの沈着冷静な令音でも抵抗を覚える可能性もゼロではなかったが、念の為に荷物の中には水着が用意してあった筈だ。

 

「ーーーー士道、②よ。その露天風呂を使いましょう」

 

《・・・・了解》

 

琴里の指示に、骨伝導式通信機でなければ聞き取れない位の声で士道が返事をしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ー士道sideー

 

〈フラクシナス〉から指示が下る。確かに攻めた内容ではあるがーーーーここで尻込みしていては別行動にドラゴンにまたどつかれるし、何も進展しない。

士道は激しいリズムを刻む心臓を宥めるように深呼吸をすると、令音の方を向いた。

 

「ーーーー令音さん。折角ですから、昼食の前に、ソコの露天風呂に入ってみませんか?」

 

「・・・・ん? ああ、そうだね。しかし、私は着替えを持ってきていないのだが」

 

「大丈夫です」

 

士道はグッと親指を立てると、持参したキャリーバックを開いてみせた。すると中から、小型ボストンバッグが2つ、顔を出す。

 

「・・・・、これは」

 

「1つは俺の、もう1つは令音さんの荷物を用意しておきました。諸々の化粧品に、着替え、下着類、後混浴用の水着も。サイズも合ってる筈なのでーーーー」

 

と、ソコまで言った所で、士道は言葉を止めた。

得意げに披露してみせたは良いものの、今の自分の言動が中々の変態レベルを誇っていると自覚してしまったのである。

 

「・・・・ええと、誤解しないで下さい。マリアに事情を話して用意して貰ったので、俺が直接選んだとか、サイズを調べたって事では・・・・」

 

「・・・・ああ、そうは思っていないよ」

 

令音はそう言うと、フッと息を吐いた。

 

「・・・・にしても、マリアに頼んだのかい? 小言を言われなかったかな」

 

「・・・・ああ、はい。それはもうたっぷりと」

 

士道は頬に汗を垂らしながら苦笑した。・・・・実際、それに関しては嘘偽りはない。何故か妙に胸に関しての事を言っていたが。

 

「・・・・さて、では入ろうか。タオルは備え付けの物を使えば良いのかな。温泉は久々だから楽しみだよ」

 

言って、令音がおもむろに服を脱ぎ始め、コートに包まれた豊かな胸が、フルルン・・・・、と揺れた。

何の躊躇いのないその行動に、士道は思わず目を剥いた。

 

「わっ! れ、令音さん。ちょっと待って下さい。俺向こうに行きますから・・・・!」

 

「・・・・ん? 別に構わないが・・・・」

 

令音はキョトンとしていたが、流石にそういう訳にはいかなかった。士道は自分の荷物が入ったボストンバッグを掴むと、広縁の方を歩いていき、障子をピシャリと閉じた。

 

《今から一緒にお風呂に入ろうって言うのに、何照れてるのよ》

 

「イヤイヤ、一緒にって言ったって水着着用だろ・・・・流石に脱いでる所にいる訳にはいかないって」

 

[ドレスアップ プリーズ]

 

士道は汗を拭いながら琴里の声に応えると、『ドレスアップ』で着替えると、バックルとリングを厳重に隠すようにボストンバッグに詰めると、バックからタオルを取り出して腰に巻く。・・・・自律カメラが映像を撮っている筈なので一応。

するとすぐに、障子の向こうから令音の声が聞こえてくる。

 

「・・・・シン、開けても良いかい?」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

露天風呂に入る為には、士道のいる広縁を通らねばならない。士道は畳んだ服を椅子の上に置きながらそう返した。

するとそれに応じるように障子戸がスス・・・・と開いていきーーーー。

 

「ーーーーんな・・・・ッ!?」

 

次の瞬間、士道は目を見開き、息を詰まらせた。

何故なら障子の向こうに立っていたのは、小さなタオル1枚のみを持った、一糸纏わぬ姿の令音であった。

先程のワンピースとコートに覆い隠されていた令音のシミ1つ無い新雪のように美しく白いお肌が、惜しげなくもなく外気に晒されている。視界を介してその感触さえも伝えるかのような肌理の細かさ、なだらかな、しかし減り張りが効きまくった身体のライン。

