デート・ア・ライブ 指輪の魔法使いと精霊の恋愛譚 作:BREAKERZ
闘争・琴里
ーメデューサsideー
メデューサは来禅高校周辺の森で、グールとインプの軍勢を率いて来禅高校を見据えていた。
今まさに空間震が起こる寸前、突如現れた紅蓮の炎を纏う精霊を睨む。
『・・・・退くぞ。ワイズマンの指示を仰がねばならん』
メデューサはグールとインプに命令すると、グール達は撤退を初め、メデューサは屋上で身体を震わせているフェニックスを見て、フゥ、とため息を吐いた。
『フェニックスめ、はしゃぎおって・・・・』
歓喜に震えるフェニックスに、メデューサは呆れた声を漏らした。
ー士道sideー
来禅高校の屋上は、影に覆われていた。
何の比喩でもなく。時刻は17時、まだ太陽は空に輝いているが、士道達のいるその場所だけが辺りの景色から隔絶されたように、薄暗い色が蟠っていた。
今、士道と十香と折紙は、幾人もの少女、精霊名〈ナイトメア〉と呼称される時崎狂三の天使、〈刻々帝<ザフキエル>〉の能力によって召喚された狂三達によって手足を拘束され、地べたに押さえつけられているのだ。
士道だけが口の中に指を差し込まれ、顎と舌までも拘束されている。
ーーー明らかに異様な光景。
同じ顔をした少女が幾人も、士道達を拘束している。士道の位置からは見えないが、真那が変身するビーストと敵であるフェニックスも恐らく、狂三の壁の向こうで狂三と交戦している筈である。
ーーーーだが。
「ぁ・・・・」
その状況の中で、士道は全く別のものに目を奪われていた。
身体の周囲に焔を纏わせ、空に立ち、天女の羽衣のような、火焔のように燃える和装を着て、側頭部から伸びた二本の角を携えた少女。
その力。その姿。精霊としか思えない姿をした少女の名を、士道の知識の中には、よく知っていた少女しかいなかった。
「琴、里<ほお、い>・・・・」
舌を動かせない状態の士道は、その名を発する。
五河琴里。
士道が何年もの時を共に過ごした少女であり、ラタトスクの司令官。
見間違える筈はない、その精霊は士道の妹ーーー五河琴里だった。
「っ・・・・あんえ<なんで>・・・・」
意味が分からず、士道は眉根を寄せる。琴里は士道の妹で、精霊ではなく人間である。
しかし、士道の思考は、目の前の光景によって否定される。
士道は目の前の現実を必死に否定しながらも・・・・頭の中で何かが弾けたような感覚が襲う。記憶に靄がかかってはっきり思い出せないが。
「(俺は、あの姿の琴理を、知っている・・・・?)」
「・・・・どォなたですのォ?」
と、そんな士道の思考を遮るように、不意に前方から声が響いた。
巨大な時計を背にして、両手に銃を握った狂三が、不機嫌そうに琴里を睨んでいた。
「邪魔をしないでいただきませんこと? 折角いいところでしたのに」
「悪いけれど、そういうわけにもいかないわね。あなたは少しやりすぎたわ。ーーー跪きなさい、愛のお仕置きタイムよ」
右手に出現させた巨大な戦斧を肩に担ぐようにしてから、琴里が鼻を鳴らす。
狂三は琴里の予想外の言葉に、しばしキョトンと目を丸くしたが、すぐに堪え切れないといった様子で哄笑を漏らす。
「く、くひひひ、ひひひひひひひひッ・・・・面白い方ですわねぇ。“お仕置き”、ですの? あなたが、わたくしをォ?」
