争いが絶えない時代。互いの食料と領地を奪い合い血を流す。
そんな戦国の時代に一人の男がいた。
その男は、戦う力を持ち合わせてはいなかった。
だが、男には守るべき者たちがいた。
自分には、戦う力はない。そんなことではこの戦国の世で大切な者をたちを守ることなんてできはしない。
故に男は知恵を得た。戦術を練り、罠を張り、勝てない戦いはまず避ける。
逃げるときは恥を捨てて敵を見ながら後ろ向きで逃げ去る。
守れるならば、どんなことでもした。
戦えなくとも、守れることができる。
男はいつしかそう思うようになった。
男は地獄を見た。
燃え盛る炎、泣き叫ぶ声、殺戮の音。
見誤ったのか、いったいどこで…
もうどうすることもできはしない。
あとは、死して敗するのみ。
もう守るべきものもいない。
許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!
こんなにも無力な自分が許せない。
内から溢れ出る膨大なナニカ。
とどまることを知らないそれは、周囲一帯を吹き飛ばした。
男だったものは怒りの咆哮を上げて世界を震わせる。
ゴールデンウィーク中、風間ファミリー一行は箱根旅行に来ていた。
「10人で1部屋かぁ。大きいね」
バスで山道を通り、九鬼財閥傘下の旅館に着き大和たちはその宿の大きさに感心していた。
「Zzz…株が1円……買い占めろ…Zzz」
「キャップいつまで寝てるんだろう」
キャップは前日の夜に楽しみすぎて眠ることができず箱根に来る途中の電車の中の時点で眠っており、箱根についた今なお眠っている。
「代理で私が仕切る!夕飯までには時間が余っているからみんな好きに行動しろ」
百代がキャップに代わり仕切り、各自思い思いの行動をとりはじめた。
大和はキャップや京とまったり過ごすことにした。
みんながいなくなってしばらくたっても相変わらずキャップはスヤスヤと寝ていた。
「Zzz…大和は…Zzz…小さい頃…包皮を…」
「いきなりどんな寝言だふざけんな!」
とんでもない爆弾発言しようとしたキャップに蹴りを入れる大和。
それでも起きないキャップを見て、京と大和は顔を見合わせ苦笑した。
旅行二日目大和たちは近くの川辺で釣りをしていた。
「弟、私の分も釣れ。三匹以上釣ってないと私刑な」
「随分と厳しい法律だな…」
理不尽なことを大和に言った百代は、京と一子を連れて格闘修行をしに山の奥へと消えていった。
「京は弓兵なのに素手もどんどん強くなるなぁ」
そんなことを言ってると百代が山から一瞬で戻ってきた。
「ワン子と、もえもえ京たんは?」
「いない時だけ京をいじるとかサドだな…」
「妹と京は組手に入った。あれはすきにやらせるさ」
京と一子が組手をしている様子を想像し、京がどんどん強くなることを考えたところで大和は身震いをした。
「ははは。無理やり襲われる覚悟はしておけ。そしてボロボロになって泣いているお前を私がより激しく襲うとかどうだ?」
「そしたら返り討ちにして逆に姉さんを泣かせてやるよ」
そう言った瞬間、大和は全力でその場から駆け出した。
遠くから百代がカウントをする声が聞こえて大和はより一層足に力を込め走っていく。
…全速力で走っているうちに森の深いところまで大和はきていた。
「かなり深いところまで来ちゃったな…念のため引きかえ…っ!」
引き返そうと踵を返そうとしたとき大和は複数の気配を感じた。
ファミリーのメンツは自分のいる逆方向の場所に全員いるはず、ではこの気配はなんなのか。
一瞬百代の顔を浮かべるがすぐに頭を振る。
「感じた気配は一人じゃない、なら姉さんではない。いったい…」
すると、草木の向こうからこちらに近寄ってくる人影が一つ。
そして、徐々にこちらに来る姿が露になった。
その人物は女性だった。その印象はとにかく赤い。
