王になれなかった女の話 作:石上三年
あれ、どうかしましたか?
え? お母様の話?
……私が語れることはごくわずかです。
私が物心ついた頃には、母はオークニーの城を空けてばかり。
城に戻れば父となにかを歓談しては、部屋にこもって何かの研究をしたり、たまに槍の鍛練をしたり。
いつも忙しなく働いているような印象があります。
でも、母親として決して悪い親ではなかったような気もするのです。
私が寝付けなくて城を彷徨うように歩いていた夜、母は私を見つけると抱き上げて寝室まで運んでくれることがありました。
そのまま寝台に私を横にならせると、私が眠れないとみるや、古の英雄譚を語り聞かせてくれたのです。
私の前で母はいつも優しい母親でしたから、私はそれ以来夜に眠れないふりをして何度か部屋を抜け出して母の部屋を訪ねては物語をねだりました。
思えば私が騎士に憧れを持つ切欠は、母の聞かせてくれた物語と風に聞こえるアーサー王の武勲だったのかもしれません。
私が最後に母を見たのは、城の中は何かを恐れて息を潜めているように静かなのに、どうにも落ち着きがなき慌ただしい気配に満ちているような変な日でした。
ええ、私は後から知りましたが父が死んだと知らせがあった日でした。
珍しく母上の居室から人の気配がしたので……。
え? はい。母上は魔術師ですから部屋の掃除などは自分でなさっていたと思います。
私が部屋を訪ねると危険なものがたくさんあるから入ってはいけない、と何度も言われていました。
仕えていた人の中にも、母上が城を出ている間に部屋の掃除をしている人はいなかったと思います。
そうですね。
あの日、珍しく母上の居室から気配がして扉が完全には閉まっていなくて、少し隙間が開いていたのです。
子供だった私は後先考えずに隙間から部屋の中にいるであろう母に声をかけようとして、隙間に顔を近付けました。
ええ、本当に今思えば子供だったとはいえ迂闊で不用心だったと思います。
隙間に顔を近付けた私は廊下に向かって小石のように弾き飛ばされ、悲鳴をあげました。
母上が大きな声で私の名前を呼んで、部屋から駆けて出てこなければ泣いていたかもしれません。
転んだように座り込んだ私の側にしゃがみこんだ母上は私の無事を確認すると安堵したようにため息をついたのです。
その時に私は痛みを忘れて驚いていました。母の目元が泣きはらしたように赤く染まって、目尻に涙が浮かんでいたからです。私はその日初めて、母上の笑顔とちょっと困った時の顔以外の表情を見たんだと思います。
私が泣いていたわけを問うと母上は、ぎゅっと私を抱き締めて、何度も「ごめんなさい」と呟いていたんです。
その「ごめんなさい」を聞いていると何だか悲しくて、私もつられるように泣き出してしまいました。
最後には泣き疲れて寝てしまった私を、いつもように母上が抱き抱えて私の部屋まで運んでくれたのだと思います。
目覚めると次の日になってしまっていました。母上のことが心配になった私は、飛び起きて母上を探しましたが、母上は城をガウェイン兄様にオークニーの領地と城を託して、城から出ていってしまった後でした。
以来、私は未だに母上に会えていません。
だから、私が最後に見た母上は泣き顔だったのです。
これを投稿する前にまさかのガレスちゃんFGOに実装。
この話を書いたのは実装前で、開き直ってそのまま投稿しました。
4周年前まではガレスちゃん実装は2部6章前後だと根拠もなく考えていました……。