「ええ。お尻ペンペンされたくなかったら、分身体と天使を収めて大人しくしなさい」
琴里が言うと、狂三はさらに可笑しそうに笑い、周囲にいる無数の分身体の狂三達もケタケタと身を捩った。
「ひひひ、ひひ。随分とご自分の力に自信がお有りのようですけれど、過信は身を滅ぼしますわよォ? 私の〈刻々帝<ザフキエル>〉はーーー」
「御託はいいから早く来なさい黒豚」
琴里が面倒そうに息を吐いて言うと、笑っていた狂三の頰がピクリと動いた。
同時に屋上にいた無数の狂三が、一斉にギロリと、上空の琴里を睨み付ける。
「うっ・・・・!」
「あっ・・・・!」
そして同時に、前方から苦悶の声が響いてきた。どうやら十香と折紙が狂三の分身体に延髄を打たれ、気絶させられたらしい。
「上等ですわ。一瞬で喰らい尽くしてーーー差し上げましてよォッ!」
今まで余裕綽々の態度だった狂三が喉を震わせた。
その瞬間、屋上を埋め尽くしていた狂三の分身体達が一斉に空高く跳躍し、琴里に迫る。
「琴里さん? あれって・・・・!?」
狂三達と交戦していた真那も、呆然と琴里を見ていた。
圧倒的な数の暴力によるそれは、ただの突進とか突撃とは違う、無慈悲な機銃掃射や散弾銃の連射のようにも思えた。圧倒的な物量による数の悪魔、人間大の弾頭が琴里に向かう。
「ーーーーふん」
しかし琴里は鬱陶しげに鼻を鳴らし、担いでいた戦斧をゆっくりと持ち上げた。
琴里の身の丈を優に越えた漆黒の棍の先端に、空気を焦がすような焔が蟠り、刃を形作り、それは琴里の動作に合わせて赤い軌跡を残し、さらにその輝きを増した。
「ーーー〈灼爛殲鬼<カマエル>〉」
そして狂三の大群が目前に迫る瞬間、琴里は静かに言葉を発し、焔の戦斧を凄まじい勢いで前方に振り抜いた。風を薙ぐ音が士道のところにまで響いてくる。
「あッはははははは!無ゥ駄ですわよゥ!」
それに応ずるように、狂三も哄笑を上げる。
如何に戦斧が巨大でも、全方位からの迫る何人もの狂三に対応できない。前方の数体を倒しても、一瞬あとにはその他の狂三に噛みつかれる事は想像できる。
だが・・・・。
「きひひーーーーひィ………?」
不意に、狂三の笑みが歪んだ。
琴里が〈灼爛殲鬼<カマエル>〉を振り抜いた瞬間、その先端の焔の刃が揺らめきーーー同時に、琴里に迫っていた無数の狂三の首が、腕が、上半身が、一斉に宙に踊った。
『ぁ、ぇ・・・・?』
幾人もの狂三達が切り離された自分の部品を見つめ、呆然と声を発する。次の瞬間には、それら全て炎に包まれ、地に触れる前に燃え尽きた。
「・・・・・・・・」
琴里が無言で下、士道の方へと視線を落とし、もう一度〈灼爛殲鬼<カマエル>〉を振った。
すると焔が蛇のようにのたうち、士道に群がっていた狂三達の身体を切り裂いていった。凄まじい断末魔と共に、身体にかかっていた負荷が消え去る。
「ーーーーっ! ケホっ! ケホッっ!・・・・」
士道は口の中に差し込まれていた指を吐き出し、何度かがその場で立ち上がり、士道が何度か咳き込む。
次いで〈灼爛殲鬼<カマエル>〉に切り裂かれた狂三達が炎に包まれ消滅した。
「ぅ熱っつ・・・・!」
士道は慌てて身を起こすと、制服に落ちた火の粉を叩き落とす。
そんな士道と狂三の間に、琴里が空からゆっくりと降り立ち、狂三に向かって、士道を守るかのように〈灼爛殲鬼<カマエル>〉を構えた。