腰まで下げた髪は真っ赤な紅一色だった。そして長身に迷彩服姿が決まっており、眼帯が威圧的に感じた。
「お見事です、直江大和。私たちの気配にいち早く気づいてここにせめてくるとは。川神百代には気づかれるとは思いましたが
まさか直江大和が最初に気づくとは思いませんでしたが」
「せめる…?いや俺は単にここに迷い込んだだけで…」
「御託はいい!ここまでの気配察知能力、貴方も只者ではないのだろう私と戦いなさい」
何を勘違いしているのか赤髪の女性は大和に決闘を申し込んできた。
ここから逃げようにもすでに周りは先ほどの複数の気配によって包囲されていた。
大和はまず相手の説得を試みることにした。
「いや!俺本当にたまたまここに来ちゃっただけで、第一俺戦えないで…!!」
大和が言い終える前に赤髪の女性は、どこからか取り出したトンファーでこちらに殴りかかってきた。
素早くこちらまでの距離を縮めて横からうなるように伸びてくるトンファーを大和は紙一重で屈んで回避しバク転の要領で後ろに飛び移った。
「今のは挨拶代わりでしたが、並みの者ならば今の一撃で倒れています」
なんとか攻撃をかわした大和は言葉を返せないでいた。
(今の動き俺がやったのか?あんな素早くバク転なんてやったことないしやれるとも思っていなかった。しかもあの人の攻撃はっきりと"視えた"姉さんの動きをずっと見てきたからか?どっちにしろ…)
「姉さんがくるまで、この人の攻撃を躱し続けるしかない!」
「む?ようやくやる気をだしましたか。そして私はこの人ではない、マルギッテ・エーベルバッハだと知りなさい!」
その自己紹介とともに強烈な蹴りが大和を襲う。
胴体を狙った中段の蹴り、その速さはさっきの比ではない。
(本当にさっきのは挨拶だったってのかよっ!)
躱すことは不可能!
その蹴りに対し大和は咄嗟に腕でガードすることしかできなかった。
そして、腕に重い衝撃が広がる。腕でガードしたのにも関わらず体は少し斜め上に浮いていた。
(まずいっ!)
「Hasen Jagd!!」
その獣のような声の次に放たれたのは、トンファーのアッパー。
つかさず放たれる上から振り下ろされる一撃。
大和はマルギッテの二連撃をまともにくらいものすごい勢いで地面に叩きつけられた。
「ふむ、随分とあっけなかったですがまぁ、こんなものでしょう」
今の攻撃で終わったと確信したマルギッテが後ろを向き周りの人間に指示を出そうとしたとき、後ろから立ち上がる音が聞こえた。
「今の攻撃をくらってそのまま寝ておくことが最適解なのだろう。というか普段の俺ならぐっすりおねんねしているんだろうけど、
なぜか立ち上がれてしまう。なら、ここで立ち上がらないのは男じゃない!!」
「ほう、まだ立ち上がれますか。どうやら本当に只者ではないらしい。ですが、そんな足がふらついている状態でどうするつもりですか?」
正直、大和もなんで今立ち上がれたのかはわかっていない。
だが、大和は感じていた自分の中で何かが変わろうとしているのものを。
(本当にわからない。だけどこんな状態になっても視界は良好、いやいつもより視えている。それに体の中から何かが湧き上がってくるのを感じる)
「どうするって、あんたを倒す?」
満面の笑みを浮かべて大和はそう言った。
「野兎がよく吠える!」
トンファーと蹴りによる乱打。
その高速の攻撃を大和は躱していく。
(視える!さっきよりも格段に!)
「くっ!このちょこまかと!これでもくらいなさい!」
自分の攻撃をことごとく躱されたマルギッテは一度動きを止め大振りのフックを繰り出した。
「待っていた!この時を!」
大和は繰り出されたフックを躱さず前に一歩踏み込んだ。
「しまっ!!」
「これでもくらえ!」
マルギッテに急接近した大和は、顔面に向けて力いっぱいの頭突きをした。
ゴッッッッッッッ!!!!
