俺は
平成経済大学、経済学部2年。
「自分の事は自分で」を信条にしている。
生活費のため、バイトを2つかけもちしているが生活は苦しい。
それでも、自分の事は自分でこなす。
他人に迷惑はかけたくない。
……親父みたいな人間に、死んでもなりたくないからだ。
大学が終わったらすぐにバイトに行く。
そうなると必然的に飲み会の誘いは断るしかないし……そもそも金がない。
バイトの前にATMで金を引き出す。
残高は4桁。
「飲み会なんか、行けるかっつの」
鬱屈とした気分で足早に去る。
そしてバイトだ。
コンビニのバイトで日銭を稼ぐ。
一店目が終われば、二店目へ。
今日は客が少ないのでまだ楽な方だ。
もうすぐ終わる時間だな、と考えていた。
レジでボーッとしていると、横にいる同僚のおっちゃんが外を指した。
「余賀君、あれ」
「あ、羽奈日」
視線をやると、気付いたので小さく手を振られる。
コンビニの薄いガラスの向こうには、同じ大学の生田
高校からの同級生で、面倒見がいい。
そのせいか学校の先生になるのが夢だと言っていて、俺は応援している。
おっちゃんに断ってバイトを少し抜けさせてもらい、外に出た。
「どうしたんだよ」
「ねぇ、明日テストあるって知ってた?」
「え、聞いてねぇよ。抜きうち?」
「はい、コレ。要点は書き出しといたから。寝ないでやればそこそこいけると思う」
ノートを渡される。
「悪い……こんなとこまでわざわざ」
「いい加減に携帯持ってよ。メールで済むんだからさ」
「そんな余裕ねぇよ、金ないし」
「……あるのに、使ってないんじゃないの?」
「自分のことは、自分でなんとかしてえんだよ」
実家の母親からの仕送りはあるが、手をつけたくない。
これはただの意地だ。
あんなやつの世話になりたくないから。
「それ、親の金で大学行ってる私たちに対する嫌味?」
「そ、そういうわけじゃ……」
「しっかりしようとして、全然しっかりできてない感じ。ちょっとかっこ悪い」
「っ……」
何も言い返せない。
それがあまりにも的を射るから。
「え、えっと、こんだけのために来てくれたの?」
「少しは感謝、してくれる?」
「あの、もうじきあがりなんだけど、そこのファミレスでお茶でも」
そこまで言うと、小さな口で、
「来てるの、彼氏。ごめんね」
羽奈日の視線の先、少し離れたところに彼氏らしき男性の人影があった。
「あっ、あぁ……それじゃ、また今度」
「がーんばーれよっ!」
「ぉ、おうっ」
そこ男のもとへ小走りで羽奈日が向かうと、胸を押し付けるように腕を組んだ。
その表情は、媚びるような幸せそうな表情で、少し嫉妬してしまう。
その嫉妬に自己嫌悪しながら、店の中に戻った。
バイトが終わったら、安いボロアパートに帰る。
誰もいない部屋で、ただいまと呟く。
テーブルの前で座り込んで、ため息をついた。
ふと、写真立てが目に入った。
「…………こんな毎日だよ。でも、あんたたちと違って、誰にも迷惑かけてねぇや」
カバンを開けて、弁当やおにぎりなどを取り出すと、羽奈日から渡されたノートが出てきた。
「あちゃー……。つうか、かけてるし……」
少し後悔しながら、ノートを開く。
言われた通り、寝ないでやればなんとかなるだろう。
コン、コン。
コンコンコン。
「ん? んー?」
寝落ちしてた。
ノックの音が煩わしいが、誰だろうか。
新聞の契約とかテレビの受信料払え、とか?
