王になれなかった女の話 作:石上三年
マーリンから聞きました。あの人について方々で聞いて回っていると。
といっても私も話せることなどほとんどないのだが。
子供の頃にやって来たけれど私の記憶が消されていた、その時の話はケイ卿から聞いたのか。
ああ、カリバーンが折れてしまった時は正直にいうと、あの人どころではなかった。あれは当時に私がウーサー王の後継者であることを対外的に示すために必要なものでもあったのだ。
そうだな、私に話せるとしたら、モルガン直々の密偵騒ぎのことか……。
モルガンの夫でもあるオークニーのロット王を始めとした諸王の反乱。
マーリンによって兵站の動きからもその兆候があると知らされたものの、こちらの兵糧の都合上私も決定的な対策を取れなかった頃だ。
あの日、マーリンが侵入者に気づいた。
モルガンは魔術を使って忍び込んだのではなく、自ら送り込んだ密偵からの情報を利用して、我が拠点に物資を運び込む商人の一団に紛れ混んでマーリンの結界をすり抜けたのだ。
マーリンが気づけたのは、マーリンの持つ眼と、とある場所にしかけていた別種の結界ゆえのことだろう。
モルガンは自分の送り込んだ密偵からの情報で、当時の私の軍勢の総力を簡単に図れたはずだ。
とある場所にあったのは、特別な武器庫。マーリンをしても再現は難しいというような、ロンゴミニアドのような聖なる武具 の置き場でもあった。
私はマーリンに勝る魔術師など知らなかったが、そのマーリンをして敵対しようとしまいと最大の警戒をして臨まなければならないという相手がそんな場所に侵入しようとしていたのだ。私は急ぎその武器庫に向かった。
人気も無く、日の光も届かない場所だった。私も意識しなければ彼女の使った人避けの魔術に惑わされてしまうところだった。
私が武器庫前にたどり着くと、私に背をむけて灰色の長い髪をした女性が扉を探るように触れていた。
その姿を見た瞬間、騎士見習いですらなかった頃の子供の頃の記憶がよみがえった。わざわざ私の記憶を消していったあの人が、そこに居た。
マーリンが彼女によって私にかけられた魔術を解いていなければ、私はおそらく戦場で敵を捕虜にする時のような態度を取ってしまっていただろう。
でもその時の私は、彼女が忘れていて欲しかった出会いを思い出せたのだ。
私に気づいて振り返ったあの人に、あの日と同じように私は呼び掛けた。
「モルゴース」と。
あの人は目を見開いて唇を震わせた。
私にあの人の声は聞こえなかったが、「なぜ」と言っていたような気がする。
ああ、マーリンが術を解いてくれなければ、私はあの人の本当の名前を極めて事務的に呼んでいただけだろう。
だがあの人の動揺も一瞬だった。すぐにあの人は険しい眼差しになって、魔術でどこからか取り出した槍を構えて私に向けた。
私が話がしたい、と告げるとあの人は逡巡してから「他に誰も居ない場所でなら」と言って、槍を下ろしたのだ。
私はその条件をのんでマーリンに人払いをさせた部屋で、あの人と二人で話すことにした。まあ、マーリンは最低限の用心として覗き見をしていたかもしれない。
既に私の元にはガウェイン卿や貴方がいて、アグラヴェイン卿もやって来たばかりだった。
その誰もが信頼に足ると私は判断していたからこそ、あの人とも敵対せずに済むならその方が良いと思っていた。
ただな。二人きりになった部屋で険しい顔になったあの人と話せば話すほど、その望みが無理難題であると知ることになってしまった。
あの人は私に尋ねた。何故王になったのかと。
私は正直に、選定の剣を抜いた日の、否、選定の剣を抜く直前の心境を答えた。
それはあの人の表情をますます険しくさせた。
私は尋ねた。
何故諸王の反乱に荷担するのか、と。何故尊い身分の女性の身で、危険を承知でここまで乗り込んできたのかと。
あの人は激昂した。
「それをお前が言うのか」と。
……不思議そうな顔をしているな。
いや、検討違いな怒りではなかったのだ。私が墓まで持っていくと決めた秘密があるのだ。あの人がそれを知っていたことも関係ある。
私が安穏とブリテンの王の座を降りることがあれば、貴殿にもガウェイン卿にも教えて構わないとは思うのだが……。
ああ、話を戻そう。
あの人は怒りながらも答えてくれた。
諸王の反乱に荷担するのは、当時の私が王として信頼に値しないと考えていたから。
女性の身で危険を侵したのは、それが一番あの人にとって望む未来を引き寄せる可能性の高い手段としてロンゴミニアドを手に入れる必要があったから。
……当時の私は何故、それがロンゴミニアドを求めることにつながるのか分からなかった。
今なら分かる。あの人は今の貧困にあえぐブリテンを予見していた。
私が聖杯の奇跡でもってそれに対抗しようとしたのに対し、あの人は聖槍の力の一部をもってしてそれを覆そうとしたのだ。
ヴォーティガーンを倒した槍に、そんなことが出来るのかだと?