「おい琴里、これは一体……」
「大人しくしてなさい、士道。可能なら狂三の隙をついてこの場から逃げて。今のあなたはーーー簡単に死んじゃうんだから」
「は・・・・?それってどういう・・・・」
しかし士道の問いは、前方から響いた狂三の笑い声によって掻き消えた。
「ひひ、ひひひひひひひひ・・・・ッ!やるじゃあありませんの。でェもォ、まさかこれで終わりだなんて思ってはおられませんわよねえ?」
「っ!」
≪・・・・・・・・≫
言って、狂三は眉をはね上げ、唇の端を歪め、巨大な文字盤の前で二丁の銃を構える。狂三にまだ、時を操る〈刻々帝<ザフキエル>〉があり、士道は息を詰まらせ、ドラゴンは冷静に戦況を見据える。
「琴里、気をつけろ、あれは・・・・!」
「ふふッ、士道さん、無粋な真似はよしてくださいーーーましッ!」
言うと狂三は〈刻々帝<ザフキエル>〉の『Ⅰ』の文字盤から漏れ出た影を装填した短銃で、自分のこめかみを撃った。
瞬間、狂三の姿が霞のように掻き消えた。撃った対象の時間速度を加速させる〈刻々帝<ザフキエル>〉【一の弾<アレフ>】である。
と、その動作と同時に琴里が〈灼爛殲鬼<カマエル>〉をバッと頭の上にやるとすぐに、その位置から甲高い音が鳴り、微かに〈灼爛殲鬼<カマエル>〉が震える。
影すら追いつかないような速度で、狂三が幾度も琴里に猛襲を仕掛ける。
しかし琴理の〈灼爛殲鬼<カマエル>〉は、焔の刃を俊敏に蠢かせ、その目にも止まらぬ攻撃を悉く防ぐ。
「あッははははは! 素晴らしいですわ! 素晴らしいですわ! さすがは天使を顕現させた精霊ーーーッ! 高鳴りますわ、高鳴りますわッ!」
「ふん・・・・! 鬱陶しいわね。貴女もレディなら、少しは落ち着きを持ったらどう?」
棍を薙ぐように振り抜き、琴里が言う。そこで士道の目に、〈灼爛殲鬼<カマエル>〉に吹き飛ばされる狂三の姿が見えた。
空中に躍った狂三は不安定な姿勢のままケタケタと笑い、銃を構えて叫ぶ。
「ご忠告痛み入りますわ。ではご要望に応えして、淑やかに殺らせていただくとしましょう。〈刻々帝<ザフキエル>〉ーーー【七の弾<ザイン>】!」
すると〈刻々帝<ザフキエル>〉の『Ⅶ』から影が飛び出て、狂三の銃口に吸い込まれる。
そして狂三が引き金を引くと、同時に弾丸が軌跡を描きながら琴里に迫る。
琴里の〈灼爛殲鬼<カマエル>〉はその弾丸を焔の刃で打ち落とした。
「琴里!」
士道は思わず叫ぶ。
撃たれた対象の時間を制止させてしまう【七の弾<ザイン>】。あの弾丸に触れては、防いでも打ち落とそうと関係ない。
「ふふ、あははははははははッ!」
狂三の笑い声と共に、琴里の身体が制止する。
「ふふふッ、如何に強大な力を持っていようと、止めて仕舞えば無意味ですわよねェ?」
狂三が言うと同時に、周囲にいた無数の狂三達が一斉に銃を構え、琴里に向かって引き金を引いた。
「やめーーーーっ!」
士道はウィザードライバーにフレイムウィザードリングを翳そうとするがーーーー。
【ドラゴンさんの目的は、士道さん。“貴方の体内に内包された精霊の霊力を得る事”ですのよ】
狂三に言われた言葉がよぎり、変身を躊躇ってしまった。
そんな士道に目をくれず、狂三は弾丸を無慈悲に放ち、琴里へと吸い込まれていき、弾痕が刻まれていく。
