デート・ア・ライブ 指輪の魔法使いと精霊の恋愛譚 作:BREAKERZ
ー士道sideー
「ーーーーほう? 我が姉妹達がこのような時間に集まって何をしているのかと思えば、『私の世界』を砕く相談か」
『・・・・ッ!?』
不意に何処からかそんな声がして、士道達は身を強ばわせた。
「こ、この声は・・・・」
「ーーーー十香・・・・!?」
士道がその名を呼ぶと、円卓の中央の空間がグニャリと歪み、ソコから、皆と同じ寝間着を着ているが、その双眸にさ普段のような無邪気さは見受けられず、ただただ冷酷な輝きが灯るのみだった。見えない椅子にでも腰掛けているかのように空中に浮遊しながら、超然とした様子で士道を見下ろしてくる。
「どうやって辿り着いたかは知らぬが、大人しく夢に浸っていれば良いものを」
「な、何を・・・・」
十香らしからぬ雰囲気と物言いに、士道波言葉を詰まらせーーーーしかしソコで気づいた。
そう。確かに目の前の十香は、十香の顔をしながら、十香とは思えない言動をしている。けれど士道は、そんなおかしな状態の十香に、心当たりがあった。
「まさか・・・・反転ーーーー?」
「なーーーー」
士道の言葉に、琴里が目を見開く。
そう。霊結晶‹セフィラ›の反転。精霊の心が絶望に染まった時に起きる現象。精霊の発する霊力の属性が変化し、自我を消失ーーーーもしくはこの十香のように、別人格が現れてしまう。
そして十香はかつて何度もこの反転現象を起こしていた。勿論十香にその自覚は無い。その時十香の身体を支配していたのが、この冷酷にして暴虐たるもう1人の十香だ。
「反転ーーーーつまり、世界の書き換えを行い、魔獣‹ファントム›達をこの世界から追い出したのは、普段の十香ではなくあなたと言う事?」
折紙が表情に警戒の色を滲ませながら問うと、反転十香は肯定を示すように微かに目を細めた。
「・・・・っ」
士道は突然の事態に緊張と戦慄を覚えると同時に、不思議な納得と安堵を感じていた。やはり士道達の良く知る十香は、霊結晶‹セフィラ›の横奪や世界の書き換え等を行っていなかったのだーーーー。
だが、事態が解決した訳ではないので、改めて気を引き締める。世界の書き換えを行なったのが十香の意思でないにしろ、未だに反転した十香の狙いは分からないままなのだから。
「・・・・ご本人に登場願えたのなら話は早いわ。ーーーーあなたの目的は、何? 一体何故こんな事をしたの?」
琴里も士道と同じ事を考えたのだろう。頬に1筋汗を垂らしながらも、強気な調子を崩さず、その問いを発する。周りを見ると、他の精霊達やクルー達も緊張と戦慄に身構えていた。特に、反転十香を嫌っている六喰は、あからさまに敵意の視線を向けていた。
確かにソレは最終手段であったが、士道達の企みが知られてしまった以上話は別だ。こうなっては最早、慎重論は意味を成さない。一か八か、直接問うてみるしかないと考えたのだろう。
すると反転十香は暫しの間琴里の目を見返した後、フンと鼻を鳴らしてみた。
「何、世界を手中に収めるのも悪くないと思ってな」
「何ですって・・・・?」
「十香の目を通して、我が母たる女の死を見ていた。あの女は気に食わぬが、その力を別だ。どうせ消えゆくものならば、私が手に入れても問題はあるまい」
「・・・・・・・・」
反転十香の言葉に、士道はその真意を推し量るように彼女の顔をジッと見つめた。
「(本当にそんな理由なのか? ソレとも何か別に目的があって、コチラを煙に巻こうとしているのか? もし後者だったら、こっちに知られたくない目的とは一体・・・・?)」
と、ソコで士道は、二つの疑問の内の1つを反転十香に問う。
「・・・・何で、ドラゴン達魔獣‹ファントム›をこの世界から追い出したんだ? ドラゴン達は何処にいるんだ?」
士道の問いに、反転十香はゴミでも見るような目で士道を見下し、フンッと鼻で笑いながら答える。
「ーーーー知れた事。精霊の天敵である魔獣達は色々と目障りだからな。特に『彼』ーーーー貴様の『主である魔竜』は野放しにしておくと後々厄介だ。それに、『彼』がいなければ貴様はこの世界に何の疑問を抱かず、暢気な間抜け面を晒して無意味に生きるだけの凡弱で愚鈍な魔法使いーーーーとどのつまり、取るに足らない存在だからな」
「ーーーーぬぐぅっ!!」