人間には不可能だ、無論私にも。
だがマーリンをして魔術の天才と賞されるあの人だ。
マーリンも言っていた。
「彼女なら聖槍の力や機能の一部を奪うか制御して、世界そのものを時間の制限がつくかもしれないとはいえブリテンの人々に都合良いものに置き換えてしまえたかもしれない」と。
ええ、恐ろしいことだと思います。
あの時、あの人はヴォーティガーンを倒す算段をつけているのか、と訪ねてきた。
ええ、私は聖槍の力でヴォーティガーンを倒すと答えた。実際その通りになった。
あの人はヴォーティガーンの正体、いえその果てが何であるかを知っていたからこそ、私のその策を否定した。
私はその時点で知らなかった、聖槍で古きブリテンを体現する竜を縫い止めるその意味を。
あの人は厳しい声で言いました。
お前のやろうとしているその行いは、呪詛がかけられているからと呪詛のかけられた体の一部を切り落とすに等しい愚行だ、と。
より正確に言うなら、体の深い部分に寄生している害ある虫を素手でえぐり出しその傷を治療せずに放置するようなものだと。
私は反論した。
ヴォーティガーンを退けた後にこそ、ブリテンを豊かにするための策を講じる時間ができるはずだと。
貴方にヴォーティガーンを退ける策はあるのかと。
あの人はヴォーティガーンを知りぞける策はあるが、それよりもブリテンの土地から失われていく豊さを取り戻すか補う策が先だと。
あの人はその具体的な手段として、大陸の侵略すら視野に入れていた。
ええ、ブリテンの民を大陸側に入植させ、ブリテンには異なる種と血を王命の元に受け入れさせる。
そこに民の喜びがあるか私には確信できなかった。
……ええ、そんなやり方は騎士の道ではありません。
それどころか王の道ではないとさえ、その当時の私は思って激怒した。
しかしあの人にとっての王とは、民に代わって悪を敷き、全ての怨嗟と責を受け止める者なのだ。
ええ、今の私には否定することすら許されないかもしれない。
けれど、今でもあの人のやり方は間違っているとしか思えない。
ブリテンが滅びを防ぐために、関係のない大陸側の民を不幸にしていい理由などない。交易などの平和的な手段もあるのだから。
……そういう私だからこそ、従うことを選んだ騎士もいる。最初こそ父の命令だったが、少なくとも今の自分はそうだと。
そう言ってくれるのか、貴方は。
ありがとう。
その後、あの人は槍を振るい、私は剣を抜くことになった。
すぐにマーリンと拠点に残っていたケイ卿がやってきて、私に助太刀してくれた。
そして私に手傷を与えてようやくあの人は自分から本当の名を告げた。
私が軍を得る前に妨害してきた時もあの人は決して私の前に直接姿をみせなかったのに。
ウーサー王の娘にして長子、お前に後継者の座を奪われた女。アーサー・ペンドラゴンを名乗るお前の敵、お前から王位を取り戻す者。
モルガンである、と。
あの人は、あの日そう告げて私の敵になったのだ。