美しい。あまりに美しい裸身であった。興奮や煽情とかといった感覚よりも先に、畏敬や神々しささえも覚えてしまう程だ。正に美の女神がその場に立っているようだ。

無論、あくまでソレらが先に来ると言うだけで、興奮や煽情を覚えないと言う訳ではないのだが。実際、縛めから解き放たれたその暴力的な胸部の大きさと美しさは、硬直する士道の視線を捕らえて放さなかった。

 

「・・・・っ」

 

士道は声を上げるのも目を瞑るのも忘れ、暫しの間その艶姿に見入ってしまった。

 

 

 

 

 

 

ー琴里sideー

 

「な・・・・!」

 

「こ、これは!?」

 

ーーーー艦橋が騒然となる。

障子戸が開こうとした瞬間、まるで電源でも落ちたかのように、モニタがブラック・アウトしたからだ。

故障と言ったトラブルではない。他の機器は正常に稼働しているし、スピーカーからは変わらず音声が流れ続けていた。

 

《れ、令音サン・・・・?》

 

《・・・・なんだい、シン》

 

《あの・・・・荷物に水着、入ってませんでした・・・・?》

 

《・・・・ん? どうだったかな。何、2人しかいないんだ。別に構わないだろう?》

 

《い、いや、あの・・・・》

 

『・・・・!?』

 

艦橋に響く士道と令音のかいわに、居並んだ神無月以外の男性クルー達がザワ・・・・っと色めき立った。

 

「し、司令!」

 

「村雨解析官のはだ・・・・いえ、重要な攻略画面が見れません!」

 

「今すぐ、復旧を!」

 

やはりと言うか、令音は影で、『〈フラクシナス〉のマドンナ』とも呼ばれていると、箕輪と椎崎から聞いた事がある。

そんな令音の裸身が拝められず、川越、幹本、中津川が揃って声を上げてくる。巨乳・豊乳・爆乳に一切興味が無い神無月は男性陣の中で1人平然としていた。

こんな男共の姿を見れば女性陣からそれはもう、神無月が興奮するような絶対零度の軽蔑の視線を向けられる筈なのだが・・・・。

 

「きゃー!? 何でですかぁ!? 何もしてないのに壊れましたぁ! 直って下さいー! 見せて下さいー! 令音さんの私以上の大きさと形をした美豊乳! 砂時計のように美しい曲線を描く括れたウェスト! 安産型に見えて形も美しい美尻! スラっと伸びた手と美脚! 大人の魅力をこれでもかと晒すビューティフルダイナマイトボディが見たいですぅー!!」

 

と、悲鳴じみた声を上げ、無駄な行為なのにパーソナルモニタの裏を覗き込もうとしている“女性の形と性別をした妖怪”がいたから。

女性陣は「男も女も所詮同類なんだなぁ・・・・」と、言わんばかりの達観としたような、それでいて悟ったような心境になっていたのだ。

 

「ーーーーマリア?」

 

琴里がソレらの声を無視すると、それに応えるようにスピーカーからマリアの声が響いてきた。

 

《はい。我々の目的は精霊をデレさせる事なのですので。霊力を封印した後、令音が知って不快に思う可能性は潰しておいた方が賢明かと》

 

「適切なご配慮痛み入るわ」

 

相変わらず気の回るAIである。琴里は小さく肩を竦めながらそう返した。

ーーーー因みに琴里のパーソナルモニタには、変わらず画面が表示され続けており、何の躊躇いもなく、晒された令音の裸体は、同性である自分ですら息を呑んで見惚れてしまい、おかしな気分になってしまう程に美しかった。

女子の自分ですら映像越しでコレなのだ。男子で、直視している士道がその破壊力にギリギリ耐えられているのには、素直に賞賛を送りたい。

 

「(・・・・成る程、これは確かに目に毒、猛毒ね)」

 

「しかし!」

 

「2人の状況が音声でしか分からないのでは!」

 

「判断に狂いが生じる恐れが!」

 

「ですですぅ! 攻略の為にもモニタを回復させてくださいー!!」

 

男性クルー達(神無月以外)と美九が諦めず食い下がってくる。すると、そんな反応も織り込み済みと言うようにマリアが答えた。

 