あたりにものすごい音が響き渡る。
その衝撃をまともに受けたマルギッテは膝をガクンとおり地面に手をついた。
「これが自慢の母譲りの石頭+謎の不思議パワーが合わさった俺の頭突きだ!」
大和は自分が格闘で相手に膝をつかせたという事実に高揚し吠える。
若干のマザコンを匂わせながら。
「ふふふ…なかなかいい一撃です。さっきの煽るような物言いもすべては大振り誘うためのもの、さすがです。だがこれで終わりではないむしろここからが本番だと知りなさい!」
顔を上げたマルギッテの顔には眼帯がなく、紅い瞳が爛々と輝きその奥に大和をしっかりと映していた。
それを確認した大和は、背筋を凍らせた。
ナニカの危険を察知した大和は咄嗟にその場から退いた。
その直後ドッッ!!という音ともに目の前に砂煙が起こる。
数秒後、大和が見たものは先ほど自分がいた場所にクレーターつくり佇んでいるマルギッテの姿だった。
「なんだよ…それ…」
「私は普段高すぎる戦闘能力を片目を封じることで抑えている。それが今解き放たれた、直江大和…あなたにはもう勝機がない
ということを知りなさい」
(万事休すか…!)
マルギッテは、トンファーを前にクロスさせ構える。
大和は、己の敗北を悟ったのか目を閉じその場に立ち動かない。
「Hasen(野兎め)!!Jagd(狩ってやる)!!」
マルギッテは動かない大和に強烈な振り下ろしを放とうとする。
直撃までおよそ0.03秒。
0.03
0.02
0.01
直撃…!
「おいおい、なーに楽しそうなことしてるのかにゃ?お前たち」
マルギッテの攻撃は大和とマルギッテの間に入った百代の手によって阻まれ大和には当たらなかった。
「お前は!?武神・川神百代!」
「そうだ、みんな大好き美少女の百代ちゃんだぞ。そんなことより闘気を感じて来てみれば面白い展開になってるな、私も混ぜろ」
百代は心底嬉しそうに拳をバキバキと鳴らす。
「おーい!そこでなにやってるんだー!……あ、マルさん」
「クリスお嬢様」
クリスの登場によりマルギッテはさっきまで放っていた濃密なまでの殺気をおさめた。
「おいおい、殺気おさめちゃうのか」
「何やらややこしいことになっているな」
「父様!」
どこからともなく現れた軍服姿の中年の男性。
その男性に対しクリスは、嬉しそうに抱き着いた。
「おお、クリス。我が娘よ、今日も美しい…」
「あの、お取込み中にすみませんが説明を頂いてもよろしいでしょうか」
感動したようにクリスの頭を撫でるクリスの父に対しこの場の説明を求める大和。
「あぁ、部下が失礼を働いたようだ」
「失礼というか、狩られようとしてましたがね」
苦笑気味に大和は返す。
「自尊心が高く、とても優秀な人材だ。近接戦闘に長けている分、手練れを見ると勝負をふっかける癖がある。その若さゆえの無鉄砲さが私は嫌いではない」
「それで襲われた方はたまったものじゃないですけどね。しかも俺手練れとか以前に普通の男子高校生だし」
大和はやれやれといった感じでため息をつきながら頭を振る。
「すまないが、クリスと話をさせてくれ」
「父様。なぜこのような場所に?」
クリスは心底不思議そうな顔で小首を傾げた。
そんなクリスを見てクリスの父親は感極まったのを抑えながら答える。
「お前から連絡がきたからだ、友達同士でなんと泊りがけの旅行にいくというではないか…!そんな電話を聞いては、父親としていてもたってもいられない。心配で駆けつけたのだ」
「それで…わざわざ。父様。自分は幸せ者です」
「やれやれ、聞いてられないな」
あまりの親ばかっぷりに百代は呆れたように声を漏らした。
「…さて次の作戦開始の時間が迫っているな。悪いな武神。マルギッテ少尉は優秀な人材だ。やるべき仕事が多くてな」
「だったらわざわざ連れてくるなという話だな弟」
