ルナから自国絶対滅ぼす計画を聞かされ、俺は拠点に帰る。周りに敵しかいない、自国に考えられないほどのヘイトを抱いている彼女だが、それでもこの国の王女なのだ。そんなところにお抱えとはいえ奴隷兵がいつまでもいれば周囲からは良くない顔をされる。
本心では彼女は腐った連中の評価など気にしていない。だが、それを五月蝿く言う者がいるのは事実。滅亡計画を前にして、余計な警戒をさせたく無いと普段通りの時間を過ごして、普段通りにこの場から立ち去る。
だが、今日に限って普段とは違う事が起きた。
「そこの奴隷兵、待ちたまえ」
「ハッ」
背後から声をかけられ、身体の向きを反転させながら片膝をついて頭を下げる。ルナと違い、気軽に応じれるような相手では無い。なので本来の立ち位置として応じる。
視界に入ったのは緩い金髪を靡かせた端正な顔付きの青年。御伽噺に登場する王子様のような甘いマスクの兵士だった。よりにもよってこいつか、と内心で顔を歪めながらも表には出さない。
「貴様、ルナ様のお部屋から出てきたが」
「いつも通りでございます。先の戦争での功績に準じた褒賞を与えるというお話でした」
「またですか……奴隷兵に褒賞を与えるのは兎も角、何故ルナ様はわざわざ自室に呼び寄せるのだろうか」
「私にはあのお方の考えは分かりかねます」
正規の兵士だが、奴隷兵である俺に褒賞を与える事に関して罵倒も暴力も振るわない事から分かるように彼は腐った連中が多いこの国では数少ないマトモな部類に入る。戦争中、最低限の食事すら与えられない俺たちにわざわざ食べ物を与えてくれた人物だ。感謝はしているし、騎士のような立ち振る舞いを自然と出来る事は尊敬すら覚える。
だが、
「あぁ、ルナ様、ルナ様……!!女神の如く美しい、麗しの姫君様……!!貴女様の為ならばこのフレック、例えブラックトリガーであったとしても勇敢に戦いましょう……!!」
この男、フレックはルナの狂信者なのだ。自分から彼女の事を話題に出し、勝手にトリップするなど日常茶飯事である。地球でも似たような輩はいたが、こいつ程酷くは無かった。
問題なのはこの男がルナに執着している事。アフトクラトルへの手引きに加えてクーデターまで企てているのだ。今までは公で殺せる理由が無かったから毒殺や暗殺などの回りくどい手段を選んでいた。だが、もしもフレックがその事を知り、何かの拍子に権力者に知れた場合、ルナは国家反逆罪で堂々と処刑される事になる。
ルナがそう簡単に尻尾を掴ませる様な無様を犯すとは考えられない。が、こいつがルナの事を嗅ぎまわった結果として計画を知られる可能性がある。
ここで、あるいは人目に付かない場所で始末するべきかと考えると、フレックが片手を突き出して何かを制止する動作を取った。
「待ちたまえ、
その言葉を聞いて咄嗟に視線を周囲に走らせる。幸いな事に廊下には俺とフレック以外の人影は見えない。視界に映らぬ範囲や隠れている可能性もあるが、気配は感じず小声で話されたので聞かれる事はないだろう。
「……フレック様、迂闊です。誰かに聞かれたらどうするのですか」
「問題ない。既に腐敗している者どもの行動パターンは把握済みだ。この時間帯に城に出向いている者は居ないし、今はこちら側の兵士が務めている。それとなく人払いをさせている」
ルナの急所を軽々しく口にするので頭がイカれているのでは無いかと思ったが、そこはちゃんと考えていた様で安心する。よく考えてみれば、この男がルナの不利益になる様な行動をするはずが無いのだ。
「それに、例え危険を冒してでも知りたかった事が知れたのだ」
「何を知りたかったので?」
「貴様がどちらかだ」
