AIにそだてられた子   作:荒井文法

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「——そもそもさ、ニュークは言い出したら聞かないんだよね」

 

 ゆっくりと垂直離陸したあと、今まで感じたことのない加速と上昇を体験して、気分は悪くなるどころか、さらに高揚した。いつもより喋り過ぎているかもしれない。グガワほどではないけれど。

 もうすでに雲の上だ。真っ青な空の中を飛んでいる。まるで映画のワンシーンのように。

 雲を突っ切ったときの衝撃は想像していたよりも少なくて、映画のワンシーンのようにはならなかったけれど、シルフやグガワの危険予測を聞いて少し不安になっていた僕には何よりである。きっと、エア・ローダーの各種緩衝装置のおかげだろう。雲の中を移動しているとき、窓の外がずっと真っ暗だったのも、きっとその機能の一部に違いない。

 

「ほんと、何度考え直しても、やっぱり有り得ない。人間の僕が考えても、いや、人間の僕だからこそ、ニュークのイカレ具合に戦慄するよ。バグもウイルスも無いのに、プログラムが正常に走っているのに、自分のことを冒険者と呼んで、自分のコアごと宇宙に飛んでくような奴のことをいったいなんて呼べばいいんだい? 無謀? 大馬鹿? 向こう見ず?」

「AIであるニュークの呼び方としては、どれも適切ではない。冒険者という呼び方も、もちろん適切ではないが、もしも科学者と冒険者を混ぜたような言葉があれば、それが適切な呼び方のひとつになるかもしれない」

 

 まるでグガワのように捲し立てている自分に対して、シルフがいつもの調子で意見をくれた。冷静なシルフの声が、イヤーマフ兼ヘッドホンを通して聞こえてくる。

 

「こども、とか」

 

 リーディーの、ゆっくりとした発声。その言葉を聞いて、思わず「おお」と唸ってしまった。シルフも「ふむ」と一言。リーディーの返答の妥当性を演算しているのだろう。もしかしたら、もうすでに、シルフとリーディーの無線データ通信による議論が始まっているかもしれない。そうであれば、人間の僕には立ち入れない領域だ。議論のスピードが人間離れしていることもあるけれど、それよりも、議論で使用されている言語が英語ではない可能性がある。否、AI同士であれば、言語である必要すらない。数式とか幾何学のような『アナログ』な表現で議論することも可能なのだ。

 

 リーディーの『デジタル』な言葉を咀嚼しながら、しばらく窓の外を眺めていた。

 

 どこまでも青い空。

 オルブを覆う白い雲。

 ジェットエンジンの轟き。

 

 『こども』のニュークが手に入れた『気持ち』を考える。

 きっと、僕の『それ』と変わらないだろう。

 どんなに無茶なことでも、彼にとっては、何かしらの利益があることなのだ。

 子供の頃の僕が、睡眠を拒んだように。

 どんなに馬鹿馬鹿しくても、彼にとっては、どうしてもやりたいことなのだ。

 

 ニューク——

 

 僕の思考を遮るように突然鳴り始めた甲高い電子音。

 

 最終危機回避行動のアラームがどんな音なのか訊いておけばよかったと後悔した。

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