袴紋太郎の中編・短編集   作:袴紋太郎

5 / 6
景虎ちゃんがあんまりにも可愛かったので書いてみました

転生、拙い歴史知識などありますがそこらへんは温かい目でお願いします


竜虎相搏つ・前編/fate

 

時は戦国、日本においては幕府の影響力は既になく。

 

有力者たちは領土獲得、あるいは防衛がため日夜戦い続けていた。

 

群雄割拠、下克上、弱者は滅び、あるいは強者を引きずり落とす諸行無常。

 

そして今、関東にて覇を唱えんと一人の男が立ち上がった。

 

男の名は武田晴信、信玄の法号の方が有名であろう。

 

信玄は眼前にて広がる戦を眺め、軍配の持ち手を固く握り締める。

 

川中島の戦い、宿敵とされる戦国大名との間に5度も行われた激戦。

 

四度目となる川中島の戦いに、信玄は瞑目したまま心中にて怒鳴り散らしていた。

 

あのバケモン、何で死なねぇんだよォォォォォォォォォォォォォォォ!!!

 

宿敵の名は、長尾景虎。

 

後の上杉謙信である。

 

◆◆◆

 

「何でこうなったんかなぁ……」

 

武田信玄、甲斐の守護大名武田信虎の次男として誕生。

 

幼き頃より長禅寺にて勉学に励み、軍術が収められた中国の七部とされる孫子・呉子・司馬法・尉繚子・三略・六韜・李衛公問対を日夜読みふけたという。

 

元服し父である信虎に従軍するようになってからは、信濃の海口城攻めにて初陣にも関わらず城を陥落、武将の首を信虎へと献上した。

 

しかし誰も知らなかった、この男の中身が何百年も先の平和な時代で生きていた日本人だという真実には。

 

「何でよりにもよって信玄なんだよ、ハードモードってレベルじゃねぇぞ…」

 

領土拡大のため周辺諸国へと攻め込み、条約を無視、あるいは一方的に破棄し利用する。

 

戦国時代における鬼畜大名ランキングトップ10に絶対に入るほど、信玄は派手にやっていた。

 

何故そこまでやっていたのか。

 

天下統一?

 

否、単純に彼の治める甲斐という国がとんでもなく貧乏であったからだ。

 

領土の大半が山岳地帯であり、米を作るための平野がほとんどない。

 

土地がないから米が作れず、作れないから米は売れず、年貢としてとれる最低限しかないため大名も貧乏。

 

生存権獲得のためには外へ土地を刈り取るしかなかったのだ。

 

史実知識? 技術チート? 生き残るのに精一杯でそんな上等な事出来るはずもなし。

 

故に、信玄の人生は平穏とは程遠かったのも無理はなかっただろう。

 

信濃制圧を果さんとする侵略者(甲斐の虎)

 

野望を阻む守護者(越後の龍)

 

両雄が激突する川中島の戦い、記念すべき四回目の決戦が始まろうとしていた。

 

「兄上、なにとぞ別働隊の大将を私に!」

 

熱心に軍師と組んでプリーズと連呼するのは、実弟である武田信繁。

 

傍らには隻眼の軍師、山本勘助。

 

どうしたもんかなと、信玄は再び心中にて溜息を吐いた。

 

四度目の川中島決戦、その背景は同盟相手である北条からの救援要請であった。

 

この時代、時の征夷大将軍足利氏の威光は既になく。

 

各々が自分の領地を維持、獲得するため日夜ホットなバトルステージ。

 

関東10ヶ国を纏める役目を持つ鎌倉公方も、名ばかりの残骸でしかなかった。

 

鎌倉公方補佐たる関東管領を世襲する上杉は、将軍の名のもとに関東統一に乗り出すも尽く失敗。

 

当代関東管領・上杉憲政は北条との戦いに敗れ、越後へと逃げ込み養子に上杉の家督・関東管領の譲渡。

 

誰なのかは言うまでもない、のちの上杉謙信である長尾景虎だ。

 

景虎は関東管領職就任の許しを得るため、京へと上洛。

 

将軍・足利義輝に謁見することで、幕府のトップから「お前関東統一しちゃってYO」と大義名分を入手。

 

関東の諸大名たちは景虎に味方し、軍勢は10万を超える大勢力となった。

 

流石の北条もこれはあかんと同盟相手である武田にヘルプ。

 

北条が倒れれば次は武田が狙われるのは明白、上杉軍の背後を抑えるために川中島にて海津城を築城。

 

前門の北条、後門の武田、いかに10万の軍勢を持つ上杉といえど関東三傑のうち二人を同時攻略できるはずもなし。

 

仕切り直しのため、越後へと帰還するためには後ろを抑える武田を攻略せなばならない。

 

逃げる上杉の背には北条、急がねば再び挟み撃ちにされてしまう。

 

上杉にはとにかく時間がなかった、逆に武田からすれば北条の追撃が来るまで時間稼ぎに徹すればいい。

 

