デート・ア・ライブ 指輪の魔法使いと精霊の恋愛譚   作:BREAKERZ

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精霊バトルロワイヤル・知識と星の同盟、情欲の狂想曲

ー二亜sideー

 

「う・・・・っ、おおおおおお! すっげー! やったよマリア、ムックちん!」

 

〈囁告篇帙‹ラジエル›〉の紙面に触れながら、二亜は興奮した調子で声を上げた。

頭の中には〈囁告篇帙‹ラジエル›〉を通して、マリアの大群に呑み込まれる八舞姉妹の姿が流れ込んで来ている。アレだけの暴威を振るった耶俱矢と夕弦でも、隙を衝いて数の暴力で押し切れば勝利できる事が証明されたのである。

とは言え、この結果は二亜のみでは成し得ない事であった。〈囁告篇帙‹ラジエル›〉から六喰に向き直り、その手をガッシと握る。

 

「やっぱ思った通りだ! 全知の〈囁告篇帙‹ラジエル›〉に〈封解主‹ミカエル›〉が加われば怖いもの無しってね! アタシとムックちんのコンビは最強だよ!」

 

言って、六喰の手を握ったままブンブンと振る。

そう。先程運悪く六喰と遭遇してしまった二亜ではあるが、二亜は自分の能力の有用性をアピールし、一時的な協力関係を作る事に成功していたのである。

そしてその効果は見ての通りだった。ーーーー〈囁告篇帙‹ラジエル›〉で対象の居場所と動向を探り、〈封解主‹ミカエル›〉で『孔』を空けて、ありったけのマリアを送り込む。ただそれだけの、単純極まる戦法である。

まさにシンプルイズベスト。二亜は思わず頬を緩むのを感じた。

 

「いやー・・・・マジか。初戦敗退濃厚かと思ってたけど、アタシまさかの優勝候補? 参っちゃうね。少年になんて言おう。『毎朝アタシに味噌汁を作ってくれ』? えっへっへっ」

 

等と、二亜が小声で笑う。

が、二亜はすぐに表情を元に戻した。功労者である六喰が、何やら浮かない顔をしたのである。

 

「ん? どーしたのよムックちん。ムックちんのお陰で見事な大勝利だよ?」

 

「むん・・・・そうなのかも知れぬのじゃが、何と言うか・・・・勝った気がしなくての。本当にこんなやり方で良いのじゃろうか・・・・」

 

言って、策略で勝つのではなく、正々堂々と正面から戦って勝つ事が好きな六喰が顔を俯かせてしまう。二亜は慌てて言葉を続けた。

 

「いやいやいや、勝ちは勝ちの作戦勝ちだって! そんなの気にしてちゃ勝ち残れないよ! ムックちんだって少年への告白権欲しいでしょ?」

 

「・・・・ソレは・・・・そうなのじゃが」

 

六喰がムムゥと唸るような声を上げる。二亜は頬に汗を垂らしながら一歩後退った。

 

「・・・・うーん、ムックちんは思ったより武人だったかぁ・・・・でも今更方針変更できないし・・・・」

 

そして、六喰に聴こえない位の声音でそう呟く。すると隣にいたマリアがボソッと零してきた。

 

「まあ、直接対決路線に切り替えるなら〈囁告篇帙‹ラジエル›〉は必要性が薄いですし、同盟破棄された瞬間、いの一番にやられるのは二亜ですしね。ーーーーと言うか、仮にこの作戦が上手くいったとして、最後に残った六喰をどう倒すつもりなのですか?」

 

「う・・・・っ」

 

マリアに言われ、二亜は言葉に詰まった。

確かにその通りなのである。同盟を持ちかけ時間を稼ぐ事には成功したものの、勝者が1人である以上、最後は雌雄を決せなければならない定めである。そして直接対決となれば、恐らく二亜に勝ち目はあるまい。

そんなの、英雄願望が拗れた虎系ライダーが、百戦錬磨の殺人鬼のコブラ系ライダーと、タイマンで殺し合いをするようなものだ。

二亜は渋面を作りながら考えを巡らせた。

 

「・・・・ある程度人数を減らしたら、適当に理由を付けて強敵にムックちんをけしかけて、疲れた処を後ろから仕留めるとか・・・・」

 