《ご安心下さい》

 

次の瞬間、メインモニタ及び、琴里以外のパーソナルモニタに再び光が灯る。

一瞬、男性クルーと美九の顔がパァッと明るくなるが・・・・すぐにその頬は引き攣る事になった。

メインモニタに映し出されたのは本来の映像ではなく、2人の動きをトレースした、人型CGの映像だったのである。因みに勿論、服は着ている。

 

《これで2人の動きは把握できる筈です。引き続き攻略をお願いします》

 

『・・・・・・・・・・・・・・・・はい』

 

何だか物凄くテンションが爆下がりした男性クルー達と美九が、肩を落としながら頷く。

 

「この心の虚しさを埋める為にも、今すぐに七罪さんを抱き締めて・・・・!」

 

「ひっ!」

 

美九が七罪に飛び掛かり、七罪に到達する前に十香と折紙、八舞姉妹の武闘派達が速攻で美九を制圧すると、元の座席に荒縄でキツく縛り上げた。

琴里は、ギャーギャー喚く美九の口に猿轡をする折紙の姿を見てから、ヤレヤレだぜと思い、未だ令音の前でアワアワと無様に焦る士道に助言する為、マイクを引き寄せた。

 

 

 

 

 

 

ー士道sideー

 

「え、ええと・・・・」

 

士道が顔を真っ赤にしながらシドロモドロになっていると、ソコで通信機から琴里の声が響いた。

 

《ーーーー怯んじゃ駄目よ、士道。そんな事で令音をデレさせると思ってるの?》

 

「・・・・っ!」

 

言われて、士道はハッと肩を揺らした。

確かにその通りである。士道の双肩には、精霊達の未来が掛かっているのだ。こんな所で恥ずかしがっている訳にはいかない。

 

「ーーーーそうですね。2人ですしね」

 

士道は覚悟を決めると、手にしていたタオルをバサッと翻し、身体の前に垂らした状態で、一気に水着を脱ぎ去った。

何やら通信機からガタッという音と、

 

《琴里、やはりCGでは不十分なのでは? 映像の開示を要求する》

 

と、折紙の声らしきものが聞こえた気がしたが、取り敢えず無視しておく事にした。

 

「じゃあ、入りましょうか」

 

「・・・・ああ」

 

士道と令音は頷き合うと、そのまま部屋の外に出て、ガラス戸に遮られていた冬の寒気が、全身を包み込む。

風呂桶で簡単なかけ湯をしてから湯船に浸かると、温かい湯が冷めた身体にジワリと染み渡ってきた。

 

「あー・・・・」

 

「・・・・ふむ、良い湯だね。それに景色もいい」

 

「そうですね。雪も残ってて・・・・ッ!? ゲフンゲフン!!」

 

士道は令音の言葉に同意しながらあたりの景色を眺めようとし、景色よりも先に、令音の大きな乳房が湯船にプカプカと浮いているのを目撃してしまい咳き込んだ。

士道の視線と反応でソレに気づいたのだろう。令音がゆっくりと視線を下にやり、また上に戻す。

 

「・・・・ああ、すまないね。どうも浮いてしまうんだ」

 

「いえ・・・・結構なお点前で」

 

自分でも何を言っているのか分からなかったし何をしているのかも分からなかったが、士道はとてもありがたい物を目にした気がして、取り敢えず手を合わせて拝んでおいた。

 

《ーーーーうおっほん!》

 

が、すぐに琴里から、「しっかりしなさいよこのムッツリスケベのチョロ童貞坊や!」と言わんばかりのわざとらしい咳払いが聞こえてきて、居住まいを正す事になった。

ともあれ、露天風呂に2人きり。聞こえてくるのは、浴槽に注がれ続ける湯の音と木々のざわめき位のもので、静寂と言っても差し支えない。2人の間を隔てるのは透明な湯のみ。2人の距離を縮めるのにこれ程のロケーションはそうあるまい。まあ、そもそもある程度親密でなければ、2人で温泉などに浸かるまいが。

士道は激しい動悸を抑えながら、努めて何気ない素振りで話を始めた。

 

