「いよいよだな」
「あぁ、そうだな」
ルナの部屋のベッドの上。そこに腰をかけ、彼女に背中を預けられ、後ろから抱き締めるような姿勢で窓の外から町並みを眺める。
夜の町は深夜である為か生活の明かりは灯されておらず、夜空に輝く月と星の明かりだけが照らしている。人工的な明かりは存在せずに、天然の明かりだけに照らされるという光景は故郷を思い出させる。
少しだけ懐かしさを覚えるが、それはこの先では不要な物なので切って捨てる。
本来ならば奴隷兵である俺はこの時間帯にルナの自室に、もっと言えばこの町にいる事は許されていない。だが、クーデターが企てられているという情報がどこからか流れてきた事により、ルナが護衛が必要だと発言した事により俺だけではなくアルとニアを含めた奴隷兵複数人が城に滞在する事が許されている。
無論、クーデターの情報が流れたのはルナの計画通りだ。彼女が本気になれば情報が流れるなんていう愚を冒すわけが無いのでわざと以外にありえないのだが。
内敵が存在している事を匂わせる事により合法的に奴隷兵を、正確に言えば俺たち三人を自身の側に置く事を認めさせた。これにより、一度は戦線に参加しなければならない俺を除き、全員の合流が簡易になる。
明日、正確に言えば日付が跨ぐのと同時にこの町は戦場となる。そうなれば混沌として合流は困難になるので、例え警戒されたとしても容易に合流出来る事を選んだのだろう。
「クーデター側の戦力は正規軍と等しくなるように調整しておいたが、アフトクラトルの戦力はどうだろうな?出来る事ならば同じだといいのだが」
「その心は?」
「戦力が並んでいれば、戦況は泥沼化しやすい。精々、逃げ出す私たちの事を追いかけられない程に疲弊して欲しいものだ」
「うーん悪辣」
戦況が泥沼化するということはそれだけ被害が互いに出る事になる。幾ら滅亡させたい程に嫌っているとしても、嬉々として被害が大きくなる手段を取るあたり、ルナのこの国に対するヘイトはかなり高いように思える。
「……なぁ、聞かないのか?」
「何を?」
「私がどうしてこの国を嫌っているのか、だ。カガリは嫌っているのは知っているが、理由は知らないだろう?」
「あぁ、知らないな。だけど、お前がこの国を嫌ってるってだけで十分だよ。昔に何があったか分からないけど、滅ぼしたくなる程の事をされだんだろ?だったらお前が自分から言ってくれるまで待つさ。流石にあからさまな地雷っぽい過去を軽々しく聞く気にはなれんわ」
「……そうか」
会話が途切れ、互いの息遣い以外の音が無くなる。何があったのかを話そうかどうか迷っているのだろうか。催促する事など出来るはずが無いので、ルナが決心するまで待つ事にする。
そうして時間が経ち、ルナが再び口を開いた。
「カガリ、私が第三王女なのは知っているな?」
「それは勿論」
「なら、私の上の兄弟たちを見た方は?」
「えっと、王女は第一と第二の両方見たな。見るたびに違う男侍らせてるからドン引きしたわ。王子の方は第二は見た……そういえば第一は見てないな」
「第一王子はいない。五年ほど前に亡くなった」
「……成る程、それが理由か」
「……あぁ」
ルナの声が、そして密着しているので彼女の身体が震えているのが分かる。いつも毅然とした態度の彼女がこんな反応をするのは新鮮で仕方がないが、逆を言えばそんな反応をしてしまうような事があったのだろう。
「お兄様は優秀で、そして正しいお方だった、奴隷兵ばかりに戦わせる事を厭い、腐敗した連中が跋扈する上層部を一掃すると理想を抱いていたよ」
「話を聞く限りじゃあ、随分と清廉潔白な奴みたいだな」
「あぁ……お兄様は、
「……殺された、か?」
「あぁ……とある貴族の家に招かれて向かった道中で行方不明になり、一週間後に無残な姿でな。そして遺体を検分した時に国王は、あの男は何と言ったと思う?」