玄関を開ける。
眩しい。
そこには誰もいない。
なんだ、悪戯か。
扉を閉めようとした瞬間、
「こんばんは。私、ミダス銀行通商部の真坂木、と申します」
突然その男は現れた。
背が高く、猫のような鋭い目。
スーツを着ているが、うさんくさい印象をうける。
「は? 誰?」
「ミダス銀行の真坂木です。貴方に資金運用のお話が……」
「あ、そういうのいいから」
とても胡散臭い。
扉を締める。
閉まらない。
なんだ、とよく見ると足が挟まれていた。
高そうな、先が尖った黒い靴だ。
「金なんか、ねぇんだよっ!」
足を蹴り出して、扉を閉める。
よし、これで撃退……
「どうか話を聞いていただけませんか?」
驚きで声が出ない。
突然、背後から真坂木と名乗る男が現れた。
さっきまで扉を挟んで会話していたが、なぜ扉の内側にいるんだ?
思考がフリーズする。
「ねぇ、貴方。もっと効率よくお金を稼ぎたいと思いませんか?」
「お、思わねぇよ」
思わず、声が出た。
真坂木は目を細めて、こう言う。
「ほんとに?」
「出てけっ、よ!」
真坂木を必死の思いで部屋から引きずり出す。
玄関の向こうに押しやると、勢いよく扉を閉めた。
鍵をかけて部屋の中へ戻る。
「なんなんだよ! つか、なんにも頭に入ってねぇし!」
ノートを開いてから勉強した記憶はあるが、すぐ寝てしまったようだった。
むしゃくしゃして頭を掻きむしる。
ふっと、瞬きの合間に景色が切り替わった。
「えっ、はっ?」
暗く閉じ込められた部屋に、白い霧のようなものが漂っている。
光源がないのに、そこに置かれたテーブルと椅子が見える。
真坂木がそこにいた。
「どうぞ」
知らないうちに俺は椅子に座っていた。
「は?」
「ここは貴方が本来いるはずの場所とは関係ない空間です、したがって、時間とも無関係。
勉強が終わったら元の場所に返して差し上げますから、どうぞ勉強してください」
「は?」
「貴方さっきから、『 は?』しか言ってない」
「は? あぁ」
ノートを開いて頭に詰め込んでいく。
暇なのか、真坂木は俺の周りを歩き始めた。
歩く度にチャリンチャリンと金属音がするのが気になるが、今はノートの中身を覚えないと。
「先日、極東金融街においてアントレプレナーの欠員が出来ました。補充要員として無作為抽出されたのが、貴方。余賀公麿さん19歳平成経済大学二年生、間違いありませんね」
「あぁ」
「金融街は本来誰に対しても開かれています。適正なんてものはありません、最初はちょっと驚かれるかもしれませんが、怖がる必要はないですよ。すぐに慣れます」
「あぁ」
驚かせるつもりなのか、周囲を歩いていた真坂木がテーブルを透けて俺の前に頭だけ出してくる。また手品か何かか?
ありのままの現実を受け入れて、表面上は驚かないようにする。
「……今度は『 あぁ』しか言ってませんけど」
「あぁ」
「参ったな、少しはしっかりしていただかないと」
「しっかりしようがねぇだろ、いきなりこんなところに連れてこられて」
「こうでもしないと信じてもらえないかと思って」
「信じるって、何を?」
「貴方は! アントレプレナーに選ばれたんですよ!」
大仰なしぐさで『 おめでとうございます!』感を出してくる。
鬱陶しい。
「なんなんだよ! そのアントレなんとかって!」
「アントレプレナー、起業家って意味です。略してアントレ」
「あのさぁ、わかるように説明してくんない?」
「どう言ったってわかりづらいと思うんですよ。貴方の教養体系では、理解し難いことがあまりにも多すぎる」
「……馬鹿にしてんの?」
そう言うと、真坂木はニヒッと笑った。
突然、床が抜けたような感覚に襲われる。
よくわからない空間の中で、落下の浮遊感だけが感じられる。
もう何が起きても驚ろくしかない。
落ちてる。間違いなく。
底が見えない。
真坂木の声が響く
「あえてわかりやすく言うなら貴方の未来を私どもにご提供いただき、その未来を担保に貴方にお金をお貸しすると」
「はぁ!?」
未来を担保?