「ーーーーそう言えば令音さんって、いつ頃から〈ラタトスク〉にいるんですか?」

 

「・・・・ああ、そうだね。今から5、6年程前になるかな。琴里が司令官に着任したのと大体同じ位だよ」

 

「そっか・・・・何か、ありがとうございます」

 

「・・・・何がだい?」

 

士道が言うと、令音が不思議そうに首を傾げてきた。

 

「いや、琴里をずっと支えてくれていた訳ですし。あの頃ーーーー琴里、大変だったと思うんで」

 

ソレは、偽らざる士道の本心であった。琴里が〈ラタトスク〉に見出されたのは、琴里が精霊化してしまった直後である。そんな時、頼れる存在ができたと言うのは大きかったろう。

・・・・まあ、そもそも琴里を精霊にしてしまったのが他ならぬ澪であり令音であるのだから、そう単純な話でもないが。

 

「・・・・大した事はしていないさ。私等いなくても、きっと彼女は良い司令官になっただろう」

 

「まあ、琴里が優秀って点については否定しませんけど」

 

士道が冗談めかすように笑いながら言うと、通信機の向こうから小さく噎せるような音が聞こえた。

 

「その前は一体何を?」

 

「・・・・その前、かい。妙な事を聞きたがるんだね」

 

士道の質問に、令音がチャプ、と言う小さな水音を伴って、ボウッとした視線を向けてるが、士道はその質問から逃れる事なく、答えた。

 

「ーーーーはい。もっと知りたいんです。令音さんの事。俺、よく考えたら令音さんの事、全然知らないから」

 

「・・・・・・・・」

 

令音は、士道の言葉に数秒間無言になった後、ホウと息を吐いてきた。

 

「・・・・別に、面白い事は何もないよ?」

 

「良いんです。それでも」

 

士道が力強く頷きながら答えると、令音は目を伏せながら続ける。

曰くーーーー自分は普通の学生で、ある日書いた空間震に関する論文が上層部の目に留まってスカウトを受けたと言う。

無論、それが嘘では無いというのも士道は分かっている。令音は頭の良い精霊だ。〈ラタトスク〉に入る為、詳細な調査にも耐えうるよう、戸籍と学生生活を送ってきたのだろう。

全ては、無関係な人間として士道と再び会う為に。

そして、その側で、真士の覚醒を待ち続ける為に。

ーーーー『崇宮澪』ではなく、『村雨令音』としての新たな人生を、作り上げたのだ。

 

「・・・・・・・・」

 

その悲痛過ぎる覚悟に、胸が痛み、『真士の記憶』が叫びを上げる。

自分が死んでしまった後の澪の悲愴。そして歩んだ道程。ソレラを思うと、思わず目から涙が零れそうになる。しかし同時に、『士道の心』にあるモヤモヤがまた広がっていく。

士道はソレラを誤魔化すように、パシャンと顔にお湯をかけた。

 

「・・・・シン?」

 

「・・・・、もっと聞きたいです。令音さんの・・・・昔の話。教えてくれませんか?」

 

「・・・・それは構わないが」

 

士道がぎこちない笑みを浮かべながら問うと、令音は不思議そうな顔をしながらも、滔々と語り始めた。

幼い頃両親と死別した事。少ないながらも仲の良い友達と過ごした事(令音は知らないが、男女関係なく憧れの的になっていた)。学生時代は科学部に所属していた事。常に寝不足で青白い顔をしていたものだから、昔の渾名が吸血鬼だった事ーーーー。

多少の冗談や誇張も含まれてはいるが、それは紛れもなく、『崇宮澪』ではない『村雨令音』と言う人間の歴史であった。

 

「・・・・と、まあ、そんな所さ。ーーーー退屈な話だろう?」

 

「いえ・・・・そんな事はないです。そんな事・・・・ありません」

 

士道はフルフルと首を横に振った。

そう。退屈だなんて事は、少しも無かった。寧ろもっと、もっと彼女の人生の話を聞きたかった。

特にーーーー1つ。令音の話には、重要な点が抜けていた。

 

「もう1つだけ・・・・良いですか?」

 

「・・・・ん、なんだい?」

 