「成る程、非常に二亜らしい狡っからい手ですね。ある程度人数を減らした段階で『ウヌはもう用済みなのじゃ』とならなければよいですが」

 

「ぬぐ・・・・っ! ムックちんはそんな事言わないもん! アタシ達の『二・六同盟』の絆はそんな事じゃ崩れないやい!」

 

「まぁ六喰は裏切りと言った卑怯な手段を使う性格ではないですからね。しかし、今さっき裏切りを画策している人が何を言っても説得力皆無ですけどね」

 

「ーーーーさっきから何をゴチャゴチャ言っているのじゃ」

 

「ペポー!」

 

突然マリア以外の声がして、二亜はまるで『人類最凶の編集者』に声をかけられたかのように、ピョーンと飛び跳ねて悲鳴を上げた。見やると六喰が、不審そうに眉を歪めながらコチラを見ている事が分かる。

 

「な、なな何でもないよ! それよりほら、次行こ次! さーって、今バトってる子達は・・・・っと」

 

二亜は勢いで誤魔化すと、再び〈囁告篇帙‹ラジエル›〉の紙面を指でなぞり始めた。そして、今まさに戦っている精霊達を検索する。1人でいる者よりも、相手に気を取られている者の方が隙を衝きやすい為だ。

 

「んー・・・・オリリンと妹ちゃん、後はよっしーとみっきーか。必殺読破! フムフム・・・・。じゃあよっしーみっきーの方に行ってみようか! マリア、メンバースタンバイ! ムックちんはアタシの合図で『孔』を空けて!」

 

二亜の号令に、マリアが溜め息交じりに首肯し、六喰は何処か浮かない顔をしながらも〈封解主‹ミカエル›〉を構える。不満はあるものの、一応は二亜の指示に従ってくれるつもりらしかった。

取り敢えずソレに安堵しながら、二亜は精神を集中させた。四糸乃と美九の戦闘を観察しながら、2人の隙を探る。

ーーーーまぁ、美九だけなら、二亜が霊装からお御足を出して舐めさせてあげる、とか言ったり、六喰がそのトランジスタグラマーボディでセクシーポーズを取ったり、マリアが団体で接待しますと言えば、餌を前にした飢えたケダモノのように走り寄って来て隙を突けるだろうが。

とーーーーその瞬間であった。

 

「・・・・っ、むん・・・・!?」

 

「なーーーー」

 

六喰とマリアの目が、驚愕するように見開かれた。

 

「え・・・・? どしたの2人共。何かあっーーーー」

 

二亜は〈囁告篇帙‹ラジエル›〉での観察を中断して、2人が見てる方を向きーーーー同じように、目を見開いた。

何故ならソコにはーーーー。

 

「ーーーー六喰! 二亜、マリア!」

 

十香とデートをしている筈の士道がいたからだ。

 

 

 

 

 

 

ー美九sideー

 

ーーーー自然公園のアスレチック広場は、春先とは思えない極寒地獄へと変貌していた。

吐く息は白く、地面には霜が降り、まるで冷凍庫の中にいるような状態だ。四糸乃の氷水の天使〈氷結傀儡‹ザドキエル›〉の力の余波である。四糸乃が駆る巨大なウサギ型の天使が冷気を操る度、辺りの気温がグンと下がる。

しかし、そんな中ーーーー。

 

「いぃぃぃぃーーーーやっほぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

ただ1人美九は、雪をも溶かすような熱い血潮を滾らせていた。

 

「〈破軍歌姫‹ガブリエル›〉ーーーー【行進曲‹マーチ›】、【行進曲‹マーチ›】、も1つオマケに【行進曲‹マアアアアチ›】ッ!」

 

身体から顕現させた光り輝く鍵盤に指を走らせ、勇猛な曲を奏でていく。音の天使〈破軍歌姫‹ガブリエル›〉の権能を利用した、高揚の歌。その曲を奏でる度、美九の身体に、はち切れんばかりの活力が満ちていった。

 

「え、ええ・・・・っ!?」

 

『ちょ・・・・っ、何なのさあれー! あんなのアリー!?』

 

