デート・ア・ライブ 指輪の魔法使いと精霊の恋愛譚   作:BREAKERZ

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令音(澪)・その場所へーーーー

ーエレンsideー

 

DEMが有する施設(名目上は航空機の格納庫)の一角にて、エレン・メイザースは、DEM製のスーツを身に纏い、DEM製のドリンクボトルを手にしながら、DEM製の数多くの空中艦を見上げていた。

 

「・・・・・・・・」

 

間もなく決戦が始まる。それはつまり、“あの男”も出てくる筈。

〈ラタトスク〉意思決定機関、円卓会議‹ラウンズ›議長エリオット・ウッドマン。かつての同胞でありながらエレン達を裏切った男。あの男への復讐を考え拳を眼前に持ってきてキツく握り締めていると、指に嵌めた[チェンジリング]が視界に入り、ソレを見た瞬間、1人(正確には1人と1体)の顔が浮かび上がり、不思議とエリオットに抱いていたあらゆる感情が薄れていくのを感じた。

 

「・・・・五河士道、〈仮面ライダーウィザード〉、今度こそ決着を・・・・!」

 

そう。自分から『人類最強』の称号を汚した『怨敵』。

今まで何度も命をかけて剣を交えてきた『宿敵』。

ヤツとの戦いで、不思議と五河士道との間に、『奇妙な縁』が生まれたと思う。そして、その『縁』を今回の戦いで完全に断ち切る。

それにエレンは妙な寂しさを感じてしまっていた。

 

「ーーーーエレン」

 

と。ソコで不意に名を呼ばれ、エレンは感傷に耽っていた思考を切り替えた後、振り返った。

 

「アイク」

 

ソコにいたのは、アイザック・ウェスコット。秘奥を受け継ぐ魔術師‹メイガス›の血族にして、DEMインダストリーを1代で築き上げた傑物である。

 

「どうしたのですか、こんな所で」

 

問いながらも、何となく当たりが付いている。

明日の決戦を控え、社長室でふんぞり返っているのが耐えられなくなり、自分が乗り込む艦を見に来たのだろう。彼は昔から良くも悪くも好奇心旺盛である。今や世界に名だたる実業家であるが、そう言う所は子供の頃からまるで変わっていない。

だがーーーーウェスコットが次いで発した言葉は、エレンの予想とも異なるものであって。

 

「ーーーー準備したまえ、エレン。すぐにだ」

 

何処か興奮したような様子で、ウェスコットが言ってくる。エレンは困惑するように眉毛を寄せた。

 

「準備、ですか?」

 

「ああ、そうだ。状況が変わった。いやーーーー奇妙な言い方になるが、どうやら“これから変わる”ようだ」

 

ウェスコットは、はしゃぐ子供のような調子で続けた。

 

「ふ、はは、ははははははは。こん事になると一体誰が思う? 全く、私は本当に幸運だ。初めて私が手にした魔王が〈神蝕篇帙‹ベルゼバブ›〉である事を、ココまで運命的だと思った事は無い」

 

「アイク・・・・? 何を言っているのですか? それに、準備とは?」

 

エレンが問うと、ウェスコットは薄い笑みを浮かべながら答えた。

 

「魔力炉さ。後は集積呪符も欲しいな」

 

「・・・・っ!?」

 

ウェスコットの言葉に、エレンは思わず息を詰まらせた。

しかしそれもむりからぬ事ではあった。何しろウェスコットが言ったものは全て、とある儀式を行うのに使用するものだったからだ。

 

「どういう事ですか、アイク。一体何があったと言うのですか」

 

困惑を声に乗せてエレンが言うと、ウェスコットは笑みを崩さぬまま続けてきた。

 

「“あった”、ではなく、これから“ある”のさ。

ーーーーさあ、エレン。我々も1つ、未来を変えようじゃあないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー令音sideー

 