令音が先を促すように言ってくる。士道は令音の目を見つけながら続けた。

 

「令音さんはーーーー好きな人とか、いたんですか?」

 

「・・・・・・・・」

 

士道の問いに、令音は暫しの間口を噤んだ。

表情の変化こそ少なかったが、今までと少し様子が異なる事が分かる。

けれどそんな逡巡も、時間にすれば数秒の事だった。すぐに先ほどまでの調子に戻って、言葉を続けてくる。

 

「・・・・生憎色恋沙汰にはとんと縁が無くてね。ただーーーー」

 

令音は一拍置いた後、フッと顔を上げた。

 

「・・・・そうだね、1人だけ、いたよ」

 

「ーーーーっ」

 

令音の言葉に、士道は小さく息を詰まらせた。

『1人だけ』。その言葉が、『令音』として愛した誰かではなくーーーー真士を示しているのだと、容易に理解できてしまった。

自分の死後も澪を縛り続けてしまったのだと言う悔恨と、ずっと自分を想い続けてくれていたのだと言う複雑な歓喜が、士道の頭の中で渦を巻き、心にはモヤモヤがまた広がる。

士道はそんな『真士の記憶』と『心の変異』をどうにか抑え込みながら、震える声を上げた。

 

「それって、一体ーーーー」

 

「・・・・・・・・」

 

と。

ソコで士道の言葉を遮るように、令音が指1本、士道の唇に押し当ててきた。

 

「へ・・・・っ?」 

 

「・・・・先程から私ばかり話しているのはフェアじゃあないな。少し、君の話も聞かせてくれないか?」

 

「え・・・・は、はあ」

 

気勢が削がれた士道は、目を丸くしながら間の抜けた声を上げた。

何だか上手くいなされた気がするが、確かに先程から士道が質問をしてばかりだった。令音の言う事も尤もだ。

 

「って言っても・・・・俺の事なんて、大体〈ラタトスク〉が調べてるでしょう?」

 

乾いた笑みを浮かべながら肩を竦める。最早〈フラクシナス〉のデータベースには、士道も知らない事さえ存在するくらいだ。

が、令音はゆっくりと首を横に振った。

 

「・・・・それはあくまで文字の羅列。外面的な事実のみさ。・・・・私も前から、君の昔の話を聞いてみたかったんだ」

 

「昔の話・・・・ですか?」

 

「・・・・ああ。君はーーーー五河家に引き取られる前の事を覚えているかい?」

 

「・・・・・・・・!」

 

言われて、士道は微かに眉を揺らした。

一瞬、『真士の記憶』を保有しているのを悟られたと思った。

だが様子を見るに、そう言った質問をしているのではなく、純粋な興味と好奇心、後は微かな不安感のような物をその双眸から滲ませ、士道を見つめていた。

 

「・・・・・・・・」

 

だから士道は、『真士の記憶』を一旦無視し、士道として覚えている範囲でそれに答えた。

 

「・・・・正直、あんまりハッキリてした記憶はないですね。覚えているのは、温かい手に抱かれる感覚と・・・・その手が、何処か遠くへ行ってしまうような喪失感・・・・ですかね。きっとそれが・・・・俺の『母親』だったんだと思います」

 

「・・・・・・・・」

 

士道が偽りなく答えると、令音は数瞬の間無言になってから続けてきた。

 

「・・・・君は、自分を捨てた母親を恨んでいるかい?」

 

「え・・・・?」

 

突然の問いに、目を丸くする。

だが、もしかしたらその疑問は、当然の事なのかも知れなかった。

『五河士道』という人間は、『崇宮真士』を元に、聖霊の力を付与され、産み落とされた存在である。つまりこの場合の母親とは、他ならぬ令音に当たるのだ。

無論ーーーー令音自身は、士道がその『事実』に気付いているとは知る由もないが。

士道は17年に及ぶ己のーーーー『五河士道』の人生を思い返しながら、言葉を発した。

 

「恨んでなんて・・・・いませんよ」

 

「・・・・ほう。そうなのかい?」

 

士道の答えに、令音がそう返す。その声音には興味深げな調子と共に、何処か安堵したような色が聞き取れたような気がした。

 