「ちょ、姉さん俺に振りながら絞めないで!」
行き場のない戦闘意欲を大和をいじることで発散する百代。
そのため、じゃれているように見えるがかなり力が入っている。
「だが、君の願いは後日叶うぞ武神。マルギッテも君たちの学び舎に転入予定だ」
「どこまで親ばかなんだか」
「私とてクリスと同じクラスに入れるほど過保護ではないぞ。せいぜい隣の2-Sだな」
心外とばかりにクリスの父は話す。
その内容は十分すぎるほどに過保護なものであったが。
「いろいろとツッコミ疲れたぞ。それより、周りにいるお前の部下を10人ほど撫でといた。ちゃんと回収しておけよ」
「なんだと。私が誇る精兵たちをか?」
クリスの父はすぐさまマルギッテに確認させる。
「連絡不能。制圧されていますね」
「挑発したら乗ってくれてな。ははは」
複数人相手をなぎ倒した百代は嬉しそうに笑った。
「貴様、いい気になるのはやめなさい」
「お?やっぱりやるのか?私は全然OKだぞ」
やる気満々とばかりに百代は肩をブンブンと回し始める。
「………やめておきましょう。撤収の時間です。軍人は使命を守らなければ」
「こちらもマルギッテが襲ったようだ。互いに遺恨なしとしよう」
「まぁ、こっちも旅行中だし、いいか」
百代は、回していた腕を止め息をつきながら承諾する。
「ではな、クリス」
「はい!」
クリスの元気な声を満足そうに聞いたクリスの父は去ろうとしたが大和の方を振り向き、
「娘を頼む。君のような強きものになら任せられる」
「強いって…自分は今まで何も武術も学んでこなかったし運動もそこまでですよ?買い被りすぎでは?」
クリスの父はそんな大和の言葉に唇の端を曲げ、
「どうやら、自分の潜在能力に気づいていないようだ。安心しなさい、君は十分に強いとも」
「潜在能力…?それは…」
そんな大和の様子をみて今度こそクリスの父たちは去っていった。
「大和自分が何をしたか分かってないみたいだな」
「姉さん…?」
クリスの父たちの姿完全に見えなくなったとき突然百代は大和にそんなことを言った。
「途中からだが、お前たちの戦いを見ていた。あのマルギッテの実力はおそらく京とワン子が二人がかりでかかっても倒せないものだろう。そんな相手にお前は渡り合った。今までそんな力があるわけでもなかったお前がだ。」
「それは、確かに不思議だったんだ。必死にマルギッテの攻撃を躱していくうちにだんだんと何かが湧き上がる感じがした。多分その時俺の何かが確実に変わった」
大和はあの時の戦闘を思い出し拳を握り締めた。
「ああ、途中からお前の気が急激に膨張し始めたからな。だが今はその気は消えいつものお前、普通の男子高校生のそれだ」
「え?俺もう普通なの?せっかく強くなれたとおもったんだけどなぁ」
心底残念そうに肩を落とす大和。
「そんな甘くはないってことだな。どうやらお前のあの状態は追い詰められた時限定の力みたいだな。」
「限定的な力…」
大和は自分の拳を見つめつぶやく。
そして目を瞑り先ほどの情景を思い浮かべる。
…しかし、先ほどの湧き上がるような何かは感じられなかった。
「私もそんな力聞いたこともなくてな、一度ジジイに聞いてみるのもいいかもしれないな」
「…姉さん、さっきからやけに目をキラキラさせながら話してくるけどまさか…」
大和の脳裏に最悪のビジョンがよぎる。
それは、あまりにも不吉なものだ。
「まぁ、あれだな。こんなに近くに強いやつがずっといたなんて予想外だったそれも私にとってはかなり嬉しいものだ。大和、私は完全にその力を使いこなしたお前と戦いたいぞ!」
満面の笑みを浮かべる百代。
その笑顔に大和は見とれていた。
それも仕方がないだろう。
その笑顔は、大和が見てきた中で一番純粋できれいな笑顔だったのだから…