第一王子は腐った連中から嫌われていた。それこそ、次期国王という立場でありながら殺害という手段を取られる程に。
そしてこの国は、ルナやフレックといった一部の例外を除いて程度はあれど殆どが腐っている。
恐らく、国王も腐っているのだろう。
「〝これは事故である〟。明らかに暴行された後があるというのに、あの男は顔色一つ変える事なくそう言ったよ。周りにいた者たちもそれに同調した。第二王子に至っては兄が殺されたというのに笑っていた。私以外、誰もお兄様の事を悲しんでいなかった……!!」
ルナの声色に怒りが混じる。暗いので顔は分からないが、この様子ならば泣きそうな顔をしているのだろう。或いは、腐っていない兄の死に様を思い出して泣きそうになっているか。
生憎とまともな人生を送れていないので、こんな時にどんな風に慰めればいいのか分からない。こんな事なら、爺さんが酔っ払った時に話していた昔の女性との自慢話をちゃんと聞いていれば良かったと後悔しながら、抱き締める力を少しだけ強くする。
「だから私はこの国を壊す事に決めた!!メチャクチャに、グチャグチャに!!二度と立ち直れない程に致命的に!!」
「その為にクーデターを起こして、アフトクラトルを引き込んで、そんで俺も使おうとしてた?」
「……気づいてたのか」
「まぁな。頭のネジ外れてる事は自覚してるけど馬鹿じゃねぇし」
もしもルナが徹頭徹尾、この国を滅ぼす事だけを望み、その為だけに行動していたのならば、彼女に見初められた俺も国を滅ぼすための手段の一つであるはずだ。どんな風に使われていたのかは分からないが、間違いなく決定打として使おうとしていたはず。
だからこそ、分からない事が一つ出てくる。
「なぁ、なんで亡命なんて考えたんだ?」
ルナの怒りと憎しみを考えれば、亡命するだなんてあり得ない。それも決定打として使うはずだった俺を連れてだ。
幾らでも想像する事は出来るが、許されるのならば明確な理由が知りたかった。
「……さて、どうしてだろうな?私にも分からんよ」
ルナの震えが止まり、身体からは力が抜ける。怒気を孕んでいたはずの声も、どこか無気力めいている。
暗くて顔は分からないのに、何故か自虐的な笑みを浮かべているのだと直感で分かった。
「最初の計画ではクーデターと侵略を起こしている間にカガリに王族を全員殺させて、適当なところで殺して、私も死んで終わりだったんだがな。この国の遺産なんて残したくないから。全部を壊して台無しにするはずだった」
そう、それがルナの計画だ。この国の事を心底憎んでいるからこそ、何も残さずに滅ぼそうと企み、計画し、それを実行している。仮に残ったとしても価値が無い程に粉微塵になるまで壊されているか、或いはアフトクラトルに吸収されるかのどちらか。
「いつからだろうな……お前との会話が楽しくて、こうして触れ合っている時間が嬉しくて、戦争に向かわせている間が寂しくて、無事に帰ってきた姿を見たらホッとして……計画を見直している時に、殺す筈なのに胸が苦しくなって……気がついたら、死ぬ筈だった私も一緒に亡命することになってたんだ。笑ってくれよ、今更ながらに死ぬのが怖くなった馬鹿な女を」
「別にいいんじゃ無いの?死ぬのが怖くなってさぁ」
ルナの心中は察する事が出来ない程に複雑極まっている。人生経験の浅い俺がどう頑張っても、彼女の感情を理解する事が出来ない程に。
だからこそ、素直に自分の思った事を口に出す。
「生きてるんだったら死ぬのが怖いなんて当たり前の事だよ。俺だって誘拐されて初めて戦場に立たされた時も死にたく無いって思いながら戦ってたしな。勿論、今だって死ぬのは怖いぞ」