よく理解できない。
「それを金融街で運用してほしいのです。我々のお願いは、それだけです」
座椅子が飛んできて、真坂木と一緒に同じ椅子に座る。
なんか嫌だなこいつの隣。
椅子がアラジンの魔法の絨毯みたいにこの空間を飛び回る。
もう驚かないぞ。
「未来って、なんだよ」
「未来は未来ですよ。貴方の将来、可能性」
「えーっと、寿命が縮むとかそういうこと?」
「そういうことも含みます」
「じゃあやだ」
次の瞬間には、また意識の外で俺はいつの間にか出現していた机で頬杖をついていた。
落下も収まっている。
いつの間にか先程の場所に戻ったようだ。
「お金が欲しくないのですか?」
「いるかよ! そんなわけわからねぇ金!」
「飲み会にも行けますよ」
「へ? あ」
「バイトを2つもやらないで済みます。公務員にならなくったって、安定した生活が手に入りますよ」
観念して、寝転がって頭の後ろで手を組む。
「……あんた何者?」
俺の頭の上に真坂木がいた。
覆いかぶさるように。
「もっと素直になりましょうよ」
その目を見た途端、視界が暗転した。
「はっ!?」
飛び起きた。
部屋を見回す。
カーテンの隙間からは明るい光が差し込んでいる。
よかった、夢か。
「ふっ」
真坂木がウインクしてるのが見えた。
意識が途切れる。
「はっ!?」
あれ、おかしい。
起きたはずなのに寝ていた。
部屋がさっきより暗い。
カーテンの向こうは暗いままだ。
「えっ、え、ええっ!?」
時計を見ると3時44分。
もちろん午前だ。
「………………夢?」
起きたあと、僅かばかりの期待を抱いてATMへ向かった。
メインで使用している、東京ほがらか銀行。
残高を確認する。
「──っ!?」
505,750円
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……十万!?」
怖くなってすぐにその場をあとにした。
あの真坂木という男、夢じゃなかったのか?
「どうだった? 試験」
大学の食堂に羽奈日がいた。
「あ、あぁ。おかげで助かったよ」
「ふぅ、少しは自立してよねー」
「……あぁ」
「ん?」
机に頬をつけて羽奈日の方を見る。
羽奈日は俺のことを不思議そうな目で見ていた。
「うぃーっす、やっぱだめかなー、今夜の飲み会。イマイチ集まりが悪くてさぁ。羽奈日なら、僕奢っちゃうよー?」
同じ大学の……なんて言ったかな。
羽奈日の友人だ。
昨日、俺と羽奈日はこの食堂で飲み会に誘われていたんだが、俺は金がないので断っていた。
そういえばこの男、昨日も羽奈日に奢ると言ってたな。
「え、どうしようかな」
羽奈日はあまり乗り気じゃないみたいだ。
……脳裏に通帳の残高がよぎる。
「……考えとく」
「えっ」
羽奈日が少し驚いているのがわかった。
「おぉー、珍しいじゃん。まってるぜぇ」
「だってそれって向こうのミスだろ?」
本日一店目のコンビニバイト。
先輩に間違って振り込まれたと相談してみた。
「お前が盗んだわけじゃないじゃん」
「そうだけど……」
「しかも50万なんだろ、1000万じゃあるまいし。お前、真面目すぎんだよ」
そう、なのかな。
心が揺れる。
二店目のバイト先のおっちゃんにも聞いてみた。
「もし?」
「そう、もしもの話です」
「君の年齢だったら、届けたと思うよ」
「やっぱ、そうですよね! ははは」
そうだ。
間違って振り込まれたものなら返した方がいい。
「──でも今だったら使ってしまうかもしれないね」
「え?」
「金はあって困るものじゃない。それに50万程度だったらね、むしろ名乗り出た方がミスが発覚して迷惑がられるんじゃないかな」
「そう……ですね……」
「お金は必要だよ。じゃなきゃこの歳でこんな時間にアルバイトなんかしないよ」
「はぁ……」
バイトの後、俺はATMの前に立っていた。
(平気だよ、このくらい)
10,000円を引き出す。
お札を掴んだ瞬間、違和感を感じた。
「うっ!?」
思わず目を閉じる。
何かが変わっていく。
痛みとか苦しみではない。
自分の何かが変わっていく……?