「やー・・・・俺ああいう本格的なマッサージって初めてだったんですけど、気持ちいいもんですね」

 

「・・・・ああ、そうだね。肩の凝りが軽くなった気がするよ。それに、宿の近くで売っていた酒まんじゅうも中々の味だった。蒸し立てと言うのはああも違うものなんだね」

 

「ですよね! 十香達にも買っていったら喜びそうです」

 

「・・・・ふ、今日の事は精霊達には秘密では無かったのかな?」

 

「あ・・・・そうでした」

 

令音の言葉に、士道がアハハと苦笑し。

 

「あ、令音さん。そこ段差がありますんで気を付けて下さい」

 

「・・・・ん、すまないね」

 

士道の言葉に従い、令音は足を気持ち大きく上げると、地面を確かめるように踏みしめながら歩みを再開した。普段ならばしない、やや慎重に過ぎる足取りだが、それも仕方ない。

何故なら令音は今、固く目を瞑ったまま、士道に手を引かれて外の道を歩いていたのだから。

そう。露天風呂の後、館内の様々なリラクゼーションを楽しんだ後、令音は士道に『見せたいもの』とやらの場所へと案内されていたのだ。

 

「・・・・にしてもを見せたいものとは何だい? 随分宿から歩いたようだが」

 

「それは見てのお楽しみです。でも・・・・きっと気に入ると思いますよ」

 

「・・・・ふむ、ならば楽しみにしておこう」

 

小さく頷きながらそう答えて、士道の手を頼りに歩いていく。

その感覚に、令音は奇妙な既視感を覚えていた。

見せたいものがあるから、暫く目を瞑っていて欲しいーーーーそのお願いは、忘れよう筈もない30年前、初めてのデートの際、澪が真士にされたのと同じものだったのだ。

『真士の記憶』が士道の人格に影響を与えているのか。それとも、士道もまた真士である以上、似たような発想をするというのか。士道にそのお願いをされた時、表情には出さなかったが、令音は大層驚いてしまった。

思えばーーーー今日は驚く事が多い日だ。

深夜、士道にデートに誘われた事に端を発する今日の出来事を思い返しながら、令音はふとそんな事を考えた。

突然デートに誘われた事は勿論だが、その行き先が旅館であったのも予想外だったし、士道が令音の過去の話を聞きたがっていた事にも驚いた。

何か士道に心境の変化でもあったのか、それとも、最終決戦を前にして、常日頃から抱いていた欲求や疑問を解消したいと思い立ったのか。

もし前者だとしたら、士道の中にある『真士の記憶』が遠因となっている可能性がある。

既に士道は、その身の中には二亜と狂三のを除く霊結晶‹セフィラ›を宿している。実際、以前士道が霊力を暴走させてしまった際、数瞬とは言え『真士の記憶』が表層に現れたのだ。

もしそうであったなら理由は単純なものだ。澪が真士を忘れる事が無いように、真士が澪に惹かれない筈はない。この結果は当然のものと言えた。

だが、もしそうで無かった場合。

つまりは後者ーーーー士道が以前から村雨令音に何らかの興味を抱いていたとしたら、令音としては複雑な想いを抱いてしまう。

ーーーー五河士道は、崇宮真士に至る為の仮の人格。

ーーーー村雨令音は、崇宮澪の仮の姿であるのだから。

いわばこれは、贋物と贋物の逢瀬。

如何にこの時間が楽しくとも、その先にあるのが幸福な結末ではない事だけは明らかである。

何故なら、彼が全ての力を手に入れたなら、『士道の人格』は他ならぬ令音によってーーーー消去されるのだから。

 

「令音さん」

 

「ーーーーっ」

 

と、令音が暫し無言で思考を巡らせていると、それを遮るように、前方から士道の声が響いてきた。一瞬、コチラの思考を察せられたのかと思ったがーーーー違う。士道は、次の言葉を続けてきた。

 