完全に見下されているこの感覚。まさかドラゴンではなく、反転とは言え十香の貌と声でこんな台詞を聞くなんて、士道は折れて挫けそうになる心を踏ん張って持ち直し、『もう1つの疑問』を考える。
ーーーーそう。士道が今朝会った十香は、間違いなくいつもの十香であった。反転十香の目的が本当に世界を支配する事だとしたなら、態々十香に身体の支配権を返していた理由は一体・・・・。
「ーーーーふん」
と、士道がそんな事を考えていると、反転十香は鬱陶し気に息を吐いた。
「まあいい。既にここは我が世界。蟻の如き貴様らが何を企てた所で、何も変わりはしない」
そしてそう言って、スッと右手を掲げる。
『・・・・っ!』
その動作に、精霊達の間に緊張が満ちるのが分かった。士道もまた、ゴクリと息を呑む。
【ーーーーソレを知られた瞬間、皆の記憶がその事実を知る前にリセットされてしまう・・・・なんて可能性もある訳だし】
先程琴里が発した、そんな言葉が脳裏を掠める。今やこの世界は反転十香の手中。彼女にとってはソレくらい造作も無いだろう。
そんな皆の戦慄を察してか、反転十香はもう1度フンと鼻を鳴らすと、指をパチンと鳴らしてみせた。
瞬間、宙に浮いた反転十香の姿が歪み、空気に溶け消えていく。数瞬の後、ブリーフィングルームは、彼女が現れる前の姿に戻っていた。
「ーーーー皆!」
呆気に取られる皆の中、最初に声を発したのは琴里だった。
「記憶は確か!? 身体に異常はない!? 何か気になる事があったら、どんな小さな事でも言ってちょうだい!」
焦った様子で皆を見渡しながら、矢継ぎ早に捲し立てる。
だがソレも無理ない。つい今し方まで士道達の目の前にいたのは、何の比喩でもなく、この世界を支配する少女だ。しかも彼女から見れば、士道達は世界を乱そうとする異分子に違いない。そんな彼女が何もせずに去ったとは思えなかったのである。
しかし、精霊達は顔を見合わせると、フルフルと首を横に振った。
「い、いえ・・・・大丈夫だと思います」
「むん、何もされておらぬのじゃ」
「・・・・異常はない」
が、そんな中、二亜が何かに気づいたようにハッと目を見開く。
「あー! た、大変だ妹ちゃん!」
「! どうしたの、何かされてた!?」
「あたしの胸がこんなペッタンコに! さっきまではゆづるんくらいのFカップはあったのに!」
「・・・・・・・・」
琴里は無言で半眼を作ると、輪島のおっちゃんが何処からかハリセンを取り出し手渡すと、琴里は二亜の頭をハリセンで思いっきり叩き、スパーンっ! と、小気味良い音がブリーフィングルームに響いた。
「あたー! 何さ妹ちゃーん、場を和ませようとした二亜ちゃんの小粋なジョークじゃんかよー」
「時と場合を考えなさいっての・・・・!」
琴里は憤然と肩を怒らせると、もう1度皆を見回してから漸く安堵の息を吐いた。
「どうやら、何も無かったみたいね・・・・」
「ああ・・・・そうみたいだな」
「・・・・何のつもりかしら。私達は彼女にとって邪魔者の筈。ソレを放置して去るだなんて・・・・」
「ーーーー考えられる可能性は、大きく分けて3つ」
琴里が手を当てながら唸ると、士道関連のセクハラが絡まなければ、とても聡明で合理的な頭脳を持つ折紙がソレに答えるように声を発した。
「1つ。尤も警戒していたウィザードラゴンやビーストキマイラがいない私達の事など、本当に歯牙にもかけていない。屈辱かも知れないけれど、彼らがいない私達にとってはコレが1番ありがたいパターン」
「・・・・まあ、そうね。後は?」
「2つ。既に特定の記憶が皆の頭から消されているが、彼女の力によって『何も無かった』と認識させられている」
「な・・・・」
「戦慄。しかし、あり得ない話ではありません」
精霊達が汗を滲ませる。反転十香の力を以てすれば不可能では無いからだ。
「ただし、コチラに〈囁告篇帙‹ラジエル›〉がある以上、何らかの改変があった場合も確認は可能な筈。彼女がソレを見落とすとも思えない。もし記憶を改変するならば、今私達が抱いている『疑問』ごと消し去れば良い話。よって、私達がこんな会話をしている時点で、この可能性は0では無いものの、非情に低い」
「成る程・・・・」
「そして、3つ。ーーーー私達を見逃す事に意味がある場合。つまり、“コレから起こすであろう私達の行動こそが、彼女の『目的』に関係している”」
「ーーーーーーーー」
折紙の言葉に、士道はドクンと心臓が跳ねるのを感じた。
