王になれなかった女の話 作:石上三年
おや、どうしたのです。そのように神妙な顔をして。
……母上について、私の意見を聞きたいと。
それは構いませんが、モルゴース様とモルガン、どちらの話ですか?
そうですか、そちらの母上ですか。
いえ、そちらなら私にも話せることはある。
モルゴース義母上のことだと、私もあまり話せることはありませんから。
実のところ、王の敵となったあの人を、私は斬ることはできても憎むことができないような気がするのです。
どのような盟約がウーサー王と父上の間に交わされたかは分かりませんが、私の覚えている父上と母上は政略のために結婚しながらも仲睦まじかった。その姿は貴方も覚えているでしょう?
その姿を覚えているからこそ、母上はもはや永遠にアーサー王の敵に回るしかないのだと、私はそう思ってしまうのです。
初めは政略結婚だったそうですね。
ウーサー王とあのマーリンは父上……オークニー王と何らかの盟約を交わし、ウーサー王の下から二人の娘を妻として迎え入れた。
一人はティタンジェル公ゴルロイスとイグレインの間に生まれたモルゴース様。この方は父上の最初の妃となった。
もう一人はウーサー王とその愛妾の間に生まれたモルガン。
この人はモルゴース様が死ぬまで、妾という立場だった。
モルゴース義母上は血筋については申し分なかったが、とても体が弱く跡継ぎなど望めなかった。
モルガンは母方の血筋についてはオークニーに全く利益をもたらさないがあの人自身はとても健康で、ウーサー王の血筋に生まれる超常の力を持つ者をロット王の後継者として生める可能性があった。
ええ、もしかしたら私の体質はそういうことなのかもしれません。
けれど、父上と母上は最初から王に仕える騎士として私を育てたのです。
ええ、私は母上と違って王としての教育を受けていない。領地を持つ者として最低限の知識は身に付けさせられましたが。
え? 全く向いてないから教えられていなかったのでは? 貴方は王の最低限の補佐が務められるようにと多少は教わっていた?
……。
ああ、すみません。落ち込んでいませんとも。
父上と母上は、私が生まれた頃からいずれ世に現れるであろうウーサー王の正当な後継者のもとに送り込むために私を育てていたのでしょうか。
慣例からいうなら、アーサー王に何かあったとき嫡子がいないのなら王の姉の元に生まれた男子が後を継ぐというのが正しい。
アーサー王の正当な後継者と成りうるならば、最初からアーサー王の元にて評判を高めた方が周囲への心証はよい。
……かの諸王の反乱で、アーサー王が敗北しようと勝利しようとウーサー王の血筋とオークニー王の血筋は残る。
そのように父上たちが画策していたのではないかと、貴方は推測しているのですね?
故に父上たちは影では率先して動き、反乱を主導していた、と。
ああ、確かに辻褄は合う。
恨まないのか? ああ、恨まない。
それがあったからこそ、私は私の仕えるべき王に出会えたのだから。
……話を戻しましょうか。
母上について、私見ですが、あの人が魔女と呼ばれるようになる契機はやはり父上との死別だったと思うのです。
反乱が終わり父上が亡くなって、オークニーをこちらの領地として引き渡すように求めに、あの城に閉じ籠る母上に会いに行った時のことです。
ええ。アーサー王に仕えるために王の下に駆けつけて以来の初めての里帰りでした。ああ、私も旅に出た時はあの城で父上が帰りを待っていてくれると、信じていたのにな。
マーリンとケイ卿とお前以外の誰もが反対したのに、私は一人で会いに行った。
私はむしろ、あの人の子供以外の誰が使者として赴いても殺されるような気がしていた。
城にたどり着くまでに妨害はなかった。
城にたどり着けば丁重に、見知らぬ顔の使用人たちが私をもてなした。
まるで自分が客人になってしまったような疎外感ばかりがあった。
しばらくして羊皮紙の束を抱えて母上がやってきた。
母上はひとまず羊皮紙の束を机上に置いて、私と向き合ったよ。
かつて見た溌剌とした気配は見る影も無く、あの人は世の全てを厭うように気だるげだった。
オークニーの引き渡しについて要求を述べるとあの人は、こちらを嘲けるように笑い声を上げた。鳥の鳴き声のような、喉の奥をつまらせるような、それでいてどこか甲高い、嫌な笑い声だった。
あの人は皮肉を言った。
太陽の聖剣に選ばれたというだけで、若輩者のお前が使者として大きな口を叩くのね、と。
私は言い返せるだけの功績もまだ無かった頃で、口をつぐむしかなかった。
だが、あの人の興味はすぐに私から失せたようで、机の上の羊皮紙の束を私に見るように促した。
私はそれに従った。
羊皮紙に記されたオークニーの領地としての詳細な記録だった。
昨年の作物の収穫、兵士の数と練度、税収、人口。作物の収穫を増やすための工夫と、試行錯誤の結果。ブリテン島全体の、蛮族の侵入路となる地形の詳細、その周辺の集落についての情報。
母上は私が新しい羊皮紙に手を伸ばす度に、その内訳について概略を述べた。
羊皮紙の筆跡は、私にも見覚えのある癖が目立った。
文字と文字の間が均等なのに、特定の文字になると最後をはねるように伸ばしてしまう癖。それは父上の字だった。
流れるような走り書きに見えて、見て美しいと分かるような端正なバランスで書かれた文章。あれは母上の字だった。
どちらの字も、羊皮紙の量は負けていない。記録の緻密さという意味では、少し母上の方が上回っていた。
きっと民から見て父上と母上は悪い為政者ではなかったと、そう思える記録でした。
私が全ての羊皮紙の中身を確認すると、あの人は立ち上がって部屋を出ていこうとしました。
私が呼び止めると、母上は一度だけ立ち止まってこちらに挑発するような笑みを向けました。
「何があろうとアーサー王に下るのは御免被るわ。さようなら、ガウェイン」
と言って、母上は部屋どころか城を出ていってしまいました。
以来、母上は一所に留まることをしなくなったようです。
アグラヴェインが王に請われて、あの人が各地に作っていた隠れ家や拠点を教え、マーリンが捜索したものの、一度たりとも姿を捉えることすら出来なかったそうです。
あの日、私は母上を追いかけようとしたものの、オークニーに一人残されたガレスに出会い、追うのを諦めました。
ええ。私たちが王に仕えるために旅に出たころは、物心もついていなかったあの子も大分背が延びていた。
……いえ、一人残されたというのは言葉の綾です。
実際にはあの子の身の回りの世話をする従者や侍女らがいましたから。
結局私は、オークニーを母上たちから託され、王から預かることになりましたが、私はほとんどオークニーに帰りませんでした。
領地を預かる者として最低限の務めを果たしてはすぐさまキャメロットに引き返すような生活ばかりしていました。
手紙で何度かやり取りしてはみたものの、あの頃のガレスとはあまり直接言葉を交わしていませんでした。
今思えばそんな風にしていたから、あの子が領地からキャメロットを目指していたことも後から聞かされることになってしまったのかもしれません。