デート・ア・ライブ 指輪の魔法使いと精霊の恋愛譚 作:BREAKERZ
ー折紙sideー
「ーーーー、ーーーー、ーーーー、ーーーーーーーー」
数度に分けて息を、細く、長く吐き出し、精神集中の呼吸をする折紙。
今彼女が陣取っているのは、自然公園の西端に位置する小さな林の中。まばらに生えた樹木の中で、積み重なった落ち葉の上に座しながら、心を落ち着けていく。
心は澄んだ水面。呼吸はソレに波紋を描く小さな水滴とイメージする。
波紋1つない水面は美しいが、ソレは死と同じである。生きている以上、人の心は僅かな刺激で揺れ動く。ソレを無理矢理抑え込もうとするのは強さでは無い。寧ろ、乱れも心に耐えられないと言っているも同じだ。ならば完璧な水面を作ろうとするのではなく、波紋の描かれた状態を是とし、受け入れる。戦いの前、折紙はそうして精神を集中させていた。
かつてASTであった時も。
精霊としてDEMと戦う時も。
〈仮面ライダー〉として、数々の死線に立ち向かった時も。
そしてーーーー今この時も。
ーーーーどれくらいそうしていただろうか、やがて公園に、12時を知らせる時計の音が鳴り響く。
「ーーーー〈神威霊装・一番‹エヘイエー›〉」
折紙はその音に目を開けると、ゆっくりと立ち上がり、呟くように言った。
するとソレに合わせて、折紙の身体に光が纏わり付いていきーーーー白々とした輝きを放つ、純白の花嫁衣装の如き霊装を形作っていた。
「・・・・成る程、確かに完全な霊装が顕現している」
完全霊装に鎧われた自分の身を見下ろしながら、折紙がポツリと呟いた。
ーーーー狂三に呼び出された精霊達が自然公園に集まってから1時間。戦いのルールを定め、精霊達はそれぞれ、自然公園の中に散らばっていた。
ルールは簡単にした。
1つ。範囲はこの自然公園。
2つ。時間は無制限。
3つ。各々自由に公園内を移動し、出会ったならその場で戦う。
4つ。霊装及び天使を顕現できない状態になった精霊は脱落としーーーー最後まで残った1人を勝者とする。
そう。こののどかな自然公園は今、10名もの天災が集う危険な戦場と化していたのである。
「・・・・・・・・」
折紙はスッと目を細めると、頭の中で精霊達の戦力を分析した。無論、誰1人として、油断できる相手はいない。
七罪や美九、二亜などは、確かに直接的な火力面では1歩劣るかも知れない。だがコレは、1人ずつ舞台に上がっての戦いではなく、広大なフィールド上で行われるバトルロワイヤルなのだ。
〈贋造魔女‹ハニエル›〉で姿を自在に変えられる七罪は何処から攻めてくるか分からない搦手の達人。
共闘の可能性がある以上、美九の〈破軍歌姫‹ガブリエル›〉も十分に脅威だ。・・・・まぁ、女の子ばかりのこの戦場では、別の意味で脅威ではあるが。
二亜に至っては、〈囁告篇帙‹ラジエル›〉で既に全員の動向を把握していると見て間違いなく、どう上手く立ち回ってくるか油断できない。
そして1番に、このバトルロワイヤルに乗り気である八舞姉妹はタッグを組むのか、ソレともどっちが強いのかハッキリさせようと、個別に戦うつもりなのか。どちらにせよ、〈颶風騎士‹ラファエル›〉のスピードは無視できない。
精霊の中でも防御力は屈指である〈氷結傀儡‹ザドキエル›〉を持つ四糸乃は、争い事を好まない精霊の中で最も心優しく、慈悲深い性格だが、もしも覚悟を決めて本気で勝ちに来るとしたら、戦い方にもよるが優勝争いに絡んでくる。
「・・・・でも」
ーーーーそんな中でも特に危険なのは、残りの3人だ。折紙は警戒を強めるように拳を握った。