「着きました。もう目を開けてもいいですよ」

 

「・・・・んーーーー」

 

どうやら目的地に到達したらしい。令音はゆっくりと目を開けた。

そしてーーーー。

 

「ーーーーーーーー」

 

一瞬、言葉を失った。

目の前に広がる、壮大な光景に目を奪われて。

 

ーーーー海。

 

そう。令音と士道は今、海岸線を一望できる場所に立っていたのだ。

旅館の周囲の景色から、勝手に山間だと思っていたのだが、どうやら裏手は海岸につながってたらしい。

だがーーーー令音が驚いたのはソレだけではない。

 

「・・・・っ」

 

その真実を認識した瞬間、かすかに鳥肌が立つ。

間違いない。間違いようがない。

今2人がいるのはただの海ではなくーーーー30年前、“真士が澪を連れてきた海岸”だったのだ。

 

ーーーードクン、ドクン、と、心臓が激しいリズムを刻み、身体が微かに振動するかのような錯覚を覚える、強烈な鼓動。血液が高速で身体中に送り出され、僅かに体温が上がった気さえする。

とは言え、ソレも仕方ない事である。

何しろ士道は今ーーーー令音を、澪の思い出の海に連れて来ていたのだから。

 

 

 

 

 

 

ー士道sideー

 

この場所は間違いなく、『諸刃の剣』であった。この海の景色を見せると言う事は、士道が『真士の記憶』を持っている可能性を匂わせる事になるのだから。

否、ソレだけならまだ良い。もしも士道が、『未来の世界』から舞い戻って来た事に気付かれてしまったなら、その時点で全てが破綻してしまう。実際ここは、〈フラクシナス〉で精霊の皆とデートコースの考案をした際、尤も紛糾した箇所である。

けれどそれでも士道はーーーードラゴンまでもが、この場所を選んだ。

このデートは、令音の霊力を封印する為のデート。

言ってしまえば、士道が、“令音の中で真士を超えられるかの勝負”なのだ。

無論、そんな場に、真士との思い出の場所を持って来るだなんて、1種の自殺行為であるかも知れない。実際会議ではそういった意見も出た。

だが、士道の考えは違う。

令音の中で1番の思い出を無視したままでは、きっと士道は、真士を超える事ができない。

否ーーーー『超える』、と言うのも少し違う。

きっと士道が何をしようと、彼女の心から、30年前の潮騒が消える事は無い。

だから士道は、“真士の存在ごと”、令音をデレさせなければならない。

しかし、ドラゴンの態度が少し気になっていた。士道の思惑に賛同したと言う様子ではなく、『“無駄な『賭け』だろうが精々頑張れ”』、と言わんばかりの態度に思えた。

 

「・・・・・・・・」

 

確かにこコレは『賭け』だった。1歩間違えば全てが崩壊する危険極まる『賭け』。

だが、『皆が生き残る為』には、コレしか無いという確信があった。

澪は真士を愛している。それは疑いようが無い。その感情は正に世界を焦がす恋。最早余人が窺い知る事さえも出来ない。烈火の如き愛慕。

けれど、令音が士道や精霊達と過ごした時間もまたーーーー嘘や偽りでは無かった筈なのだ。

 

「・・・・・・・・」

 

海を見つめていた令音が、ゆっくりと士道に視線を向けてくる。士道は緊張に心筋がキツく引き絞られるのを感じた。

 

「・・・・シン、ここが?」

 

だが、令音から発された言葉は、穏やかなものであった。

彼女が心の中で今の状況にどう折り合いを付けたのかは想像出来ないが、取り敢えずこの景色を受け入れてくれたようだ。士道はひそかに安堵しながらも、それを表情に出さないようにしながら返した。

 

「はい。令音さんに見せたかった場所です。ーーーー綺麗でしょう?」

 

「・・・・ああ。綺麗だね。・・・・とても」

 