「それでは、ごきげんよう」
そして最後に、【七の弾<ザイン>】を放った狂三が琴里の前に立ち、琴里の眉間に銃口を押し当て、何の逡巡も無く引き金を引いた。
次の瞬間、琴里の身体が動き出す。
「・・・・ッ!」
琴里の全身の傷から、一斉に血が噴き出る。琴理はそれに反応する暇も与えられず、眉間に撃たれた最後の一撃によって、体を仰向けにしてその場に倒れた。
「琴里・・・・ッ!」
士道が駆け寄る。倒れた琴里を抱き起こそうとしたが、あまりにも凄惨な姿に呆然と手を突いた。
「(お、俺が、変身してれば、守れたのに・・・・!)」
「うふふ、ふふふふふふッ、ああ、ああ、終わってしまいましたわ。折角見えた強敵でしたのに。無情ですわ。無常ですわ。士道さんが変身していれば、守れたのに、お気の毒ですわねェ?」
「っ!!」
≪フン≫
芝居掛かった調子でくるくると回りながら、可笑しそうに嗤って言った狂三の言葉に、士道は図星を突かれたように身体を震わせる。
「さあ、さあ、今度こそ士道さんの番ですわ。わたくしにーーー」
「な、何でやがりますか?」
と、そこで狂三は言葉を止めて、訝しげに倒れた琴里の方を見つめ、琴理の登場に呆然となっていた真那も、戸惑いの声を漏らし、士道もまた、琴里に対して目を見開いていた。
「こ、れはーーー」
呆然と声を漏らす。琴里の身体に刻まれた無数の弾痕から焔が噴き出し、全身を舐めるように広がっていたのである。
「この炎、まさか・・・・」
≪やはり、小僧のあの“再生能力”は≫
士道は、見覚えが、正しく言えばこの光景を体感したことが、あった。ドラゴンは推察が当たっていたと確信した。
「・・・・まったく、派手にやってくれたわね」
踵を支点にして、琴里は不自然極まる動作で、ぐん、と身を起こす。
焔が通った後には、傷も、血の痕も、霊装の綻びもさえも、一切が無くなっていた。今まさに瀕死の重傷を負っていたのが錯覚だったのかと思うくらい。
「なーーー」
流石にこれには驚いたらしい狂三が、一歩後ずさって眉を歪める。
それに気づいた琴里が〈灼爛殲鬼<カマエル>〉を構え直し、狂三を睨む。
「私としては、あなたが恐れ戦いて戦意を無くしてくれるのがベストなのだけれど」
「・・・・ふん、戯れないでくださいまーーーしッ! 【一の弾<アレフ>】!」
狂三は身を反らして、両手の銃の引き金を連続で引き絞り、屋上に残った狂三達に弾が吸い込まれる。
その数十発の【一の弾<アレフ>】を撃ったのち、狂三は自らに銃口を押し当て、引き金を引いた。
「ーーーちッ」
琴里は面倒そうに舌打ちして、左足を後方に振り、変身もせずにただ見ている事しかしない士道の脇腹を蹴った。
「ぐぇ・・・・っ!?」
間抜けな声を発して後方に蹴り飛ばされた士道は、ヨロヨロと身を起こす。
「な、何すんーーー」
が、非難の声を上げる前に、【一の弾<アレフ>】によって超加速を得た狂三達が、琴里を囲うように飛び回り、拳打、脚蹴、弾丸を浴びせる。
「兄様。大丈夫でやがりますか?」
「真那・・・・?」
起き上がった士道の目の前に、『ビースト』に変身した真那がいた。
「・・・・〈仮面ライダー〉の事や、琴里さんの事で色々と聞きたいでやがりますが、今はそれどころじゃねぇですね」