先ずは六喰。彼女の持つ天使〈封解主‹ミカエル›〉の力は、数ある天使の中でも特に規格外だ。下手をすれば1撃で勝負が決まってしまいかねない上、空間に『孔』を空けて何処からでも現れると言うのだから始末が悪い。
とは言え、付け入る隙が無いではない。六喰は正々堂々と戦う性格的にあまり卑怯な手段を使いたがらないし、『霊力を限界まで使わねばならないと言う目的』がある以上、【閉‹セグヴァ›】で相手の力を封印して終了、と言う真似はしない筈だ。
しかし、その点で言うと、この戦いにおいて、より厄介なのは狂三だった。
時を操る〈刻々帝‹ザフキエル›〉と、ソレによって生み出された無数の分身体を持ち、更には二亜と同じく〈囁告篇帙‹ラジエル›〉によってコチラの動きをつぶさに知る事ができるときたのだ。しかも狂三の性格と、琴里よりも悪知恵が働く頭脳を使えば、六喰のような隙も期待できない。出来る事なら、折紙と遭遇する前に誰かと潰し合っていて欲しい処だがーーーー。
「・・・・・・・・いや」
ソコまで考えた所で、折紙は首を横に振った。
確かにコレはバトルロワイヤル。そして優勝者に士道への告白の権利が与えられる以上、決して負ける訳にはいかない。だが前提としてコレはーーーー士道を助ける為の戦いでもあるのだ。
戦力を温存するのは好手ではあるが、ソレでは意味が無い。全力を尽くして戦い抜き、その結果でして勝利を掴まねば、仮に優勝したとしても、憂いなく士道に思いの丈をぶつけられるとは思えなかった。
まあ、士道と十香のデートの為と言うのは少し気に障るがーーーー。
「・・・・っ」
瞬間、折紙はピクリと眉の端を揺らした。
理由は単純。折紙の前に、1人の精霊が現れたからだ。
「ーーーーあら、ごきげんよう折紙。こんな所で会うなんて奇遇ね」
等と、気安い口調で言いながら、和装のような霊装を纏った小柄な少女が空から舞い降りてくる。
鬼の如き2本の角。天女を思わせる羽衣。ーーーーそして、前身を覆う真紅の炎。
「ーーーー琴里」
折紙は油断なく腰を落としながらその名を呼んだ。
そう。〈ラタトスク〉司令にして士道の妹、五河琴里が、完全な言葉を以てソコに降臨したのだ。
先程折紙が頭の中でリストアップした、特に危険な3人の精霊。ーーーーその最後の1人。十香がいない今、恐らく純粋な火力で折紙と張り合える唯一の精霊である。
加えて、狂三の言葉が正しければ、唯一の弱点であった『心を蝕む破壊衝動』も、鳴りを潜めている。つまり今の琴里は、精霊になってから初めて、何の制限も軛もなく、思うまま力を振るう事ができる状態にあると言う事だ。
ソレがどれ程恐ろしい事かは、改変前の世界で刃を交えた事のある折紙には痛い程良く分かった。
しかしーーーー。
「ーーーー〈絶滅天使‹メタトロン›〉」
折紙は視線を鋭くすると、静かにその名を唱えた。
するとソレに応えるように虚空から羽状の天使、光の天使〈絶滅天使‹メタトロン›〉が幾つも姿を現し、折紙の頭の上で円を作るように浮遊する。
確かに琴里の力は強大。けれど折紙もまた、幾つもの修羅場をくぐり抜けてきた。もうあの頃の折紙とは違うのだ。トンと地を蹴り、琴里と同じ位置まで身体を浮遊させた。
琴里も、そんな折紙の意志を感じ取ったのか、何処か楽しげにニッと唇の端を上げながら右手を掲げた。
「〈灼瀾殲鬼‹カマエル›〉」
そしてそう言って、炎を帯びた戦斧、全てを灰燼と化す炎の天使〈灼爛殲鬼‹カマエル›〉である。
「・・・・因果な関係よね、私達も。折角仲間になれたって言うのに、またこうして向かい合う事になるなんて」
折紙は内心、「確かに・・・・」と呟いた。