令音が海岸を眺めながら、感慨深げにそう言う。

士道はコクリと頷く、再び令音に向かって手を差し出した。

 

「少し、歩きませんか?」

 

「・・・・ああ、喜んで」

 

令音は、微かに笑みを浮かべると、そう言って士道の手を取った。

 

 

 

 

 

ー令音(澪)sideー

 

「・・・・ん、本当にーーーー綺麗な場所だね。陳腐な表現だが、心が洗われるようだよ」

 

「あはは、大袈裟ですって。でも、気に入ってくれたなら何よりです」

 

「・・・・しかし、一体何故ここを?」

 

「令音さんはこういう場所、好きかなって。なんとなくなんですけど」

 

「・・・・そうか。ならば君の勘は非常に冴えているよ」

 

そんな会話を交わしながら、ゆったりとした足取りで海岸を歩く。

真士と見た、海。

それは驚きに溢れた今日と言う日の中でも1番の驚嘆であった。

 

「(ーーーー偶然か? 必然か? やはりシンの記憶が? 否、彼もシンである以上不思議ではないという訳か・・・・)」

 

様々な憶測が、令音の中で駆け巡る。

だが、今発すべきはそんな言葉でない事は、すぐに理解できた。

令音はまた暫しの間、砂浜の足跡を残しながら、士道と色々な会話を交わす。

その時間はーーーー令音にはそれが、心地よくて仕方がなかった。

極論を言ってしまえば、話の内容は何でも良かった。

思い出の海を彼と2人で歩きながら、言葉を交わす。

ただそれだけでーーーー良かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーやがて時間が過ぎ、傾きかけていた陽が、赤く海を照らし始めた頃。

令音と士道は、堤防の上に並んで腰かけながら、さざ波の音を聞いていた。

 

「・・・・シン」

 

「はい」

 

「・・・・ん、いや、何だったかな」

 

「はは・・・・何ですかソレ」

 

士道が笑う。令音もまた、フッと唇を緩めた。

心地よい波の音。ヒンヤリとした空気。しかしそんな中、肩と腕に感じる士道の体温。そしてーーーー確かな、心臓の鼓動。

ソレラを感じる内、令音は不思議な感覚を覚えた。

何と表現すればいいのだろうか。思考がボウっとして、手足を動かすのも段々億劫になっていく。しかし決して嫌なものではない。まるで温かな手に抱かれるように心地良く、少しずつ意識が溶けていくかのような感覚。

 

「・・・・ん・・・・」

 

それが30年振りの微睡みである事に気付いた時にはもう、令音の意識は闇の中に沈んでいた。

 

 

 

 

 

ー士道sideー

 

「・・・・令音さん?」

 

不思議そうに声を発した。令音が、不意に肩にもたれかかってきたのだ。

見やると、令音が両目を閉じて、スウスウと寝息を立てている事が分かった。どうやら眠ってしまったようだ。

まあ、朝から遠出し、色々と付き合わせてしまったのだ。疲れもするのも無理はない。

 

《珍しいわね、令音が人前で眠るなんて》

 

「そうなのか?」

 

と、琴里が通信機越しに意外そうな声を響かせてくる。士道は念の為小さな声でそう返した。

だが言われてみれば、確かに令音が眠っている所を見るのは初めてかも知れない。もしかしたら中々レアな光景を目の当たりにしているのかも知れなかった。

 

《惜しいわね。封印可能領域に達していたなら、絶好の傷のチャンスなんだけど》

 

「オイオイ・・・・仮にそうだとしても、眠っている相手にキスするなんて、合意がないとダメなんじゃないか?」

 

《あら、眠り姫なんて素敵じゃない。女の子は憧れなくもないけどね。ーーーー勿論、相手によるけど》

 

「二亜の時もそう言う強引なやり方で、状況をややこしくさせたんじゃなかったか? ドラゴンが聞いたら、『小僧と同レベルで成長してないな』、って言われるぞ?」

 