「・・・・はい。確かに今の家に引き取られたばかりの時は、泣いてばかりいた気がします。でもソレは、ソレだけ母親を好きだったから・・・・何じゃないかって思います。それに・・・・覚えてるんです。俺を抱く手が、どんなに優しかったかを」

 

「・・・・・・・・」

 

「ーーーーきっと何か、事情があったんだと思います。捨てたくて捨てた筈、ありません。そんな人を・・・・恨んだりなんか、できませんよ」

 

「・・・・・・・・そうか」

 

令音は、そんな士道の言葉を噛みしめるかのように目を伏せた。

士道は付け加えるように頬を掻く。

 

「・・・・まあ、できる事なら、もう1度抱いてくれたらと・・・・思わなくはないですけどね。・・・・こんな歳になっておかしな話かも知れませんけど」

 

「・・・・ふむ」

 

令音は小さく唸るように言うと、暫しの間思案するように顎に手を当てた後、チョイチョイ、と士道に手招きをしてきた。

 

「・・・・おいで、シン」

 

「・・・・・・・・へ?」

 

突然のお誘いに士道が困惑していると、令音は士道の手をグイと引っ張り、自分の元に引き寄せた。

そしてそのまま、士道の背中に覆い被さるように手を回し、ギュウと抱き締める。

 

「・・・・よし、よし」

 

士道の背に、柔らかな感触が2つ、押し付けられる。士道は顔を真っ赤にしながら喉を絞った。

 

「ちょ・・・・令音さん!?」

 

「・・・・何もおかしくないさ。少し位良いじゃあないか。ーーーー私では代わりになるかも知れないけれどね」

 

「令音さん・・・・」

 

士道は令音の名を呼ぶと、強張っていた身体から力を抜いた。

温かな湯と、優しい抱擁が体を包む。その感触は、まさしく士道の遠い記憶の中にあるものと相違なかったーーーーような、気がした。

 

「・・・・・・・・(やっぱり、そうなんだ)」

 

微睡むような感覚の中、士道は小さく唇を噛んだ。

『未来の世界』で聞いた澪の言葉が、頭の中で差に甦る。

令音と過ごした10ヶ月間の記憶が、脳裏に過っていく。

ーーーー澪は、無慈悲な虐殺者でもなければ、狂った殺戮者でもない。

士道を思いやり、精霊達を慈しみ、自らが技才にしてきた人々を悼む心を持っている。彼女の所作は、言葉は、声音は、全てが優しさと慈愛に充ち満ちていた。

ただーーーー真士と再び出会う。その目的を達する為に、あらゆる犠牲を厭わないと決めてしまっただけなのだ。

 

「(嗚呼、なんてーーーー悲しいんだ・・・・)」

 

彼女の悲愴たる覚悟を、彼女の歩んだ修羅の道を思うと、士道は胸が張り裂けるような錯覚を覚えてしまう。

 

「ーーーーーーーー」

 

けれどーーーーいや、だからこそ。

もしも彼女を止められる可能性があるとしたらーーーー“ソレ”に賭けるしか無い。

士道は、自分を抱き締める令音の手を握りながら、声を発してきた。

 

「ーーーー令音さん」

 

「・・・・ん、なんだい、シン」

 

令音が、耳元で囁くように問うてくる。

士道は意を決して、言葉を続けた。

 

「後で・・・・見せたい物があるんです。付き合ってくれますか?」

 

「・・・・?」

 

令音は不思議そうな顔をしながらもーーーー勿論、と頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ードラゴンsideー

 

そして、ワイズマン達を待ち構えながら士道の現状を遠くの都心で見聞きしているドラゴンは、令音の態度から、彼女が『五河士道』に対して抱いている『気持ち』を理解した。

 

「(・・・・・・・・小僧。そんなので『彼女』を攻略するのは不可能だぞ。そんな『くだらん使命感』とーーーー『無自覚の感情』を抱えているようでは、な)」

 

理解し、そして確信した。

士道は令音を、澪の心を射止める事は不可能であると。

 

 




どう考えても、士道が令音を落とせるとは思えない。だって彼が彼女に抱いているのは、『LOVE』ではないから。
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