「ッ!!だけど、私はこの国の王女なんだ!!腐ったこの国の汚物のトップである王族の一人なんだ!!生きてちゃダメなのに、でも、でも死にたくないだなんて……!!」
「……成る程、要するにこの国の王女であるルナは死んだ方が良いって考えてるんだな?」
それならば良い考えがある。馬鹿みたいな、阿保のような手段であるが、この国の王女であるルナが消える手段がある。
背中を向けていたルナを振り向かせる。暗がりで、よくわからないがそれでも彼女は今にも泣きそうな顔をしている事はわかった。
「だったら話は簡単だーーー俺の所に嫁に来い」
「……は?」
「俺の、所に、嫁に来い」
「……待て、待て待て待て!!何がどうしてそうなるんだ!?」
「王女のルナは死んだ方が良いんだろ?だけど、俺の嫁のルナは死ななくてもいい。ほら、お前は死ななくても大丈夫だ」
「超理論過ぎるぞ……!!」
そうだろうか。馬鹿で阿保みたいな手段ではあるが、悪い考えではないと思うが。
「ルナは頭が良いからさ、俺が考えられないような事を考えて自分を責めてるんだと思う。だけどさ、そういう暗いことばっかり考えてたらダメだ。考えるなとは言わないけど、考えたよりも多く楽しい事を考えないとな。死んだ方が良いなんて考えるよりも、
俺はそれを考えるようにしてるし、アルとニアも同じような事を考えている。
「それにさ、もしもルナが死んだり、仮に
ルナは言っていた。俺といる時間が楽しいと、俺のいない時間が寂しいと。
それは俺も同じなのだ。ルナといる時間が楽しいと感じているし、ルナのいない時間が寂しいと感じている。もっと言えば、彼女にはいつものように笑っていてほしい。自責の念に駆られて落ち込んでいる顔は新鮮だが、ずっとそんな表情をして欲しくないのだ。
「だから俺は、ルナに死んでほしくない。生きていてほしい。馬鹿な提案だと思うかもしれないけど、俺は本気だぞ?」
「……」
ルナからの返事はない。僅かに肩を震えさせているだけだ。もしかしたら怒らせたのかもしれないなぁと、罵声を浴びせられる覚悟をしていたが、彼女の口から溢れたのはーーー笑い声だった。
「クーーークククッ……アッハッハッハ!!つまり、お前は私を王女じゃなくすと、ただの女にすると、そういう事だな!?それが言いたいんだな!?」
「まぁ、そういう事だな……てか笑い過ぎじゃね?そんなに爆笑する姿、初めて見るんだけど」
「ククッ!!これが笑わずにいられるか!!あぁ、なんだ、そうなのか!!
ベッドの上で腹を抱えながら笑っていたルナだが、その笑い声の中に徐々に嗚咽が混じっていく。気がつけば彼女は腹を抱えていた手で顔を覆い隠し、泣きじゃくっていた。
笑っていたと思ったのに泣き出した。彼女の中でどんな考えがあって、そういう行動を取ったのか俺には分からない。
だけど、そんな姿のルナをそのままにしておく事は出来なくて、俺は泣き続けるルナの頭を撫でる事しか出来なかった。
「大丈夫か?」
「あぁ、大丈夫だ。むしろスッキリしてるくらいだな。あんなに泣いて笑ったのはお兄様が存命だった時以来な気がするよ」
どのくらい彼女が泣き続けていたのか分からない。だが、泣き止んだルナの纏う雰囲気は先程までに比べて清々しさを感じる。
その姿を見て、思わず安堵する。あぁ、いつもの彼女が帰ってきたと。
「さて、私を嫁にしたいと言うのは本気なのか?私はこの腐った連中が跋扈する国の王族の血を引く女だぞ?」
「あぁ、本気だよ。この国の連中がどうなろうが知った事じゃない。だけど、ルナには生きていてほしいし、暗い顔をしてほしくない」
この感情の名称は分からない。時間を掛けて考えればハッキリと分かるかもしれないが、時間が無いのでそれをする事は出来ない。
だけど、ルナには死んでほしくないし、笑っていてほしいと言うのは本心だ。
「そうか……だったら、宜しく頼む。私を、貴方の妻にしてほしい」