《『プフッ・・・・!』》

 

通信機越しで、精霊達の大半やクルー達が吹き出しているのが聞こえた。今頃琴里がギロリとした目で全員を睨んでいるだろうなぁ、とした様子が目に浮かぶ様だ。

と、そんなやり取りをしていると、士道の肩に微かな揺れが生じた。どうやら令音が目を覚まし、軽く顔を上げたらしい。

 

「おはようございます、令音さん」

 

「・・・・、・・・・」

 

士道が挨拶すると、令音は寝惚けているのか呆けているのか、不思議そうに目を数度瞬かせた。

そして数秒の後、漸く状況を理解したように小さく目を見開く。

 

「・・・・まさか、今私はーーーー」

 

「はい。眠ってました。・・・・って言っても、少しだけだですけどね。多分5分も経ってませんよ」

 

「・・・・・・・・」

 

士道が言うと、令音は暫しの沈黙の後、自分の頬や額な触れ始めた。ーーーーまるで、汗や涙の跡でも確かめるかのように。

 

「令音さん・・・・?」

 

「・・・・・・・・ふ」

 

その行動を不思議に思い士道が首を傾げていると、令音は小さく息を漏らした。そしてその吐息は連続し、徐々に大きくなっていく。

 

「・・・・ふふ、ふふ、あはははははは・・・・」

 

それはーーーー笑い声だった。

それ自体は別段珍しい物でもない。可笑しさ、楽しさ、嬉しさーーーー後は照れ臭さなどが発露した、至極一般的な感情の表現。

けれど、士道はその声を聞いて、その表情を見て、暫しの間ポカンとしてしまった。

理由は単純。令音がこんな風に笑う処など、1年近くの付き合いだが、士道は今まで1度も見た事が無かったのだ。

それは士道と同じ精霊達や、士道達よりも付き合いの長い琴里達も同様だったらしい。通信機の向こうから、微かではあるが息を詰まらせる音や、感嘆のような声が聞こえてきた。

 

「・・・・そうか、私がね。はは・・・・成る程、コレは参った・・・・」

 

令音はそんな士道の様子に気付かぬようにーーーー否、気付いても笑いを止める事ができないといった様子でーーーー一頻り笑い続けると、やがて士道の肩に手を置いてきた。

 

「・・・・礼を言うよ。久しぶりに心地よい眠りにつけた。余程、君の肩の寝心地が良かったようだ」

 

そして、優しげな笑みを浮かべながらそう言ってくる。

士道は小さく息を詰まらせた。元よりゾッとする程美しかった令音の貌に、柔らかな印象が加わり、思わずドキリとしてしまうくらい魅力的に変貌していたのである。

すると、次の瞬間ーーーー。

 

《・・・・! 士道!》

 

興奮と微かな焦燥を孕んだ琴里の声とブザーが、鼓膜を震わせた。

 

《令音の好感度及ぶ精神状態に変調あり! 今よ・・・・!》

 

「・・・・!」

 

琴里の言葉に、士道話ピクリと眉を揺らした。

まさかこんなタイミングでチャンスが訪れようとは。人に寝姿を晒すというのは、令音にとって余程大きな意味がある事らしかった。

だが、だからと言って焦りは禁物である。封印可能域に達していたからと言って、ただ強引に迫ったのでは、せっかく上がった好感度が下がってしまうやも知れなかった。

ならば、一体どうやってーーーー。

 

「・・・・・・・・」

 

ソコまで考えて、士道はフッと息を零した。

そうだ。ここまではいわば下準備。士道はまだ、令音に対し明確な意志を伝えていなかった。

 

「ーーーー令音さん」

 

士道が静かに名を呼ぶと、落ち着きを取り戻した令音が、雰囲気の変化を察するように視線を向けてきた。

 

「・・・・ん。何だい、改まって」

 