真那の視線の先を見やると、少し離れた位置にいるフェニックスが、琴里と狂三の戦いを夢中に見ている姿があった。
「どうやら琴里さんは、兄様を比較的安全な私の所に逃がしたようでやがりましたね・・・・」
「っ! 琴里が・・・・」
「兄様。なぜ変身しないでやがりますか? 〈仮面ライダー〉になれば戦える筈でしょう?」
「っ・・・・」
真那に言われ、士道はリングを翳そうとするが、手が、動いてくれなかった。
≪(おい蜥蜴よ。お前の相方のボクちゃんはどうしたのだ?)≫
≪(フン。状況も考えずに、優柔不断になっているだけだ)≫
お互いの体内にいる魔獣達は、士道の不甲斐なさに呆れていたが、意識を戦闘中の二人に戻す。
「切り裂けーーー〈灼爛殲鬼<カマエル>〉ッ!」
琴里が吼えると、〈灼爛殲鬼<カマエル>〉はその刃を何倍にも膨れ上がらせ、さらに広範囲へと伸ばす。
次々と、無数の狂三が焔の刃に薙がれ、裂かれ、貫かれ。その身体を灰と化されていった。
「くッ・・・・」
と、苦悶を漏らし、狂三は琴里の周囲から離脱した。
どうやら本体の狂三にも攻撃がヒットしたらしく、火傷のような切り傷のような、奇妙な痛々しい傷跡が出来ていた。
「一体ーーーなんなんですの・・・・あなたはァッ!」
狂三なすぐに短銃を掲げて叫ぶ。
「〈刻々帝<ザフキエル>〉ーーー【四の弾<ダレット>】!」
〈刻々帝<ザフキエル>〉の『Ⅳ』の文字盤から、狂三の銃へ影が放たれた。
そして狂三が自らのこめかみに銃口を当て、引き金を引くと、時間が巻き戻ったように、狂三の身体の傷が消えた。撃った対象の時間を戻す【四の弾<ダレット>】の能力である。
それと同時に、琴里の周囲を飛び交っていた狂三の分身体達が、悉く燃やし尽くされ、灰になって風に消えていく。
「あら、もう打ち止めかしら? 案外少なかったわね。もう少し本気を出してくれてもいいのよ?」
琴里が戦斧を担ぎながら、ふふんと鼻を鳴らす。
その物言いに狂三は顔を凄絶に歪ませ、歯をギリとかみしめる。
「その言葉ーーー後悔させてあげますわッ! 〈刻々帝<
ザアアアアアアアフキエエエエエエエル>〉・・・・ッ!!」
その瞬間、狂三の左眼が、今までよりもさらに速く回り始めた。
「ッ! させるかっての・・・・!」
その不穏な様子に、琴里が〈灼爛殲鬼<カマエル>〉を振りかぶる。だがーーー。
「ーーーぁ」
小さな、本当に小さな声を喉から発して、その場に膝をついた。
〈灼爛殲鬼<カマエル>〉を杖のようについて身体の支えにしながら、もう片方の手で苦しげに頭を押さえる。
「く・・・・こ、これは・・・・」
「こ、琴里!?」
「っ、様子がおかしいでやがりますよ?」
一体何が起こったかは分からないが、琴里が窮地にある事は理解できた。思わず叫んでしまう。
「あッはははははははははははは!悪運尽きましたわ・ねェ!」
狂三が高らかに笑い、〈刻々帝<ザフキエル>〉の弾が込められた銃を琴里に向ける。
「くーーー」
士道は変身できなくとも、盾になろうと、駆け出そうとした瞬間ーーーー。
「・・・・・・・・」
琴里が、すっとその場に立ち上がった。
「っ、琴里! 大丈夫なのか!?」
士道が叫ぶが、琴里は答えない。
ただ静かにーーー爛々と光る真っ赤な瞳で、狂三をジッと睨めつける。
見慣れたはずのその顔は、なぜだろうか、全く士道の知らない少女に見えた。