その瞬間、フレックが腰に下げていた剣を引き抜いて俺の首に突き付けてくる。避けられるし防げる、反撃まで出来る程の速度だったが、それを抵抗する事なく受け入れる。
「私たちの不安定要素は貴様だ。ルナ様に仕えているが奴隷兵、あのお方よりも位の上の者から命令されれば従わざるを得ない立場にある。あのお方の側にいる貴様ならば間違いなく計画の事を聞いている筈だ。望むにしろ望まぬにしてもスパイとして使われるかもしれないと考えるのは当然の事だろう?まぁ、その反応を見る限りは問題ない様だが」
「だったら剣を退けてくれませんか?切れてるのかちょっと痛いんですけど」
「ハッハッハ」
「いや、ハッハッハじゃなくて」
殺意は無いし敵意も感じない。だが声では笑っていても目が笑っていない。このまま首を斬られそうで怖い。
「兎も角、貴様がどちらなのかを知れただけで十分だ」
「不安要素は排除する、とはなさらないのですか?」
「それは手の一つではあるが、それをすればあのお方は
「ルナ様の不利益になる様な事は絶対になさらない」
「その通りだ。非常に、非常に、非常ぉぉぉに気に入らない話だが、ルナ様は貴様の事をお気に召しておられる様だ。少なくとも、クーデターの事を伝える程に。そんな貴様を排すれば、間違いなくルナ様は悲しむだろう」
苦々しい顔をしながらも、フレックは剣を納める。当たっていた場所に手をやれば、やはりというべきか血が流れていた。とはいえ傷は浅い。これならば時期に塞がるだろう。
「ルナ様の為になるのならば、私はいくらでも涙を飲もう。私はいくらでも苦しみを受け入れよう。私はいくらでも血を流そう。あのお方が笑顔でいて下さるのならば、私はそれで満たされる」
「この事を、ルナ様にお伝えは?」
「しなくていい。こんな些事など耳に届かせる必要はない」
フレックはルナに対して異常なまでの執着を見せているが、それはそのまま忠誠心と言い換える事ができる。彼女に自分の努力や苦労を認めてもらい、褒めて欲しいなどと欠片も考えていない。
ただ、彼女の為になるのならば、自分の命さえも簡単に投げ出せる。それだけの忠誠心をこの男は抱いている。
「……分かりました、今までのやり取りはルナ様のお耳に入らぬ様にします」
「それで良い」
「その代わり、この首の事をお伝えしようと思いますがどう思われますか?」
「待て、少し話し合おうじゃないか」
今の俺の立場は奴隷兵であるが、同時にルナお抱えの兵士でもあるのだ。正規兵であるフレックが俺に対していくら危害を加えようとも問題にはならない。だが、間違いなくルナの耳にフレックが俺に危害を加えた事は伝わるだろう。
人気の無い部屋に場所を移動しての話し合いの結果、貨幣の詰まった皮袋を得る事が出来た。
奴隷兵の居場所は城内に、そして城下町に存在していない。外壁の外、町を出入りするための門から遠く離れた平野にいくつかのテントを立てて、そこで暮らす様に命令されている。
逃げ出す事は出来なくは無いが、そんな事をしても発信機の類がつけられているせいで正規兵たちに追いかけられ、奴らの〝玩具〟になるだけ。仮に逃げられたとしても、野生動物が生息しているのでトリオン体では無い生身で向かえば、あっという間に肉食動物の餌食になるか食べ物が得られずに餓死するかのどちらかになる。それならば、奴隷兵に甘んじている方がまだ生きる事が出来る。
俺が奴隷兵として最初にここに連れて来られた時は酷かった。何も無い平野にボロボロの毛布だけが置かれていたのだから。俺が戦場で立てた功績をルナが利用した結果、最近になって何とか雨風をしのげるテントを立てる事ができたのだ。
もっとも、そのテントの大半は使われていない。奴隷兵の数よりもテントの数の方が多いのだ。