反転十香が、自分達に何かをさせようとしている。ーーーーソレならば確かに筋が通る。
突然の反転十香の登場にも、そして邪魔者である筈の士道達を放置した事にも。
精霊達も同じ事を思ったのだろう。全員が難しげな顔をして押し黙った。
とは言え、ソレが何かは皆目見当が付かなかった。何しろ相手は世界の王。指先1つで望みを叶える、まさに〈神‹デウス›〉の力を手に入れた最強の精霊である。何か望みがあるのなら、自分の力で叶えてしまえば良い話だ。仮に精霊達の力が必要だとしても、力ずくで操るなりして協力してしまえば済むだろう。
「・・・・いずれにせよ」
混迷と困惑が渦を巻く中、皆を導くように声を上げたのは、やはり琴里だった。
「彼女の『目的』は杳として知れないけれど、1つ確かなのは、相手の正体が明らかになった事よ。ーーーーなら、私達のやるべき事は1つでしょう。ねえ、士道?」
士道に視線を寄越す。その言葉で、視線で、士道は全て理解した。
士道が今まで幾度となく繰り返してきた『ソレ』を。
「相手が如何に強大であれ、ソレが精霊であるならばーーーーきっと力を封印する事ができる筈よ」
そう。ソレが、士道の力。澪が完全なる『崇宮真士』を創る為に与えた、霊力封印の力。
「そして、十香の身体に取り込まれた澪の力を封印さえすれば・・・・」
「世界は元に戻って、十香の自壊も防げる・・・・って事か」
「ええ。ーーーー『多分』、と言う、あまりに頼りない言葉が『おまけ』については来るけどね」
琴里が小さく息を吐きながら肩をすくめた。こんな想定外のケースに確証を持てという方が無茶な話だ。
とは言え、他に方法がない。緊張に喉を湿らせる士道は、グッと拳を握る。
「十香の力を封印する為にーーーーデートして、デレさせる」
「その通りよ」
琴里はコクリと頷くと、ポケットから取り出したチュッパチャプスを口に放り込んだ。
「さぁーーーー私達の戦争‹デート›を、始めましょう」
◇
そして翌朝。
士道は精霊マンションの十香の部屋の前に立っていた。
首元には最新型の通信機、そしてその先には、正直頼りないが〈ラタトスク〉の精鋭達が控えている。士道達はあの後作戦会議を続け、早速反転十香の攻略を開始する事を決めたのである。
無論相手は未知の力を持つ精霊。本来ならばもっとしっかりと準備期間を取り、対策を立てて挑みたい所だった。
・・・・余談だが二亜が「いやさ、今までの攻略で対策とか作戦とか立てて、成功した試しがあったっけ?」と言った瞬間、士道と琴里とクルー達は全員閉口し、明後日の方向に顔を逸らし、精霊達まで『あ、これ駄目かも・・・・』と思ったのは割愛する。
さらに余談だが、二亜はその後マリアから、『いくら覆しようのない事実とは言え、余計な事を言わないで下さい』と、フォローになっているのか、いないのか分からない事を言いながら、二亜に電気ショックのお仕置きをした。
ーーーー話を戻し、いつ十香と澪の霊結晶‹セフィラ›が限界を迎えるか分からない以上、悠長な事を言ってられないしーーーー何より、こういうのは勢いが大事なのである。それが、琴里と士道の共通した見解だった。
ドラゴンがいたら、『結局行き当たりばったりの出たとこ勝負だな』と言っていただろうと言う事を思考の端っこに追いやって。
《ーーーーじゃあ、早速行きましょうか士道。相手が相手だからって、あまり気負い過ぎない事。確かに彼女の力は強大だけれど、ソレは今に始まった話じゃないでしょう? いつも通りのデートができればきっと大丈夫よ》
「・・・・ああ、分かってる」
通信機越しに聞こえてくる琴里の声に頷き、スウッと深呼吸をしてから、十香の部屋のチャイムを鳴らした。
ーーーーしかし、反応がない。玄関の扉は微動だにせず、足音すら聞こえてこない。
「ん・・・・? まさか、帰ってないのか?」
《そんな筈ないわ。十香の反応は確かに部屋の中にあるもの。考えられるとすれば、まだ寝ているか、敢えて無視しているかーーーー》
《ーーーーこちらの思いも寄らない方法で反応を誤魔化しているか、ですね》
琴里の言葉を補足するようにマリアの声が響く。確かに、今の十香にならそれくらい容易いだろう。
けれど、イヤ、だからこそ『疑問』が生まれる。ソコまでの力を手にした反転十香が、態々自分の所在を誤魔化さねばならない『理由』とは?
