AIにそだてられた子   作:荒井文法

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 相変わらずの曇り空と、灰色にうねる海を眺めながら、浜辺を散策する。隣にはアルコルフとルーリ。

 ガッチャガッチャと歩くアルコルフと対照的に、ルーリは音無く歩く。足下の小石を踏み鳴らす音くらいしか聞こえてこない。体の作りも対照的で、ぱっと表現すれば、アボカドのアルコルフと、アスパラのルーリである。ルーリを見ていると、研究室で飼育されている昆虫を思い出す。昆虫を飼育しているのはルーリだし、昆虫に対する特別な思いがあるのかもしれない。その思いと関係があるかは分からないけれど、ルーリは単独飛行が可能で、今日も一人で飛んで来た。体内に格納されている翼で空を飛び、手足にある無数の鋭利な突起で壁に張り付くことができる。便利な体だ。

 

 「十徳ルーリ」頭に浮かんだ言葉をそのまま口に出してしまった。

 「ルーリが十徳なら、俺にはいくつ徳があるんだ? まず、ここに一つだ」

 アルコルフの股間から軽快な電子音が響いてハッチが開こうとしたけれど、僕の片手が押さえ込んだ。

 「ルーリ、なんとかしてよ」

 「アルコルフの趣味だからね。付けてあげたら?」

 僕の救援要請を軽くいなしたルーリは、一人波打ち際に向かって歩いて行く。僕から逃げているわけではなくて、研究に使用する試料を採取するためだろう。ルーリの研究目的は、人間である僕には難解で、未だ精確に理解できていないけれど、大雑把に言えば、地球とオルブの生命機構の比較だ。

 「ルーリが代わりに付けてあげてよ」

 「私に男性生殖器は無いよ」

 「この際それっぽいのを付けてさ」

 「ルーリ……男性生殖器……俺の、芸術欲が、爆発する!」

 アルコルフが叫び始めてしまった。こうなると誰も手をつけられない。普段なら。今日はルーリがいるので大丈夫だ。

 「無駄なエネルギー使ってないで、私の手伝いしてくれない?」

 波打ち際で足下の砂浜の様子を観察しているルーリがボソッと言った。それを聞いたアルコルフは「はい、すいません」と返事をしながらルーリの隣に移動した。過去の二人に何があったのか知らないけれど、アルコルフはルーリに頭が上がらない。アルコルフが僕を今日の『散歩』に誘ったのは、おそらく、ルーリと二人きりで作業する状況を避けるためだったのだろう。

 それからは、ルーリとアルコルフが浜辺を移動しながら協働作業するのを眺める『散歩』が二時間くらい続いた。二人とも無言で作業を続けているけれど、たぶん、データ通信で情報をやりとりしながら作業しているに違いない。二人とも、作業するときの行動に迷いが一切無いからだ。

 アルコルフが用意したであろう重機が物凄い音をたてながら浜辺の地面に大きな穴を開ける。ルーリは穴の最深部に降りると、十徳ルーリの本領を発揮して、腕から注射針のような細い棒を出し、その棒を土に突き立てる。浜辺の土壌を採取して、研究室に持ち帰るのだろう。

 

 「はい、終わり」

 十数カ所の土壌を採取したあと、ルーリが言った。アルコルフはいつ終わるのか知っていただろうから、僕に向けた言葉だろう。

 「いつもより長かったね」

 「ちょっと予想と違うデータが出始めていてね。範囲を広げることにしたんだよ。それより——」

 落ち着いた様子で僕の言葉に応えていたルーリが、最後の部分で早口になった。

 「新しい素材ができてね、ケイスケ、ちょっと試してみないかい?」

 ルーリが右手を僕の方に突き出してきた。その右手には何もない。

 「……え? 何が?」

 「ちょっと触ってみて」

 促されて、ルーリの右手辺りに人差し指の先を移動させてみると、見えないけれど、確かに何かある。布のような肌触りだ。

 「すごいね、なんにも見えないけど、これ布?」

 「そう、水着」


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