奴隷兵がここに連れて来られるのは戦争と戦争の合間の僅かな時間だけ。戦場で生き残らなければ、ここに来る事が出来ない。先の戦争の生き残りは三十人程。慣れた者は今のうちにしっかり休んでいるだろうし、慣れていない者は現実逃避でもしているだろうか。
それを見て騒がしくなったなぁと思う。何せ、四、五年前なんて生き残りは一桁が当たり前だったから。俺がルナに見初められて、専用のトリガーを与えられ、ようやく生き残りが二桁に届く様になった。だが、それでも数百人中の二桁でしか無い。
別に見知らぬ誰それが死のうが気にならない。
だが、目の前で誰かに死なれるのは酷く心に効くのだ。
暗い考えが湧き上がってきて軽く鬱になりかけたので頭を殴る事でその考えを追い出す。ルナの計画が上手くいけば、一月後にはこんな地獄の様な世界からオサラバする事が出来る。
それまでの辛抱だと、自己暗示の様に言い聞かせる。
「はぁ、寝るか。こういう時は寝るに限る」
やる事は無いし、鍛錬をするつもりにもならないので気持ちをリセットするために使っているテントの中に入ろうとした時、
「お帰り」
「ぐぉお……ッ!!」
中から凄まじい速度で何かが飛び出して俺に突っ込んできた。腹部、正確には鳩尾に強い衝撃を感じ、朝に食べた物が逆流しそうになるのを何とか堪える。
「た、ただいま、ニア」
「お帰り、隊長」
「ニア、隊長が死にそうだからもう少しスピード落として突っ込めよ」
「やだ、アルの意地悪」
「そこは止めろって言って欲しかったなぁ」
胃液が込み上げてくるのを感じながら突っ込んできた水色のショートヘアの少女はニア。呆れながらテントの中から顔を出した褐色肌の少年はアル。どちらも俺と同じようにどこかの世界から連れて来られた奴隷兵であり、名目上は俺の部下ということになっている少年少女である。
二人がやって来たのは俺が専用のトリガーを与えられた直後で、俺に次ぐ生存記録保持者だったりする。大抵の者は一度目を生き延びたところで二、三度目の戦争で死ぬ。それを考慮すれば、今日まで生き延びたのは運だけでなく、彼らの素質もあっての事だろう。
コアラのように張り付いたニアをそのままにしてテントの中に入り、アルにハンドサインで〝目〟や〝耳〟に警戒するように指示を出す。
腐った連中がわざわざ奴隷兵の拠点まで密偵を出すとは考えられない。だが、ルナの直属の部下である俺に関しては例外だ。彼女の弱みを握ろうとして俺を狙うのは有り得ない話ではない。
目を閉じ、耳を澄ませるような仕草の後、返ってきたのは密偵は居ないというもの。それでも念には念を入れ、二人を近くに寄らせて小声で話す。
「ルナが一月後に事を起こすってよ」
「やっとなの?」
「おい、やっとって何だよ」
「あの人の事だから、もっと早くにやらかすと思ってたんだけど」
「同感」
「うん、それに関しては同意見なんだけどさぁ。で、その時の混乱に乗じて別の国に逃げ出そうって言われたんだけど、着いてくる?」
「着いてくよ。こんな所とはさっさとおさらばしたいし」
「隊長とアルが行くなら私も行く」
「んじゃあ、それまで準備しておけよ」
長々と話をしていれば、それだけ計画が漏れてしまう可能性が上がる。必要最低限の会話だけで意思の疎通を終え、眠るために横になる。
そして一月後の計画が上手く行くように祈りながら、胸にある暗い感情を押し殺しながら眠りについた。
正規兵フレック。ルナネキ教の信者、お財布の中身が軽くなった。
奴隷兵ロリのニアたん。カガっち大好き、アルくんそこそこ好き。
奴隷兵ショタのアルくん。頭のネジ外れた上司と自由奔放な同僚に苦労している。
1話目で敵兵の頭をスナイプしたのはアルくんとニアたんの二人。