「信繁よ、我らは打って出る必要はない。ゆるりと構え真綿を締めるが如く、上杉めを抑えれば良いのだ」

 

「総大将たる景虎を討つ役目を、北条に譲ると仰るか!」

 

※景虎は当時、上杉政虎と改名していますが本作では景虎で通します。

 

海津城にて開かれた軍議は、既に茶番と化していた。

 

他の家臣たちも同様に頷いているのを見て、弟は根回しを終わらせていたと悟る。

 

彼らの言い分も分からんでもない、散々煮え湯を飲まされ続けてきた宿敵を屠る好機。

 

これを逃がす道理もなければ、譲るなど以ての外。

 

でもなぁ、勘助の作戦見破られてそのままお前らやられるんだよなぁ。

 

啄木鳥戦法、機動力のある精鋭部隊を敵陣の中核や留守城などに迂回進軍させ、敵がそれに気を取られている隙に本軍で一気に攻略するというもの。

 

10万あった大軍勢は、およそ1万と3千までに縮小。

 

時間的猶予のない上杉軍を強襲し、一気にカタをつける。

 

だが戦争の申し子、毘沙門天の化身を名乗る景虎はそれを看破。

 

結果、信繁含め有力な家臣が討ち死にするという損害を受けるのだ。

 

「兄上、ご決断を!」

 

「お館様!」

 

「下知を!」

 

どうしたもんかねと、未だに沈黙を貫く軍師へと視線を向ける。

 

いつも通りの仏頂面、片足を引きずる様はなんとも不格好。

 

足軽大将として仕えてきた軍師は、己の策謀をひけらかす素振りすら見せない。

 

そうか。

 

そうか。

 

わかった(・・・・・・)

 

「そこまで申すのであれば、別働隊を任せよう」

 

してやったりと笑を深める弟から、信玄は目を背けた。

 

◆◆◆

 

武田信繁は絶頂ともいうべき高揚感に身を任せていた。

 

別働隊を率いて上杉本陣へと強襲をかける、その数約1万2千。

 

上杉本陣が敷かれた妻女山へ向かう前の小休止、信繁は頬を赤らめ夢想に浸る。

 

大任を受けた信繁の胸中に宿るは景虎への憎悪ではなかった。

 

「やっと、やっと貴女に会える」

 

最初に見たのは、3度目の川中島。

 

雪の如く白い肌と髪、欲の見えぬ透き通った眼差し。

 

美しいと、そう思った。

 

人は醜い、父も兄も人の俗に触れすぎている。

 

寵愛を受けていたはずの信繁にとって、父である武田信虎は嫌悪の対象でしかなかった。

 

欲望、野心、狂気、戦国大名として今の武田を、甲斐を作り上げた父が悍ましくて仕方がない。

 

その父を恐れさせた兄もまた、信繁は嫌悪した。

 

いや、恐れていた。

 

健全な家督相続、領地運営のため実の父を追放。

 

敵対する者には容赦をせず、無機質に始末していく兄。

 

気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

 

この世は気持ち悪いもので満ちすぎている。

 

だから、美しいものに触れていたかった。

 

綺麗なものを、見続けていたかった。

 

ああ、今から参ります。

 

綺麗で、真っ白な貴女に―――

 

そこで信繁の意識は途切れる。

 

山本勘助の振るう十文字槍の穂先が、信繁の首を引き裂いたからだ。

 

「…御免」

 

周囲に人影はなし、勘助が人払いを済ませていたからだ。

 

そこに疑問も警戒も持たぬ男では、奇襲が失敗するのも当然。

 

「もしこの邪念さえなければ、このような策を立てずとも済んだものを」

 

勘助は信繁の企みを見抜いていた。

 

兄たる信玄へ向けた嫌悪と恐怖、影虎に抱いた理想。

 

逆であれば、まだ救いがあったというのに。

 

武田信繁は、上杉の将兵によって討たれる。

 

馬蹄が大地を踏み抜く音、直感は確信となって勘助の命を奪うのだ。

 

それでいい。

 

それでいいのだ。

 

それでいいのです(・・・・・・・・)、お館様。

 

別働隊の役目は奇襲、されど本質はそこではない。

 

貴様ならば我が策に気づくだろうよ、長尾景虎。

 

眼前に迫るは、白馬にまたがる上杉の総大将。

 

そうでなくては困る。

 

我らは餌だ、毘沙門天。

 

我らを餌に、貴様を釣るための。

 

ここで死ね、長尾景虎。

 

武田が殺す、信玄が殺す、貴様を殺す。

 

断ち切られた首が空を舞う。

 

「敵将討ち取ったりーーーーーー!」

 

「笑み」だけが貼り付けられた歪な乙女は、高らかに刀を掲げた。

 

 




調べれば調べるほどわかる信玄の鬼畜っぷり、北条親子といい今川パッパといい化物しかいないんだよなぁ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。