5年前の『天宮大火災』で生まれた、数奇な運命で罪過を背負った2人が対峙する。お互いに、『神』という存在がいて、運命を操作しているのならば、随分と底意地の悪過ぎる運命を作ったものだと、10発か20発くらいは本気でブン殴ってやりたい心境だろう。
そして折紙は今だけ、1つだけ気掛かりだった事を話す。
「・・・・琴里」
「何?」
「“メデューサの事、分かったの”?」
「・・・・・・・・」
そう。ここは十香が作った『優しい世界』。ならば、魔獣‹ファントム›の生け贄、『ゲート』になってしまった人達も生きているのでは? と、考えた琴里が、〈ラタトスク〉で調査させていた。
が。
「ええ。み〜んな生き返って、幸せに暮らしているそうよ。稲森美沙は本来の家族と共に過ごして生きていたわ。本当に、ご都合主義万歳な世界ね・・・・」
「・・・・メデューサとの因縁は晴れた?」
「・・・・ほんの、少しはね」
折紙が言った言葉に、琴里は弱冠顔を俯かせて答えた。
最後の決戦で戦ったメデューサは、ウェスコットによって記憶を失くし、心を壊された人形に成り果ててしまった。そんな相手を斃した所で、因縁が晴れる筈がない。しかし、最後に見えた幻影が琴里の妄想か分からないが、確かに稲森美紗が微笑んだ気がした。
「ーーーーそれじゃ改めて、こうなった以上手加減はしないわよ。掛かってきなさい。新米精霊さん」
「ーーーー望む所」
折紙は短く答えると、両手を前方に掲げてーーーー〈絶滅天使‹メタトロン›〉の砲門を琴里に向けた。
ー四糸乃sideー
ーーーー開戦の合図を定めた12時の時計の音が鳴ってから数分。早くも公園の西側の方から、凄まじい爆音が轟いた。
「きゃ・・・・っ!?」
空気と大地を震わせる轟音。そして木々の隙間から輝いた閃光に、鳥達がバサバサと翅を鳴らして一斉に逃げていく。大型アスレチックに隠れていた四糸乃(&よしのん)もまた、思わず身を竦ませる。
『ヒュー、いきなりすっごいねぇ。今のは折紙ちゃんかな?』
短い手で顎を器用に撫でるよしのん。四糸乃は音のした方向を恐る恐る覗きながら、戸惑いがちにコクリと首を前に倒した。
「やっぱり・・・・凄い。もしあんな攻撃を撃たれたら・・・・」
そう呟いて、四糸乃はブルッと身を震わせた。
無論、四糸乃もまた、ウサギの耳付きフードのレインコートのような可愛らしい外見に反して、ミサイルでも傷1つ付かない堅牢な霊装を完全に顕現させている。さらに、自分の天使は精霊の所有する天使の中で、最強の防御を誇る氷の天使〈氷結傀儡‹ザドキエル›〉である。
けれど、ソレを差し引いてなお、〈絶滅天使‹メタトロン›〉の火力は圧倒的だ。何しろ、四糸乃の霊装よりも遥かに強固な十香の完全霊装にさえ容易く『穴』を開けたと言う話だ。もしも見つかってしまったなら、いくら〈氷結傀儡‹ザドキエル›〉で幾つもの氷の壁を作ろうと、まるで縦列に並べられた薄い紙を、プロ野球選手が投げたボールのように、簡単に貫通され、あっという間にやられてしまうだろう。
「ど、どうしよう、よしのん・・・・」
『まあまあ、落ち着こうと四糸乃。バトルロワイヤルなんだし、いきなりあんな強い子と戦る必要ないってば、先ずは勝てそうな相手から各個撃破していこう』
「勝てそうな相手・・・・?」
『そうそう。・・・・ってまあ、皆強いんだけどね。折紙ちゃんは見ての通りだし、琴里ちゃんも超火力&超回復だし、美九ちゃんはお歌の効果と情欲(同性)がマジヤバいし、耶俱矢ちゃんと夕弦ちゃんなんて先ず追いつけないし、六喰ちゃんとか超チートだし、七罪ちゃんなんて全天使コピーできちゃうし、狂三ちゃんは天使2つも持ってるし、二亜ちゃんも漫画が上手い。ーーーーたはー、参ったねーこりゃぁ』