少なくとも、士道には思い当たらなかった。こんな時に精霊達と経路‹パス›で通じ合えるドラゴンがいれば、十香は今何をしているのかが分かるのだが。
士道はもう1度チャイムを鳴らしてから、何となくドアノブを握ってみると、玄関の扉が開いた。
「ん・・・・?」
《どうしたの、士道》
「開いてる・・・・」
《何ですって? じゃあやっぱり、寝ている訳じゃないのかしら。でもいつもの十香ならまだしも、反転した十香に施錠の習慣があるかどうかは・・・・》
「兎に角確かめてみよう。寝てるだけなら起きるまで待てば良いけど、そもそも呼び出し音って気づいていない可能性もあるしな」
《確かにそうね。ーーーー行ってみましょう》
琴里の言葉に首肯しながら、士道は十香の部屋へと入っていった。幾度か訪れた部屋なのに、家主が違うからか、士道の思い込みなのか、心なしか雰囲気が異なる気がする。
いずれにせよ、琴里の言う通り気負い過ぎてはならない。士道はコクンと唾液を飲み下してから声を上げた。
「おーい、十香。いないのか? 入るぞ?」
そして、努めて気安いいつもの調子で声を掛ける。
しかし、やはり反応はない。士道は合図を送るように首元の通信機を小突いてから、靴を脱いで部屋に上がっていった。
と、そのまま廊下を半分程渡った所で、始めて部屋の中に変化が現れた。
バスルームから、カチャリと言う音が聞こえてきたのである。
「! 十香、いたのか。悪い、扉が開いてたから心配になってーーーー」
士道は用意していた言い訳の言葉を述べようとしーーーー途中で止めた。
何しろソコに現れたのは、長い髪からポタポタと雫を滴らせた、一糸纏わぬ姿の十香だった。
「ーーーーッ!? とッ、とととと十香・・・・!?」
「貴様か。不躾な上に喧しい人間よ」
ヘタレ童貞僕ちゃんの士道に向けて、吐き捨てるように言うのは、口ぶりからして反転十香が、恥ずかしがる様子もなく腕組みしてみせると、白く大きな乳房に煙った髪が微かに揺れ、士道は慌てて目を逸らした。
《マリア!》
《ご安心を。既に画像フィルターをかけています》
通信機を通して、琴里とマリア、そして残念そうな男性クルー(神無月は除く)の声が聞こえてくる。しかし、今の士道に安堵する余裕など無い。十香の裸体を直視しないようにしながら口を開く。
「やっ、えっ・・・・な、何してるんだよそんな格好で・・・・!?」
「己の部屋で湯呑みをして何が悪い」
「あっはい何も悪くないです・・・・」
全くもってのド正論である。寧ろ家主の許可を得ずに部屋に入った士道の方が明らかに悪い。
士道は頬を真っ赤に染めながら、申し訳なさそうに頭を下げる。
「あっいやでも、少しは恥じらってくれよ・・・・」
「ーーーーはっ。恥じらう? 貴様は裸体を『虫けら』に見られた程度で羞恥心を感じて無様に騒ぎ喚くのか? 『彼』なら兎も角、貴様ごときでは、蝿に見られた程度と変わらんわ」
「・・・・・・・・そうですか・・・・」
冷徹な目で、鼻で笑いながら吐き捨てるように、完全に自分を『男』とーーーー否、『人間』としても見られていない言葉に、士道は泣きそうになる。
コレがウィザードラゴンならばまだ耐えて反論できるが、反転とは言え十香の貌と声で言われるのは、かなり辛い。
しかし反転十香はそんな士道を鬱陶しげに半眼を作りながら首を傾げてくる。