四糸乃と〈氷結傀儡‹ザドキエル›〉に宿ったよしのんが同様の声を上げる。

精霊の中でも身体能力が高いと言えない美九(色欲が絡んでいない状態)が、四糸乃の放つ氷弾・氷柱を悉く躱しているのだからだ。

 

「うっふふー! いつまでも昔のか弱い私のままだと思ってもらっちゃ困りますよー! アイドルは自己研鑽を怠らないからこそアイドルたり得るんですからぁー!」

 

言って、美九はパチリとウィンクをした。

美九は、士道とドラゴンの2人に救われてから、アイドル活動の傍ら、精霊としての自分なりの戦い方を研究し続けていたのだ。

共闘する仲間達がいる時は、効率を考えサポートに徹する、美九1人の時は〈仮面ライダーディーヴァ〉になれば良い。しかし、士道が変身不能状態になった時やドラゴンに何か起こった時に自分も変身不能になった時、今度は自分が愛する2人を守る為に、1人で戦い抜ける方法をドラゴンに協力してもらいながら模索していたのだ。

・・・・伊達に『お仕置き』の度に2人っきりになっていた訳ではない。

 

「〈破軍歌姫‹ガブリエル›〉ーーーー【独奏‹ソロ›】!」

 

叫び、美九は指をパチンと鳴らした。瞬間、ソレに応えるように地面から、〈破軍歌姫‹ガブリエル›〉を構成するパーツの1つである光り輝く1本の銀筒が現れた。普段ならばソコから『音』を発して相手を操ったりするのだがーーーー。

 

「ーーーーハッ!」

 

美九は、その銀筒を引き抜くと、『五星戦隊』よろしく、棍を振るうように華麗に振り回し、構えを取ってみせた。

 

『えぇっ!? なぁにそれぇッ!? 気力だァァッ!?』

 

よしのんが慌てたように言って、氷の障壁を形作る。

しかし美九はフッと口元を歪めると、目にも留まらぬ速さで、回転を加えた銀筒を繰り出した。

 

「はいぃぃぃぃぃぃぃぃーっ!」

 

銀筒の先端が、連続して氷の壁を打ち付けられる。しかもソレはただの刺突ではない。1撃毎に銀筒は幻想的な『音』を奏でーーーーその音が不可視の衝撃となって、四糸乃を襲う。

今までのような無秩序に衝撃を撒き散らすのではなく、指向性を持ち、研ぎ澄まされた破壊の『音』。強化された美九の膂力と共に繰り出される連撃は、堅牢な四糸乃の氷壁を容易く砕いた。

 

「きゃー!?」

 

『うっそぉ!』

 

四糸乃もよしのんが悲鳴を発し、後方へ離脱しつつ、氷弾と氷柱を放ちながら牽制するが、美九はその全てを銀筒を回して砕いてみせ、ニッと笑った。

 

『く・・・・っ、やるねぇ美九ちゃん。やっぱり士道くんへの『告白権』はおっきいのかな』

 

よしのんが油断なく構えを取りながら、くぐもった声で言ってくると美九は迷いなく首肯した。

 

「そりゃあそうですよぉ。『保護者兼ご主人様‹ハニー›』がいない今、あの初心‹ウブ›で照れ屋‹シャイ›なだーりんがどんな反応をしてくれるのか・・・・想像しただけでたまりませんー! ご飯3杯はいけちゃいます!」

 

グッと拳を握りながら叫ぶ美九に、四糸乃は頬に汗を垂らして苦笑した。

そんな様子を見ながら、美九はフッと頬を緩める。

 

「でもーーーー別に私は、だーりんを独り占めしたいって訳じゃあないんですよぉ。私、だーりんやハニーと同じくらい皆さんの事もだーい好きですし。だーりんが結婚するって言うなら、一夫多妻制の国に行ってみーんなお嫁さんにしてくれても良いくらいです。あっ、でも私、ハニーの愛玩動物か椅子として生きるのも全然アリですよぉ。ーーーーあぁん。ハニー! 早く帰ってきてください! もう私の身体はハニーの『お仕置き』を1週間に1度は受けないと疼いて仕方ない身体になっちゃってるんですよぉ〜!」