何やら二亜だけ扱いが違うが、よしのんがカラカラと笑う。四糸乃は眉を八の字にしながらその場にへたり込んだ。
「やっぱり・・・・私なんかが敵う相手じゃないよね。・・・・せめて、士道さんと十香さんのデートの為に、できるだけ霊力を使って・・・・」
『こりゃっ! ドラゴンくん直伝のツッコミパンチ!』
と、四糸乃はソコで、頬に柔らかい感触を覚えた。
四糸乃の言葉を遮るように、よしのんがモフモフウサギパンチのツッコミを繰り出したのである。
「よ、よしのん・・・・?」
『やる前から何諦めてんのさ四糸乃! そんなんじゃ、勝てるものも勝てなくなっちゃうよ!』
「で、でも・・・・皆本当に強くて、私なんかじゃ・・・・」
『あのね四糸乃。前からドラゴンくんに良く言われていたでしょう?』
不安そうに言う四糸乃に、よしのんは以前から、と言うか、封印されてドラゴンに世話を焼かれるようになってから、何度も言われてきた言葉を言った。
【ーーーー四糸乃。君の悪い所は七罪とはまた違ったベクトルで、自分をすぐに卑下してしまう所だ。君は前向きに努力を積み重ねる事ができるし、頭も悪くない。七罪と同じで、もっと自分に『自信』を持ちなさい。例えば君の天使〈氷結傀儡‹ザドキエル›〉だが、その気になれば他の皆の天使に全く劣らない、嫌、寧ろ十香や折紙と言った戦闘向きの天使を所持する子達にも匹敵するポテンシャルを持っている。世の中に『攻撃は最大の防御』と言うが、逆に言えば『防御は最大の攻撃』と言える。そして四糸乃、君は『自信』を持って良いんだ。君は他の皆に負けない素晴らしい輝きを放っているんだからな】
『ーーーーってさ。ドラゴンくんがいつも言ってたでしょう? 『自信』を持ちなって四糸乃』
「で、でも、私の天使は強くても、私は弱いし、そんな簡単に『自信』なんて・・・・」
いつも自分を凄まじい勢いで卑下する七罪の事を心から凄いと思って励ましているが、自分の事になると四糸乃は七罪程ではないが卑屈になってしまうのだ。
『オッキュー、一旦強いの弱いのは置いとこうじゃあないの。ーーーー四糸乃はさ、士道くんの事をどう思ってる?』
「え・・・・?」
突然発された問いに、四糸乃は目を丸くした。
「ど、どうって・・・・それは・・・・良い人だと思うし、感謝してるよ。士道さんに助けてもらえなかったら、こんな風に暮らせていなかったし、皆とも出会えなかったし・・・・」
『ウンウン、そうだねぇ。ーーーーで、好き? 嫌い?』
「そ、それは・・・・・・・・、好き・・・・だよ」
四糸乃は、頬を赤く染めながら俯きがちにそう答えた。するとよしのんが器用に腕を組みながらウンウンと頷く。
『だよね。そうだよね。ーーーーさて、この戦いで戦った子は、そんな士道くんに告白できちゃう訳だ。・・・・まあ、『告白できる権利』ってのもなんかおかしな話だけど、皆が皆の事を好きだったから、良くも悪くも関係性が安定してたんだよね。ーーーーでも』
よしのんは顔を上げて続ける。
『狂三ちゃんの提案で、ソレが崩れようとしている。勿論誰かが告白したからって、士道くんがソレを受け入れるとは限らないけど・・・・もしもって可能性はゼロじゃないよね?』
「それ、は・・・・」
言われて、四糸乃は唇を震わせた。
ーーーー四糸乃は、今の生活が好きだった。士道がいて、ドラゴンがいて、琴里がいて、精霊の皆がいて、毎日を楽しく笑って過ごせる時が、本当に好きだった。