「ーーーーして、何用だ。折角目こぼしをしてやったと言うのに、それだけでは不満か。ならば構わぬ。命、身体、記憶、要らぬ物を選ぶが良い」
「ちょ、ちょっと待った!」
反転十香がユラリと片手を上げるのを見て、士道は泡を食って首を横に振った。
「そうじゃなくて・・・・今日はお前を、デートに誘いに来たんだよ!」
「ーーーーデェト、だと?」
反転十香はピクリと眉の端を揺らすと、何やら思案するように顎に手を置いた。そして数瞬の後、目を逸らしていた士道の胸倉を掴み、その顔をグイと自分の方へと向けさせる。
「わ・・・・っ!?」
「囀るな。消されたいのか?」
「・・・・!」
冷酷な光を湛えた夜色の双眸に睨まれ、士道は小刻みに首を横に振ると、反転十香はフンと鼻を鳴らしてから続けた。
「デェト。デェトと言ったな。ーーーー良かろう。付き合ってやる」
「・・・・!? ほ、本当か!?」
意外な反転十香の返答に、士道は思わず目を丸くした。いや、無論最初からデートを承諾して貰う事が目的だったのだが、こうも素直に受け入れて貰えるとは思っていなかった。
しかし、反転十香は士道の胸倉を掴んだまま視線を微かに下に落とした。
「ああ。ーーーーだが、その無粋は許さぬ」
「えーーーー?」
瞬間。
反転十香の目が見開かせたかと思うと、士道の首元でバヂッと言う音がして、士道は思わず目を瞑った。
「痛ッ・・・・」
次いで、何やら細い煙が立ち上り、焦げ臭い臭いが鼻を刺してきて士道は気付いた。首に貼り付けていた小型通信機が破壊されたのだ。
「な、何を・・・・」
「ソレはこちらの台詞だ。デェトとやらに誘ったのはきさまだろう。ならば『彼』の助言に頼るのも、小賢しい真似もせず、己の手のみで私を持て成して見せよ」
言って、士道の目を睨み付けてくる。
至極尤もな言い分に、士道は反論できず、降伏を示すように黙って頷く他無かった。
すると反転十香は心なしか満足気に息を吐くと、漸く胸倉を掴んでいた手を離し、士道を解放した。
「けほ・・・・っ、けほ・・・・っ」
「この程度で不甲斐ない、本当に貧弱な人間だな。・・・・さて人間。では改めて、もう1度言え」
「え・・・・?」
「貴様が先程吐いた言葉だ。よもやこの僅かな時間で忘れるような畜生以下の脳をしているとは言わぬだろうな」
反転十香が、刺すような眼光で士道を見ながら言ってくる。士道は緊張に息を詰まらせた。
「・・・・・・・・・・・・」
思い当たる台詞と言えば、1つしかない。士道は襟元を直すと、呼吸を整えてから反転十香の目を見据えーーーーその台詞を口にする。
「十香。今から俺と・・・・デートしてくれないか?」
「ーーーーおお、本当か!?」
ーーーーと。
次の瞬間響いた声に、士道は軽い『違和感』を覚えた。
声色が変わった訳では無い。しかしその声は、反転十香のものにしてはあまりに無邪気で、明る過ぎたのだ。
心なしか、全体的な雰囲気も柔らかくなっている気がする。先程まで検を帯びていた双眸は丸く見開かれ、眉は優しげなカーブを描いていた。それ処か、冷たさを覚える程に白かった頬に薄っすらと朱が差し、口元は歓喜と興奮に耐えきれないといった様子で笑みが描かれている。
ついさっきまで冷徹な孤高の孤狼だったのに、今では人懐っこい大型犬である。
それはまるでーーーー。
「と・・・・十香? 十香なのか?」
士道は呆然と声を発した。