『 やっぱり必要じゃないですか、お金が』
『 所詮はお金です、違いますか?』
『 もっとちゃんと稼いでみませんか?』
『 うまくいけばなんだって手に入りますよ』
『 彼女の心だって……』
「羽奈日は! 金で男と付き合うようなやつじゃねぇんだよ!」
思わず言い返した。
『 彼女の彼氏、良いトコの坊ちゃんらしいですよ』
『 あなたになくて彼にある美徳は』
『 お金があればこそかもしれませんね』
「ふっ」
気配を感じて背後に目を向ける。
真坂木がいた。
脳裏に響くような声が、耳の中で反響する。
「あんたがやったのか?」
『 自覚していただくのが一番かと思って。その五十万は手付金だと思って下さい』
「気分が悪いぜ」
『 ネコババしようとしたあなたの行為は、棚上げですか?』
言葉が詰まる。
言い返せない。
手には一万円札がある。
動かぬ証拠だ。
『 それにお金さえあれば、お父様だって蒸発しないですんだかもしれない』
「親父のことは言うな」
『 お金があればお父様を探し出せるかもしれない』
「言うな、ったら!」
殴り掛かる。
あっさりと避けられた。
天井に張り付いて歩いてる!?
驚く暇もなく、クレジットカードのようなものを俺に見せつける。
そのまま時間が止まったように動けなくなった。
目に見えるものが変わり始める。
『 これは金融街への招待状です』
『 受け取った者は例外なく』
『 あの場所へ行く権利が与えられます』
『 どこのATMでも現金の引き出しは自由』
『 ただし、あなたの将来を担保にさせていただく』
目が回る。
見える世界が変貌していく。
「さぁ……」
カードの向こうが見えた。
朱色の髪の女の子が見える。
おかしなことに角がある。
『きみまろ』
名前を呼ばれた。
俺の事を知ってる……?
視界が正常に戻る。
「金融街へ、ようこそ」
「どちらまで?」
「かぶと町」
気づくとタクシーの中にいた。
勝手に行き先を告げられた。
「かしこまりました」
勢いよくタクシーが飛び出す。
とんでもない速度だ。
「うわぁぁあ!」
タクシーがビルへ突っ込むと、ぶつかるわけでもなくそのままどこかへ消えた。
いや、飛んだ?
そう思うと、今度は大きな道路を走っていた。
道路の外では、白い建物ばかり。
こんな光景は見たことがない。
何本も道路が交差する、中央部に着いた。
バカでかい金色の悪趣味な掲示板で、数字がテレビで見たことがある株価指数のように目まぐるしく動いている。
「着きましたよ」
運転手がそう言う。
真坂木と降りると、不気味なステッキを振りながらこう言った。
「ご覧下さい! ここが金融街の中心、ミダス銀行広場になります!」
中央部の掲示板を囲むように、階段がある。
階段にはけっして少なくない人達が座り込んでいた。
一軒家くらいありそうな額縁に、人と、何か異形の化け物が映り込んでいる。
「なんだあれ!」
「アセットです。個人資産ですね。ディールの際にアントレの手助けをします」
「ディール?」
「上をご覧下さい」
上を見上げる。
上空には大きな目のような形をしたモニターがあり、名前と数字が表示されている。
「ディールの対戦相手のデータや、持ち株数になります」
「対戦!?」
「アントレは週一回、必ずディールという名の取引に参加しなければなりません。それがここの権利であり義務です。とりあえず参りましょう」
金融街に位置する建物。
椋鳥ギルドの中、浮いた額縁にもたれかかった男が口を開いた。
「ルーキーか、あの様子じゃもたないな」
『 どうしてわかるのですか?』
「虫も殺さぬ顔だ」
『 どうしてわかるのですか?』
重ねて問われた男は、ワインを揺らしながらこう言った。
「賭けようか、Q」
アントレプレナー。通称アントレ。金融街ではディールを行う者のこと。
ディール。金融取引のようなイメージ。アセットと共に戦う。
アセット。アントレの資産のひとつ。一緒に戦ってくれる。それぞれに能力がある。