「琴、里・・・・?」
「兄様、何かヤバそうでやがりますよ・・・・!」
琴里は〈灼爛殲鬼<カマエル>〉を天高く掲げ、その手を離すと、〈灼爛殲鬼<カマエル>〉の刃が空気に掻き消え、棍部分のみがその場で制止する。
「〈灼爛殲鬼<カマエル>〉ーーー【砲<メギド>】」
琴里の声に応えるように、刃を失い棍のみとなる。〈灼爛殲鬼<カマエル>〉が蠢動し、柄の部分が本体に収納され、琴里が掲げた右手を包み込むように着装される。
肘から先を長大な棍に覆われた琴里は、先端を狂三に定めた。
ーーーその姿はまるで、巨大戦艦の大砲だった。
〈灼爛殲鬼<カマエル>〉がその体表を展開させ、赤い光を放つ。
そして琴里の周囲に纏わりついていた焔が、先端へと吸い込まれていった。
「ーーー!?」
その様子を見てか、狂三の表情が、恐怖と戦慄に近い物に染まった。
「“わたくしたち”!!」
狂三が叫ぶと同時に、狂三の影から分身体が、二人の間を遮るように這い出た。
琴里が、静かに口を開く。
「ーーー灰燼と化せ、〈灼爛殲鬼<カマエル>〉」
その声は、何年も共に暮らしてきた士道が一度も聞いたことがないような、冷たく、平坦なものだった。
次の瞬間、琴里の構えた〈灼爛殲鬼<カマエル>〉から、凄まじい炎熱の奔流が放たれた。
まるで巨大な火山の噴火を数十センチの範囲に凝縮させたような圧倒的な熱量が、一本の線を引き、辺りが一瞬、一足早い夕日に彩られたかのように赤く染まる。
「ぐ・・・・」
「む・・・・」
士道と真那は思わず腕で顔を覆った。わずかに空気を吸っただけでも、熱気が容赦なく呼吸を阻害し、琴里の背後にいるが、目を開けていられないほどだ。
数秒のち、琴里の右手に装着された大筒が白い煙を勢い良く吐き出す。
「けほ・・・・っ、けほ・・・・っ」
軽く咳き込んでから視線を上げる。
視界を覆う煙が晴れーーー見えた光景に、二人と魔獣達は驚く。
床やフェンスは凄まじい熱によって融かされ、砲が通った後には何も残らなかったがーーーそこには、未だ狂三と〈刻々帝<ザフキエル>〉の姿があった。
だが先まで狂三を護るように這い出た分身体達は一人残らず灰燼と消え、狂三自身もまた。左腕を失っていた。恐ろしい熱量で消し飛ばされたからか、断面は黒炭のように煤け、血も流れていない。
また背後に浮遊していた〈刻々帝<ザフキエル>〉も、その巨大な文字盤の四半を貫かれ、『Ⅰ』『Ⅱ』『Ⅲ』の数字があった場所が、綺麗に抉り取られていた。
「くーーーぁ・・・・」
狂三が絞り出すように息を吐き、その場にがくりと膝をつく。
誰がどう見ようと、戦闘続行は不可能な状態。
ーーーしかし。
「・・・・銃を取りなさい」
琴里が、低い声で唱えながら、再び大砲の〈灼爛殲鬼<カマエル>〉を狂三に向ける。
「まだ闘争は終わっていないわ。まだ戦争は終わっていないわ。さあ、もっと殺し合いましょう、狂三。あなたの望んだ戦いよ。あなたの望んだ争いよ。ーーーもう銃口を向けられないというのなら、死になさい」
「琴里・・・・? な、何言ってるんだ?」
「あ、兄様!」
士道は琴里の元へと駆け寄り、その肩を掴んだ。
「おいどうしたんだよ琴里! それ以上やったら、本当に死んじまうぞ! 精霊を殺さずに問題を解決するのが〈ラタトスク〉じゃなかったのかよ!?」