 

「み、美九さん・・・・」

 

『えー、じゃあなんでそんなにやる気満々なのさー』

 

その精霊1のナイスバディな身体を抱いてクネクネとさせ、恍惚の表情をしながら、幻想のドラゴンに向かってエアキッスをしている美九に、四糸乃が再度苦笑し、よしのんが唇を尖らせるような口調で言うと、美九は銀筒を構え直した。

 

「何言ってるんですかぁ。さっき言ったように、だーりんの反応を見るのは楽しみですし、力一杯やらないとだーりんと十香さんのデートのお助けにならないじゃあないですかぁ。ソレにーーーー」

 

「・・・・ソレに?」

 

四糸乃が不思議そうに首を傾げてくると、美九は目をビカッ! と輝かせながら続けた。

 

「ーーーー霊力が切れて霊装を顕現できなくなったら負けて脱落・・・・って言う事は、負けた子はだーりんに封印された時みたいに、その珠のようなお肌を晒した生まれたままの姿になるって事ですよねぇ!? そんなのーーーー何としても最後まで勝ち残るしかないじゃあないですかぁ! 折角ハニーと言うご主人様がいない今! この機会に皆さんの裸体を拝み! そのお肌の舐め回してあげますぅ〜!!」

 

美九が力強く熱弁を振るいながら、目を血走らせると、まるで暗殺をする教室の『変態終末期』のように顔を破顔させて、涎を垂らしながら舌舐めずりをする姿を見て、四糸乃達は2〜3歩後退った。

 

「そ、そうですか」

 

『っひゃー・・・・もう何ていうか、1発で美九ちゃんの強さの謎が解けちゃったぜ』

 

言って、色々と身の危険を感じたのか、四糸乃とよしのんが、美九に対して、より一層警戒を強めるように姿勢を低くするが、美九は獲物‹2人›を逃がすつもりは毛頭なかった。

〈破軍歌姫‹ガブリエル›〉の銀筒を構えたまま、ガっ! と踵を地面に突き立てる。

 

「〈破軍歌姫‹ガブリエル›〉ーーーー【輪舞曲‹ロンド›】!」

 

すると次の瞬間、美九の足元ーーーーではなく、四糸乃とよしのんを囲うように無数の銀筒が姿を現し、四糸乃達を拘束するように放射状の『音』を響かせた。

 

「! よしのん!」

 

『分かってる!』

 

四糸乃とよしのんが寸前でソレを察知し、上空に飛び上がる。

しかし、ソレこそが美九の狙いであった。スゥッと息を吸い、空中の四糸乃目掛けて思いっきり『声』を発する。

 

 

「ーーーーわッ!」

 

 

「きゃ・・・・っ!」

 

『ぬわーっ!』

 

広範囲に放たれた『声』は、威力こそ低いものの避ける事は困難である。四糸乃とよしのんが身体に衝撃波を浴び、一瞬身を竦ませる。

美九はその隙に、トン、トンと虚空を蹴るようにして空を飛び上がると、手にしていた銀筒を振り上げた。

 

「いっきますーーーーよぉッ!」

 

「・・・・っ!」

 

四糸乃が眉をピクリと動かすと同時、冷気が渦を巻き、氷の壁が生まれる。しかし美九の『音』を込めた1撃は、その氷を一瞬で粉砕した。

氷が生成され、美九がソレを砕く。そんな攻防を繰り返すうち、段々と氷の生成速度が美九の攻撃スピードに追いつかなくなっていった。

 

『四糸乃! このままじゃ駄目だ! やられちゃうよ!』

 

「分かってる・・・・! だからーーーー」

 

氷の粒が弾ける中、四糸乃達が何やら言葉を交わし合う。恐らく、美九の猛攻から逃れる算段でもしているのだろう。

 

「そうはーーーーいきませんよっ!」

 

美九はそう言うと、幾つ目かの壁を砕くと同時、〈破軍歌姫‹ガブリエル›〉の銀筒を振り上げた。そしてその先端に、幾重にも破壊の『音』を集めーーーー。

 

「ーーーー【交響曲‹シンフォニー›】!」

 

ハンターのように振り下ろす事で、一気に衝撃を発散させた。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

『わぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!』

 

周囲に凄まじい轟音が撒き散らされ、〈破軍歌姫‹ガブリエル›〉の攻撃をマトモに食らった〈氷結傀儡‹ザドキエル›〉と四糸乃の霊装が、光の粒となって弾け飛ぶ。

ーーーー美九の、勝利である。美九は努力の実りと強さの証明により凄まじい達成感を感じて、身を打ち震わせた。

 

「! やりましたぁぁぁぁっ! 私、1人でもちゃんと戦えーーーー」

 

が、美九はソコで言葉を止めた。

何故なら、霊装が消え、半裸状態となった四糸乃が、弱々しく地面にへたり込みながら、

 

「美九さん・・・・い、痛くしないで下さい・・・・」

 

と、涙を湛えながら上目遣いで言ってきたのである。

 

「よ・・・・っ、よよよよ四糸乃さん・・・・!」

 

その悩ましげな姿と声に、美九の理性は一瞬にして蒸発した。

 

「だ、だだ大丈夫ですよ! 痛くなんてしませんよぉぉぉぉ! でもそんなあられのない格好でこんな所にいたら風邪を引いちゃいますからね! 私が責任を持って安全な場所に連れて行ってあげますぅぅぅぅ! さ、こっちへーーーー」

 

と。

両手を前にしてワキワキと動かし、極上のエサを前にした、腹を空かせたケダモノのように舌舐めずりをし、およそ『日本が誇るトップスターのアイドル』とはーーーー嫌、『うら若き乙女』とは思えない貌で四糸乃に近づいていった美九は、ソコで漸く、四糸乃の指から、光る糸のようなものが伸びている事に気付いた。

 

「あの・・・・ごめんなさい、美九さん」

 

「へ?」

 

次の瞬間、美九は背後に現れた巨大な影に押し潰され、意識を失った。奇しくも、二亜が美九と戦う時に考えていた方法と全く同じであった。

 

ーーーー識別名称〈ディーヴァ〉・誘宵美九、敗退‹リタイア›。

ーーーー敗因・色欲。

ーーーー残存精霊、10人中、9人。

 

 

 

 

 

 

 

 

ー天香sideー

 

天香が天香となる前に、例のおかしな男と再会したのは、DEM本社の戦い‹あの時›から暫く後の事だった。

もう1人の自分ーーーーあの男と、『彼』から『十香』と呼ばれていたーーーーの心が乱れたかと思うと、またも自分の意識が表層に引きずり出されていった。

とは言え、十香の心から流れ込んできた感情は、かつての時のような強烈な絶望とは少し異なっていた。『寂寞』・・・・『忘失』ーーーー何か忘れてはいけないものを忘れてしまったかのような、得体の知れない不安感とでも言おうか。正体の分からない苦しみに耐えかねていると言った様子であった。

ーーーー目を覚ました場所は、以前のような戦場の中ではなく、多くの人間達が犇めく街中であった。

そして彼女は、紆余曲折を経て例の男ーーーー士道と再会を果たし、少しの間、話をした。

まあ、折紙とか言う女に乗せられ、六喰とか言う女と勝負をさせられたりと、色々と面倒な事はあったのだが・・・・収穫らしきものもない訳ではなかった。

見たところ士道は、かなり甘いが善良な人間であり、そしてその中にいる、自分と何処か似ているような『彼』も、十香の事を『愛妹』か『愛娘』のように溺愛している。少なくとも、十香を絶望させようとする意図は無いようである。けれどおかしな事に、恐らく十香の絶望や悲しみは、全てこの男に関連する事が原因で発生している。士道が傷付けば十香もまた身を切られるような痛みを感じ、士道が苦しめば十香もまた心が重くなった。

・・・・何とも不思議な現象。ソレを確認した彼女は、去り際にポツリと言葉を零した。

 

【ーーーー私を】

 

【え・・・・?】

 

士道が、呆然と目を見開きながら言ってくる。天香となる自分は冷淡な双眸で彼を見下ろしながら続けた。

 

「『十香』を、あまり、悲しませるな」




どんなに強くなっても、頭が阿呆では宝の持ち腐れ。
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