「いえ・・・・さっきの、露天風呂での事なんですけど」

 

「・・・・ああ、安心してくれ。皆にはないしょにしておくよ」

 

「そうじゃなくて・・・・いや、内緒にはしておいて欲しいですけど・・・・」

 

士道は頬を掻きながらそう言うと、気を取り直すように続けた。

 

「令音さんのーーーー好きな人の話です」

 

「・・・・・・・・、それがどうかしたかい?」

 

令音が数瞬の間の後、そう答えてくる。

士道は意を決するように令音の目を見つめた。

 

「ーーーー俺じゃあ、駄目なんですか?」

 

「・・・・・・・・」

 

士道の発した言葉に、令音は沈黙で以て返してきた。

しかし、その目に映る色は拒絶や嫌悪ではない。

逡巡と困惑。そして、ほんの少しのーーーー罪悪感。

士道は、ソレラを全て飲み込むかのような勢いで以て、続けた。

 

「何も俺が、『その人』の代わりになれるとか、『その人』を忘れさせられるだなんて思ってません。でも・・・・俺は『五河士道‹俺›』として、その人とは違う形で、令音さんを思うのは、令音さんのーーーー『最後の希望』になるのは・・・・駄目ですか?」

 

「・・・・・・・・」 

 

令音は、肯定も否定もしなかった。

だけれど、士道が肩に手を置いても、拒絶する様な素振りは見せなかった。

 

「令音さんーーーー」

 

「・・・・シン。私はーーーー」

 

令音が、何かを言おうとしてくる。

だが、士道がゆっくりと顔を近づけていくと、やがて口を噤み、瞼を閉じていった。

互いの吐息が交じる。

互いの鼓動が聞こえる。

ーーーー2人の唇が、触れる。

燃えるような夕日に彩られた海で。

士道と令音はーーーー30年前、真士と澪が交じらわせなかったキスを、交わした。

 

 

 

 

 

ー琴里sideー

 

「ーーーーやった!」

 

〈フラクシナス〉の環境で巨大モニタを見つめていた琴里は、思わずガッツポーズを取っていた。

モニタには、夕日をバックにキスを交わす士道と令音のシルエットが映し出されている。その光景は、さながらラブロマンス映画のワンシーンのようですらあった。

琴里と同じく2人のデートを見守っていた精霊達もまた、その光景を見て、思い思いの反応を示す。

マジマジと見入る十香や六喰や夕弦。

視線を逸らす七罪に耶倶矢。

目を覆いながらめ指の間からしっかり見ている四糸乃。

無表情のまま見つめる折紙。

パシャパシャとシャッター音を響かせる二亜に美九。

反応こそ様々ではあるが、この状況は事前にドラゴンが説明していたので、極端に取り乱している精霊はいないようだ。

・・・・いやまあ、二亜と美九等は、ある意味取り乱しているようだが。

ともあれ、キスは成功である。琴里はチラと画面端の数値に目をやった。好感度は封印可能域。条件は全て揃っている。これで令音の霊力を封印する事がーーーー。

 

「・・・・!? 司令!」

 

が、その瞬間。

けたたましいアラームと共に、クルーの声が琴里の鼓膜を震わせた。

 

 

 

 

 

ー士道sideー

 

時間が止まるかのような錯覚。脳が弾けるかのような多幸感。士道の中の『真士の記憶』が、令音の肩を出す腕に自然と力を込める。

長かった。あまりに、長かった。こうして澪を抱き締めるのに、これだけの時間を要してしまった。これで精霊達が助かる。

そんな、燃えるような情動をどうにか抑え込む。自分は『崇宮真士』ではなく、『五河士道』なのだ。ソレを強く認識しなければ、意識を塗り替えられてしまいそうな程、真士の渇望は凄まじかった。

やがて、触れ合った唇を介して、士道の身体に温かいものが流れ込んでーーーー。

 