しかし、琴里は士道の言葉に聞く耳を貸さず、再び〈灼爛殲鬼<カマエル>〉の砲門に、焔を引き込む。
「・・・・!お、おい、琴里!」
士道は琴里の前に回りーーー息を詰まらせた。
「な・・・・」
冷たく歪んだ双眸に、怪しく光る紅玉ルビーの眼。そして口元に浮かんだ、愉悦と恍惚に満ちた笑み。
「(ーーー違う。これは、いつもの琴里じゃ無い)」
そう確信した瞬間、戦慄した士道は駆け出していた。ーーー力なく膝をついた狂三の元へ。
「狂三!」
「士ーーー道、さん・・・・?」
「兄様!」
≪何をしている! 巻き込まれるぞ!!≫
魔法を使えば、狂三を連れて逃げられるが、士道は魔法が使えない。ならせめて、少しでも狂三のダメージを減らそうと、狂三の前にバッと立ちはだかった。
それと同時に、〈灼爛殲鬼<カマエル>〉から、再び万象全てを灰塵に灼き尽くす紅蓮の咆吼が放たれる。
「っ! ドルフィン!!」
≪了解よ!≫
[ドルフィン ゴー! ド、ドドド、ドルフィン!]
真那の右肩にドルフィンの頭部と青紫のマントが装備され、士道の前に立つと、水のカーテンのような防御壁を展開する。
その瞬間ーーー。
「っ!」
〈灼爛殲鬼<カマエル>〉を構えた琴里が、ハッと目を見開いた。
「おにーちゃん・・・・ッ! 避けてっ!」
叫び、〈灼爛殲鬼<カマエル>〉を上空へと向ける。
だが、そこから放たれる業火は、完全にはその軌道を変えきれずーーー。
「ああああああっ!!」
その爆風によって、真那は背後へ吹き飛びーーー。
「ぁーーーーーー」
士道は、視界が真っ赤に染まったところで、意識が途絶えた。
ーフェニックスsideー
『ハハ、ハハハハハハハハハハ!! 良いねぇ! 良いねぇ! あれが焔の精霊かよっ!! なあ! メデューサっ!?』
〈灼爛殲鬼<カマエル>〉の咆吼が放たれたその刹那、フェニックスは背中に炎の翼を広げて退避し、メデューサの元に戻った。
『焔の精霊〈イフリート〉。数年前に現れ、そのまま消息不明となった精霊。『ワイズマン』ですら行方を掴めなかった精霊が、よもや指輪の魔法使いの側に隠れていたとはな』
メデューサは来禅高校を見て呟いた。
『メデューサっ! あの精霊は俺にやらせろっ! アイツとなら最高の殺し合いができるぜっ!!』
『・・・・先ずは『ワイズマン』にこの事を報告する』
『おいざけんなよ! せっかく面白そうな獲物が現れたってのに・・・・』
憤慨するフェニックスの胸にメデューサの髪から伸びた蛇が口を開けて、牙を突き立てた。
『がぁあっ!!』
短く悲鳴を上げたフェニックスは膝立ちになり、噛みついた蛇が魔力を吸い上げ、フェニックスはユウゴの姿に戻り、メデューサもミサの姿に戻り、冷徹な視線を送る。
「調子に乗るなユウゴ。先ずは『ワイズマン』への報告が優先だ。従わないなら・・・・」
「ちっ・・・・!」
髪を掻き上げるミサに、ユウゴは舌打ちしながらも立ち上がり、ミサの先へと歩を進める。
「安心しろフェニックス。〈イフリート〉を絶望させる鍵は、とっくに分かっているからな」
ユウゴの後ろ姿を見ながら、ミサは、この間ショッピングモールで顔を合わせた、愚かな魔法使いの間抜け面を思い出して冷笑を浮かべた。
こうして見ると、暴走状態の琴里とフェニックスって、混ぜるな危険って感じですね。
ネタバレ。この章で、精霊達が・・・・!