「あぁ、任せろ。お前が生きる為なら、お前が笑う為なら、俺は正義の味方だって悪党にだって、英雄にだってなってやるよ」
ベッドの上で向かい合って座り、互いに頭を下げる。地球にいた頃のように式を挙げるでも無く、役所に届け出るわけでもない。しかも、互いに愛し合っているかどうか分からない。
それでも、だとしても、俺とルナはこの瞬間から夫婦になった。
彼女が死なせたがっていたこの国の王女である彼女は消え失せた。
窓の外から様子を伺えば端の方から炎が上がっており、その正反対の方向からは
「む?もうそんな時間だったのか。気がつかなかったぞ」
「長い時間話し込んでたからなぁ。にしても、クーデターもアフトクラトルも張り切ってるな」
「クーデター側はこの腐った国を正そうと義憤に燃える連中を焚きつけたし、アフトクラトルは〝神〟の寿命が近づいているからな。どちらも必死になっていたとしてもおかしくは無い」
〝惑星国家〟の国々は地球とは異なり、トリガーによる恩恵で成り立っている。
トリガーが機能しなくなれば星が死ぬ。風が吹かず、雨も降らず、夜も開けない、死んだ惑星が出来上がる。
過去に一度だけ、寿命が切れた国へと行ったことがある。踏み込んだ瞬間から、直感でこの世界は死んでると理解させられた。〝あぁなる〟のを回避する為だと言うのならばあの張り切りようも納得がいく。
是非とも好き勝手にやってほしい。出来る限り、この国が立ち行かなくなる程の致命傷を与えてほしい。
「で、俺はどっちに顔を出したらいい?」
「様子を見る限りではアフトクラトルの方だな。予想していたよりも戦力が大きい。あれでは纏めて食われかねないからな」
「トリオン兵削って、トリガー使いでも適当に倒してくるわ」
「そうしてくれ……あぁ、それとだ」
ベッドから立ち上がり、戦場へと赴こうとしていたところで振り返らされる。それだけでは無く、しゃがむようにとまで言われた。
何をしたいんだと疑問に思いながらも言われた通りにしゃがむと、ルナに自分の胸元に押し当てるように頭を抱えられた。
「敵はアフトクラトル、近界最大級の軍事国家だ。雑多なトリオン兵なら兎も角、トリガー使いはカガリが相手をしたどの敵よりも強いかもしれない。だけど、勝て。傷付くなとは言わないが、無事に帰ってこい。あんな馬鹿げた口説き文句で私の事を口説き落としたのに、言い出しっぺが死ぬなんて許さないからな」
「ーーー」
思わず言葉を失ってしまった。驚いて声が出ないのでは無いーーー嬉しくって声が出せなかった。心の底から俺の事を心配しているというのに、それでも俺の事を信じて背中を押してくれている。
あぁ、不謹慎だが、今なら死んでも良いと考えてしまったでは無いか。
「……安心しろ、今の俺は無敵だ」
適当に暴れ、やられた振りをして戻れば良いと考えていたが、やる気が出てしまった。完全なる勝利はやってはいけないが、アフトクラトルのトリガー使いを皆殺しにしてしまい、首級を持ち帰りたくなる。
ルナから離れ、窓を開けて蓋に立つ。片側からは炎が上がり、片側からはトリオン兵が進軍しているのだから町民たちは大混乱しているだろう。尤も、クーデター側はそこら辺は気にして行動を起こしている筈なので任せるとしよう。
「トリガー、オン」
生身からトリオン体へと変換される。着ている服はルナのデザインした黒一色の軍服調の物へと変わり、手には〝炎の対剣〟が握られている。
「んじゃ、行ってくる」
「あぁ、行ってらっしゃい」
窓の蓋を蹴り、炎を噴出させながら、トリオン兵へと向かう。
ルナネキのトラウマ公開。そりゃあ腐った連中に敬愛するお兄様殺されたら潰したくなるよ。自国絶対滅ぼすプリンセスが産まれたのは自業自得だったっていう。
次回からVSアフトクラトル戦よ〜