「ーーーーーーーー」

 

ーーーー“こなかった”。

 

「・・・・っ」

 

息を詰まらせる。

確かに士道は令音にキスをした。経路‹パス›が繋がるような感覚もあった。

けれど、精霊の霊力を封印した時に覚える力の流れが、いつまで経っても生じなかった。

 

「(ーーーー何で・・・・何で!? 手順は間違っていない筈だ!? 好感度ももだ! やっぱり『始原の精霊』の令音から生まれた俺に、令音の力を封印できないの!? それとも何か他の・・・・!?)」

 

「・・・・・・・・」

 

士道が混乱する思考を巡らせていると、令音がゆっくりと、士道の唇から唇を離した。

そして、微かに濡れた唇を指でなぞる様な仕草をしながら、声を発する。

 

 

 

「・・・・成る程。君はーーーー“未来を見てきたのか”」

 

 

 

「ーーーーッ!?」

 

《なーーーー》

 

令音の言葉に、ビクッも肩を震わせる。士道の頭蓋に、琴里の驚愕が響き渡った。

だが令音は、そんな士道に対して至極落ち着いた様子を崩さぬまま続けてきた。

 

「・・・・何を驚いているんだい? 経路‹パス›を通って記憶の共有が成されるのは初めてでもないだろうに」

 

令音はそう言うと、士道を突き放すでも呪いを吐くでもなく、寧ろ慈しむように頭を撫でてきた。

 

「・・・・今日1日の不思議な出来事の謎が解けたよ。・・・・ああ、いや、もしかしたら薄々勘付いていたのかも知れないな。けれど、きっと理解したくなかっとんだ。君がデートに誘ってくれた事が、とても嬉しかったから」

 

令音は、優しい口調でそう言うと、耳元で囁くように続ける。

 

「・・・・本当に楽しかったよ。ほんのひと時、辛い過去を忘れてしまう程に。ーーーーけれど、夢はいつか覚めるものだ。

そうだろうーーーー“士道”?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー澪(過去)sideー

 

ーーーー泣いて、泣いて、どれだけ泣いたか分からない。

噎び、嗚咽し、それでも涙は尽きようとしない。

彼の存在が自分のすべてだった。自分は彼という存在によって生かされていた。自分は彼と会う為に生まれてきたのだと、彼が自分の『希望』であると、何の冗談もなく思っていた。ーーーー彼と過ごす内、いつしかそう思うようになっていた。 ーーーーそんな彼が目の前で死んでしまったというのに、自分はまだこうして生きている。それが、彼女には同仕様もなく耐え難かった。

後を追おうとした事もある。彼と添い遂げられるなら、それでもいいとさえ思った。けれど、強靭に過ぎる精霊の身体は、そんな小さな望みさえも許そうとはしない。幾ら血を噴き出そうが、致死性の毒を取り込もうが、この身を焔で焼こうが、彼女の身体は彼女の意志とは無関係に生存を選び続ける。

この絶望を胸に抱えたまま、一体どれだけ続くかも分からない長い長い時を過ごさねばならない。それは彼女にとって、地獄と呼ぶにも生温い余生であった。

けれどーーーー。

 

「・・・・もう、大丈夫。だって、“君がいるから”」

 

少女は、自らの腹部を優しく撫でた。 まだ微かな膨らみにもなっていないが、ソコには確かにーーーー1つの命が息づいていた。

1度死した人間の再組成。恐らく相応の時間は掛かるだろうが、彼女には無限の時間があった。

絶望の中に生じたほんの小さな光明。しかし、今の彼女にはそれで十分だった。

 

「・・・・ふふ」

 

少女は頬を伝う涙を拭う事無く微笑むと、もう1度優しく腹を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーードクン・・・・ドクン・・・・ドクン・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、彼女が気づかずに取り込んだ、“もう1つの命”も、息づいていた。

 




やはり変えられない、この想いは。
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