勿論、時が経つにつれ、皆も、ソレを取り巻く環境も、少しずつ変わっていくだろう。進学や就職は言うに及ばず、細かな変化を挙げて行けばキリが無い。人間として生きていく以上、ソレらは避け得ない事に違い無かった。そこに目を向けていないのは、士道のような楽観主義のようなものだろう。
やがていつかは、士道も誰かと結婚するのだろう。その相手は精霊の中で誰かかも知れないし、今はまだ見ぬ何処かの誰かなのかも知れない。となれば、今までのような関係性ではいられないだろう。士道には、愛する伴侶がいるのだからーーーー。
「・・・・・・・・っ」
そんな想像が頭を掠めた瞬間、四糸乃の胸にチクリと痛みが走った。
「・・・・・・・・だ」
『え?』
「・・・・・・・・や、だ。・・・・ヤダよ、そんなの」
四糸乃は、絞り出すように震える声を発した。
よしのんに言われて初めて気付いた。ーーーー士道が、誰か1人を特別に愛してしまう事が、こんなにも辛く感じられるなんて。士道の隣に自分がいない事が、こんなにも苦しいだなんて。
だがーーーーソレよりも強く、胸に去来する感情があった。
仮に四糸乃が士道に想いを伝えた所で、士道がソレに応えてくれるとは限らない。けれど、一声も上げぬまま、自分がこんなにも士道の事が好きだと伝えられもしないまま、誰かに士道の愛を独占されるだなんてーーーー絶対に嫌だった。
『ーーーーよっし、良く言った! ソレでこそ四糸乃だ!』
よしのんが、零れかけた四糸乃の涙を拭うように、両手を目元に押し当ててくる。
『勝てるからやる、勝てないからやらないんじゃない。女の子には、戦わなきゃならない時があるんだよ!』
「うん・・・・!」
四糸乃は目を数度瞬かせると、力強く頷いた。
するとよしのんが、ニィッと口元を歪めてくる。
『ーーーーさ、じゃあここからは具体的な方法だ。バトロワな以上、隠者‹ハーミット›らしく皆が潰し合うまで隠れて、最後の美味しいトコを掻っ攫うのが良いと思うんだけどーーーー』
「よ、よしのん・・・・」
先程までの熱い調子とは一転、狡猾な提案してくるよしのんに、四糸乃は思わず苦笑した。
とーーーー。
「〈破軍歌姫‹ガブリエル›〉ーーーー【輪舞曲‹ロンド›】!」
『・・・・! 四糸乃、危ない!』
「・・・・・・・・っ!」
次の瞬間、四糸乃はよしのんの声に弾かれるように跳躍した。
すると一瞬前まで四糸乃が隠れていた大型のアスレチックの周囲に、銀色の金属柱のようなものが幾つも現れたかと思うと、凄まじい『音』を発し始めた。
「コレはーーーー」
四糸乃は、頬を汗が伝うのを感じた。飛び退くのが少しでも遅れていたなら、その『音』に身体を縛られてしまっていたに違いない。
こんな芸当ができる精霊は1人しかいなかった。そして、ある意味で狂三や折紙や琴里よりも、1番に『危険な精霊』であった。着地と同時、声のした方向に目をやる。
「美九さん・・・・!」
四糸乃が名を呼ぶと、いつの間にかソコにいた美九が、ステージ衣装のような霊装を揺らしながら、悔しげに身を捩った。
「あぁん! 惜しいですぅ。もう少しだったのにー」
『んもー、油断も隙もないんだからあ』
言ってよしのんが、肩を竦めるように両手を動かす。
『ーーーーさぁて四糸乃、早速の初戦からある意味1番に危険な相手だよ。準備はいーい?』
「・・・・うんっ!」
よしのんの言葉に、四糸乃は力強く頷いた。
ー士道sideー
そして、精霊達が決戦をしている事を露知らず、十香に引っ張られながら歩く事およそ30分。士道は到着した場所に聳える建物を見上げて、意外そうに目を丸くした。
何しろソコはーーーー。
「うむ。ーーーー学校だ」
十香は満足気に微笑みながら首肯してくる。ーーーーそう。十香が士道を連れて来たのは、士道達が通う『都立来禅高校』だったのである。
「って、なんでまた。いつも普通に来てる場所じゃないか。ソレこそつい一昨日も・・・・」
「良いのだ。ほら、早く入るぞ」
有無を言わさぬ調子で、十香が腕を引っ張ってくる。
「あ、ちょっと待てって」
十香がそんなに強く希望するのであれば、敢えて断る理由はないのだが、今はもう春休み期間中である。実際、校舎正面の正門は固く閉ざされていた。
「取り敢えず通用口から入ろう。忘れ物を取りに来たって言えば多分入れてくれるだろ」
「おお、ではそうするとしよう」
士道は十香を連れて通用口から学校の敷地内に入ると、簡単に手続きを済ませ、校舎の中に入っていった。
いつもの上履きではない、来賓用のスリッパをペタペタと鳴らしながら、誰もいない廊下を歩いていく。
何と言うか、不可思議な感覚だ。人影が無いと言うだけで、まるで見知らぬ空間に迷い込んだような気分になる。
とは言え十香の『目的』は、そんな非日常を楽しむ事ではなく、何処か明確な目的地がある事を窺わせる迷いのない歩調で、スタスタと無人の校舎を進んでいく。そしてそのまま階段を上がり、漸く十香が足を止めた。
士道達のクラスである、2年4組の教室の前で。
「ーーーーふふ、懐かしいな」
言って十香が教室に入り、ゆっくりとした足取りで、机と机の間を歩いていく。
その言葉に、士道は首を傾げた。ここは通い慣れた学校の中でも、最も長くの時間を過ごしている場所である。懐かしい、と言う表現はあまり適当でないような気がした。だが、2人しかいない静かな教室を見ている内ーーーー士道の脳裏に、かつて見た光景が浮かんできたのであった。
「あーーーー」
そう。先程訪れた街路が十香と初めて会った場所だとするなら、この教室は〈ラタトスク〉に精霊との対話役を任じられ、ドラゴンは士道の補佐役(間接的)を任せられ、十香と再会した場所であった。
あの時は空間震警報が鳴っていた為、教室に生徒の姿はなく。その光景が、今の静かな教室と被って見えたのだ。
そんな士道の表情を見てか、十香がフッと唇を緩めながら、黒板の方へと歩いていく。
「思い出したか? ここはーーーー」
そしてそう言いながら、白のチョークを一本を手に取り、黒板に文字をしたためていった。
ーーーー彼女の名である、『十香』の2文字だ。
「お前が、私を私にしてくれた場所だ」
十香が士道の目を見つめながら、ニッコリと微笑んでくる。
嗚呼、そうだ。『十香』。彼女の名は、あの時に士道が付けたものだった。
「シドーは名のない私に名前を付けてくれた。一体幾度この名に救われたか分からない。本当にーーーー感謝している」
「いや、そんな。俺は・・・・」
真っ直ぐな瞳でそう言われ、士道は恐縮するように頬をかいた。
4月10日に出会ったという単純極まりない由来だが。・・・・まあ、30日に出会った女の子に『澪』と名付けた真士の事を考えると、持って生まれたセンスだと言う訳であるか。
しかし、由来はどうあれ、もはや彼女に十香以外の名は考えられなくなっていた。それだけ、彼女と過ごした1年は強く、鮮烈な日々が、『十香』を『十香』たらしめていた。
「・・・・・・・・」
けれどソレを自覚した瞬間、士道はキュウと心臓が締め付けられるかのような感覚に襲われた。
十香と初めて遭遇した街路。そして、十香に名を付けた教室。十香との出会いの道程を追体験するかのような今日の道筋が、士道に言い様のない不安を覚えさせたのだ。
ーーーーまるで十香が、自分の死期を悟っているようだーーーーなんて。